皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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EX.喧騒の掟 終

 

 薄汚れて砕け散った家具が散乱する一件のバー。死体こそ無いものの、夥しい程の血。商品となるべき酒の数々は見るも無惨な姿となっており、夜が更けるこの時間であっても開店するには些か問題がある程だ。

 通称──大地の夜明け。仮補修された建物にはCLOSEと書かれた表札を掲げられていたものの、店内は騒がしいと称するに相応しい程だった。

 

「てめえはよくも俺を殺しておいてノコノコと姿を現したな? あ?」

「お主がおると話が拗れるんじゃ。結果的円満になったの──っと。本当に撃つとはのう」

 

 怒るエンペラーが構えていた銃から放たれた弾丸。車椅子に乗ったままの鼠王がアーツを用いて跳ね返した。鼠王の至る所にある包帯と石膏から、如何に満身創痍である事は伺えよう。

 

「しかし驚きましたよ。まさか本当にシュテン殿が負けるとは……こうしてお会いしてる様子を見ても信じられませんね」

「ウェイ長官の言う通りですよ。シュテンさんは私の小さい頃からの憧れ。まさか凶刃に倒れるとは思いもしなかった」

「ウェイにピーターズの小僧。散々コソコソと邪魔した挙句に随分な態度を取るじゃないか。この落とし前は分かってるだろうな?」

「シュテンも随分と砕けた口調になったのう。昨日の敵は今日の友と言う訳じゃな」

「まだ敬意を表す価値があると思ってるのか? そもそも元凶のお前が口にするな」

 

 緊張感の一切無いウェイとピーターズ。そんな空気の中でシュテンが悪態を吐き続ける。

 龍門に大きな影響を与える五者が再び集まると言う事──それは、安魂夜での思惑が全て精算された事他ならない。

 

「おや、それは心外ですね。私は飽くまで予定外にも橋を壊した犯罪者を追っていただけに過ぎなかったのですが」

「ほお、一般人の立ち入りが禁止された筈の道路で現場を目撃し、更には鼠王の店に丁度現れる事を予知出来る善良な市民が通報したようだな。誰だ? もしかしてリンと言う名前じゃないだろうな?」

「ウェイ長官と同感です。邪魔するだなんてとんでもない。私も社内に蔓延る不穏分子の処理をしなければいけなかっただけですよ。その為に鼠王の力を借りると同時に、執事を鼠王に貸しはしましたが。……シュテンさんを殺害する、などと危険な行為に及ぶのであれば、私が手を貸すなんてありえません」

「戯言を吐かすな。接近した際に付けた盗聴器からお前への報告が聞こえた。直ぐに外されたようだが……随分な言われ様だったぞ?」

 

 各々の思惑が交差し、自身の利益の為に利用し合う中で、ただペンギン急便だけが不利益を被る結果となった事。エンペラーやシュテンが不服に思うのも無理は無かった。

 だがこの騒動が個人的な怨嗟で無い事は誰もが理解している。龍門としても利益に転じる出来事なのだ。

 

 故にシュテンは真に怒りを露わにする事は無い。強いて言うならば去来するのは自身の不甲斐無さ。その一点に限る。

 

「どうか気を宥めて下さい。今回の一件は全て私と父さんが責任を持ちますから」

 

 凛とした落ち着きのある少女の声が、シュテンの右隣が響く。それはこの場には相応しいとは言えない、リン・ユーシャの声である。

 シュテンを出し抜く鼠王の計画上、彼女の存在は必要不可欠だった。鼠王と言えどもこの場に来るなと今更拒絶する事は不可能に等しい。

 更には数日経てども未だ歩く事さえ困難な鼠王。介護無しではまともに行動出来ないのだから同伴するのは必然だった。

 

 そしてシュテン。鼠王に刺された右の掌の傷は塞がっていたものの、その特異の短刀故か未だ痺れが残っている。

 そんな彼に対して、ユーシャは敬愛を抱きながらも悔悟の念から甲斐甲斐しく世話をしていた。

 

「ほら、私がさっき作った料理です。我ながら良い出来栄えだと思いますから……はい、口を開けて」

「これ、ユーシャ。婚前の娘がそんなはしたない──」

「お父さんは黙ってて」

 

 酒の肴としては申し分無い、塩味の濃い肉料理。ユーシャは器用に箸で摘み、シュテンの口元へと運ぶ。

 そんな恋人にするかのような行為に鼠王は苦言を呈すも、ユーシャは一蹴。利用された事をまだ許していないようであり、刺々しい態度である。

 

 だがシュテンとて日常生活に影響を及ぼす後遺症がある訳では無い。半ば困惑した表情を浮かべたまま、ユーシャの行動を見つめていた。

 

「別に止めろとまでは言わん。だが左手は問題無く動く上にそこまでしてもらう必要が──」

「シュテンの言う通りさ。そう言うのは家族である私がやるべきじゃないかな? だから子供はお爺さんのお世話でもしてなよ」

 

 そんなシュテンの言葉を遮るように、彼の左側に座していた招かれざる客──モスティマが、不満気に口を挟む。

 ユーシャの行動が随分と気に障ったのだろう。テーブルに置いてあったチーズを乱雑に掴むと、シュテンの口元へと運んだ。

 

「……モスティマ。お前は俺の話を聞いてないのか?」

「聞いていたからってやらない理由にはならないと思うけど?」

「ふうん、人を子供扱いするくらい歳を取ると話も聞けなくなるのかしら」

「つまらん喧嘩をするな」

 

 売り言葉に買い言葉。親しい仲でも無い二人。どうして俺がいると女同士はこうも揉めるのか──そんな他人事のように、シュテンは俯瞰的に物事を見つめていた。

 

「しかし……見ない間に良い女になったな」

「そ、そうですか? ……ありがとうございます」

「む」

 

 突如としてちらりと視線を送ったシュテンから出る、思いがけない言葉。ユーシャとしても予想外であった為か、驚愕と羞恥に塗れた表情を見せた。

 面白くなさそうな鼠王とモスティマの視線を無視しながら、シュテンは言葉を続ける。

 

「細身ながら靱やかな筋肉。立ち振る舞いや歩き方一つで体幹と重心に意識している事が良く分かる。徒手なら相当な腕前じゃないか?」

「……あぁ、そっちの話ですか。シュテンさんと父さんの言われた通りにやってますので」

「素質だけならチェンと同等だろう。彼奴は思考や判断にまだ甘い部分が見られるが剣技は卓逸しているからな」

「……チェン・フェイゼですか」

 

 女性的な意味合いを持たなかった言葉に落胆を示すユーシャだったが、素直な賞賛には悪い気はしなかった。

 だが知った名前──学生時代からの古き知人であるチェンの名を出した途端に一変。隠そうともしない不機嫌な声と同時に辺りの空気が冷える。

 

 その名、その雰囲気を悟ったウェイが我先にと言葉を紡いだ。

 

「そう言えばシュテン殿。チェンが貴方にご執心でしたよ。奴は何者なんだとか私の秘密をなぜ知っているなど──はぐらかしておきましたが、直ぐにでも貴方の元へ向かうでしょうね。……それにチェンをペンギン急便に誘ったらしいですね。驚きましたよ。貴方の持つ刀をへし折った事よりも、遥かに」

「──は? 聞いてないんだけど」

 

 ペンギン急便に引き抜きをすると言う真意を理解しているモスティマにとって、その言葉は聞き逃せるものでは無い。鋭く重圧のある視線が注がれた。

 左右から感じる非難には流石のシュテンも堪えたのだろう。余計な言葉を発したウェイへを睨み付けていた。

 

「そんな言葉、私は聞いた事が無いのですけど──まさか私よりもあんな堅物女の方が良いとは言いませんよね?」

「……あのな、お前とチェンでは立場が違う。リン・ユーシャには鼠王を継ぐ器になれると俺は思っている。そんな奴を勧誘出来る筈も無いだろう」

「……そう言う理由なら仕方ないですね」

 

 チェン・フェイゼに自慢してあげるわ──そんな呟きは誰にも届く事無く消え去ると同時に、ユーシャから感じていた圧も霧散する。

 それと同時に左から感じる視線がより強くなるのをシュテンは感じた。左肩へと乗せられたモスティマの右手。爪が食い込む程に強く掴み、ギシギシと骨の軋みさえ聞こえる。

 

 ニコニコと作られた笑みを浮かべたモスティマがシュテンへと問い掛けた。

 

「それなら私はどうなのかな? 彼女達の評価がそこまで高いと言うのなら、相当なものだと思うんだけど」

「何を今更。お前は俺の知る中でも最高の女だ」

「──っ。そ、そう。……ふ、ふふ、ふふふっ。うん、そうだよね。私の評価が誰かに劣るなんて、そんなのは有り得ないからね」

 

 シュテンから一言褒められただけで、先程までの不機嫌は跡形も無く消え、不気味な笑みを零す。過剰な反応に流石にユーシャも反応が出来ずにいた。

 

 兎にも角にも、混沌になりつつある場が落ち着いた瞬間。それを見逃さないシュテンが一つ咳き込む。一瞬の間で周囲の視線と意識を集めた彼は会話を続ける。

 

「鼠王、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

「……ふむ、そうじゃの」

 

 この時間、この場所に皆を呼んだのは他ならぬ鼠王。彼はシュテンの声掛けに対して重く静かに頷いた。

 そして鼠王は語り出す。自身がシュテンに敗北したその後の出来事だった。

 

 

 

 シュテンの一撃によって意識を失った鼠王が目を覚ましたのは、自身の息が掛かった病院に運び込まれた後である。ユーシャの素早い対応もあり、早い段階で上級医療術師の手当てを受けた事で何とか一命は取り留めた。

 医療ベッドに眠ったまま、純白な天井を見つめて鼠王は憂う。シュテンに敗北を喫し、約束を果たせぬまま、スラム街の感染者達を地獄へ落とさねばならないのだから。

 身体を動かす事もままならない鼠王。だが目が覚めてから感じていた気配へと、数十秒の時が経過した後に視線を向けた。

 そこに居たのは、いつもと変わらない笑みを浮かべているミズ・シチリアの姿でだった。

 

 極上の愉悦を提供する事──その責務を果たせなかった鼠王は素直に謝罪する。それと同時に不平、不満そして怒りを抱いていないミズ・シチリアに対し、不可解な感情を抱く。

 そんな考えを見抜いたのだろう。ミズ・シチリアは静かに頷きながら、シュテンと交わした約束について説明を始める。

 その時に手持ち無沙汰と言わんばかりに掌で転がしていたのがシュテンの持つ煙管だった──それだけで、その言葉が事実なのだと鼠王にも判断出来た。

 

 スラム民の為では無いとシュテンが語ろうとも、結果としてスラムの抱えた問題の責務を負わせてしまった事に、歯痒さ、そして感謝の思いが胸を占める。

 喩え命を奪い、全ての罪を背負った上で贖罪を果たそうとした経緯があろうとも。

 

 そしてその対価である龍門の不安要素──感染者の反乱を掻き立てるレユニオンの存在の排除。

 鼠王に手渡されたのは、十数人の切られた生首の写真と共に、要所を纏められたレユニオンに関与した証拠。ミズ・シチリアの成果は異様なまでに的確で早かった。

 現状確認出来うる全ての内通者を始末した上で彼女はご機嫌なまま助言として語る。

 

 ──龍門と言う大都市の闇を一手に引き受けて、王として君臨したその手腕は私でさえ不可能だもの。間違いなく王の器よ。

 

 ──ええ、そうよ。私は所詮概念に過ぎないの。貴方とは根本から違うのよ。

 

 ──でも貴方は龍門と言う鳥籠の中で囚われすぎていたんじゃないかしら? ウルサスそして表と裏の軋轢。考える事は沢山あるのでしょうけど、対外的な情報には疎かった。

 

 ──……そうね。龍門の中であれば理解出来たのでしょうね。少しの異物さえも見つけ出す情報網。今まで私が手を出せなかったのもそれが要因だもの。

 

 ──でもレユニオンの手段は人と言う単純な戦法とは違い、噂程度に流れてくる思想。でもそれは感染者には蠱惑的なまでの甘言。だから意識せずとも……ううん、意識してまでもレユニオンに縋ってしまったのね。表と裏が二極化する龍門だからこそ。

 

 ──なんで私がそこまでレユニオンに詳しいのか、ですって? 当然じゃないの。私は貴方と違って最初から意識していたんですもの。でも所詮は烏合の衆。身元も確認しないのだから、幾らでも内通者は送り込めたわ。

 

 ──貴方に必要なのは二つ。極限のバランスで成り立っている龍門の感染者問題。そして世界に向けた情報網。

 

 ──尤も、どこも抱えている問題なのだけれどね。でもそれを理解出来ていない国が多いのも事実よ。貴方は優秀だから先輩(・・)として応援するわ。

 

 

 

 

 

「──以上がミズ・シチリアの残した最後の言葉じゃったよ」

 

 全てを語り尽くし、溜息を吐くように緊張を解いた鼠王。

 あの安魂夜の一件以降、誰一人としてミズ・シチリアを龍門で見かけていない。ただ一人、重傷を負っていた鼠王を除いて。

 故に鼠王は全員を呼び出したのだ。今後の龍門──その問題を解決する為の方針を決めていく為に。

 

 そして全てがミズ・シチリアの言葉通りだと言うのであれば──鼠王には誰よりも礼を述べねばならぬ相手がいるのだ。

 

「のう、シュテンよ」

 

 ポツリと呟くようにして言葉を零した鼠王。改まめて畏まった表情を見せてシュテンへと顔を向ける。何時に無く真剣な、憂いを帯びた表情。神妙な面持ちのまま、彼は口を開いた。

 

「ワシはお主に──」

「言うな」

 

 そんな鼠王の言葉を力強い意志と共に遮ったのはシュテンの言葉。怒りを孕ませた揺らぐ事の無い視線が鼠王を貫く。

 

「この龍門の執政者──王の一人である男が頭を下げるな。俺は俺の為にやっただけだ」

 

 生殺与奪が主となるこの世界に於いて、王とは傲岸不遜、唯我独尊であれ──そう、シュテンは考えていた。

 過ちを過ちと認める許容もまた、王の器には不可欠と理解している。だがそこに重きを置いてしまっては、炎国と言う大国の大都市である龍門を統治する事など出来はしない。

 汚泥を全て飲み干し、黒を白と言い切る尊大さこそがあるべき姿なのだと。

 

 そんなシュテンの意思を汲み取ったのだろう。少しの空白の後、静かに鼠王は頷いた。

 

「……うむ、そうじゃの。それよりも我らには成さねばならぬ事がある」

「スラム街に対する差別の解決、ですか」

「左様」

 

 一般市民と感染者の隔絶された差別。この問題は龍門だけでは無く世界に於いて言える事である。その緩衝材として何処の国でもスラム街は存在するも、龍門の抱える規模は世界中を探しても比類無き物だった。

 その混濁を巧みに操って積み上げてきた過去。故に大国として名を馳せたものの、飽くまで鼠王とウェイは感染者を利用して管理してきただけに過ぎない。

 感染者と一般市民との溝が深まるばかりなのである。

 

「は──お前らが散々放置してきた結果だろうが」

 

 吐き捨てるように言ったエンペラーの辛辣な言葉。だがその言葉は龍門の在り方に対してぐうの音も出ない正論であった。

 統治、管理と言えども結局の所は不要な衝突を避けてきただけに過ぎない。問題を先送りにするだけの応急処置。根本的な歪みの解決にはならない。

 

 だが一市民として一蹴するには事態が進み過ぎているのも事実だった。

 

「しかしその問題が表まで波及してくるのも時間の問題だ。そうなったら龍門全体に関わる一大事になる」

 

 そう言ってシュテンは舌打ちをし、背もたれへと深く座り込んだ。既に巻き込まれた身としては鬱陶しくもある悩み事なのだろう。

 その上、この問題を放置しておけば龍門やレユニオンだけに収まらない事をシュテンは理解していた。

 唯でさえあのミズ・シチリアを自由に行動させたと言う不安要素に加え、大国のウルサス帝国の動きも活発化している。隙を見せれば国ごと喰われる事態となりうる、と。

 

「スラム街を撤廃しては駄目なのですか? ダウンタウン区の名称の元、龍門市民として扱えば立場の差は無くなるでしょう。身元が保証されているのであれば、何人か私の企業で雇っても構いませんよ」

「ピーターズさん、それこそ悪手ですよ。感染者と非感染者の格差は周知。同等に扱うとなれば今度は龍門市民からの反発が起こり、より対立が加速して行くだけでしょう」

 

 人とは脆く弱い生き物。人を見下し、下層の存在を認知する事で自己存在価値を見出している者がいる。そんな市民の意識を覆すように、龍門の一声で立場を変えたりすれば──ウェイの言葉通りだろう。

 

 故に何れは進めて行かねばならない計画とは言え、ピーターズの提案した計画は時期尚早であると、ウェイが苦言を呈す。だがそこに代わる案を出す事は出来ずにいた。

 

「…………」

 

 龍門に影響を及ぼす者達でさえ、沈黙が場を占める。押せども引けども未来への展望に良い兆しが見える事は無い。

 そもそもの話、そう簡単に案が出るのであれば国際問題にまで発展しない。それ程までに複雑であり、長年に及ぶ捻れからの禍根だった。

 

 だが先までに話していた通り、最早放置しておく事が出来ないのは誰もが理解している。神妙な面持ちのまま、会話が進まない空気の中──招かれていないモスティマが口を開いた。

 

「別に差別はあっても良いんじゃないかな」

 

 皆の視線を集める中、シュテンの食していたピザを一切れ手に取り、モスティマは咀嚼する。

 責任の無い立場故か、緊張や危機感などは一切見られない。世界を見て回った経験と柔軟で聡明な頭脳。

 故に彼女は一つの結論へと至った。

 

「人って不思議なものでさ。約束された希望があれば、喩え腐敗した環境にいようとも、みんな目を輝かせて生きているんだよ。──ねぇ、シュテン。死に至る病に罹った感染者にとって、希望とはなんだと思う?」

「……生き延びる事。詰まる所、鉱石病が完治する事か?」

「ふふ、流石だね。それだけは誰もが平等に心から望んでいる事さ。……そんな夢物語を本気で取り組んでいる組織がある──と言えば、もう分かるんじゃないかな?」

 

 ペンギン急便と契約を結ぶ相手であるからこそ理解出来る。そして彼女自身も、仕事の一環で訪れた経験から語ったのだろう。

 

 ロドス・アイランド製薬。凡百の感染者に関わる問題を解決へと導こうとする理念を持つ無国籍企業である。

 

「なるほど。ロドス、のう。面白い案だとは思うが……これ程の重き課題と龍門の弱点を任せるにはちと新参過ぎるのう」

「私もリンの意見に賛成ですよ。長い年月を掛けて感染者に寛大な対応を用いた龍門でさえ、この有様なのです。……夢物語を語るだけならば誰にでも出来ますから」

「──おい、シュテン。ロドスの首脳陣と何度か顔合わせしてんだろ。お前の意見はどうなんだ?」

 

 得体の知れない企業。保守的な意識を持つ鼠王とウェイの意見が否定的なのも必然であろう。

 だがそんな憶測の話では議論にもならないと思ったのだろう。仰け反りながら葉巻を咥えたエンペラーが、横柄な態度のままシュテンへと問い掛けた。

 

「……そうだな」

 

 シュテンは瞳を閉じて思案する。第一印象こそ最悪だったものの、その後の追加の契約や規約、仕事の範囲の拡大や物資の取引など、様々な件で顔を合わせて来た。

 プライベートで顔を合わせたり、龍門に招いたりした事は無いような浅い関係。それでも尚、理解し得た事はある。

 

「ロドスアイランドは唯の製薬会社では無い。あのバベルの生き残りが立ち上げた企業だ。はっきり言って掲げた思想の言葉通りだとは思えないだろう」

 

 アルコールを含んだ吐息を漏らしながら、シュテンは言葉を続けた。

 

「……ロドスのCEOを務める幼いコータスの少女に、一度だけ問い掛けた事がある。──感染者であるが故に感染者の保護と権利を謳うのか、手段の違うだけでレユニオンと何が違うんだ、と」

 

 意地の悪い質問だと理解しながらも、真意を図る為に投げ掛けた言葉である。だがその答えはシュテンを驚愕させるものだった。

 

「ハッキリと言われたよ。貴方はロドスを誤解しています、と。──感染者である以前に私達はこの大地の一員。この大地で鉱石病の災禍に立ち向かうのは、ロドスや感染者の為だけでは無い。この世界に生きる人全ての為、だとな」

 

 多くの感染者がオペレーターとして所属し、彼らの境遇や環境を知るからこそ、ロドスは専門家として理解出来る事がある。

 その時、シュテンは自らの迂闊さを恥じた。十代の少女だったが為に嘗めていたと言う認識。感染者と言う一括りでの視野と浅慮──その全てに対してであった。

 

「久しぶりに芯の通った瞳を見たよ。CEOを務める以上、バベルに於ける鍵なのだろうが……それでも、今のアーミヤには本気で鉱石病へと立ち向かう意志がある。それは間違い無いだろう」

 

 その理念こそが多くの避難民や感染者、延いては世界各国に影響を与える人物へと関係を作り上げる。

 故に感染者にも非感染者にも敵対しうる危険な立ち位置の中、一企業が持つとは思えない戦力になったのだろう、とシュテンは推測した。

 

「無論、計画や見通しがある訳では無い。ウェイの言う通り、夢物語で終わる可能性もあるだろうな。だが嘲笑や蔑みが向けられても──それでも前向きに生きている感染者がロドスにはいるのも事実だ。今の龍門には無い、それこそ希望を持った感染者の世界がそこにはある。……俺はロドスの手を借りるのは賛成だ」

 

 永き人生の中で世界を巡り、多くの生死と見届けて来たシュテンだからこそ、人を見定める力は十二分に備わっている。そんな彼が直接やり取りした上で語る言葉は、何よりも説得力のある物であった。

 

 だが最終的に判断を下すのはシュテンの仕事では無い。龍門の執政者であるウェイ・イェンウー他ならないのだから。

 

 誰もがウェイの言葉を待つ中で、彼は一人、思案に耽ける。そして数秒の思考の末、ウェイは決意を胸に言葉を告げた。

 

「分かりました、ではこうしましょう。──シュテン殿。貴方には龍門とロドスの橋渡しをお願いしたい」

「いや待て。それは違うだろ」

 

 是非を問うただけのつもりであったにも関わらず、堂々たる態度で宣言するウェイに対してシュテンは即座に反応を示す。

 間違いなくその仕事は公務であり、立場のある公人が行うべき仕事だ。その上、酒呑童子と言う存在故に表舞台に立つべきでは無い、と判断しているシュテンへと頼むのはお門違いだと言えよう。

 

 だがウェイの示した決意は揺らぎはしなかった。

 

「この中で誰よりもロドスを知り、誰よりもロドスと関わりを持っているのは貴方ですから。国を相手取れと言う訳でも無いですし、飽くまで最初のきっかけだけなのです。適任と言えると思いますが?」

「そう言って最後までやらせるのがお前のやり方だろうが。ウチのシュテンはそんな安く──」

「エンペラーさんの言いたい事は理解してますよ。報酬とペンギン急便への補填に関しては言い値で構いません。それで龍門の安寧が確保されるのであれば安い物です」

「シュテン、お前なら出来るだろ。さっさと済ませて来い」

「……あのな……」

 

 ペンギン急便の代表として抗議をするエンペラーであるも、無制限の報酬と理解した途端に容易く掌を返す。

 そんな光景に深く溜息をするシュテン。ニヤニヤと傍観を務める鼠王とピーターズに若干の苛立ちを感じながらも、彼は口を開いた。

 

「……仕事云々の事を置いておいても、だ。俺が公の場に晒されるのを許容する訳が無いだろう。酒呑童子の血を欲しがる組織は無数にある。そのリスクの上で大使として龍門を背負う──その意味を理解していないお前じゃないだろう?」

「だからこそ、ですよ」

 

 龍門そしてウルサスなど、過去に派手な戦闘痕跡を残して来た為かシュテンを探る者達が現れ始めている。ミズ・シチリアが事前に把握出来ていたのも、それが原因なのだろうとシュテンは推測していた。

 不用意な争いを避けねば家族を危険に晒す事となり、龍門の居場所さえ失いかねない。故にここ十年は裏方に徹して行動している。全てはペンギン急便の為。精々一社員として動くのが常であり、大きく活動したのもエンペラーの付き添いとしてロドスに赴いた事のみ。

 後は表に出る事の無い非合法(イリーガル)な仕事だけだろう。

 

 だがその全てを踏まえた上で──ウェイは語るのだ。だからこそ、と。

 

「今回の一件で貴方に迷惑を掛けた事をフミヅキに怒られましてね。極東の姫として貴方の事を大いに気に掛けていた事も相俟って、相当なものでしたよ。……貴方の存在は本国や極東に秘密裏なのですが──それでもその武力に多くの恩恵を受けたのは事実です。ならばしっかりと報いなさい、と。そう、仰ったのですよ」

「……執政者としてそれで良いのか?」

「同じ事を言わせないで貰いたい。──だからこそ、ですよ」

 

 喩えどんな経緯であれ、他国でシュテンが抗争を起こしたとなれば、それは大虐殺にも成りうる。寧ろその強さを利用して龍門と事を構えたい大国さえ有り得るだろう。

 故にシュテンの存在そのものを利用しても認める訳にもいかなかった龍門。

 

 だがその存在を認めて龍門の一部として活動するとなれば──騒動が起こる際には龍門が対応せねばならない。

 存在が公になれば尚の事、リスクは高まるばかりである。

 

「私とて早急だと感じていますよ。ですが──これも変遷の時なのでしょう。龍門もスラム街も、そして貴方の存在も全て。……尤も、事を荒立てるつもりはありません。必要なのはシュテン殿の武力では無い。その知恵と経験なのだから」

「私はシュテンの為になると思うし、受けてみたらどうかな? テキサス達も過保護(・・・)なサポートが必要無いくらいには育ってるしね」

 

 レユニオンの侵入を排除し、停滞する今こそが転機なのだとウェイは語り、その言葉を後押しするようにモスティマはシュテンへと視線を投げた。

 確かに龍門としてもシュテンとしても、その契約に損は無いだろう。実力と面識のある者に任せられる龍門に対し、多くの報酬を受け取る事が可能なシュテンとペンギン急便。シュテンの心情を除けば断る理由など無い。

 

 シュテンとしても、龍門がそこまでの覚悟を持つと言うのであれば拒否する理由は無い。だがそれよりも──

 

「一つだけ質問しても良いか?」

「ええ、何なりと」

「ウェイ・イェンウー。お前の瞳には何処までの未来が見えている?」

 

 その質問、そしてこれまでの違和感。その真意に気が付けているのは当の本人であるウェイと鼠王だけだろう──そう、シュテンは推測する。

 

 さも当然のようにフミヅキの言葉を語りはしたものの、シュテンを通じてロドスに交渉する解決策を提示されたのはつい先程の事。それまでの流れの中で、シュテンが公務に携わる雰囲気は微塵も感じられていない。

 

 これを偶然の産物と捉えるには、ウェイと言う人物をシュテンは知り過ぎていた。

 鼠王と並ぶ龍門の双璧にして稀代の傑物。凡百の分野にて卓越した能力を持つ規格外。シュテンとて戦闘力と言う一点でしか優位に立てない。

 

 そんな男の発言が、偶然と偶然が重なり合うような奇跡で済ませられる筈も無い。ウェイの口からロドスと言う言葉を発していなくとも、この流れは必然なのだろう、とシュテンは思う。

 

 そんな意図までも察しているのだろう、ウェイは不敵な笑みを浮かべながらも、軽い口調で語った。

 

「目の前に映る景色だけですよ。尤も、こんな破壊され尽くした店とは違う、ただただ平穏な龍門の景色ですがね」

 

 ──龍門と、そして家族の永遠の安寧を求めて。

 

 その意志をウェイは決して見せる事は無い。

 

 今後の進展と今回の補償を含め、彼等は軽快な様子で盛り上がったまま、話は弾むのだった。






喧騒の掟については以上となります。ほとんどオリジナル展開でした。

シュテンが死ぬ展開は否定意見も多いかなぁと思いつつも書き終えていたので投稿しましたが、想定を超える低評価でしたので早々に最後まで投稿しました。最強物である以上気持ちは理解できますがやはり悲しいですね。

エピローグの投稿予定は今のところ未定です。シュテンの理解していた計画への独白やモスティマの過去、ペンギン急便の絡みが書きたくはあったのですが。

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