皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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何番煎じか分かりませんがペンギン急便メインのお話です。


それもまた日常

 乱雑に吹き飛ばされて硝子の欠片となった空のボトルが辺りに散らばり、埃の被った様々な家具が吹き飛ばされてなぎ倒されたまま、放置されている。辺りを染める真っ赤な液体。鼻を刺すような刺激臭に顔を歪ませながら、周囲に倒れ込んでいる仲間を見下ろすように、一人のオニの男が立っていた。

 

 身長は凡そ180cm程。鋭く射抜くような深紅の目に、月明かりが反射して煌めく白銀の長髪。何より特徴的なのは側頭部から覆うようにして顔まで生えている太い角である。それも左側のみの片角と言う異形であった。

 幅広に作られた袖口と裾口、波文様が描かれた服からは伝統的な極東の意匠が見受けられるが、脚部や腕部、胴体には現代的な技術を用いられた軽装甲で飾り付けられている。

 彼の手には自身の愛刀である身の丈程の大刀。その刀は真っ赤に染まっており、こびり付いた赤色は水気を失って張り付いている事から、長い時間こびり付いていた物である事が推測される。

 

 マフィアやギャング、そして暴徒にありふれた危険極まりないこの龍門において、生と死は表裏一体。昨日まで肩を預けていた仲間が一夜にして肉片となるのは普遍的な話だとも言える。

 

 オニの男が周囲を見下すように一瞥し、艶やかな銀髪をかきあげた時、ふと違和感を感じて掌を見るとそこには驚く程真っ赤に染まった自身の手。

 

 ──嗚呼、そうか。そういえば昨夜……

 

 ガンガンと叩かれるような頭痛に顔を歪ませながら、彼は一つの事実へと辿り着いた。

 

「──新入社員のソラが入って来て、歓迎会をやったんだったな」

 

 二日酔いで惰眠を貪り続けてる仲間を後目に、一発芸にと取り出した愛刀を片付けて、一足先にシャワーを浴びるのだった。

 

 

 

 

 辺り一面に散らばったワイングラスやCD、お菓子とツマミの整理整頓しながら、酒臭いまま雑魚寝しているペンギン急便の仲間達をソファへと移動させる。ペンギン急便のボスであるペンギンのエンペラーが居なくなってるのに気が付いたものの、そもそも仕事にならない現状の片付けが先と結論付けた。

 

「う゛ー、ぎもぢわるい゛…」

 

 粗方片付けも終わり、いつもの業務に取り掛かろうとしたところで、ノロノロと最初に起きてきたのは目が隠れる程度に切り揃えられた赤い髪を持つエクシアだ。サンクタ族特有である光輪を頭頂部に浮かばせながら、真っ青な顔で歩く姿はさながらゾンビ天使と言ったところか。

 

「おはよう、エクシア。今にも堕天しそうな顔だが大丈夫か?」

「……おはよ、シュテン。大丈夫に見える……? そもそもそんな簡単に堕天……うっ!」

「……掃除したのに嘔吐するのは勘弁してくれ。シャワーでも浴びてきたらどうだ?」

「……そうするー……」

 

 とぼとぼとシャワー室へと歩いていくエクシアを見送った後、オニの男──シュテンは再び業務に戻ろうとすると次から次へと呻き声が上がり始める。

 艶美な黒髪を伸ばしたループスの女、テキサス。オレンジ色の長髪を後ろで束ねている怪力が自慢のフォルテ族のクロワッサン。そして様々な事情の末、ペンギン急便のトランスポーターとなった現役アイドルのソラ。

 まるでチープなゾンビ映画の如くそれぞれが立ち上がり、自身の現状把握も出来ないままに辺りを彷徨い出す。

 テキサスが転けて書類を飛ばし、クロワッサンが棚を突き飛ばしてCDを散乱させ、ソラが飲料水をひっくり返して辺り一面を濡らす。──見事に今朝の惨状の出来上がりだった。

 見るに堪えない光景に思わずシュテンは後頭部を掻きながら、やれやれと言わんばかりに微笑を浮かべた。

 

「ほら、水でも飲んで一旦落ち着いて座ってろ。エクシアがシャワー浴びてるところだから、お前らも順次サッパリして切り替えてこい」

 

 返事とも言えないような呻き声を出しながら蠢くゾンビ達をソファに座らせ、シュテンは仕事を中断して片付けをしつつ、食事の準備をし始める。

 そのまるで家政婦のように文句も言わずに家事をこなす姿。シャワーから出てきたエクシアはその一連の流れを見ていた。一体何がそこまでの原動力になるのだろうとふと見ていたエクシアに笑みを浮かべ、シュテンは言い放った。

 

「何、仕事ならいくらでもあるからな。このくらいの世話で働いてくれるなら安いものだ」

 

 さも当然のように話すシュテンの言葉に、皆の顔が一層青くなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「いやー、シュテンは相変わらず手際が良いよね。理想の旦那さんになれると思うよ、奥さんが羨ましいなー」

「ウチもそう思うで、起きた時には綺麗に片付いとったし、ご飯だって体に考えたものを作ってはるし。……ソラはんもそう思わへん?」

「そうですね。ホントに何から何まで……ありがとうございます」

 

 ゾンビモードから数時間が経ち、遅めのブランチから珈琲タイムへと洒落こんだペンギン急便の一同。アルコールもほとんど抜けたようであり、落ち着いた様子を取り戻した彼女達はテーブルを囲いながらホッと一息吐く。

 

「それに髪だってサラサラで綺麗な銀髪だし、顔だって目付きは鋭いけど整ってるし! スタイルも良いもんね! 最高だよサイコー!!」

「分かるわー! ウチもそう思ってたとこやで! 腕だってそれなりに立つし、立ち振る舞いもクールで大人って感じでええ男やな!」

「うんうん! えーっと……そうそう! この前もあたしがソファで寝てる時に静かに毛布も掛けてくれたし、めっっちゃ優しいんだよね!」

「あーと、えーと……そ、そうそう! なんて言うか……凄くて言葉が出てこへんわ!」

「え、えっと二人とも……?」

 

 最初はシュテンの気遣いに感動したソラは納得して話を聞いていたものの、エクシアとクロワッサンのべた褒め具合──クロワッサンは最早言葉になっていないが──に思わずソラは困惑し始める。

 

「ほら、シュテン。秘蔵のチョコレートだ。食べてもいいぞ」

「嗚呼、ありがとう」

「えぇ!? テキサスさんまで!?」

 

 普段から仕事の合間に食べているチョコレートをテキサスはシュテンの口元へと運ぶ。特に拒否することも無く口に含んだシュテンはソファに体を大きく広げて座り込んだ。

 

「お前らが大変慕ってくれてるのは理解したよ。俺にとってお前らは大切な家族(なかま)だからな。こんな酔い潰れた次の日に仕事だなんて無茶はして欲しくない」

「え! じゃあ今日はもしかして休み──」

「──とは言え、仕事は仕事だ。俺も心を鬼にして血の涙を流しながら頼むしかないからな。……オニだけに」

『えー! せっかく持ち上げたのにー!!』

「ふ、二人とも……」

 

 横暴だーっと暴れるエクシアとクロワッサンであったが、そんな元気があれば問題ないとトドメを刺されて撃沈。漸く二人の意図を理解したソラは顔を引き攣らせていたものの、これが日常的な事なんだろうなぁと理解してしまった。

 口に出していないテキサスも同様、肩を若干落としていたのは言うまでもない。

 

「とは言え仕事自体は大したもんじゃない、ただの配達で車で移動すれば夕方前には終わる内容だ。……が、ソラの初仕事で万が一もある。四人で行って構わんぞ」

「……それ、報酬から足が出たりしてないの?」

「配達にしては破格の額を貰ってる。多少の揉め事も範疇の内なくらいにな」

「つまりドンパチ前提と言う訳か」

「そういう事になるかもな」

 

 これが詳細の依頼だ、と放り投げられた資料に全員が目を通すと、確かに書かれた内容はソラにも分かるほど簡単なものであった。

 

「何、ソラもそんな緊張しなくていいぞ。例え交戦に入ろうともエクシアもテキサスも腕が立つし、クロワッサンはずば抜けた防御技術の持ち主だ。職場見学の気分で行けばいいさ」

「は、はい。分かりました」

「……なんかソラに甘くない?」

「気のせいだ」

 

 エクシアのジト目を気にも止めず、テーブルの上に積まれた膨大な資料──主にエクシアが暴れた事による損害についてだが──の片付けに取り掛かる。

 シュテンは基本的に現場に行く事はなくとも、仕事は山のようにある上、打合せや商談など幅広く活動しているのだ。特に繁忙期となると無駄に時間を浪費する訳にはいかない。

 

「今日の標語は……確か『赤信号 皆で渡れば 怖く無い』だったな。足並み揃えて頑張れよ。……これだけの報酬額だ。不要な出費を抑えられるならボーナスの話をエンペラーに進言してやらん事も無い」

「ホンマに!? なんかめっちゃやる気出てきたわ! エクシアはん、無駄撃ちは絶対控えなアカンよ!……こうしちゃいられへん、急いで準備するで!」

「ちょ、ちょっと!」

「え、あれ!? あたしも!?」

 

 瞳の中に龍門弊のマークが浮かび上がっているクロワッサンに引っ張られるように、エクシアとソラは飲みかけの珈琲をそのままに連れて行かれてしまった。

 部屋に残ったのは資料の処理をし始めたシュテンとチョコレートを齧りながら珈琲を飲むテキサス。妙な静寂に包まれる空間の中で見つめてくるテキサスに、居心地の悪さを感じたシュテンは口を開いた。

 

「……テキサスは行かなくていいのか?」

「私はいつでも準備は出来てる、問題ない」

「そうか」

「そうだ」

「……で、なんでそんな見つめてくるんだ?」

 

 話している最中も視線を外さないテキサスに若干の困惑を見せながらシュテンの手が止まる。普段はクールに仕事をこなす彼女が一体どうしたんだとその視線を受け止めるようにして顔を上げた。

 

「……顔」

「顔がどうかしたか?」

「鼻から毛が出てる。すっごい長いヤツ」

「……は? 本当か?」

「嘘だ。じゃあ私も行ってくる。……ふふっ」

 

 何とも変わったやり取りに満足したのか、テキサスは薄い笑みを浮かべながら足早に部屋から出て行った。全く以て理解出来ないシュテンは首を傾げたものの、珍しく笑うテキサスを見れただけでも良しとし、気にしないものとする。

 

「……一応鏡で確認しておくか」

 

 流石に身嗜みは気にしない訳にはいかないシュテンであった。

 

 

 

 

 一人になって数時間経った頃だろうか。身の丈程あった書類を物の見事に処理し終えたシュテンは、休憩を挟むついでにエンペラーの私物であるCDを掛けて音楽を流す。

 部屋の中を包み込むように響く音色。ゆったりとした曲調が心を落ち着かせ、癒してくれる。そんな一時に珈琲を飲みながら新聞を見るのが彼の楽しみの一つであった。

 何とも年寄り染みたコーヒーブレイクを楽しんでいると、ふと入口から侵入してくる気配に気付き、視線を向ける。

 ダルダルの衣服と真っ黒グラサン。ジャラジャラと重ね付けした金色のネックレスをしたペンギン急便のボス、エンペラーがそこにはいた。

 

「……ほう、今日は帰ってこないのかと思ったぞ」

「俺もそのつもりだったんだがな。ちょっと不穏な情報が入ったから来てみたんだが……他の奴らはどこに行った?」

「アイツらなら昨日受けた割のいい仕事に行かせたぞ。四人で行動させたからよっぽど問題は無いと思うが……どうした? 魚が喉に詰まったような顔をして」

「俺をそこらのペンギンと一緒にすんじゃねえよ。──これを見てみろ」

 

 あちゃーと言わんばかりに天を仰いだエンペラー。テクテクと歩きながら渡してきた書類にシュテンは目を通す。

 そこには今回の依頼の本当の目的が記されていた。

 

「……これは本物か?」

「マジもマジの大マジだ。どうもきな臭いと思って依頼主を洗いざらい調べてみたら出て来た情報だからな」

 

 そこに記されている一つとして配達先の企業の実態。表向きは情報屋と言う話であり、実際にシュテンの記憶でも現地にはそのような店舗は存在していた。

 だがその実態は人身売買や臓器売買を専門とするマフィアグループ。外から進出してきた新しい組織が龍門で何食わぬ顔で働いていたのだ。

 更に情報によると、ペンギン急便に簡単な配達依頼──と言う建前による、トランスポーターへの襲撃が今回の目的である。前金は貰っていたものの、報酬を払う気は元々ない所か、仕事の配達ですら意味の無いものであった。

 

「ペンギン急便かトランスポーター個人への恨み……のようにも見えるが、最近龍門で頭角を現しつつも悪い噂を聞くマフィアか。ウチとの絡みは特に無い筈だ。このタイミングを考えると……」

「ソラの誘拐。それだけじゃなくてもうちの社員は皆可愛いからな。売り物になるんじゃねえのか?」

「嗚呼、十中八九そうだろう。情報の出処も気になるが……まぁ良い」

 

 トランスポーター初日にして災難だなと思いつつも、直ぐに抗争になるのはある意味ペンギン急便らしい事実。大きく息を吐いてソファに身を預けたシュテンが電話を手に取り、彼女達の元に連絡を入れる。

 1コール、2コールと鳴った瞬間に取られた電話から聞こえてきたのは慌てた様子のエクシアの声だった。

 

「よう、無事か?」

『無事か、じゃないんだけど!? 配達先の建物に入ったら訳わかんない奴らに武器で襲われるし! 応戦してたら爆弾で建物は崩れるし! 元からこういう予定だったの!?』

「無事のようで一安心だ。俺もさっき皇帝から話を聞いた所でな。何、元々ドンパチやる予定だったし慣れたものだろ、気にするな」

『いやそうなんだけどさ……まさか拍子抜けで終わる最後にどんでん返しは想定外だよ……。まぁいいや、それであたしたちはどうすれば良いの? 依頼は破棄の方向で進んじゃって問題ない感じ?』

 

 切り替えの早さは流石と言うべきか、ペンギン急便の中でもトラブル率が断トツのエクシアの対応は迅速なものだ。シュテンも数瞬の間に幾つも思考を巡らせながら言葉を紡いでいく。

 

「いや、依頼は破棄よりも達成と言う形で進めて行こうか。支払いを渋る依頼主が武力行使に移行してきた為、反撃し鎮圧と言う流れだな。報酬と迷惑料をたんまりと頂いてこい。……後、ソラはしっかりと守るように頼むぞ」

『……なるほど、あたしらよりもソラが目的なんだね。りょーかい。じゃあ好き放題暴れて資金回収してくるねー! 後の事はよろしく!』

「あぁ、龍門近衛局の方には俺が連絡しておく。だが無理はするなよ」

『まっかせてー! にしてもシュテンが心配して──』

 

 エクシアの言葉に耳を貸さずにシュテンは早々に通話を切った。そのまま携帯電話を操作して続けざまに連絡を取ろうとする。

 その相手は──

 

「お久しぶりです、シュテンです。……えぇ、皇帝も横で音楽を聴きながら寛いでますよ。……いえいえ、ウェイ長官程では。ひとつ耳寄りの情報が入りましたのでご報告までにと」

 

 龍門の執務者のウェイ長官である。今の龍門の飛躍的な発展は彼の手腕によるものと誰もが口を揃える程のカリスマ的統率者。礼儀を弁えた振る舞いこそするものの、自らの利とする為なら手段を選ばず、且つ他勢力との関係を円滑に進められる程の戦略を持つ化け物である。

 流石に立場の違いがあるからか、丁寧な口調でシュテンは話すものの、足を組みながら動じずに話すその姿は物怖じなど感じさせなかった。

 

「あの人身売買で黒い噂の組織をご存じですか? ……えぇ、そうです。通報がまもなく入ると思いますが、彼らがとあるビルで暴徒と化しているお話がありまして。……いえ、確かに龍門近衛局が制圧して下されば良いのですが、情報によると”とある優良企業”と金銭の支払いで揉めてるようなので。……話が早くて助かります。あと2時間後に出動して貰えれば警察方も被害なく取り押さえられるかと。優秀な警備員を抱えている優良企業が自己防衛の為に制圧してくれてるみたいですから」

 

 シュテンとウェイ長官はくどい言い回しで会話をするも、要約すれば実に分かり易く簡潔な事であった。

 シュテンはペンギン急便を嘗めた組織を潰し、元々予定にあった依頼報酬+αを頂く事。更に龍門近衛局からの妨害の阻止。

 ウェイ長官には証拠不十分として乗り出せなかった組織が暴徒とした事で取り押さえてかつ別件にて逮捕。更に無被害の保証。

 それはそれぞれが表向きは無干渉であるからこそ成し得る利益であると言えよう。

 

「私からの報告は以上です。……えぇ、ではまた機会があれば。──嗚呼、ウェイ長官。ひとつ言い忘れてた事がありました」

 

 あからさまに作ったと言わんばかりの忘れてた表情を見せたシュテン。その視線はエンペラーを見据えながら言葉を続けた。

 

「──いつからウチに新入社員が入った事をご存知だったので?」

 

 その瞬間、目に捉えていたエンペラーがビクリと身体を震わせ、サングラス越しにも分かる程に視線がぐらつく。

 その反応を見たシュテンは疑惑だった一つの懸念が、確信へと変わった。

 

「嗚呼、もう良いです。目の前の鳥類から全て察したので。……いえ、それ程でも。ではまた宜しくお願いします」

 

 通話を終えたシュテンが携帯電話から目を離し、室内を見渡すと、そこには扉へと一目散に走り去ろうとする醜い鳥類の姿があった。手元にあった新聞紙を広げて勢いよく投げると、凶悪な風切り音と奏でながらエンペラーの被っていた帽子を切り裂く。

 

「いやこれもう死ぬやつじゃん。つーかなんで分かったの? 無理無理無理無理……」

「お前が拠点に帰ってきたその時点で既に疑っていた。──何故俺に黙ってこんな事をした?」

 

 エンペラーの態度、そして通話越しでのウェイ長官の反応。全ては二人によって仕組まれた計画だった──その事に気が付いたシュテンの顔には激しい怒りが見て取れる。エンペラーもシュテンにバレるのは時間の無駄だと分かっていても、全て終わった後なら笑い話になると楽観視していた。まさかこんなにも早く見つかるとは思ってなかったようで、いつもはどんな時も余裕を見せるその顔は恐怖に染まっている。

 

「みんなで困難を乗り切れば、新入社員にありがちな遠慮の壁も壊して仲良しハッピーだと思ってやっただけだぜ? 獅子は我が子を千尋の谷に落とすって言うじゃねえか」

「ウェイ長官と手を組んで人身売買組織を壊滅とトランスポーターの育成。その為にソラの情報を流して組織を煽ると。……察するにソラの価値、もしくはペンギン急便のトランスポーターの価値を誇張して流したか。そのくらいじゃないといくら何でも組織の行動が過激過ぎる。……やり過ぎだと思わんか?」

「……ぜ、全部仰る通りです、はい……」

 

 全てを見通されたエンペラーに最早弁明の術などなく。器用に正座をするペンギンとはなんともシュールな光景であった。

 

「で、なんで俺に相談しなかったんだ?」

「いやー……だってお前拒否するじゃん? ぜってー嫌だって言うじゃん?」

「当たり前だ。そもそもソラの事務所との契約事項をもう忘れたのか? その鳥頭は飾りなのか?」

「……鳥頭ならむしろ忘れて当然じゃね? ソラの契約事項は確かにあるがシュテンは過保護過ぎんだよ。入りたての頃なら兎も角、アイツらはもう一端のトランスポーターだぜ? ベテランの域に来てるし腕も傭兵以上に立つ。大人だよ大人。ガキだったエクシアも普通にあそこの毛ぐらい生え──」

「それ以上は危ないから止めた方がいい」

 

 そもそもソラの事務所からの加入条件のひとつとして、安全を守る義務がある。彼女自身の影響力を考えれば揉め事が起きるのは仕方がないと言えるものの、流石に初日から抗争に叩き込むのは頭がおかしい。例えトランスポーターが危険な仕事なのだと教える意味であっても。

 

「……まぁお前がどうしてもと決めた事に俺は否定するつもりは無い。だが失敗したらどうなる? もうちょっと危機感をだな──」

「何言ってやがる。そんなのある訳ねえだろ」

「……は?」

「俺とお前がいるんだ。失敗なんて存在しねえよ」

 

 さも当然と言わんばかりに堂々とした物言いに、思わずシュテンの言葉が止まる。一切の迷いの感じない信じきっているエンペラーの瞳。遠い昔に出会った時の事をふと思い出す懐かしいその眼差しにシュテンは笑みを浮かべ、

 

「そんなので誤魔化されないけどな」

「あ? やっぱり?」

 

 丸めた新聞紙で思いっきり頭部を叩かれ、エンペラーの視界には満天の星空が浮かぶ。割れるような頭痛に苦しみ、ゴロゴロと転がるペンギンを見つめながら、シュテンはしょうがない奴だと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 日も落ちて既に夜の街が騒がしさを失い始めた頃、昼前に出て行ったトランスポーター達が漸くして帰ってきた。

 

「たっだいまー……ホント今日は疲れたよ……」

「エクシアはんはほとんど弾を使い切ってたくらいやしな。ウチももうヘトヘトや」

「嗚呼、ご苦労だったな。飲み会明けで辛かっただろうによくやってくれた」

 

 帰ってくるなり重そうな体を引き摺っているのはエクシアとクロワッサン。なかなか激しい抗争があったのか、身なりがそれなりに汚れていたが、まるで気にする様子ももなくソファに倒れ込んだ。

 

「やれやれ、2人ともだらしがないな」

「テキサスさんが凄いだけですよ。あたしなんて全然活躍できてないどころか怖くて仕方なかったですから……」

「戦いなんて慣れるまではそんなものだ。最初は私もそうだったからな、気にしなくていい」

 

 続いて部屋に入って来たのはテキサスとソラ。意外にも余力の残っているテキサスにシュテンは少々驚くも、無口で分かりにくいその顔には確かな疲労が見て取れた。

 対してソラは仕方がないことと言えども、足手まといにしかならなかった事実に歯痒さを感じている。

 

「トランスポーターと言ってもウチは戦闘ありきの配達が大半だ。何、一ヶ月もすれば嫌でも慣れる。……新人の内は好きなだけ守ってもらえば良いさ。迷惑を掛けるのが仕事みたいなもんだ」

「あ、はい。ありがとうござ──わわっ!」

 

 シュテンの大きな手でぐしゃぐしゃと乱雑に頭を撫でられ、ソラは驚きの声を上げる。ループス特有の耳を咄嗟に押さえながら上目遣いで見上げたその姿は、あざとさを感じるものの、様になっているのは流石アイドルと言った所だろう。

 

「……シュテン、私には何も無いのか?」

「お前は何を言ってるんだ?」

「テ、テキサスさん……」

 

 ソラの隣に立っていたテキサスは若干頭部を下げて、僅かに尻尾を揺らしながら待つ姿はまるで犬のよう。ショックを受けているソラと言い、訳の分からない展開にシュテンは呆れた表情を見せていた。

 

「え、なになにー? シュテンが褒めてくれるの?」

「そうなん? ならウチもウチも!」

 

 さっきまで死体のように寝ていたエクシアとクロワッサンも飛び起きるように立ち上がり、面白いものを見つけたような表情でシュテンへと近づいてくる。

 見たことも無いほどに鬱陶しそうな顔をしたシュテンは踵を返して背を向ける。そして離れの座席で撃沈していたエンペラーを指差した。

 

「馬鹿な事を言って無いでさっさとシャワーでも浴びてこい。……嗚呼、そう言えば今回の騒動は皇帝が全部組んでたみたいでな。俺なんかに構うよりじっくり話を聞いた方が良いぞ」

「あ、おま! ぶん殴った後、秘密にするって話してた──」

 

 気が付いた瞬間には既に時遅し。エンペラーが反応するよりも早く、エクシアとテキサスがその肩を物凄い握力で掴む。恐怖を感じながらも振り向いたエンペラーの目に映ったのは、素晴らしい笑顔で微笑んでいる四人の天使だった。

 

 エンペラーの断末魔が響く夜。それもまたペンギン急便にとっては有り触れた日常である。

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