皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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酒呑と皇帝と対の執政者

 

 テキサスがミズ・シチリアの私兵となって四年の月日が経った頃。

 とある廃れた夜のバーにて、シュテンとエンペラーがカウンターに座って酒を嗜んでいた。既にかなりの量を飲んでいるのか、周囲にはボトルが多く転がっている。

 ウイスキーをショットグラスで浴びるように飲み続けているエンペラーに対し、ストレートで飲みつつも、チェイサーで味覚を戻しながら味わうようにしているシュテン。そこには性格の違いが大きく出ていた。

 そんな中である。誰も来ない貸切の店内に二人の男が現れた。

 一人は龍門を代表する実質的執政者、ウェイ。そしてもう一人は裏路地で飴屋を営むネズミの姿をした高齢の老人。

 

「この俺を待たせるとはいい度胸じゃねえか。お釣りは鉛玉でいいか?」

「すみません、エンペラーさん。しかし時間より早く来たつもりなんですが」

「それだけ仕事が無くて暇だと言うだけの話だろう。ワシらが気にするだけ無駄じゃ」

「このクソネズミ。まずはてめえの腐った脳みそ撒き散らかすぞ」

「……お久しぶりです、ウェイ長官。それと鼠王」

 

 その老人は龍門の裏社会を纏める鼠王──リン・グレイ。灰色の(リン)であった。

 龍門のツートップが相手なだけあり、シュテンの態度は畏まったものとなっているものの、エンペラーは全方位に喧嘩を売る真逆な態度を貫いている。

 

「相変わらず礼儀正しいのう。エンペラーの下で働いてるのが不思議なくらいじゃ」

「えぇ、本当に。私も理解できないくらいですよ」

「ハッ! 内心だと化け物扱いしてる癖に良く言うぜ。良いか? シュテンが本気を出せばお前らなんて今頃酒瓶の中に漬けられて──ぶへっ」

「人の威を借りて威張るな。……申し訳ありません」

 

 シュテンに後頭部をぶん殴られて、ショットグラスを見事に砕きながらカウンターに顔を沈める。思わずウェイ長官と鼠王も引き気味であったが、シュテンに薦められるがままに席に着いた。

 

「私が()ぎますので遠慮なく申し付けてください」

「悪いのう」

「あぁ、すまないね。中々こんな時間が取れないから懐かしい気持ちだよ」

 

 シュテンが席を立ち、ウェイ長官と鼠王の元に行って酒を注いでいく。それはエンペラー秘蔵の高級酒であったが、当の本人が撃沈している為、誰も気が付くことは無かった。

 

「しかし龍門も変わりましたね。あのウルサス帝国の一件はどうなるかと思いましたが、数十年でこの変わりようには本当に驚きましたよ」

「その件に関して、シュテン殿の活躍には本当に感謝している。……私からしてみればその一件があったからこそ、今の龍門があると言うべきかな。しかし急激に光が増えた分、龍門には闇も増えた」

「ワシの掌から零れ落ちる闇を増えてきておるからな。そやつ等がまたコソコソと執拗(しつこ)い連中だから困ったもんじゃ。……ワシも老いたのう」

 

 腰を曲げ、辛そうに溜息を吐く鼠王を見て、シュテンとウェイ長官は思わず笑みが毀れる。未だに現役で誰よりもスラムを把握し、それを従える手腕を持っているものが老いたなどと。

 

「ご冗談を。鼠王に適う若者が何処にいると?」

「目の前におるではないか」

「お戯れを。それに私は貴方よりも年上ですよ」

 

 見た目だけの話で言うなら確かにシュテンは若者であるが、実年齢で言えば四人の誰よりも年老いている。確かに彼であれば、或いはその王の座に着けたのかもしれない。

 だがシュテンにはシュテンの目的がある。その目的にスラムの王など、微塵も関係は無いのだから興味など沸くはずもない。

 

「──んな、事よりだ。ビジネスの話の為に来たんだろうが。とっとと話やがれ」

 

 サングラスまで砕けて顔面にグラスの破片が突き刺さっている筈のエンペラーがムクリと顔を上げる。何故かその顔は無傷のままであり、机に散らばったガラスの破片を床下へ吹き飛ばしていた。そして何も無かったかのように新しいショットグラスにウイスキーを注いで、一気に飲み干す。

 

「そうですね。時間に余裕はありませんので。……恥ずかしい話なのですが、今龍門には外部から違法薬物が流れ込んできています。その大元を絶つ──それが依頼です」

「はっ、そりゃあ随分とデカい仕事だな……。でウェイよ、お前はペンギン急便を嘗めてんのか? その何処に配達の要素があるんだ?」

「それを言われるとこちらとしても痛いのですが……。ですがハッキリと言いましょう。その規模はスラム街に留まらず表の社会にまで蔓延し始めようとしています。ペンギン急便としてもそれで宜しいのですか?」

「……それはいつでも俺達を摘発できるっつー脅しなのか? あ?」

 

 違法薬物。依存性が高くて人体に悪影響のあるドラッグを指すものであり、そもそも製造自体が国際法で禁止されていた。

 それが当たり前のように蔓延し始めているとウェイ長官は語る。警戒していても取り締まり切れていない現状が、如何に異常事態なのかを認識しているのは、近衛局でもひと握りだろう。

 それが表世界にまで蔓延するとなると、ペンギン急便の配達物資の中に紛れてくる可能性も大いにある。

 そうなると龍門近衛局としては、違法薬物の運び屋として蔓延を助長させている可能性があるとして動かざるを得ない。

 

「……察しが良くて助かります。ですが分かって頂きたい。力が持ちながら自由に動ける人材で無ければ、今回の件は解決しそうに無いのです」

「……それで鼠王もここにいる訳ですね」

「聡いのう。ワシも色々と手を尽くして潰してはおるんだが、どうも龍門の者達とは違う奴等が我が物顔で薬を撒いておるようじゃ。それも格安の、赤字覚悟の価格でな」

 

 裏事情に詳しい鼠王ですら全貌を把握していないとなると、巨大な組織が外から干渉してきている──そう言う事のなのだとシュテンは推測する。

 本気で阻止するとなれば、龍門を離れて壊滅させる必要がある程の大仕事である事が理解出来た。

 

「龍門を薬漬けにでもして自分達の居場所を作ろうとしてるみたいですね。……で、その話を持ってきたと言う事は相手の目星が付いているのでしょう?」

「えぇ、その通り。……相手はシラクーザのマフィア。それも恐らく、龍門のマフィアとは比較ならない程の巨大な組織です」

 

 オンザロックのウイスキーを口に含み、小さく息を吐いたウェイ長官。天才的な彼であっても悩みの種になる程には大きな組織が相手なのだろう。

 

「で、龍門はウチに対してどのような報酬をくれるんだ? 執務室でもくれるっつーならやってやるが」

「エンペラーさん、冗談がキツすぎますよ。……そうですね、費用は龍門が持つ上でこの金額でどうですか?」

「0が足りてねえんじゃねえのか? こんな金額じゃまともな酒も飲めねえぞ」

「それとペンギン急便の活動拠点が幾つか欲しいですね。ウェイ長官の息が掛かっていても構わないので手配して貰えますか? 後、曰く付きでも良いので軍用車両を幾つか貰えると嬉しいですね」

「……やれやれ、ここぞと言う時には似た者同士だのう……」

 

 呆れたように呟いた鼠王の言葉にはウェイ長官も同意せざるを得なかった。

 相手の弱みについてここぞとばかりに要求する姿は、マフィアも真っ青になるほどの悪どさである。

 

「……流石に私と言えどもそこまでの条件は呑めませんよ。幾ら大仕事とはいえ、余りにも──」

「ミズ・シチリア。この大物が相手でもですか?」

「……ほう」

 

 シラクーザのマフィアを統治したと言われる女傑、ミズ・シチリア。被害なき裏社会を目指すべく動いたとされ、他の都市でも名を聞く程の人物である。

 違法薬物を取り扱う人物とはかけ離れた存在であったが、その名が出た事に鼠王は感嘆の声を漏らした。

 

「……何故その名を?」

「可能性の話ですよ。彼女が掲げる名目はご立派ですが所詮はシラクーザのマフィアの頭。この件に一枚噛んでいない訳がありません。……例え違ったとしても、どの道ミズ・シチリアとは話さなければ物事が進展はしません。そうなると龍門がマフィアと対談など表立って出来る筈もない。だからペンギン急便に依頼を持ちかけた。……違いますか?」

「一本取られたのう、ウェイ長官。お主の負けじゃ」

 

 パチパチと手を叩きながら、鼠王は素直な賞賛を送る。まさかこの件にミズ・シチリアを繋げられるとは思っていなかったのか、少しばかりウェイ長官は戸惑いを見せていた。

 龍門は表立って動かないのではなく、動けない状況なのであった。仮にミズ・シチリアが噛んでいるような自体があれば、龍門とシラクーザの全マフィアと大きな戦争に発達する恐れがあり、噛んでいない状況だとしても、どの道彼女を通さねば解決出来ない問題。

 古き友人である鼠王なら兎も角、顔も知らないマフィア相手に談合など、情報操作をされればウェイ自身が違法薬物を取り扱っている容疑者として取扱われかねない。

 そしてスラム街からの侵入とはいえ、鼠王であっても全てを把握しきれないとなれば、龍門内の処理だけではいたちごっこの繰り返しにしかならなかった。

 

 詰まるところ、これはペンギン急便への依頼要請では無い。龍門からの懇願なのだとシュテンは語った。

 

「この件は中々事情が混み合ってるみたいですからね。モスティマじゃなくて俺自身が動きますよ。……で、報酬はどうしますか?」

「……分かった。さっきの条件で呑もう」

「はっ、最初っからそう言えっての。バーカバーカ」

 

 諦めたように頭を垂れたウェイ長官に追い討ちをかけるようにエンペラーが調子に乗る。だがシュテンの顔は真剣なままであり、喜びを見せる様子も無い。一体どうしたのだと鼠王が訪ねようとした時、入口の扉が開いた。

 

「そろそろ仕事の話も終わったかい? ……終わってるみたいだね。それなら早く帰ろうか、さぁ帰ろう」

 

 非礼を一切詫びずに真っ直ぐに歩いてきたのは、ペンギン急便の社員、モスティマ。ニコニコとした笑みを浮かべてシュテンの腕を取ると、颯爽と立ち去ろうと引っ張っていく。

 

「あ、おい。ちょっと待てって」

「何言ってるのかな? 今日は私の誕生日だよ。あぁ、まさか忘れたなんて言わないよね? そうだよね。今朝から十回は言ってるから覚えてるに決まってるよね。……コーテー。彼を連れて帰っても問題無い?」

「あぁ、話は今終わった所だから好きにしろ」

「ちょ、まっ……。ウェイ長官、鼠王。また機会があれば宜しくお願──」

 

 最後まで言い終わるよりも早く、モスティマに引き摺られて行ったシュテンはバーを後にした。

 見送ったウェイ長官と鼠王は何とも言えない表情でいたものの、すぐに切り替える。

 

「本人は優秀なのに何とも締まりのない終わり方じゃの……」

「……確かにいつ見ても優秀な人ですね。私達より長く生きているとは言え、なかなかお目に掛かれない逸材ですよ」

 

 呆れてように溜息を吐いた鼠王に対し、良いようにやられたにも関わらずウェイ長官は嬉々としてシュテンを褒め称える。

 そんな二人に対し、エンペラーはウイスキーを浴びるように飲み干すと、軽い口調で話した。

 

「確かにアイツの強さは天性のものだ。だがそれ以外の物は全部、俺と出会ってから身に付けたものだぞ」

「……ほう、中々興味深いのう」

「箸の使い方も知らないで手で食うし、戦いは愚直で殺すまで終わらねえ。はっ、まさに獣みたいな──っと、余計な事を言うとシュテンに怒られるな。黙っとけよ?」

「フミヅキから話は聞いていたので有り得ない話ではないと思ってましたが……まさかそこまでだったとは」

「誰でも地獄を見て死を実感すれば成長するもんらしいぜ? 俺は勘弁だけどな」

 

 シュテンのいなくなったバーに残った三人。その姿は日が昇るその時間まであったと言う。

 

 

 

 

 情報収集と準備を終えたシュテンとエンペラーは、二人で軍用車両に乗り込んでシラクーザへと向かっている。

 置いてけぼりのモスティマは当然怒りを顕にしていたものの、シュテンの口八丁で上手い事言い包めた為、なんとか出発できた。そもそもトランスポーターが不在ではペンギン急便として成り立たない為、当然と言えば当然なのだが。

 

 シラクーザのマフィアの規模と位置は既に頭に叩き込んでおり、寄り道をする事無く真っ直ぐに向かっていく。あったとしても途中で他の移動都市に寄ってガソリンの補給や宿を取る程度くらいであった。

 

「ったく、まだ着かねえのか? これだったら龍門で待ってた方がマシじゃねえか」

「こっちと進む方向が同じ移動都市に向かうってのがそもそも間違ってるんだよ。文句はウェイ長官に言いやがれ」

 

 シュテンはアクセル全開のフルスロットルで車を走らせる。荒野なだけあって乗り心地は最悪であったが、少なくともこの時間を長く過ごすよりはマシだろう。

 グチグチ文句を言い続けながら自作の音楽を流すエンペラー。そんなボスを隣に置きながら車中泊をする事になっても文句を言わない辺り、シュテンの器の広さが伺えた。

 

 そして荒野を駆け抜ける事数日。流石に話す事も無くなってきた所で漸く目的地のシラクーザが見えてきた。

 一見は他の移動都市に負けずとも劣らずの大都市。だがその実態はマフィアが権力を持ち、蔓延(はびこ)っている腐敗した都市であった。

 とは言え表向きは大都市である為、多くの種族が訪れてきている。そのお陰もあってか、特に不憫な思いをする事も無く、シラクーザに入り込む事が出来た。

 

「シラクーザは来た事無かったが良い国じゃねえか。街並みも綺麗で繁華街もあって楽しめそうだ」

「……表向きはな。その殆どがマフィアの息が掛かってると思うと笑えもしない都市だ」

「俺からしたらウェイと鼠王の息が掛かってる龍門も大概だと思うがな」

「中々面白い発想だな、嫌いじゃない」

 

 車両を繁華街の外れにある駐車場に止め、徒歩で歩き続ける事数十分。シラクーザの郊外に辿り着いた二人の先には、鼻を突く悪臭と見窄(みすぼ)らしい格好をした者達が地面に座り込んでいる異様な光景──スラム街であった。

 その多くが見るからに感染者であり、肌から見て取れる侵食度合から言って先も長くないのだろう。

 

「スラムはどこに行っても変わらないものだな」

「あ? なんだ、感傷にでも浸ってんのか?」

「まさか。俺だったら死ぬ気でクルビアにでも駆け込むのになって思っただけだ」

 

 尤も、彼らにはそれを考える余裕も知識も無いのだろうがな──そう付け加えて、二人は奥へと足を進めていく。日々を生きるのに精一杯のスラム街に、先を見据えて動く程の余裕は無い。獲物が来たと襲ってくるならず者達と軽く弾き返したり、エンペラーがゴム弾で撃ち放ったりと、造作も無く突き進んでいく。

 シラクーザにきて僅か半日。目的地を把握している彼らの足は止まることが無く、ミズ・シチリア率いるマフィアの蔓延(はびこ)る奥地へと辿り着いた。

 

「……ふむ」

「どうも俺達の情報が漏れてやがったみたいだな。……一体どういう事だ? 嘗め腐りやがって。どこのどいつだよ?」

 

 確かに得た情報ではここから先がミズ・シチリアの統治する領土──の筈だったが、まるで人気(ひとけ)のない空間と古めかしい建物がずらりと並ぶだけでマフィアの姿などどこにも無い。

 路地の整備はされているもののスラム街と同じ──むしろ浮浪者がいない分スラム街よりも寂れている様子が見て取れた。

 

「まさか本当に来るとは龍門からの刺客が来るとは思ってなかったけど。流石はミズ・シチリアだね。彼女の情報網は只者じゃないよ」

「……ふん。どうでもいい事だ。早々に終わらせるぞ」

 

 突如聞こえてきた声に振り向く二人。そこにはまだ若い二人のループス──ラップランドとテキサスが刀と剣を構えて立っていた。

 

「おいクソガキ共。龍門からの刺客とはどういう事だ?」

「言葉通りの意味さ。シラクーザのはぐれマフィアが都市外に流した薬物を格安で買い叩き(・・・・)、あまつさえシラクーザにまで奪いに来る(・・・・)。そんな龍門マフィアの精鋭の刺客が来るとね」

「……待て、その情報は──」

「あぁ、話す事なんて無いよ。口八丁に乗せられる前に殺せと言われてるからね。……でも折角の精鋭なんだ。ボクたち二人と遊んでもらうよ!」

 

 明らかに食い違う主張。だがシュテンとエンペラーの話を聞こうともしないラップランドとテキサスは、疾風の如く駆け抜け、数メートルはあった距離を一瞬にして縮める。

 

「エンペラー、下がってろ」

 

 エンペラーを蹴り飛ばして後方に追いやり、瞬時に引き抜いた大刀でラップランドの二刀連撃を受け止める。純粋なオニとしての膂力でラップランドを吹き飛ばし、背後から迫るテキサスの源石剣を背中の鞘で受け止めて体を反転し、受け流した。

 そして勢いを殺さずにカウンターの右の拳でテキサスの体を撃ち抜く──よりも早く、両腕でガードされる。だが体重差も腕力も大きく違うシュテンの一撃はその体を大きく吹き飛ばした。

 

「チッ、上手いな……」

「ハハッ、中々やるね! 雑魚達を連れてこなくて正解だったよ! さぁ、もっとギアを上げていくから抗って見せてよ?」

 

 建物を蹴って宙へと浮いたラップランドが、シュテンを見下ろしながら刀を振るった。空を斬ったその剣閃は大気を切り裂く刃へと変わる。一目見て特性を理解したシュテンは大刀を振り抜いて相殺。距離を置いたままのテキサスを一瞥したシュテンはラップランドへと駆けようとしたその瞬間、強烈なアーツの気配を感じて空を見上げる。

 

 そこには、無数の剣の形をしたアーツが漂っていた。

 

「──ッ!」

 

 即座に回避行動へと移ったシュテンの元に大量の刃が降り注ぐ。なんとか全弾を回避仕切る事には成功したがみっともなく避ける事に徹底した為、お気に入りの一張羅の和服が砂まみれになってしまっていた。

 

「……へぇ、あれを避けるなんて。もしかしたらテキサスよりも強いかもね」

「そう思うのなら本気を出せ。いつまで遊んでいるつもりなんだ?」

「アハハ、やっぱりテキサスにはバレバレだったみたいだね。まぁこの程度(・・・・)でしか無いなら殺しちゃおっか」

 

 狂気の笑みは変わらないまま、ラップランドは強烈な殺意を纏い始める。テキサスの殺意が全身を針で刺すものと例えるならば、ラップランドの殺意は心臓へとナイフを突き立てられている──そう表現するに相応しい程凶悪なものだった。

 

「おいシュテン、ピンチじゃねえか。俺の手がいるか?」

「馬鹿言え。……エンペラー、アイツらを殺すぞ」

「あ? 程々なら良いぞ」

「程々か……」

 

 葉巻を銜えながら悠々と鑑賞していたエンペラー。そんな彼に振り返り、シュテンは軽い口調で殺人予告をする。

 程々に殺すと言うなんとも難解な注文を受けて悩むシュテンに対し、苛立ちを隠せない様子でラップランドが睨みつけていた。

 

「キミがボク達を殺す? 面白い冗談だね。キミが本気を出した所でボクも本気を出すだけなんだから。精々楽しませて──」

「そうだな、大刀を捨てるか。運が良ければ死なないだろう」

 

 最早ラップランドの言葉など耳にしていないシュテンは、持っていた愛刀を遥か後方へと放り投げる。本気を出すと言うよりも、完全に嘗めた態度を取られれば、無言でいたテキサスの視線すらも鋭くなるのは当然であった。

 だが、その考えは次の瞬間には消え去る事となる。

 

 その空間を包み込む程の威圧感が、ラップランドとテキサスを襲う。何処からなどでは無い。明確なまでに目の前にいるオニの気配が変わったのだから。

 

 体が竦み、恐怖から手足が震える。そんな感覚をラップランドとテキサスは感じながらも、彼女は大きく狂笑()みを浮かべた。体が、本能が、強者との戦いを求める。それは鉱石病(オリパシー)に侵されてから止められもしなくなった感情であった。

 

「──ハ、ハハハハハ! なんだいその気配と殺気は!? 一体どこにその実力を隠していたのさ!? 良いね、最高だね! こんな恐怖を味わったのは初めてだよ!」

「……ラップランド、これは私達の手に負える相手じゃない」

「分かってるさ! でも今更どうしようもないよ! それに……あぁ、死ぬとしても身体が殺され(戦い)たがってる!」

 

 熱い吐息を吐きながら、右足を踏み出したシュテンの挙動を、ラップランドとテキサスは全神経を集中させて注視する。僅かでも体重移動を認識したらアーツで仕掛ける──そう、考えていた瞬間であった。

 

「ぐっ──はっ!」

 

 シュテンの足元が爆発したようにクレーターを作ったかと認識した瞬間、ラップランドの腹部に拳が突き刺さる。ラップランドの全身から骨の砕ける音が響き渡るも、目にも止まらぬ瞬撃に対し、ラップランドは反射的に刃を振るった。

 だがシュテンはその一撃を見切って薄皮一枚で回避。吹き飛ばされながら激痛に顔を歪めたラップランドは、己が最大威力のアーツである狼魂を放った。

 狼の頭部を模したアーツがシュテンに向かって突撃していく。その一撃は並の戦闘員なら半身が分かれるほどの威力を秘めていた──筈だった。

 まるで虫を払うようにシュテンが手を振ると、最初からなかったかのように霧散して消えていく。到底考えられない光景。だが決して幻では無い。そのシュテンの手には確かに鮮血が滴っており、軽い裂傷が見て取れるのだから。

 だがその傷も数瞬にして塞がり、十数えるまでには完全に消え去ってしまう。オニ特有の異様な回復力までもが酒呑童子の血が活性化させていた。

 

「はっ! これだったらリンの方が幾分か手応えがあったぞ! なぁ!?」

 

 酒呑童子の血が彼を荒ぶらせるのか、シュテンは激しく獰猛な口調で声を上げた。シュテンの深紅の瞳が大きく動いて横を向き、端正な口が大きく弧を描く。その視線の先にはテキサスが諦めた様子でしゃがみこんでいた。

 あのラップランドですら相手にならない化け物。あのアーツでさえ掠り傷にも成り得ない怪物。

 

 最早テキサスに抗う術など無かった。否、抗う気力が無かったという方が正しいのだろう。何故ならばシュテンが見せたその圧倒的な強さに、神々しささえ感じていたのだから。

 自身の死期を悟り、静かに目を閉じたテキサスの首を、シュテンが掴み上げる。千切れるのかと思う程の握力に表情が歪むも、テキサスは身を預けた。

 

 

 

 家族と死別(わか)れ、ラップランドと出会い、四年の月日が経つ。多くのマフィアを、ならず者を、時にはスラム街の孤児でさえ必要とあらば殺してきた。命を奪わなかった日の方が少ないかもしれない。それ程までに罪を重ねてきたのだ。

 全ては殺された家族への復讐の為に。そして、その理不尽な世界を無くそうとするミズ・シチリアの掲げた理想の為に。空っぽで空虚となった自身を、自分のような被害者を出さない為に、と鞭を打ってきたのだ。

 

「だが、それももう終わりだ」

「何を言っている?」

 

 だからと言って自分が正しい事をしてきたなどと、テキサスは微塵も思っていない。擦り切れた身体と心。最後は無惨な死を遂げるのが殺人鬼の最後になるべきだと。

 

 彼のような強者に殺されるならば、ミズ・シチリアへの恩に背く事は無い──そう、心に思い、死を覚悟したその時であった。

 

「おいシュテン、ちょっと待て」

 

 葉巻を咥えたまま堂々たる様子でエンペラーが近付く。何事かと訝しげにシュテンが睨み付けていたが、エンペラーの視線はテキサスの顔へと注視していた。

 そして僅かな時間考え込む様子を見せた後、記憶が蘇ったかのように顔を上げて言う。

 

「お前もしかしてテキサス家の生き残りか?」

 

 その言葉を最後に、テキサスの意識は闇の中へと消えた。






まだ続きます。


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