「ん、んん……。あれ……」
「やっと目が覚めたか」
月明かりが差し込む深夜。廃墟の暖炉を灯しながら、シュテンとエンペラーがソファに座り込んで寛いでいた。
そして埃まみれのベッドには包帯の巻かれたラップランドとテキサス。つい今し方目を覚ましたテキサスには、この現状を理解出来ないでいる。
「……これはどういう事だ?」
「テキサス、どうも私達はミズ・シチリアに踊らされてたみたいなんだ」
そんな困惑しているテキサスに助言するように、ラップランドは今までの経緯を話した。
あの戦いの後、エンペラーの一声でシュテンが矛を収めて戦いは終了。気絶したテキサスと重症のラップランドを背負うようにしてこの場所に訪れたのだ。
そして意識のあるラップランドとエンペラー達が話し合いをした結果、互いの違法薬物に対する認識に齟齬があるのをラップランドは理解する。
当然、虚偽である可能性も否めない訳では無いが、圧倒する実力を持っておきながら生かしているこの現状が、真実なのだと直感で思わせた。
「だとしたら何故ミズ・シチリアが私達に嘘を……?」
「それはボクにも分からないよ。少なくとも彼女の理想は本物だ。キミとボクを雇った経緯、そして遂行してきた仕事の全てが間違いなく、善意とマフィアの撲滅に繋がるものだったからね」
「……盛り上がっている所で悪いが、ミズ・シチリアについて教えてくれ。その経緯や行動を詳細にな」
素直に話していい物だろうかとテキサスが悩んでいたものの、嬉々としてラップランドは饒舌に語り出す。
テキサス、そして自身が事件によって独り身となった所を拾われた経緯、そして思想に基づいた殺戮と脅迫、そして救済の内容を事細かく話した。
その間、真剣な表情で思案していたシュテン。彼が何を考えているのか分からないが、ラップランドの会話が残虐な話に寄り始めた所で打ち切り、口を開く。
「どの道一度ミズ・シチリアには会わないと解決しない問題な訳だな。……悪いが案内を頼めるか?」
「そうだね。ボクも真意を確認したいからついていく……と言いたいところだけど、正直喋るのも辛いほど激痛が走るんだよね。……だからテキサス。彼らを案内ついでに話を聞いてきてよ」
「あぁ……そうだな。……私が案内する」
シュテンに殴られた腹部を押さえながら、残念そうな表情を浮かべるラップランド。だがまだ夜中という事もあり、ミズ・シチリアの元に向かうのは翌朝という事になった。
そして早朝。警戒心を高めて徹夜で監視していたシュテンは眠たそうにしていたものの、三人はミズ・シチリアの元へと向かう事になった。
その道中の会話となるとやはり話題となるのはテキサスの話である。
「そう言えばエンペラー、コイツの事を知ってたのか?」
「ん? ……あぁ。この嬢ちゃんってよりテキサス家と色々と交流があっただけだ。クルビアは俺の音楽活動拠点だからな。一代で財を成した天才がそこにいてよく話してただけだ」
「……私の事はテキサスと呼べ。では私の父と母の事を知っているのか?」
コイツだの嬢ちゃんだのと呼ばれるのは癪なのだろう、テキサスは無表情のまま二人に対して苦言をする。
エンペラーはこんな巫山戯た容姿をしているものの、数多くの音楽アワードで指名された経験があり、西クルビアのラップ界では知らない者が居ないほどであった。更にその地位と資金を運用して、莫大な商業投資と実績を持ち、世界中に名が売れる程のカリスマ性を誇っている。
つまるところ、世界有数の権力を持つ富豪なのであった。
「知ってるぜ。アイツらの商才は俺でさえ学ぶものがあった。交流も深かったし元マフィアだっつー話も聞いてたぜ。……一家惨殺と聞いていたがまさか生き残りがいたとはな」
「……運が良かっただけだ。……いや、今となっては良かったと言っていいものなのかも分からない……」
エンペラーがテキサスに気が付いたのも本当に偶然の事であった。実際に子供と会った経験がある訳でもないエンペラー。それでも彼が気が付いたのは、ループスの中でも極めて珍しい艶やかな黒色の髪をしていたからだ。
だが本人のテキサスは最早生きている意味を見い出せず、俯いたままであった。
「運が良かった、か。……だが命あっての物種だ。それにお前のおかげで家族の無念が晴らせたのだろう」
「確かに復讐は出来た。……だが、私の心には何も無い、空っぽのままなんだ。それに今からまともに生きるにも人を殺し過ぎた」
「それはお前の心の弱さの表れに過ぎん。死んだ家族のせいにでもするつもりか?」
吐き捨てるように悠然と、淡々とシュテンは話す。その言葉が、態度が気に入らないのだろう。テキサスは鋭い目付きで睨みつけた。
「お前に何が分かる!? 気が付けば家族が皆殺しにされていた、悔やんでも悔やみ切れないこの無念が!」
「ならば何故
「…………」
「
いつの間にか取り出していた煙管を口に咥え、大きく息を吐いたシュテンから紫煙が立ち登る。テキサスから返ってくる言葉が無いのは、その言葉を反芻しているのか、それとも聞き捨てているのか──それは誰にも分からない。
「おい言い過ぎだ。お前に限度って物がないのか? 確かにテキサスの生き方に腹が立つっつーのは分かるが、まだこんな若造だぞ? 経緯を考えればこうもなるだろ」
「……? 何を言っている? むしろ人間らしくて良いじゃないか。俺は好きだぞ」
「落として持ち上げるマッチポンプかよ。それが女を落とす秘訣か? あ? あーあ、モスティマに言ってやろ」
「モスティマは関係ないだろクソ鳥頭が」
苛立ちと共に
ミズ・シチリアの住んでいたのは更に奥地の豪邸。それはシュテンでも得られなかった情報であり、テキサスの案内がなければそれなりの日数が掛かっていただろう。
幾つもの分岐路、横道、裏道を通り抜け、更には獣道を超えたその先にその建物はあった。
「随分と豪勢な建物だな。悪趣味極まりない」
「はっ、性格の悪さが滲み出てる。大した自己顕示欲だぜ」
「……入るぞ」
滅茶苦茶な暴言を吐きながら、二人はテキサスの後を追うようにして屋内へ進んでいく。道中のインテリアには目もくれず、目的を遂行する為だけに真っ直ぐ向かっていく。
そして大広間に繋がる扉を開けた瞬間、
「お待ちしておりました。まさかラップランドとテキサスを無傷で倒されるとは、想像を遥かに超える方々だったようですね」
だだっ広い空間の真ん中でリクライニングチェアに座り、ミズ・シチリアは待ち構えていた。
その空間は異質であり、異様。薄暗いせいで奥まで見えない室内の明かりと強烈な香水、もしくはアロマによって匂い付けされた部屋。
ループスは嗅覚が人一番敏感なだけあってか、一瞬だけテキサスは顔を歪めた程だ。
「……ミズ・シチリア。彼らと貴方の情報に大きな食い違いがあるのは一体どういうことだ?」
「その件に関しては謝罪します。ですが彼等がはぐれのマフィアを処理出来る者かどうか試したかったのです。……龍門の方々も申し訳ありません」
明らかに殺気を持って襲ってきたラップランドとテキサス。それはミズ・シチリアが敢えて誤情報を流した事によりシュテンとエンペラーの対応力を試したのだと、ミズ・シチリアはゆったりとした口調で語る。
「仮に俺達が死んだとしたらどうするんだ?」
「見えないところで私のマフィアたちが待機しており、いつでも介入出来る措置はとっておりました。……不快に思われたのなら、私の出来る範囲で何でも対応させて頂きますのでどうか矛をお納めください」
「そうか。なら考えておこう」
深々と頭を下げるミズ・シチリアに対し、シュテンは堂々たる態度で頷く。だが本来の目的はそこでは無い。早々に会話を断ち切ったシュテンは違法薬物について追求していく。
「俺達が来た理由は知っていると思うが、シラクーザから流れてきている違法薬物についての弁明を聞きたい」
「……私達をうたがっているようですね。ですが無理もありません。その一件はシラクーザと龍門で起きたマフィアの事件なのですから、私にも責任はあります」
「つまり違法薬物には関わっていないっつー訳か? 本気で殺しかけておいて随分と都合の良い腐れ女みたいだな」
「どのように呼ばれようとも、事実は事実なのです」
未だに強い当たりを見せるエンペラーの言葉を、軽い様子で受け流すミズ・シチリア。元々証拠のない事件に対して強気でいるエンペラーに非があるとも言えるが、彼女が気にする事は無い。
「疑って悪かったな。だがこちらにはそれだけ情報が少ないと言う事実を理解してもらいたい」
「はい、承知しております。……では、こちらが持ち得る情報を全てお話しますね」
そしてミズ・シチリアは己の集めた情報を放出していく。元々仲間であったマフィア達が、違法薬物の入手ルートを手に入れた事により、私欲に走って組織から離脱。だがシラクーザでは、マフィア全域がミズ・シチリアの管轄である事から販売ルートを確保できない為、龍門への販売ルートを開拓。その足掛かりとして格安の値で売り捌いている。
そして彼らはここより遥か南、即ちシュテン達が入ってきたの入口付近に居を構えているのだと言う。更にそこには
確かに合理的で矛盾の無いその情報にシュテンとエンペラーは意外にも沈黙して聞き入っている。
「じゃあその場所に行けば真実が分かるっつー訳だな?」
「はい、間違いなく。つい最近になって漸く見つけた場所ではありますが、ここ数日は滞在し続けているようですので」
エンペラーの問い掛けに一切の躊躇いも憂いも無くミズ・シチリアは答える。
ならばシュテンとエンペラーに出来る事はマフィアと違法薬物を確保し、龍門の安全を確固たる物にする事。それでこの長い任務は終わりとなる。
「事情は理解した。道案内にテキサスを借りていくが問題ないな?」
「そうですね……彼女の疑念を払う為にも、その目で真実を知ってもらうのは大事な事でしょう。テキサス、頼めますか?」
「……分かった、行こう」
渋々と言った様子のテキサスであったが、万が一を考えた場合に彼女と言う存在は間違いなく必要不可欠。そもそもシラクーザの地理に関して、シュテンとエンペラーは疎いのだから案内は必須と言えた。
「では情報の提供に感謝する。結果が分かり次第、また来るぞ」
「えぇ、宜しくお願いします」
背を向けて歩き出したシュテン達に、ミズ・シチリアは深く頭を下げて送り出す。それは龍門とマフィアの問題を押し付けた事に対する非礼か、はたまた感謝の気持ちか。
それは彼女にしか分からない。
「嗚呼、そうだ。さっきの貸しの話なんだが」
何かを思い出したかのようにシュテンは足を止めて振り返る。何事かとテキサスはシュテンの横顔を見つめるも、ただ静かにミズ・シチリアを見つめているだけ。
そのミズ・シチリアも頭部を垂れたまま動きはしなかった。
「このテキサスを俺にくれないか? ウチは万年人手不足でな、新入社員を探していたところなんだ」
「……は?」
「はっ、社員の分際で突然何言いやがる。……だが面白い、採用だ」
テキサスの肩を抱き寄せ、公然と告げるシュテンに対し、エンペラーは面白そうに声を出して笑う。なんの事かまるで理解出来ていないテキサスが反応するよりも、ゆっくりと顔を上げたミズ・シチリアが困惑したような表情を浮かべていた。
「……確かに先程は出来る範囲でと申しましたが、個人の意思が絡むのであれば、それはテキサスが決める事です」
「……私は……もう何でもいい。考えて生きるのに疲れたんだ。……ただミズ・シチリアへの恩と理念は私にとって大切なものだ。だから、裏切る事は出来ない」
「だ、そうです。申し訳ありませんが諦めて下さい」
空虚な心と表情を隠そうともせず、シュテンの手も払わずにテキサスは淡々と語る。ミズ・シチリアはテキサスが味方がいてくれる事が余程嬉しいのか、微笑むようにシュテンを見つめていた。
「なるほど、ならば恩と理念が無ければ来るわけだな?」
「……そう、だな……」
「……そうする訳か。相変わらず無茶苦茶な野郎だぜ」
「……何が言いたいのです?」
不穏な言葉を紡いだシュテンに対し、何かを察したエンペラーは神妙な表情で何度も頷く。
だがその言葉の真意を汲み取れないミズ・シチリアとテキサス。困惑と疑念の表情を浮かべながら、彼等を睨みつけていた。
「ミズ・シチリア。ここまでの経緯、どこまでが思い描いたものなんだ?」
「……思い描く? どういう事ですか?」
「
淡々と、ありとあらゆる可能性を考慮した言葉をシュテンは並べていく。どれもこれも根拠も証拠もない言葉。それ故、ミズ・シチリアの顔に一切の変化は無く、無表情のままシュテンを見つめていた。
「……そんな証拠もない妄言ばかりとは言え、あまり非礼が過ぎるようなら痛い目を見ますよ?」
「──ほう、それはあのテキサス家の悲劇みたいにか。実に面白いな。テキサスが手元に来る事さえ読んでいたみたいだ」
その言葉にピクリと、ミズ・シチリアの頬が僅かに動く。その瞬間を見逃す程、シュテンとエンペラーは易しくない。
いつの間にか葉巻を取り出していたエンペラーは一歩前に踏み出し、忽然とした態度で口を開いた。
「ミズ・シチリア。アンタはテキサス家の当主と友人だったらしいじゃねーか」
「えぇ、よくご存知で」
「んで、テキサス家の当主はマフィアの反対を振り切って独立したから殺されたっつー話だったな。確かに世間もそう語ってる」
「……その通りですが何か?」
訝しげな表情のまま、睨みつけてくるミズ・シチリアへと葉巻を突き出し、エンペラーは堂々たる態度で語る。
「俺もクルビアで長い事活動してたからアイツらとは一晩語り合うような仲であった。……だがおかしいな、アイツらは自身の知恵を部下たちに託して、円満で組織を抜けたって話だったんだがな?」
「マフィアも一筋縄ではありませんよ。一部の反感が組織に蔓延するのも有り得る話です」
「そう! その通りだファッキン女! ただ一人、ボスの右腕だったミズ・シチリアだけがその才能を手放す事を拒否してたっつー話じゃねえか! それもアイツらの抱える独自のルートを把握し切っていたのもお前だけって言うオチも──」
その瞬間であった。突如室内に響き渡った銃撃音。シュテンは気にも留めずにゴソゴソと煙管を出して一服し始めるも、その彼の前にいたエンペラー。
彼の頭部には銃弾を受けた穴が空いており、血溜まりの中に倒れ込んでいく。ピクリともせず、僅か一瞬の出来事で肉塊へと変わってしまった彼を横目に、紫煙を口元から漏らした。
そしてミズ・シチリアの手元には黄金に光るハンドガンが握られているのを、シュテンは視認する。
「ボスを殺されたのに無反応とは。貴様が噂に聞く龍門の抱える秘蔵か。大した化け物だな」
「漸く本性を現したか。薄汚いハイエナの分際でここまで良くやったもんだよ」
物腰柔らか老年の女性であったミズ・シチリアが、悪魔のように険しい表情と荒い口調でシュテンへと睨み付ける。その姿はテキサスでさえ見た事が無いほどの豹変っぷりであった。
「ミズ・シチリア……貴方は……それが貴方の本性なのか……!?」
「出来ればもう少し働いて貰いたかったんだがな。知られた以上お前との関係も終わりだ」
「本当に貴様が父と母を! 家族を殺したというのか!?」
「あぁそうだ。この私に逆らったからな。──おかげで大金と目の前の良い私兵が手に入ったが」
「──ッ!」
家族の仇を討った──その筈だった。目の前で語る
許せる筈がない──底から湧き出る怒りと殺意が、テキサスの心を再び燃え上がらせる。ここで殺さねば気が済まないと源石剣を抜いたその瞬間、シュテンに腕を掴まれた。
「ッ! 離せ!」
「まだ話の途中だ、黙ってろ。……さてもう一度聞こうか。どこまでが貴様の描いた通りなんだ?」
「貴様達の慧眼に免じて教えてやるよ。……全てだよ全て。ラップランドを手に入れ、テキサス家を滅ぼし、テキサスを招き入れ、違法薬物を横流して龍門に蔓延させ、貴様らを招き入れる。全てだ。……尤も、私が直接手を下しはしてないがな」
「……なるほど、異様なまでの人心掌握術だな。それが貴様のアーツか」
ラップランドをヒトリオオカミ──家族を失わせた上に村からの迫害を受けさせて類稀な才能に狂気を孕ませ、テキサスの性格と才能を把握した上でテキサス家を惨殺する。全ては私兵を手に入れる為に。
違法薬物も、独自のルートで手に入れた物をマフィアに横流しにしているだけなのだと語る。それもはぐれのマフィアに気付かれずに利益だけを掠めるように。
そして思惑通りに追い込めば龍門へと販売ルートが移行、後はシュテン達の知る通りなのだと。
直接関与してそれだけの大事を繰り返し行っていれば、間違いなく何処かで綻びと証拠が残るもの。だがミズ・シチリアは違った。その人格を、感情を、環境を、情報を全て把握した上で、どのような行動を起こさせるべきか判断し、第三者を操っている。
全てを見通すの目と判断能力。あまりにも人外染みているその力に、シュテンはアーツによるものと推測をつけたものの、ミズ・シチリアは小さく横に顔を振った。
「これは私が培ってきた努力の結晶だ。そこらの凡人と一緒にされては困るな」
「なるほど、随分と泥水を啜り、媚び
最大限の賞賛と揶揄を以て、シュテンは拍手喝采する。その態度や過去に何かしら気に障る事があるのだろう、先までの態度が嘘のように顔を歪めていた。
「大した度胸なのは認めよう。だがその探偵映画のような推理を披露した所でどうなる? 自己陶酔の主人公気取りで心理的な駆け引きでもするつもりか? 敵地に踏み込んだ、その無謀で」
「言質を取ってテキサスが俺の仲間になった。それだけだが?」
『……は?』
シュテンの口から吐き出される煙が、室内の濃厚な匂いと混ざり合っていく。ただ冷静なまま、彼は己の望むがままに口を開いただけに過ぎない。
それぞれの思惑と思考が混ざり合う中で非常に短絡的な答えが出た事に、思わずミズ・シチリアとテキサスは間の抜けた声が漏れる。
──シュテンの視点で言うのであれば、敢えて緊張を解かした、と表現するべきなのだろう。
「俺にとって仲間とは家族だ。つまり運命共同体とも言える。
そしてゆったりと大袈裟に両手を広げたシュテンは言葉を続けた。
「嗚呼、だが安心していいぞ。そこのエンペラーは別だ。
血溜まりの中で脳漿を撒き散らしているエンペラー。瞳孔も開いており、口も半開きのまま微動だにしないのにも関わらず、シュテンは何一つ気を使う事は無かった。
「だがテキサスはどうだ? 家族を殺され、怨敵に誑かされて殺人を重ね、心身共に摩耗し切っている。その相手は心の中で
「……許せる訳が無いだろう! コイツが! ミズ・シチリアさえ居なければ私は何も失う事など無かった!」
「……だからどうした? 代わりにこの場で貴様が報復するとでも?」
怒りや悲しみが強く織り交ざり、テキサスの心情は最早自身でも理解が出来ていない。感情に体が追い付かず、枯れたかと思われた堰を切ったように涙が頬を伝う。
だがどれだけグチャグチャになった心の中であろうと、一つだけ確かに存在しているものがあった。
──この女だけは許さないと。
「テキサス、その怒りは家族を大切に思うからこそ湧いてくる怒りだ。……実に美しく愛おしいな。同時にその怒りは俺の怒りでもある」
テキサスの顔を覗き込むとその雫をシュテンは拭い去る。自身の持ち得なかったその感情が余りにも美しくて眩しく見える。そんな事を考えながら薄く笑みを浮かべた彼は、ポンとテキサスの頭を叩き、そして──
「──お前の望み通り、報復してやろう」
その視線をミズ・シチリアへと向けて、シュテンは大きく狂喜の笑みを浮かべた。
「……やれ」
シュテンが動き出すよりも早く、ミズ・シチリアは小さく呟くと、その暗闇の背後から多くのマフィアが姿を現す。その手に握られているのは、遠距離からの攻撃に特化したハンドガンや手投げ式の爆弾。最初から彼等が来ることを想定していた待機であったのは明らかであった。
「はっ! そんな奴等がいた事なんぞ元からわかっていた事だ。この部屋中に漂う匂いがループスにも感じ取らせない為の偽装なのは目に見えている」
殺気と纏い、荒々しい口調でテキサスを抱え上げたシュテンは即座に離脱。その直後、大量の爆薬と銃弾が投げ込まれて、耳を劈くほどの轟音が響き渡る。建物が崩れ落ちる程の揺れ、そして辺り一面が白煙に包まれる中、シュテンは室内を走り回っては何かを蹴りつけて移動していた。
「おい、何をしているんだ!? 早くしないとミズ・シチリアが逃げるぞ……!」
「だから上の部屋ごとぶっ壊して全員生き埋めにしてやるんだよ」
「は? ちょっと待て──」
テキサスの制止も虚しく徐々に崩壊し始める天井。走り回って蹴りつけていたのは建物を支えていた柱であり、外壁であった。
そして僅か十数秒後、
辺りが静まり帰った後、シュテンは片手を大きく動かして瓦礫を吹き飛ばす。衣服の破れはあったものの、何一つ傷の無いシュテンの身体を化け物を見たような表情でテキサスは見ていた。しかし、そんな事よりももっと気にするべき事が彼女にはあった。
「……ミズ・シチリアは?」
「気配はある。……あそこだな」
不自然な瓦礫の山になっている部分に、シュテンはコンクリートの破片を投げる。ぶつかれば互いに弾かれるよう砕け散ったその下部には、仲間達の肉塊を盾にして生き延びていたミズ・シチリアの姿があった。
──だがその両足は瓦礫に押し潰されており、血飛沫が飛び散っている。
苦悶の表情を浮かべるミズ・シチリアの元へ、テキサスは歩み寄る。その手には源石剣を握り締め、力強く噛み締めた口からは血が滲み出していた。
一歩、また一歩と近づく度にミズ・シチリアの表情が、そしておなじようにテキサス表情も歪んでいく。
「……とんでもない化け物に手を出したみたいですね。やはりシラクーザだけで我慢しておくべきでした」
シュテンは最早ミズ・シチリアに興味は無いのか、元の様子に戻り、煙管を吸いながら突き抜けた壁から外を見ていた。
この場に残るのは対峙し合うテキサスとミズ・シチリア。自身の人生を狂わせた元凶が、目の前で逃げる事も出来ずにいる。
確かに実行犯は既に殺し、家族への弔いは済んでいた。だが本当の意味での復讐と過去との決別は、この女の殺害の他にない。
テキサスが源石剣をミズ・シチリアの首へと添える。殺す事など毎日のようにやってきたテキサスにとって、動かない相手となれば造作もない事。
ゆっくりと両手を上げて振り降ろす──その時であった。
「今まで嘘をついてごめんなさい、テキサス。最後に貴方の家族に会わせてあげましょう」
ミズ・シチリアがテキサスにだけ聞こえるようにポツリと呟く。その言葉はテキサスの心に響く一言。まるでガソリンの尽きた機械のように彼女の体がピタリと止まる。
その様子を見たミズ・シチリアは嬉しそうに言葉を続けた。
「ありがとう。話を聞いてくれて。……貴方は本当に優しくて甘い子でしたね。──家族に会ってらっしゃい」
そう言ってミズ・シチリアは手元に置いてあったハンドガンを即座に構えてテキサスへと向ける。外しもしない至近距離。最後の最後まで抗うその姿勢は、醜く這いずり媚びて生きた自分との決別を含めたものだったのだろう。
そして無情にも響く発砲音。
それはミズ・シチリアの
「この俺に手を出しといて背を見せるたぁ嘗めてんのか? このファッキン女が。地獄に落ちろ」
放たれた弾丸が無情にもミズ・シチリアの脳天を貫き、即死させる。そこには葉巻を咥えた無傷のエンペラーが、血塗られたTシャツのまま、ハンドガンを構えていた。
「だから自分の仇敵は自分で殺るのが奴の鉄則言ったんだがな。つまらん幕引きだ」
紫煙を立ち昇らせながら、シュテンはポツリと呟いたのだった。
その後、シュテン達はミズ・シチリアの情報通りに違法薬物の貯蔵庫へと向かって、特に大きな問題もなくマフィア達を制圧。そしてシラクーザの国家組織へと連絡を入れて無事に依頼を完了させた。
その際に多くのマフィアを芋ずる式に逮捕出来た事に対して、シラクーザから感謝されたのはまた別の話。
そして全てのやるべき事を終えたテキサスを連れ、ラップランドの元へと向かう。彼女はミズ・シチリアの死亡にさぞ驚いてはいたが、自身の過去と操られていた件については彼女の手腕を認めるだけで笑っていた。
「テキサスはこれからどうするんだい?」
「……私はシュテン達に付いていく。約束だからな」
「へぇ、あのテキサスが。てっきりボクと傭兵稼業でもやるのかと思ったよ」
シュテンとエンペラーが車両に待機している中、ラップランドとテキサスは二人で話し合っている。
「でも今のキミにあの時の鋭さを感じない。実につまらないね……。そうだ、オニィサンを怒らせてみたらどうだい? あの狂気に触れれば直ぐにでも目覚めるはずさ」
「……いや、私は──」
「その時にはまたボクとペアを組もうじゃないか! オニィサンに勝てるようにボクも鍛えてくるからその時は一緒に殺してあげないとだね! ……あぁ、つまらないトランスポーターなんてやってたらボクが迎えに行ってあげるから、安心していいよ」
じゃあボクは先を急ぐから──そう言ってラップランドはテキサスへと背を向けて去っていった。
テキサスの話も聞かずに足早に去ったのも、マフィアと言う肩荷が降りた空虚な彼女の思いを理解してしまったからなのだろう。
だがいずれは元に戻るとラップランドは信じて今は彼女の元を発つ。──より凄惨な戦場を求めて。
そうしてシュテンの運転で龍門へと帰る車両の中。助手席にテキサスが座り、後部座席にエンペラーが繕いでいた。
「……ミズ・シチリアの件は感謝している。だがなんで私を仲間にしようとした……?」
荒野故に激しく揺れる中、テキサスは小さな声で感謝を告げる。だが未だに自身がスカウトされた理由が理解出来ないでいた。
「言った通り優秀な人材を求めていたのも理由の一つだ」
「他にもあるのか……?」
「家族を大切に思う気持ちが俺に響いたからだ」
真剣な顔付きで運転を続けるシュテンの顔をテキサスは思わず見つめる。その顔に浮かんでいる感情は理解できなかったものの、冗談で言っている訳ではないようだった。
「法の無い所に不義は無い。善も悪も無いから俺達
「……あぁ、アイツらは法で裁かれない無法者。だから私がこの手で殺したんだ」
「ならば自らの行動を誇ると良い。お前は自身の家族の為、同じ境遇の者達を減らす為に身命を賭して殺し続けたんだ。……死んだ方がマシの人間を殺す奴は必ずこの世には必要だが、その屍の上に立つ責務は重い。だがそれを否定する事はお前自身のその想いを否定する事にもなる。だから誇ると良い」
「…………」
シュテン言葉には一理あるとテキサスは素直に認めている。だが、そこに至るまでの過程はただ我武者羅に切り尽くしてきただけ。気付けば自身の足元には沢山の死体の山が築かれていたのだから。
目的があった。賭けたくなる理想があった。だが一心不乱に突き進んだだけで屍を積み上げる覚悟がある訳でもなかった。だからこそ自身の心が、体が、こんなにも磨り減っているのだと──初めて理屈として理解する。
「俺にはそんな生き方は出来なかった。……いや、する資格が無かったと言うべきか。だからこそ俺はお前の復讐を賞賛する」
「だが私には過去を背負っていく覚悟が……」
「なら俺を頼れ。辛くて押しつぶされそうになるなら支えてやる。泣きたくなる時は胸を貸してやる。お前がどうしても許せない相手がいるなら俺が殺してやる。お前が傷付いた時には仇を取ってやる。何時如何なる時も俺はテキサスの味方だ」
さも当然のように言い放つシュテンの横顔を、テキサスは再度ちらりと視線を向ける。僅か二日にも満たない邂逅の中で、理解に及ばない程の庇護。正面を見据えたまま、運転に集中している彼の横顔からは何を考えているのかまるで理解出来ない。
「とは言え今はまだ過去を抱え切れなくても良い。いつかは精算する日も来るとは思うが。……そうだな、まずはお前の幸せでも見つけようか。不幸なだけじゃ割に合わないだろう。何、俺も死力を尽くすから安心しろ」
「……どうしてそこまで私に構うんだ……?」
「愚問だな。
龍門に行けば驚くような楽しみは沢山ある──そう、シュテンは言って、テキサスの顔を初めて見た。薄く笑みを浮かべ、まるで慈しむような表情で。
その表情に、どこか遠い、昔に感じた懐かしい記憶が蘇る。それはまだ自分が小さかった頃に見た父と母の優しさで──
「あぁ、そうだな。楽しみにしてるよ」
霞む視界を足元に向けると一雫が頬を伝う。震える声色の中、テキサスの呟きは空へと消えていった。
「で、良い雰囲気の中で悪いが、死にかけていた俺に対して掛ける言葉はないのかよ」
そんな中、後部座席から突如聞こえた声にシュテンが振り向く。窓を開けて偉そうに葉巻をするエンペラーがそこにはいた。
「テキサスの仇だったにも関わらず、良く後ろから殺したな。俺でもそんな事はやらんぞ」
「あ? そりゃあアイツが俺の頭に鉛玉をぶち込んだから返してやっただけだろ。おかしい話じゃねえよな? なぁテキサス」
「……貸し一つで許してやる」
「あー……まぁ入社祝いで許してやるよ」
いつの間にか復活していた事には二人とも突っ込みもせず、涙を拭い去ったテキサスが空気を読んだ一言で言葉を返す。
流石に頭が冷えればエンペラーも悪いと思ったのだろう、珍しく一歩下がる形で彼女の言葉を肯定した。
「しかしミズ・シチリアは大したこと無かったな。人心掌握の力は絶大だったがクソネズミにも劣る統治能力だ」
「あれで大したことがないとは龍門はどうなっているんだ……?」
「……だが一つ気掛かりな事がある」
「どうした? シュテンにしては珍しいじゃねえか」
クソネズミ──数十年に及んで龍門の裏の王となり続け、一時期はウェイ長官と全面戦争すら起こした鼠王と比べるのは些か分が悪いと言えるが、それでも彼女の成し遂げた力は過去に例を見ない程。
だがその話を振られたシュテンが少しばかり険しい表情を浮かべている。普段ならば裏の裏、その裏まで読んでいる彼がそうも反応したのは、エンペラーですら見たことがなかった。
「俺が数十年前にシラクーザに行った時にも確かにミズ・シチリアはいた。だがそいつは当時
「気の所為だろ。そんな沢山いてたまるかっつーの」
「だと良いがな」
そんな他愛もない会話をしながら、彼等は龍門へと向かうのだった。
ありとあらゆる財が無法者によって奪われ、瓦礫と死体の山と成り果てたミズ・シチリアの豪邸。
その中を一人の少女が軽快な足音を立てながら進んでいく。
崩れ落ちた屋内の危険性など顧みない足取りで辿り着いたのは大広間──シュテン達が争った崩壊の中心地であった。
少女は中央に座したまま腐敗している死体の前へと立ち止まる。両足が瓦礫に挟まったままのミズ・シチリアの死体であった。
「結構いい出来だったんだけどなぁ、ここまで長生きしたのも初めてだったし」
鈴のように響き渡る残念そうな声色。阿鼻叫喚な環境でありながらその冷静さと無邪気さは少女の異常さを表している。
「ま、彼が出てきたんだからしょうがないけど。でも真正面から挑むだなんて最後の最後に無能な所を見せちゃうだなんて。やっぱりスラム生まれは所詮その程度ね」
少女はミズ・シチリアだった肉塊に指を向ける──その瞬間、そこにあった物体は一瞬にして細切れにされ、原型を留めない肉団子となる。
その様子を見て、彼女は笑みを深めた。
「さて、じゃあ新しい
そうして彼女──ミズ・シチリアは廃墟と化した豪邸に背を向けて歩き出した。
そして数年後。シラクーザにはミズ・シチリアの名が再び広まる事となる。
以上でテキサスの過去話は終わりになります。
関係のある話を先に投稿したせいで色々と辻褄合わせが大変でした……。細かく書きすぎるものでも無いですね。
全30000文字オーバーと言う普通なら6話分と考えるとなかなか長くなりました。
ミズ・シチリアも原作ではシラクーザの女帝みたいな立ち位置くらいの話しか出てきてませんので、完全にオリジナル設定になります。