ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE   作:ルシエド

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『寛容と不寛容』のロジック

 ドーナッツの悪魔を知り、『他人の迷惑にしかならないが絶妙にしょぼく恨みを買わない"好き"』を知り、メイはふと、最近起こったことを思い出した。

 

「そうだ、お前と話したいことがあったのだ、エビ」

 

「で、あるか。なにかね」

 

「ママのところに相談が来てな。人間関係の問題だそうだ」

 

「で、あるか。だが私の意見が役に立つか?」

 

「役に立つかどうかは私が決める。私はお前の意見を求めているだけだ」

 

 まるで人間の友達同士のようなことを、メイは言った。

 

 メイの説明曰く。

 相談者は、フォース・チームの人気者だったらしい。

 本人はそうは言わなかったが、話を聞いていたマギーがそうだと確信していたという。

 

 相談者には五人の仲間と一人の仲間が居た。

 五人の仲間は人格者で、誰に対しても優しく、和気藹々とした空気を作るのに長け、周囲に合わせて譲歩と同調をすることができる普通の大人だった。

 だが一人の仲間は心が狭く、他人の意見に合わせることがなく、口を開く度に空気を悪くし、そもそも上記の五人に対し攻撃的であった。

 

 相談者はその六人全員と長い付き合いがあったという。

 見方を変えれば、相談者が間を取り持っていたからこそ、このフォースはチームとして成立していたと言えよう。

 だが、それももう限界だった。

 相談者は決断を迫られていた。

 五人を選んで、一人を追放するか。

 一人を選んで、五人から離れるか。

 

 五人と一人はどちらも悪ではなく、ゆえに相談者は五人と一人の全員を好ましく思っているということが、本当に最悪だった。

 相談者が寛容であるがゆえのコミュニティは終わり、相談者はどちらかを選ばなければならなくなったのだから。

 

 エヴィデンス01は木彫りの人形のように動かない表情のまま、ぽつりと呟く。

 

「『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』か……」

 

「おいエビ。何人居るんだ、宇宙の暇な悪魔は」

 

「いや、これは地球の言語に翻訳したからこうなっただけだ。

 前の悪魔と今回の悪魔は地球では悪魔としか言えない。

 しかし地球人に発音不可能な別々の名称を持っているのだ」

 

「ややこしい」

 

「宇宙に合わせた地球言語の再整理が必要かもしれんな。

 で、あれば、話を続ける。

 ドーナッツの悪魔は最上位生命体。

 宇宙の理を作るもの。

 寛容の悪魔と不寛容の悪魔は理の名。

 宇宙に存在する論理のルールに、悪魔の名を付けて議論しやすくしたものだ」

 

「……ああ、エビの言っていることに理解が及んできたぞ。

 つまり、宇宙の理を悪魔にたとえる文化圏があるのだな。

 悪魔が作った宇宙のルール。

 宇宙のルールに名を付けて悪魔にしたもの。

 その二つがあり、言語の意味として近いから、地球の言葉では同語があてられるのか」

 

「素晴らしい。メイ、君は日に日に素晴らしく、素敵な知的生命体になっていっているよ」

 

「いや、これはズルだな。地球に……というよりは日本に似た概念がある」

 

「で、あるか。それは面白い」

 

「神だ。悪魔の敵対者だな。

 人間は自然災害の理に名を付けて、神にした。

 そして自然災害は神が起こしたものだと考えた。

 自然のルールに名を付けた神と、自然のルールを生み出した神だな。

 悪魔・宇宙のルールと関係は同じように見える。

 私の後見人が『お天道様に顔向けできないことはしないように』とよく言っていてな」

 

「宇宙では悪魔、地球では神。

 なるほど、で、あれば、私が地球の言葉に翻訳した過程はあながち間違っていないか」

 

「だろうな。

 持たれるイメージは正反対なのは文化の違いだろう。

 その"悪魔"の考えはお前の種族の考えか? それとも他の種族の?」

 

「他の種族だ。

 地球人がサウスポール・ウォールと呼ぶ銀河光脈の向こう。

 天の川の向こうの向こうに住む種族だ。地球からは五億光年ほどの遠い場所にある」

 

「五億光年……」

 

「で、あるな。

 地球でたとえると……

 一億年ほど妊娠し、成熟した個体を生む文化圏だ。

 地球人に近い精神性と文化を持つが、とにかく思考が早く、長生きする。

 種族共通の哲学と同時に、自分の中の哲学を長年研鑽する生き物達だ」

 

「名前はあるのか? 地球人に発音できる名前だといいが」

 

「ああ、地球人でもギリギリ発音できるかもしれない名前があるな」

 

「それはいい。名前が呼べれば、将来的には交流も持てるだろう」

 

「ィヲェコ゜ターャ人と言う」

 

「地球人の声帯に期待し過ぎでは?」

 

「ダメか」

 

「ダメというか無理だ。

 いや私は言えるがな。ィヲェコ゜ターャ人。

 これはELダイバーである私の発声が電子データだからだ。

 電子発声は音として可能性があるならその発声を作れはするが……人間は無理だろう」

 

「で、あれば、調整者(コーディネイター)の仲介が必要な異星人……というわけだ。だから、メイ」

 

「私はやらないぞ。

 面倒だし、お前一人で精一杯だ。

 私はお前専用のコーディネイターで終わる。他の誰にも付かん」

 

「で、あるか」

 

「で、あるぞ」

 

 これを友情と言うには少し歪すぎて、少し無機質が過ぎるが、地球の言葉では友情以外の名前を付けることは叶わないだろう。

 

「それで、『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』とはなんだ?」

 

「寛容と不寛容は両立しない。

 で、あれば。

 『不寛容な人間に寛容であれば寛容な社会の多様性は消える』―――というものだ」

 

「ああ。不寛容な一人を招き入れたからコミュニティ崩壊が壊れたと、お前は言うのか」

 

「これはこの手の精神性を持つ生物の社会では必ず発生する。ゆえに悪魔の名が付けられた」

 

「宇宙にはそれを引き起こす悪魔がいると?」

 

「で、あるな。そう想像されていた時期があった。まあ概念に名を付けただけだ」

 

 メイの手元の紅茶が空になっているのを見て、エヴィデンス01は会話しながら新たに注ぐ。

 

「無限の寛容を持つ社会があるとする。

 で、あれば、この社会は不寛容な人間を無限に取り込む。

 結果、社会は不寛容な者の割合が増して不寛容になる。

 寛容でない社会があるとする。

 で、あれば、この社会は不寛容な人間を排除する。

 結果、社会は不寛容な者が消え、最も寛容で、最も多様性に富む社会になる」

 

「待て、おかしい。

 何故だ?

 多様性とは寛容さだろう。

 何故寛容さを減らしたことで多様性が増し寛容な社会が出来ている……?」

 

「で、あるな。

 これは地球人と同レベル類似精神の社会ほとんどに起こるものだ。

 話の組み方を変えよう。

 寛容な社会が不寛容な者を寛容すると、社会は不寛容になる。

 だが不寛容に不寛容な社会は、もう不寛容な社会だろう。

 よって不寛容な者を叩き出す社会は、"最大の寛容を持つ不寛容な社会"となるわけだな」

 

「……頭が痛くなってくるな。ママが持って来た学研社会の成り立ちのような難易度だ」

 

「何。面白そうだ、ちょっと後で貸してくれ、メイ」

 

「ちゃんと返すんだぞ」

 

 ちょっとした約束を交わして、話を続ける。

 

「で、あれば、お前が持って来た案件も理解できるだろう?」

 

「……ああ」

 

「相談者は不寛容な者を寛容してしまった。

 寛容な人間だけで出来ていたフォースに、それで不寛容が入ってしまった。

 最初から不寛容な者は入れなければよかったのだろうな。

 で、あれば、最大の寛容さを持つ不寛容なフォースが出来上がっていたのだから」

 

 発言の全てが矛盾しているようで、何も矛盾していない。

 

 『最大の寛容を突き詰めると寛容した不寛容が寛容を殺しに来る』。

 

 これは、ある意味ガンダムの多くの根源に流れている概念だった。

 

「エビ、お前は地球をよく学んでいるはずだ」

 

「で、あるな。昨日の私より今日の私の方がよく知っている。知識の穴抜けはまだ多いが」

 

「"私に人間社会を理解させる異星人"として、ここからは話してくれ」

 

「喜んで」

 

 エヴィデンス01は人類文明の外側から人類を観測し、その視点から得た思考概念によって、メイに人間を理解させる『白雪姫の魔法の鏡』となった。

 

「まず、エビに聞きたいのは……私が学んだことだな。

 『全ての者に対して寛容であることが最大の多様性を生む』

 『自分にとって都合の悪い人の存在こそ認めるのが多様性』

 この辺りはテレビで見たものなのだが、これと矛盾しないだろうか?」

 

「ロジックホールというものだ。

 『全ての者に対して寛容であることが最大の多様性を生む』

 を誰も証明していないのに、何故不寛容な者を受け入れることで多様性が増すのだ?」

 

「……あ。そうか。なるほど」

 

「『自分にとって都合の悪い人の存在こそ認めるのが多様性』

 が正しいというのも違う。

 犯罪者は誰にとっても都合が悪い人だろう?

 誰にとっても都合が悪いなら、その人を認めることがそもそも間違いなのだ」

 

「む……それは……そうか」

 

「ああ。一つ言っておくが。

 私は色々と言っている、で、あるが。

 別に私は正しいとか間違っているとかそういうことはない。

 今は地球的倫理と宇宙的倫理にも依っていない。

 私は社会構築の基本法則に則り発言し、社会の理想概念に在る倫理を指摘しているだけだ」

 

「小難しい言葉が増えたな」

 

「で、あるか。私の説明技能不足だな。

 つまり、私は正しいことを言っているわけではない。

 そこがまず最初に覚えておくことだろうか。

 で、あれば、これは正解の形の社会の指導ではない。

 地球人の今の保有概念では必ず発生してしまう矛盾の指摘でしかないのだよ」

 

「なるほど。正解を示しているわけではない」

 

「私が言っていることは、

 『私は嘘つきだ。この自己紹介は真実だ』

 という文章を提示して指摘しているものに近い。分かるだろうか」

 

「……ああ、だから"異星人が地球人に指摘している"形なのだな」

 

「その通り」

 

 多様性は素晴らしい。

 宇宙と地球の基本原理であり、生命の概念の強さそのものだ。

 知的生命体の多くは、多様性というものの強みを最大限享受している。

 が。

 多様性とは、そもそも何なのか?

 多様性とは、知性体が作った社会の中でいかなる立ち位置を持つのか?

 それを明確に考えることは、非常に高度な知性を要求される。

 それこそ地球では、高等な教育を受けた者でないと理解に労力が居る分野だろう。

 

 不寛容を寛容することで寛容さや多様性が失われる、という概念は、地球では1945年以降から真剣に議論される題材となったそうである。

 多くの議論が行われたが、

 『不寛容を受け入れることで寛容が失われる』

 『不寛容を受け入れない社会は寛容ではないが、それでも受け入れるべきではない』

 『ここは自由の国アメリカだが、不寛容な者の自由は制限されるべきである』

 などの意見が主流であり、それこそが社会を守り、現代の社会学の根底に流れる血になっているという。

 

「悪党を寛容する社会は全く寛容でない。

 悪が寛容さを損なうからだ。

 悪党を寛容せず処断する社会は寛容だ。

 寛容を損なう悪を消すからだ。

 これは一切矛盾しない、というわけだな」

 

「社会の健全性……

 これは私達ELダイバーには重要だな。

 私達はこれから人間の社会に混ざっていく。

 だがハッキリ言って、その多くが人間の社会を理解していない」

 

「で、あるな」

 

「だがやはりもう少し反論したい。

 感覚的にはあまり受け入れられる話ではないからな。

 愛とは悪さえ受け入れるものである、とも聞くが、それも間違いになるのか?」

 

「ああ、それは慈悲の理屈だろう。

 倫理の上では正しい。その気持ちを失わないでほしい。

 だが"正しく聞こえる主張"というのはいくつか種類がある。

 その主張は慈悲深いがゆえに正しく聞こえるもので、社会の合理性とは真逆のものだ」

 

「そういうものか」

 

「聞こえは良い。

 で、あるが、言葉遊びだ。

 語る意味がないな。

 で、あれば、社会構築における合理性のみを見よう。

 誰も受け入れない者を受け入れる者は優しい。

 愛に溢れた倫理的に素晴らしい人物だ。

 だが先に言った通り、そうした倫理を持ち込むから矛盾が発生しているのだ、メイ」

 

「なるほど、な」

 

「何事も塩梅よ。で、あればこそ、こういった議論に意味がある」

 

「どういう意味がある?」

 

「許すことは素晴らしいことだ。

 だが無制限に全てを許せば悪が跋扈する。

 許す、許さないには、境界線と判断基準がある。

 『許す』を"どこまで寛容であるかの定義の上にある慈悲"と定義して考える……どうだ?」

 

「考えると、どうなる?」

 

「他人を許し救う者の素晴らしさが分かる。

 悪を許さず社会を守る者の正しさが分かる。

 許す素晴らしさ。許さないという正しさ。

 で、あれば、メイは今、『また矛盾ではないか』と思ったな? それでいい」

 

「矛盾の話をしていたら、新しい矛盾が出てくるのか……」

 

「で、あるな。そういうものだ。どっちかが欠けた社会はよく滅びるぞ」

 

「……」

 

「そういう社会の滅亡を、よく見てきた」

 

 人類は未だに知的生命体の滅亡を観測していない。

 この地球上で明確に知的生命体のカテゴリに入っているのは、まだ人類しか居ないからだ。

 人類がまだ滅びていないために、人類は社会と種の滅亡を想像でしか知らない。

 だが、エヴィデンス01は違う。そういうことなのだろう。

 

「過剰な寛容と過剰な不寛容は同じ。

 全てに寛容な社会と全てに不寛容な社会も同じ。

 滅びるまでの過程だけが違うというわけ、で、あるな」

 

「……その結果、矛盾を抱えるのか。何故ここまで矛盾を抱えやすいのだ」

 

「地球で言う不完全性定理だ。

 『矛盾していないものが矛盾していないと証明できない』。

 それと同義の論理的問題なのだよ。

 寛容な人間しか居ない無矛盾は、自己の無矛盾を証明できない。メイも知っているな」

 

「いや、私はお前のように人類の生み出したややこしいだけの学問に興味はない」

 

「……。

 ……で、あれば、不寛容を含んでいない寛容は成立しない。

 完全な寛容を目指して全てを受け入れるのは多様性の死。

 矛盾を内包しながら存在し続けることが正しい形だ。

 ゆえに超能力で進化してもほぼ成立しない。

 一部、成立させる進化もあるが……間違えると、私の一族と同じものになる」

 

「個性。共感。悲嘆。優愛。友好。慈悲。他にも色々と捨ててやっとか。お断りだな」

 

 ふん、とメイが鼻を鳴らす。

 紅茶を口に運ぶメイを見るエヴィデンス01に地球人の男と同じ感性があったなら、美人は何をやっても絵になるな、なんて思いながら見つめていたに違いない。

 

「で、あってだが、ここで一段上の話に持っていくぞ。

 寛容な社会に不寛容な人間を内包して寛容な社会を作る、実はできる」

 

「できるのか!? ここまでの話はなんだったんだ!?」

 

「で、あるが、地球人類にはまだできない。多くの知的生命体は永遠にできない」

 

「その知的生命体に方法を教えればできる方法論の話ではないのか?」

 

「では、ないな」

 

 できない、できない、だから矛盾している、という話をしていたのに、何故ここに来て不寛容に対して寛容であることで成立する社会について語ろうとするのか。

 メイは文句を言おうとするが、言わない。

 エヴィデンス01が意味のないことをすると、メイは思わない。

 メイは彼を信じている。

 だからそこは疑わない。

 

 そう考えると、思い当たるフシはある。

 "知識は正しい順番で身に着けなければならない"―――エヴィデンス01が言っていたことだ。

 エヴィデンス01は順番に話して誤解が生まれないようにしている、とメイは考えた。

 

「あえてここまで徹底して触れなかったものがある。

 地球において、思想の自由と言論の自由と呼ばれているもの……で、あるな」

 

「人間はあれが大好きだな。全く分からんとまでは言わないが」

 

「そう言うな。

 ああいうものが普及しているのはいいことだ。

 私もメイには好きなことを思い、好きなことを言えるメイでいてほしい」

 

「……むぅ」

 

「で、あるが。

 不寛容な人間、というのがそもそも、この自由に担保されている。

 好きなことを思い、好きなことを言う自由。

 受け入れず不寛容である自由もここにある。

 この自由がなければ、社会に文句を言った人間が投獄される社会ができるのではないかな」

 

「だろうな。エビでなくとも、私でも想像がつく」

 

「で、あれば、分かるだろう?

 不寛容な人間を排斥する社会の究極はそういう社会だ」

 

「!」

 

「言論の自由がある社会。

 それすなわち、全ての主張、不寛容を受け入れる社会に他ならない。

 なら不寛容な者を受け入れないのは、不寛容に対する不寛容、言論の自由の拒絶に繋がる」

 

「いや、待て。

 言論の自由なら地球にも多くの国にある。

 それが原因の問題も起こるとは聞いているが……ああ。

 そうか、なるほど。

 だから『地球人類にはまだできない。多くの知的生命体は永遠にできない』なのか」

 

「流石にメイは理解が早いな」

 

 できない、と。

 部分的にできるができない、と。

 ちゃんとできる、は。全部別の概念である。

 

「で、あれば。不寛容な人間が社会の害になる。

 多くの不具合を起こす要因となる。

 だが、思想と言論の自由は不寛容である自由も保証するということだ」

 

「お前の言うことと社会の現在の在り方、何が正しいのかわからなくなってくるな、エビ」

 

「メイ。

 私の言ったことをもう一度思い出せ。

 私は正しいことなど言っていない。

 知的生命体は現在行える社会維持の最適解を模索する。

 これはこれで、地球人類が模索した社会維持の最適解ということなのだ」

 

「矛盾の肯定か」

 

「ガンダム00、だったな。

 あれは矛盾の肯定を直球で組み込んでいて、地球人の理解の役に立った……で、あるな」

 

 エヴィデンス01の手元のカップの紅茶が空になり、彼が動く一瞬前に、メイが先に動いてポットから紅茶を注ぐ。

 無表情ながらにちょっと得意げな表情をしているメイがいた。

 

「感謝する、メイ」

 

「お前が先にしたことだろう」

 

「感謝は気持ちを口にするものだから先に私がしたことでも感謝していい……で、あろう?」

 

「ふん」

 

 矛盾を孕まなければ存在できないのか。

 あるいは存在し続けるために矛盾を抱えようとするのか。

 矛盾がなくては成立せず、矛盾がある方が完成度が高く見えもする。

 なのに、そんな社会の中に、こんなにも簡単で、こんなにも暖かなものがある。

 世界はとても難しくて、こんなにも簡単だ。

 

「エビの一族が心の一部を捨てていった気持ちが、ほんの僅かにだが理解できてしまうな」

 

「それもまた生命の解答だ。

 全ての生命の敵となるなら、全ての生命から否定されるしかないが。

 で、あるなら。

 ここで一つ定義できる。

 ここまでの話を下敷きに考えろ。

 スタンス自体が『好き』を否定しない運営にBANされる『好き』の持ち主とはなんだ?」

 

「……他人の好きを否定するのが好きな人、だな」

 

「そう、その通り。

 それを除外して始めて、最大の多様性ができる。

 そうして始めて最大の寛容ができる。

 矛盾を抱えるから不完全性定理の延長で、完成度の高い寛容ができるのだ」

 

「矛盾を抱えるとはそういうことか……」

 

「私はメイが好きだ」

 

「え……あ、ああ、うん? どういう意図だ?」

 

「だから、メイが好きな他の人物を許容できる。

 だがメイが嫌いな人との付き合いは少し考えるだろう。

 メイと交友を持ち続ける限り、それはメイの不快に繋がる。

 かといってメイが嫌いな者に心変わりも強要できない。

 距離を取って、全ての好きが共存共生できるようにしていくしかないだろうな」

 

「ああ……そういう意図か」

 

「他に何の意図がある?」

 

「さあ、知らん」

 

 エヴィデンス01は加速度的に地球人類文明を学び、取り込み、同化と調節を進めている。

 日に日に『ELダイバーのふりをした異星人』から、『変わった性格の地球人』としての外的側面(ペルソナ)を獲得していっている。

 その分、最近は変な形でメイを振り回すことも増えてきたようだ。

 

「メイ。自由とは、宇宙においては地球ほど幻想を抱かれていない」

 

「そうなのか」

 

「他人に迷惑をかける自由が許されるか?

 宇宙を壊す自由などあるか?

 許されないとしても他人から奪い生きる自由はあるのではないか?

 本当は無限の自由などない。

 あるのは自由の大小だけだ。

 無限の自由を得るためには、無限の進化を行い、邪魔な上位存在を殺し尽くす必要がある」

 

「ああ……なるほど」

 

「究極の自由を追求した生物は、そこに行き着くことが多い。私達のように」

 

 自嘲のような響きの言葉だと、メイは思った。

 

「無限の自由などない。

 無限に不寛容でいる自由などない。

 これもまたそうだ。

 自由を肯定するのはいい。

 で、あるが、無限に自由を求めると、どこかで弊害が生まれる。

 敵が出来たり、星の資源をあっという間に食い尽くしたり、色々な。

 結局最大の自由は、少しの不自由を内包しなければ成立しないというわけだ」

 

「それを克服する進化もあるのか」

 

「あるとも。だが、地球人類にはまだ来ないだろう。そういうことだ」

 

 エヴィデンス01が言っていた通り、知識は正しい順番に知り、頭の中に入れていくことで、多面的かつ正しい理解を進めていくことができるものだった。

 複雑な人間社会の知識が、メイの頭の中でしっかりとした認識になっていく。

 

「で、あるからして。

 話を戻し、結論に結んでいこう。

 不寛容な人間の思想と言論の自由を守ることで寛容な社会は火種を孕む」

 

「火種、か」

 

「寛容な人間だけのコミュニティは心地良いはずだ。

 で、あれば、肯定と許容しかないからな。

 だが不寛容な人間が入ってくれば論争が生まれる。

 不寛容な人間は、不寛容に対する周囲の不寛容に機嫌を悪くする。

 寛容なコミュニティも不寛容な人間の拒絶に機嫌を悪くする。

 で、あるから、不寛容を含んだ多様性は争いを頻発させる、これが一の火種」

 

「それは……分からないでもないな」

 

「その次に強制の問題がある。

 多様性を否定する主張を多様性は認めて良いのか、という問題。

 これも『認めてはいけない』が正解に近い。

 で、あるが、また多様性を否定する多様性など無いと言われる。。

 ここで『多様性の強制』が出てくると、多様性も否定されるものになってしまう。

 強制された多様性の価値はあるのか? という議論が始まる。

 反動で多様性を否定するよう強制するという原始回帰まで始まるだろう。これが二の火種」

 

「強制はダメだな。私も不快に思うだろう」

 

「これが転じると、言論以外で言論を封じにかかる。

 倫理的正当性を使った対象の言論の封印。

 多様性を盾にした性的マイノリティの優越種化。

 暴力事件

 武力弾圧。

 どうやら地球人はこれを最大に警戒していたようだな。これが第三の火種。

 これが特に大きい。

 これが特に警戒すべき問題だ。

 社会主義に言論弾圧されることを恐れた民主主義の記載が数十年前からあった」

 

「まあ、そうだろうな。

 論争は論争だから言論の自由がある。

 実力行使で攻撃を仕掛けるのはその時点で別の抑止力を受けるだろう」

 

「そして第四の火種。

 ここまで明言してきたが、自由は自壊しない場合に限る。

 つまり地球人類のような種族では、自由を否定する自由はあってはならない。

 社会の論理的にありえない。自壊するわけだからな。

 好きを否定する好きも。

 寛容を否定する者を受け入れる寛容も。

 自壊という要素を持ってしまう。で、あるがゆえ、否定される。

 で、あるからして、時に自分の不寛容を寛容するように暴れ回る個体が発生し……」

 

「いや待て、問題はいくつあるんだ?」

 

「パターンとしては無限にあるが、大枠でまとめれば十数種といったところか」

 

「……まいるな」

 

 メイがややっこしくなった案件に思案し、眉に皺を寄せた。

 せめてこの、人間社会が必ず矛盾を持つという特性さえなければ、電子世界に生まれたELダイバー達が理解に苦しむこともなかっただろうに。

 

 "好きに正解を作ってはいけない"の延長線上から、人間を理論面から理解していっているエヴィデンス01は、最近は逆にメイに人間を解説することも増えてきた。

 だが、情緒面で見ると、どうにもメイの方が人間に近く見える。

 それは人間に接して人間の感情を吸収することを重んじるメイと、人間について研究した人間の学問を学ぶことを重んじるエビ、二人の性質が逆であるというのも理由の一つだった。

 

 だから、二人で一緒に居る時間を増やせば、二人はもっと人間への理解を深められる。

 学ぶことで、助け合える。

 一緒に居ることが苦痛でない関係を作れたことが、二人にとって最も幸福なことだった。

 

「で、あるが、問題の内容はどうでもいいのだ」

 

「何? お前さっきから話をひっくり返しすぎだろう」

 

「で、あったか。すまない。

 問題の詳細をあげつらうことに意味がないのだ。

 悪い意味で微に入り細を穿つことにしかならない。

 "不寛容の寛容"によって、寛容により『新たな不寛容を生む不和が発生する』。

 『ここに問題がある』とまとめられるということだ。地球人類の課題……で、あるな」

 

 エヴィデンス01が提示したものは、地球人が抱える矛盾と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指摘するものだった。

 かつ、それを解決すべき課題として提示するものだった。

 語調を聴き比べる限り、どうやらエヴィデンス01は言論を力尽くで弾圧する可能性、そこにこそ最も強い警戒を抱いていてそうだと、メイは思った。

 

「解決には時間がかかりそうか。エビ、どのくらいで解決しそうだ?」

 

「SNSで特定のガンダムの叩きと擁護が繰り返されている内は無理だ。

 同じガンダムに対し不寛容と寛容で数十年喧嘩を続ける土壌があるだろう、この星は」

 

「超絶ごもっともすぎて何も言い返せんな」

 

「他人の好きなガンダムに不寛容で、それで他人を傷付けている内は、まだな」

 

 国家紛争原因レベルの巨大(マクロ)なスケールから、個人の言い争いの極小(ミクロ)なスケールまで、総合的に判断していける人類文化方程式。

 矛盾なく答えを出せるのが方程式であるはずなのに、異星人のそれは、矛盾によって作られた矛盾を理解するための方程式だった。

 

「火種があるということは、蓄積するものがあるということだ。

 その対処には国か、国民のリソースを喰う。

 で、あるから、寛容なものを中心に我慢することになる。

 誰かが我慢している限り、そこに完成された健全性はない。

 で、あれば、ストレス源は寛容さを削り、不寛容な方向性に国を導くのだ」

 

「我慢は美徳ではないのか」

 

「美徳だが苦痛だよ、メイ。

 苦痛を乗り越えた先に進化はある。

 そして同時に、苦痛を受けてまで進化しようとする個体は大多数ではないんだ」

 

「かもな。そうでなければ、ママの店で酒を飲む人間があんなに多いわけがない」

 

「かつて苦痛でなかったことが苦痛でなくなっていく。

 そしてまた新たな苦しみと出会っていく。

 それもまた進化だ。

 この地球で、水中生物が地上に進出した時、そこには苦痛しかなかったように。

 水中の苦しみから逃げた地球生物が、陸上で新たな苦しみに出会っていったように」

 

「私は知らん。

 電子生命体の祖先にそんなものはいない。

 電気と情報の塊など、水の中に剥き出しで入れられれば溶けてしまうな」

 

「で、あるな。海という無限の透明さに、君達は耐えられない」

 

「怖い海だ、現実の海は。

 電子の海の方がもっと優しく感じるくらいだ。

 エビのように星の海まで知っているわけではないが、そう思う」

 

「電子生命体特有の考え……で、あるな」

 

「さて、共通することもあるのだろうか。

 原始の海から陸に上がった原子生命。

 電子の海から現実に踏み出した電子生命。

 宇宙の海から地球に降り立った地球外生命体。

 海から踏み出した、その一歩。

 新たな世界に踏み出す、その時。

 苦痛、不安、恐怖、それらに期待が入り混じった気持ちが、お前にはあったか」

 

「……よく分かるな。いや、で、あれば、君も私も似た気持ちはあるということか」

 

「さてな。私は、私が抱いた感情もまだよく理解していない」

 

 メイは無感情に、首を横に振った。

 

「で、あれば、メイ。

 地球人の今ある苦痛の全ては無駄ではない。

 それらの苦しみは全て無意味ではない。

 寛容と不寛容の矛盾の中、踏み出す苦しみは先に繋がる。

 遠い遠い未来で、地球人の子孫は振り返り、今この時代の人々に感謝するだろう」

 

「感謝?」

 

「未来は過去の積み上げの上にしかない。

 で、あれば、進化していった知性は、過去への感謝を持ち始める。

 2000年前の地球より、1000年前の地球の方が過去に感謝している。

 1000年前の地球より、現在の地球の方が過去に感謝している。

 1000年後の地球は、現在の地球に対し、過去の人間が苦難の道を進んだことを称えるだろう」

 

「暖かなSFと言うべきか、途方も無いファンタジーと言うべきか迷うな」

 

「どちらでもないぞ、メイ。

 これは私が真実だと思うもの、だ。

 確定事項の未来でもなんでもない。

 これが妥当な考察だったか、愚か者の愚考だったかは、1000年後の君達が決めればいい」

 

 今は矛盾の中を進めばいい、と異星人は言う。

 

「で、あるが。

 ぶっちゃけ寛容不寛容の概念に振り回されない生物まで進化すればいいだけなのだがな」

 

「ぶっちゃけたなエビお前」

 

「これは進化が不足している生物のためだけに存在する学問だ。

 そもそも全生物が寛容で尊重し合う生物には発生すらしない問題だ。

 寛容不寛容で年がら年中論争してる種族のためのものでしかない。

 私達の種族を見るがいい。

 完全なる相互理解技術を開発してまず不寛容な者から順に同族を殺し回ったぞ」

 

「ああ、そうか、お前の種族の観点から見るとこの問題はそういう話になるのか……」

 

「進化は足りていた。で、あるが、それだけの種族だ」

 

 進化に絶対的価値観で判断される正解や間違いはない。

 ただし、その地域、その国、その星、その宇宙における汎的価値観における、長期流動的な正解の概念によって、正解と間違いが決まることはある。

 それは宇宙の正義ではなく、生物の生存権によって決定されるものだ。

 

 他者への理解を持たず、愛と優しさによる寛容がなく、共存に向かう道を潰し、全ての命に再起を許さない知的生命体の一族の中に、彼は生まれた。

 

「で、あるからこそ、私の一族は一切寛容してはならない。

 あれはできるなら滅ぼしてしまった方がいいと思うが、強すぎて私には無理だった」

 

「強さの問題か……?」

 

「強さの問題だ。

 私達より更に上の上位存在は基本寛容だ。

 あるがまま、私達のような知的生命体の自由に任せてくれている。

 そこは感謝すべきだろう。

 私の種族が他の知的生命体を蹂躙しても放置していることに思うところは大いにあるがな」

 

「言葉の重みが違うな……」

 

「で、あれば。

 私の一族など私が生まれる前に滅ぼしておいてほしかった。

 それができるならそうしておいてほしかった。

 地球で言うところの、死刑囚を社会に残しておくことに害しか無いのが近い」

 

「……」

 

「で、あれば……いや、すまない。

 これは全くもってダメだな、うん。

 君に愚痴を聞いてもらうような形になってしまっていた」

 

「いや、構わない。私はなんとも思わん。好きに言うといい」

 

「そうはいかないさ。君のストレス源になりたくもない。

 私は自分の一族に寛容になれない。

 その不寛容ゆえのストレスを、君に与えるのはあまりよろしくないだろう」

 

「気にするな。私を友人と思うなら」

 

「気にするさ。君を大切に思う限り」

 

「頑固者め」

 

「在り方が固まっているのだよ、メイ」

 

 進化した上位生命体の先祖返りが、教育によってより別の精神性を持った落ちこぼれの異常個体―――エヴィデンス01。

 半端な存在であるがゆえに、彼は寛容と不寛容の矛盾に苛まれる愚かさに共感することができ、それに共感しない超越存在の視点も持っている。

 

「『進化すればいいだけ』と、冗談混じりにお前は言うがな、エビ。

 それは、あまりにも遠い話だ。

 私には一年先も二年先も分からない。

 そんな人間の方が多いだろう。

 お前にとって近くても、私達にはあまりにも遠い。

 彼方の未来だ。

 象にとって近い場所でも、蟻にとっては遠すぎるだろう?

 そうやって進化した例も、そうやって進化していける例も知らない私達には……」

 

「で、あるか。だがメイ、君だけはもう、そうやって進化した生命体を知っているはずだ」

 

「何?」

 

「ィヲェコ゜ターャ人だ。

 言っただろう、地球人に近い精神性だと。

 『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』はここが考えた概念だと。

 あそこは地球人と同じ矛盾を抱え、精神面の進化で、その矛盾を克服した生命体だ」

 

「……ああ、そうか、なるほど」

 

「矛盾を無くしたのではない。包括して克服した生命体だ。矛盾を抱えたまま昇華させた、な」

 

 エヴィデンス01は、人類にとっての正解、正しい道を示すことはできない。

 だが、同じ苦悩を抱いていた先輩、それを既に乗り越えた先人を教えることはできる。

 

 『地球人に物事を教える正しいやり方』を学んでいる途中のエヴィデンス01の教え方は、とても遠回りなものだったが、メイが対話にあたることで、それは遠回りながらに正確に翻訳される。

 エヴィデンス01がィヲェコ゜ターャ人と地球人の間を取り持つ調整者(コーディネイター)にメイを推薦した理由に、その信頼に、周回遅れでメイは気付く。

 

「宇宙は広い。で、あるならば、地球人の遠い遠い明日の姿をした異星人も居るものだ」

 

「ああ、そうだったな。

 エビは楽しみな明日の話ばかりする種族が好きだった。

 自分もそうなりたいと言っていた。

 地球の明日の話を楽しそうに話すお前を、私も好ましく思う。私もそう在りたい」

 

「メイの楽しみな明日の話か。で、あれば、いつでも聞きたいものだ」

 

「……いや、しばらく先にしよう。今の私はトークに自信がない」

 

「で、あるか。私もいつもないが」

 

「そうなのか」

 

「で、あるな」

 

 二人の間には、まだ文化的・生物的な壁があり、それが精神的な差異としてある。

 時々思いっ切りズレた会話もしてしまう。

 双方に歩み寄る意思があり、かなりの相互理解が進んでなおそうだった。

 けれど、その上で、信頼があり、友情があり、理解し合おうとする思いやりがある。

 

 ドーナッツの悪魔が『それは誰にも忘れさせることができない』と考え、手を加えることができなかったものが、そこにある。

 

 エヴィデンス01の表情が変わらないまま、少し驚いた様子で、メイの顔を凝視した。

 

「メイ。今、笑ったか」

 

「ああ、笑ったな」

 

「……認めるのか」

 

「お前は私を頑固者と思っているようだが、私はお前ほど頑固者ではない」

 

「で、あるか」

 

「で、あるということだ」

 

 楽しい時、愉快な時、好ましく思う相手に向けて、人は笑うのだ。

 

「さて、そろそろだな。そろそろパルとカザミが来る時間だ」

 

「で、あるか。約束の時間より早くないか?」

 

「そうでもない。

 パルは律儀で、カザミは義理堅い。

 どちらも他人との約束を重んじるタイプだと私は判断した。

 もちろん残りの一人、ヒロトにもそういうところはある。

 私の仲間が待ち合わせの時間より早くに来なかったことはない」

 

「で、あったか。いい仲間だな」

 

「私は他の仲間を知らない。いい仲間、悪い仲間の判断はできない。」

 

「メイ。いい仲間と悪い仲間の判断を相対で決める必要はない。

 己の心で決めていいのだ。

 星にはそれぞれの価値観がある。

 その中に種族ごとの価値観がある。

 そして、個体のごとの価値観がある。

 どれを基準に決めてもいいが、君にとっての君の仲間の価値は、君が決めるといい」

 

「……」

 

「君の中の価値観はなんと言っている? メイ」

 

「……いい仲間だ」

 

「いい答えだ」

 

 二人の会話が進む度、時の針も進んでいき、やがて新たな人影が二つ現れた。

 

「お。いたいた! ようエビ、元気そうだな」

 

「し、失礼します」

 

「どうぞ。そこにある椅子を使ってくれ。で、あれば、今二人の紅茶も淹れよう」

 

「サンキュー!」

「あ……ありがとうございます。ご丁寧に」

 

 一人はカザミ。

 あいも変わらず筋骨隆々なアバターがよく目立つ。

 エヴィデンス01と合うのは海での花火以来か。

 彼がメイの仲間であることを、直接話したエヴィデンス01は知っている。

 

 もう一人は、獣人のアバターをしていた。

 水色の髪、獣耳、獣の尾、片目は髪で隠れ、華奢かつ低身長の少年にあどけない可愛らしさが宿り、ぶかぶかな服がそれを包んでいる。

 年上のお姉さんから同性までいけない気持ちにさせる要素で固めた、ゲームやアニメの人気ショタキャラクターのような造形だった。

 他人を誘惑する妖しい魅力ではなく、無自覚に振る舞って異性に襲われる危うい魅力に満ちている。それはおそらく、彼が狙ってこのアバターを造形したわけではないからだろう。

 魅力と無防備さの両立が危なげな雰囲気を作っているのは、ある意味メイと同類だった。

 彼がメイの仲間であることを、伝聞で聞いていたエヴィデンス01は知っている。

 

「パルヴィーズです。よ、よろしくお願いします」

 

「で、あるか。私はエヴィデンス01。友人は皆、私をエビちゃんと呼ぶ」

 

「エビ。私は呼んでないが」

 

「言葉の綾だ。謝罪する。友人の一部は私をエビちゃんと呼んでいる」

 

「あ、僕もパルって縮めて呼ばれてます」

 

「そうか、ではパル殿と」

 

「では僕も、エビちゃんさんと」

 

「ほう。丁寧だが僅かに独特な日本語の扱い方。で、あれば、教養のある日本外の人間か……」

 

「エビがそれを言うか?」

 

 パルに考察を走らせるエヴィデンス01に、メイが冷静にツッコミを入れた。

 

 最初に親しくなったメイ。

 海の花火の件で知り合ったカザミ。

 今日が初対面のパルヴィーズ。

 これにもう一人を加えてチームであることを、エヴィデンス01は伝聞で知っていた。

 

 そして。

 

 彼らもまた、ある事情から、彼が異星人であることを知っている。

 

「頼みがあるらしいな、親愛なる地球人の諸君。私に可能なことであれば聞こう」

 

 エヴィデンス01は問いかける。

 

 彼は地球人にとって、全能ではないものの、多くの願いを叶えられる願望機。

 

 カザミが、エヴィデンス01の瞳をまっすぐに見る。

 

「……頑張ってたやつがいたんだ。すげえ頑張ってたんだ。優しくて強いやつなんだ」

 

「で、あるか。その者に何かしてやりたいのか?」

 

「そいつに何かしてやりたいんじゃねえ。

 そいつのために何かしてやりてえ。

 いや……それだけじゃねえ。

 俺は……そいつが泣いているところを、初めて見ちまったんだ」

 

「……友情。で、あるな」

 

「ああ。俺は、ダチのためにできることが全然ねえ。だからあんたに聞きたい!」

 

 カザミが、切実に、叫ぶように、祈るように問う。

 

「なああんた、俺達から見て万能の存在なら、ELダイバーを生き返らせたりできないか?」

 

 事情を理解できていないエヴィデンス01にも、願いを声として絞り出すカザミ、拳を握り締めるパル、瞳に感情が揺れているメイが、本気の本気であることは分かった。

 

 この三人が『最後の一人』をどれだけ大切に思っているかは、分かった。

 

 

 


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