ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE 作:ルシエド
GBNは既存のオンラインゲームより、はるかに現実との結びつきが強い。
多くのユーザーは現実の自分とあまり変わらない姿のアバターを使い、現実の自分の声をそのまま使い、現実の本名をそのまま使っている。
違うのは服くらいだという人間も少なくない。
GBNのプリセットを利用すれば、ダイバーは容姿も声も自由に変えることができる。
変えていることが一目瞭然になりやすいが、それを気にするユーザーもいない。
その自由度もまた、GBNの良さの一つだ。
だが、匿名性を選べるにもかかわらず、GBNでは大してその匿名性は重要視されない。
GBNはコミュニティとして見た場合、ハンドルネームを使って当たり前のツイッターより、本名登録が原則のフェイスブックに近いということなのだろう。
逆に言えば、リアルの自分をアバターに色濃く残したダイバーは、GBNのプリセットにない声と容姿のパーツを使っているためひと目で分かる。
マギーのように男性の声を残している者や、その存在のために外見と声にプリセット外のバグ的仕様が混ざっているエヴィデンス01は、見る者が見れば非常に分かりやすい。
マギーと出会い、少し話しただけで、エヴィデンス01はマギーの複雑なジェンダーをある程度理解した。
マギーもまた、エヴィデンス01を見て、彼が"そう"であることをひと目で見抜いていた。
「うふふ、取り乱してごめんなさいね。マギーよ」
「で、あるか。いや、気にすることはない。
悪意ではなく誤解から生まれたものであればいかなる暴言も怒りの理由にはならない」
「ま! 話に聞いていた以上にいい子ね~! エビちゃんと呼んでいいかしら?」
「構わない。愛称で親愛を示す地球人の文化は正確に理解している」
「ありがとうねぇ。ふふふ、しがない酒場だけど、ゆっくりしていってちょうだいな」
カウンターに座る表情な男女二人に、ニコニコと笑うマギーが酒を出す。
もちろん、これで酔うわけはない。が、味はある。
GBNはフルダイブ型のゲームではなく、感覚は全て錯覚だが、現verのGBNは試験的に感覚のフィードバックが行われるため、本物の感覚と変わらない錯覚があった。
食べ物を楽しむ分には問題ないだろう。
次回のアップデートでVer.1.79になればもっと凄くなるだろう……と、GBNのダイバー皆のもっぱらの噂であった。
「酒……アルコール。
いくつかこの手のものを嗜好する種族を見てきたが……
共感はできないが理解ができる絶妙なものだな。酔うという気分に興味はある」
「ほう」
「あらあら、そうなの?」
「で、あるな。マギー殿。あなたに酒の専門家として聞く。酒とは人間にとって何か」
「あらあら、専門家にされちゃったわ。
そうね……人生の友。
辛い時に励ましてくれる、いい友人だと思うわ」
「で、あるか。
抽象的だが、貴重かつ分かりやすい見解だ。感謝する。
酒とは何か?
向精神効果のある薬か?
娯楽効果のある嗜好品か?
破滅に誘導する毒か?
社会悪性が依存症を利用する商品か?
我々のように物質的な肉体のない生物にとって、それは長年の研究対象だった」
「ああ、私もよく分かる。
私にも酒に酔う機能は無いからな。
人間のわざわざ酔いたがる気持ちがさっぱりわからん」
「んまー、お酒で酔わないからって二人とも好き勝手言っちゃって! ふふふ」
マギーがクスクスと笑っていて、メイがエヴィデンス01の話にうんうんと頷いている。
「そもそも、食という機能が本来栄養補給のために備わったもの。
栄養補給のために行われるものだ。
酩酊は肉体的なバグ、あるいは他生物の誘惑によるもの。
それを好んで"気持ちいいから"と繰り返すのは性交中毒に近い……気がする」
「分かる、分かるぞ。リアルでぐでんぐでんに酔っているママを見ていると更にそう思う」
「オホホホ」
二人に色々言われても、マギーはどこ吹く風である。
酒の美味さを知らない子供に何を言われても、健康志向の知識人に何を言われても、腰の入った酒飲みが酒をやめることはない。
全部分かった上で酒を飲み続ける。
それもまた"大人"というものだ。
二年も生きていないメイにも、上っ面だけ地球人の真似事をしているエヴィデンス01にも、まだそれは理解できない概念である。
普通の地球人でさえ、二十年以上かけなければ理解はできない、複雑なようで単純なようでもある、ちょっと厄介な領域の概念であった。
「でもねぇ、酒がないと皆毎日ケンカしてると思うわよ?
酒があると嫌なことを忘れられる。
酒があると皆仲良く話せる。
誰だって他人に暴力や悪口をぶつけたくないもの。
みーんないい人で居たいから、お酒の力を借りるものなのよ」
「で、あるか……なるほど。なるほどなるほど。
闘争の回避と対話の補助か……それは盲点だったな……」
「ママがリアルでも酒を皆に提供していたのはそういうことだったか」
「まーお酒に酔って喧嘩しちゃうこともあるんだけどね! うふふっ」
「「 本末転倒では? 」」
声がハモって、二人が顔を見合わせ、マギーがこらえきれない様子で笑い声を漏らしていた。
「どうする、エビ。酒と地球人の関係について調べてみるか?」
「エビ、であるか。まあいいか。いや、酒についてより私はこの人と話がしたい」
「あら」
「ママと? 何か興味を持つことがあったか?」
「性自認と肉体性別が違う地球人と話したい。私にとっては必要なことだ」
「!」
マギーは微笑んだままだが、その心が少し身構えた気配がした。
「ママに無礼なことを不躾に聞くようであれば、私が許さない。覚えておけ」
「で、あるか。マギー殿はいい娘を持ったな」
「あら、ふふふ。いいのよメイ」
「私には地球生命の親子の情は分からないが……
いや、それは本題ではないな。
私はできる限り礼を失しないようにしたい。
で、あるが、人間を知らない。
同席していてくれメイ。私が不躾なことを言った時、君が止めてくれると嬉しい」
「……ふん」
「まーまー。メイもそんなプリプリしないの。
エビちゃんも気にしないでいいわよ?
何を言われても、まだよく知らないから誤解してたで済むわ、私達。
悪意ではなく誤解から生まれたものなら怒る理由にはならない、でしょう?」
「感謝する。地球人の良心よ。
メイにとって一番親しい人間が貴方であることが、メイの最大の幸運であるだろう」
「あらあら、ふふふ」
エヴィデンス01は、石像の動かない顔のまま、マギーに深く頭を下げる。
下げた頭がカウンターに衝突し、骨が砕けるような嫌な音がした。
「……痛くないか、エビ」
「……? 頭は下げれば下げるほどよいのではないのか?」
「いや……それは……どうなんだ、ママ」
「頭をぶつける礼儀はないわねぇ」
エヴィデンス01は額が衝突で赤くなった――ように見えるサーバー内映像処理がされた――額を気にせず、話を続ける。
「人間は有性生殖生物だ。
オスとメスがあり、これがセットで生殖を行う。
だが長期的には諸説あれど、短期的には有性生殖より無性生殖の方が種の存続には有利だ」
「どういうことだ、エビ」
「異性を探し回るリスクが少ない。
雌雄の数の割合が釣り合っている必要がない。
無駄なエネルギーもコストも資源も使わない。
知性体は優秀な子孫を残すため異性を選り好みする傾向も強くなるからな。
生殖効率で見れば、単性単独で繁殖ができる無性生殖の方が優れている、とされる」
「なるほどな。続けてくれ」
「で、あるからして、有性生殖はデメリットの方が多い。
増えにくいため、生存競争で負けやすい。
優れた形質を獲得した無性生殖の方が星の覇者となりやすい。
で、あるが。
たまに、星の特殊な環境によって、有性生殖が優位になる星がある。地球がそうだ」
「地球が? そんなに有性生殖が流行っている星なのか?」
「で、あるな。一種のパラドックスを内包しているほどだ。
この星の学者は大分頭を悩ませているのではないかな。
有性生殖は遺伝子の交雑だ。
古い遺伝子二つを混ぜて新たな一つを生む。
そうして多様性を作る。
地球の人間種が高い環境への適応力を持っているのはこれが理由、で、あるな」
「お前が前に言っていた、道具による適応力の高さも見逃せない。そうだろう?」
「流石だメイ。学んだことを無駄にはしない……
で、あるな。
有性生殖の武器は、長期的な多様性だ。
発展した無性生殖の知的生命体は対策を持つ。
私達のように高次に進化したり、強化外装体を得たり……
そうして環境への対応力を獲得していく。
それに対抗するためには有性生殖は多様性を持たなければならない。
だが、言い換えれば、有性生殖は性欲求の奴隷になってしまいやすい」
「性欲求の奴隷、だと?」
「性欲に負ける、ということだ」
「……」
「そんな目で見なくていいわよメイ。事実だもの。人間のサガってやつよぉ」
「女が欲しい。
男が欲しい。
より魅力的な女を。
より優れた男をを。
酒であれ、性欲であれ、生物は肉体的欲求に支配されやすい。
高次の生命体になるために、肉体を捨てることが多いのはそのためだが……」
エヴィデンス01はマギーを横目に見て、少し言葉を選び、口を開く。
「……肉体の縛りを超越した個体は、その種が生来持つ縛りを踏破している」
「!」
「多くの種族が、そう考えている。
種の多様性が、種の枠組みを突破した時。
種の知性が、本能を凌駕した時。
自分の性を自分で決められるほど、個々の在り方が円熟した時。
いくつかの個体が、その種族の肉体に縛られない生殖の在り方を得る、とな」
「お前は……ママの在り方を肯定するために話しているのか?」
「一面的にはそうなるのかもしれない。だが、私は人類全体の話もしている」
マギーが少し驚いた顔をして、淡々と話すエヴィデンス01、隠しきれない感情がにじみ出てきたメイを見て、優しく微笑んだ。
「マギー殿。有性生殖生物における性の超越は、君達の言うところの"人類の革新"なのだ」
「―――」
「それを文明が受け入れているのも興味深い。
私が知っている限り、2364種の知的生命体において、それは受け入れられなかった」
「……ま、そうよね。地球も同じだわ」
「いいや、地球は違う。
地球は受け入れる動きがある。
それは素晴らしいことだ。
倫理的に、ではなく、生物的に良い。
普通は排斥する。
生殖における異常個体は排斥し、種の生殖の健全性を守るのだ。
それが生物として、獣として正しいことだ。
そうすれば同性愛による生殖の遅速化は起こらない。
だがそれでも、同性愛個体などを排斥しない生物の方が、高次に行きやすい」
"同性愛者や複合ジェンダーを全く受け入れなかった種族群が大いに繁栄した例ももちろんあるがね"と、エヴィデンス01は付け加える。
彼はマギーや地球人に都合の良い話だけをしているのではない。
地球人に媚びているわけでもない。
ただ、マギーのような男性の体に女性の心がある人間というものを、宇宙的観点から、個人的な見解も加えて話しているだけだ。
「マギー殿。その根本にあるものが何か分かるだろうか」
「……自分と違うものへの寛容と許容、そして共存かしら?」
「そう、その通り。
正解だ。
素晴らしい。
ハッキリ言って、私には人間の反差別というものが分かっていない。
同性愛を許す隣人愛、いや、人間の愛そのものが分かっていない。
性別に根ざした感情は全てが理解の外だ。
だが宇宙の基本原則は知っている。
自分と違うものを受け入れようとする心の芽生え。
それが宇宙に進出し、外宇宙にて知的生命体と出会い、手を取り合う種族の絶対条件だ」
エヴィデンス01が手を差し出す。
マギーが少し嬉しそうにしながら、その手を取る。
地球人と異星人が、個人間ではあるが手を取り合うその光景に、メイの口角が僅かに上がった。
メイが僅かに微笑んだことに、メイに背を向けている異星人だけが気付いていなかった。
「たとえばエビちゃんみたいな?
ふふ、ファースト・コンタクトの異星人が優しい種族で、地球人は幸運だったわね」
「いや、私は……それは、今の話題に沿っているものではないな」
「?」
エヴィデンス01は何故か言葉を濁して、話を続ける。
「"当たり前でない性"を受け入れられない者は、異星人も受け入れられない。
肉体を超越した性を許容できなければ、複雑な精神構造に進化していけない。
まず精神生命体に進化していくなら、肉体の縛りは邪魔だ。
電子生命体に進化していっても同様だ。
結局のところ……共存共栄ではなく、攻撃を選ぶ種族は、宇宙的道徳において下等となる」
「地球人はまだまだ下等なのねえ」
「いや、地球人は下等ではない。未熟なのだ。
自分と違うものの許容と共存。
これを道徳的に優れた行為であると定義しているなら、あと数千年で確実に解決されるだろう」
「長いな」
「長くない?」
「長くは……あるか。
数千年ほどなら私も見守っていられる。
マギー殿が子孫に伝言があるなら、伝えておこう」
マギーとメイが顔を見合わせて、マギーが苦笑し、メイが呆れた表情をする。
無言で通じ合う二人の間には、時間間隔のスケールすらあまりにも別物である、どこか愉快な異星人への呆れがあった。
その呆れは、人間の友人に向けるような呆れであった。
「大切なのはマギー殿が自分をどう思っているかだ。
メイ同様、高度に進化していった生物は自分で自分を定義する。
自分の存在、性、在り方を自分で定義する。
各々が出す人生の答えこそが、その種族と文明が成す、精神性の果実なのだ。
無数に成るその果実こそ、知る価値がある。
劇的な一言が聞きたいわけではない。
時間をかけて、一生命としての見解、言うなれば人生に積み上げてきたものを聞きたい」
「ありがとうね、エビちゃん。ちょっと嬉しいわ」
「? ここで嬉しがる意味は……?」
「それも話してあげるわよ、うふふ」
マギーは席を立ち、店の奥の店を漁り始める。
「長い話になりそうね。
ちょっとお菓子とジュースも持って来るわ。再現味覚だけでお腹は膨れないけど」
「お菓子! 話には聞いている。うまい棒というものを食べてみたいのだが」
「あるわけないだろう……GBNだぞ」
「あら、あるわよ?」
「「 あるのか…… 」」