皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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書きたい事を書き殴ったお話。






EX.喧騒の掟 Ⅱ

 移動都市と言う形式上、自然が織り成す海や川が存在しないのが普遍的な考え方である。だが水は人類だけでなく、あらゆる生物が生きて行く上で必要不可欠なもの。

 故に古代人は移動都市の中に水路を造り上げ、用水を循環させるシステムを構築した。現代では失われた技術。今となっては精々水路を継ぎ足す程度しか行われていない。

 そんな水路も龍門ほどの規模となれば、多種多様の水棲生物が生息する。必然的に水産業も盛んとなり、水産業が発達すれば船が走るようになった。次第にその技術が応用され、龍門内での運送に貨物船が用いられているのも、大都市ならではと言った所だろう。

 

 そして運送業の者達は喩え安魂夜であろうとも──否、安魂夜だからこそ、日が落ちてからでも働いている。

 

 詰まる所、人工川に落ちたバイソンは運良く貨物船に拾われていたのだった。

 

「おい坊主、もう夜の川に飛び込むなんて無茶すんじゃねえぞ」

「は、はい。すみません……」

 

 なんでこんな理不尽な目に遭うのか──とは言えシュテンにも船員にも、命を助けられた自覚があるバイソンに悪態をつく事など出来る筈も無かった。

 それも水を吸い込んだ衣服と重すぎる盾のせいもあり、半ば溺れかけていたのだから当然と言えよう。

 靴と下着までずぶ濡れになってしまったバイソンは不愉快そうな表情を隠そうともせず、貨物船から降ろされて港に一人置いて行かれていた。

 

 ペンギン急便のメンバーの姿は環状線から落下してから見掛けていない。更に言えば集合地点と語っていた大地の果てについても把握していなかった。

 極めつけはペンギン急便の誰とも連絡先を交換していなかった事。

 龍門の地理については頭に叩き込んでいたものの、バイソンは行先が分からずに途方に暮れていた。

 

 父さんの認めるシュテンさんの事だ、きっとこれも僕を見極める試練なのかもしれない──そう、前向きに考えながら、バイソンはずっしりと鈍重になった靴で歩き出す。

 水滴で彩られた足跡を大地に残しながら、宛の無い旅に出る──そんな時であった。

 

「大丈夫? そんなにびしょ濡れで寒くないのかな?」

 

 気配も無く近寄っていた青い髪の角の生えたサンクタの女性──モスティマに背後から話し掛けられたバイソンは、驚くように身を竦ませて振り返った。

 

「え、えと……はい、大丈夫です」

「そんな警戒しなくても良いよ、取って食おうなんて思ってないから。……君の事はピーターズさんから聞いてるのさ」

「父さんからですか……? もしかして貴方は──」

「ご想像の通りだよ、私はモスティマ。しがないペンギン急便のトランスポーターさ。……さて、まずは風邪引く前に服を脱ごうか」

 

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかったバイソン。無遠慮に顔の距離を近づけたモスティマにどぎまぎしながらも、彼は自分のするべき事を忘れはしていない。

 

「い、いえ。それよりも大地の果てと言う場所に向かいたいんですが……分かりますか?」

「私が歩いて案内してあげるから心配は無用さ。……さ、早く脱がないと。アーツで乾かしてあげるからね」

「うぇ!? ──だ、大丈夫です! 自分で脱ぐので待って下さい!」

「そう? ……でもそうしてくれると助かるかな。流石の私も異性を脱がせるのは抵抗があるからね」

 

 明らかに手馴れた手つきで上着を脱がそうとしていたような──そんな突っ込みが出来る筈も無く、バイソンは物陰に隠れて衣服を脱いだのだった。

 

 

 

 

 モスティマのアーツによって、バイソンの衣服の水気が瞬時に吹き飛んだその後、二人は安魂祭で盛り上がる大通りを歩いている。

 まるで別世界のように絢爛たる賑わいを見せている龍門。一日限りの屋台には様々な食料や遊具を並び、立ち並ぶ店舗も負けじと特売を掲げて集客を行っていた。

 路上ライブやダンスを披露したり、テラスで酒宴を開いていたりと、各々が何かしらの賑わいとなっている。

 

 そんな中、バイソンは何処か警戒した様子を見せながら、モスティマは浮き足立つような雰囲気に笑みを浮かべていた。

 

「あのお店に寄ってもいいかな? ちょっと買っていきたい物があってね」

「えーっと……あの、今マフィアに追われてるので出来れば控えて頂けると」

「そうなのかい? でもこれだけ人気(ひとけ)があるならマフィアも暴れることは出来ないと思うけど。という事でレッツゴー」

「あれー……」

 

 まるでバイソンの心配事など無かったかのように自由気ままな行動をしていくモスティマ。やはり彼女もペンギン急便の一員らしい性格をしている、と思いつつ、バイソンはその背中を追いかける。

 そして彼女が辿り着いた店舗からはとても甘い、脳髄を刺激するような香りが鼻腔を擽った。少し時間の空けたスイーツと思えば、丁度良いとも言える時間帯。

 少し食欲の湧いたバイソンはモスティマに問い掛けた。

 

「何のお店なんですか?」

「ん? それはね──っと、出てきたね。……はい、私の奢りだから気にせずに食べて良いよ」

 

 モスティマは店員から受け取った二つの食べ物の内、一つをバイソンへと渡す。それはパイ生地に包まれた芳醇な林檎の香りを放つアップルパイであった。

 

「あ、ありがとうございます。これって……?」

「見ての通りアップルパイだよ。やっぱりここのお店は外せないよね。……あ、エクシアには内緒だよ? このお店は彼女にとって思い入れのある特別なものだから」

「──あっ、これ美味しいですね。でもどうしてエクシアさんに思い入れがあるんですか?」

「エクシアも乙女って事さ」

 

 モスティマの言葉に今一要領の得ないバイソンであるも、手に所持しているアップルパイを口に含めば、そんな疑問など瞬時に吹き飛ぶ。

 何層にも重なったパイ生地の食感と香ばしさの後に、湧き出てくる林檎の純粋な甘味と果実を口内が支配した。

 余韻に浸っているバイソンであったが、何時の間にか食べ終えていたモスティマは自由気ままに歩き出す。慌てて口に詰め込んだバイソンも後を追うようにして駆け出した。

 

「あ、ここのお店も寄って良いかな? いつもは高くて中々手を出せないお店だけど、安魂夜だけ特別に割引されてるからね。見逃す訳にはいかないよ」

「…………」

「無言で頷いてどうしたの? ……あぁ、口の中がいっぱいで喋られないんだね。──えい」

「ぶふっ──何するんですか!?」

 

 まるで頬袋に食べ物を詰めているかのような顔をして頷いていたバイソン。そんなパンパンに膨らんだ顔を見て何を思ったのか、モスティマは彼の両頬に掌を勢い良く押し付けた。

 不穏な声と共にバイソンの口から吐き出される何か(・・)。うわっ──なんて声を漏らしながら、モスティマは反射的に動いて回避する。

 

 流石にバイソンも不愉快だったのか、少しだけ声を荒らげていたものの、モスティマはニコニコとした笑みを崩しはしなかった。

 

「なんか小動物ぽくて……つい?」

「つい、で口から色々出しちゃうのは酷いと思うんですけど」

「ごめんごめん。お詫びと言ってはなんだけど、ペンギン急便に来た記念も兼ねて好きな物プレゼントしてあげるからさ。ね?」

 

 覗き込むような姿勢で両手を合わせ、ウインクをしながら赤い舌をちろりと覗かせた。蠱惑的な雰囲気の中に小狡さが見え隠れするも、端麗な容姿も相俟って可愛らしさを際立たせている。

 思わず胸の高鳴りを感じ、顔を赤くしたバイソンはモスティマから目を逸らした。

 

「……顔が赤いけど大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です。それとプレゼントはいただなくても──」

「良いから良いから。私も買いたい物があるからね」

 

 言葉を遮るようにしたモスティマは、バイソンの腕を掴んで引っ張るように店内へ進んでいく。少しどぎまぎとしていた彼であったが、中に陳列している貴金属のアクセサリーの値段を見て思わず硬直してしまった。

 

「えと、あの……思ってたより値段の桁が違うんですけど」

「別に気にしなくていいよ。これでもお金は持ってる方だからね。で、どれにするか決めた?」

「……じゃあこれで」

 

 豪華絢爛とも言える内装の中で遠慮気味にバイソンが選んだのは、シンプルな作りをした飾り付けのないネックレスであった。

 視界に入る中でも最安値──その謙虚な姿勢にモスティマは笑みを浮かべつつも、店員に話し掛けて購入の手続きを始めている。

 

「後、あの商品も良いかな?」

 

 そう言ってモスティマは他とは離隔されているショーケースを指差した。そこに展示されているのは、見事に貴金属と宝石で装飾されたペアリング。号数や在庫、保証について話し合っている中、ふと値札を覗き込んだバイソン。

 その金額はとても彼の給料では払えない物だったのは言うまでもない。

 

 ラグジュアリーショップを後にした二人は再び龍門の町を歩き出した。早速着けるように促されたものの、アクセサリーで飾り付ける機会なんて無かったバイソンは悪戦苦闘。その姿を見兼ねたモスティマが手伝ってくれたものの、距離感と無知さから羞恥に悶えていた。

 

「ネックレスありがとうございます。……あの指輪って誰に上げるんですか?」

「うーん、それはプライベートだから教えて上げられないかな」

「……残念です。テキサスさんみたいにシュテンさんのような恋人がいるのかなって思っ──」

「ねえ、誰にそんなデタラメを聞いたの?」

 

 バイソンが言い終えるよりも早く、笑みを消したモスティマが顔を近づけてくる。普段とのギャップのせいか、より一層威圧感を放っていた。

 

「え、いや、その……テキサスさん本人が言ってたので……」

「彼女は少し妄言癖があるから。シュテンも困惑してたでしょ?」

「あー、言われてみれば確かにそうでした。てっきり他の人達も同じ事を言い出したから困っていたのかと」

「……へぇー、そうなんだね」

 

 再び笑みを取り戻したモスティマ。誤解が解けて安心した──そう、バイソンが勘違いをしてしまうのは、出会った日の浅さ故なのだろう。

 ニコニコと貼り付けたような笑みにはとてつもない感情が込められていた事を知るよりは無かった。

 

 そして再び歩き出した二人は、大通りから一つ離れている、少し廃れた脇道へと入って行く。多くの者が行き交って店舗が立ち並ぶ大通りとは対称的な空間。そんな差異のある雰囲気は、まるで異世界に飛ばされたような感覚にバイソンは陥る。

 その中でも一際古びた店舗──と呼ぶには小さな屋台。モスティマは迷わず一直線に向かって行った。

 

「何年も前、初めて龍門に来た時に寄ったお店でね。色々と思い出深い場所なんだよ」

「そうだったんですね、何のお店なんですか?」

「飴が凄く美味しい駄菓子屋さんさ」

 

 そう言って二人は店前へと近付けば、シンプルながらも美しい造形のキャンディやマシュマロなどの駄菓子が売られている。子供向けと言えども、何処か童心に帰らされるような、そんな魅力を放っていた。

 そして奥から現れたのは鼠の姿をしたザラック族の老人。優しい笑みを浮かべながら、彼は若者達を歓迎する。

 

「おや、若者が二人で珍しい。こんな暗いところで逢い引きかね? 折角の安魂祭じゃ。盛り上がっている繁華街に行ったらどうかのう?」

「あ、逢い──ッ!?」

「そんなんじゃないよ。それに騒がしい夜はまだ始まったばかりさ。……お爺さんこそ、今夜のお祭りには参加しないの?」

「ワシみたいな老いぼれにはこの喧騒はちと荷が重い。代わりにキャンディ達が参加してくれる筈じゃよ」

 

 揶揄うように老人が口を開けば、バイソンは口をパクパクとさせて顔を紅潮させた。しかしながら年上としての余裕を見せるモスティマは冷静に言葉を返し、老人もまた、楽しそうな表情をして口を開く。

 

「それも良いんじゃないかな。喧騒だけが龍門を龍門たらしめてる訳じゃないからね。陰と陽。この静寂もまた、この都市を彩るファクターだと思うよ」

「若いのに聡明だのう。……だが間違っておらん。必ずしも光の中に生きられる者達だけでは無いのが世の常。何時の時代も影があるからこそ光が生える訳だからの」

 

 そんな中であった。ふと老人の顔を見つめていたバイソンの顔に皺が寄り始めた。何事かとモスティマが疑問を投げ掛けるよりも早く、彼は思いついた事を口にし始める。

 

「モ、モスティマさん。この人ってもしかして──」

「──口は()れ禍の門、舌は()れ身を斬るの刀なり」

「……? え、えっと……?」

「口は災いの元、って事さ。各々が各々の事情で重なり、交じりあって生きているのが龍門だよ。無用な詮索は控えるのが長生きする術かな」

 

 諭されるように老人とモスティマから言われてしまえば、バイソンも迂闊だったと反省をして口を閉ざした。

 

「それでキャンディは要るかね? 昔と違い、今なら自腹で買えるだろう」

「あはは、そこまで覚えられてるのは少し恥ずかしいね。……そうだね、少し貰えるかな?」

 

 過去を反芻させるような会話を続けながら、流れるように会計を済ませ、モスティマは商品を受け取る。

 

「毎度。()にもよろしく伝えておいておくれ。……安魂夜は本来、死者の魂を安らかに送るもの。生者の楽しむ姿こそが何よりの供養じゃ。……今宵のイベントを存分に楽しんでおくと良い」

「うん。お爺さんは気が向いて顔を出しても無茶はしないようにね」

「騒がしいのは若者に任せるつもりじゃよ。……少年も余り気に病む事はないぞ。お主の父親の方が、よっぽど無鉄砲でやんちゃをしていたからのう」

「お爺さんも僕のお父さんの事を……いえ、ありがとうございます」

 

 老人に見送られながらモスティマとバイソンは再び歩き始める。大体の予定も済ませて満足した彼女は、軽い足取りで裏通りを抜けて行く──その時であった。

 

「すみません、モスティマさんですよね?」

 

 突如背後から声が掛かり、二人は振り返る。少し警戒する雰囲気を纏ったモスティマは、アーツユニットに手を触れたまま笑みを絶やしはしなかった。

 そこに立っていたのはザラック族の若い娘。黒を基調とした服装に、薄いピンク色の髪を束ねており、凛とした振る舞いと非常に似合っている。

 

「そうだけど、何か用かな? ……君は今夜の喧騒に関わるべきではないと思うんだけれど」

「私のことをご存知なのですか?」

「君が私を知っているように、私が君を知っていてもおかしくはないでしょ。ね、貧民窟の令嬢さん」

 

 貧民窟の鼠王──リン・グレイ。その令嬢となればただ一人しかいなかった。

 その愛娘たるリン・ユーシャ。若輩者でありながら、王たる器の片鱗と手腕を見せ、その落ち着き様は堂に入っている。

 

 そしてユーシャは少し呆れたように息を吐いた。

 

「父の時とは態度が大違いですね。部外者である以上、仕方ないのかもしれませんが。……大したお話じゃありませんよ。この手紙をシュテンさんに渡して下さい」

「なんでシュテンが出てくるのは取り敢えず置いておくとして。私も中身を確認しても良いかな?」

「駄目です。それはシュテンさんが共有すると判断した場合のみにして下さい」

 

 飽くまでシュテンに拘るユーシャの姿勢に、少し面白くなさそうにしたモスティマが言葉を返す。

 

「ま、良いさ。預かっておくよ。……でも電話やメールで伝えた方が早かったんじゃないのかな? 尤も、連絡先を知ってる必要はあるけどね」

勿論(・・)、連絡先は把握しています。ですが誰にも知られたくない内容でしたので。万が一に備えての貴方です」

「──。へぇ、随分と信用してくれるんだね?」

「あなたを信頼するシュテンさんを信じているだけですよ」

 

 言葉を返すようにして要件を伝えたユーシャは足早に立ち去っていく。会話の意図を理解出来なかったバイソンは口を挟む事は無かったものの、その背中を見送った後、口を開いた。

 

「彼女って鼠王の娘さん……なんですよね? なんだが少し焦っているように見えましたけど」

「……意外と良い目をしているんだね。まるでピーターズさんを彷彿させる慧眼だよ」

 

 表には出ていなかった裏の感情。偶然とは言え、それを見抜いたバイソンを、モスティマは素直に賞賛した。

 そしてモスティマは彼の瞳をじっと見つめる。照れた様子のバイソンを気に留めず、彼女は口開いた。

 

「うん、良く見ればその瞳もピーターズさんの面影を感じるかな。きっと君は大物になると思うよ」

「あ、それシュテンさんにも似たような事を言われました」

「シュテンが同じ事を? ……ふふ、そうなんだね。あはは」

 

 今まで心の内を見せないような薄い笑みだったのに対し、今のモスティマは心底嬉しそうな笑顔を見せていた。

 その姿は余りにも綺麗で。思わずバイソンも目が奪われてしまったのだった。

 

 

 

 

 そしてモスティマとバイソンが寄り道している頃。びしょ濡れになったテキサス、エクシア、クロワッサン、ソラが大地の果てに到着していた。

 

 運良く近場で上陸していた四人。バイソンがうっかり失念していたモスティマを探すと言う目的もしっかりと忘れずに、気を配りながらの行動する。

 しかし、道中でマフィアと遭遇するアクシデントもあり、モスティマを見つける事は叶わず。その際に車両を奪い取って、早急に大地の果てへと辿り着いたのだった。

 

「うへぇ……びちゃびちゃだよ……」

「……ソラ、耳が取れてるぞ」

「うぇ!? ホントですか!?」

「あ、ホンマやな」

 

 ループスのアイドルを売りとしているソラにとって、何時何処でファンが見ているか分からない状況で、耳を外す(・・)事は禁忌にも等しい。

 とは言え仲間内には一ヶ月も経たない内にバレている辺り、その管理は杜撰なのかもしれない。

 

「ソラの耳は兎も角、ここってシャワー無かったよね?」

「無いな。だが一応着替えだけは何処かに置いてあった筈だが……」

「あー、そう言えば掃除した時にありましたね。予備の制服……かな? そんな感じの奴」

「確か段ボールに仕舞っておいた筈やで」

 

 今すぐにでも着替えたい──そんな思いを全員が抱きながら、バーの中をひたすらに探し回る。そして部屋の隅に埃被っていた段ボールを見つけ出した。

 

「あったあった。そんじゃ早速着替えちゃおっか!」

「その前にドアの立て札と鍵だけ確認しておきますね」

 

 人の出入りを封鎖すれば、そこは秘密の花園と化する。水を含んだ衣服を取っ払えば、カラフルな模様で描かれた下着が露わになる。あまりにも無防備な姿であるが、それは閉ざされた空間だからこその話。

 そして当然全身が浸かるほどの水量となれば、下着すらも濡れているのは明瞭たる事実であった。

 一糸纏わぬ姿となり、バーの中を過ごす彼女達。流石に替えの下着は持ってなかったのだろう、一生懸命に火の元で乾かす姿が見受けられる。

 

「こんな時にモスティマがいてくれたら、アーツで乾かしてくれるのになぁ」

「結局姿は見せなかったな。普段から神出鬼没のせいで足取りも掴めていない」

「……て言うかソラはん、また胸がおっきくなってへん?」

「え? そんなことないと思うけど──って、なんで掌を動かしながら近付いてくるの!?」

 

 ふと神妙な顔をしたクロワッサンに話しかけられたソラ。その声に反応して顔を向ければ、卑猥な手付きで近付いてくるクロワッサンの姿があった。

 そんな不振な行動をする人物が接近してくるのならば、逃亡するのが定石。

 裸で逃げ惑う者と追い掛ける捕食者がいた。

 

 ケラケラ笑いながら見ているエクシアと呆れた表情を見せているテキサス。

 そろそろ下着も乾いて着替えようとする──そんな時であった。

 

 本来ならば聞こえる筈の無い、ガチャリ、と扉が解錠される音が響く。走り回っていたソラとクロワッサンもピタリと動きが止まって入口に視線を送った。

 大地の果ての鍵を持つ人物など限られているものの、秘密の花園が覗かれるのはあってはならない事だ。だが緩み切って思考の停止した彼女達。身を隠す手法を取るよりも早く扉が開かれた。

 

「わざわざ鍵を閉めてまで暴れて、る……」

 

 顔を覗かせて固まったのは言うまでも無く、シュテンである。彼もその有り様は予想外であったのだろう、珍しく対応に戸惑いを見せており、硬直していた。

 シュテンの視界には、一糸纏わぬ彼女達が映っている。暖炉の元に下着を手にしているエクシアとテキサスの姿。テキサスでさえ、顔を赤くして視線を返していた。

 そして眼前と言っても等しい距離。そこには一切隠す事無く呆然としているソラと、彼女を追い掛けるクロワッサンがシュテンを視界に収める。

 

 無言のままにシュテン視線が動き、ソラと見つめ合った。そして視線は胸元へと移り、下腹部へと移り、爪先へと移って往復する。

 再度目と目が合えばソラの顔は徐々に赤く染まって行き、プルプルと震え出していた。シュテンはソラの後方に目を向ければ、他の者達も紅潮する顔を見せながら、身体を手で隠している。

 

「あー……その、なんだ。絹のように綺麗な肌だな。恥ずかしがる必要は無いと思うぞ」

 

 返事を聞く前にバタンと扉を閉めて、シュテンは店外へと顔を向ける。彼の背後に居たエンペラーが訝しげな表情をして待機していた。

 

「中に入るんじゃねえのかよ。一体どうした?」

「……思ったより大人だったんだな、と改めて実感しただけだ」

「あ? 何言ってるのか全然分かんねえぞ」

 

 その直後、甲高い悲鳴でエンペラーが察したのは言うまでもない。

 

 

 

 

「シュテンさんに見られたシュテンさんに見られたシュテンさんに見られた……」

「……これはどう言う状況なのかな?」

 

 愉快な仲間たちとの一悶着が落ち着いた頃、バイソンを連れたモスティマが大地の果てに到着する。

 モスティマが帰ってきたと騒いでいたものの、皆一様にして様子がおかしい事に彼女は気付いた。

 いつもなら噛み付いてくるテキサスは顔を赤くして興奮気味。エクシアとクロワッサンは半ば自暴自棄になってシュテンに絡んでいるし、ソラに至っては部屋の隅で落ち込んでいる。

 そしてシュテンの様子──と言うより、外見も可笑しかった。一見はいつも通りだったものの、その片角の生えた特徴的な頭部──その頭頂に、ループスの耳が生えているのだから。

 

「気にするな。少し手違いがあっただけだ」

「シュテンはん! 語尾がおかしいで!」

「そうだよ! ちゃんと約束を守らないと!」

「……少し手違いがあっただけだ……ワン」

 

 ──全く意味が分からない。モスティマの心情はこの一言に尽きる。物凄く不服そうなシュテンの表情から、この状況は予定外の出来事であるのは伝わった。

 

「少しの手違いで、あたしは舐め回すように裸を見られたんですね……」

 

 ポツリと呟いたソラの言葉を、モスティマは聞き逃しはしなかった。無表情の能面のような顔がシュテンを捉える。心做(こころな)しか目のハイライトが消えてるようにも見える青い瞳を、シュテンは真っ直ぐ見つめ返していた。

 

「……シュテン、どういう事?」

「バイソン、良くモスティマを見つけてきたワン。約束通り好きな褒美を上げるワン」

「シュテン」

「ワン」

 

 強烈なまでの威圧感に流石のシュテンもスルー出来なかったようで、素直に返事をする。まさに絶体絶命の危機。声を掛けられたバイソンも口を挟む事は出来ず、見た事もないモスティマの様子に脅えていた。

 

「説明して」

「橋から落ちて水浸しになったんだろうな。鍵を掛けていたから安心して此処で着替えていた所、丁度俺が来ただけの話だ」

「語尾! 語尾!」

「丁度俺が来ただけの話だワン」

 

 不慮の事故。となればモスティマの怒りも僅かに収まる様子を見せる。

 

「……その様子だとエクシアも、クロワッサンも、テキサスも……なんだね?」

「……あ、あははー。思い出すと恥ずかしいから言葉にして欲しくなかったんだけど……」

「わ、私は責任を取ってもらうからな。問題ない……」

「その割には動揺を隠せていないみたいだけどね?」

 

 エクシアも名前を出されてしまえば先の光景を思い出してしまうのだろう、照れたように目線を逸らしている。

 そしてテキサスも普段の態度とは思えない程に純情な様子で、未だ動揺を隠せないでいた。

 そんな二人を見て、モスティマは諦めた様に溜息を吐く。

 

「はぁ……次からは気を付けてね。もし見たかったら私の身体なら幾らでも見せてあげるからさ」

「モ、モスティマさん!?」

「お、なんやバイソンの坊や。モスティマはんの本性知らなかったん? ……もしかして気になってたり?」

「いやいやモスティマ。その役はあたしでも良いんじゃないかな? ほら、一回見られたなら二回目も同じような物だし!」

 

 いつも通りではあるものの、それぞれが好きな事を言い出す阿鼻叫喚な事態に陥り始める。傍観に徹していたエンペラーも、あまりの愉快さに床に転げて爆笑しており、誰も咎める者はいなかった。

 

 そんな中、勇気を振り絞ったバイソンが手を叩いて注目を集める。場を仕切り直す為の英断。皆が声を止め、バイソンを注目した。

 

「えーと! その! モスティマさん! 手紙を預かってましたよね!?」

「あぁ、そうだったね。……はい、シュテン」

「ワン?」

 

 思い出したかのようにユーシャから受け取った手紙を渡すモスティマ。怪訝そうな顔をして受け取ったシュテンであったが、その中身に目を通すと真面目な表情を浮かべていた。

 思案するように空中に視線を向けて集中し始める。巫山戯ていた彼女達もシュテンの様子が変わった事に気が付いたようで、誰もが彼に視線を向けていた。

 

「おい、エンペラー。鼠王の事知ってるか?」

「あ? 何が言いてえんだ?」

「……いや、把握した。問題無い」

 

 抽象的な質問に悪態をつくエンペラー。その様子だけでシュテンは要点を把握したのだろう、納得した表情を見せている。

 

「……私には教えてくれないのかい?」

「これは俺自身の問題だ。手に負えなくなったら助けを求めるさ」

「……語尾……」

「……悪いが遊びは終わりだ。また今度一つ言う事を聞いてやるからそれで許せ」

 

 そう言ってシュテンは一人出掛ける準備をし始める。大刀を持ち出している辺り、やはり重要な案件なのだろう、とモスティマは推測した。

 だがそれ以上に一つ言うことを聞くと言う発言。何よりも甘美な一言を彼女達は逃しはしなかった。

 

「え!? ウチもええの!?」

「……良し、言質は取ったぞ」

「あたしはどうしようかなー!?」

「……好きにしてくれ。バイソン君も考えておけよ」

 

 そう言ってシュテンは急ぎ足で大地の果てを後にする──前に、未だ隅っこにいたソラの元へと駆け寄る。彼女は顔を真っ赤にしてビクッと身体を震わせた。

 

「ソラも悪かったな。何かして欲しい事があれば何でも言ってくれ。……あまり哀しまれると俺も哀しくなる。いつもみたいに笑顔を見せてくれると嬉しい」

「う、あ、その……哀しいとか嫌とかじゃないんです……。ただその……は、恥ずかしくてっ……!」

「……お詫びに俺の身体でも見るか?」

「うぇ!? そ、そ、それは……!」

「冗談だ。真に受けるな」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でで、ソラの頭にループスの耳を付けて上げたシュテンは、大地の果てを後にした。

 顔を真っ赤にしながら、行ってらっしゃい、と小さな声でソラはその背中を見送る。

 

 和気藹々と妄想を膨らませていた各々。漸く冷静さを取り戻した所でエクシアがポツリと言葉を零した。

 

「……あれ? そう言えばシュテンって何処に出掛けたの?」

 

 結局、誰もその目的を理解出来ぬまま、シュテンは別行動を取る事となる。

 

 

 明かりの灯らない龍門の裏へと向かっていくシュテンの後を、駆け足でモスティマは追い掛けていた。大地の果てから少し離れた距離。その背中へとモスティマは勢い良く抱き着く。

 

「ちょっと無警戒じゃないかな?」

「お前だってバレバレなんだから警戒する必要も無いだろう」

 

 幾百幾千と感じ取っていた気配を今更間違える筈も無く。シュテンは驚きもせずに振り返る。

 

「それで、わざわざ追い掛けて来て何か用か?」

「……用がなきゃ駄目なの? 久しぶりの再会なのに?」

「やれやれ……」

「ほら、ちゃんとギュッてしてくれないと」

 

 急かされるようにシュテンも背中に手を回せば、モスティマは嬉しそうに顔を(うず)めた。まさに至福の時間。心と身体が消えて無くなりそうな幸福感に包まれながら、モスティマはポツリと言葉を漏らした。

 

「無理だけはしないでね」

「した事があるか?」

ペンギン急便(わたしたち)の為ならするのがシュテンでしょ。……何か嫌な予感がするからさ」

「確認しに行くだけだぞ、気にし過ぎだ。……俺のいない間、アイツらの事を頼んだぞ」

 

 良し、充電完了かな──そう言って離れたモスティマには、心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「安魂夜が終わったら話があるから。ちゃんと覚えておいてね」

「……巷でそう言うのは、死亡フラグって呼ぶらしいぞ」

「え、そうなの? じゃあ話なんて無いから無事に今夜を過ごそうね」

 

 最早何が言いたかったのか訳が分からなくなるが、そこもまたペンギン急便らしいと言えよう。踵を返して再び喧騒から離れていくシュテンを、手を振りながらモスティマは見送っていた。

 

「嗚呼、それと──そこで覗き見してる奴等の相手はしっかりしてやれよ?」

「……え?」

 

 そう言ってモスティマが振り返ると、そこには好奇と無機質に満ちた瞳が並んでいたのだった。





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