皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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可愛いモスティマが書きたかった話。後悔はしていない。



可愛いモスティマは酒呑童子の夢を見るか?

 まだ日が昇り始めた早朝。誰も居るはずのないその時間に、シュテンはペンギン急便の事務所にいた。

 特に仕事をする訳でもなく、ただ煙管を片手にソファに座り込んで(もた)れ掛かっている。ソラの新曲を小さな音量で流しながら、ただ一人過去を反芻しながら思いに耽った。

 

 紆余曲折の中で様々な出会いがあって、シュテン自身も大きく変わっていた。エンペラーと出会った当初を思い出せば、如何に自身の視野が狭かったのかが身に染みて理解出来る。

 そしてモスティマとの出会い。それはお互いに大きな影響を与えたと言っても過言ではなかった。彼女からは今のシュテンの在り方を、そして彼女には生きていく意義をそれぞれが学び、教え、現在がある。

 

 そんなことを思い出しながら一人思わず笑みを浮かべた。だからこそテキサスがいて、エクシアがいて、クロワッサンは──普通に入社しただけだが、ソラがいる。

 ここまで来る道のりは間違いなく並大抵の事では無かっただろう。それは地獄の底で生まれたシュテンだからこそ理解している。

 

 その後、豆を自ら挽いてドリップしたコーヒーを三杯分(・・・)作り上げたシュテンは、テーブルの上に置いて再度ソファに座り込んだ。自信作とも言えるコーヒーを口に含めば、砂糖が入っていないにも関わらずビターチョコレートのような仄かな甘味を感じさせる。豆本来の旨みと程よい苦みが混ざり合い、焙煎された香ばしい風味が鼻を抜けていく──まさに自信作とも言える出来栄えであった。

 

「──良い珈琲が出来た。こんな日はモスティマに会える気がする」

「……私が外にいるのを分かってて言ってるよね?」

「だから言ったじゃない。彼に隠し事をしても無駄だって」

 

 ふとシュテンが大きな声で呟けば、入口から足跡を立てながら二人の女性が入ってくる。シュテンは振り向かずとも誰なのか理解していた。

 それは青い髪を靡かせるペンギン急便の社員、モスティマ。そしてもう一人はラテラーノ公証人役場から任務によってモスティマを監視する──所謂、監督官の女であった。

 

「来ると分かっているから、こんな時間に事務所に居るんだよ。……おかえり、モスティマ。それと……久しぶりだな、秘宝の番人」

「うん、ただいま。でも今は秘宝の番人じゃなくてベタベタマンなんだってさ」

「久しぶりだな、ベタベタマン」

「わ、わざわざ言い直さなくても良いじゃない!」

 

 監督官の女──ベタベタマンは公証人役場からの気分によってコードネームが頻繁に入れ替わっている。以前シュテンと出会った時には秘宝の番人と名乗っていたのだが、ここ数年の旅の中で幾度と変更されて言ったのだろう。

 彼女はサンクタの故郷であるラテラーノの公人であるものの、頭に光輪が浮かんでいる訳でもなく、それどころかモスティマのように角が伸びていた。

 ベタベタマンは顔を赤くした様子で少し怒り気味にシュテンを睨む。そんな中、シュテンはテーブルの上に置いてあった煙管を手に取り、再び桜のフレーバーを詰めて吸い口を咥えた。

 

 その瞬間である。突如走ってきたモスティマがシュテンへと抱き着くように頭から突撃。突然の衝撃に、シュテンは思いっきり煙をはき出す。

 

「なんだ突然」

「なんで吸ってるの? 臭うから止めてって言ったよね」

 

 不満気なシュテンをジト目で見上げるようにしてモスティマが頬を膨らませている。

 

「これは一種フレーバーだからセーフだ」

「……ふーん。じゃあ確認するね」

 

 そう言ってモスティマはシュテンの首の後ろに手を回す。ニヤリと悪戯な笑みを浮かべながら、顔を近づけていた。

 目と目が合い、吐息が顔を撫でる。ちろりと妖艶に舌先を出ながらモスティマは距離を縮める。唇と唇が触れ合う──その瞬間にシュテンの顔が横に動いた。

 

「なんで避けるのかな?」

「ムードが大事だと聞いたが」

「それはそれ。これはこれだよ」

「俺には違いが分からん」

 

 その後もモスティマの顔が近付いてはシュテンが避け、また緩急をつけて繰り返しても避けられる。仕舞いには、あ、ポンペイがいる──と、謎のフェイントで仕掛けたものの、簡単に避けられてしまった。

 

「んー! ちょっとシュテン! 久しぶりの再会なのに酷くないかな?」

「節度を弁えたらどうだ? ほら、これで我慢しろ」

「──んっ。これはこれで良いかもしれないな……」

 

 煙管をテーブルに置いて両手を空けたシュテン。モスティマの背中へと手を回して抱き締める。力強くも壊れない程度に優しい、まさに彼らしい抱擁であったと言えよう。

 目を閉じてシュテンの胸元へと顔を埋め、モスティマは幸せを享受しながら噛み締める。

 

「シュテン成分が空っぽになっていたからね。しっかり充電しておかないと」

 

 モスティマが深く深呼吸すれば、彼と、彼がしている桜の香水の香りが脳を痺れさせる。思わず恍惚な表情でうっとりとするような、麻薬如きの危険な香りであった。

 ズブズブと深みに嵌っていく自身を憂いつつも、最早抜け出せない。モスティマにとってはそう表現するに相応しい代物だった。

 

「……そろそろ充電出来たか?」

「んー、後二年くらい時間が掛かりそうだね」

「……アナタ達ね、いい加減砂糖を吐きそうなんだけど、離れてもらっても良いかしら?」

 

 全然満足しそうにもないモスティマの頭を、シュテンは優しい表情で撫でている。

 そんな二人を表現のしようも無いほどに嫌そうな顔で見ているベタベタマンがいた。

 

「あぁ、居たんだね」

「居たんだね、って一緒に来たんでしょうが。第一、彼会えなくて毎晩(・・)泣きそうな顔をしたと思ったら、データ端末を開いて寝るまで彼の写真をニヤニヤ眺めてる癖に何が充電なのよ?」

「──な。ず、随分とプライベートな内容を喋ってくれるね。幾ら君と言えどそれは看過できないよ」

「そんな姿を見せられながら定時報告する私の身にもなって頂戴」

 

 散々スルーされてきたベタベタマンは皮肉るように、呆れた様子で話す。まさか個人的な情報を当たり前のように開示されるとは思わなかったモスティマは、少しだけ顔を赤くしてベタベタマンを睨んでいた。

 

「なんだ、モスティマにも可愛いところもあるじゃないか。よしよし」

「あぁ、自分が駄目になって行くのが分かるね……」

 

 愛しい人から手櫛で髪を撫でられて熱い抱擁を受ければ、誰だって駄目になるものだとモスティマは自身に言い聞かせる。ふわふわと心が浮き上がるような心地良さを覚え、今にも蕩けてしまいそうな感覚。

 そんな二人を未だに冷めた目でベタベタマンは見ている。

 

「いや、だからね。私の話を聞いてるの?」

「なんだ、お前も甘えたい年頃なのか? モスティマが世話になってるからな。家族(なかま)じゃなくても特別に許そう。ほら」

「な、なんでそうなるのよ! 貴方の所の社員と一緒にしないでくれる!?」

「……シュテン。もしかして私のいない間にそんな事をしてたのかい?」

 

 やたらと狼狽しているベタベタマンを他所に、モスティマは上目遣いでシュテンを見上げながら問い掛ける。ふと、彼の脳裏に()ぎったのは、ソラとエクシア。そしてデートに出掛けたテキサスの姿。

  ──何一つ、後ろめたい事は無かった。

 

「……そうだ、会心のコーヒーが出来たんだよ。是非とも飲んでみてくれ」

「そんな事は置いといて──」

「散々置いておいたんだ。冷め切る前に飲むといい」

 

 やれやれと言った様子でシュテンから離れ──ようともせず、膝の上を陣取ったままテーブル上のコーヒーを口に含む。釣られるようにしてベタベタマンも同様に一口飲むと、驚きの表情でシュテンを見ていた。

 

「貴方凄いじゃない。これならお店に出しても看板になる程の味だわ」

「そうだろう。ただ一口で飯代が吹き飛ぶ金額なのが欠点だな。ここぞと言う時の一杯に過ぎん」

「じゃあ私が帰ってきたのは特別な事なんだね」

 

 素直に感嘆の表情を見せてベタベタマンは賞賛する。だが一口で食事代並の手間と材料が掛かってるとなれば気安く飲む訳にはいかないのだろう。

 そしてその言葉を聞いたモスティマはニヤリと悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「当たり前な事を。モスティマとの再会を喜ばずして何を喜ぶんだ?」

「──ッ。そう言うのをサラッと言えちゃうのがもうポイント高いよね。キュン死しちゃうところだよ。君もそう思うでしょ?」

「気持ちは分かるけど、貴方の場合はわざと言わせてない?」

 

 バレたか、と小さく呟いたモスティマはそのままを反転し、再びシュテンの方へと振り向いて再び抱き着いて顔を隠した。

 無表情で無機質な顔を見せているベタベタマン。そんな彼女を苦笑しながら見つめ、モスティマの頭を撫でてシュテンは口を開く。

 

「帰ってきた初日はいつもこんなものだ。お前も分かっていた事だろう?」

「ラテラーノに居た時を考えたらありえない光景って思っただけよ。……けれどこんな彼女にしたのは貴方なのよ?」

「こんな俺にしたのはコイツ(モスティマ)だ。ペンギン急便らしくて良いじゃないか」

 

 社員それぞれが互いに大きな影響を受けて仲間となったペンギン急便。それはモスティマも然り、シュテンも例外に漏れていない。

 だからこそ彼は嬉しそうな表情で笑う。とても満足そうな笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でながら。

 そんな他愛のない会話を社員が出社するまで続けていたのだった。

 

 

 

 

「と言う訳で新入社員のモスティマだ。皆、仲良くするように」

「紹介頂いたモスティマです。今日からしばらくの間宜しくね」

 

 そして早朝。社員が出社してきたタイミングでベタベタマンはペンギン急便の事務所から出ていった。その後、シュテンの合図を出した事で社員全員が一箇所に固まる。

 そして何を思ったのか、サプライズでのモスティマの登場。しかも何故か新入社員と言う肩書きである。

 

「え、えぇーと……? ど、どういうことです?」

「え、モスティマ!? いつ帰ってきてたの?」

「はー……まさか本当にモスティマはんが帰ってきはるなんて。テキサスはんの嗅覚はどないなってるんや……?」

 

 三者三様の反応を見せるペンギン急便。誰一人にもモスティマの情報を開示していなかった為、彼女達は驚いた表情をしていた。

 そんな中、一人だけ鋭い視線を送る者がいる。言わずもがな、テキサスであった。

 

「ふん、新入社員の最初の仕事は雑巾掛けからだ。早く床に這い(つくば)って拭いているといい」

「ふふ、変わってないようで安心したよ、テキサス。まずは君の顔でも拭けばいいかな?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるモスティマに対し、テキサスは尻尾をピンと立てながら警戒を(あらわ)にして睨む。そんな様子を呆れたように見ている周囲の中、ソラだけはオロオロと慌てた様子を見せていた。

 

「私の顔よりもまずはその汚れきった心を拭いた方が良い。尤もこびり付いて落ちないと思うが」

「シュテン、テキサスのパワハラが酷いんだ。慰めて欲しい」

「なんて姑息な手を……!」

 

 泣いている振りをしてシュテンへと抱き着いたモスティマ。それを引き剥がすようにテキサスは彼女を引っ張り始めた。

 どこかで見た事がある光景だな──そんな他人事ような思考の中、シュテンの体は激しく左右に揺さぶられている。

 

「……あの、テキサスさんがおかしくなっちゃったんですけど……?」

「あー、うん。あの三人がいる時はいつもの事だよ」

「エクシアはんが入る前からあんな感じやったと思うと……シュテンはんも大変やな……」

 

 どこか羨ましそうに見ているエクシアに呆然とした表情で見ているソラ。唯一無関係とも言える立場のクロワッサンは感慨深い様子で面白そうに見ていた。

 

 そんな二人の揉め事もシュテンの一声によって一段落した所で、モスティマがソラの前へと進み出る。

 

「え、えっと……?」

「ふむ」

 

 モスティマはソラの顔をジッと見つめる。突然の出来事に戸惑いをソラであったが、モスティマは気にする様子もなく覗き込んでいた。

 

「君は大丈夫そうだね。まだシュテンに毒されてないかな」

「あ、ありがとうございます……?」

「君の名前は?」

「ソラです。こう見えてアイドルをやってます」

「へえ、中々立派な子じゃないか。これから宜しくね」

 

 そう言ってにこやかに片手を差し出したモスティマ。その手を両手で握って深々と頭を下げるソラを見て、彼女は一層笑みを深める。

 前半の言葉の意味はソラに理解出来なかったものの、礼儀正しい先輩社員の様子に感動しているようであった。

 そしてその一連の様子を見ていたエクシアはモスティマの元へと近づき、ニヤリとした表情で口を開く。

 

「でもソラってシュテンに抱き締められたらしいよ?」

「……へぇ」

「しかも耳元で囁かれて顔を真っ赤にしてたみたいだし」

「前言撤回だ。ソラ、君はどうも危険な存在らしい」

 

 モスティマは握り合っていた手を離し、ビシッと指を突き出す。余りにも早い手の平返し。顔を赤くして口をパクパクさせていたソラであったが、エクシアを睨んで声を上げた。

 

「い、いつまでその話をするの! それにエクシアだって人の事言えないでしょ!?」

「……ほぉ、エクシア、どういう事なのかな?」

「え、ほ、ほらあたしって妹分でしょ? 甘えたくなる時もあるかなーって……ね?」

「そうだね。じゃあしばらくは私が甘やかしてあげるから安心していいよ」

「あ、ありがと……」

 

 ソラからの反撃を受け、今度の標的はエクシアへと移る。突然の事に狼狽を隠せないでいるエクシアであったが、モスティマの強い圧力に屈して静かに頭を垂れていた。

 

 そんな時である。遠巻きに彼女達を見ていたシュテンは、全員を一瞥。数瞬考え込むように顎に手を当てた彼は、唐突に口を開いた。

 

「しかしこうして見るとウチの社員の胸元は慎ましいものだな」

 

 姦しい空間が、突如凍結したように静まり返る。社員達から集まる無機質な目線がシュテンへと集まった。まるでアーツでも放たれたような無音の重圧を感じながら、過去にも似た感覚に包まれたのを思い出す。

 それは鼠王の娘──ユーシャと楽しげな雑談を鼠王に見られていたその時と。足元が突如地盤沈下して、ユーシャに鼠王が叱られていたのも懐かしい出来事である。

 大小で優劣をつけるものではない──そう教えられたシュテンは本気で失言などなかったと思い込んでいた。

 

「……シュテン、何か言ったかい?」

 

 決して笑みを崩さずにモスティマがシュテンを見つめている。だがその威圧感はまさに歴戦の強者。ピリピリもした雰囲気の中、いつの間にか彼女手には黒錠と白鍵のアーツユニットが握られていた。

 後ろで黙ってふんぞり返っていたエンペラーがゲラゲラと大笑いしているのを後目に、シュテンは言葉を続ける。

 

「何、今朝一緒にいた奴が所謂グラマラスな体型だったからな、ふと思っただけだ」

 

 外から何かが崩れ落ちるような激しい音が響き渡り、シュテンは目を瞑りながら満足そうに笑みを浮かべた。たが目の前に居る彼女達には(いた)く不満のようであり、他人事のように見ていたクロワッサンでさえ、冷たい目をしている。

 

「……どうやら余計な一言のようだったな」

「流石に私でも見逃せないぞ」

「シュテンはん。それはウチでもおもろないなぁ」

 

 気付けばテキサスに肩を掴まれている。その間にモスティマがアーツユニットを起動。シュテンは体に妙な鈍重感と拘束感を覚え、腕を持ち上げようとしたがまるで動きはしなかった。

 

「ふむ……」

 

 酒呑童子の力を振るえば問答無用で引き千切れるものの、仲間達に向けて使うのはシュテンが自身に課した掟に反する。

 となれば最早彼に為す術もない。ただありのままに起こる事を受け入れるしかないだろう。

 

「酔っていたとは言え、ピーターズ殿は正しかったのだな。これは俺の敗因だ。奴が言っていた──おっぱいは偉大なのだ、と。覚えたぞ」

 

 これでまた一つ賢くなれた──そう、心に刻んだシュテンはこれから起こる事に覚悟を決める。

 机をバンバンと叩きながら爆笑しているエンペラーを視界に収めたのを最後に、シュテンは静かに目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 そしてその日の夜。積もる話もあるだろうとシュテンに追い出されたモスティマは、ペンギン急便の宿舎へと泊まる事となっていた。

 風呂上がりに全員はロビーへと集まり、懇親を目的とした女子会を開いている。

 

「しっかしモスティマが帰ってくる時はホントに急だよね、三年振りくらいじゃないの?」

「確かウチが入ったくらいやったもんなぁ。……なんかあっという間に時間が過ぎてる気分や」

 

 モスティマが前回帰ってきたのはクロワッサンが入ってすぐの頃。濃密な日々を過ごしてきたペンギン急便の社員にとっては思った以上に日数が経っていた事に驚く。

 

「そうだね。私も色々と事情があるからいつまでのこの地に居られる訳じゃないんだ。ウルサスにヴィクトリア、イェラグ……様々な国に訪れたよ」

「一人でそんなあちこちに仕事で行ってるんですか? みんなから聞いてはいましたけどモスティマさんって凄いんですね……」

「モスティマで良いよ、ペンギン急便に堅苦しい関係はいらないさ。……元々私は一人で旅をしていたくらいだからね。このくらいなんて事ないよ」

 

 過去を反芻して遠い目をするモスティマ。ラテラーノを離れる事となって世界を旅する中で、ペンギン急便の社員となった。

 

「そう言えばなんでモスティマはペンギン急便に入ったの? あたしはモスティマを追い掛けて来た結果成り行きでこうなったけど……」

「シュテンがいたから。他に理由がいるかな?」

 

 ふと疑問に思ったエクシアがモスティマに質問を投げ掛ける。モスティマについてはペンギン急便の中でもブラックボックスに等しい程、謎に包まれていた為、誰もが過去を把握出来ていたりはしない。

 対してモスティマは即答にて言葉を返す。その自信はどこかシュテンを彷彿させる程であり、思わずエクシアはたじろいでしまった。

 

「そ、即答……。じゃあ聞くけど、どうしてシュテンにそこまで拘ってるの?」

「それは愚問だね、エクシア。君自身の過去を振り返ってごらんよ。それ以上に私やテキサスは彼の恩恵を受けている、って言えば分かるかな?」

 

 そう言われてエクシアが入社当時の事を思い返してみれば、如何に自分がシュテンの世話になっていたのかを思い出す。その一方で今以上に迷惑を掛けていた自身に自己嫌悪と羞恥心を感じ、思わず身悶えてしまった。

 

「……テキサスさんもシュテンさんが目的で入社したんですか?」

「……私の過去はそう簡単に──」

「そうだよ。テキサスが捨て犬だった時にシュテンが拾ってきたのさ。私は捨てて来なさいって怒ったんだけどね。彼は一度決めた事は梃子でも動かないから」

「……貴様。そもそも私とシュテンの運命の赤い糸は源石(オリジウム)で繋がっている。そんな簡単に切れる訳がない」

「なんかその糸呪われてそうやな」

 

 ふと気になったソラの質問に対し、回答を拒否しようとしたテキサスよりも早く、モスティマが端的に説明する。なんとも悪意のある表現ではあったものの、概ね間違っていない為にテキサスは否定しなかった。

 

「そうであっても私と君では立場が違うからね。私はシュテンに影響を与えた数少ない人物さ。……まぁコーテーには劣るけどね。悔しいけど。……悔しいけど!」

「どうせすぐに無くなる差だ。気にしない。……気にしない……!」

「シュテンってなんでも一人で出来ちゃうイメージだったから、人からの影響なんて受けるなんて想像出来ないなぁ」

 

 二人してやたらと悔しそうにクッションを叩きまくっている姿を見て、残りの三人は思わず苦笑してしまう。

 そしてエクシアの一言でふと元に戻ったモスティマが真面目な表情を浮かべる。それはエクシアやテキサスでも見た事が無い程の謹厳な様子であり、周囲には緊張が走った。

 

「……やっぱり君達はシュテンの事をよく知らないんだね」

「……モスティマ?」

「テキサスならどうかな? 君はシュテンの過去について知ってる事はあるかい?」

「……彼の本当の強さと、暗い過去がある事、後は……煙管に思い入れがある事くらいだ」

 

 エクシアとクロワッサン、そしてソラは会話に付いていく事も出来ずに困惑した表情を浮かべている。

 あの完璧超人に近い人に暗い過去。マフィアを蹴散らすえげつないやり方でさえ本来の強さでは無い事。そしてエクシアが吸わせてもらった煙管には大切な思い出があったと言う。

 それだけ彼女達の知らない事実が出ていたとしても、モスティマは不満気な様子で頭を捻っていた。

 

「じゃあ彼の強さの秘密は? 産まれてきた経緯は?

何歳ぐらいなのかも知ってる? あの強さを持ちながらペンギン急便に来て、なんで裏方に徹しているのかも分かる?」

『………』

 

 3人どころかテキサスさえも答える事が出来ない。否、何一つシュテンから聞けていないと言うのが正しい答えなのだろう。聞いた所でまともに答えて貰えない──そんなのが繰り返しの日々だったのだ。

 残念そうな様子でモスティマは大きく溜息を吐く。それは彼女達に対して──では無い。何も語らずに過ごしてきたシュテンに対してであった。

 

「なるほどね。なんとなく事情は分かったよ。……じゃあ特別に私が教えてあげようかな」

「え!? ホンマに!? シュテンはんの過去を教えてくれるん!?」

「……ちなみにそんな明るいものじゃないから覚悟はしてもらうけどね?」

 

 嬉しそうに目を輝かせたクロワッサンへと警告するように、モスティマは苦笑しながら諭している。

 

「でも……良いの? あたしって色々シュテンに聞いてはみてるけど、大体はぐらかされてるから喋りたくないのかなーって」

「……シュテンはああ見えて臆病だからね。物怖じせず人の心に踏み込んで来て、欲しい言葉や行動を平気でする癖に、自分の過去は決して語らない。でもそれは悪い言い方をすれば君達を信頼していない事にもなるのさ。──それは心から敬愛を見せていてもね。……でも彼にとって本当の家族(なかま)となる為には、彼の事を知らなくては話にならないよ。それはシュテンの為でもある。……尤も、その過去を知る覚悟がある人だけが聞いてもらいたいけどね」

 

 そう言ってモスティマは全員の顔を見遣る。軽い気持ちでシュテンの過去を聞こうとする奴は許しはしない──そんな強い意志と威圧感を放ちながら彼女は問いかけた。

 だが彼女達も大なり小なりシュテンのおかげがあって今があると言える関係。少なからずその恩を返したい──それがシュテンの為となるのであれば彼女達も聞かない訳にはいかなかった。

 

「……良いのか? その過去を教えたとなればシュテンに嫌われるかもしれないぞ?」

「テキサスが心配してくれるのかい? 珍しい事もあるんだね。……確かにその可能性は否めないけどね。でも私はそれ以上にシュテンの為になるならば厭わないさ。なんたって私は彼の一番だからね」

 

 胸を張って自信満々に語るモスティマ。その態度には流石のテキサスと言えど呆れざるを得ない自意識過剰っぷりであった。

 

「さて、じゃあ忌み子の酒呑童子について語ろうか」

 

 そしてモスティマは語る。遠い遠い血に(まみ)れた御伽噺(シュテン)の物語を。




ギャグ調から一転して真面目なお話になります。
次回はシュテンの過去話。

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