皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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これで本編は完結となります。





皇帝とオニと愉快な仲間たち

 シュテンが極東を去り、多くの未知と出会う為に世界へと旅に出た。都市間での移動手段など知らない彼は自らの足で各地を彷徨い続ける。

 飢えや鉱石病(オリパシー)には無縁な彼は、意外にもそんな過酷な旅にも順応していた。原生生物を狩っては食し、時には都市に持ちこんで素材として売り捌いて路銀を得ている。

 そんな旅の中でシュテンの武勇を聞いた者達が彼に依頼を持ちかけるようになった。原生生物の撃退から族の退治、更には都市間での配達など、様々である。

 その中でもシュテンは金払いの良かった傭兵業を主にこなしていた。人を殺す事に一切の躊躇はなかったものの、彼女が言っていた優しい人である為になるべく、弱者や善人の為に──所謂義賊的な仕事を選んでいる。

 イェラグに行っては寒さに凍えてすぐ様離れ、ラテラーノに行けば同族殺しが禁忌と聞いて鼻で笑い、シラクーザに行ったと思えば何故かマフィアを壊滅する事となる。

 

 まだまだ非常識な行動は多いものの、それでも知識は人一倍蓄えてきた。何十年と世界を巡ったかも覚えていない。時には天災と遭遇し、興味本位で近付いて身ぐるみの殆どが消失したのも苦い思い出であった。

 

 長い旅路の中でシュテンの心の傷は殆ど癒えている。多くの楽しみも出来た。だがそれでも彼の心の乾きは消えない。

 それはシュテンが本当に知りたい事を知り得てないからなのだろう。

 

 

 そんな生活を続けている中、シュテンは依頼のついでにクルビアへと立ち寄っていた。何度も訪れた事のある土地であった為、それなりに土地勘はあったのだが、その日は何故だかいつもと様子が違っている。

 住民達がソワソワした様子でどこか浮き足立っており、明らかに違う都市から来たであろう種族達がクルビアに蔓延っていた。

 見た事もない光景にシュテン周囲を見渡して確認する。するとそこにはとあるイベントの広告が貼られていた。

 

「……ライブ?」

 

 そこにはペンギンが中央に写っている巨大な張り紙。でかでかとライブの単語と座席、時間等が掲載されている。

 シュテンにはライブと言うものが何なのかは理解出来ていなかったものの、大多数の者がそれを待ち遠しくしている事は理解出来た。

 大衆の多くを魅了するそのイベント。その事実はシュテンの心を惹きつけるには十分である。

 

 

 決して安くはない料金を払って、シュテンはエンペラーと書かれている者のライブの観戦をする事とした。

 全くもって意味も意義も見い出せていないものの、人波に揉まれながらシュテンは待機している。肌と肌が触れ合う距離感と暑苦しい雰囲気も兼ねてとても居心地の良いとは言えない。それでも周囲の者達は今か今かと待ち構えていた。

 

 そして始まるライブ。ド派手な演出と耳を劈くほどの爆音と共にエンペラーが登場する。

 それだけで会場の興奮度は一気に最高値まで跳ね上がり、歓喜の歓声が響き渡り、大地が揺れ動くと感じるほどの盛り上がりようであった。

 対するエンペラーは聞くに耐えないような個人や国家に対する口撃とスラングを交え、異常なまでの攻撃性で声を上げる。

 

 その様子を、ただただ無表情で見つめ続けるシュテン。それもその筈、彼はその場の雰囲気も魅力も何一つ理解していないのだから当然であった。

 確かにエンペラーの流している曲にはどことなく心地良いメロディを感じはするものの、所詮はその程度の感想である。シュテンからしてみれば、何をそんなに盛り上がる要素があるのか不可解であった。

 

 エンペラーの言動一つで気絶する程のファンがいる。皆が心を一つにして同じように言葉を紡ぎ、動作を見せたりする。

 シュテンはその光景を、ただただ見つめ続けていた。

 

 

 

 

 ライブが終わり、余熱の残ったままの会場をシュテンは後にする。結局最後まで冷め切った様子で見ており、彼等の熱の一割も伝わりはしなかった。

 一際盛り上がりを見せる歓楽街を後目に、シュテンは廃れた裏路地を歩いている。一転した静けさとチカチカと点滅する街灯に照らされた先にあった古ぼけたバーへと入った。

 アンティークを基調とした店内にクラシックの音楽が流れている。店主の趣味で開いているような、そんな閑散とした雰囲気をシュテンは好んでおり、クルビアに訪れる度にこの店へと足を運んでいた。

 

 やはり音楽というものはこういう物だ──そうシュテンは心を穏やかしながら耳を傾ける。ウィスキーをストレートで口に含んでは、焼けるような熱さを楽しみ、使い古された煙管から紫煙を立ち昇らせていた。

 そんな時である。シュテンしかいなかった店内。カランカランと音を立てて一羽の男が入店して来た。

 

「クソみたいに寂れてる割にはセンスあるじゃねえか」

 

 高圧的な台詞と共に現れたのは、先のイベントでの主役だったエンペラー本人であった。

 カウンターに座っていたシュテンからひとつ飛ばしの席にエンペラーが座り込む。無口なマスターもその態度は気に障ったのか、少しだけムッとした表情を見せたものの、彼の注文通りにアルコールを提供した。

 

「……あ? なんだお前」

 

 無機質な視線を向けていたシュテン。その視線に気が付いたエンペラーは刺々しい言葉遣いで言葉を投げた。

 

「別に。横暴な態度はステージの上と変わらないんだなと思っただけだ」

「……あぁ、誰かと思えば。見覚えがあるぜ」

 

 嘆息しながら煙管を吸うシュテンの顔を、エンペラーは覗き込む。その時間は僅か数秒。立ち止まっていても目立つシュテンとは言え、数多くのファンの中に紛れていた彼個人を認識するのは、そう簡単に出来る芸当では無い。

 だがエンペラーは彼の顔を記憶の中に留めて居た。何故ならば──

 

「俺のライブで唯一クソみたいにつまんねえ顔してた奴か。何しに見に来てたんだ? 俺の命でも狙ってんのか?」

「そんな物に興味は無い。ただ人が集まっていたから見に行っただけだ」

「はっ──それで面白くねえから突っ立ってた訳か?」

「そうなるな」

 

 煙管を口に咥えながら視線を外したシュテン。その横顔をエンペラーは機嫌が悪いのを隠そうともせずに睨み続けている。

 

「俺のライブに来ておいて面白くねえだと? 余程クソみてぇな人生を送ってんだな。そんなオンボロの煙管なんかで吸ってっから頭ん中まで錆びちまうんだよ。帰ってママのおっぱいでも吸ってやが──」

 

 鬼が嗤う。酒呑童子が腕を振り抜く。

 エンペラーの頭が容易く弾け飛び、血の雨が店内に降り注ぐ。突然の出来事に顔を真っ青にした店主を一瞥し、シュテンは席を立った。

 

「迷惑掛けたな」

 

 そう言ってシュテンは懐から札束を出してテーブルに置き、背を向けて歩き出す。目立つつもりは無かったのに思わず殺してしまった事を悔やみ、クルビアを旅立つ算段を立てていた時であった。

 

「おい、忘れ物だ」

 

 確かに頭部ごと粉砕したはずのエンペラーの声が背後から響き渡る。例え生きていたとしても声帯すら消し飛んだのにどういう事なのだろうか──そう思い、シュテンが振り返った瞬間であった。

 強烈な衝撃が走り、弾かれるように顔が天井を向く。

 カランカランと薬莢がエンペラーの足元へと落ち、転がっていた。そこには真っ赤に染まりながらも傷一つ無いエンペラーが、銃を構えてシュテンを撃ち抜いている。

 

「この俺に喧嘩を売るとはいい度胸だな。あ?」

「お前こそいい度胸だな」

 

 獰猛な笑みを浮かべたシュテンが、ぐるりと顔をエンペラーに向ける。眉間にめり込んでいた銃弾が床に落下し、シュテンは強烈な殺意を身に纏った。

 

「原理は知らんが次は木っ端微塵になるまで潰してやる。お前が死に切るその時まで見張ってやろう。何、何日でも付き合ってやるよ」

「はっ、やれるものならやってみろ──と言いたい所だが、銃が効かねえ上にお前の実力は本物だ。……悪かった、失言を認めるぜ」

 

 ハンドガンをテーブルの上に置いて降伏のサインとして両手を上げるエンペラー。その様子を見て、熱が冷めたのだろう、シュテンは静かに深呼吸をして荒い気性を収めていた。

 

「長生きしたいなら無闇に喧嘩を売るのを止めるんだな。俺が知ってるだけでもお前を殺せる奴は何人もいるぞ」

「忌み子の酒呑童子が言うならそうなんだろうな」

 

 背を向けたシュテンが再び振り向き、エンペラーを睨み付ける。そんな様子を介せずにエンペラーは葉巻に火を付けて咥えこんでいた。

 

「……何故知っている?」

「蛇の道は蛇だ。極一部の奴等は忌み子の酒呑童子伝説を知っている。バベルも奴等もその血を求めて極秘計画を立ててた事もあったくらいだからな」

 

 忌み子と酒呑童子伝説は別の話ではあるが所詮は外に漏れた御伽噺などその程度なのだろう──シュテンはそう結論付けたものの、決して見逃せる情報では無い。

 

「……成程、わざわざ激高させて俺を試したのか」

「一目見てお前が只者じゃない事は分かっていた。酒呑童子かどうかは俺の勘に過ぎなかったが……どうやら正解みたいだな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてエンペラーは言葉を続ける。

 

「さて酒呑童子。お前に話が──」

「その名で呼ぶな。殺すぞ」

「……オーケー。なんて呼べばいい?」

「シュテン。それが俺の名前だ」

 

 個人ではなく御伽噺の存在として扱われる事は気に食わないのだろう、睨み付けるようにエンペラーを見据えたシュテン。

 同じ轍を踏まないようにエンペラーは言葉に気を付けながら会話を続けていく。

 

「じゃあシュテン。まず聞きたいがお前より強い奴を知ってるか?」

「なんだ藪から棒に。……俺の知っている範囲ではいないな」

「だろうな。俺もお前程の気配の奴にあった事がねえ。……だからこそお前の力を借りたい」

 

 特に意識したこともなかった事を突然尋ねられたシュテン。数瞬考え込むような仕草を見せたものの、特に思いつく様子は見せなかった。

 その答えはむしろ予想通りだったようで、エンペラーは納得した表情で頷いている。

 

「俺はいずれ龍門に進出するつもりだ。あそこにはクソ鬱陶しい奴だが腐れ縁のウェイっつー天才がいる。まぁ俺には劣るがな。……アイツは間違いなく龍門をこのテラに於ける最大都市にまで発展させるだろう。その時に俺は確固たる地位を確保するつもりだ」

「何の為に?」

「誰よりも自由な存在でいる為に」

「──はっ」

 

 まさに暴君であり覇王。エンペラーを自称するだけの事はあった。自由の象徴と表現しても遜色ない程に横暴な振る舞いをしているにも関わらず、まだ自由を欲するその強欲さに思わずシュテンは笑みが零れる。

 

「だが俺にとって利点が無い。その生き様は嫌いじゃないが他を当たってくれ」

「ならお前の乾きを俺が満たしてやる」

「……何?」

 

 突然の言葉にシュテンは訝しげな顔でエンペラーを見つめる。対するエンペラーはサングラスで表情は分かり辛いものの、その口元には大層な自信を携えているのが伺えた。

 

「力っつーのは我儘を、自分の意思を貫く力だ。お前にはそれだけの暴力が備わってる筈だろ。にも関わらず、クソつまんねえ顔をしてまで理解の出来ない俺のライブに来ていたんだ。……つまりお前の中で満たされない何かが、俺を通して見えていたんじゃねえのか?」

「…………」

 

 心の底から驚愕の表情をシュテンは見せる。エンペラーはどこまでも先を見据えて言葉を紡いでいた。それはまるで彼の心の中を見透かしているような堂々たる振る舞いで。

 裏の裏を読み切る──そんな視野で世界を見据え、音楽一つで民衆の心を鷲掴みにする。その行く先は大都市の権力者へと到達するつもりでいた。

 

 そんな圧倒的なカリスマ性を持った彼ならば──もしかしたらと期待してしまう。シュテン自身が抱え続けていた、その渇望を。

 

「否定しねえって事はあながち間違ってなかったみたいだな」

「大した男だな。何十年と世界を歩き渡ったが、お前程の慧眼を持った奴は見た事が無い。……良いだろう、お前の思惑に乗ってやるよ」

「俺を誰だと思ってやがる? 覇王のエンペラーだぞ。……それで、お前の望みは何だ?」

 

 エンペラーに問い掛けられたシュテンは言葉に詰まりながら、煙管を咥えて天井を見上げる。

 

 ──世界を見た。

 スラム街の子供が死に行く様を見た。難病の中、死んでいく依頼人を見届けた事もあった。天災に巻き込まれて消えていく人々を見た。暴徒やマフィアに嬲り殺された死体を回収した事もあった。

 多くの死に立ち会った。理不尽に殺された弱者達。命に貴賎は無いとは言え、悪人とは違い、彼等には一つの共通点がある。

 ──それは誰かしらがその死を悼み、嘆いていた。家族が、知人が、友人が、恋人が。心を一つにして慟哭を上げる。

 

 それはシュテンに理解が出来なかった。

 母に怨恨の言葉を遺され、心の拠り所にしていた彼女には利用されただけの歪んだ関係。

 

 だからこそ、彼は追い求め続けていた。

 

「俺は愛を──家族と言うものを知りたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、と氷が溶けてグラスから音が響き渡る。

 龍門のサンセット通りにある、ペンギンが大きく描かれた看板を掲げた店、大地の果て。

 モスティマが帰ってきた初日の夜。そこには彼女を追い払ったシュテンとエンペラーが二人でカウンターに座っていた。

 店は閉め切っており、二人だけの貸切状態。最初に出会った頃のように一つ席を飛ばして二人は腰掛けている。

 

「こうして二人で座ってるとあの時の事を思い出すな。真面目な顔をして、家族を知りたいっつーもんだからゲラゲラ笑っちまった」

「思い出させるな、ぶん殴るぞ」

「あの時のシュテンは遠慮なくぶっ殺してきたけどな。そう思えば大分丸くなったもんだ」

 

 笑い声を上げた瞬間に顔面を吹き飛ばされた事を思い出し、エンペラーは揶揄する。まだ未熟だった頃の自分を恥じているのか、シュテンは悔しそうな顔を見せていた。

 

「あれから何年も経ってるんだ。考え方の一つや二つ変わるものだろ」

「百歳を超えてる爺がよく言うぜ」

 

 そう言ってエンペラーはウイスキーのボトルごと口に咥え込み、ラッパ飲みで喉を慣らしていく。いつもよりハイペースな摂取量であったものの、シュテンが止めることは無かった。

 

「裏社会に生きる奴等にとって、酒呑童子って言えば同族殺しで名を馳せた極悪のオニなんだよ。それがまさかそんなピュアでナイーブな悩みを抱えてるなんて思う訳ないだろうが」

「御伽噺は所詮は御伽噺だ。俺の過去そのものでは無い」

「そうだな、お前が御伽噺通りの化け物だったら俺は今頃使い捨ててる所だぜ」

 

 空っぽになったウイスキーのボトルを投げ捨て、焼ける様な息を吐きながらエンペラーは言葉を続けた。

 

「だがお前は違った。常識はぶっ飛んでいたが根は善人そのものだ。だから俺はお前と約束したんだ」

「──血が繋がっていなくても家族と言える関係がある。大事なのは心の距離。俺はお前の為に、お前は俺の為に。お前の幸福は俺の喜びであり、俺の不幸はお前の悲しみだ。それが運命共同体、だったか?」

「一言一句覚えてるとかどんだけ気に入ってんだよ。まさかそれを地で行ってモスティマとテキサスを落とすとは思わなかったがな」

「落とすとか言うんじゃねえよ鳥頭が」

 

 ──そう。シュテンが仲間を思い行動するその根源は、エンペラーから教わったものであった。意味も分からず始めたその行動も、日に日に心がついていくようになり、いつの間にか心の底から仲間を大切に思うように変わっていく。

 そしてその思いは仲間にも伝わり、何時しか彼自身も大切に思われる存在となっていた。

 

「……今だから言えるが、お前には暴力の面でしか期待はしてなかった。事実お前はウルサス帝国の襲撃の際にリーサルウェポンとしてウェイに武力を示し、亀裂の入った鼠王との関係にも力技で解決した。それだけでお前の仕事は十全に果たしたと言える」

「そうだな。エンペラーに力を貸すのが俺の仕事だった筈だ」

「だがお前の能力は俺の予想を遥かに上回っていた。相手を出し抜く計略も俺の上を行くようになり、懐に取り入る交渉術も巧みなもんだ。それでいて(したた)かは決して忘れねえ」

「全てお前から見て学んだだけの事だ。俺自身の凄さではない」

 

 この世界で生きる術は自身が培ってきたものであったが、シュテンの社会に生きる能力は凡人にも劣っていた。

 だからと言ってエンペラーは彼を指導してきた訳では無い。本当に心から武力での役割しか期待していなかったのだ。

 だがそれも全て、見聞だけでシュテンは成長して見せた。恐らくは酒呑童子の物ではなく、彼個人が生まれつき備えていた能力なのだろう。

 模倣し、取り込み、糧として成長する。決して誰にでも出来る事ではない。

 

「それを含めてお前の能力なんだよ。……期待を超えてきたシュテンに対して、俺はまだ半分も返しきれちゃいねえ。だからこれはほんの感謝の気持ちだ。遠慮なく受け取りやがれ」

「……は? いきなり何を言って──」

 

 ガチャリ、と音を立てて扉が開く。貸切となっていた店内には響くはずの無い音に、シュテンは思わず振り向いた。

 そこには、宿舎に居るはずのモスティマが、いつも通りの笑みを浮かべて立っている。

 

「……モスティマが何故ここにいる?」

「んー、それを答えるには色々と事情があるんだけれど、強いて言うなら彼女達がすぐにでも会いたいって言ったからかな?」

「……だからお前まで何を──」

 

 またもシュテンが言葉を言い切るよりも早く、物事が進んでいく。

 モスティマの背後から複数の慌ただしい足音が響き渡る。夜中にしては騒がしい音に違和感を覚えながら彼が見つめていると、そこからはペンギン急便の社員達が駆け足で突入してきた。

 

 全員が目を赤く腫らしながら、シュヘンの元へと駆けてくる。中でもエクシアとテキサスの様子は酷い有様であり、勢い余ってシュテンに抱き着いた。

 彼は驚きを隠し得ない。それどころか全くもって現状を理解出来ず、混乱した様子さえ見せていた。

 

「うぅー! シュテンに辛い過去があったなんて知らずに我儘ばっかり言っててごめんね……!」

 

 エクシアが涙声で言った台詞に、シュテンの頭が真っ白になった。

 ──何故エクシアが俺の過去を知っている? 何故……では無い。その原因は一人しかいない。

 ぐるりとシュテンの視線が動き、モスティマを見据えた。対する彼女はバツが悪そうな表情を浮かべながら頬を搔く。

 

「……そうか。道理で妙なタイミングで帰ってきたと思ったら……その為に呼んだのか」

「あはは、バレてるよ。コーテー」

「聡すぎるのも面白くねえな……」

 

 モスティマが帰ってきた事。シュテンの過去を社員に話した事。そしてこの場に全員が集まった事──その全てがエンペラーによって仕組まれた出来事なのだとシュテンは漸く察知した。

 

「……どういうつもりだ?」

「お前こそいつまでヘタレてるつもりだ? ソラが来た時にも言った筈だぜ。コイツらはもう大人だ、お前は過保護過ぎるってな」

「……だが」

「だが、じゃねえ。お前の不幸は俺の不幸でもあるっつーのはお前だけの話じゃねえ。コイツらにも言えることなんだよ」

 

 そう言われてシュテンは抱き着いていている彼女達の顔を見やる。

 真っ赤に腫れた目に、恥じる様子も無く垂れてくる鼻水を啜っている。目のやり場に困る程クシャクシャとなった泣き顔を見て、シュテンは思わず困った表情を浮かべていた。

 

「泣くな。いつもの騒がしいお前達が好きなんだ。そんな顔をされると……その、困るんだよ」

 

 そんなシュテンの言葉に感極まった様子で、クロワッサンとソラさえもが彼に飛びついた。

 気が付けばモスティマですらもニコニコとした表情を浮かべて背後に抱き着いている。

 

「はっ、誰のせいで泣いてると思ってるんだよ」

 

 ──そう、他ならぬシュテンの為に彼女達は泣いていた。

 決して理解出来ないと思っていたその光景。エンペラーと出会う前の自分では何一つ思いも感情も湧き出てこなかった。

 自分の過去を知ってこんなにも思ってくれている彼女たちがいる。御伽噺として扱われる現実味の帯びない出来事を、疑いもせずに泣いてくれる。そう思うだけで胸の奥が驚くほどに熱を帯びていた。こんなにも泣いてくれる仲間たちの姿が、シュテンの視界にはボヤけて映る。

 その理由は何故だか分からない。感じたことも無い感情を持て余すも不思議と嫌ではなかった。

 

「どうだ? 少しはお前の求める家族には近づいたか?」

「そうだな……」

 

 そして彼はその思いを反芻した後、言葉を続ける。

 

「俺にとって最高に愛する愉快な仲間(かぞく)たちだよ」

 

 そう言ってシュテンは心からの笑みを浮かべたのだった。







これで本編は完結となります。

この作品のテーマは家族です。
下手に長く書きすぎて纏まらずにエタる方が宜しくないので、小さな世界観での物語となりました。

と言っても家族をテーマとした本編が終わっただけですので、後日談や喧騒の掟、日常話は番外編として書きますので更新はしていく予定です。

モスティマの過去編も書きたかったのですが、シュテンの過去編後に書くとテーマにそぐわない完結になるので、喧騒の掟に加えながら執筆しようかなと考えています。

今後とも宜しくお願い致します。



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