皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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展開は緩やかに閑話多めです。






EX.喧騒の掟 Ⅰ

 窓から外を覗けば、赤く染まる空が視界を覆う。黄昏時。心の何処かに少しばかり寂しさを感じながら、夜を迎えていく龍門に灯る明かりから、微かな温かさが見え隠れする。

 龍門環状道路を走る高級車の後部座席に座るのはフォルテの少年、バイソン。外を見つめながら、何処か緊張した面持ちでいた。

 

「バイソン様。無理ならさずとも、御心に沿わないようであれば旦那様に申し出ても宜しいかと」

「……ううん、そう言うのじゃないんだ。確かに不安もあるけど、それ以上に楽しみでもあるんだ」

「楽しみ……ですか?」

 

 運転席に座る執事に問い掛けられ、気が付けば握り締めていた掌には力が篭もり、じっとりとした汗が滲んでいる。不安と喜びの混ざる混沌の中、バイソンは自身のすべき事をしっかりと見据えていた。

 

「父さんが民間のトランスポーターの大半を掌中に収めながらも、ペンギン急便には一歩及ばないのが龍門の評価だよね。……それが不思議なんだ。大きなミスは何一つ無く、仕事の大半もウチに依頼される。にも関わらず、ここぞと言う大役と世間の評価はペンギン急便が掻っ攫っていくんだ」

 

 理屈と見聞だけでは決して理解の及ばない世界。オエル家の中でも最年少でトランスポーターになったと言われようとも、優秀な業務遂行能力を持っていると評価されようとも、所詮は井の中の蛙。彼の心には(わだかま)りが残る。

 自分の居る舞台のその先に、奇妙な噂が多いペンギン急便が必ずいるのだから。

 

「そんなペンギン急便に僕が行く。これがワクワクしない筈も無いでしょ。……それに、その技術(スキル)を身に付ければ父さんの周りの人達も口出し出来なくなる筈だよ」

「バイソン様……ご立派になられましたね……」

 

 感極まる様子で執事は潤んだ瞳を拭う。苦節十数年。赤子の頃からお世話して来た主君の愛息子。

 世間と周囲の重圧に苦しみながらも、エリートと呼ばれる道をバイソンは歩き続けてきた。父をも追い越していく才気を放ちながら、彼は成長をし続けている。

 そして今、更なる高みを目指すべく、新境地へと勇敢にも一歩を踏み出した。それを喜ばずして何が執事だろうか。

 

「差し出がましいと思いますがバイソン様、ペンギン急便はトランスポーター業務でありながら抗争の絶えない会社。マフィアと揉める事が日常と言える危険な所です。……そのご覚悟はおありですか?」

「……それは……分からない。でも、僕にはやるしか選択肢は無いから」

 

 ペンギン急便の戦力が異常と言える為、中々認識されにくいものの、マフィアとは暴力を資本とした集団。言わば暴力のプロフェッショナルである。一般人や民間トランスポーターの視点で言えば、それは畏怖するべき対象でしかない。

 それはバイソンにとっても同様であった。態々危険に飛び込むのはトランスポーターの業務ではない。如何に事故を避けながら業務を遂行出来るかが本来のトランスポーター。不安が入り混じるのも当然である。

 

「それに父さんが口癖のように褒めていたシュテンさんと一度会ってみたかったんだ。──男として一つの完成形であり理想像。あの父さんにそこまで言わせてしまうなんて一体どんな人なのかな?」

「……それは私にも判断し兼ねます。ただ、一つの信念を永きに渡って貫き通している人だと」

「それって単純な様に見えて、凄い難しい事だよね。……会ってみたいなぁ」

 

 顔も知らない相手に憧憬を抱くバイソン。まさかピーターズの発言が、ペンギン急便と言うハーレムを築いたと言う冗談だとは思い付く筈も無く。

 

 まもなく日が沈む龍門に安魂夜が訪れる。

 

 

 

 

 

 特にトラブルが起きる事も無く、バイソンと執事はペンギンの拠点の一つに辿り着いた。ネオン光が煌びやかな飲み屋街とは少し離れる廃れた場所。人影の少ないその地に彼女達はいる。

 案内を終えた執事が去っていく様子をしっかりと見届けた後、少し小洒落た扉をバイソンはノックした。

 

「フェンツ運輸から来ました、オエル・バイソンです」

『良いよー、入って入ってー』

 

 扉越しに砕けた様子のくぐもった声が聞こえ、バイソンは深呼吸した後に扉を開ける。

 ──その瞬間であった。耳を劈く、乾いた空気が弾ける様な発砲音。反射的に身体が硬直し、身構える。

 銃声での歓迎。まさかそこまで過激な会社だなんて──そんな事を考えていたバイソンの頭部に、ヒラリと紙屑が降り注いだ。

 

「あはは! ビックリし過ぎでしょー?」

「ホンマやな! ビクーってなってたで、ビクーって」

 

 エクシアとクロワッサンが、巨大なクラッカーの残骸を片手に声を出して笑っている。その姿を見て自身の認識が謝っていた事に思わず恥じ、バイソンは顔を赤く染めた。

 

「……脅かして悪かったな。ようこそ、ペンギン急便へ」

「いつもこんな感じだから気にしないでね、若旦那さん!」

 

 無表情のテキサス、そして初めての後輩が余程嬉しいのか、ニコニコとしたソラが彼女達の後ろから話し掛ける。

 その顔ぶれを見て、思わずバイソンは呼吸を忘れる程の感覚に陥った。

 荒唐無稽とも言われる程に少数精鋭で成果を上げ、龍門を代表するトランスポーター集団。その実態がまさか見目麗しい美少女達だとは思わなかったのだから、年頃のバイソンには仕方ないとも言えよう。

 そして赤く染めた頬をそのままに、彼女達の奥に視線を送る。個性的な社員を凌ぐ遥かな存在感。ユニークという点においては、龍門でも最上位に位置するであろう二人の男がいた。

 一人はペンギンのボスであるエンペラー。堂々たる様子で誰を相手取っても臆すること無い。その姿は(さなが)ら皇帝であり覇王。今も尚、汚い罵声を飛ばしながら声を荒らげている。

 そしてもう一人はエンペラーの隣に立つ男、シュテン。長身痩躯で極東特有の波紋様の服で着飾った眉目秀麗のオニ。独特の片角と白絹のような長髪を持ち、同性であるバイソンも思わず見蕩れる色気があった。

 そんな憧れにも近しい感情を抱いていた少年。対してシュテンはと言うと、ペンギンのロゴの入ったエプロンを上に着て、フライパンを片手に凄い形相でエンペラーに詰め寄っている。

 

「だから卵料理は半熟が至高だと言っている。口の中でトロリとまろやかに溶けていくこそが黄身の醍醐味だろうが」

「はっ、卵は生か完全に火が通った物に限るんだよ。0か1で味わうからこそ素材の美味しさが引き立つもんだ」

「……これだから鳥野郎の口は信用ならないんだよ。生魚ばっかり食ってるから味覚がおかしいんだろ」

「あ? そこらのペンギンと一緒にしてんじゃねえぞ。お前こそ半熟だなんて中途半端な女々しい事言いやがって。だからモスティマにも中途半端に折り合いつけてんだろ?」

「──良し、今晩は鳥肉をメインに変更しようか」

「お前には溝鼠がお似合いだぜ? 最高の食材を紹介してやろうか?」

 

 フライパンの底部で小突くシュテンと、葉巻を突き出して火をつけろと言わんばかりのエンペラー。

 殺伐とした雰囲気に思わず息を呑んだものの、自然と聞こえてきた下らない言葉にバイソンは目眩すら覚えた。

 ──父さん、ペンギン急便は確かに凄い所みたいです。

 

 

 

 

「色々と迷惑を掛けたな」

「い、いえ、そんな事ありません。むしろお食事までご馳走頂けて助かりました」

「シュテンの手料理を食べられるなんて幸せな事だよー? クロワッサンなんてお金払ってでも食べたがるし!」

「確かにとても美味しかったです。シュテンさんって料理得意なんですね」

 

 お互いの自己紹介も終え、挨拶代わりにとシュテンが料理を振舞った。最初は戸惑っていたバイソンも、手料理に舌鼓を打てば自然と頬も緩み、緊張も和らぐ。

 そんな彼の瞳を、シュテンは屈みながら覗き込む。澄んだ深紅の両眼。全てを見通す錯覚すら覚え、バイソンは本能的に身体が竦んだ。

 そしてふとシュテンが何処か懐かしそうな表情をし、優しく微笑む。

 

「よく見れば若い頃のピーターズ殿にそっくりだな」

「あ? あのおっさんと何処が似てるんだよ。隠し子って言われても俺は信じるぜ」

「容姿や性格は別物だがな。その真っ直ぐな瞳は龍門に来た頃のピーターズ殿そのままだ」

「……若い頃の父さんをご存知なのですか?」

 

 幾ら自分より年上とは言え、シュテンは見るからに青年と呼ばれる容姿をしている。その事に疑問を呈していたバイソンに対し、耳元に顔を寄せたクロワッサンが小さな声で囁いた。

 

「あんな、ああ見えてシュテンはんは結構なご年配なんやで。若作りの賜物や。間違ってもおじさんなんて呼んだらあかんよ?」

「へ、へぇー……そうだったんですね……」

「言っておくが聞こえてるからな?」

 

 呆れた様子で溜息を吐いたシュテンは言葉を続ける。

 

「ピーターズ殿が来た頃はまだ配送業としては個人事業だった上、色んなものに目を輝かせていたガキだったからな」

「その割に俺にはタメ口な癖に、あの野郎には敬語使いやがるんだな」

「年下だろうが敬意を払うべき相手には敬語を使うものだろう? 利益を貪ろうとする排他的な集団を相手に一進一退を繰り返しながら、その経験を血肉とし、龍門で確固たる地位を築いたんだ。認めざるを得ない」

「え? 俺にタメ口なのは関係無くね?」

 

 父を褒められて誇らしくも、何処か羞恥心を覚えてバイソンは顔を赤く染めた。

 喩えシュテンにとって小僧とも呼べるピーターズであろうとも、彼の成して来た経歴は賞賛に値する。龍門と言う世界を代表する大都市にて、その名を轟かせるのはほんのひと握りなのだから。

 だがそれはエンペラーとて同じだ。寧ろラップ界隈でも右に出る者はいない結果を残しているのだから、蔑ろにされているのは不服なのだろう。

 

「まぁまぁ! それだけボスと仲良しって事でしょ!」

「その通りだ。……それとバイソン、ペンギン急便に入るにあたって一つ覚えておくべき事がある」

「あー、就業規則とかありましたもんね、コロコロ変わってますけど。流石テキサスさんです」

 

 ソラから尊敬の眼差しを向けられるも、フルフルと首を横に振ってテキサスは否定する。予想外の反応に少し動揺を見せていたソラであったが、テキサスは真っ直ぐな瞳をバイソンに向けていた。

 

「私とシュテンは恋人同士──これは龍門では誰もが知っている事実だ。決して忘れず覚えておくように」

「あ! それあたしもだから! ちゃんと覚えておいてねー!」

「じゃあウチもウチも!」

「クロワッサンも!? え、えーっと……それならあたしも!」

 

 テキサスに続いてエクシアが嬉しそうに手を挙げ、面白そうなものを見つけた表情をしたクロワッサンが続いて声を上げる。

 戸惑いながら右往左往としたソラも珍しく彼女達のノリに合わせて、顔を紅潮させながらも挙手する。

 誰一人として突っ込みはしない惨状。不可解な状況にオロオロとしたバイソンはシュテンの顔を一瞥した。

 そのシュテンの表情。果てしない程に途方に暮れた顔をしており、この状況が日常茶飯事なのが理解出来てしまう。

 

「……さて、仕事の話をするぞ」

 

 まるで何も無かったようにシュテンが仕切り直すと、態度こそは変わらなかったものの、ほんの僅かにだけ雰囲気に緊張が走る。

 どれだけ巫山戯ていてもやはり実績を残すプロフェッショナルなんだ──そう、バイソンが思案する中、シュテンが言葉を続けた。

 

「とは言え大した話じゃない、私用だからな。──モスティマが龍門で彷徨いているらしいから捕まえてきて欲しい」

「……え? モスティマが帰ってきてるの?」

「モスティマ……さんって、あのトランスポーターのモスティマさんですか?」

「嗚呼、バイソン君の想像どおりの人物だよ」

 

 シュテンの言葉で一様に驚く様を見せていた。その中でもモスティマと面識の無いバイソン。しかしながらもトランスポーターのモスティマとなれば、この界隈では知らぬ者がいない程に有名な人物。

 何故ならば、現存するトランスポーターの中で唯一、都市を股に掛ける伝説的な存在なのだから。

 

「でも何でモスティマを捕まえるんですか? 放置しておけば勝手にシュテンさんの所に来そうなものですけど……」

「ソラはんも案外酷い事ゆーとるなぁ……」

「へっ!? そ、そんなつもりじゃ……!」

 

 ペンギン急便に馴染んで来た証拠なのだろう、ソラの言葉の節々には棘を含まれており、クロワッサンも感慨深い様子で呟いた。殆ど無意識での言葉であった為か、ソラは慌てて言葉を否定する。

 

「……安魂夜だからな。アイツを見つけてやる必要がある」

「……? 安魂夜と何か関係が──」

「それとイースにアーツユニット預けさせて、わざわざ俺に渡してきたからな。つまりそういう事なのだろう」

 

 何処か意味深に呟いたシュテン。彼女たちの疑問を遮るようにして彼は言葉を続けた。

 諸事情で姿を現さないのであれば、態々存在を知らしめす必要は無い。更に術士にとって半身とも呼べようアーツユニットを託すとなれば緊急事態と言う訳でも無いのだろう。

 シュテンとモスティマとの間で何か繋がる部分があるのかもしれない──そう、邪推をする事も可能。そうなると最初に反応するのはテキサスであった。

 

「ふん、ソラの言う通り、モスティマ(あの女)は放っておけば良いだろう。遠回しにそんな事をする女など、典型的な面倒臭いヒステリックな奴だと相場で決まっている。……やはり、私のような清廉潔白で淑女を代表するような乙女がシュテンに相応しい」

「……清廉潔白やて?」

「テキサスさんが……淑女?」

「……ソラまで私にも口答えするとは良い度胸じゃないか」

 

 とても清廉潔白の淑女とは思えない悪態と毒舌を吐きながら、テキサスは険しい顔をしている。まさに悪女と呼ぶに相応しい。

 そんなテキサスを揶揄うように周囲が煽れば、またも騒がしく暴れて笑声を上げるペンギン急便の彼女達。それを遠くから見つめている男三人。

 

「……いつもこんな感じなんですか?」

「その通りだ。騒がしくて面白いだろう?」

「う、うーん……少し自由過ぎる気もしますが……」

「ペンギン急便の就労規則第一条、自由気ままに暴れまくれ、だ。覚えておくんだな」

 

 強過ぎる個性と自由奔放なペンギン急便達の性格。模範的なトランスポーターと言えるバイソンにとっては余りにも規格外過ぎた。

 そんな彼女達を統括して指揮するシュテンとエンペラーもまた、常人では測り切れない存在。

 バイソンにとって刺激的な一夜となるのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 そして日が完全に落ち切った龍門を、ペンギン急便達は大型社用車にて環状線を走り抜けていた。

 街灯と電光掲示板の明かりしか無い薄暗い車道。テキサスの荒い運転で助手席に座るバイソンが目を回していた。

 

「ちょ、もうちょっとゆっくり走ってもらえると……!」

「もっと飛ばしてええでー! テキサスはんなら世界を狙えるはずや!」

「任せろ」

 

 奥の後部座席にエンペラーと共に座るクロワッサンが大きな声を出して煽ると、バイソンの意志とは無関係にテキサスがアクセルを踏み込む。

 轟くエンジン音が環状線に反響し、その唸りが車内にまで響き渡った。

 

「それにしてもボスとシュテンが一緒だなんて珍しいよね」

「確かにそうだね。あたしはシュテンさんと一緒に行動するのは初めて……ですよね?」

「そうだな。俺が現場に出たのはエクシアが新入社員の頃以来か」

 

 二列目の後部座席にはシュテンを挟むようにしてソラとエクシアの三人が着席している。中々機会に恵まれないメンバーでの仕事が嬉しいのか、ニコニコとしたエクシアとソラであった。

 

「エクシアが新入社員の頃って聞くと、問題児だった気配が凄い伝わってきますね……」

「む、ソラに言われるのは心外だなー。これでも当時から射撃の腕は超一流だったんだからね?」

「射撃の腕だけは、な。当時の俺がどれだけ始末書に追われて近衛局にも顔を出したと思っているんだ?」

 

 普段のエクシアを知っているからこそ、新入社員のエクシアが如何に(おぞ)ましいのは容易に想像出来る。不満気なエクシアが反論するものの、当時の彼女を担当していたシュテン。彼からしてみればソラの言い分は実に正しいと結論を下した。

 

「それはー……ほら、若気の至りって奴?」

「やっぱり問題児だったんだ……今もかな?」

「うわーん! ソラが虐めるよー!」

 

 態とらしい声を上げながら、エクシアはシュテンに抱き着く。救いようの無い程の大根役者振りに呆れ顔のシュテンであったが、甘やかすのは忘れないようであり、頭を優しく撫でていた。

 

「ズルいぞ、エクシア! それは私の役目な筈だ!」

「テ、テキサスさん! 前をしっかり見て下さい!」

 

 ハンドルを握ったまま、テキサスは反射的に勢い良く振り返る。彼女にしては珍しい感情の発露。その事実に驚愕するよりも、バイソンは前方不注意の恐怖から大声で叫んだ。

 とは言え流石はペンギン急便のメンバー。誰もが大した反応を見せずに他愛の無い会話を続ける。

 

「でもこの依頼って私事なんやろ? ぶっちゃけた話、報酬ってどないなるん?」

「ん? ……嗚呼、そうだな。俺に出来る事なら何でも良いぞ」

「え!? 何でも良いの!?」

「……常識の範囲内でならな」

 

 大して内容を突き詰めずに拠点を後にした為か、今更になって報酬についてクロワッサンから質問が飛んでくる。

 とは言えシュテンも深く考えていた訳では無かった為に思い付きで言葉を紡ぐと、誰よりも早くエクシアが食い付いた。

 

「シュテン、本当に何でも良いんだな?」

「だから常識の範囲内だぞ?」

「どーしよっかなー!? シュテンのお部屋に住まさせて貰うとかいいかも!」

「あ、それあたしも希望したいかな。シュテンさんの部屋って広いし居心地とっても良かったから」

 

 姦しい女達がそれぞれの欲望を口にしてキャーキャーと黄色い声を出す。色欲から物欲、金欲に至るまで好き放題盛り上がる姿を呆れた様子で男達は眺めていた。

 

「お前が無責任な事言うからクソ喧しくなったじゃねえか。責任取れよ」

「落ち着くべき所に落ち着くから問題無い。安心しろ」

「そうなんですか? それってどう言う──」

 

 ──その瞬間であった。

 耳を劈く爆音と車体が跳ね飛んでいると錯覚を覚える程の振動。まるで天変地異──それこそ、天災が起きたのかと思う程の衝撃がペンギン急便の車両を襲う。アスファルトが弾かれるように吹き飛び、勢い良く車両に向かって破片が飛来。

 脊髄反射にも等しい速度でテキサスはハンドルを勢い良く切った。タイヤが金切り声に等しい悲鳴を上げ、ゴムの焼けた異臭が漂う。

 その甲斐もあってか、車体に致命的損傷が出る事も無くテキサスは危機を回避した。

 

 歓喜を孕んだ悲鳴が車内に飛び交う中、シュテンはただ冷静なまま状況を俯瞰的に見ている。そして隣にいるソラが怯えてしがみついていた事に気付いた。

 恐らくはテキサスが大怪我をした入社前の出来事を思い出してしまったのだろう──そう思い、シュテンは落ち着かせるように優しく肩に手を回して抱き寄せでやれば、少しだけ安らいだように震えが弱まる。

 

 そして彼はスモークの貼られた窓の外の様子を見逃しはしなかった。

 ──明かりに照らされて僅かに見えた鈍色に光る鉛玉が二発。車両の足回りに迫って来ていたのを。

 空気が炸裂して鼓膜が鳴動する。銃弾が命中してバーストしたタイヤ。ハンドルを取られたテキサスは慌てて対応するも、操作不能に陥った社有車は外壁にぶつかりながら横転した。

 

「何!? もしかしてマフィアが襲ってきちゃった!?」

「お、その通りみたいやな!」

 

 嬉々とした声を上げながら、車両の窓から這い出でるようにクロワッサンとエクシアが顔を出せば、辺りには多くの車と黒服の男達が配置されていた。

 まるでこの場所を通過する事を分かっていたかのような計画性にテキサスは警戒を露わにしている。しかし、ソラにとってはそれどころでは無かった。

 

「シュ、シュテンさん。あの、その、手を離して貰えると……!」

「ん? ……嗚呼、悪いな。だがこの体勢だとソラが退いてくれないと俺も離れられないんだが」

「あー! ずっるーい! ソラが抜け駆けしてる!」

「だからって中に戻ってくることは無いだろう……」

 

 窓から顔を出していたエクシアがモゾモゾと動いて中に戻り、シュテンに擦り寄るように胸元へ顔を近付ける。

 顔を真っ赤しながらも、安心感からか離れる様子のないソラと自らくっついているエクシア。そしてゲラゲラ笑うエンペラーとクロワッサンに対し、テキサスは後部座席に移動出来ずにいたストレスでクラクションを鳴らしまくっていた。

 

「……あの、状況を考えて欲しいんですけど」

 

 ただ一人、滅茶苦茶な状況のお陰か冷静さを取り戻したバイソンが突っ込みを入れるのだった。

 

 

 

 

「待たせたな」

 

 乱れた服装を整えながら、シュテンは艶やかな髪を大きく掻き分けた。

 あの後、痺れを切らしたマフィア達がペンギン急便の車両に怒号を飛ばし始めた所で、自社内の事態は収拾する。

 何とも格好のつかないメンバーであったが、彼女達の自信ありげな表情は崩れる事は無かった。

 

「シチリア人相手に随分と嘗めた真似をしてくれるじゃねえか、ペンギン急便の事務員さんよ」

 

 二百、三百を超えるマフィアの集団から一歩踏み出して言葉を放ったのは彼らのボスであるループスの男、ガンビーノ。獣色が強く、傲慢な態度と荒々しい口調は、シラクーザのマフィアが自称するシチリア人に相応しい不遜な姿であった。

 

「ガンビーノ、なんであんな量の爆薬を使った? あの方との約束を反故にするつもりか?」

「あ? あの(・・)テキサスが乗ってるんだぞ?

だったらあそこで仕留めておくのが合理的ってもんだろうが」

「フェンツ運輸の坊ちゃんまで一緒に始末するつもりか? そうなればあの方だけじゃない。龍門すらも敵に回す事になるのが分からないのか?」

「ふん、そんな甘い考えだからチャンスをみすみすと逃す事になってんだよ。カポネ、てめえのやり方はつまらねえ龍門に染まっちまったみてえだな」

 

 そしてもう一人。ボスであるガンビーノに口を挟むのは、同じくループスであるカポネと呼ばれた男。カラーレンズの眼鏡を掛けてボウガンを片手に、ガンビーノの元へと近付く。

 古くからの付き合いがあるのだろう、ボスが相手にもか変わらず苛立ちを隠そうとしていなかった。

 

 そんな仲間内の揉め事を遠巻きに見ていたシュテンは、冷静に状況把握に努めていた。

 敵の数に武装。飛び道具や術士の有無。立地と周囲確認を含め、気温や風向きも全て脳内に叩き込む。

 ──何故ならばこの状況は、決してシュテンが描いていたものではないからだ。

 

 少量(・・)の爆発物を避けたペンギン急便が停車(・・)し、少数(・・)のマフィアを率いたガンビーノ達と対峙する──それが彼の求めていたシナリオだった筈なのだ。

 そして何より気がかりなのが見えもしない距離から放たれた銃弾。スコープ越しにこちらを確認しているのは容易に想像できる為、シュテンとて迂闊に視線を向ける事は出来なかった。

 

 一通りの計画を練り直したシュテンは、彼等の前へと歩み寄る。その行動には口論が白熱して来ていたマフィアの二人も思わず口を閉じた。

 

「ようこそ龍門へ。──いや、表立っていないだけで昔からいたのか? スラムに暮らす薄汚いハイエナが、飢えに飢えて表社会に出てきたと言った方が正しいのかもな」

「……ペンギン急便ってのはトランスポーターが武であり力である組織だ。そのくらいは俺でも知ってるぜ。だから……あまり裏の人間が出しゃばると死ぬ事になるぞ?」

 

 ガチャリ、と音を立ててボウガンに矢が装填されれば、カポネは即座にシュテンの頭部へと照準を定める。

 そこまで言われればガンビーノも怒り心頭と言った様子で睨みつけていたものの、シュテンの態度は変わる事は無い。

 

「撃ってみろよ。言っておくがウチの天使の腕前は貴様の比じゃないぞ?」

「ハッ──煽ったのはお前だからな」

 

 距離にして四歩分。射撃の腕はシラクーザでも随一の自負を誇るカポネにとって、外す筈も無い射程であった。

 トリガーが引かれて射出されたボルトがシュテンの頭部に目掛けて接近する。人の頭部を貫通するのも容易い威力。──その鏃がシュテンの斜め後ろから放たれたゴム弾と衝突し、弾かれるように吹き飛んだ。

 

「シュテンにそんな褒められたらバッチリ決めるしかないよね!」

「シュテンはんは無茶しよるなぁ。後はウチに任せとき!」

「ぼ、僕も戦えます!」

 

 ずば抜けた反射神経と動体視力を持つエクシア。守護銃を構えた彼女は見事にボルトを撃ち落とす。

 神業にも等しい妙技を見せられ、カポネ達は理解が追い付かずに呆然としていた間に、クロワッサンと彼女に続いたバイソンが重盾を構えて立ちはだかった。

 

「この状況で本気で戦うつもりか? あのテキサスがいるとは言え、覆しようも無い人数差っつーのを理解出来てないようだな」

「でもさっきの口論を聞く感じだと、シラクーザから逃げて来たマフィアなんだよね? そんな人達がテキサスさんの相手になんてならないと思うけどなぁ……」

「──アイドル風情のガキが一丁前に語るんじゃねえぞ!」

「きゃっ! シュ、シュテンさーん!」

 

 ソラが悪意無く呟いたつもりだった言葉はガンビーノの琴線に触れたようであり、怒りを表情に表していた。

 突然怒鳴り声を聞かされた為か、ソラも反射的に恐縮した様子であり、シュテンの背後へと姿を隠す。

 

 そして源石剣を出現させて戦闘態勢へと移るテキサス。バイソンも震えていた体を奮い立たせて、覚悟を決めた表情を見せていた。

 当然、その様子はマフィア達にも伝わり、全体の空気が緊張で張り詰める。正に一触即発。後はガンビーノかカポネが指示を出せば大きな争いが勃発する──そんな時であった。終始冷静なままでいたシュテンがパンっと手を叩き、一同の視線を集める。

 

「バイソン君、君は泳げるか?」

「え、あ、はい。どちらかと言えば得意な方ですが……」

「それは良かった。何、他意は無いから安心して良い。ウチの社員も皆泳ぐのが得意でな、社員旅行でシエスタに行った時は子供のようにはしゃいでいたよ」

「……おい、エク、クロワッサン、ソラ。ついでにバイソンもだ。見ておけ」

 

 テクテクと歩いて道路の中心辺りに位置を変えたシュテンが他愛の無い駄弁を弄する。余りにも場違いな行動に緊迫していた空気は霧散し、ガンビーノ達ならず、ペンギン急便の者達も呆気に取られていた。

 そんな中、唯一意図を理解したエンペラーが一部の者達に言葉を掛けると、シュテンは再び言葉を続ける。

 

「──と、下らない話をして場が白けた事だ。ここは解散としようじゃないか」

「……何ふざけた事を言ってやがる? むざむざとお前らを逃す道理はどこにもねえだろ」

「嗚呼。何もかも正論で正しいな。だが正しい事が常に最善とは限るまい。腐肉を貪る事しか知らないハイエナの鼻は効かないようだな。……こちらとて負けるつもりは毛頭もないが、仲間(かぞく)が無傷とはいかないからな。悪いが仕切り直しにさせて貰う」

 

 そう言ってシュテンは振り返り、ペンギン急便のメンバーへと視線を向けた。

 

「──大地の果てでまた会おう」

「……ここで殺す!」

「待て、ガンビーノ! コイツは関わるべき相手じゃ──」

 

 シュテンの目が真紅に染まり、全身から狂気とも呼べる重圧感が放たれる。殺意を持って踏み込んだガンビーノのさえ思わずその足を止め、その視線を初めて正面から受けたエクシア、クロワッサン、ソラ、バイソンは本能的に後退りをしながら冷や汗を流してしまった。

 

「あれがお前らが初めて見る酒呑童子(シュテン)だ。良く覚えておけ」

「……仲間に引かれるのは少し寂しいものだな」

「あ、シュテン! そう言うのじゃなくて──」

 

 何処か少し孤独感を見せたシュテンがその狂気を身に纏えば一転、殺意に満ちた笑みを浮かべていた。その姿は(さなが)ら破壊神。触れる物を全て消し去る程の威圧がそこには存在している。

 そしてシュテンは大地を足で踏み鳴らすように振り下ろす──ただそれだけの動作でアスファルトが大きく陥没して砕け散った。

 ──否、アスファルトだけでは無い。その環状線を支えていた橋脚にまで衝撃が伝わり、大きく罅が入った。

 大地が揺れる衝撃にマフィアたちの多くが転倒する。ペンギン急便のメンバー達ですら、彼の元に駆け寄る事は出来ず、立っているのがやっとであった。

 徐々に崩壊していくコンクリートとアスファルトの破片が環状線の真下──人工川へと落ちていき、大きな水飛沫が立ち上る。

 そこで漸く、一部の者はシュテンの思惑を把握する事となった。

 

 だが既に時遅し。誰にも彼の行動を阻害するのは叶わず。もう一度大地を踏み鳴らせば、環状線は完全に崩壊し、多くの者が人工川へと落とされる事となった。

 

 

 

 

 

「……バイソン様は無事、船に乗られたようですね」

 

 マフィアとペンギン急便の抗争があった場所から離れた建物の屋上に、フェンツ運輸の執事が静かに佇んでいた。

 狙撃銃を携えて照準器からずっとペンギン急便の動向を見続けている。そして彼等の車両を狙撃したのもこの男であり、所謂フェンツ運輸の懐刀──ピーターズの抱える最強の私兵として極秘に動いていた。

 

「さて、そろそろ移動しなければバイソン様に追いつかなくなってしまうかもしれません」

 

 そう呟きながら展開していた装備を片付けようとしたその時であった。背後から伝わってくる強烈な殺意と気配を感じ取り、懐から拳銃を取り出して即座に振り向く。

 

「ハッ! 貴様か。遠巻きにこっちを監視し、見事に車両を破壊してくれた痴れ者は」

「おいおい、マジでこんな奴がいたのかよ。あ? お前は一体誰の差し金だ?」

「……シュテン様とエンペラー様」

 

 そこに居たのは先程まで監視していた筈のシュテンと、その脇に抱えられたエンペラー。見失ってから僅か五分。まさか短時間でこの場に現れるとは思わずに執事は驚愕の表情を浮かべる。そして拳銃を向けるよりも早く、シュテンの鉄扇が首元に突き付けられた。本来であれば命に関わりは無い筈のそんな武器であろうとも、彼が扱うとなれば全てが凶器と化す。

 執事は素直に降伏の意思を見せるように手を挙げるも、シュテンが気を緩める事は無い。

 

「あんな狙撃をする腕と銃器なればラテラーノ──それも執行人クラスかと思ったんだがな。で、てめえは何者だ?」

「──ぐっ」

 

 本来、銃器の類は非常に扱いの難しい上、その希少価値から貴重な武器として重宝されている。そのせいもあってか大半の銃器はラテラーノのとある機関によって管理されているのが一般的であった。

 故にシュテンは警戒をし続けている。この遠距離からの精密な射撃は唯一無二と呼ぶに相応しい程の代物。

 未だ血の昂っているシュテンは、執事の首を遠慮無く掴み上げた。口調も行動も共に荒々しく変化しており、その獰猛さは容易く命を奪われかねない恐ろしさを秘めている。

 

「……わ、私はフェンツ運輸に仕えている者でございます」

「あ? お前はピーターズの右腕っつー事なのか? それで俺の車をよくぶっ壊してくれたな。お前にウチの慰謝料と車両代と危険手当含めて全部払えんの?」

「その件に関しましては、全てが終わった時に旦那様からお話があるかと」

「てめえの事なんぞ何一つ聞いてなかったぞ。……餓鬼が裏でコソコソと動きやがって。俺の社員に傷が付くようならお前だろうが容赦はしない、と伝えておけ」

 

 綿密に計画を練ったにも関わらず、自身の関与しない所──それもペンギン急便を含めて危険を伴うとなれば、シュテンとは言え看過できない。

 だがピーターズも息子を危機に立ち向かわせるとなれば、ペンギン急便が最適と言えども、シュテンの過保護は望ましいものでは無かった。

 その為に執事を起用し、その射撃の腕を活用して危険に巻き込ませる。運良くとは言え、まさかピーターズも一度目で気付かれるのは予想外だろう。

 

 シュテンが手を離して執事を解放すれば、咳き込むようにして息を整える。そんな状態になっていても冷静さを失わない執事は言葉を返した。

 

「お伝えしておきます。……ですが私とてバイソン様を危険な目に合わせるのも心苦しいのです。……いえ、この事はシュテン様とエンペラー様には関係ありませんね。ですがバイソン様の命の危険に関わるのであれば、私が全て排除致します。同時にそれは共に行動するペンギン急便の方々にも当てはまるかと」

「ハッ! だったらシュテンにオシオキされないようにちょっかいは程々にして、気合入れて護衛するんだな!」

「肝に銘じておきます」

 

 脇に抱えられたままのエンペラーがドヤ顔をかました後、シュテンは建物から飛び降りるようにして龍門の街へと消えて行った。

 煌びやかに光る繁華街。最早彼等の姿が見えるはずもなく。

 その彼等の背中を見送った執事は数瞬考えた後、携帯電話手にして連絡を取り始めた。

 

「……申し訳ありません。一度目で彼に気付かれてしまいました。……はい、恐らくはその通りかと。……はい。……やはり仰った通り、危険な存在かと思われます。彼は龍門よりも自身のルールこそが全てのようですから。……はい、正面から対峙したとなれば、私とて勝機など考えられません。…………分かりました。またご報告させて頂きます」

 

 通話を終えた執事が携帯電話をポケットへと仕舞うと、深く溜息を吐いて眼下を見下ろす。

 安魂夜で盛り上がり始めた街並み。本来であれば学友と遊んでいる筈の年頃のバイソンを憂いながら、彼は頭を悩ませていた。

 

「……本当にこれで宜しいのでしょうか?」

 

 その真意も、それぞれの真意も。何一つ語られること無く。

 呟かれた言葉は龍門の喧騒の中へと消えて行った。





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