カナエととら   作:ぶんた

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飛騨にて 其ノ肆

 日の光を浴びると死ぬ鬼の活動時間は当然、日が暮れてから。日暮れまでにはまだ時間がある。仮眠を取ろうにも起きたばかりだ。カナエは口元に手を当てて首を傾げる。

 

「んんん」

「どうした?女」

 

 視線をさ迷わせていたカナエはぽんと手を打ち、バケモノに振り返る。

 

「夜まで時間もあるので、どうしようかと考えておりました。あの。バケモノ様。私に稽古をつけてはいただけませんか?」

「なにい?」

 

 バケモノは目を細め、カナエを見やる。

 

「よかろう。だが、手加減できんぞ?」

「望むところです」

 

 ダメもとのお願いを、まさかきいてもらえるとは!カナエは満面の微笑みを浮かべた。

 

 

*****

 

 

 黒い詰襟の隊服の上から白い蝶の紋様の羽織。揺れる長い黒髪の、頭左右に蝶の髪飾り。木刀片手にカナエはバケモノに対峙した。

 

「槍を使わんのか?」

「まずは私の全力を見ていただければと」

「ならお前の得物を使え。木刀なぞ一合と、もたんぞ」

「そうですね。馴染んだ得物のほうがありがたいです」

 

 日輪刀を差しなおし、静かに抜刀する。桜色の刀身が日を受け輝く。カチリ。カナエは逆刃に構えた。

 

「おい。本気じゃなかったのか?わしをなめるなよ?」

「恩人に刃を向けることはできません。これのほうが全力も出せると思います」

「ふん。勝手にしな。じゃあ、とっとと行くぜ?」

 

 バケモノは一足飛びにカナエに接近し、かぎ爪の尖った右腕を無造作に振り下ろす。一瞬の出来事だ。

 しかし、そのかぎ爪は空を切る。

 

「まずは一本、ですね」

「なっ!」

 

 いつの間にかカナエはバケモノの後ろに回り、刃の峰を首元に止めていた。

 

「おまえっ」

 

 バケモノはカナエに向き、両のかぎ爪での連続攻撃を試みるが、かすりもしない。速さはあくまでバケモノが上なのに、カナエはするすると避け続け。

 そしてそのままするりとバケモノの懐に入り込み、カナエは再びその首元に刃の峰を当てる。

 

「風に揺れる花のように、攻撃をいなす。後の先が花の呼吸の神髄となります」

 

 後の先。敵が攻撃をして体勢を崩したところに技を仕掛ける反撃技だ。

 

「ふうん。じゃあこういうのはどうよ」

 

 鬣が高質化し、バケモノを中心に周囲に広がる。避けようのない面での攻撃。だがすでにカナエは空中に逃れていて、その勢いのままバケモノに襲い掛かる。

 そこにバケモノを中心に雷が落ちた 

 

「きゃぴー!」

 

 避けようの無いその直撃を受け、カナエは全身を痺れさせ撃墜されることとなった。

 

「はうぅぅ。流石です……」

 

 カナエは半身を起こし、バケモノに嬉しそうに微笑みかける。

 

「……ちっ。遊びはここまでだ。夜に備えて寝ろ」

「あ、はい」

 

 バケモノは目を細めてカナエをねめつけた後、つまらなそうにつぶやいてその場を離れた。

 

「へえ、人間。なかなかやるじゃない。私も遊んであげようか?」

「えっ」

 

 掛けられた声にカナエが驚いて振り向くと、かがりがゆるりと立っていた。

 

「では、お願いします」

 

 かがりは、身を起こしたカナエの向かいに移動。右手から孤を描く刃をだす。

 

「いくよ」

「!」

 

 かいん!

 

「へえ。これを受ける人間がいるなんてね」

「くっ!」

 

 かがりはバケモノと同じように、瞬発力に任せて斬りかかっただけだ。カナエは動きを読んでいた。だがやり過ごすことができず、日輪刀で受けることでそれを防ぐしかなかった。

 

「さっきみたいにやってみなよ。私はあのノロマとは違う。体術だけで圧倒してあげるよ」

 

 カナエはかがりの迅さについていくのが精一杯。多くの妖の中でも、鎌鼬の迅さは群を抜いているのだ。とても人間が追い付けるものではない。

 そのまま数撃のやりとりの後、かがりの蹴りがまともに当たりカナエは吹き飛ばされる。

 

「かふっ!」

「ふん。ずいぶん辛そうじゃないか」

「……いえ、お願いします。続けてください」

 

 カナエは立ち上がり、日輪刀を逆刃に持ち正眼に構える。すかさず、かがりの連撃がカナエを襲う!

 

 ――もう少し。もう少し。

 

 獣の槍での超人化は、肉体的強化だけではない。獣の槍を使った者達の闘いの記憶が流れ込み、素人が握ったとしても歴戦の武人の強さを発揮する事ができるのだ。

 だがすでに武の極みにあるカナエにとって、その底上げはないに等しい。

 それでも。幾人もの闘いの記憶。その小さな破片が幾つもの気付きとなり。カナエはかがりとの剣戟によって、自分がどんどん研ぎ澄まされてされていくのを実感していた。

 そしてその太刀筋にかがりを感じ、その素直な性格にぐんぐん好感を持つ。身近に感じる。

 楽しい!カナエは高揚していた。

 

 ――暫し後。

 

「あんた、ずいぶんボロボロだけど、もうやめときなよ」

「いいえ。よろしくおねがいします!」

 

 いく度目か。吹き飛ばされたカナエに、かがりが呆れ顔に声を掛ける。

 そんなかがりにカナエは、花のように微笑んだ。

 

 

*****

 

 

 ――夕刻。

 

「かがり。あの人間はどうしている?」

「十郎兄さん。あいつは、へばって寝ているわ」

「そうか。そろそろだ。起こしてきてもらえるか?」

「ええっ……」

 

 目を見開いて及び腰になるかがりを、十郎は不思議そうに眺め、首を傾げた。




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