「落ち着いたかな?」
「……はい」
「……」
井豪君をなぐり殺した後、大分時間を取り二人に話しかけたが、小室君はまだいいが宮本さんからの敵意をものすごく感じる。
ではあの時他に選択肢はあっただろうか。
殺さずに奴らになるまで見守る?
宮本さんが言うように井豪君は特別で奴らにならない?
たとえなったとしても殺さなくてもいい?
僕にはわからない。
小室君にもわからないだろうし、もちろん宮本さんにもわからないだろう。
だから僕は彼の最期の願いを受けたのだ。
人のまま殺してほしいという、その願いを。
結果的に、人殺しが一人出来ただけの話だがね。
「さて、それじゃお二人さん。僕はこれで失礼するよ」
「え? ま、待ってください!」
「そうですよ、これからどうするんですか!? 永も、し、死んじゃって……」
宮本さんはまた泣きそうになっている。
どうにも女性の涙と言うのは苦手でならない。
かと言って、僕がここにとどまる理由はないし。
僕はもう一度二人を見てから歩き出す。
ここの更に上の、天文台の屋根へ移動した。
「先輩! 下には奴らがいるんです! そんなとこで何してんすか!」
小室君が僕を見上げながら叫ぶ。
それに呼応するように奴らはあーうー、と言っていた。
どことなく活発化しているのかもしれない。
「なるほど。音、に反応しているのだろうか……」
だとしても確認するものがないのが痛い。
何かあればいいのだが。
ポケットを探ってみると、予備の携帯電話が入っていた。
「……ま、いいか」
今は非常事態であるし、予備は必要じゃない。
僕は携帯を握り大きく振りかぶる。
そして屋上の、僕から見て遠くにある柵めがけて投げた。
ガシャン、と音が鳴った。
「ヒュー、なかなかやるな、僕」
「ちょ、本当に何やってんですか!?」
「まま、今は静かに」
またもや驚いている小室君に、口の前で人差し指を立て、しーっ、と言う。
そして奴らのほうに視線を動かした。
「ビンゴ」
奴らは誰もいない柵のほうに歩いて行っている。
小室君たちが作ったという簡易的なバリケードにはまだいるが、屋上の扉の周りには一匹しかないない。
それにおそらく奴らは動きも鈍いように見える。
ここから飛び降りれば何とかなるだろう。
真下にいる奴らの頭に狙いを定め、飛び降りた。
「ほっ」
ぶちゅっ、と不快な音が聞こえた。
結構簡単に潰れてくれたようでありがたい。
もしここで失敗していたらこれから楽しむことが出来なくなってしまう。
「あ、そういえば小室君のバット持ったままだった」
やってしまった。
これでは僕だけ逃げるという最低野郎になってしまうではないか。
仕方がないので僕に向かってきた奴らをなぐり殺してから、バリケードに向かってガシャガシャやっている奴らを後ろからなぐり殺した。
でもさすがに数が多い。
「うー、あー」
「はあ……さすがに飽きてくる」
僕はわざと階段にバットを当て大きな音を出す。
バリケード前にいる奴らの注意が僕に来た。
「小室君、宮本さん! バリケードを倒すんだ!」
「なっ!」
「そ、そんなこと……」
「いいから早く!」
「わ、分かりました!」
僕はカンカン、と音を立てながら階段を下りる。
追ってこい、とそういうことだ。
「今だ!」
「は、はいっ!」
「いっせーのっせ!」
小室君と宮本さんが同時にバリケードを押した。
すると雪崩のように落ちてくる机や椅子の下敷きになってしまったようで、奴らは動けなくなっていた。
「よし、そのまま二人とも奴らに近づかないように降りてきな」
恐る恐ると言った様子で、二人は僕のところまできた。
そこで僕はもっていたバットを小室君に返す。
「あ、え?」
「君のだろう」
「いや、確かに僕が持ってきたものですけど……」
「なら君が持っていればいい」
「ふ、二木先輩はどうするんですか?」
宮本さんが委縮した様子で僕に話しかけてきた。
そこに敵意は感じられない。
井豪君を殺した嫌な先輩から、状況を脱してくれた使える先輩くらいにはなったのだろうか。
「さあ、どうするだろう。っと、いつまでもここにはいられない。下に降りよう」
僕が投げた携帯のおかげで他の奴らは遠くまで行っていた。
だが少しずつだがこちらに歩き始めているものがいる。
すぐにここから去るのが先決だろう。
扉を開け、一気に階段を駆け下りた。
何階かに着くと、職員室の前で争っている生徒と奴らがいた。
眼鏡の男子が銃のようなもので応戦しているが、どうにも芳しくない。
「失礼するよ」
小室君が持っていたバットで階段を殴りつける。
鈍い音がした。
だが、奴らの注意を引くことはできたようだ。
少しだがこちらに注意がいき、動きが鈍くなったものがいる。
ま、少し遅かったようだが。
僕の視線の先には、今にも襲われそうなツインテールの女子生徒。
何か持っているようだが、もう無理だろう。
腰もぬけてしまっているように座り込んでしまっているし。
「寄らないで……寄らないで……」
か細い声でその女子が言っている。
安らかに眠れ、名も知らぬ女子生徒よ。
そう思って黙とうしようとしたのだが、僕の予想は大きく外れた。
「来る、なあっ!」
なんとその女子は、くぎ打ち機と思われるもので奴らの頭を突き刺した!
これには僕も驚いてしまう。
「く、くくっ……っと、失礼。あ、これは返すよ」
持っていたバットを小室君に返す。
視線を前に向けると奴らが近づいてきていた。
「それじゃ、二人とも頑張りたまえよ」
小室君と宮本さんに声をかける。
小室君はバット、宮本さんは何か長い棒を持っているので何とかなるだろう。
僕は手ぶらなので奴らとやりあうのはいささか心もとない。
噛まれたら終わりと言うのは、案外面倒なものだ。
すぐさま奴らを片付けてしまってほしいものだが、そこに二人の人間が来た。
「おやおや」
廊下の右側から僕のクラスメートの毒島さんが、その後ろには校医の鞠川先生。
大分人数が多くなった。
僕は傍観者になるとしよう。
幸い奴らの数は多くない。
職員室前で戦っていた、あの眼鏡の男子が頑張ってくれたのだろう。
毒島さんと宮本さん、そして小室君が目配せをした。
「私は右の二匹をやる!」
「麗!!」
「左を押さえるわ!」
三人が目標に向かって行き、簡単に片付いてしまった。
いや、見ているだけだから簡単に見えるのだ。
実際は噛まれたら終わり、コンテニューなしのクソゲーなのだから。
「高城さんっ」
奴らを殺し終わった宮本さんが、座り込んでいたツインテールの女子生徒、高城さんに駆け寄った。
あの至近距離からのくぎ打ち機で脳を貫通させるのは、精神的にきつかったのだろう。
返り血もたくさん浴びてしまっていた。
そしてその後ろでは毒島さんと小室君、そして眼鏡の生徒が何か話している。
僕もお邪魔しようか。
階段を下りて小室君たちのところに行く。
高城さんのほうに駆け寄るのもよかったのだが、生憎こういう時にどうすればいいのか分からないのだ。
「やあ、毒島さん。見事なお手並みで」
「君は二木か」
「あれ? 分からない?」
「眼鏡をかけていると随分印象が変わるな」
「そうかな。まあいいや。そちらの眼鏡君は僕を知らないだろうから改めて自己紹介を。僕は二木涼介。三年A組で毒島さんと同じだ」
「ああ、私は毒島冴子。鞠川校医は知っているな?」
「小室孝。二年B組」
「去年全国大会で優勝された毒島先輩ですよね! 私、槍術部の宮本麗です!」
高城さんのところにいた宮本さんがいきなり話に食いついてきた。
毒島さんは意外とこう名で有名な人物なのだろうか。
ま、どうでもいいことだ。
「あ、えと、び、B組の、平野、こ、コータです」
ふむふむ。
眼鏡君は平野君と言うのか。
眼鏡仲間が増えてうれしい限りである。
その後、毒島さんは笑顔で皆に「よろしく」と言った。
それに倣い僕も笑顔でみんなに「よろしく」と言うと、あまりいい反応はもらえなった。
これが男女差別か。
「なにさ、みんな毒島先輩にデレデレして……」
「何言ってんだよ、高城」
「馬鹿にしないでよ! あたしは天才なんだから! その気になったら誰にも負けないのよ!」
なんだか支離滅裂だ。
さっきのことが余程ショックだったんだろうか。
それに見かねたのか、毒島さんが高城さんに近づいて行った。
「もういい、十分だ」
「あ、ああ……ああ、こんな汚しちゃった……ママに言ってクリーニングに出さないと……」
高城さんは鏡を見ながら、ぶつぶつと呟いていた。
高城さんは座り込み、毒島さんはそれを包み込むようにしている。
高城さんの、泣き声が聞こえてきた。
――やはり、女性の涙は苦手だ。