ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE   作:ルシエド

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『恒星と水と大気と夕陽』とは何か

 地球人に限らず、他星の知性体を理解することは難しい。

 難しい上に、時間がかかる。

 地球人同士ですら他人を理解することが難しく時間がかかるというのに、違う星の者同士の相互理解の難易度など、想像もしたくないレベルにあるものだろう。

 

 少しずつ、少しずつ、エヴィデンス01は"人間"を吸収している。

 "地球の倫理と論理"を吸収している。

 まず知ること。そして理解すること。最終的に尊重し合うこと。

 彼はそれを主としていたが、マギーやメイのことを一日や二日で理解できるはずもない。

 

 そも、理解とは何か?

 どこまで理解したら理解したことになる?

 どの程度なら『理解した気になっているだけ』と馬鹿にされる?

 「理解が大事だ」とか、「相互理解こそが重要だ」とか気軽に誰もが言うが、理解とは本来、主観と客観が高度に入り混じった非常に高度かつ難易度の高い行為なのだ。

 

 エヴィデンス01は、『対象の文明・個人に意図していない影響や侮辱を決して与えないこと』を理解の最低ラインとしている。

 俗な言い方をすれば「相手が不快に思うことを思わず言っちゃうようじゃその相手を理解してることにならないよ?」といったところだろうか。

 これが彼の"理解"の定義であるということだろう。

 

 マギーはエヴィデンス01を認め、いつでも来ていいと言ってくれた。

 今後はちょくちょくあの店に行ってマギーと話すことになるだろうが、それだけで人間を理解できるはずもない。

 

「もっと人間を知らなければな」

 

 第一に、メイの助力を得て人間を知っていくこと。

 地球で生まれ最も異星人に近いELダイバーを仲介としていくこと。

 第二に、その合間に一人でも知り合いを作っていくこと。

 そうして人間の理解度を上げていくこと。

 第三に、すべきことを全てした後、決断をすること。

 それでこの星における自分の役割は終わりだと、エヴィデンス01は考えていた。

 

「で、あると、なんだ……

 何をすればいいんだ?

 どこが一番人間を理解しやすいのだろうか。

 極力偏りなく理解できるところが良いが。

 Googleに聞いてみるか……

 『人間の全てを理解できる場所』、と……

 ……大昔の哲学ばかりが出てくるな。で、あるなら、どうしたものか」

 

 少し思案してから動き出そうとしたエヴィデンス01の肩を、小さな手がポンポンと叩いた。

 

 振り返り、エヴィデンス01は目を見開く。

 

「あなた、私と同じ?」

 

 そこに立っていた白い少女を見て、彼は絶句し、口を半開きにしたまま、言葉を失っていた。

 

 白百合のような少女だった。

 光の反射で白く見える薄水色の髪、純白のドレスが、白のイメージを打ち立てている。

 長い髪は青いリボンでまとめられており、純白のドレスも青い上着、首から下げたペンダントは紫と、寒色系でまとめられた服装は清純さを感じさせる。

 それでもなお冷たさを感じないのは、その眼差しが、その声色が、とても暖かい優しさに満ちているからだろう。

 

 エヴィデンス01の量子と素粒子も見通す眼は、眼前の少女が元々は何であったかも一瞬で見抜いていた。

 

「……で、あるな。私もELダイバーだ」

 

「ELダイバー? あ、だから同じなのかな……私はサラ。ELダイバーだよ。あなたは?」

 

「エヴィデンス01。人は私を、エビちゃんと呼ぶ」

 

 どうやら彼はこの呼び名が気に入ったらしい。

 少女はずっとにこにこしている。花のような微笑みだった。

 

「わあ、エビちゃん。可愛い名前だね」

 

「君の名前の方が可愛い。

 地球人基準で容姿も君の方が可愛い。

 つまり私の完敗、君の完全勝利だということだ」

 

「? 私、勝ったの?」

 

「で、あるな。サラ殿はソロプレイヤーというものか」

 

「ううん。リクと離れちゃったの」

 

「陸と離れてしまった? 空を飛んだのか」

 

「うん。リクは空を飛ぶの。誰よりも早く、誰よりも高く」

 

「陸は空を飛ぶのか……哲学的だが、分からないでもない。

 "空を飛ぶ"が、"陸から離れる"と同義でない時代が来ているのが今のこの星だ」

 

「そう、リクと離れちゃったの。ミッションに一緒に行く約束だったのに」

 

「ミッション……ミッションとは?

 何度か名前だけは目にしていたが、触れる機会がなくてな」

 

「あ、生まれたてのELダイバーなんだね。

 ミッションはみんなで楽しく何かするんだよ。

 何かできたらミッションクリアーになって嬉しくなるんだ」

 

「なるほど……奥が深い。

 ところでこういう表現は何故奥が深いと言うのだろう。

 奥と手前は正しいのか? 底が深いと言うのが正しいのではないだろうか」

 

「……?」

 

「……?」

 

「言葉って大変だね」

 

「サラ殿も苦労を?」

 

「私は……仲間が居たから。

 私があんまり上手く話せなくても、寄り添ってくれる人達と出会えたから」

 

「……仲間、で、あるか」

 

 そこに、会話を遮るような大きな声が飛んで来た。

 

「サラ!」

 

「! リク!」

 

「ダメじゃないか、今日はここに人がいっぱい集まるって言ってたのに。

 ぎゅうぎゅう詰めになるから手は離さないようにってちゃんと言ったよね?」

 

「ごめんなさい、リク」

 

「いいよ。サラが無事なら」

 

「リク……」

 

 全力で走って来た男の子が、サラを抱きしめる勢いで突っ込んできた。

 空気が一変して、"青春の空気"とでも言うような、どこか楽しげで、どこか若々しく、ひねくれた大人だと居心地が悪い空気が出来上がる。

 エヴィデンス01は、その空気を心地良く感じていた。

 

「おっ! リク、サラちゃん見つかったんだ。よかったー!」

 

「あ、モモちー」

 

「モモありがとう、一緒に探してくれて。ちゃんとサラ見つかったよ」

 

「いいよいいよ、私も通りかかっただけだし。見つかってホントよかった」

 

 リクと呼ばれていた少年はリアルベースの姿だろうか。

 格好良さや背の高さに目を瞑れば普通の少年だが、服装はベタな和製RPGの主人公の服装をなぞったようなベーシックなものになっている。

 だが瞳の奥にある真っ直ぐで純真な光が、平凡に見える彼の非凡な本質を垣間見せていた。

 

 モモと呼ばれている少女は、ピンクの長い髪をツインテールにして、パンダを模したコスプレをしたような姿である。

 リクはまだ『RPGの主人公の服を着たイケメン』として現実でも見るだろうが、モモのそれはGBN以外ではほぼ見ることはないレベルのものだった。

 コスプレ大会にでも行かなければ見れないだろう。

 "オンラインゲームなんだから思いっきり!"という少女の割り切りと熱量が、フルパワーで放出されているような、パンダモデルのコスチュームであった。

 

 三人が並んでいると、和製RPGの凛々しい勇者、助けを待ち祈る姫、勇者の仲間のおバカな獣人女に見えてくるから不思議なものだ。

 三人は会話しているところを見るだけでも一目瞭然な、信頼し合うチームだった。

 

「ところでサラ、今話してたその人は?」

 

「わー、金色の瞳と銀色の髪が綺麗。ダイバールックがシャフリさんみたい」

 

「リク、モモちー、この人は、私と同じ人」

 

「え!? じゃあELダイバーの人!? サラ以外の!?」

 

「あー、だからサラちゃんと話してたんだ!

 初めまして、私モモでーす! この子はリク!

 サラちゃん……は知ってるかな。フォース・ビルドダイバーズ! よろしくっ!」

 

「で、あるか。

 サラ殿、リク殿、モモ殿、ビルドダイバーズ。

 よし、覚えたぞ。私の名前はエヴィデンス01。親しい者はエビちゃんと呼ぶ」

 

「よろしく、エビちゃん!」

 

「よろしくお願いします、エビさん。

 サラを見つけて話してくれていて、ありがとうございました!」

 

 エヴィデンス01は、新鮮味と好感の両方を抱いていた。

 サラはおしとやか、モモは元気、リクは誠実とそれぞれタイプが違ったが、根っこにあるのは純然たる善意。三人それぞれが、眩しいほどに真っ直ぐだった。

 

 未来に不安を持たずにまっすぐに部活に打ち込む少年少女が持っているものと同じ、ひねくれたところも汚れたところもないような、光の心。光の存在。光の在り方。

 成人の体と感情が欠落した心のメイ、世の中の酸いも甘いも知ったいい大人のマギー、歳を重ねた運営の一部としか交流して来なかったエヴィデンス01には、何もかもが新鮮だった。

 この子らもまた、人間の一部。

 いずれ来る未来の社会の担い手である。

 

 光を宿す子供達に、エヴィデンス01はマギー達に受けたものとは別種の感銘を受けていた。

 

「ねえねえ、エビちゃんはここで何をやっていたの?」

 

 モモが陽気に、人懐っこく問いかける。

 現実でもネットゲームでも、多くの友人を作っていくタイプなことが窺える。

 

「俺とサラはミッションに一緒に行く約束で待ち合わせてたんです。

 モモはソロミッションでランク上げとか。

 あ、そうだ、ミッション一緒に行きませんか? 一緒ならきっと楽しいですよ」

 

 リクが凛々しい表情で、威圧感の対極にあるような柔らかい雰囲気で、嫌だと思ったら断りやすい空気をごく自然に作り、楽しい時間にエヴィデンス01を誘う。

 絵に書いたようないい人だ。

 善意を心臓に宿した人間は、こういう風に在るものなのだろう。

 

「……ううん。リク、この人は、そういうことをしに来たんじゃないよ。

 ね。人間を知りたくて、地球のことを理解したくて、ここで人を見てたんだよね」

 

 そしてサラは、その目で見た者を深くまで見通しているかのようにすら感じる。

 この少女が一番、浮世離れした雰囲気を纏っていた。

 白百合のように微笑み、可愛らしい振る舞いを自然とこなし、見抜けるはずもない真実をその目で見抜き、事もなさげに口にする。

 

「で、あるな、サラ殿。その理解で相違ない。一人では限界を感じていたところだ」

 

「エビちゃんは、人間を好きになりたいんだよね。

 私にとってのリクやモモ……仲間のみんなみたいに」

 

「で、あるからして、サラ殿の言うように、人間を理解せねばならないのだ」

 

「あはは、サラが二人居るみたいだね、モモ」

「ELダイバー同士って基本的に仲良いわよね。男の人のELダイバーでもそうだったかー」

 

 ELダイバー。

 電子生命体。

 人間に非ず者。

 この三人の中で一番エヴィデンス01に近いのは、間違いなくサラだった。

 

「じゃあ、俺とサラとモモで手伝って……」

 

「ダーメ! リクはサラちゃんと一緒にミッション行く約束でしょ?」

 

「あ」

 

 善意で動こうとするリクを、モモが即座に嗜める。

 

「女の子との約束すっぽかすなんて最低なんだからね?」

 

「モモちー、リクは私のエビちゃんを助けたいって意思を尊重してくれたから……」

 

「ダーメ、サラちゃんはもっとワガママ言っていいの! リクはそれを立てること!」

 

「うん、モモの言う通りだ。俺、そうするよ! ありがと、モモ」

 

「ふっふっふ、ここは私に任せて先に行けー!

 ELダイバーならサラちゃんの弟同然!

 二人の分もちゃんと頑張ってサポートしておくから」

 

「モモちー、ありがとう」

「ありがとう、モモ!」

 

 "またね"と小さく手を振るサラ、去り際に頭を下げていったリクがミッションに出発し、後にはエヴィデンス01とモモが残される。

 

「じゃ、改めて自己紹介ね?

 私はモモ。愛機はモモカプル!

 あなたと同じELダイバーのサラちゃんと一緒に、ビルドダイバーズやってます!」

 

「で、あるか。私がエヴィデンス01、エビちゃんのままでよいぞ」

 

 ビルドダイバーズ。

 メンバーの名前は知らなかったが、ビルドダイバーズの名前は色々と調べていたエヴィデンス01も知っていた。

 二年ほど前、最初の電子生命体(ELダイバー)として出現した少女を守り、GBNの上位ダイバーほとんどを敵に回し、最後には世界最強のチャンプすら打ち倒したという。

 始まりのELダイバーは仲間達(フォース)のおかげで救われ、GBN運営は方針を転換、今のGBNは人間と電子生命体が共存する理想郷の雛形となった……という、話だ。

 

 GBNという二千万人以上のアクティブが存在する世界で、世界全てを敵に回して勝ち、一人の女の子を救ったという伝説のフォースチーム。

 無名のGBNダイバーには、「俺元ビルドダイバーズなんだぜー!」と大嘘をつき、イキりまくるという、ネット通称『イキリマス・ヴィダール』が大量発生したとかなんとか。

 

「さってー、人間が知りたいんだっけ? ……どうしよっか」

 

「君に任せたい。

 君は人間だ。君の方が人間を知っている。

 で、あるからして、君に任せた方が効率が良いだろう」

 

「って言われてもなー……あ!」

 

 モモが瞳を輝かせて、手を打つ。

 

「そうそう!

 そういえばユッキーが雑誌の特集で見せてくれたあれ!

 新設の宇宙エリア!

 あそこ今すっごく人居るんだって。

 ねえねえ、行かない?

 よし、行こう!

 さあ、ガンプラに乗って軌道エレベーターに乗って、いざ宇宙へー!」

 

 モモが目をキラキラとさせたまま全力で駆け出し。

 

「いや私ガンプラ持ってないので行けないぞ」

 

 エヴィデンス01の一言で盛大にずっこけて壁に激突した。

 

 顔をぶつけて赤くしたモモがエヴィデンス01に掴みかかる。

 

「なんでー!?」

 

「作ってないから……」

 

「なんで自分のガンプラ作らないでログインなんて……最初の私もそうだったー!

 というか最初のサラちゃんがまさにそうだったー! 忘れてたー! うあっー!」

 

「すまない」

 

「あ、ううん、いいのいいの。

 私なんて最初アカウントさえなかったもん。

 ハロの体でなにこれー! って騒いでて、サラちゃんに運んでもらってたなあ」

 

「で、あったか。ガンプラか……必要だとは分かっているが、後に回してしまっていたな」

 

「気が向いた時でいいんじゃない? 

 うーんじゃあ、人が多そうなところに向かってみようか!」

 

「まさか……ある可能性は低いと思っていたが、あるのか、人間の動物園!」

 

「あるわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 それぞれが愛を込めたガンプラを実際に巨大ロボとして動かせるGBNにおいて、手の込んだ愛機というものはそれ自体がガンプラビルダーの心の写し身である。

 モモの乗機はモモカプル。

 かつてはペンギン、今はパンダ的なロイヤルペンギンカラーリングにされている改造カプルだ。

 これは飛ばない。ペンギンだから。パンダだから。

 

 よってエヴィデンス01を手の上に乗せ、のっしのっしと大地を駆けていく。

 

「モモ殿、あれはなんだ」

 

『モモでいいよ。アレ?

 アレはこの辺の名物、トランザム流星群だね』

 

「トランザム流星群」

 

『トランザムっていう、性能を三倍にできるやつがあるんだけどねー。

 ちゃんとガンプラ作ってないと発動しても壊れちゃうんだ。

 今のGBNはリクに憧れて始めてる子とかも多いから、みーんなああして落ちてくの』

 

「日常化してるのか……」

 

『一週間に何個落ちるか賭けしてる人達もいるんだって。ガンプラのパーツ賭けて』

 

「トランザム自爆は既に学んだがトランザム賭博は知らなかった」

 

 空から落ちるガンプラが地面に突っ込み、作られたクレーターの横を通り過ぎ。

 

「モモ、あれはなんだ」

 

『あれはカップリングフォースの抗争だねー。

 アスカガVSアスメイとか。

 ミカアトVSミカクーとか。

 フリエミVSフリユリとか。

 普通のダイバーさんの迷惑にならないようここで戦う取り決めなの』

 

「カップリング……カップリング……?」

 

『特定のキャラとキャラの関係推し?

 恋人になった妄想する?

 とかそんな感じー。

 好きなキャラ同士の組み合わせで楽しんでる人達みたい。

 だからしょっちゅう喧嘩しそうになって、ガンプラバトルで決着付けてるんだって』

 

「で、あるか。……ああ、今、理解できてなかったもののいくつかが理解できたな」

 

『あっちの奥の方には"腐海"っていうバトルフィールドがあるんだよね。

 私は近付いちゃいけないってコーイチさん達に耳にタコができるくらい言われてるけど』

 

「で、あるなら、後回しでいいか。いつか私が単独で行ってみよう」

 

『あ、ずるい! 私も何があるのか見てみたいのに!』

 

 燃える草原と、腐る森の脇を抜け。

 

「モモ、あれは?」

 

『あれはなんだっけ……

 仮面ライダーガンダムトーナメントとかそういうのだったかな』

 

「仮面……?」

 

『GBNがガンダムだと認識する範囲なら色々できるらしいよ?

 ジャンプキャラトーナメントとかゾイドトーナメントとかよく見るかな』

 

「で、あるか。自由だな、ガンプラ……いや、愛があるから成立しているのか」

 

『前にビルドダイバーズとフォース戦したんだよね。

 トーナメント優勝した人達が、最強の称号目指してるんだって言って。

 ブラックRX-78-2とダブルオーマジオウ? だっけ?

 まとめてリクが倒しちゃって……

 W0サイクロンジョーカーとズゴックゴッグII世が殴り込んで来て……なんか勝ってた』

 

「"なんか"なのか……」

 

『あ、でもねでもね! 楽しかったよ!』

 

「で、あるか」

 

 常に多くのダイバーが戦う広い闘技場を尻目に駆け。

 

 彼らは、海に辿り着いた。

 

「ここは……」

 

『このあたりは景観が良くて色んな人が来てるんだ。

 バトル興味ない人とか。

 デートしにきてる人とか。

 家族連れで遊びに来てる人とか。

 エビちゃんが色んな人を見たいなら、ここがいいんじゃないかな』

 

「夕陽の、海」

 

『ちょっと移動したら朝の海にも行けるよ。

 時間経過で太陽が動く海にも行けるね。

 あー、なんか思い出すなー。

 サラちゃんと二人で遊んでた時もよくここに来てたんだよね』

 

「いや、ここでいい。ここがいい」

 

 夕陽が輝いている。

 海がそれを反射している。

 夕陽の色が、砂浜を、立ち並ぶ木を、その場にある全てを染め上げている。

 まるで、その場にある全てが、柔らかな炎になっているかのような錯覚がある。

 

「記録では見ていた。

 これも電子情報なのは分かっている。

 だが……そうか……これがGBNの海か……」

 

『海は初めて?』

 

「ここではない海ならいくつか。こういう海は初めて、で、あるな」

 

『GBNの海は綺麗だもんね』

 

 ざあん、ざざあと、寄せる波が砂浜にぶつかり、砂と波が心地良い音楽を奏でている。

 

「空気、屈折率1.000292。

 水、屈折率1.3334。

 地球の個性だ。

 本来、大気の熱的ゆらぎで約470nmの短波長である青い光は散乱する。

 よって昼間の空は青く見える。

 だが夕陽は……

 約580nmの黄色、約610nmの橙、約700nmの赤色が散乱して……

 黄金が燃えるような色合いが、海と空を満たし、宝石に勝る世界を作る」

 

『むっずかしい言い方するわねえ。サラちゃんは"綺麗"で済ませてたわよ』

 

「気分を損ねただろうか。で、あるなら、次回から修正する」

 

『いいんじゃない? 綺麗なもの見てどんな感想言うかって、皆の自由だと思うし』

 

「で、あるか」

 

 宇宙にはいくつもの恒星があり、太陽に似たものがいくつもある。

 水は宇宙全体で見れば非常に少量だが、水の惑星や氷の惑星もそれなりにある。

 太陽と海がある星は、宇宙全ての星の割合で見れば極小で、けれど宇宙という広大な世界の中には数え切れないほどにある。

 その多くを、エヴィデンス01は見てきた。

 地球のこれも、その一つにすぎない。

 

「空気と水に溢れた星でのみ見ることができる、恒星と水が作る自然芸術」

 

 いくつもの海と太陽のコントラストを彼は見てきた。だが、それがどうしたというのか。

 

 本当の美しさとは縦に並べることができないものだと、彼は知っている。

 

「美しい」

 

 それは、異星人は誰も知らず、地球人ならば誰でも知っているもの。

 この星に知的生命体が生まれる前から存在し、この星の生命全てが滅びた後も残るもの。

 地球という星そのものが持つ、星という美女が誇り続ける美しさであった。

 

 光を生み出す恒星と、光を屈折させる水や氷の組み合わせは、宇宙の各地で愛されている。

 それに美しさを感じた者達が、これを形に残すため、絵や創作を始める。

 太陽と海は、芸術や文化の種なのだ。

 

 地球人が美しいと思うものを、異星人が美しいと思うかは分からない。

 美的感覚は、星の環境と、文明の過程に左右されるからである。

 だがこれは宇宙に普遍的に存在する恒星と水によって生み出される『美しいもの』であるため、これを美しいと思う気持ちは、地球人以外の異星人も持ち合わせている事が多い。

 エヴィデンス01もまた、そうだった。

 

「……」

 

 海を眺めて止まっているエヴィデンス01の横で突然、ぱしゃぱしゃと海水を蹴る音がする。

 

「ひー、冷たい冷たい」

 

「何故海に……? 食料の捕獲……で、あるわけないか。GBNだものな」

 

「海来たら入って遊びたくなるものでしょ?」

 

「ものなのか」

 

「ものなの!」

 

 靴を脱いで海に膝下まで浸かっているモモが、にししと笑っている。

 夕陽と海のコントラストは、古来から世界中の人々が目を奪われてきた美しいもので、エヴィデンス01も見惚れるほどの美しさがあった。

 そこに人を足すことは、ともすれば邪魔なものを付け足すことにもなる。

 人が美しさを損なってしまう、という懸念が生まれる。

 

 だが、エヴィデンス01は、その光景を美しくないとは思わなかった。

 

 夕陽を背にしてきゃっきゃと遊んでいる少女を見て、そこにも美しさを感じた。

 綺麗なものの中ではしゃぐ少女に、可愛げを感じた。

 これがメイであったなら、贔屓目という可能性もあったかもしれない。

 だが彼女は、本日初対面だ。

 贔屓が入る余地はない。

 この上なく綺麗な景色の中に人間を一人足し、美しさの劣化を感じなかったのは、もっと根源的な感性に起因するものだ。

 

 "これが地球人の感覚か"と思い……彼は一つ、地球人が持つ感覚を獲得した。

 宝石を超える美しさの中に、人がそこで生きているという息吹を足すことで、景色に血を通わせる……古来から地球人が受け継いできた美的感覚の一つを、彼は得たのである。

 

「ぬあー!?」

 

 だがそこで、モモがずっこけた。

 

 どうにも綺麗なまま〆られない少女であるようだ。

 

 海に全身突っ込み、全身ビチョビチョになった状態で、モモはジト目で彼を見る。

 

「……笑いなさいよ」

 

「は

 は

 は

 は

 は

 は

 は

 は」

 

「いやー! 顔が動いてないから妙に気持ち悪い!」

 

 異星人は人間を知る前に、笑い方を知るべきであるようだ。

 

 

 

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