ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE 作:ルシエド
『ドーナッツの悪魔』のロジック
始まりの友好的な異星人エヴィデンス01、通称ヒトツメ。
次に来た敵対的異星人エヴィデンス02、通称フタツメ。
なおこの通称はGBN運営の一部しか使っていない。
"じゃあそれもう彼への愛称じゃん"と言うと、その運営の人間はにやっとしたという。
エヴィデンス01は今日も森の中で本を読んでいた。
ここは誰でも入れるが、目的がなければ誰も入らず、誰でも少しなら弄れる場所である。
エヴィデンス01は、少しずつ地面を平らにした。
少しずつ木々を移動して、少し広めの空間を作った。
木々の葉の天井をいじって、空が断片的に見え、太陽光が十分に、けれど情緒的なバランスで入り込んでくるようにした。
真ん中には真っ白なテーブルがある。
専用の椅子が三つ。客人用の椅子が三つ。
専用の椅子は一つがエヴィデンス01の座る白い椅子で、残り二つの片方はGBN運営の葛城のための青い椅子、最後の一つがメイのための黒い椅子である。
宇宙のどこを探しても、ここより醜い空間はあっても、ここより美しい空間はあっても、これと同じ空間はないだろう。
椅子に座るメイの前に、エヴィデンス01が紅茶を入れる。
GBNアイテムの『びっちゃびちゃビー茶・艦長代理』は名前こそジョークアイテムだが、機械がフィードバックする錯覚の味は良好で、SNSで人気の茶だった。
「メイ、知っているか? 『ドーナッツの悪魔』を」
「なんだその面白トンチキの極みみたいな名前は……」
「知らないか。で、あれば、説明しよう。
ドーナッツ、悪魔、という部分は私が地球に合わせた当て字だ。
固有名詞を使わないならば"穴開きパンの恐るべき生命体"、となる」
「固有名詞を使わないと更に可愛げが出てくるな」
「で、あるか。
では"覚えているはずなのに覚えていない"矛盾の経験はないか?
『あの人がさ……ほら、あの人』
『いつも青い服着てるあの人』
『名前が出てこない』
『いや外見は思い出せるんどほらあの人名前がでてこなくてほら』」
「ああ……確かにあるな」
「で、あれば、分かるか? これは通常おかしいのだ」
「確かにそうだな。
名前とは重要なものだ。
対象を記憶する際、一番最初に覚えるはずのものだ」
「その通り。
私の一族に個体名はない。
他にも個体名がない種族はいくつかある。
私達は波動で対象を識別する。
空間の領域占有型で識別する生き物もいる。
匂いで個体を判別する生き物もいるな。
で、あるが。
奇妙なことに、君達も我々も、全ての命は等しく先程言った現象を起こしていた」
「何? どういうことだ?」
「個体名とは、脳内で情報にラベルを付けるために使う。
脳という本棚に、記憶という本を入れる時、名前という背表紙を付ける……で、あるな」
「それは私にも容易に理解できるが」
「で、あるならば、名前は記憶の領域で最初に目に入るもの。
一番大事なことゆえ、一番忘れるはずのないものだ。
脳の問題か? 否、それはありえない。
で、あれば、通常の脳機能ではなく電子のデータで記憶する君が共感するわけがない」
「確かに、そうだな」
「人間型。
人外・動物型。
機械生命体。
電子生命体などの情報生命体。
光などのエネルギーのみで構成されるエネルギー生命体。
地球の生命概念の外側にある異常形状のもの。
そして、肉体の概念を持たないなどの、上位次元存在。
その他の者も含め、君達地球の知性体が想像する全ての宇宙人がこれを起こしていた」
「……話が見えてきた。まさか、それがドーナッツの悪魔の仕業なのか?」
「その通り。
ドーナッツの悪魔は最上位の生命体。
宇宙という虫かごを外側から揺らすも壊すも自由、という領域の存在だ」
「……お前、私をからかっているのか? 本当に冗談ではないのか?」
「で、あるか。疑うお前の気持ちも正しい。
だが事実だ。
私はまだ10億年も生きてはいない。
私の同族内の相対年齢で見るなら、地球で言う中学生程度だ。
地球も生まれたのは50億年前。
今ある宇宙が138億年ほど前に出来たものだ。
その頃、高次元のブレーン宇宙の衝突によって出来たものだからな。
だがドーナッツの悪魔は最低でも200億年以上前から活動している。太古の悪魔だ」
「壮大な話になってきたな。宇宙よりも古き悪魔か……いや待て中学生?」
「で、あっても、やつがすることは名前を時々忘れさせるだけだ。
壮大ではない。矮小だ。
宇宙よりも大きな力でそれ以外何もすることはない。
時空の遡及観測によってドーナッツの悪魔は観測された。
よって、"穴開きの記憶"になぞらえてこの名前を付けられた。
どんな上位生命体でも、
『あーなんだっけあの人の名前、出てこない出てこない』
という微妙な気持ちからは逃げられん。悪魔には勝てないということだ」
「宇宙の悪魔は地球の悪魔と違って暇なのか?」
「分からん。が、多分遊んでいるだけだ」
「遊び方が壮大だな……いや、もしかしたら、こういう上位生命は多くいるのか……」
「宇宙には二種のルールが存在する。
自然に生まれたものと、上位生命が追加したものだ。
宇宙ではいつからか、その二つを調べて仕分けることが学問となっていた」
「お前も母星でそれを学んでいたのか?」
「いや……違う。
私の師がそれに詳しい人間だった。
で、あるから、私もその知識を受け取っていた。
私の種族由来の知識も多くある。
だが私にとって最も価値ある知識は、種族の外の師に教わった」
「そうか。余談程度の気持ちで聞くが、私達の身近にその追加ルールはあるのか」
「この地球にはとても多くあるものが在るぞ」
ピッ、とエヴィデンス01がコンソールを操作すると、GBNの全ユーザーがデフォルトで使えるカメラ機能が起動し、色んな写真が空中に浮かぶ。
マギーが笑っていて、リクが笑っていて、モモが笑っていて、サラが笑っていた。
他にも色んな人が居て、皆笑っていた。
エヴィデンス01とメイは笑っていない。
けれど、エヴィデンス01とメイを囲む皆が笑っていた。
「昔の宇宙には、笑顔の概念は無かったそうだ。いつからかごく自然に在るようになったとか」
「……なるほど」
「笑わない生物は多い。
笑わない生物の方が太古の生命には近いらしい。
これはある時期から追加された宇宙のルールの一つだ。
『幸福である者は笑顔を得ることができる』という、な」
「エビは私に笑いかけただろう。カウント1だぞ」
「知らんな」
「なら、次は写真にでも撮っておいてやる」
宇宙が無限の未知に見えている地球人類は、宇宙に夢を見る。
だがいつか夢は終わる。
夢は終わり、現実が見つめられる。
その後はひたすら未知が既知に変えられる繰り返し……つまり、広大なる宇宙に狙いを定めた研究と学問の時代が来る。
そして、宇宙を知った者達は思うのだ。
"ああ、私達の星にあったあれってそういうことなの?"と。
素晴らしいものは未来にだけあるわけではない。
宇宙に出て未来に進んでいくことが、過去に別の視点を与える。
宇宙の未来を予測すると、過去の宇宙の誕生を理解する知見になることもある。
この
「しかし、その想像を絶する能力を名前の稀な忘却などに使う意味はあるのか……?」
「生涯という壮大な暇の潰し方は、それぞれの生命体で違うのだよ、メイ」
「まったく。何が楽しいのやら」
「きっと何かが楽しいのだ。このGBNでガンプラで遊ぶ楽しさのように、な」
「"好き"、か……全くはた迷惑な」
「この悪魔の力には、知性体がより高度に知性を発生させていくことで抗える。
で、あればこそ、私は地球人やELダイバーよりもより高い抵抗力を持っているのだ」
「上位生命体の干渉に抵抗する唯一の力が知性……か。
それもまた面白い話だな。
この干渉に抗おうとする種族に、知性の進化を促しているかのようだ」
「で、あるからして……
その、あれだ……
ほら、いただろう……
運営の……ほら……
緑色の……私もメイも世話になっている……
ガンダイバーの……理性を感じさせる男の……
名前だけ出てこないが、ほらあの……あの人が……
あのガンダムAGEのセリック・アビスみたいな声の男の……」
「おい抵抗力」
メイの冷めた声が、森に響いた。