ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE 作:ルシエド
今現在、GBN運営の方針に沿い、エヴィデンス01が異星人であると知るフォースは三つ。
GBN最強、チャンピオンのクジョウ・キョウヤが率いるNO.1フォース『アヴァロン』。
伝説的フォースにして最初のELダイバーと言われるサラを抱える『ビルドダイバーズ』。
そしてメイが参加している『ビルドダイバーズ』。この三つである。
運営は方針を少しばかり変更したようだ。
極力異星人の存在を知られないようにしていた既存方針から、いくつかのフォースへの情報の開示がなされていた。それは、何故か?
考えるまでもない。
エヴィデンス02の存在である。
かの敵はエヴィデンス01単独で倒せる存在ではなく、困ったことに大規模なデータ改変まで行う上、メインプログラムの取り込みまで行っていた。
運営、及び一般プレイヤーではまるで対処できず、現地の上位ダイバーの力を持ってして対処するしかないという意味で、かつてあったビルドデカール事件に似た案件になりつつあった。
幸い、エヴィデンス01の情報提供により、タネが割れるまでは対象の情報構造体を誘引する――正確には、観測によってGBN内に量子存在の出現位置を固定化する――ことで、エヴィデンス03、04と出て来たとしても、GBNでの戦いに持ち込むことができる、とのこと。
観測によって"ここにある"を安定化させ、"そこにいる"を作り出して電導などの実用レベルに利用する新技術は、2017年に日本の基礎物理学研究所も生み出していたが、このレベルの小細工ともなれば地球人を遥かに超えている。
エヴィデンス01が超常的な知識を持っていることが垣間見られた一瞬だった。
これにより、エヴィデンス02と同レベルの敵であれば、最上位のGBNダイバーが短期決戦を挑むことで、なんとか対処できる見込みが出て来た。
と、なれば。対処にあたるであろうエヴィデンス01の周りに、事情を知っている上位ダイバーがいた方がいい。できれば、フォース単位で。
とにかく強いアヴァロン。
リボーンズガンダム迎撃戦に参加していて、実力もGBNトップクラスの一角で、絶望的な戦力差での勝利実績のあるリクのビルドダイバーズ。
メイとエヴィデンス01の推薦があり、地球で唯一『異星人との戦争』経験を持つ、メイのビルドダイバーズ。
今後の予定は未定であるが、この三つフォースに諸事情を明かす許可が出たのであった。
エヴィデンス01はこれらのどれかと繋ぎを持っておけばいいし、これらはエヴィデンス01と連絡を取り続けることで、有事にエヴィデンス01の援軍として機能する役割を持っていた。
メイが仲間にエヴィデンス01の正体を明かしたことで、カザミが一つ思いつき、エヴィデンス01にイヴ蘇生の可能性を聞く流れができた……というわけだ。
「そもそもあんたマジで宇宙人なのか? 何かパッと絶対的な証明みたいなの出せねえ?」
カザミは問いかける。
カザミとパルに椅子を出し、紅茶を出したエヴィデンス01だが、カザミの何気ない問いかけに何気なく答えることなく、返答に窮した。
カザミからすれば"地球人と見分けつかねーな"という気持ちから、軽い気持ちで聞いたことだったのだが、腕を組んで悩み始めたエヴィデンス01に、カザミまでちょっと慌て始めた。
「……最上級の解答難易度を持つ質問だな」
「は? え? そんな変なこと言ったか俺?」
「ああ。むう。絶対的な証明か……」
「エビ、順序立てて話せ。お前の説明なら通じる」
メイに促され、エヴィデンス01は言葉を選んで、分かりやすい論理を話し始めた。
「全ての証明は、過去にあった何かの証明を下敷きにしている。
これは論理の基本だ。
不確かなものを前提にして生まれる確かな証明はない。
確かに証明されたものを下敷きにして初めて、何かは証明される。
で、あれば、証明のためには根拠Aが要る。
根拠Aが正しいことを証明するためには根拠Bが要る。
根拠Bが正しいことを示すためには根拠Cが……と、無限に続くわけだ」
「ふんふん」
「当然ながら、これは元を辿っていけばいつか、根拠のない何かに辿り着くわけだ」
「えー……あー、でも、そうなっちまうな。
根拠の根拠の根拠の……ってしていったらそうなるか。
あ、でもよ、1+1=2みたいな当然合ってることみたいなとこで止まることもあんじゃね?」
「地球で言う"Brute fact"……で、あるな。
そう、そこだ。
無限に根拠を求めると全ての論理が破綻する。
ゆえに、『何の説明もなく正しいとされること』を設定する。
地球における1+1=2もそれだ。
これは何の説明もなく、正しいという説明もなく、正しいということになる。
論理というものは皆、こうした無根拠に論証される土台のルールの上にあるのだよ」
「へー。おもしれー話だなぁ」
「で、あるが。それが通じるのは地球の中だけだ」
「へ?」
「『地球の当たり前』は他の星の当たり前ではない。
当然、私にとっての当たり前は地球での当たり前ではない。分かるか、カザミ殿」
「あー」
「1+1=2がなぜ正しいのか説明できるか?
地球の数字概念がなぜ正しいのか説明できるか?
宇宙の真理を求めるのにその数理が正しいとなぜ言える?
私がそう問いかけられるように、君達もそう問いかけられる。
私にとっての常識を君達にどう当たり前に理解させるか、悩ましい。
そして私にとっての常識には、私の母星の"Brute fact"があるのだ。
そこに君達が『何故?』と言った瞬間、私は答えに窮する。
しかし無限に根拠を求めれば必ずそうなるのだ。
で、あるからこそ、私は君達に絶対的な証明というものを考えると、難儀する」
「わーめんどくっせ。木星の石でも見せてくれりゃそれでいいって」
「……それでいいのか?」
「オッケーオッケー、写真撮って宝物にすっからさ」
拍子抜けしたようなエヴィデンス01に対し、カザミは少年のように笑う。
そこに、パルが話に加わってきた。
「ミュンヒハウゼン・トリレンマですね」
「で、あるか。地球にも同じものがあったのだな」
「みゅんひ……なんだそれ」
「根拠の根拠を求めるとこうして無茶苦茶になってしまうという話ですね。
この地上から全ての真実を駆逐してしまうものです。
だから公理を決めて定理を作る。
そういうルールがあるのだと、僕は習いました。
根本のルールを疑うための話でも有名ですよ。
国際法のたとえでも使われますね。
正しいかどうかの証明なしに存在する『当たり前』。
その『当たり前』を前提に結ばれる条約。
それを受け入れる度量も、間違っていると提起する勇気も、どちらも必要だと……」
「で、あるな。パル殿にはしっかりとした教養が感じられる」
「そ、そうですか?」
「ああ。地球人らしい知性、それも教養によるものを、ひしひしと感じる」
「メイ、パルにそういうの感じてたか? 俺は時々」
「私も時々だな。育ちの良さは感じる」
パルが照れたように頬を掻く。
エヴィデンス01は地球人ではない。
よって慣習的な面を理解することが苦手だが、感情や先入観を排した客観的な判断に優れ、彼なりに目の前の人間の育ちを把握できるようになってきた。
カザミは粗雑だが優しく、海に詳しく、また『正しい知識』以上に自然の猛威の中で生きるのに必要な『正しい感覚』を身に着けさせようという環境の影響が感じられ、港町の漁師の人間であるという印象を受ける。
メイはELダイバーだが、育てているマギーの影響か、共存を重んじる傾向があり、幼さからくる視野の狭さを補ってあまりある柔軟な許容力がある。
パルには子供らしさを感じるが、それ以上に振る舞いや言動の節々に知性が感じられるため、幼少期から良い教育を受けてきたことが窺える。
こうした細かな違いを持つ者達が助け合うことで、互いに無いものを補い合うことができる……それもまた、チームというものなのだろう。
「んー、まあ、お前が異星人だってのは分かった。
なんつーかこう……想像もしたこともない部分の苦労みたいなもんは伝わったわ」
「そうか。で、あれば、ここからはELダイバーの蘇生方法について話すか」
「!? は!? できるのか!? できないんじゃなかったのか!?」
「いやできないが」
「なんなんだよ!」
ばしんっ、とカザミがテーブルを叩いた。
「こういうやつだ。この男は」
冷静に、淡々と、メイがコメントする。
メイの苦労をうっすら感じて、パルが苦笑した。
「で、あるな。だが、できないことを考えるから意味があるのだ」
「できないことを考えるから意味がある……?」
「医学の始まりは軒並み同じだ。
『この人を助けたい』
『この病を治したい』
『この傷を治したい』
『だけど治せない。不可能だ』
『だけど、諦めたくない』
この繰り返しだ。
これが医学に蓄積を生み、命を救う医術を生み出してきたと言える」
「不可能に挑み続けるってことか?」
「それだけではない。
『とりあえずこれはどうあがいても解決できない』
『これは頑張ればもしかしたらどうにかなるかも』
を仕分けていくのだ。
その上で研究していくことで、徐々に死を克服していく。
昔放置した不可能案件も、いずれは解決されるだろう。
困難は分割し、一つずつ解決していくものだよ、カザミ殿。医学は特にな」
「難しいことは一個ずつ解決していくってことか。
じゃあやっぱ……できるのか!? 死んだELダイバーの復活!」
カザミは熱くなって、前のめりになってエヴィデンス01に問うが、エヴィデンス01の困ったような雰囲気にはっとなり、すぐに反省する。
「わ、悪い……」
「構わない。
で、あればこそ、大切に思っているという証拠だ。
私が蘇生できない理由は明白だ。
私が習った医術の概念はこの国の大学病院の三つの柱に似ている」
「あ、僕知ってますよ。臨床、研究、教育ですよね」
「で、あるな。パル殿は理解が早く、補足を入れてくれて助かる」
「お前本当に育ちいい感じするよな」
パルが誤魔化すように照れ笑いし、エヴィデンス01が話を続ける。
「で、あるな。私が習ったのは救済、研究、継承だった」
「救済、研究、継承……」
「つまり、医術によって救済したい。
しかし死後の救済の研究がされていない。
そして先人からの継承がない。
これが絶望の根源であると思う。で、あるから、地球は蘇生の原始時代なのだよ」
「へー、そうなのか。蘇生の原始時代とか初めて聞いたけどよぉ……」
「猫の手当てができるなら犬の手当てもできる。
私が提供した電子生命体の医学はそういうものだ。
で、あるが、ELダイバーの蘇生となると技術の蓄積がない。
こればかりは精密な調査、時間をかけた研究が必要だ。
そして経験上、既に過去に死んでいる者の蘇生となると難易度が途端に上がる」
「でしょうね……あまり知識のない僕でも難しいとわかります」
「待て、エビ。死んですぐなら蘇生できるということか?」
「私は地球基準で死後一日程度の人間程度なら蘇生できる。
ある程度死体が残っていることが条件だが。
で、あるが、それは地球人の肉体を正式に調査していないからだ。
地球人の合意を得て調べていけば、地球基準で死後一年程度であれば蘇生は可能だろう」
「マジかよ……なんか色々できそうな気がしてきたな」
驚嘆するカザミに、エヴィデンス01は首を横に振る。
「で、あるが、それは、その時点での肉体が完全に死んでいないからだ。
私はそれを死体であると定義していない。
生命活動が一時的に停止した状態の肉体である、と定義する。
で、あればこそ、生命活動を再開させることができるだけだ。
ここに医学、医術の本質がある。
それまでの時代であれば死が確定していたものを救う。それが医の本質だ」
「『医学が進歩すればするほど"死んでいない"の範囲が広がる』、ということでしょうか」
「で、あるな。パル殿は賢い。良い教育を受けているようだ」
カザミがちょっと首を傾げて、パルの肩を肘で突く。
「なぁパル、どういうことだ?」
「ああ、なんというか……昔は風邪でも、多くの人が死んでたんです。
天然痘もどうしようもなかった病気ですけど、根絶されつつあります。
インフルエンザやエイズだって、昔はもっと恐ろしい病気扱いだったんですよね」
「まあ、そうだな」
「心臓マッサージとかありますよね。
あと、AED(自動体外式除細動器)とか。
今は心臓が止まっても死にません。
でも昔は心臓が止まったら死んだ扱いだったはずです。
彼は……エビちゃんさんは、そういうことを言ってるんですね」
「……ああ、なるほどな!」
「うむ、良い翻訳だ。メイはいい仲間を得ているようだな」
「だから前からそう言っていたはずだが」
メイがじとっとした目でエヴィデンス01を見て、エヴィデンス01がそれを受け流した。
「昔、死が確定していたものが覆される。
死んだ者が、死んだ後に蘇る。
命はどんどん長命になっていく。
徐々に、徐々に、不老不死に近付いて行こうとする繰り返し。
それが生命の目指すものであり、医学の本質だ。
で、あれば、停止心臓を再稼働させ蘇生させる地球文明は、その領域に足を踏み入れている」
「不老不死、って……できんのかよ、そんなこと」
「ある。私は君達の持つ核兵器では傷一つ負わず、老衰でも死なない。
殺す手段はあるが、何事もなければ君達が言うところの不老不死の存在だ」
「―――」
「で、あればこそ、君達に言えることもある。
君達は今、境界線の時代にいる。
電子生命体が発見された。
電子の生命は、物質的な生命より遥かに長期の自己保全に耐える。
情報量の拡大に適応できれば、不老不死も難しくはない。
やがて誰かが、ELダイバーを捕らえて実験してでも詳細を知ろうとするだろう。
今地球人が怯えている病苦、老衰、寿命、食糧難……
全てから解放される、進化の道だからだ。君達は今、境界線の時代に生きている」
「……境界線の、時代」
「そうだ。
人間がどう在るか。
人間がどう成るか。
人間とELダイバーはどう生きていくか。
人とELダイバーは、互いを踏み躙らずにいられるのか。
それら全てが決まる時代が、今この時代だ。医も、社会も、世界も、全ては繋がっている」
「エビは本当に未来の話をするのが好きだな」
「で、あるな。メイは耳にタコができる気持ちだろうが、ついそうなってしまうのだ」
「死んだ過去の人間の話をしていても未来の話になるのだから、筋金入りだ」
メイの口角が僅かに上がる。
そんな僅かな変化だけで、その心情、その気持ちが伝わり、美人度が五割増しに見えてしまうのだから、普段寡黙な美人というのはズルいものである。
「だけどよ、なんか……
いや、これは俺がバカだからかもしんねえけどよ。
なんか話してて、死んだ人をそっとしといてやるとか、そういうのに反してるな、って」
「で、あるか。
だがそれは正しい。
自虐の必要はない、カザミ殿。
それは死の定義によるものなのだ」
「死の定義?」
「エビ。もう少し汎的な例示と説明を増やしてやってくれ」
メイが少しだけ、エヴィデンス01の説明の方向性を修正する。
『これまでの社会では死者として扱われていたもの』が、医学の蓄積と医術の進歩によって『蘇生可能な状態』になるのであれば、その部分に触れずにはいられない。
「地球における命の死の定義とは? ということだ。
ELダイバーの蘇生は不可能である、というのが現状の私の意見だ。
奇跡でも起きれば別だがね。
で、あれば、命の死の定義から少し考えたいところだが、それは地球人が考えるべきだ」
「命の死の定義、って」
「たとえば私なら、同格以上の生命体と交戦しなければ死なない。
私はそういう理の中に在る。
上位生命体の意図的な殺害以外で私は死なない。
情報結晶の消滅が私の死だ。
で、あれば、私の死とは……
任意の状態に固定化されることで私という命を形作っている量子情報を抹消することだ」
「俺には分からんことが分かった」
「あ、僕ちょっとは分かりますよ。
0と1で表せる、僕達が普通に扱う情報が古典的情報。
それに対し、今の人類では複製も保存もできないのが量子情報です、よね?
それで出来ているのがエビちゃんさんである、と。
概要くらいなら分かります。
量子系の技術交流会や発表会は日本と中東を含む複数の国の合同でやっていますから」
「素晴らしい。その解釈で間違いはないぞ、パル殿」
「パル……お前凄えな……」
「やるじゃないか、パル」
「えへへ」
「生と死の定義が変わる。
時代の変化と技術の進歩で変わる。
ゆえに禁忌も変わっていく。
だから地球人は、死の冒涜、死者の蘇生の定義すら変わり続けるのだ」
地球人として当然の疑問を口にするカザミと、高等な教育を下敷きにしたパルの地球知識による補足と、メイの調整が組み合わさると、すいすいと話が進んでいく。
「この領域を進んでいく手段は、方法論としてはある。カザミ殿、5-2は1より大きいか?」
「そりゃ大きいな。3だしよ」
「で、あるか。なら……
α-βは1より大きいか?
りんご-いちごは1より大きいか?」
「いやそんなの分かるわけねーだろ!?」
「で、あるな。
だが昔の地球には0もなく、小数点以下もなく、無理数も虚数なかった。
理解できない数字がたくさんあった。
だが今はそれら全てが計算に組み込める。
桃÷西瓜の計算式をやるように。
未知を理解し、方程式に落とし込み、真理を見つける。
これが万物に通ずる知性の進歩……君達の言う科学だ。
そして医学でもある。
物質Aと物質Bを足すことで病を治す薬を作れると、見つけ続ける作業なのだよ」
「異星人は難しいこと考えるんだな……凄えよ」
「少々形は違うが、この地球でも1960年代以降盛んだったようだぞ。りんご-いちごの学問」
「マジかよ。凄えな昔の人!」
「先人に敬意を持つといい、カザミ殿。
敬意は持って損はない。
特に自分の祖先に対してそれを持つことは、誇りになる。
10年前、100年前、1000年前の先祖に敬意を持ち、その子孫であることを誇りとしよう」
「っす! 尊敬するっす! いやー、思わずエビにも敬語使いそうになるな!」
その言葉の裏に、自分が生まれた種族への否定と、先祖への敬意を持てなくなってしまった自分への自虐があることに、メイだけが気付いていた。
「私はりんごをみかんで割る割り算のやり方なら教えてやれる。
で、あるが、ELダイバーの蘇生を教えることはまだ難しい。
私は多くを知るが、それは先人の知識の継承によるもので、私は全知でも全能でもない」
エヴィデンス01を見るパルの目には、もう『異星人という異物を見る好奇心』は薄れ、『膨大な知識を溜め込んだ知識人への敬意』が満ちていた。
「知識人ではあっても、研究者でも医者でもないということですね」
「で、あるな」
「エビちゃんさん、地球に馴染んだらいい先生になれますよ。僕はそう思いました」
「教師か。私の一族は情報共有があるために、そういうものはもうないな」
「わぁ、教師の文化がない異星人って、そのお話だけで講義が開けそうですね。楽しそう」
色んな方向に話が転がっていっているので、エヴィデンス01は一旦話を方向修正する。
「さて、カザミ殿、パル殿、メイ。期限設定をくれ」
「「「 期限設定? 」」」
「長期的な行動計画を立てる。
流石に十年や二十年で終わる気がしない。
八十年以上かけると流石にヒロトという少年が死んでいる可能性もある。
君達が存命の内に、イヴというELダイバーの蘇生技術を確立してみよう。
もしかしたら想いをかき集めて数十秒の復活に終わるかもしれないが、時間が無いのでな」
「えっ……いやいやいや! 俺達の頼みでそんな時間使ってもらえねえよ!」
「で、あるか。だが気にするな。私は先に言った通り不老不死だ。
100年程度の時間経過でどうこう言う気はない。
問題は地球人……特にそのヒロトという少年の寿命だけだ。そこには間に合わせなければ」
「……言っただろう、カザミ。エビはこういうやつなのだ」
「限度があるだろ限度が!」
「時間がかかるのは私が専門の研究者や医師ではないからだ。
そこには重ねて謝罪する。
まずELダイバーのデータ収集。
運営に協力を仰いでのGBNの仕様の完全把握。
あとは量子情報痕跡の洗い出しと、該当情報の抽出。
これにより現在から過去への情報大河を再構築する。
そしてイヴの情報結晶を生成……ここの精度で全てが決まる。
私を構築する情報構造体の三割を演算処理にあてよう。
正式な蘇生法の体系化までは二百年かかるだろう。
だがとりあえず個人に対して使うだけならもっと早くできる。
これで四十年……いや、三十年で形にしてみせる。どうだろうか?」
「……もうなんとも言えねえ……俺とっくにジジイになってる……」
「すまないな。
地球の存在は知られていないが、それでも万が一はある。
で、あれば、その他諸々のことも考え、これだけの演算能力は残しておきたい」
「いやいやいや! 文句なんかねえよ!
むしろ申し訳ねえ。
なあ、本当にやんなくてもいいんだぞ。
何十年も見ず知らずのやつのためにかかりっきりとか……
俺はヒロトのやつに何かできねえかって思っただけで、お前に苦労させたいわけじゃねえ」
「で、あるか。
問題はない。
君達のように限りある寿命を大切にする概念は私にはない。
で、あるが、そうだな……
君達はイヴ、つまり大切な友達のヒロトの友達を救うために頭を下げたのだろう?
なら私も、大切な友達のメイの友達、ヒロトのために何をしてやりたいと思う。
友達の友達。知性構造こそ別々だが、抱いたもの、掲げたものは同じだろうと私は考える」
「―――」
カザミは意表を突かれた様子で、驚いたように納得していた。
「ああ、そうか。俺達、同じなのか」
「考え方は違うが想いは同じ。君達三人もそういうチームであるように見える」
「おうよ。
考え方は全然違うが、同じことを思ったりする。
それが俺達の『ビルドダイバーズ』! ……って、やつだぜ」
カザミがうんうん頷いていると、パルが口を開く。
「あなたにとって、死は乗り越えて当然のものなんですね」
「私は君達の言う、不老不死という概念が最も適した評になる」
「不老不死。地球人がずっと夢見て、けれど夢破れ続け、今エビが持っているものか」
話に入って来たメイは、エヴィデンス01が協力的な理由を知り、どこか機嫌が良くなったように見えた。
「同族や更に上位の生命体は私を殺せる。
で、あるが、そうでなければ死なない、
しかし私の一族は最初からそういう生命体であったわけではない。
進化を繰り返してここに至ったのだ。私達もまた、死を克服するために必死だった」
「僕らも死を克服するべきなんでしょうか?」
「するべき、ということではない。
だが君達は死に抗い続けるだろう。
多くの生命体には死がある。
ゆえに死に抗い続ける。
それが生命の本能の一つだ。
やがて星が作った生命のサイクルから、知的生命体は卒業していく。
そして死を克服したがゆえの弊害に苛まれ、それをまた克服しようとする。
困難と生命の運命に抗い続けるといい。君達地球人がなりたい生命になるために」
「……はい!」
「なりたい生命、か……
地球人は"なりたい自分になるために"と言うが。
生命レベルで願望を反映する、そういう進化をする、という考え方もあるのだな。エビ」
「で、あるな」
地球人と異星人の話し合いは、『あの人を生き返らせたい』という話から、『数百年死の克服研究していくことを約束する』というとんでもない方向に転がっていった。
生き返らせる都合の良い魔法はない。
しかし、死を克服する医学はある。
ファンタジー的ではなくてもSF的ではあって、先進的な種族ゆえに地球にもある医学を持ち、されどその医学の概念が魔法の域にある。
エヴィデンス01はいつか、数十年後であっても必ず約束を守り、イヴという少女をヒロトという少年と再会させるだろう。
死とは永遠の喪失ではなく、発展途上の知性と文明に立ちはだかる壁であり、いつの日か乗り越えられるもの。
鯨の民は、そういう認識を持つ領域に在る生命体だった。
「さしあたって、イヴという少女について知るべきだな。
で、あれば、ヒロトという少年に会わなければ。メイ、すまないが……」
「ヒロトの予定を聞いておこう」
「助かる」
「私達四人にはそれぞれの生活がある。
私はELダイバーだ。時間には余裕がある。
だがヒロト、カザミ、パルはそうではない。
四人が予定を合わせてお前と会うのは、頻繁には無理だ。
ヒロトと会う時はお前一人か、私が同行するかのどちらかになるだろう」
「それでいい。頼む」
「なら、数日後になるだろうな」
地球人が知らないことを、エヴィデンス01は教えてあげることができる。
事実、今日一日で、カザミ、パル、メイは、多くの新たな知見を得た。
だが、一つだけ。
この案件において、地球人だけが知り、エヴィデンス01が知らないことがあった。
GBNで『彼女』と触れ合った者が、彼だけしか居なかったがゆえに。