皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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姦しい日常と化物の邂逅

「そう言えばみんなに聞きたいんだけど」

「ん? どったの?」

 

 ソラがペンギン急便に加入してから一週間が経った頃。シュテンとエンペラーが共に拠点を空け、更には珍しく仕事も無かった為、トランスポーターである四人はダラダラとした時間を過ごしていた。

 仕事にも慣れてきて仲間とのコミュニケーションも深まってきたからか、堅苦しい言葉遣いでは無くなっているソラが三人に問い掛ける。

 

「シュテンさんって普段何やってるの? ボスはうちの音楽のプロデューサーだったり色んな顔を持ってて凄い人……ペンギンなのは分かるんだけど。シュテンさんの仕事の話はあんまり聞かないなぁって」

「あー、なるほど。確かにあたし達みたいに表立って活動してないからねー。一緒に動く事も少ないから。……そもそも今はトランスポーターでも無いし」

「……事務員みたいな立ち位置なの?」

「間違ってへんけど、それはなんかちゃうような……」

 

 矢継ぎ早に出てくる純粋なソラの質問に対し、中々いい言葉が出てこないからか、エクシアとクロワッサンはうーんと眉間に皺を寄せながら頭を悩ませる。ソラもソラで二人の回答ではなかなか要領を得ないようで困っており、ふとテキサスの方へと視線を向けた。

 

「立ち位置で言うならそうだな……マネージャーと言った方が正しいだろうな。仕事のほとんどがシュテンからの説明だったのに気が付いてたか?」

「……言われてみれば確かに……」

「後は……そうだな。ソラが来た初日のトラブルでもそうだ。あれだけの事件が起きながらもペンギン急便にはまるでお咎めがなく、相手組織は龍門警察に捕縛されて壊滅。恐らくは現場がスムーズで行くように段取りや後処理などで見えない所で動いてくれてるからだ」

「……え、マジで? あたしそこまで気が付いてなかったよ……」

「エクシアが壊した損害書類の処理も山ほどあるぞ」

「それは気付いてたかな!」

 

 以前のトラブルに関してはそもそもウェイ長官とエンペラーが二人で企んだことであった為、シュテンが動かずとも同じような結果になっていただろう。とは言え普段から多くの事でシュテンが手を回しているのは事実であり、それを察しているテキサスは、確証はなくとも確信に近い考察を淡々と語った。

 対するクロワッサンとエクシア。まるでそんな事を考えずに暴れていた為か、素直に感心するようにソラと共に驚きを見せている。

 

「と言う事はあたしたちの上司みたいなものなのかな? ……好き放題にする人もいるし大変そう……」

「確かにみんな個性が強いからねー、でもそれでこそペンギン急便って感じなんだけどさ!」

「エクシアの事だったんだけど……」

「……ソラも言うようになったなー、このこの! 口の悪い子にはお仕置かな!」

「ちょ! やめ……じ、冗談だってば!」

 

 エクシアの普段の行いのせいとは言え、仕舞いにはソラにも弄られる始末。流石にエクシアも新人に言われるのは癪だったようで、ソラの頭部を両手で挟み込み、グリグリと反撃していた。

 

「いたた……。それにしてもテキサスさんはシュテンさんの事詳しいんですね。エクシアもクロワッサンも漠然としか理解してないみたいだったから驚いちゃいました」

「むしろこの二人が理解して無さすぎだ。シュテンをなんだと思ってる?」

「甘やかしてくれる先輩?」

「料理上手なお兄ちゃんやろ?」

『…………』

 

 あれだけ騒がしかった部屋が一瞬にして無音へと切り替わる。あのソラですら冷ややかな目線で見つめている辺り、エクシアとクロワッサンの反応は如何に失礼なのかが如実に現れていた。

 

「でもシュテンさんって極東出身のオニなんだよね。……あんまりこういう言い方は良くないと思うけど、オニの人って頭を使うような仕事よりも傭兵とかの方が向いてるんじゃないの?」

「普通に考えたらそうなんだがな……シュテンはあぁ見えて私よりも剣術は弱いぞ」

「力だってウチの方がつかいこなせてはるし」

「動体視力もあたしの方が上だからねー」

 

 意外にも戦いよりも頭脳派であった事にソラは驚きを隠せない。オニという種族の特徴上、強靭で生命力の高い肉体と凶悪な迄の力を持つのが常識的な知識なのだ。

 戦いの際には我を忘れるほどの戦闘への狂気に襲われるとさえ言い伝えられている程、オニは頭脳よりも武闘派である。

 

「とは言え総合的に見れば器用な上に強い部類に入るはずだよ。それに本人曰く、身内だとやる気になれないらしいし」

「でもめっちゃ悔しそうに言うてるから、それがまたおかしくて笑えてくるねん」

「あはは、負けず嫌いなんですね」

 

 クールな態度にそぐわない負けず嫌いっぷりを想像すると、なんだかソラもおかしくなって来て思わず笑い声が出てしまう。

 

「そう考えるとシュテンさんってハイスペックな人だなぁ。……何か弱点とかってあったりするの?」

「うーん……」

 

 どんな完璧に思える人物にも欠点は必ず存在するものだ。だが今の話ではそんな欠点などは欠片も感じられない。そう思ってソラは話を振ったものの、シュテンに詳しいテキサスでさえ意外にも言葉が出てこないようであった。

 

「正直なところ、仕事以外でのシュテンについてはそこまで詳しく知らないんだよね。何度か休みの日に皆でストーキングした事あるけど、気が付いたら私達の後ろに立ってたりするし」

「モスティマならある程度知ってると思うが……」

「ス、ストーキングは流石に良くないと思うけど……。モスティマさんってこの前教えて貰った先輩トランスポーターですか?」

 

 ペンギン急便所属──正確には特殊な立場ではあるが──のトランスポーター、サンクタのモスティマ。とある事情から遠方への配達が主になっている彼女はペンギン急便に顔を出す事は滅多になかった。

 その為、長年働いているテキサスや顔馴染みのエクシアは別として、クロワッサンでも一度顔を合わせた事があるだけである。

 

「そうそう。フラっと現れてはスっと消えるから中々話す機会はないけどね。……あたしも色々と聞きたい事があるのに聞けてないし」

「神出鬼没なんだね。……でもどうしてモスティマさんなら詳しいの? 付き合いが長いから?」

 

 エクシアがポツリと零した愚痴は聞こえていなかったようで、会話を続けたソラは可愛らしく首を傾げながら問い掛ける。

 その瞬間、面白い話題が出てきたと悪そうな顔を浮かべていたのはクロワッサン。誰よりも面白い事には目が無い彼女は意気揚々とした様子で口を開いた。

 

「なんかな、テキサスはんがペンギン急便に入る頃の話なんやけど同棲してたんやって。酔っ払ったシュテンはんが思わず喋った事やから事実やと思うで。きっとオトナな関係やったに違いないわ!」

「わ、わー……! なんか聞いちゃいけないような事を聞いちゃった感じ……!」

「あたしはモスティマのことよく知ってるけど、初めて聞いた時は信じられないくらいだったよ。ホント羨ましいなぁー」

「……エクシアもそう思っていたのか」

 

 予想の範疇を超えた驚愕の事実に、ソラのテンションは一気に高まる。──モスティマの人物像がいまいち掴めないのが不満ではあるものの、あのシュテンにそんな一面があるとは思いもよらなかったのだ。

 しかしエクシアとテキサスはどちらかと言えば不満に近い感情を抱いていたようであり、意見が合うとは思わなかったのかお互いに顔を見合わせて驚く。

 

「え、テキサスもそう思ってたの? なんかすっごい意外! まさか──」

「あぁ、私もだ。まさか──」

『モスティマ(シュテン)と一緒に暮らしてみたいだなんて』

『……ん?』

 

 見合わせていた視線が2度、3度と右往左往として再度交わる。不思議と芽生えた仲間意識が一瞬にして消し飛び、お互いが自らの発言を省みるように黙り込んだ。

 だが完全に爆弾発言を投げたのはテキサス。まさかエクシアに裏切られるとは思わなかったのか真っ赤になった顔をプルプルと震わせながらエクシアを睨みつけた。

 

「くっ! 覚えてお──いや忘れておけよ!」

「テ、テキサスさん!」

 

 駆け足気味に拠点を飛び出したテキサスを追うように、ショックを受けて呆然としていたソラも慌てて駆けて行った。

 

「……エクシアはん、わざとやったやろ」

「……やっぱり分かっちゃう?」

 

 そんな二人の様子をニヤニヤと笑みを浮かべながらエクシアは見ており、流石にやりすぎだとクロワッサンは呆れた表情で窘める。

 

「シュテンはんの事となるとテキサスはんはちょっと抜けてるちゅーか、バカになるけどやりすぎやで」

「でもそんな恥ずかしがる必要ないと思うけどねー、シュテンが魅力的なのはみんな知ってる事だし。なんか認めるのは悔しいけど!」

「そ、そやな。でもそれと恥ずかしいのはまた別の話やと思うで?」

 

 そんなもんかなぁとあんまり釈然としないエクシアであったが、クロワッサンからの再三のダメ出しにとりあえず謝罪しておこうと心に決めたのだった。

 忘れろと言ったテキサスの言葉を忘れて。

 

 

 

 

 

 

「何かアイツらが馬鹿な事をしている気がする」

「どうした突然、頭でもおかしくなったか? 良い医者紹介してやるぜ?」

「お前の御用達の医者か。治ってないところを見るにヤブ医者だろうな」

「口は無駄に達者だなおい」

「口も、の間違いだろ」

「はっ、ちげえねえ」

 

 けたたましい音を奏でながら、真っ赤に染まる派手なスポーツカーが道路を物凄い勢いで突っ切っていく。既に明らかな超過速度だと言えるが、それでも速度が徐々に加速している。

 運転席に座るシュテンと助手席で酒を飲みながら葉巻を蒸かすエンペラー。二人は他愛ない会話をしながら商談の為にとある場所へと向かっていた。

 

「しかしロドスもこの俺を呼び出すたぁ偉くなったもんだな、そう思わんか?」

「ウチみたいな小企業に対して、移動都市と小国家並みの戦力を持つ相手じゃ比べるまでもないだろ。例え同じ私企業であってもな」

「そんなものはリーダーのカリスマ性がだな──」

「非常食としては優秀かもしれんな」

 

 製薬会社ロドス・アイランド製薬。表向きは医療品の研究開発を行っている企業であり、主に源石(オリジウム )に長く触れることで発症する鉱石病(オリパシー )の感染者の保護、及び治療法の研究を行っている。

 致死率100%の鉱石病と言うこともあって感染者の差別が蔓延るこの世界。暴徒と化す感染者も非常に多く、それらを鎮圧、保護するのがロドスの裏の顔であった。

 鉱石病になると病状を進行させる恐れがあるも、アーツの能力が増強されると言う研究データも出ている。一私企業がそんな強力な感染者をかき集めているとなれば、武装組織として警戒しておかないとならない存在だろう。

 

 そんなロドスと交友関係を結ぶか否かを決める為、二人は動いていた。

 

「龍門にまで関わる気配がないから放置していたんだがな……向こうから提携のアプローチを受けていざ調べてみると異常なまでの成長スピードだな」

「あぁ、レユニオンっつー感染者の暴徒集団も最近はよく聞くようになって来てやがる。恐らく感染者関連の組織同士、大きく抗争が起きるだろうな。……しっかし、僅か2年足らずでこの規模の企業か。それだけ優秀な人材がいるってこった。ウチと違ってマネージャーが優秀なんだな」

「何、マネージャーのせいにしなくても、クソみたいな鳥類が頭を張ってる企業なんぞ碌でもないのは当然だ。……龍門でのアドバンテージを取る足掛かりとして、ペンギン急便に仕掛けてきた訳だな」

「間違いないと思うぜ」

 

 ロドスが龍門へ行動範囲を広げる為の第一歩として選んだのがペンギン急便なのだと二人は推測をつける。

 他の移動都市に比べて頭抜けて発展を遂げた龍門には情報も資源も技術も常に最先端を行っていた。そうなると当然の如く、多種多様の企業が犇めき合い、競争中で生きている。

 それは裏社会でも同様であった。スラムと言う龍門の負の遺産には、暴徒やマフィアが我が物顔で跳梁跋扈しているのだから、ロドスにとって地位を得るには並大抵のことではない。

 だがそれは見方を変えれば、ペンギン急便ならば簡単に取り入れられるのだと暗に言っているようなものである。

 

「この俺を嘗めてやがる奴は誰であっても許すつもりはねえ。だがロドスはこの先計り知れない企業になるのは分かるぜ。だから俺自身の目で見極めてやる。就労規則第一条、『真実は自分の目で確かめろ 』だ」

「……昨日は『 今日が最後の日と思って楽しめ』とか言ってなかったか?」

「就労規則第二条、『 細かい事は気にするな』だ」

 

 真面目なのか巫山戯ているのか──なんとも言えないその境目でエンペラーは不敵な態度を崩さないまま言葉を続ける。

 

「ま、そんな感じで今日は頼むぜ。相手も一筋縄じゃ行かねえ相手だろうからな。サイッコーにクレイジーな奴が来ても負けねえくらいにな」

「……そもそも今日の内容に俺が必要なのか? ボディガードという点なら分かるが」

「お前がこの前秘密にするなって言ったんだろうが。もう忘れたのか鳥頭」

「自虐ネタかよ。……しかし、まさか律儀に守るとは……お前のそう言う所好きだぞ」

「はっ、気持ち悪ぃ。モスティマに教えてやろ」

「やめろ、焼き鳥にするぞ」

 

 

 

 法定速度を遥かに超える速度で数時間走ったシュテンとエンペラーは、漸くして目的地へと辿り着く。そこは龍門を飛び出して更に進み続けたその先にある移動都市。

 それは龍門近くにまで接近していたロドスの拠点であった。

 身分と名前を告げて都市へと入国した後、簡単な受付を済ませて案内に従うままに進んでいく。──龍門に比べるのは酷であると言えるが、ある程度の水準が保証されている小さな国、と言った所か。大半が感染者であるからか、差別も区別もない、まさに人によっては理想とも言える地がそこにはあった。

 

 ある程度居住区を歩かされた後、建物の内部へと案内される。一際目立つこの建物がロドスの本部なのだろうと踏み込んだ瞬間、そこに居たのはコータス特有の耳をした女の子だった。

 

「──初めまして、ロドスのCEOを務めているアーミヤと申します。龍門からご足労頂いて申し訳ありません。本来であれば私たちが向かうべきなのでしょうが……」

「別に気にするな。だがこの俺をわざわざ呼んだんだ、つまらん話をするんじゃねえぜ」

「あ……いえ……は、はい。こんな所でお話もなんなので移動しましょうか」

 

 とても初対面とは思えない程に不遜な態度を取るエンペラーに対して、アーミヤは困惑を隠せずにいる。堂々な振る舞いに見えつつも、僅かに揺れる視線や挙動の落ち着きの無さはまだCEOになってから経験の浅さ故か──とシュテンは推測する。

 案内役が受付員からCEOに変わる経験など、普通ならば考えられない状況であるが、彼らの態度は変わりはしない。

 

 そのままアーミヤの後ろをついていくように進み、上の階へと上がった先にあった会議室。そこに入室するとそこには背中の露出が激しい、色素の薄い一人の女が待っていた。

 

「ケルシー先生。ペンギン急便のお二人がいらっしゃいました」

 

 アーミヤに促されるがまま、エンペラーとシュテンは部屋へと踏み込む。何も驚異など感じ得ない、ただの女の子が二人──そう思って一歩を踏み出した瞬間、シュテンの背筋に強烈な悪寒が走った。

 

「……? どうした、シュテン」

「どうかしましたか?」

 

 シュテンの足が止まった事にエンペラーとアーミヤが疑問に思い、振り返るも彼の視線はケルシーへと向いたまま。ケルシーもまた、シュテンの視線を受けるようにしてその生気のない眼で見つめ返す。

 

「……とんだ化け物が居たものだな、長い間生きて来たがこの感覚は初めてかもしれん」

「……ほう、初見で見破られるとは……私も長い事生きて来たが初めてだな」

「……マジで? 俺何も感じねえんだけど。逃げた方が良さげな感じ?」

「いや……大丈夫だ。突然の失言申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。……そうか。その見た目……なるほど、そういう事か」

 

 小さくポツリと零したケルシーの言葉は届くことはなく、仕切り直したアーミヤに誘われるがまま、四人は机を囲んで自己紹介もそこそこにして商談を始める。

 やはりロドス側が求めるものはエンペラーとシュテンの考え通り、依頼という形でペンギン急便の社員をロドスに雇い入れて龍門の地の利、情報を利用するというもの。

 当然、ペンギン急便側にもメリットが存在する。一企業からの依頼にしては破格の金額。更には龍門だけではどうしても手に入れられないような辺境の情報や資源、更には人脈を紹介してくれると言うのだから充分過ぎると言えた。

 しかしそこはエンペラー。商談となればアーミヤの遥か上を行く程に場数を踏んできている。更にはシュテンの巧妙な口先と細かな指摘を対応していく内に、気が付けばペンギン急便には大きな利益を生み出す契約となっていた。

 

「ではアーミヤ嬢。基本的に社内での業務を主としてそちらの依頼を受けていくという形で宜しいですね? 怪我などに関しては自己責任という形で結構です、従来の依頼と変わりませんので」

「はい、構いません。ですがレユニオンや暴徒との交戦の際には命の危険が関わる場合も有り得ますが、ルート確保、車両運転、荷物運搬を他の仕事より優先して頂く場合もあるかと思います」

「その時はその時だ。金さえ積んでくれればウチも問題ねえ。ボーナスと聞けばみんな喜んで付いてくるぜ」

「ミスターエンペラー。これだけ基本依頼料が高くてもまだ足りないのですか?」

「あぁ、足りないね。わざわざ戦線に走らせるのはウチの趣味じゃねえんだ。予定外の出費なんざ幾らでも考えられる」

 

 細かな所までキッチリと回収していくしたたかなエンペラーに、おもわずアーミヤも苦笑いを浮かべてしまう。

 だがロドスはペンギン急便を決して過小評価していない。小企業でありながら龍門には必須とも言える存在であり、龍門近衛局にも睨みが利く権力を持ち得てる事はリサーチ済みなのだ。

 

「……分かりました。その際には割増で請求頂いて構いません。ただし相応の結果と情報を期待しますのでよろしくお願いします」

「嗚呼、ロドスが期待する以上の結果は必ず出せると断言するよ」

「まっ、こんなもんか。じゃあ話も大体終わった事だしとっとと帰ろうぜ。今日はもう普段の倍は働いてるからな」

「あ、はい。もうちょっと詰めても良さそうでしたが……また詳細は後日にしましょうか」

 

 話が大体纏まった頃にはもう日が暮れ始めており、長い間会議を行っていた事が伺えた。概ね要望の通った話し合いが出来たシュテンとエンペラーは満足がいった様子であり、龍門に戻った際には飲みに行く予定も立てていた所で、ケルシーから声が掛かる。

 

「ミスターエンペラー、一つ質問がありました。そちらにいるミスターシュテンは依頼を受けて下さるのですか?」

「……先生?」

「あ? 何言ってんだ。シュテンは現場管理に必須の人材だから余程依頼で外に出る事はねえよ。……ウチの社員の実力なら問題ねえから安心しろ。明日にでも顔合わせに来させるからよ」

「あぁいえ、そういう心配では無いのですが──」

 

 エンペラーの返答が気に召さなかったのか、ケルシーは首を横に振り、そして──

 

「──あの極東の忌み子である酒呑童子が戦場に居ないなんて余りに滑稽な話だと思いませんか?」

「……何言ってるかサッパリだな。頭でもおかしくなったか?」

「一体彼が何人の同胞を殺したのかご存知ですか? 血も涙もないそのような殺人鬼を抱えているにも関わらず──」

 

 ──その瞬間であった。シュテンの瞳には獰猛な殺意が浮かび上がり、それに呼応して口元が大きく釣り上がる。殺せと騒ぐ鬼の血が彼の激情をマグマのように湧き上がらせた。

 目にも止まらぬ速さでシュテンが踏み込みながら、背負っていた大刀をギロチンの如く振り下ろす。耳を劈くほどの轟音と肌を刺す突風。エンペラーとアーミヤにも認識できないその攻撃は凡そ人に反応出来るものでは無かった。

 

 だがその攻撃に動き出していた者が1人だけいる。万が一に備えて隠れ続けていた赤いフードを被ったループスの女。その赤い影はまるで気配を感じさせない隠密性、そして稲妻のようにシュテンの元へ駆けるその脚力は手練の暗殺者そのもの。恐らくはケルシー個人が所持してる隠密に特化した殺し屋なのだろう。

 

 だが何者かがいた事を既に察していたシュテンにとって驚異にならない。

 

 首筋へ斬り掛かるループスに対し、それ以上の速度で大刀から離した片腕を伸ばし、ループスの首を掴む。慣性などまるで感じさせないほど振り下ろしていたはずの大刀はピタリと止まり、首を掴んでいた掌を万力のように締め上げた。

 

「がっ、ぐ!」

「レ、レッドさん!?」

 

 急速な展開にアーミヤの思考が追いついていない中で、ループスの女──レッドは首筋への攻撃を諦め、シュテンの腕を切り裂こうと短剣を握りしめ直したその瞬間、破砕音と共に床に投げつけられた。

 肺に溜まっていた空気が一瞬で抜け切り、内臓が負傷したのか胃液と生臭い鉄の匂いが口内から吐き出される。まるで衝突事故を起こした自動車のように、大きく陥没した金属製の床を見れば、その威力の高さを伺えた。

 もはや手足ですら激痛と痺れで動ける状態でも無いのをシュテンは一瞥して確認すると、そのまま投げ付けた勢いを利用して半身を捻り、ケルシーへと袈裟斬りを放つ。ケルシーの全身から異様な気配が立ち込めて熾烈な争いが予感される──その瞬間であった。

 

「止めろ、シュテン」

 

 エンペラーの静かな一声が聞こえた瞬間、シュテン袈裟斬りが当たる直前にピタリと止まる。恐らくその攻撃はケルシーが反撃するよりも遥かに速かったのだろう、僅かに彼女には冷や汗が浮かび上がっていた。

 

「……だがこいつは」

「俺が止めろと言ったんだ。二度は言わせるんじゃねえ」

「──チッ」

 

 一瞬にして大刀を仕舞うと、シュテンは何も無かったかのようにエンペラーの横に立つ。アーミヤもいきなりの展開に腰を抜かしてしゃがみこんでおり、ケルシーもまた、レッドへと駆け寄って治療の手配と症状の確認を行っていた。

 

「おいケルシー嬢。ウチのシュテンの事を知ってる風な口振りだが、なんの事だか俺には分からねえし関係ない事だ。……とは言えこれでもウチの秘蔵っ子何でな。煽っても殺されない大層な自信があったみたいだが調子に乗りすぎだ、好奇心は猫をも殺すぜ」

「……あぁ、そうだな。申し訳ない」

「……だがシュテンもそちらの私兵を当分使えなくさせちゃったみたいだからな、オアイコって事にしといてやるよ」

 

 ゴタゴタしたけど契約はそのままで頼むぜ──そう言ってエンペラーとシュテンが去って行った数分後、会議場に医療班が到着。レッドが緊急治療室に運ばれていく中、漸く現状把握に務めるアーミヤの姿が見られた。

 

「ケルシー先生、シュテンさんは一体何者なんですか……?」

「忌み子の酒呑童子。大昔の逸話みたいなものだ。極東の情報は基本的に他所に流れることがない程に排他的な地域だからな。特に酒呑童子となると禁忌に等しい程言論統制が取られている物だ。今では極東生まれでも知らない奴の方が多いだろう。……私も半信半疑だったんだが、カマをかけてみたらこのザマとは。下準備がなければ勝てる相手では無さそうだ」

「さっきも言ってましたがその忌み子の酒呑童子って……?」

「私も詳しくは知らない。ただあの強さは研究の結晶であり、それを良いように使われた一人の男が、極東の殺人鬼になったとしかな」

 

 シュテンがロドスに来たその時から、ケルシーの中に棲まう化け物が警鐘を鳴らし続けていた。──自身を殺す事の出来る実力を持つ相手。一度も経験したことの無い事態だからこそ気付けた事実なのだとケルシーは思い返す。

 

「アーミヤ、ペンギン急便との提携は確実に遂行する為に優先項目にする。破棄で流れるなんて事は決して無いように積極的なアプローチを頼む」

「しかしケルシー先生。シュテンさんがあの様子でも大丈夫何でしょうか? それにロドスに危険があるようならば──」

「その心配は不要だ。どういう事情があるか分からないが少なくとも上の指示に逆らう様子は無かった。無下にしなければロドスの敵になることはないだろう。──むしろあの力が戦場に放たれれば、戦況は一気に変わる程の爆薬だ。少なくとも監視下にいてもらわないと危険過ぎる」

「……分かりました。ではペンギン急便との提携を進めてしていく為にも、今回の件の謝罪含めて一度顔合わせに向かおうと思います」

「あぁ、済まないがよろしく頼む」

 

 この一件が吉と出るか凶と出るかはケルシーをもってしても分かるものでは無い。だが、自身の進めていく計画の主核となる存在なのだと直感が告げていた。

 

 

 

 

 

 ロドスから龍門へと帰る道中、少し不機嫌そうなシュテンは行きよりも更に速度を出しながら帰路に就く。

 

「……悪かったな、思わず身体が動いた」

「やっぱりお前の方が鳥頭だな。その自分の過去と仲間の事になると我を忘れるのをなんとかしろよ」

「嗚呼、そうなんだが実際に起きると中々な……。己の未熟さを痛感する」

 

 バツの悪そうな顔をしながら頭を搔くシュテン。かくいうエンペラーもあまり機嫌が宜しくない為か、お気に入りの葉巻を咥えて一服する。紫煙と共に独特の匂いが車内を包み込んだ。

 

「ふー……生き返るぜ。しかしあまり力を見せるなよ。お前はウチのリーサルウェポンである上に、目立ち過ぎると正体がバレる可能性があるからな」

「……分かっている。だがあの女は一目見て俺の実力を見抜いていた。理屈は知らんがな」

「……そこまでの奴だったか」

「そこまでの奴だ。あのまま殺りあっても最悪相打ちになる程にな」

 

 故にシュテンは思う。あの一連のやり取りはケルシーが故意に招いた結果なのだろうと。

 しかし彼女にも誤算だったのがシュテンの実力が想定より遥かに上回っていた事。更には突発的な計画で下準備が足りなかった事。

 事前にシュテンの存在を暴いていたのならばやられていたのは彼の方であり、酒呑童子という存在がペンギン急便への致命的な脅迫材料になっていただろう。

 それこそ、ロドスの傘下に入らなければならなくなる程に。

 

「平和や友好なんて並べても結局は武力がものを言う世界だ。俺が捕まったり死んでたりすれば幾らでも屁理屈を並べてペンギン急便をロドスの傘下に取り込んだだろう。血を調査すれば真実なんてすぐ分かる。下手すれば極東ですら手中に収められたかもな。……まぁ俺が手を出さなきゃそこまで無かった──と言いたいが、あれだけの女だ。有り得ん」

「その時はその時で何かしらのアプローチを仕掛けてきたかも知れねえと。ファッキンな女だ」

「嗚呼、第一あれだけペンギン急便に有利な契約を進めてながらも、ケルシーの奴が口を出したのは二回だけだ。未熟なアーミヤならまだしも、幾ら煙に巻いた所でアイツを騙せるとは思えん。……恐らくはその時点で契約をひっくり返す手を計画していたのだろう」

 

 だがペンギン急便は決定的な証拠を掴ませずにロドスに対して武力が示した。それも人数差をものともしない程の強力な刃を。だからこそ、これでペンギン急便とロドスは対等の立場になれたと言うべきだろう。そしてロドスには必ずペンギン急便の力と立場が龍門攻略の為に必要となる。

 鴨が葱を背負って来たと思えば、来たのは巨大な鷲。例え法外な対価であろうとも、最早ロドスには支払う以外に選択肢は無かった。

 

「ロドスはウチの顔色を伺いに挨拶に来るだろう。その時には更に報酬額を上乗せしつつ正式な契約に強行していくぞ。何、ロドスには拒否権などは無いさ」

「……お前はホントに鬼だな。いやオニだけどよ。鬼すぎんだろ。人の心ってもんがないのか?」

「嗚呼、オニだからな」

「あーそうか。じゃあしゃーねえ。貰えるだけ貰うしかねえな」

 

 一通り話し終えた所で、シュテンはエンペラーの葉巻の一本奪い取り、端部を爪で両断して吸口を作る。葉巻を加えたまま、今度はエンペラーから金属製のオイルライターを強奪して着火した。

 

「俺の秘蔵だぞ。なんか一言言ってから持ってけよ、嘗めてんのか?」

「皇帝を舐めるなんて気持ち悪い事言うんじゃねえ。一本貰うぞ」

「字がちげーだろうが。……つーかお前吸うの止めたんじゃねぇのか。それに元々吸ってたのも煙管だろ。モスティマに文句言われて止めたヘタレの癖によ」

「……何、今日だけだ。吸わないとやってられん」

「あーあ、モスティマに教えてやろ」

「止めろ、唐揚げにするぞ」

 

 そんな他愛もない会話を繰り返しながら、二人は龍門へと戻り、バーを渡り歩いて朝まで飲んでいた。

 連絡を入れるのも忘れて四人から怒られたのは言うまでもない。




本作品のケルシー先生はロドスの為なら他者を踏み台にする事を厭わない設定にしました。内と外を完全に切り離して考えるタイプです。シュテンと似た者同士ですね。
また、ケルシー先生のMon3trには気付きましたが、アーミヤの封印された指輪については感じ取れなかった模様。
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