ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE   作:ルシエド

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『出会いと別れ』のロジック

 翌日。

 ヒロトはまた、彼が待つ森に向かっていた。

 前回の来訪時、ガンプラが着陸できるだけのスペースがあることは確認済みだ。

 おそらくは彼が意図的にそういうスペースを作ったのだろう。

 

 ガンプラ着陸用と思われるスペースは、人気のある20m前後の大きさのMSを想定していない。

 また、MSの小型化・高性能化が進んだ時代設定のMSの、15m前後も想定していない。

 クスィーガンダムのような、かなりの大型化がされつつも、あくまで標準的ガンダムのサイズから劇的に逸脱しないサイズが想定されていた。

 具体的な例を出すなら、ウォドムポッドが多少余裕を持って入れるスペースサイズの調整がなされていた。

 

 ヒロトが愛機を着陸させると、森の合間に跪く銀色の機体を磨くエヴィデンス01が見えた。

 まるで、洗車をしているかのように、銀色の機体を洗っている。

 当然ながらGBNでは意味がない。

 ここにあるのはただのデータだ。

 現実でガンプラを磨き込めば、GBNはそれを読み取り反映してくれるだろうが、ゲームの中でデータを磨いても意味はない。

 

 どこか滑稽で、どこかズレていて、それでいて地球の文化とズレていない。

 人間の真似事であり、人間を理解するための行動以上の意味はない洗機であった。

 

「それがあなたのガンプラか?」

 

「ゼノガンダムΓs。普段はターンエルスと呼んでいる」

 

「……見たことがない顔だ」

 

「地球の生態系には無い顔造形、で、あるからな。

 地球に存在する生物だと……強いて言えば、ツノゼミが近いか」

 

「ツノゼミ……」

 

「ヒロト君のガンプラは昨日来るのに乗ってきていたものとは形が違うな。

 昨日はもう少し小さく……そう、イヴとの写真の背景に映っていたものだった」

 

「昨日俺が乗ってきたのはコアガンダム。

 これはアースリィガンダム。

 コアガンダムは各アーマーと合体して、別々のガンダムになるんだ。

 アースアーマーと合体してるから、これはアースリィガンダムになる」

 

第三惑星地球(アースリィ)か……美しい名前だ」

 

「そうかな」

 

「ああ。で、あれば他は、マーズフォーやヴイーナスツーなどになるのかな」

 

「……まあ、そんな感じになる」

 

「惑星のガンダム。で、あれば、惑星群(プラネッツ)……太陽系のガンダムか。良い造形だ」

 

 ターンエルスが異星のガンダムなら、ヒロトのガンダムは惑星のガンダムだ。

 

 地球人の目に見える遠い星と、目にも見えない遠い星。彼らは星のガンダムを駆る者達。

 

「ヒロト君。歩きながら……いや、飛びながら話さないか」

 

「え? あ、ああ」

 

「感謝する。で、あれば、もう一つ。

 これは断ってくれていいが……君とイヴと思い出の場所を、教えてほしい」

 

「……ああ。分かった」

 

「いいのか。頼んだのは私……で、あるが、余計なことを思い出すかもしれない」

 

「余計なことなんてない。大丈夫だ。

 もうイヴとの思い出に、向き合えないものなんてない。全部宝物だから」

 

「そう、か」

 

 飛び上がるターンエルス。

 後から飛び上がるアースリィガンダム。

 アースリィは悠々とターンエルスを追い越し、先導を始めた。

 

 軽くスラスターの一部を吹かしただけで軽々とターンエルスを追い越して行くのを見て、エヴィデンス01はアースリィのとてつもない作り込みと性能を実感する。

 アースリィはコアガンダムに各アーマーを合体させたガンダムだと、ヒロトは言っていた。

 つまり形態変化を盛り込んだ、一つ一つの総合性能は下がってしまうガンダムであるはずで、単機でそこまで強いというのは考えにくい。

 にもかかわらず、アースリィはダブルオースカイメビウスを見てきたエヴィデンス01の目から見ても、十分すぎるほどに速かった。

 

 最上位ダイバーの特化機体にも肉薄する性能を持つ、そんなアーマーを複数換装して使えるのだとしたら、ヒロトはリクにも比肩する最上位ダイバーであるということになる。

 強いだけではない。器用で万能な強さだ。

 エヴィデンス01はヒロトの確かな才能を感じる。

 こういう、才能と機転と努力で色んな物事を乗り越えられる人間ほど、決定的な挫折を経験しにくく、それが傷になりやすい。

 

 この大抵のことは一人でこなせてしまう少年に、イヴとの出会いと別れがどれほどの傷を付けたかを思うと、エヴィデンス01は同情を禁じえなかった。

 いっそ人生の何もかもが上手く行っていない人間の方が、イヴの喪失は大きな傷にならなかっただろうに。

 

『優秀だな。ヒロト君の機体は』

 

『ありがとう。……イヴと一緒に作ったんだ』

 

『―――』

 

『だから、見ていて辛い時期もあった。

 だけど、今はそうじゃない。

 今は……イヴの想いと俺の想いが一緒だと思える理由になってくれるガンダムだから』

 

『……そうか』

 

 エヴィデンス01は、自分が挫折や絶望から這い上がった者であるという自認識がない。

 いつだって加害者の上位者であり、上位者の中の出来損ないであるという意識がある。

 だからこそ、エヴィデンス01はヒロトに敬意をもって接していた。

 

 エヴィデンス01は、ヒロトとの対話中に透けて見える心の傷を見て、ダブルオースカイメビウスの胸部奥にあった傷を連想する。

 

 機体の胸の奥に傷を残し、大切なものに付けられた傷を戒めとしているリク。

 心の奥、胸の奥に傷を残し、その痛みもイヴと共に過ごした日々の証であるとし、その痛みと共に暖かな記憶も思い出しているヒロト。

 胸の奥に傷を抱えたまま生きる地球人の姿は、異星人にはとても眩しく見えた。

 

『ここだ』

 

 アースリィとターンエルスが、湖畔に降り立ち、搭乗者を降ろす。

 

「俺とイヴは、ここで出会ったんだ」

 

「で、あるか。どんな出会いだったのだろうか」

 

「『素敵なガンプラね』……って、イヴが話しかけてきて、そこからだな」

 

「素敵な出会いだ。褒めから入る出会いは心地が良い」

 

「それで、コアガンダムの気持ちを教えてくれた。

 最初は……イヴにずっと戸惑ってた。

 言ってることがずっと浮世離れしてたから。

 でも、変人だとは思わなかったな。

 不思議な女の子だと思った。

 可愛い女の子で、人懐っこい笑みで、距離が近くて……

 なんだか恥ずかしくなって、逃げるようにしてその場を離れたのを覚えてる」

 

「青春、で、あるな」

 

「からかわないでくれ。

 ……今でも思い出せる。

 なんだか非現実的で。

 イヴが妖精みたいに見えて。

 根拠も無いのに、イヴの言うことを不思議と信じてたんだ」

 

 ヒロトとある程度付き合いがある人間は、少し驚くだろう。

 ヒロトがこれほど多弁に何かを語るのは珍しいからだ。

 ヒロトと深い付き合いがある人間は、さして驚かない。

 ヒロトは必要がなければ話さないだけで、話すのが苦手なわけでもなく、多弁になれないわけでもなく、コミュニケーション能力が低いわけでもないからだ。

 

 ヒロトはただ、深い共感を持った異星人に対し、言葉を尽くそうとしている。

 

「ああ、そうだ。

 イヴは出会った頃からずっと笑ってた。

 時々不機嫌になったり、泣きそうになったりもしてたけど。

 それでも、ほとんど笑ってた。

 GBNの花は、ずっと咲いたままの花だけど……

 花畑が好きなイヴが、ずっと花の横で笑ってたから、ずっと引き立て役だったな」

 

「で、あるか。君が笑顔にしていたのかもな、ヒロト君」

 

「そこまでは思い上がれないよ」

 

 ターンエルスとアースリィに乗って、二人はGBNの各所を巡った。

 

 多くの場所に、ヒロトとイヴの思い出があった。

 

 データにはならない思い出があった。

 

 それは上位生命体である彼が電子の情報をいくら集めても知ることのできない、ヒロトとイヴだけの宝物、二人だけの輝きの記憶だった。

 

「この海は、夏に二人で来た覚えがあるな」

 

「で、あるか。二人で泳いだのか?」

 

「いや……確か、花火をしたんだ。データの花火を」

 

「ほう、花火。あれは良いものだ。人類の個性をよく感じられる」

 

「俺は昔、あんまり花火ではしゃぐ子供じゃなかった。

 でも、幼馴染が凄く楽しそうにしててさ。

 俺にも花火を勧めてくれた。

 そうしてたらいつからから、俺も花火を好きになってた」

 

「で、あったか。君は周囲に恵まれているのだな」

 

「ああ、俺もそう思う。

 だからイヴにも勧めた。

 知らなかった俺に、幼馴染が教えてくれたように……

 俺もまた、イヴに教えたんだ。

 幼馴染のやり方の真似みたいになってたけど、それでいいって思えた」

 

「私もそれで正しいと思う。で、あれば、イヴは喜んだのかな」

 

「ああ、喜んでくれた。

 それで……そうそう。

 イヴにも、花火の楽しさを知らない人には教えてやってくれって言ったんだ。

 俺が幼馴染に教わったように。

 俺がイヴに教えたように。

 誰もが花火を楽しめるってわけじゃない。

 それは分かってる。

 でもきっと、仲の良い人となら……花火の楽しさってやつが分かる、そんな気がしたから」

 

「で、あるか。良い教えだ。私はそういうものを好ましく思う」

 

 海を渡り、島に至る。

 

 青色のガンダムであるアースリィは海の青に溶け、銀色のターンエルスは海面の反射光に溶け、海に混じるように飛んで行った。

 

「この島でイベントがあって、イヴと俺はそこに来たんだ」

 

「広い島だ。あれは火山か? 広い森もある。人気のありそうなディメンションだな」

 

「ああ、当時から人気があったよ。

 俺とイヴは……そうだ、スタンプラリーに来たんだ。

 島の色んなところを見て回るスタンプラリー。

 一周すると、一個特典が貰えるから、俺とイヴは二人分、二周しようとしてた」

 

「スタンプラリー、で、あるか。私もまだ未体験だな……」

 

「それでイヴが言い出したんだ。

 『じゃあ、一周目は私は目を瞑ってるね』

 って。

 『ヒロト、私を抱えて運びながら、景色を教えて』

 って。

 『空の青さ。森の緑。火山の赤』

 『ヒロトの言葉で教えて、私の心に景色を作って』

 『そうしたら、二周目で答え合わせをしよう?』

 『私の中にヒロトの世界を作ってみて。ビルダーなんでしょ?』

 って言ったところで、もう俺は大分呆れてたような、恥ずかしかったような……」

 

「とんだ魔性の女……と言うには、純真が過ぎるかな」

 

「ああ、うん。魔性の女って感じじゃなかったよ、イヴは」

 

 空を横切り、島から谷間の街へ。

 

 アースリィは空の白雲を切り裂く青となり、ターンエルスは青空を裂く銀色の流星となる。

 

「……懐かしいな」

 

「青い石造りの街。不思議な空気だ。

 で、あるが、不思議と新鮮さより落ち着く気持ちになる。

 壁に備え付けれられたカラフルな植木鉢や民芸品が美しいな。

 子供からカップルまで、様々な人が談笑しながら歩いているようだ」

 

「ああ。

 俺もイヴも、噂を聞いて遊びに来たんだ。

 露店の集まりに行って、何の目的もなくうろついて。

 街で一番高い所に行って、海と空を見渡して。

 古風なレストランに行って、一緒に色々食べたりして。

 屋上の縁に並んで座って、夕日を眺めて……何時間も、何時間も、二人で話してた」

 

「で、あるか。どんなことを話していたのだ?」

 

「頑張り屋の話……だったかな。

 イヴは頑張り屋の女の子で、頑張り屋が好きな女の子だったんだ」

 

「地球の汎的価値観で好まれる少女、で、あるな」

 

「俺は、頑張ってる皆を好きなイヴが、その……」

 

「頑張っている皆を好きなイヴが、好きだった。で、あるかな」

 

「……その日の俺は、ちょっと色々あって、機嫌が悪かった。

 イヴと楽しく遊べてたけど、最後の最後で棘が出た。

 『イヴは頑張ってる皆が好きだから』

 『イヴにとっては俺も皆も変わらないんだよな』

 って……今思い出すと、結構恥ずかしくて、イヴを困らせるようなことを言ってたと思う」

 

「で、あったか」

 

「そうしたら、さ。

 イヴが困ったように微笑んで、でもいつもみたいな目で見てくるんだ。

 透き通った目。

 こっちの何もかもを見通しているような目。

 俺よりも俺のことを分かってくれてる目。あの目が、俺は、きっと……」

 

「ずっと、好きだった」

 

「……イヴは言ったんだ。

 『私は頑張ってる人が好き』

 『人は愛されてる努力をするけど、動物はしない』

 『でも動物は愛されるでしょう?』

 『それはきっと、本当は必要がないから』

 『一生懸命頑張って、休んで、甘えて、自然に振る舞って』

 『きっと、愛されるために必要なものって、それだけでいいんだよ』

 『それだけで、生命はとっても愛おしいものになる』

 って言って、いつもみたいに優しく微笑んで……俺に向き合って、それで……」

 

「ああ。で、あれば、私にもそこで何が言われたかは分かる。

 『私は頑張っている皆の中でも、ヒロトが特別好きだよ』……かな」

 

「……」

 

「このくらいは演算での情報穴埋めでなんとかなる。

 で、あったなら、君達はいい関係だ。

 『特別』と『普通』の間に線引きができるのは悪くない」

 

「そうかな」

 

「で、あるな」

 

 幾多のディメンションを二人は巡る。

 カップルに人気の果樹園。

 ガンダムの戦場を再現した荒野。

 無限に広がる宇宙の中の宇宙ステーション。

 大きなかまくらの中で皆がわいわい喋っている雪山の合間。

 何千mもありそうなビルが立ち並ぶ、夜の街の光り輝く摩天楼。

 

 イヴとヒロトの思い出をなぞるように、辿るように、二人は巡る。

 ヒロトは淡々と話し、エヴィデンス01は一言も聞き漏らさないように傾注した。

 それは、過去の記憶を巡る旅路。思い出を指でそっとなぞるようなひととき。

 

「それで、俺達は初めて出会ったこの湖畔に戻って来て……俺は、イヴを撃った」

 

「……で、あるか。

 彼女は妹を救うためにバグを溜め込んだ。

 ヒロト君との思い出の世界を壊す存在に成り果てる存在まで。

 彼女は妹と、ヒロト君と、この世界のために、自ら死を選び、介錯を望んだ……」

 

「今でもたまに、夢に見る。

 忘れられたわけじゃない。

 忘れられるわけがない。

 それでも今は……イヴのために、一つ一つ、忘れないでいようと思ってる」

 

「……彼女は、最後に何か述べていただろうか」

 

「……『これからも誰かのために頑張れるヒロトでいてね』、って言ってくれたよ」

 

「……君は、素晴らしいな。

 君は昔も今も、誰かのために頑張れる君なのか。

 分かる。分かるとも。

 君が今日ずっと、意識的に言葉を尽くして、私のためになろうとしてくれていることも」

 

「そんなんじゃないさ。俺もずっと、この約束を守れてなかったから」

 

「私は、君のようになりたかったのだろうな。

 傷付いても、罪を犯したと思っても、そこから立ち上がれる者に。

 そこから人を迷わず助けに行ける者に。

 誰かのための自分になれる者に。……どうすれば、なれたのだろうか」

 

 エヴィデンス01は、答えを求める者。

 今もなお、惑いの中にいる。

 数百年が些少に見えるほどの長い年月の中、救おうとしてきた人を救えず、恩師の願いも果たせなかったという後悔の中、ここからどうしていけば良いのかも分からない。

 

 ヒロトもまた、答えを求めている。

 心の底から好きだと言えた少女を救えず、守れず、その手で撃ってデータの海に帰した少女との物語を、自分の中でどう整理するかもまだ分かっていない。

 彼もまた、迷いの道半ばだ。

 だからこそ、届く言葉がある。

 

―――これからも誰かのために頑張れるヒロトでいてね

 

 ヒロトとエヴィデンス01は、誰かのためになりたいという願いを持ち、イヴという少女のためになりたいと願い、夢破れた後の時間を過ごす者同士。

 他の誰かが言っても届かない言葉であろうと、この二人の間で交わされるならば、心に届く言葉がある。

 

「誰かのために頑張れる自分は、自分で誓わないといけないと思う。

 自分でそう決めて、頑張ってそういう自分で在ろうとしないといけないと思う」

 

「……」

 

「誰かの機嫌を取るためにそうなるんじゃない。

 誰かのせいにしてやめるのも違う。

 自分で……自分でそう決めて、そう在るべきだと思う。

 守りたいと願った人が居なくなった後も。

 救いたいと思った人を救えなかった後も。

 俺は、そう願われて、そう在りたいと思ったから……そう在ろうとしてるだけなんだ」

 

「君は……託された願いを、本当に大事にするのだな」

 

「あなたと同じだ。エヴィデンス01」

 

 エヴィデンス01に願いを託した男がいた。

 ヒロトに願いを託した少女がいた。

 今もずっと、忘れることなく、託された願いを覚えている。

 

「そうでないと、俺が俺でなくなってしまう。

 信じたいんだ。

 大好きな人が信じてくれた俺を。

 疑いたいんだ。

 俺が俺をやめないように。

 イヴが信じてくれた俺を信じたい。

 俺が俺であるために、自分が間違っていないか疑っていたい」

 

「自分が間違っていないか疑えるから、正しく在れる……か」

 

「俺も、あなたも、答えを探している。

 信じるものがあって、疑問に思うものを持ってる。

 信じたい人がいて、"これでいいのか"ってずっと思ってきた。

 だから、答えを見つけたいんだ。

 イヴに胸を張って言えるような答えを。

 最後に回答するのは俺しかいない。その答えをあの子に言えるのは、俺しかいないから」

 

「……ヒロト君」

 

「『俺は君の願いにこう答える』って、今からでも、示したいんだ」

 

 ヒロトは、力強く言い切る。

 

 ブラックホールは、宇宙の底とも言われる。

 一度落ちれば二度と這い上がれないどん底だ。

 ブラックホールより昏いものはなく、何よりも暗いどん底としてそれはある。

 まさしく、闇の底だ。

 

 だがブラックホールは、巨視的には太陽の百億倍近い光を発していることもある。

 その一種は活動銀河核と呼ばれ、銀河を飲み込む勢いで、途方も無い光を生み出していく。

 闇の底からも光は生まれる。

 どん底から這い上がる力は強く光り輝く。

 絶望の中でこそ強い希望が生まれるように、宇宙は底の底から這い上がる強い光を内包する。

 

 眩しい、と、エヴィデンス01は思った。

 

「エビさんは、結末が始まりの動機を否定するのは論理的におかしいと言った。

 俺もそうだった。

 出会わなければよかったと心によぎることもあった。

 ……だけど。

 出会わなければよかった、なんて、思いたくなかった。

 出会えたことは幸せだった。

 それからの日々も楽しかったんだ。

 出会えてよかった。最後にどんなに泣いたとしても。

 だから"矛盾していていい"って思える。

 矛盾していたっていい。俺はこの想いが間違っていないって、言い切れる」

 

 矛盾を抱えながらも存在し続ける。

 人間は、それでいい。

 それを見習うことも、間違いではない。

 

「……君が君でよかった、ヒロト君」

 

「え?」

 

「私は最後に確かめなければならなかった。

 イヴが……イルハーヴが、幸せかどうか。

 それだけはせめて確かめなければならなかった。

 事ここに至ってそうする意味はない。もう手遅れだ。それでも……それが、責任だから」

 

「幸せか、どうか?」

 

「で、あるが、私は……何もかもが足りていない。

 幸福が分からない。

 私の幸福は分かる。

 私は幸福を感じられる。

 だが他種族の幸福など分からない。

 地球人の幸福も、ELダイバーの幸福も、エルドラ人の幸福も分からない」

 

「幸福……」

 

「だけど、君の瞳に映るイヴの幸福なら、信じられる」

 

「―――」

 

「今日ずっと、君が語るイヴのことを聞いていた。

 今日ずっと、君がイヴを語る表情を見ていた。

 君が思い出すことで、君の瞳に映るイヴの笑顔を見てきた。

 君が語るだけで、イヴの幸せな笑顔が頭に浮かぶようだった。

 で、あればこそ、分かったこともあるが、君の口から聞きたい」

 

 一呼吸おいて、エヴィデンス01は問いかける。

 

「イヴは君と居て、幸せだっただろうか?」

 

 一呼吸おいて、ヒロトは答える。

 

「イヴは……幸せだったと、思う」

 

 それは、ヒロトがずっと言えなかった事実だった。

 その事実に疑いようはない。

 だがエヴィデンス01と出会わなければ、ヒロトはそう言えなかっただろう。

 罪悪感が、ヒロトにそれを言わせない。たとえ、事実だったとしても。

 

 イヴはヒロトと出会えて幸せだった。

 ヒロトと過ごせて幸せだった。

 それは揺らがない真実だ。

 そうでなければ、イヴがヒロトに介錯を頼むわけがない。

 一人でひっそりと自殺でもしていれば、ヒロトを傷付けずに済んだのだから、ヒロト曰くこの上なく優しい少女であるというイヴが、そうしない理由がない。

 

 イヴは、ヒロトが大好きだったから。

 死ぬのが怖くて、辛くて、耐えきれなくて、それでも『大好きな人に殺される』のなら、ちょっとの嬉しさが、勇気に変わってくれると思えたから……だから、ヒロトに頼んだのだ。

 大好きな人と一緒なら、心中だって怖くないのと同じ。

 その命は救えないが、その心だけは救うことができる。

 イヴを介錯した時点で、ヒロトはイヴの心を救っていた。

 

 イヴが幸せな女の子だったと、他の誰でもないヒロトが言うことで、ヒロトは自身の心を救い、また、エヴィデンス01の心も救っていた。

 ヒロトは罪悪感から、ずっとそれを言えなかった。

 それを言うきっかけを、エヴィデンス01が持ってきてくれた。

 

「感謝する、ヒロト君」

 

「感謝するのは、こっちもかな」

 

 片方が片方を救うのではない。

 二人は、互いを救い合っている。

 それはどん底から一瞬で這い上がるような劇的なものではなく、小さな救いを与え合うものであったが、二人にとってはかけがえのない救済だった。

 

「もう当事者は誰も残っていない。

 あの父と娘も再会できなかった。

 あの二人に託された、私と君が残っているだけだ」

 

 これは、終わった絆のロスタイム。

 

「で、あるが、そうか。

 私が果たせなかった約束は、君が果たしてくれたのかもしれない。

 イルハーヴが幸せになれたなら、あの人も救われたかもしれない。

 ありがとう、ヒロト君。

 私の大切な人の死後の救済をくれて。君のおかげで、少しだけ私も救われた」

 

「俺も……イヴとの思い出の中の、大切なことを思い出させてくれて、ありがとう」

 

「感謝の交換。地球の固有文化だ。で、あれば、私も地球に馴染めて来たのかもしれんな」

 

「……ははっ」

 

 星々を越えた絆の物語のエピローグ。

 

 そして、新しい星々を越えた絆のプロローグ。

 

「俺はずっと、イヴを探していた。

 あなたも随分と長い間、イヴを探していたみたいだ」

 

「私は何億年かけてでも約束を守る者だ。

 で、あれば、諦めることはない。

 いつまでも探し続けられる。

 定命の君達とは違う。

 ズルをしているようなものだ。

 限りある命をどう使うかを考えなければならない君達と、一途であればいい私と……」

 

「俺はそうは思わない。あなたも頑張ったはずだ」

 

「……懸命の価値は、思いを貫いた年月で決まるものではない」

 

「それでも、積み重ねたものはあると思う。

 想いを積み重ねた年月は、何も無駄にはならないと……信じたい」

 

 イヴと共に過ごした数年の時間を、宝石のように扱うヒロト。

 数年を一瞬、数千年もびっくりするくらい軽く扱うエヴィデンス01。

 エヴィデンス01の長き時間、そこに積み重ねられた想いを、軽んじないヒロト。

 自分がイヴを探し回った悠久の時より、ヒロトとイヴの数年を価値あると見るエヴィデンス01。

 

 互いを尊重し合えるから、互いの過去に肯定を与え合うことができる。

 

「完璧な私になりたかった。

 私の一族は、完璧になろうと進化していた。

 進化の過程で完璧に近付いていった。

 あんなに敵が多いというのに、まだ滅びる気配すらない。

 それは同一次元上では並ぶほどがないほど、私の一族が完璧だからか。

 その一族に、落ちこぼれの先祖返りの私は、どうやっても混ざれなかった」

 

「完璧……か」

 

「君のおかげで、私は少し自分を許せそうだ。

 で、あるが、私が完璧であればという気持ちもある。

 完璧な私なら救えたかもしれない。

 悲劇はどこにもなかったかもしれない。

 もっと完璧であればと、思わずにはいられない。

 ……それこそ、完璧であれば、私は何も思い悩まなかったかもしれない。

 悪の走狗として、一族に馴染み、何一つ疑問に思わないまま生きられていたかもしれない」

 

「あなたは、完璧な自分になりたかったのか?」

 

「取りこぼしがあるたびに。

 苦しい思いをするたびに。

 悲しい想いを抱くたびに。

 完璧な自分でいたかったと思う自分を、なくせない。私の悪癖だ」

 

 完璧な自分で居られたら、と誰もが思う。

 地球人の多くがそう考える。

 だが鯨の民の価値観における『完璧な存在』とは、いかなる願望も叶える力を持ち、悲しみも苦しみも超越した、完成された上位生命体を指す。

 「完璧な自分になりたい」という願い自体は地球人にも鯨の民にもあるようだが、願われる「完璧な自分」の形がまるで違う。

 地球人と異星人は、価値観がまるで違う生き物だ。

 地球人の常識で、異星人の価値観に言えることなど何もない。

 

 けれども、地球人としてでもなく、異星人としてでもなく、友人として言えることはある。

 

「"完璧なあなた"になんてなる必要はない。

 きっと……完璧であることで、失われることもあると思う。

 あなたが完璧でなかったことで守られたものは、本当に何もないんだろうか?」

 

「……あるな。数えられるほどだが、あると思う」

 

 罪なき人を撃てるのが『完璧な』鯨の民。

 罪なき人を撃てないのが『出来損ないの』エヴィデンス01。

 鯨の民が『撃った』のがエルドラ。

 エヴィデンス01が『撃たなかった』のが地球。

 エヴィデンス01が地球で出会った友人の多くは、細かな事情を知らないままに、エヴィデンス01に"そうあってほしい"と願った。

 

「あなたが完璧でなかったおかげで守られたものがあることを、忘れないでくれ」

 

「―――そう、だな」

 

「俺も、あなたも、きっと……大切なものがある限り、完璧になんてなれないから」

 

 もうイヴは死んでいる。

 果たされなかった願いはやり直せない。

 イヴを蘇らせることもできない。

 何もかもが手遅れだ。

 けれど、それを忘れないようにして、ここから始めることはできる。

 

 かつてヒロトとイヴが出会い、ヒロトがイヴを撃った湖畔で、エヴィデンス01はヒロトに手を差し伸ばす。

 

「握手を」

 

「これでいいか?」

 

 その手を、ヒロトが取った。

 

「で、あるな。感謝する。地球人の真似事だが、こうすべきだと思った」

 

「脈絡はないけど、間違ってはいない。これでいいんだ」

 

「で、あるか」

 

 ヒロトが薄く笑む。

 エヴィデンス01の表情は変わらない。

 だが、十分だった。

 目には見えない、交わされた何かがあった。

 

 そこで、空の彼方からウォドムポッドが飛来して、メイが身軽に飛び降りてくる。

 

「ここにいたか」

 

「メイ?」

 

「少し心配になってな」

 

 メイはエヴィデンス01をちらりと見て、ヒロトもちらりと見る。

 それだけでメイは、何かを察したようだった。

 

「ヒロト。やはりお前に任せてよかった」

 

「……そうか?」

 

「ああ」

 

 似ているな、と、エヴィデンス01はヒロトとメイを見て思う。

 似て非なる二人だが、似通う部分があり、精神の源流とでも言うべき部分がそっくりそのまま同じなため、言葉少なに通じ合っている。

 父親と娘のような。兄と妹のような。双子のようなところが感じられる。

 メイはヒロトを、強く強く信頼していた。

 だから、エヴィデンス01とヒロトの交流に、何か期待していたところがあったのだろう。

 

 メイはまた一つ変化と成長を迎えたエヴィデンス01に呼びかける。

 

「帰ろう、エビ」

 

 とても、とても優しい声だった。

 

 ヒロトがイヴのことを少し思い出してしまうくらいに。

 

「お前がいつか自分を愛せるようになるまで、私が友として隣に居てやる」

 

「……ありがたい。君は面倒見がいいな」

 

「そうなのか。お前は私をそう思うのだな」

 

「で、あるな」

 

「なら、努めてそう在ろう。お前のような頑張り屋は嫌いではない」

 

 メイが微笑んで、エビが微笑む。

 今までずっと表情が微動だにしなかったエヴィデンス01の表情の変化に、ヒロトは少し驚き、やがて彼も納得したように微笑んだ。

 完璧なヒロトも、完璧なエヴィデンス01も、完璧なメイも、ここには居ない。

 けれど、完璧な者ごときでは生み出せない光景が、ここにはあった。

 

 完璧でない、失敗して、失って、約束を破って、自分が嫌いで仕方がないというところまで転がり落ちた者達だけが持つ優しさがもたらす、暖かな救いがあった。

 

 

 

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