ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE 作:ルシエド
森の中に風が吹いている。
葉が地面の上を転がっていく。
柔らかな日差しが差し込んでいる。
けれど、虫は一匹もいない。
限りなくリアルでありながら、ユーザーのためにどこまでもバーチャルの都合良さを求めるGBNの森の中で、白銀の青年と漆黒の美女は遠くの広場を眺めていた。
森の中には椅子が二つ置かれており、二人はそこに座って言葉を交わしている。
並ぶ二人の髪は長く、対照的な漆黒と白銀だ。
「大分人間のことも勉強してきたが、未だ多くを知らない。
それにこの身は異星のものだ。
知識を身に着ける正しい順序も分かっていない。
メイを通して理解できたらいいと思っている。ご教授頼んだ」
「ああ。だが、知識を身に着ける正しい順序などあるのか?」
「ある。万物の知識は、正しい順序で身に着けることで正しく理解される。
たとえば、で、あるが。
『戦争はいけない』という部分の知識だけ身に着けても実感は伴わない。
『なぜいけないのか』という過程の知識があって初めて意味がある。
知識は正しい順序で頭に入れなければ歪んでしまうことも多い。そういうものだ」
「そうか、なるほどな。
私もまだまだ人間について多くは知らないが、できる限りの助力はしよう」
「ああ、夜露死苦。言葉の意味も覚えている最中だ」
「さっそくおかしい知識が出てきたな」
エヴィデンス01がおかしなことを言って、メイがそのたびに修正すれば、異星人が地球人の倫理を獲得することはあるのか。
それともELダイバーのちょっと変な倫理観になるのか。
結果はまだまだわからない。
「一つ、最初に疑問に思ったことがあった。聞いていいだろうか?」
「で、あるか。
構わない。
君に永続的な質問の許可を与える。
君が何を言おうと私は不快に思わず、質問に回答を拒絶することもないだろう」
「感謝する。では聞くが、お前は何故このオンラインゲームに来たのだ?」
「私は広域調査員だ。
この広大な宇宙を少しでも知るために存在している。
その中でも私は知的生命体を探し出す役目を与えられている。
私の後に量子管理員、その次に環境詳細調査員が来る。地球人の言葉で言えばそうなる」
「そうか。では少し質問を変える。
何故リアルではなく、わざわざオンラインゲームの中になど来たんだ?
私にはメリットが良く分からなかった。現実の首相官邸にでも行けばよかっただろう」
「……少し待ってくれ。説明の言葉を、今地球人の言葉に変換する」
「ああ、わかった」
説明する言葉だけならすらすら出てくるのだろう。
だが異星人の言葉で作られたそれを、地球人やELダイバーに誤解がないよう、最適な言葉を選んで翻訳するのは、流石に時間がかかってしまうに違いない。
エヴィデンス01はメイに言葉を尽くそうとしていた。
それは、地球では誠意と呼ばれるものだった。
対話の一つ一つに対し真剣であろうとする異星人の姿は、メイがほのかな好感を抱く理由には十分であると言えた。
「私は地球人が想像してきた異星人というものを分類した。
人間型。
人外・動物型。
機械生命体。
電子生命体などの情報生命体。
光などのエネルギーのみで構成されるエネルギー生命体。
地球の生命概念の外側にある異常形状のもの。
そして、肉体の概念を持たないなどの、上位次元存在。
多くはこの七つのどれかに分類され、少数の例外が存在している」
「私は電子生命体だな。お前はどれに分類されるんだ?」
「私は……強いて言うなら、最後にあたる。上位存在だ」
「……それは、どう捉えれば良いんだ?」
「どう捉える必要もない。
私達の種族も宇宙全体で見れば下位の種族だ。
威張れるような存在ではないよ。
私は情報として、電子のデータに変換可能な、素粒子に近い状態でここに来ている」
「ああ、分かった。理解した。だからGBN……電子の世界に辿り着いたのか」
「その通り。ここから遠く離れた宇宙に私の本体はある。
私の意識は量子波に乗る、偏在する意識の波動だ。
地球人風に言えば、私は宇宙の遠くまで心だけを飛ばしていた。
心だけを遠くに波動として飛ばし、遠く彼方の宇宙を見る。私はそういう種族なんだ」
「ここに来ているのは、お前の心だけというわけか」
「で、あるな。ゆえに、地球には我々の生態系と根本的に違うものが存在していて……」
エヴィデンス01はまた少し考え、できる限り誤解なく伝わる言葉を選ぶ。
「メイ。地球で最も価値があるものはなんだと思う?」
「……むう。私はそのあたりに詳しくないからな。
普通の人間にも同席してもらえばよかっただろうか」
「正解はしなくて構わない。君の意見でいい」
真摯に考え言葉を選んだ男に対し、メイも腕を組んで真剣に考え、答えを選ぶ。
「ありきたりな返答になるが、鉱物資源だろうか。
大分昔から人間はそれを奪い合って殺し合ってきたという」
「希少資源は確かに価値があるだろう。
この宇宙に1gしかない金属もある。
素材がもうこの宇宙に存在しない油もある。
だがこの地球にそういうものはない。
少なくとも価値のある無機物の類はない、と私は判断している」
「ならば、異星人のお前が考える地球で最も価値のあるものとはなんだ?」
「命だよ」
「命? 人間や動植物などの命か?」
「で、あるな」
ELダイバーを除いて、本当の命なんて何もない電子による虚構の世界で、エヴィデンス01は地球の生命の価値を語り始めた。
「鉱物など掘り出せばいい。
水も油田も、宇宙に探せばいくらでもある。
だが地球の生命は違う。
この星は推定だが、50億年ほど前に生まれた。
50億年の進化の果ての多様な生態系がここにある。
もし、人為的に同じ地球を作ろうとするなら……
50億年の歴史を、星の数より多く繰り返しても難しいだろう。
今この地球にある命は、その一つ一つが、星より価値があるものなのだよ」
「それが、お前の考える『この星で最も価値あるもの』か」
「で、あるな。
ペニシリンという物質があるだろう?
地球のカビなる生物が生成する抗生物質というものだったな。
あれをそれ以外の手段で作るとなると、時間も手間もかかりすぎる。
だが地球の環境ならば非常に簡単だ。
地球にはそれを可能とする生態系があるからだ。
他にも、地球生物だけがごく自然に生成する物質がある。
地球生物だけが発生させる希少な資源がある。
地球の命の一つ一つが星よりも価値があるとは、そういうことなのだよ」
「なるほどな。そういう観点は私も持ったことがなかった」
「実に面白い。私には君達のような笑いの概念はない。
笑うという表情表現もまだ習得していない。
だがもし君達に近い生物であったなら、歓喜で笑っていたかもしれん」
「笑うのか。無表情なお前が笑っている姿が想像できないが」
「は
は
は
は
は
は
は」
「クロスボーンガンダムの敵役のような笑い方をするな」
「違ったか……指摘感謝する、メイ」
「顔の筋肉がピクリとも動かない笑い方をする地球人はいない」
「////」
「待て、その線はどうやって出しているんだ? 無表情だがどういう感情だ?」
「地球人は恥を感じた時、これで照れの感情を表現するのではないのか?
何かを間違えた時、恥を感じるがゆえにこうするのだと、小説で学んだのだが……」
「……照れているのか?」
「……? いや、別に。照れるべきだと思ったのだが」
「……?」
「……?」
メイは会話をほどほどのところで打ち切る。
「まあ、この話はここまでだ」
真摯に人類に向き合い、誠実に人間を学ぼうとし、日々人間を理解しようとしていてこれであるならば、初期に運営はどれほど苦労していたのだろうか。
「地球生命の貴重性は前述の通り」
「会話では前述とは言わないぞ。先に言った通り、が良いだろう」
「で、あるか。なるほど、感謝する、メイ。
地球生命の貴重性は前述の通り。
で、あるならば。ここGBNという場所は、それを間接的に際立たせている」
「ここがか?
むしろ逆だと私は思うが。
ここにはお前が価値を見ている地球固有の生命など、ほとんど居ないのだから」
「いや、ある。ガンプラだ」
「ガンプラ……?」
メイが無表情に小首をかしげる。
容姿端麗な彼女がそういう所作を取ると、無表情でも可愛らしい。
愛想は無いが、愛嬌はある。
「正確に言えばプラスチックだ。あの概念が面白い」
「プラスチック?」
「で、あるな。
プラスチックは合成樹脂、なのだろう?
樹脂というのがそもそもこの地球の特産品だ。
この地球の樹木がなければ生まれない。
それの代用品、再現品というのが面白い。
GBNはそれを電子的に更に再現したものが動くんだろう?
で、あるなら。こんなものは地球でしか生まれないだろうと断言できる」
「ああ……なるほどな、そういう考えか。
私も生きている樹に触れる機会はあまりない。盲点だった」
GBNはそれぞれのプレイヤーが作ったガンプラをスキャンし、ゲームの中でスキャンしたガンプラを乗り回して遊べるゲームである。
当然、ガンプラはその名の通り、石油やトウモロコシなどを原材料とし、樹脂を模造した物質であるプラスチックからできている。
日本ではかつてプラスチックは植物のセルロースが原料であった。ガンプラは、エヴィデンス01が貴重性を見た地球植物の延長にあるものなのだ。
「美麗な森の中にいるというのに、お前はそちらに目を向けるのだな。エヴィデンス01」
「これは作り物さ。
地球人の美的感覚を取得していない私には分からない。
森の美しさは分からない、だが、地球の植物の希少な価値は分かるのだ」
「……私もだ。森が美しいという感覚は、よくわからない」
「で、あるか」
運営が現実のどの森よりも美しく作った爽やかな緑の中で、普通の人間とは違う視点で、二人は森を眺めていた。
「私達に無いのは、道具の概念だ、メイ。君達のガンプラもその枠に入る」
「道具を生み出さずに発展してきた宇宙生命体である……ということか」
「で、あるな。
我々は自己の外側に機能を求めなかった。
必要な機能は生命としての進化によって備えてきた。
我々にとってできないこととは、
『自分を進化してできるようにすること』
であって、
『道具を作ってできるようにすること』
ではなかった。
道具を作って星の覇者となった地球人とは、そこが決定的に違う」
「ああ、それはこの前テレビでやっていたから知っているぞ。
人間の繁栄は、道具を使って自分より強い動物を倒せたかららしいな」
「テレビ……」
「テレビを知らないのか? なら、今度一緒に見ようか。私もママから借りておこう」
「感謝する。メイ。私は地球でよき友人を得たようだ」
「私はよき友人か? よき友人とはなんだ?
私はELダイバーだ。まだそういう言い回しと人間の機微は理解できない」
「私にも分からない。私にも地球人の機微は分からない。
だが、全宇宙共通の、全ての知性体に共通する考え方はある。
遠き星から来た者に対し、攻撃ではなく、手を差し伸べる者は、よき友だ。
それは恒星より得難く、超新星よりまばゆく照らすもの。宇宙で唯一の道標なのだ」
「……そういうものか」
「で、あるな。地球人の言語は勉強中ゆえに、正しく伝わっているかはわからないが」
白銀の美男子は、GBNの空中を舞う葉を一枚こともなさげに掴み取る。
「この地球の概念でたとえるなら……
別の星で、善意で『有害な酸素は全部除去してあげよう』となったことがあった」
「それは……最悪だな。私は酸素が必要だと思ったことはないから、他人事だが」
そして、その葉をメイに見せるように握り潰す。それが示すところは明白だ。
大昔、地球において酸素は全ての生命の大敵、最悪の猛毒であったという。
だが今は、そうではない。
そして、それを理解できる異星人ばかりではない。
善意による滅びの可能性は、十分にある。
だからこそ、相互理解は絶対に必要なのだ。
「で、あるなら。
地球は酸素を利用する生態系が基本と解釈している。
そこはまず留意しておくべき部分だな。でなければ地球の生命が滅びてしまう」
「頼む。地球に好意的なお前が、地球を理解することが必要だ」
「で、あるか。任された。そのためにも地球と人間を知らなければならない」
「分からないことがあれば聞け。
教えられることなら教える。
私にも分からないことは一緒に学んでいこう」
「助かる、メイ。なら一番の難関であると思われることから聞こう」
「一番の難関、だと……? なんだ……?」
エヴィデンス01は懐に手を入れ、メイがごくりと生唾を飲み込む。
懐から取り出された"一番の難関"は、RX-78-2―――いわゆる、ファーストガンダムだった。
「ガンダムの顔の見分けがつかないんだが……すまない、私が地球人でないからだな」
「安心しろ。地球人の大半もガンダムの顔の見分けなんぞつかん」
「???」
「ツノが生えてて目が二つあったらそれでガンダムだ。そんなものでいいぞ」
「で、あるか」
一番の難関の放置が決定された。
エヴィデンス01は前髪をつまんで両手で斜め上に引っ張り、アンテナのようにする。
ツノが二つ。
目が二つ。
「私は……ガンダムか? メイ」
「お前は……ガンダムではない」
「刹那・F・セイエイは……ガンダムではないのか?」
「いや……彼はガンダムだ」
「そうか……」
「そうだ……」
「何故彼は『俺がガンダムだ』と言っていたんだ、メイ」
「ガンダムが神だったからだ」
「……?」
「……?」
地球人よくわからん、とエヴィデンス01は思った。
刹那・F・セイエイよくわからん、とメイは思った。