あけましておめでとうございます。(錯乱)
詳細は活動報告にて。
粉塵と硝煙に満たされた空間の中で、狂気に満ちたテキサスの声が響き渡る。
橙色に染まる剣閃は音速を超え、天賦の才の赴くがままに疾って、鮮血を舞い上がらせた。
「はははっ! 痛いか!? 辛いか!? ──だが私はその百倍以上傷付いたぞ!」
激しい感情の発露を見せながら、憤怒に染まった瞳がマフィアの姿を捉えて続けている。鬼神の如く刃を滑らせるその姿は、昔の殺戮兵器だった時代を彷彿させる程。
余りの豹変っぷりにドン引きするペンギン急便の社員達であった。
「ちょっとテキサスはん! 無茶はあかんで!」
「いやー……ああなったテキサスはもう止まらないんじゃないの──っとと!」
重盾を構えたクロワッサンが、無謀にも突っ込むテキサスへと叱咤を投げるも、彼女の猛攻が止まる気配は無い。
半ば呆れたように呟いたエクシアも銃弾の飛び交う中で、周囲を見渡す余裕も無い様であり、慌てて物陰に姿を隠す。
「チッ! あのオニだけじゃねえのかよ! なんだこの化け物は!?」
「うら若き乙女に向かって化け物は酷いんじゃないかな? ま、今は気分が良いから許してあげるけど」
カポネの構えるボウガンから高速で射出される矢が、薄ら笑みを浮かべるモスティマが持つ二杖によって干渉を受ける。燃え盛っては灰となり、見えない壁に遮られたように地へと墜落した。
片手間に放たれたアーツにも関わらず、その効果は絶大。比類無き実力の底は計り知れない程である。
そんな中、物陰に隠れていたソラがゴソゴソと棚の中を漁っていた。エンペラーを背後で守りながら、マフィアからの攻撃に耐えていたパイソンが彼女へと問い掛ける。
「ソラ先輩! 危険ですから僕の後ろへ!」
「大丈夫だよ、こう見えて場数は踏んでるから。……えーっと、確かこの辺に……あ、あったあった!」
そう言って彼女が取りだしたのは、二分の一スケール程のエンペラーを模した人形であった。若干の傲慢さが伺える辺り、如何に精巧な代物なのか理解出来よう。
「んーと、こうだったかな?」
サングラスとなる部分をソラは強引に引き千切り、そして、
「──えいっ!」
マフィア達が密集している地点へと放り投げた。ゴロゴロと転がっていく人形に、何事かと誰もが注視する中、静かにサングラスと耳栓を付けたソラ。
嫌な予感を察知したペンギン急便の社員達が備える中、唯一人、テキサスは源石剣を振るい続けている。
定間隔で左右に揺れるエンペラー人形を鬱陶しそうにマフィアが蹴り上げた──その瞬間であった。
辺りを包み込む極光の閃光。空間を切り裂く炸裂音と真白に染まる視界によって、マフィア達は本能的に身を硬直させてしまう。
「ソラ、ナイスアシスト! よーし、行くよ!」
又と無い好機に声を上げるエクシアが、手馴れた様子で弾丸を再装填していく。器用に守護銃を掌で弄びながら、口角を上げて高らかに叫んだ。
「──
緻密なアーツコントロールを要求される射撃。針に糸を通すような技術を、目にも止まらぬ速度で連射し、的確に頭部へと命中させる。
非致死性を旨としたゴム弾に過ぎずとも、その一撃は大の男を昏倒させるには十分な代物。魔弾にも等しい百発百中の銃撃は、瞬く間に多くのマフィアの意識を刈り取った。
「テキサス、フォロー宜しく!」
黄金ペアの鉄板とも言えるコンビネーション。エクシアの一斉掃射で分散し崩壊した集団を、俊敏なテキサスが確実に鎮圧していく──その手筈だった。
しかし声を上げたエクシアに対し、テキサスからの返答は無い。マフィアに遅れをとったのかと危惧して視線を向けたエクシアが見えたものは、意外な姿であった。
「う、あう……目が……」
器用に耳を畳みながら、両目を抑えて悶えているテキサスがそこにいる。幸い、テーブルの物陰に逃げ込んでいた為にマフィア達には見つかってないものの、悲惨な事となっていた。
「あちゃー、モロに食らっちゃったみたいだねー」
「……ソラはん、一言言ってからやらなあかんで」
「うぇっ!? だ、だって、いつものテキサスさんなら冷静に対処してるから大丈夫かなって思って!」
「……流石の私でも不憫に思えるよ」
誰もが手を休めずに動いてる中で、軽口を叩きながらソラへと非難が集まっている。激情に身を任せていたテキサスであったとは言え、流石にソラも予想外だったのだろう。狼狽した様子を見せていた。
そんな中であってもマフィアの猛攻は止まる事を知らない。狭過ぎる室内の戦場には収まりきらない程の圧倒的戦力差。こうしてペンギン急便が優勢に傾いているのも、
「──随分と余裕そうじゃねえか、なぁ!?」
憤怒に満ちた様子のガンビーノが、倒れ込んだ仲間を踏み台にしながら建物を破壊して侵入してくる。肩口に巻いた血に染まった包帯が痛々しいものの、彼の表情は一切の翳りを見せていなかった。
宿敵故の嗅覚、そして観察力か。テキサスが隠れているテーブルへと真っ直ぐ向かったガンビーノは、携えていた剣を全力で振り下ろす。テーブルごとテキサスを両断しようとする一撃。
「危ないっ!」
だが誰よりも真剣に注意深く周囲を見渡していたバイソンが、間へと身を割り込ませた。交差する刃と重盾。金属の擦れる音が響き渡り、火花が飛び散る中、ガンビーノは声を荒らげる。
「フェンツ運輸の御曹司か。随分と威勢良く邪魔してくれたが……だが所詮は素人か。足が震えてるぞ?」
「──ッ!?」
「だが安心しろ。こうなった以上、命を奪ったりはしねえ。お前にはまだまだ利用価値があるからな」
高圧的で獰猛な笑みを隠そうともしないガンビーノへと、怪訝な顔をしたバイソンは言葉を返す。
「……どう言う意味ですか?」
「全てに恵まれてる坊ちゃんには分からねえか。成り上がりの奴ってのは大体嫌われるものなんだよ。──例えそれが身内だろうとな!」
「……身、内……?」
呆気に取られたバイソンの隙を見逃す程、ガンビーノは甘い男では無い。力の抜けたその瞬間、重盾を弾き飛ばすように剣を切り上げた。
浮き上がる上体と無防備な胴体。生命を奪う一閃が駆け抜けようとする──も、距離を詰めたクロワッサンの盾によるバッシュが炸裂。ガンビーノの体は大きく吹き飛ばされた。
「戦いの最中に気ぃ抜いとったらほんま死ぬで!」
「す、すみません!」
普段とは異なり、真剣な表情で叱咤を飛ばすクロワッサンの姿がある。それもその筈、言動こそ巫山戯ているペンギン急便とは言え、彼女達はプロ中のプロ。一挙一動に気を配り、ここぞと言う時には堅実な決断を下していた。
そしてそれは、テキサスとて例外では無い。
「──ふっ!」
小さく息を吐きながら、艶やかな黒髪を靡かせてテキサスは姿を現した。少しばかりぼやける視界の中、隙だらけのガンビーノの姿を捉える。
明らかに離れた距離の中、テキサスは手の中にある源石剣を振るった。刃先が触れる筈も無い距離。だが彼女の周りに浮かんでいた数多の剣──アーツを用いた剣雨が、射出される。
「ア、ゥグ、ガァァァッ!」
高速で殺到する剣身に容易く体を貫かれたガンビーノは、悲痛の声で絶叫する。命を奪われずとも貫かれて血を流す身体。その痛みは計り知れないものであった。
そんな様子を片目に深く考え込んでいたモスティマが、ニヤリと笑みを浮かべてカポネへと言い放つ。
「なるほど、君達の自信はその人の後ろ盾があるからなんだね。で、一体誰なんだい? 役員? それともライバル企業? もしかして本当に親族だったりするのかな?」
「……チッ、すぐ調子に乗って口を割りやがる。シチリア人の誇りだのと豪語する癖に、何一つ行動が伴っちゃいねえ」
「ん? まるで自分は違うみたいな言い方をするんだね。シラクーザから尻尾を巻いて逃げる事しか出来なかったのに、ね」
「──。……挑発には乗らねえぞ」
「それは残念。……でも、少し遅かったんじゃないかな?」
そう、モスティマが発言した瞬間であった。突如カポネの後頭部に現れた衝撃。視界に閃光が走る程の鈍痛が突き抜ける。
倒れ込むその刹那、カポネは首だけを捻って背後を確認してみれば、そこには砕け散った酒瓶を持ったエンペラーの姿があった。
「動くんじゃねえぞ。でなけりゃ生き地獄を味わわせてやる」
「……あ? 何言って──」
「アルコール度数が90%を超えるウォッカだ。俺の葉巻を近付けりゃ一瞬で火達磨だぜ?」
全身を包み込む異様なまでの冷感。水とは比べ物にならない程、冷え切っていく身体。高濃度アルコールが蒸発し、気化熱で体温が下がっているのを否応にも感じさせた。
そして漂う紫煙の匂いを感じ取れば、自身の命運がエンペラーにある事は明白である。
「この落とし前はどうつけるつもりなんだ? あ? 酒もグラスも内装も、何より俺の命に次に大事なレコードまでぶっ壊してくれたからな。大金を積んでも手に入らねえ物まであるぞ?」
「……クソ。これで終わりかよ」
「終わり? 二束三文にもならねえお前の命で元が取れると思ってんのか? 随分とハッピーな頭してんじゃねえか」
何処までも高圧的な態度を崩さないエンペラーが支配する中、自体は転々と進んでいく。
リーダーを捕らえられたマフィア達の統率力は著しく低下し、困惑した様子で右往左往していた。そんな彼等に降り注ぐ弾丸と斬撃。忠誠心だけが心の支えだった者達が戦い抜くには、過酷過ぎる戦場だった。
十、二十と倒れ込むマフィアを重ねた頃、恐怖に駆られた者から次々と背を向けて逃亡し始める。一度瓦解すれば最早時間の問題。脱兎の如く去る背中をペンギン急便達が見送れば、地に伏せる者と戦闘不能に陥った者だけが残った。
なんて事の無い、いつも通りの抗争と変わらない結末。シュテンの心配は杞憂だったのだ、とテキサスが安堵の息を吐いた時である。
──カラン。
静寂となった空間にグラスと氷が奏でた音が響く。爆風と銃撃で殆どが床へと散乱する惨状には相応しくない、澄み切った発生音。
カウンターの更に奥──従業員のみが立入る扉の方から聞こえていた。詰まる所、ペンギン急便の誰の視界にも入らない、背後の位置である。
まるで誰もが導かれるように、全員が自然と振り返って視線を向けた。
そこには誰にも気配を悟られずに座っている女がいる。
尻尾のように長い白髪を毛先で束ねて、真ん丸な深紅の瞳を輝かせた少女──ミズ・シチリア。
だが見た目通りの年齢ではないのだろう。その証拠と言わんばかりに、片手にはアルコールの注がれたグラスが握られていた。
「あら、もう終わりなの? つまらない結末ね。これじゃ物語どころか序章にも為り得ないじゃない」
テーブルの上に広げていた本をパタンと閉じ、少し高めの座席から飛び降りるようにして着地する。
純白な衣服を身に纏い、ふわりと揺れるスカートを押さえる姿は、
だが隠そうともしない雰囲気。それは妖艶でありながら、死臭と儚げな気配が混在しており、見る者を酔わす程の歪さがあった。
「お初にお目に掛かるわ、ペンギン急便の皆さん。私はミズ・シチリア。此度のお祭りに少しばかり参加させて貰うわね」
「……ミズ・シチリアだと?」
誰よりも早く反応し、鋭い視線を向けたのはテキサスである。自身の人生を狂わせたと言っても過言では無い相手の名前。シュテンと出会ったあの時、確かに絶命したのを見届けたにも関わらず、再びシラクーザ中に響き渡った女帝の存在であった。
その名を名乗る少女が目の前にいる──テキサスの警戒が高まるのも必然である。
だが当の本人であるミズ・シチリアの余裕は崩れない。優雅にお辞儀をして、テキサスへニコリと笑みを返した。
「えぇ。お久し振り──と言うのは語弊があるわね。そうね……不出来な
極自然と非礼を詫びるミズ・シチリアの態度に、思わずテキサスは面を食らう。だが続けて放った言葉。それはテキサスの激情を煽る一言であった。
「──でも、貴方の人生はとても面白かったわよ? 実に私好みの物語だったから、つい魅入ってしまったわ。彼から救われずにバッドエンドならベストだったけれども……まぁスラムの玩具の限界よね」
純粋無垢な少女のようにクスクスと笑みを零す──そんな姿を見たテキサスの表情は一転。怒気に染まった彼女は、瞬時に源石剣を手に取って距離を縮める──よりも早く、モスティマが手で制した。
「落ち着いて。不用意に近付くと危険だから」
「あら、よく気付いたわね。もしかして、その歪な魂のお陰なのかしら?」
「……年齢不詳の君に言われたくないかな。昨日と違って随分と禍々しい雰囲気を纏ってるようだし、老獪も極まれば大した物だね」
「あはは、言うじゃない。……まぁ罵り合いに意味なんて無いわ。──それで、あの時の言葉を再び問わせて貰うけど、楽しい安魂夜は過ごせたかしら?」
「残念ながら。意中の相手と過ごす時間も減らされて、こうして予定外の来客もあるからね。さっさと帰って欲しい所だよ」
「それは叶わぬ願いよ。……でも気の毒だわ」
深い溜息を吐きながら頬に手を当て、ミズ・シチリアは言葉を続ける。
「貴方達が待ち受けている結末は不幸そのものなのよ。せめてもの安息と思っていたのに」
「随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか。あ? そもそも、だ。お前が本物のミズ・シチリアである証拠なんてねえだろうが。あの時に殺した──もしくは、今シラクーザで名を馳せている奴こそが本物かもしれねえ。得体の知らない奴の言葉なんざ、まともに聞いてられるかよ」
カポネへの警戒を緩めないまま、エンペラーが口撃する。矢継ぎ早に言葉を重ねるも、ミズ・シチリアはクスクスと笑みを零して余裕を崩さなかった。
「では何を以て本物と言うのかしら? 表立って活躍してる者が本物? だとしたら不思議ね、エンペラー。あなたの魂もその体に定着していないようにも思えるわ。──極地とも言える不死性。エンペラーと言う個を為す核は一体何処に存在するの? もしかして、全く別の場所に有るのかしら?」
「──ハッ! 笑える程調べ尽くしてるっつー訳か! 熱狂的なファンも真っ青な個人情報だ。もしかして俺に惚れてんのか? そこまで調べたっつーなら火傷だけじゃ済まねえぞ」
「興味の尽きない対象なだけよ。……ま、本物かどうかなんて些細な事だわ。私が原初のミズ・シチリアであり、累世のミズ・シチリアを選定して来た。ただそれだけ」
エンペラーの揶揄にミズ・シチリアは顔色一つ変えない。饒舌に言葉を重ねて達観した視野。一種の仙女のような境地であった。
自身の言葉を最後に静寂へと包まれた空間を、ミズ・シチリアは思い出したかのように手を叩く。
「そうそう。うっかり忘れるところだったわ。お二人共、お勤めご苦労様」
ニコリと笑みを浮かべながら、ミズ・シチリアは名を告げずに労いの声を掛ける。だがこの場にいる部外者二名となれば自ずと導かれるもの。
その言葉、存在、真意──全てが本物なのだと認識したカポネは冷や汗を流しながら口を開いた。
「あのクソババアの裏にアンタみたいな化け物が居たとはな。……俺達の処理に来たのか」
「自惚れないで。貴方達の優先度は暇潰しにも劣るわ。……でもそうね。裏切り者はしっかりと処分しないと私の矜恃に関わるもの」
──纏う雰囲気が一転する。
全身を包み込むような殺気に、カポネとガンビーノに悪寒が走る。身体に大蛇が絡みつき、今にも喉元を噛み砕かれるような──そんな恐怖に駆られて手足が硬直した。
シュテンの殺気が本能に警鐘を鳴らす代物だとするならば、ミズ・シチリアの放つ殺意は本能を凍りつかせる代物。
故にペンギン急便のメンバーも感じ取る事が出来た。
彼女もまた、規格外の存在なのだ、と。
「でも貴方達のお陰で、私が動き易かったのも事実だわ。素人同然の動きで派手にやってくれたから、誰にも怪しまれる事無く龍門に入られた上に、自由に歩き回れたのよ」
「……そうか。俺を──俺達のファミリーを、その為に追い詰めたのか……」
「あら、ご明察よ。やるじゃない」
牽強付会とも言える程、強引な手で追放された事に復讐を誓うと共に、龍門での一か八かの大博打を打った。
だが実際の真意は、今日この日の為の布石に過ぎなかった──そんな残酷な事実を突きつけられた二人。多くの仲間の人生も狂わせながら、安魂夜での自由を得る為だけと言う傲慢さに、先まで顔を青くしていたカポネでさえ怒りを露わにして赤色に染まりつつあった。
それでもミズ・シチリアの様子に何ら変わりは無いまま、嘲笑うように賞賛の拍手を送っている。
「貴方の聡明さに免じて選ばせてあげるわ。ヒトリオオカミに嬲り殺されて鼠の餌になるか、此処で私に首を撥ねられて何も語れない仏になるか。素敵な二択だと思わない?」
「……他に良い選択肢があるぞ」
「あら、そうなの? 言ってご覧なさい」
「──お前が死んで、俺達がシラクーザに戻るって選択肢がよ!」
カポネの言葉を皮切りに、血に塗れていたガンビーノが決死の思いで立ち上がった。駆け寄る力は無いものの、その手に持つ剣を投擲せんと大きく振りかぶる。
そしてカポネも同様であった。やり取りの中で見えたエンペラーの隙を突き、ボウガンの照準をミズ・シチリアへと向ける。
最適化された無駄の無い動き。僅か1秒で射出までの準備が整う技巧を見せていた。
トリガーに指を掛ける──その瞬間であった。
ゴキリと不快で鈍い音が響き渡り、続いてブチブチと肉の引き千切れる音が断続的に聞こえてくる。
ミズ・シチリアから──では無い。彼女は全員の視線が集まる中、静かに指を振っていただけであった。
直後、鼻を突く強烈な鉄の匂い。誰にも嫌な予感が過ぎる中、全員が臭いを辿って視線を向ける。
──そこには首を螺旋の如く捻られたガンビーノの姿があった。
「……え? あ、え……? く、首が……」
「……ソラ、見ない方が良い」
声も発さないまま、即死したガンビーノの頭部が音を立てて落下する。噴水のように血液を撒き散らしながら、次いで胴体が倒れ込んだ。
幾ら荒事に慣れたとは言え、見慣れない光景にソラの理解が追い付かない。龍門内での殺人は御法度である為に当然とも言える反応であったが、過去が過去なだけあるテキサスは冷静に助言を発した。
死が間近に存在する非現実的な空間に緊張が走る中、未だ態度の変わらないミズ・シチリアは落胆した様子で呟く。
「迂闊に立ち上がるからそうなるのよ。プライドだけが一人前で何一つ成長しない奴に、シチリア人を名乗る資格なんて無いわ。──ねえ、カポネ。貴方ならば理解出来るでしょう?」
「な、あ……ば、化け物め!」
不可視の一撃が容易く命を奪う。
意見の食い違いの多い関係だったとは言え、同じ釜で飯を食った比類無き家族だった。口を開けば煩わしく傲慢な男。そんな彼が今、骸となって死に絶えている。
死が誰よりも身近にあるマフィアだとしても、カポネ達にとって、死とは敵対者に向けるもの。数と武器、そして暴力を以て一方的に蹂躙する際の副産物に過ぎなかった。
そんな彼に対して、小さな少女から濃厚な殺意を向けられる。数も無ければ、武器も暴力も通用しない化物。ペンギン急便が相手ならば命までは取られないだろう──そんな、深層心理にあった甘えにすら気が付けないまま、カポネは一心不乱に逃亡を始めた。
無様に背を向けて入口へと駆け出す。ペンギン急便の誰もが咎めずに見送る中、 ミズ・シチリアは静かに溜息を吐いた。
そして扉へと手を掛けて外へ身を出した瞬間、カポネの頭部
力無く倒れ込む体に侮蔑の視線を向けながら、化け物は小言を漏らした。
「少しは知恵が働くと思っても、やっぱり同じ穴の狢ね。シラクーザのマフィアも落ちぶれたものだわ」
「……龍門で殺しをやるってこたぁ、覚悟出来ているんだろうな?」
「あら、これはあくまでシラクーザの内輪揉めよ。龍門のルールに従う必要は無いらしいわ。──ね、そうでしょ?」
「……あ? お前誰に向かって話し掛けて──」
エンペラーの言葉を遮るように、カランと入り口の鈴が透き通った音を鳴らす。首を拗られて倒れているカポネでは有り得ない。ミズ・シチリアのように、モスティマやエンペラーですら感じ取れなかった気配。龍門の二大巨頭の一人がそこに居た。
「ワシが特例で許可したんじゃよ。これも龍門の為。役目も果たせぬ罪人は裁かれねばなるまいて」
「……クソネズミ、なんでお前が此処にいる?」
「それも同じ事。龍門の未来を憂いているからこその行動じゃ。……さて、シチリア嬢の戯れに少々時間を取られたからのう、単刀直入に言うぞ。──これまでのペンギン急便の不祥事。その代償を払わねばならぬ時が来た」
リン・グレイ。またの名を貧民窟の鼠王──裏路地に店を構える駄菓子屋のお爺さんとしての姿はそこに無く、龍門の闇を一手に担う執政者としての姿があった。
王者たる威厳と立ち振る舞い。その姿が初見であったペンギン急便のメンバーでさえ、強者の器である事を納得させる存在感がある。
「……鼠王がどうしてここに……」
「……鼠王? 今、鼠王と言ったか?」
「鼠王って言ったらスラムのお偉いさんだよね?」
その姿を知るバイソンの言葉を皮切りに、初見であったテキサスとエクシアが事の重大さに疑問符を浮かべた。増してシラクーザを統べていると言っても過言では無い存在であるミズ・シチリアまでこの場にいるとなれば、只事では無い。
「……代償だと? お前、これまでの経緯は──」
「お主がおると要らぬ事まで語り始めそうじゃのう。今宵は席を外してもらうとするかの」
躇いも遠慮も無く。
ただ鼠王が言葉を発したその瞬間、砂の刃が容易くエンペラーの首を切り跳ねた。
夥しい程に噴水の如く吹き出る鮮血。
無防備に倒れ込む胴体。
この程度でボスは死なない──そう、ペンギン急便のメンバーが理解していようとも、余りに非常識な事態に、警戒度が一気に引き上げられた。
「若輩者には理解の及ばぬ領域の話じゃ。──何、難しく考えずとも、大人しくしておれば命までは取らぬよ」
されど鼠王に変化は無く、コツンと杖を突いて床を鳴らし、一歩踏み出す。
「学びて思わざれば即ち
炎國に伝わりし古語を紡ぎつつ、再び杖を突き立てる。
「思慮深い奴の事だからな。真の意味で酒呑童子を理解出来る者は一握りもおらんじゃろう。……だが老いてもこの鼠王、スラム街に関わる事ならば把握しておる」
静寂に包まれる中、歩を進めた鼠王が三度杖を鳴らした。
「お主らの為に幾多の血が流れ、生命が散っていったと思う? 龍門において殺しは御法度──幾度と言えど改めるつもりなど無く、暴力の権化とも呼べる
──なればこそ、である。
「これは龍門──延いては炎国の治安を守る為でもあるのじゃ」
異様なまでの地響きが鳴り響くと同時に、建物が大きく沈み込んだ。
言葉に聞き入り先手を取られた──そうペンギン急便の者達が判断するよりも早く、彼女達の身体は大きくバランスを崩す。
その事態に最速で動き出したのは、誰よりも場数を踏んでいたモスティマ。杖を振るって即座に状況を立て直そうとする──が、アーツが発動するよりも早く、ミズ・シチリアの持っていた本が飛来して衝突し、阻害されてしまう。
「貴方は少し厄介だもの。計画に支障が出ても困るし、私が相手をするわ」
「……嘗められたものだね」
ミズ・シチリアとモスティマの視線が交錯し、硬直状態のまま牽制し合う。だがモスティマの動きが止まるとなれば、優位をもぎ取った鼠王を止める者が不在となってしまう。
エクシアは体勢が崩れながらも双銃を構えて撃ち抜く。人体の弱点を的確に狙撃する妙技であったものの、在らぬ方向へと弾かれてしまった。
鼠王が纏うのは砂で生成された強固な障壁。腕に覚えがある者でも、肩に掛けたコートを落とす事すら叶わぬ絶対防御。
鼠王の狙う先は戦闘員と呼べないソラの身柄。一歩、また一歩と近付く中で、誰よりも早く駆けたのはテキサスであった。
「──ふっ!」
超低姿勢から鼠王の懐に飛び込み、切り上げる一撃。不可視とも言える最速での一閃でさえ、鼠王の障壁に傷一つ与えられずに刃が砕け散る。
「随分と血に染まった一撃。誠に恐ろしき刃じゃのう。彼奴が気に入って拾って来るのも納得じゃ。……元を辿れば、シュテンがシラクーザに行った事が間違いだったのかもしれぬがな」
「──貴様に否定される筋合いなど、ないっ!」
即座にアーツの刃を復元し、横薙ぎの一太刀。僅かに障壁に傷を見せた。
だがシュテンとの戦いを経て、長い歳月を掛けて完成系へと昇華させた障壁。自動修復機能さえ備わっており、何事も無かったかのように元に戻っている。
「テキサスはん、ちょっとどいてーな!」
緊張感の無い訛り。誰の声なのか瞬時に判断したテキサスが身を地に伏せる。──と、同時に鼠王が視認したのは、大槌を勢い良く振り回す怪力無双のミノス──クロワッサンの姿であった。
「どっせい!」
渾身の全身全霊で叩き込んだ一撃。まるで自動車が突っ込んで来たかのような衝撃に、鼠王は大きく後退する。
それでも絶大な信頼を寄せる絶対防御には微かな罅を与えただけに過ぎなかった。
「鬼の居ぬ間になんとやらじゃよ。余り手間をかけさせるでは無い」
少しばかり鬱陶しそうな表情を見せた鼠王が杖を翳した瞬間、テキサスとクロワッサンのいた床が弾け飛ぶ。怒号と共に人体が浮かび上がる程の砂嵐が巻き起こり、二人は為す術なく無防備な姿を晒してしまう。
──と、同時に鼠王の背後に突如として現れた蠢く砂塵。スラム街の頂点に立てる程に精錬されたアーツは人智を容易く超えていた。
空中へと浮かんだ二人の体を貫かんとばかりに砂の槍が生成される。
「あたしの出番ってとこかな!」
腰を低く落として狙いを定めたエクシアの双銃が、寸分の狂い無く槍の穂先を撃ち抜く。だが鋭利さを失っただけでは槍の動きを止める事は出来ない。
勢い良く射出された砂の槍は、テキサスとクロワッサンの身体を容易く吹き飛ばした。
「ワシをただの弾丸如きで止められると思ったか?」
「……言ってくれるね。これでもアーツを込めた守護銃なんだけど」
「……若いのう。少しの揶揄で苛立ちから隙を見せるとは」
ほんの微かな、秒に満たぬ瞬時の出来事。
警戒の緩んだエクシアの背後には、砂で形成された拳が浮かび上がっていた。
「なっ──」
索敵能力の優れたエクシアは微量のアーツを感知し、即座を振り返る──も、鼠王が許すはずもない。
砂の拳が無防備なエクシアの腹部へと突き刺さる。
「え……テキサスさんも……クロワッサンさんも……エクシアも……」
──バイソンの思考は凍結したまま動かない。
緊張感の無いままマフィアを蹂躙する程の戦闘力を誇るペンギン急便が、たった一人の老人によって壊滅する。
地に足が付かない。まるで夢や映画を見ているかのような感覚。
クロワッサンとテキサスは血を流しながら意識を失っている。エクシアは意識があったものの、内臓と肋骨がやられたのか倒れ込んだまま。動ける状態では無かった。
頼みの綱であるモスティマも、ミズ・シチリアに足止めを食らったまま硬直をしている。
援護でアーツを撃てばミズ・シチリアの謎の力によって掻き消され、対するモスティマも未来視をするが如く、床が弾け飛ぶ瞬間に回避行動を取る──その繰り返しであった。
「いい加減にしてくれないかな? 君のアーツはもう見切っているんだけれど」
「あら、だったら早々に私を倒してみたらどうかしら? 貴方のお仲間が傷付けられてしまう前にね」
自身の不可視のアーツを見破られた事にミズ・シチリアは内心で感嘆をしていたものの、この状況を打破する術は無いと笑みを崩さない。
倒れ込んだペンギン急便の元へ、鼠王は一歩、また一歩と距離を詰めていく。
年相応の緩りとした所作で杖を突く。
疑うまでも無くご老体。
されど万人を凍てつかせる威圧感。
鼠王の背後に現れた砂の巨腕が気絶しているテキサスと無防備に立ち尽くすソラを掴みあげる。
「いっ……がっ……!」
肺から空気が押し出され、ミシミシと骨が軋む音を奏でながらソラは声にならない声を漏らす。
圧倒的強者を前にした絶望。そして足手纏にしかならぬ自身の無力さ。
「──ぅ──あ……! ソ、ソラ先輩!」
震える声を絞り上げ、動かぬ手足を奮い立たせたバイソンが、ソラを捕らえていた巨腕へと突撃する。
盾を構えながらミノスの怪力を乗せた一撃。その破壊力は巨腕を容易く粉砕し尽くした。
「……僅か数時間の経験で著しく成長を見せるのう。フェンツ運輸の御曹司として相応しい姿じゃろうて」
小僧としての甘さを持っていたバイソンの姿は無い。適わぬと知っていても立ち上がる小さき勇者の姿がそこにはあった。
「なん、で……どう、して……あ、貴方程の力があれば、もっと良い方法があるはずですっ!」
ガチガチと震える顎を強く噛み締めて押さえ込み、今にも力が抜けそうな足腰は重心を低くさせて耐え抜く。弱さを顕すバイソン。されどその瞳に映る意志は強き者が持つそれそのものだった。
そんな彼の姿に感嘆の意を見せる鼠王であるも、その心は巨岩の如く動く事は無い。
僅か十数年しか生きていない若造に、数十年の苦悩の末、辿り着いた答えと掲げる理想を覆す力などある筈も無かった。
──尤も、それはシュテンでさえも有り得ない。
「若くして弱くも勇ましく。向こう見ずの無能共とは違い、身の程を理解しても尚、挫けぬ心。……何れは龍門を背負う身となるのかもしれんな。……じゃが時には知らねばならぬ事もある」
──実力の伴わない勇気は蛮勇に過ぎない。
「現実の残酷さ、己の無謀さを、の」
冷徹な瞳のまま、鼠王が視線を送ったのは、未だ巨腕に囚われたままのテキサスであった。その意図に理解したソラとバイソンであるも、駆け出して間に合う距離では無い。
締め付ける巨腕の圧にギシギシとテキサスの体が悲鳴を上げる。全身へと激痛が走ったのか、テキサスは意識を取り戻して苦悶の声を上げるも、その痛みから逃れる術は無い。
助けを乞う為に、とソラは周囲を見渡しても、この状況を打破出来る人は存在しなかった。
未だにミズ・シチリアと牽制し合うモスティマ。彼女もまた、周囲の状況を把握し切った上で、不満げな表情を浮かべながらポツリと呟く。
「……流石にこれ以上は看過出来ないね。お爺さんは──スラムは本気で私達と事を構えるつもりなのかな? どちらにせよ──シュテンに任された以上、計画外の行動は──」
「あら、言った筈よ? 貴方は私が相手をすると。それに──そんな化け物を出されちゃこの物語が台無しじゃない」
「……気味の悪いくらいに知ってるじゃないか」
鍵と錠。対となる二杖をモスティマは構える──のをミズ・シチリアは許しはしない。懐から抜かれた短剣に阻まれ、不可視のアーツへの対処で体勢を崩される。
決してモスティマも本気ではないとは言え、ミズ・シチリアも笑みを浮かべて余力を残している。加えて相手が鼠王となれば、幾らモスティマと言えど荷が重すぎた。
「……ぐっぅ……」
「テ、テキサスさん!」
「安心せい、先も言った筈じゃ。これはシュテンの犯した罪の代償。命までは取らぬと。……尤も、その後の生活を保証する術は無いがな」
締め上げる力が強まり、最早身動きも、呼吸さえままならぬテキサスは表情を大きく歪める。
何一つ助けにならない自身の弱さ。そんなソラの心は歯痒さと劣等感を抱き始めた。
シュテンの手助けにより、サポートの面においては優秀な結果を残す事は出来るも、いざと言う非常事態においては余りに無力。
腕力もスピードも知恵も特筆するべきものが無い。ただユニークとも呼べるアーツを歌に込められるだけの──
「──ッ!」
劣等感に苛まれる中での本能的な一つの閃き。一筋の活路にもならない唯の直感。
ソラの震える手足と身震いする程の恐怖。それでも尚、彼女の心は未だ折れてなどいない。
──怖い。
──怖い。
力になれるかどうかも分からない。精々、補助としての役割しか果たせない自身のアーツ。
──でも。それでも!
それでも尚、テキサスを想う心はペンギン急便の誰よりもあると信じている。
──だからこそ、彼女は歌う。
テキサスを救いたい、ただその一心を歌に込めて。
殺伐とした場に相応しくない、陽気でアップテンポな歌声が響く。ソラは周囲の情報を遮断し、瞳を閉じて言葉を紡いだ。
「……慮るだけで人を救える程、甘い世界で無い。その理解しておらぬ訳ではあるまい」
そんなソラに対し、嘆息する鼠王の表情に浮かぶのは憂いを見せる物悲しさ。その意味を、その内心を真に理解出来る者などいる筈も無い。
されど鼠王の手は緩みはしない。テキサスを見据えたまま片腕を伸ばし、淡々と圧力を強めていた。
「……?」
ふと、鼠王の手元に感じる違和感。
伸ばした腕に視線を送るも、何一つ変化は見られない。老化による身体能力の低下──とも違う不自然さ。
ほんの僅か鼠王の動きが止まった直後であった。
心地良い歌声に誘われるように、一秒に満たない瞬く間、鼠王の意識が掠れる。瞬時に力が抜けて崩れそうになる膝。杖に体重を預けて事なきを得たものの、確かな隙が生まれていた。
その瞬間、鼠王は自身の認識間違っていた事を認める。
ただのサポートだけの女ではない。歌に乗せるアーツは変幻自在に姿を変える万能の代物だと。
直ちに対処するべき優先度を改めた鼠王は、テキサスへ意識を配ったままソラへと視線を向けて、杖をかざしてアーツを発動させる。
そして即座に間に割り込むバイソン。盾を構えて衝撃に備える──が、音も風も砂も、何一つ訪れはしなかった。
静寂の中、ソラの歌声だけが響き渡る。その不可解な状況に痺れを切らしたバイソン。盾越しに鼠王へ視線を向ければ、目を見開いて驚愕の表情のまま硬直していた。
──コツン、コツンと重厚感のある音が聞こえてくる。
そして甘い、砂糖と果実──特に林檎を混ぜたような胃を刺激する香りが漂い始めた。
目紛しく流れてくる情報にバイソンは混乱気味になるも、鼠王からは決して目を離さないように注視している。
その直後であった。透き通るような声で心地良く響いていたソラの歌声が、まるで存在が消え去ったかのように消失する。未だ鼠王に動きが無ければ、ミズ・シチリアもモスティマと対峙したままであり、歌声が消えるような危険がソラの身に迫る筈も無い。バイソンは状況を把握しきれないでいた。
だがその不安も、混乱も、恐怖も。
次いで聞こえてくる声に全てが霧散する。
「──ソラ、よく頑張ったな。おかげで間に合ったぞ」
僅か数度の顔合わせに過ぎない存在。それでも尚、自身の誇る最高の実父に匹敵する存在がそこにいた。
「バイソンも随分と逞しく成長したじゃないか」
声に呼応するようにバイソンが振り返る。
煙管を片手に紫煙を立ち昇らせ、空いた片手でソラの頭を乱雑に撫でている──シュテンの姿があった。
「シュ、シュテンさん! テキサスさんが! ……え、あ、そ、その姿は……」
「遊んで来ただけだ。騒ぐ程の事じゃない」
シュテンの登場により、歓喜や安堵を見せるソラである──が、その姿は異様と呼べる状態であった。
傷らしい傷は無いものの、一張羅である筈の和服は上半身を曝け出す程に大きく裂けている。それ所か、残った衣服には夥しい程の血糊が張り付いていた。
そして出ていく前に持っていた筈の大刀の姿は無いとなれば、何かいざこざがあった事は窺い知れるだろう。
「後は俺に任せておけ」
──だとしても。シュテンにそう言われてしまえば、全てを委ねてしまう不思議な魔力があった。
彼に任せれば全てが上手くいく──そんな予感がソラの不安を消し去る。
チラリとシュテンが周囲を視界に納める。
胴体と首が切り裂かれたエンペラー。
真っ白な少女──ミズ・シチリアと推測出来る者と対峙しているモスティマ。
痛みに顔を歪めて倒れ込むエクシアとクロワッサン。
そして──今にも握り潰さんと掴まれたテキサスの姿。
「……随分と早い到着じゃな。フェイゼの娘でも時間稼ぎにならんか。とは言え──肩に背負っていた貴重な刃を失ったのう?」
「つまらん問答もお前の思惑もさして興味は無いが、ひとつ聞いて良いか?」
冷静さを取り戻した鼠王が口を開くも、シュテンは一蹴。視線を合わせもせず、周囲の状況と経緯把握に務めていた。
既に酒呑童子の血が沸き立っているのか、真っ赤に染まる瞳は感情が膨れつつある。大気が震えると思わせる程の威圧感。長く白い髪が波打っているようにさえ感じさせた。
自身の中で全ての情報を処理し終えたのだろう。何処までも力強く、揺らぐ事の無い眼差しが鼠王を貫く。
「──お前は
怒気を孕んだ鬼の申し子が、貧困窟の王へと牙を剥く。