ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE   作:ルシエド

21 / 28
『救えない医』のロジック

 カザミが頭を下げ、異星人に懸命にELダイバーの蘇生を願った、その少し前。

 

 メイは瞳を閉じて神殿に鎮座する巨大な竜を見上げ、その巨体へと呼びかけていた。

 

「クアドルン」

 

 竜が身じろぎし、ゆっくりと瞼を上げる。

 

 聖獣クアドルン。

 エルドラを守る、黒体銀翼の巨大竜である。

 かつてエヴィデンス01の一族の尽くを打ち倒し、今もエルドラの星を守る聖獣だ。

 

 メイとクアドルンは、エルドラの大地を一望できる空中神殿に居た。

 ここはエルドラ。

 地球から三十光年離れた、宇宙の遥か彼方の星。

 

「どうした、メイ。アルスとの戦いに関する何かか」

 

「いや、それとは別件だ」

 

 全ての始まりは、かの悪魔達の侵略だった。

 多くの場合負けても後がある地球人の戦争などとは格が違う、半ば絶滅戦争に近いのが、エヴィデンス01の一族の侵略である。

 かつてエルドラに攻め込んだ時には、現在ほどの苛烈さを持っていなかったものの、過去の侵略戦争においても彼らは苛烈だった。

 そんな侵略の全てを跳ね除けたのが、守護者アルス、エルドラ人、そして……聖獣クアドルンであった。

 

 戦いが終わり、守護者アルスは眠りにつく。

 長い、長い時が流れ、新しい人類―――獣人が、星の表面に満ちる。

 古き民が相対的に古代エルドラ人という立ち位置となり、新しき民がエルドラ人となった頃、守護者アルスは目覚めた。

 そして、星に息づく獣人達を、侵略者であると誤認した。

 長き時と戦いの傷が、古代エルドラ人に作られた彼を狂わせたのだった。

 

 次の始まりは、地球人達の来訪だった。

 獣人達に抵抗する力はなく、だが『古代エルドラ人の一部』が辿り着いていた星・地球から、星を救う希望が招かれた。

 ガンプラを本物のモビルスーツ同様に使い戦う地球人達と、GBNのデータを参考にモビルスーツを製造したアルスの機械軍団『ヒトツメ』による、絶望的な戦力差の機械戦争。

 招かれた地球人達は、善意からアルスの侵略に立ち向かう。

 メイもまた、そうして召喚された一人であった。

 

 エヴィデンス01が『異星からの来訪者』として地球の未来を繋ぐ中、メイもまたエルドラから見た『異星からの来訪者』として、エルドラの未来を守っていたのである。

 メイはエヴィデンス01の存在からエルドラが異星である推論に途中から確信を持ち、同時にエヴィデンス01という異星人のすんなり受け入れることができていたのであった。

 かくして今も、メイ達は聖獣クアドルンやエルドラ人達と共に、絶望的な戦場の中、抗うように戦い続けている。

 

 元凶は誰か。

 

 狂いの果てに月の元凶と言われたアルス?

 アルスを止められなかったクアドルン?

 古代エルドラ人が消えた後地に満ちたエルドラ人?

 アルスに新しい兵器の形を学ばせてしまったGBN?

 守りきれず多くの獣人を死なせてしまっている地球人?

 

 違う。

 言うまでもない。

 元凶とは、古代のエルドラに攻め込んだ侵略者―――エヴィデンス01の一族である。

 

 そも、他星への侵略というのが擁護できない。

 いかなる理由があろうとも、被害者の側からすれば絶対に肯定できないものだ。

 古代エルドラ人達は愛する母星を捨てるしかなくなった。

 傷付いたアルスは長き眠りにつき、起きた時にはもう心が壊れていた。

 仲間が皆居なくなったエルドラの上で、クアドルンはほぼ永遠の孤独に置き去りにされた。

 何もかも、始まりに彼らの侵略がなければ、あるいは彼らが悪意的な侵略をしていなければ、起こらないはずのことだった。

 

 今、誰もがそのツケを支払っている。

 

 エルドラは自然環境が蘇るまで気が遠くなるほどの時間がかかり、今もなお荒野が多い。

 アルスの心は壊れ、かつて守ろうとしたエルドラの敵となった。

 クアドルンはかつての同志であったアルスを説得しようとし、アルスの攻撃の傷がまだ完全に言えていないボロボロの状態。

 今を生きる獣人のエルドラ人達も、理不尽に殺されている。

 召喚された地球人の一部は精神をアルスに囚われ、アルスの虐殺に加担させられ、地球にある肉体は生と死の境を彷徨っている。

 メイ達も命がけでアルスと戦うことを決めたが、いつ死ぬかも分からない。

 

 全てが、過去の負債であった。

 

「お前に聞きたいことがある。お前とアルスがかつて戦った侵略者のことだ」

 

「……聞いてどうする」

 

「興味が出た。聞いておきたい。もちろん、クアドルンが話したくないならいい」

 

 クアドルンは瞼をピクリと動かし、口を開かないまま、人間が会話に使える空気の振動としての声を発する。

 クアドルンは超越者だ。

 長命であり、地球文明を超越した力を持ち、巨大な竜の体で宇宙空間にすら適応し、知性も高いという、エヴィデンス01同様に地球人類より高位にある生命体である。

 その声は星の上でも宇宙空間でも問題なく届くもの。

 空気の振動を利用しない、宇宙という世界でのコミュニケーション能力を持つという意味で、クアドルンの声は人間の声よりもエヴィデンス01の本来の声に近かった。

 

「それは、鯨の民のことだな」

 

「鯨の民?」

 

「かつてこの星を襲った者達の俗称だ。

 誰よりも大きく。

 誰よりも強く。

 誰よりも死なぬ。

 ……自分より小さく弱き命を、信じられない速さで喰らい尽くす」

 

「……」

 

「恐るべき者共であった。

 極めて優れた知を持っていたエルドラの民も敵わなかった。

 あれを倒したのはアルスの功績に依るところが大きい。

 誰よりも速く、誰よりも正確に判断するやつの頭脳があって初めて、勝てた相手であった」

 

 メイは、鯨という生き物が、地球では親しまれ愛されていると思っていた。

 だが、宇宙では違うのかもしれない。

 少なくとも今、この周辺宇宙においては、『鯨』は忌むべき存在として認知されているようであったから。

 

「アルスは英雄だった。

 かつて、奴らを打ち倒し、宇宙の果てまで逃げ帰らせた英雄だった。

 だが、今はそうではない。

 大昔に奴らを倒した兵器の多くも壊れ、今はヒトツメと衛星砲が残るのみ」

 

「もう一度鯨の民が襲来すれば、クアドルンは勝てるか?」

 

「勝てぬだろう。かつてあったが、今はないものが多すぎる」

 

「……」

 

「半端な我々では勝てぬ。奴らには容赦がない」

 

 クアドルンの言葉には、隠しきれない警戒心と嫌悪が聞き取れた。

 

「鯨の民は、戦いを理解していた」

 

「戦いを? クアドルン、お前も理解していたのではないのか」

 

「我らのそれは甘かった。

 いや、エルドラの全ての者の認識が甘かった。

 我々の戦いは宇宙で行われていた。

 にもかかわらず、エルドラは荒廃した。

 それは奴らが、我々がエルドラという星を守っていることを認知し、狙っていたからだ」

 

「!」

 

「奴らは肉体を持たない。

 物質的な繋がり、物質的な執着を持たない。

 すなわち、奴らは母なる星を愛するという感情を理解できないのだ。

 そこに共感を持たない。

 せいぜい知識として知るのみよ。

 ゆえに、エルドラを荒廃させることにも躊躇いがなかった。

 星を狙い、我々やアルスの動きを制限しにかかった。

 星を守れなかったアルスは悔やみ、嘆き、自らを創造した者達にひたすらに謝っていた」

 

「……そういうことだったのか」

 

「恐ろしいことだ。

 体が"物"で出来ていないがゆえに、他人の大切な"物"が理解できない生命体とはな」

 

 メイは、クロスボーン・ガンダムという作品で、ただただ損得抜きの憎悪に身を任せ、業火に焼かれて燃え落ちる地球を見たがった木星の狂気の指導者、クラックス・ドゥガチを思い出す。

 地球で生まれた人類の一端でありながら、母なる地球を滅ぼすことそのものに悦楽を覚え、地球で生まれた命でありながら地球そのものを滅しようとする星の自滅の因子。

 人類がまだ地球なくして生きていけない時代に、地球を滅ぼそうとする悪魔。

 作中ではその在り方もまた、人類の新種(ニュータイプ)と呼称されていた。

 

 命は矛盾を抱えたとしても、それでも生きていく。

 全体を崩壊に導く個体は、多様性の中より生まれ、多様性を滅ぼすために動く。

 

 地球人から生まれ、地球に一切の再生(リライズ)も許さず、地球も滅ぼしてしまう在り方の新人類も、ニュータイプであるのなら。

 宇宙に生まれた命の中で、宇宙の他の命を滅亡に導き、自分を生み出したはずの宇宙の多様性を死滅させ、宇宙を自分達の単一な在り方で染め上げる者も、またニュータイプであるだろう。

 地球人のニュータイプとは似て非なる、宇宙人のニュータイプ。

 再起(リライズ)の一切を許さない、上位生命体が直々に滅ぼさざるを得ない新種。

 鯨の民が"それ"である可能性は、誰にも否定できなかった。

 

「奴らは滅びを願われている。

 鯨の民が強すぎるがために、叶ってはいないが。

 宇宙の多くの命は、個体の一つも残さない滅亡を願っていることだろう」

 

「だがクアドルン。その鯨の民から、善良なるものが生まれる可能性もあるのではないか?」

 

「ない。

 生まれるはずがない。

 それは奴らの長い歴史が示している。

 奴らの種族は情報を共有し、自我や意識まで癒着させている。

 異常個体も殺処分する文化の一族だ。

 生き残っても、癒着した意識から一族の精神の影響を常に受ける。

 侵略と虐殺をしない個体はいないだろう。善良な者に育てる可能性がない」

 

「……そうか」

 

「それは、アルスの作ったヒトツメが、新しき民と共存を始めることに近い。

 不可能である、ということだ。そこまでの低い可能性は、無視していいだろう」

 

「生まれないと言うのか?

 アルスの作ったヒトツメという悪の中から、共存を選ぶ善の一つも生まれないと?」

 

「私はそう思っている」

 

「……」

 

 鯨の民から他星の命を守り育む善良な者が生まれることも、アルスの配下のヒトツメから獣人を守るヒトツメが生まれることも、奇跡に等しい低確率だ。

 あまりにも確率が低いがために、無視するべきこと。

 そんなものに期待していては、きっと何も守れない。

 

「歯痒いものだ。

 私にもっと力があれば、奴らを根絶できたかもしれぬ。

 だが、できなかった。

 鯨の民は滅ぼせず。

 アルスを止めることもできず。

 ……お前達を危険に巻き込み、お前達の力なくば何もできない。それが私だ」

 

「お前の力がなければ私達も死んでいた。感謝している、クアドルン」

 

 クアドルンは瞳を閉じて、感慨深そうに、万感の感謝を込め、頷く。

 

「永遠に失われたものが多すぎた。

 それらは永遠に戻らない。

 死んだ者が蘇らないのと同じように、だ。

 メイ。奴らが奪ったものが無数に過去に積み上がっている限り、奴らが許されることはない」

 

「……お前達にとっては怨敵だ。妥当だろう」

 

「いざとなればここまで逃げるがいい。

 鯨の民は恐るべき者達だ。

 一体でも残れば、そこから増える可能性がある。

 だからこそ、一体も残さず滅ぼさなければなるまい。

 いつかそう考えて戦いに動く者達も居るだろう。

 そうして鯨の民が滅ぼされるまで待てば……あるいは生き残れるかもしれん」

 

「いつか滅ぼされるものなのか。鯨の民は」

 

「いつかは滅ぼされるだろう。

 他者と共存できないものは滅ぼされる。……アルスと同じように、な」

 

 メイは、クアドルンにもエヴィデンス01にも、知り得たことを話さない。

 エヴィデンス01をエルドラの戦いに巻き込むことも選ばない。

 一族の罪を自分のことのように背負うのがエヴィデンス01だ。

 エヴィデンス01を鯨の民の一人として敵視する者達がいるのがエルドラだ。

 特にアルスは、エヴィデンス01を見れば自分の中にある誤解に確信を持ってしまい、全力の絶滅戦争に移ってしまうだろう。

 エヴィデンス01の力を借りようとすれば、誰もが幸せにはなれない。

 メイはそれを望まなかった。

 ゆえに、仲間達と力を合わせ、その力だけでどうにかすることを決めていた。

 

 メイはクアドルンの話を聞き、去っていく。

 神殿に一人座するクアドルンは、過去に思いを馳せ始めた。

 

「イルハーヴ。

 シャングラ。

 お前達が生み出したアルスは、お前達との約束を守ろうとしている。

 この星を守り、お前達の帰りを待つと。

 お前達が守るまで、この星の再生を担うと。

 だが奴はエルドラの敵となった。

 お前達のために再生の途中にあったエルドラを、衛星砲で焼いた。

 ……奴は約束を覚えているが、それ以外を忘れつつある。止められるのはお前達だけだ」

 

 クアドルンは、帰りを待つ者だった。

 アルスもまた、帰りを待つ者だった。

 だがアルスは狂い、鯨の民から平和を守る者だったはずなのに、鯨の民のように平和を奪う者に成り果ててしまった。

 クアドルンもまた、帰りを待つことを諦めている。

 

「……だがもう、お前達は帰って来ないのだろうな」

 

 誰もが、過去に鯨の民の侵略が生み出したツケを支払い続けていた。

 

「こんな未来を望んでいたわけではなかったのだがな。そうだろう……イルハーヴ」

 

 クアドルンは親愛を込めて、その女性の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 エヴィデンス01は驚愕を隠せず、その女性の名を繰り返した。

 

「―――イヴ?」

 

「ああ、そういう名前だって聞いた。そいつが、ヒロトの大事な人だっていうELダイバーだ」

 

「……いや、まだわからないか。

 で、あれば、確認する必要があるか。同名の別人の可能性もある」

 

「何がだ?」

 

「いや、なんでもない。カザミ殿が蘇らせたいというのは、そのELダイバーか」

 

「ああ。頼む、あんたくらいにしか頼めねえんだ」

 

「で、あるか。それが君達の仲間の最後の一人、ヒロト殿のためにしてやりたいことだと」

 

「だってよ……だって、あんまりだろ。あんまりじゃねえかよ……」

 

 その昔、少年と少女が二組、GBNのディメンションで出会った。

 一つは、少年リクと少女サラ。

 一つは、少年ヒロトと少女イヴ。

 二組の少年と少女は出会い、絆を育んでいったという。

 サラとイヴ、ELダイバーの姉妹である二人が、このGBNに電子生命体として誕生したことが、全ての始まりだった。

 

 だがサラは紆余曲折を経て、GBNのサーバーに大きな負荷をかけるようになり、皆の居場所であるGBNを生きているだけで破壊する存在となってしまった。

 そんなサラを除去してGBNを守ろうとした人達と、サラを守ってGBNを守ろうとしたフォース・ビルドダイバーズが戦った戦いを、第二次有志連合戦と言う。

 第二次有志連合戦はビルドダイバーズの勝利に終わり、ビルドダイバーズはサラの生存とGBNの救済を成し遂げ、GBNで最も有名なフォースの一つとなった。

 

 だが、その裏にはもう一つの物語があった。

 妹であるサラを救うためにバグを吸収しすぎたイヴが、より巨大な世界を滅ぼすバグとなりかけていたのである。

 イヴの願いもあり、ヒロトはイヴを撃ち、消去。

 サラを守ってほしいというイヴの願いを聞いたヒロトだが、「なんで」「俺は」「君は」「なんで君達だけ」という感情の坩堝から、サラを救うリクを二人まとめて撃とうとしてしまう。

 

 その過程におけるヒロトは、有り体に言って地獄だった。

 自分は救えず自分の手で殺したのに、リク達は救えてしまう。

 自分はイヴを好きだという気持ちを押し殺して/否定してまでイヴを殺したのに、リク達は自分達の好きを否定してはいけないと言う。

 自分の隣にイヴは居ないのに、リク達は救えたサラと今日も笑い合っている。

 世界中全てが、何も諦めなかったビルドダイバーズを称賛していて、何もかもが救われたハッピーエンドに喜んでいて、『これ以上の未来はない』と笑い合っている。

 世界全てが、ヒロトを苛む地獄に変わったかのような、そんなお話。

 

 イヴはサラを守るために死を選び、最も信頼するヒロトにサラを守ってほしいと願い、願いを託して死んでいったのに。

 ヒロトはぐちゃぐちゃになった感情で、サラを撃ち、サラが救われない結末を成し遂げようとしてしまった。

 それから何年も、何年も、ヒロトはずっと自分を否定しながら、自分の全てを嫌いながら、一番大好きだった人を殺し、その願いを踏み躙り、否定したという最悪に苦しみ続けたという。

 

 カザミはアバターが地面にぶつかるくらいの勢いで、土下座をして、頼み込む。

 

「頼む! 俺、あいつに何度も助けられてんだ!

 あいつのおかげで、俺は俺を見つけられた気がするんだ!

 そんなあいつが、泣いちまうくらいに辛かったことを……どうにかしてやりてえんだ!」

 

 パルもまた、頭を下げる。

 

「僕からもお願いします!

 代わりに僕にできることがあるならなんでもします、だから……」

 

 メイも恭しく、頭を下げた。

 

「お前にできるなら、私からも頼みたい。

 私も方法を探したが、どう探しても無理だった。

 だがお前なら……という気持ちもある。

 お前が無理をしない範囲でできることであるなら、どうか、頼む。できるだろうか」

 

 三人が頭を下げる。

 三人が頼むのは、イヴという少女のELダイバーの蘇生。

 だがこの三人は、イヴのために頭を下げているのではない。

 ヒロトのために頭を下げている。

 大切な人の蘇生ではなく、三人にとって大切な人の大切な人の蘇生を願っている。

 それは「自分にとっての都合の良い人を蘇生させたい」といった気持ちは微塵もなく、「自分達を助けてくれた大切な人が幸せであってほしい」という願いから生まれたものだった。

 

 カザミは友への友情ゆえに。

 パルは優しい人に救いがあってほしいという優しさゆえに。

 メイはできる限り皆生きていた方がいいだろうという幼さゆえに。

 ただまっすぐに、それを願っていた。

 

 この三人と、ヒロトという一人が合わさって、"もう何も失わせない"という祈りからエルドラを守るために戦う―――それが、もう一つのビルドダイバーズというフォース。

 

 エヴィデンス01は、『リク達のビルドダイバーズ』に、光を見た。

 無垢なる光、混じり物のない光だ。

 たとえるなら、生まれたての恒星のような綺麗な光。

 彼らを見ていると、「これが現実だ、現実を見ろ」と言う諦めた大人の理屈の全てが破壊され、何もかもが救われたハッピーエンドが作られることを、疑う気も起きてこなくなる。

 

 そして今、『メイ達のビルドダイバーズ』にも、光を見ている。

 失われるものがあると知り、底の底を知るがゆえの光だ。

 たとえるなら、光り輝く星が死に、ブラックホールとなって、闇の塊が全ての光を吸い込み消し去っていくものの、ブラックホールの蒸発によって、巨視的にはブラックホールが光り輝いて見えるような、そんな闇の底から生まれる光。

 彼らを見ていると、「失えばそこで終わりだ」と言う諦めた大人の理屈の全てが破壊され、何かが決定的に失われても、そこから始まる何かがあるような気がしてくる。

 

 二つの光に、焦がれるようにエヴィデンス01は見惚れる。

 宇宙という闇を照らす光には二種類ある。

 一つは、恒星などが発する光。可視の光。

 もう一つは、宇宙という無限の闇を進むために必要な、心の光。不可視の光。

 だがそのどちらも、超越者である彼の目には見えている。

 

 宇宙は無限の暗黒である。

 そのままでは精神と意識の何もない、精神の観測においては無限に平坦な暗黒である。

 生命とは、そこに誕生した光の群れである。

 宇宙という無限の暗黒の中、優しさや思いやりといった、それまでの宇宙にはなかった光を零れ落ちさせる、光の点の群れである。

 

 彼らは、エヴィデンス01の精神観測において、宇宙という冷たい暗黒の中で輝く、暖かで光り輝く星々であった。

 

 だからこそ、エヴィデンス01は、歯を食いしばって、その言葉を告げた。

 

「私には、ELダイバーを蘇生することはできない」

 

「―――」

 

「すまない」

 

 そんなことを言いたくはなかった。

 そんな顔をさせたくはなかった。

 だが、真実を言うしかなかった。

 メイに"できるだろうか"と言われれれば、彼は嘘をつくことができない。

 それは、友との約束だから。

 

「で、あれば、君達の勘違いを正さねばならない。

 私の無力と無知を伝えるために。

 君達に謝るために。

 君達は私に過大なものを望んだ。

 私は医術を知っている。

 魔法などないことを知っている。

 宇宙の全ては宇宙に存在する法則に沿ったものだ。

 医術の全ては生命に存在する仕組に沿ったものだ。

 不思議なものも、奇跡もない。

 命を救うために法則性を解明し、治す手段を作っていく。

 その学問が医学で、そうして生まれた手段が医術だ。

 で、あるからこそ、医術は魔法にはなれない。どんなに進化しても、魔法はない」

 

 SFの上位生命体のような生物が存在したとしても、それはそれ以上でも以下でもない。

 彼はファンタジーのような存在ではない。

 生命の暖かな想いの世界を、宇宙の冷たい法則が包んでいることを、彼は知っている。

 

「君達が私に求めているのは、医術ではなく魔法だ。奇跡だ。蘇生魔法などというものはない」

 

「……そうか」

 

 メイの声色は優しかった。

 そこには、エヴィデンス01の心をいたわる気持ちがあった。

 

「……ありがとうございます。真剣に向き合ってくれて」

 

 パルは少し悲しそうにして、改めて頭を下げた。

 

「……すまねえ。無理を言っちまった。気にしないでくれ」

 

 カザミは謝って、フォローに入る。

 ヒロトのためと思うとつい熱が入った頼み方をしてしまったが、そのせいでエヴィデンス01に罪悪感を背負わせてしまったのではと、カザミは気にし始めたのである。

 それを見て、エヴィデンス01は首を横に振る。

 

「謝ることはない。

 君達は私に求めた。

 私は応えられなかった。

 で、あれば、君達は私を責める道理もあるのだ」

 

「お前……いいやつだよな。だけど気にすんなよ。お前は悪くねえんだ」

 

「そうですよ。僕達が無理を言ってしまっただけなんです」

 

 侵略し滅ぼす一族に生まれた者は、救い守るために進化していった生物と比べて、他の種族の生命を救う手段に長けていない。

 

「宇宙において、医学は永遠の敗北者だ。

 私達は何十億年も負け続けてきた。

 これからも何千億年と負け続けるだろう。

 死に負け、病に負ける。

 命をこの手から取りこぼす。

 そして後悔する。

 その敗北と研究の歴史と記録を、医術と読んでいるにすぎない。

 命を救うために生み出したのが医術だ。

 だが、いつだって、医術が発展するのは救えなかった後だ。

 この矛盾から逃れることは、ほとんどの知的生命体ができていない。

 全ての命を救うことでしか、この矛盾から逃れることはできないからだ。

 ……今日、また一つ負けた。

 それがとても悔しく、とても情けない。

 君達の上位者を気取っておきながら、君達の悲しみを倒せないことに……謝罪させてほしい」

 

「おいおい……ったく、なんつーかな、真面目すぎるだろお前」

 

「……ですね。でも、ありがとうございます。僕達を気遣ってくれて」

 

 カザミとパルが、エヴィデンス01の言葉を受け止め、頑張って笑顔を作っている。

 救えなかった上位者と、頼んだだけの地球人の間に、不思議な気遣いが生まれていた。

 異星人と地球人の思考のスケールはあまりにも違っていたけれど、その考え方には通ずるところがあって、心が通じている実感がある。

 エヴィデンス01の言い方は遠回しで、地球人に伝わらない感情を伝えるため、翻訳に多大な数の言葉を必要としていたけれども、だからこそちゃんと伝わっていた。

 

「エビ」

 

「なにかね、メイ」

 

「お前が前に伝えてくれた電子生命体の医学。あれがいつか私達を救うだろう」

 

「? で、あるか。それを何故今?」

 

「バッカお前、メイが珍しく慰めにかかってんだから察しろ! 俺でも分かったぞ?」

 

「あはは、本当に異星人の方なんですね……僕、異星人の方とお話するのは初めてです」

 

 四人で楽しげに話していると、メイの脳裏にはクアドルンの言葉が浮かぶ。

 鯨の民は生存を許されない。

 一体でも残っていれば、そこからまた増えるかもしれない。

 かつてあったという鯨の民への上位生命体の攻撃があれば、今度こそエヴィデンス01を含めた一族は全滅するかもしれない。

 

 鯨の民は全てが地球を超越している上位生命である。

 エヴィデンス01の裏切りが発覚すれば、エヴィデンス01は殺されるだろう。

 地球もろとも滅ぼされる可能性は否めない。

 

 クアドルンのように、他の生命体も鯨の民を敵視している。

 エヴィデンス01が見つかれば、他知的生命体の殲滅を望まないエヴィデンス01は、そのまま無抵抗に殺されてしまうかもしれない。

 エルドラの衛星砲のように、無抵抗なエヴィデンス01を殺す手段はいくらでもある。

 

 メイはエヴィデンス01の横顔をじっと見て、口を開いた。

 

「宇宙の全てを敵に回しても、お前は私が守る。できるかは知らないが」

 

「? で、あるか」

 

 不思議そうに首を傾げるエヴィデンス01を見て、メイは一つ誓いを立てた。

 

 他者を救うことばかりで、自分だけは救えないこの男を、死なせないために。

 

「知っているか、カザミ、パル。

 この男、何億年も生きているくせに、二年も生きていない私に言い負かされたのだ」

 

「へー」

「え、そうなんですか」

 

「なるほど、これが地球特有文化、いじりからの親しみ表明……で、あるか」

 

「ああ。私も昨日テレビで学んだ。今日がエビをネタに活用するべき時だ」

 

「ズレてんなあ、ELダイバーと異星人……」

「ですね……」

 

 遠い星から来た一人の友人に、生きてほしいと願うがゆえに。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。