ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE   作:ルシエド

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『おっぱいとおちんちん』とは何か

 現verのGBNの町並みは、大まか三種が多い。

 現代の地球にある街並みを再現、あるいはモデルにして昇華したもの。

 中華風にヨーロッパ風にファンタジー風に近未来風、非現実感を強めたもの。

 ガンダム作品に登場する街をゲームに落とし込んだもの。

 現実的なものの安心感、非現実的なリアリティによる興奮、ガンダムリスペクトのファンサービス。この三つの強みを全て取り込み、他で合間を埋めるからこそ、GBNは強かった。

 顧客満足度が異様に高い理由が、ここにある。

 

 そんな街並みを、エヴィデンス01とメイは歩いていた。

 二人は見目麗しい男女だが、ここはGBN。容姿を自在に変えられるオンラインゲームだ。

 普通に歩いている分には、デザインセンスのあるプレイヤーだとしか思われないだろう。

 

「君は私をヒトツメとは呼ばないのだな」

 

「色々あってな。その呼び方はやめた方がいいと思う。私の個人的感情の問題でしかないが」

 

「で、あるか。であればそうしよう。好きに呼んでくれ、メイ」

 

「呼び方か……適当に考えておく」

 

 メイは無感情な瞳で周りを見渡し、エヴィデンス01もその視線に追随し、周囲の有象無象―――GBNダイバー達を見渡す。

 皆笑っていた。

 皆楽しそうだった。

 皆、メイや彼と違い、ごく普通の人間だった。

 

「エヴィデンス01。お前から見て地球人をどう思う?

 異星人との接触、交流は、まだ地球人類には早いと思う意見があるようだ」

 

「早い? ……早いか?

 あのガンダムという作品の中でも、そういう見解が多いのか?

 地球では現実でも創作でも『人類には早い』という傾向が強いのか?」

 

「多いな。ほとんどの作品で、人類は外宇宙知性と接触するに足りないとされている」

 

「……ううむ、で、あるか」

 

 周囲から学んだ認識を素直に話すメイに対し、エヴィデンス01は彫刻のように動かない顔で少し考え始め、その結論を口にした。

 

「で、あるなら。私が見てきたものと、それを下敷きにした私見を述べるが。

 知的生命体の多くは、宇宙に出る前に、母星から飛び出すこともなく、絶滅するのだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。多くの生命は知性を持て余すのだ。

 そして、同士討ちし、殺し合う。

 互いに知性をもつがゆえに。

 同族同士の殺し合いで絶滅しないよう『我慢』できる生物は、割合の上では多くない」

 

「……」

 

「獣は同族殺しも共食いもする。

 で、あるが、種が絶滅するまでやることは中々無い。

 種が絶滅するまでやるのは知性体だけだ。

 知性は、生命を獣の本質から遠ざけるが……

 同時に獣がやらないような絶滅の内戦も起こしてしまう。地球人は賢いな」

 

 メイは眉を顰める。

 彼女はGBNで生まれた。

 GBNはガンダムシリーズから生まれた。

 メイという電子情報にとって、ガンダムという電子情報は遠い祖先のようなものだ。

 当然、彼女は多くのシリーズを視聴済みである。

 

 ガンダムはロボットアニメであり、戦争アニメであり、そこからの派生作品達だ。

 よってほとんどの作品に戦争がある。

 そしてそれらのほとんどは、地球人と地球人の戦争なのだ。

 もっと言えば……それらの作品で、人類が滅亡する終わりはほとんどない。

 地球から戦争はなくならない。

 けれど戦争はいけないものだ。

 なのに戦わなければ守れない。

 この三要素こそが、ガンダムの基本的なものであると言える。

 

 戦争がなくならないから、地球人は宇宙に進出する資格はまだないと、ガンダムシリーズを作ってきた者達は考えた。

 戦争で種が絶滅せず、どこかでストッパーをかけられるだけの種族自制があるのであれば、宇宙に進出する資格はあると、エヴィデンス01は考えた。

 

「人類は絶滅していない。

 絶滅しないまま、他の星に足をつけた。

 だから地球人は十分宇宙に進出する資格がある。

 自己評価が低い種族というものはあるからな。

 地球人は自分たちを卑下しすぎているのだろう」

 

「そういうものか」

 

「そういうもの、で、あるな」

 

 無論、彼が全面的に正しいわけではないだろう。

 彼は地球人が宇宙に進出する資格があると考えているだけ。

 『外宇宙の知的生命体に失礼のない地球人になってから宇宙に出ていくべきだ』と考えている地球人達とは、根本的に目指しているところが違うとも考えられる。

 

 これは単に視点を置いている場所が違う、それだけ。

 そして、彼という異星人が、『地球人は野蛮だから宇宙に出て行ってはいけない』といった思考を一切持っていないということの証明でもあった。

 

「私には正確に想像もできないが……

 進んだ文明の異星人は、相対的に後進的な地球を見下さないものなのか?」

 

「文明に上下はない。

 文明の発展度で貴賤を決めるなどナンセンスだ、メイ。

 この宇宙で偶然一億年先に生まれただけの文明は、一億年後に生まれた文明より優良か?」

 

「兄は弟より偉いのか、といった話になりそうだな……」

 

「で、あるな。

 ここには多くの意見があるだろう。

 だが私は文明を見下すという行為自体に愚を感じる。

 幼い文明は過去の自分に見える。

 老成した文明は未来の自分に見える。

 幼子を未熟だ、愚かだ、野蛮だ、と言うことに正しさを感じられないのだ」

 

 エヴィデンス01は宇宙人視点の持論を展開し、その途中ハッと何かを思いついた様子で、最後に一言付け加えた。

 

「―――個人的に!」

 

「おい、エヴィデンス01、何故そんな格好付けて言った?」

 

「え、ああ、いや。

 地球人はこうするのだろう?

 『個人的に』と付ければ文句を言われにくい。

 だから主張する時は『個人的に』を付ける。

 これを付けるだけで地球人っぽくなると思ったのだが」

 

「順調に余計なことを学んでいるな……」

 

「ぬ。ダメだったか」

 

「私は『個人的意見だから反論するな』という予防線はあまり好かない」

 

「で、あるか。地球人らしさの道は長いな……研究を重ねるしかあるまいか」

 

「そうしてくれ」

 

 メイが先導し、彼はその後についていく。

 そうして街を歩いていくと、二人はある店の前にいた。

 

「ここは?」

 

「私と最も親しい人間の酒場だ。おそらく、私以上に人間を知っている」

 

「で、あるか」

 

「今は店に誰もいないはずだ。別件で忙しいらしいからな。

 だがすぐ帰って来るから店で待っていてくれと言われている」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

 店の扉を開くと、店の奥から流れ来る音楽が、彼と彼女の耳に届いた。

 どこか優しく、どこか熱のこもった、若い男のラブソング。

 店に入ると、木星の床やレトロな壁紙が音を反響し、心地の良い空気を作っている……ように聞こえるよう、電子的に加工された音楽が、店の中に満ちていた。

 

「これは……音楽、だな。

 人間の音階と表紙の娯楽。

 地球の大気を媒体とする芸術だ」

 

「『マギー・メイ』という曲らしい。

 私は音楽に詳しくはないが……

 イギリスで一番人気の時期もあった名曲だと聞いている」

 

「音楽はいい。コミュニケーションによく使われる。

 一定以上の文明レベルに到達した種族のほとんどは音楽の類を持つ。

 地球のように空気の振動で表しているわけでない。

 で、あるが、心地のいいリズムというものは、全宇宙共通の娯楽だ」

 

「そういうものか」

 

「そういうものだ」

 

「ちなみに、お前はどういうものが好きなんだ?」

 

「地球でストローハル数と呼ばれるもので表されるものが好きだな。

 流体の振動における周波を娯楽のリズムに落とし込んだものは、とても美しい」

 

「そうなのか」

 

「そうなのだ」

 

 メイが頷く。

 エヴィデンス01も頷く。

 無表情で無感情で無愛想な二人が会話していると、たまにシュールな時間が流れる。

 それを二人とも気にしていないものだから、たまにギャグ漫画のような絵面になっていた。

 

 エヴィデンス01が店のカウンターの端に置かれていた写真立てを手に取る。

 そこには店の主であるマギー同様、女性性を感じさせる男性達が仲良さげに笑っていた。

 ゲイバーか? とすぐさま判断するような俗な知識は、まだ彼の中に蓄積されていない。

 

「性の多様性……というものだったか」

 

「そうだな。

 様々な人間がいる。

 様々な性別がある。

 道理に合わないものも、合理ではないものもある。

 だがそれを"人それぞれ"で済ませるのもまた、人間なのだろう」

 

「私にとっては、地球生物の男女差というものは一度調べてみたい対象ではある」

 

「ほう?」

 

「私も活動の都合上、目立たない人間の男性の姿を使っているが……

 人間のような性別は本来持っていない。

 私の本来の構成体に性別はない。メイのような女性体でも良かった」

 

「性別の必要性においては、私達も同様だな。

 ELダイバーに子供が作れるかも定かではない。

 私達は人の思念から生まれた電子生命体だ。

 性別があるのは、おそらく元になった人類という生命に性別があるからだろう」

 

「そうだ。私は、性別が必要ない生態系の生命ゆえに」

 

「私は、通常の生殖のサイクルの外側に在る電子生命体ゆえに」

 

「地球人類が持つ性別の必要性を持っていない。私も、メイも」

 

 エヴィデンス01は、メイの体をじっと見た。

 彼がその体に欲情することはない。

 生物としての規格が違いすぎる。

 だが人間の男性体にも、女性体にも、知的好奇心のようなものはあった。

 

「触ってみてもいいだろうか?」

 

「構わないぞ」

 

「感謝する」

 

 ストレートで恥じらいのない要求。

 恥じらいも躊躇いもない即答。

 あまりにも異様な一瞬が過ぎ去り、男の手がメイの胸を揉んだ。

 

「柔らかいな」

 

「柔らかいだろう」

 

「メイのように女性体の方が柔らかいのは、有性生殖生物特有の役割分担か」

 

「ELダイバーにもそういうものはあるのだろうか」

 

「肉体が不変ならばそうだろう。ELダイバーはどうなんだ?」

 

「私達はこのアバターが本体だ。

 だが、そのアバターをGBNの仕様に沿って自由に変化させられる。

 性別も容姿も根本的には意味がない。

 お前が男性体を選んだのと同じだ。

 私は私が選んだ私の姿、私の存在、私の在り方として、こう在っている」

 

「自認識が自分を作る。

 電子生命体……情報生命体として、メイは正しい在り方、で、あるな」

 

「お前はどうなんだ? 自認識と異なる姿で在ることは不快ではないのか」

 

「いや。新鮮でどこか心地良さすら覚える」

 

「そうか。不快でないならいいが」

 

「そもそも私の本来の体は物質的でないが、この太陽系より大きいからな」

 

「……え?」

 

「何も対策せずそのままの姿で到来すれば地球のような小さな星は粉々になってしまう」

 

「……そうなのか」

 

「意識をリンクさせたGBNのアバターを扱うのが、この星を知るためにはちょうどいい」

 

 メイは昔長谷川裕一の手で描かれたという漫画で、ガンダムZZの主人公:ジュドー・アーシタが出会った、宇宙そのものをリセットしてしまうという巨神の存在を思い出していた。

 人間に歩調を合わせる超越存在。

 人類に理解を示すサイエンス・フィクションの神。

 人々が正しい道を選べればよき隣人となる脅威。

 メイは、目の前の存在がそういうものに見えてならなかった。

 

「メイの乳房は大きいな」

 

「そうらしい」

 

「乳房、とは言うが、色々な呼び方があることは知っている。おっぱいだとか」

 

「……」

 

「多様な表現は地球人の文明のきめ細かさを実感させるな」

 

 エヴィデンス01はまだメイの乳を揉んでいた。

 

「だが容姿を変更できる電子生命体に必要なものなのか? メイ」

 

「わからん。お前はどうなんだ? その容姿に必要性はあるのか」

 

「人間を再現することそのものが、私にとっての必要性だ。欠けているものもあるが」

 

「欠けているもの?」

 

「名称は記憶した。インターネットで検索した。おちんちんというものだ」

 

「おちんちん」

 

「男性に絶対に必須なものであるようだ、おちんちんというものは。

 だがよく分からなかった。

 余計な情報のノイズが多く、また抽象的なものも多かった。

 私が調べた限りでは、女性にあることすらあるという。

 乳首に生えているパターンも発見した。

 どういうことなのだろうか? おちんちんというものは。

 だがそれを正しく備えなければ男性を再現できていないということも分かるのだ」

 

「……」

 

「地球人……奥深い」

 

「戻って来れないほど深いところに行く前に戻って来い」

 

「? メイ、発言の意図が分からないのだが」

 

「お前の言っていたことが分かった。よく分かった。

 知識とは、確かに正しい順序で身に着けるべきものだな……」

 

「で、あるか。分かってもらえたようだな」

 

「ああ。私はお前よりはまっとうな人間の女性に近い。

 それを確信できた。ならば私は、お前を正しく導かねばならない」

 

「おお……ありがたい。重ね重ね感謝する、メイ」

 

 まだメイの乳を揉んでいるエヴィデンス01。

 色気もなく、発情もなく、むしろこの光景に扇情的なものを覚える人間が異常であるかのような空気の中で、非人間的な二人は言葉の交流を重ねる。

 互いが互いを人間として見ておらず、けれど遠い宇宙の彼方の一個人としては見ていて、一つの生命として互いを尊重し合っている。

 それは理想的な地球生命と異星人の交流であった。

 あった、が。

 どうしようもないくらいに、地球の人間が当たり前に持っている感性、特に性的な恥じらいの類が存在していなかった。

 

 なので、そこに帰って来たマギーは、ログイン筐体越しに心臓が止められてしまうかと思うくらい、盛大にびっくりした。

 

「何してるのあなた達!?」

 

 びっくりして二人引き剥がしたマギーが状況を理解するまで、数分を要した。

 

「素っ裸で互いを見て何の恥じらいもなかった∀ガンダム一話じゃないんだからもう……」

 

 そして、落ち着いて話ができるようになるまで、更に数分を要したという。

 

 

 

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