クロワッサンにとって、ペンギン急便とは何かと問われたら、大切な仲間であると断言出来る。モスティマやエクシアのように複雑な事情を抱えていなくても、ペンギン急便で働いた日々はかけがえのないものだ。
だからこそ、今のこの瞬間の出来事も彼女にとっては大切な事なのだろう。数ヶ月に一度の頻度で行われる一大イベント。それは──
「よーし、皆来てくれはったな! 今日こそシュテンはんのプライベートを暴いてみせるで!」
──シュテンへのストーキング行為であった。
「あぁ、今回こそはシュテンの全てを暴いてやる」
「……ふあぁー……幾ら何でも早すぎじゃない……?」
「やっぱり良くないよ、こう言うのは……」
一番鶏が鳴くよりもまだ早い夜明け方。お日様でさえ起きたばかりのそんな早朝に、ペンギン急便の四人娘が集合している。
やる気満々のクロワッサンとテキサスに、まだ眠たげなエクシア。ソラも集まりはしたものの、あまり乗り気では無いようで咎めるような口調で話していた。
「減るもんじゃないしええやろ。もう何回もやってる事やし! ソラはんだって興味津々なのバレバレやで?」
「……うっ、確かにそうだけど……!」
「シュテンは怒らないから心配要らないぞ。私が保証する」
「……なんでテキサスさんが保証するのかよく分からないけど、そう言うのなら……」
「ぐぅ……」
「寝るな、エクシア」
渋々と言った表情でソラは作戦に参加する事を決意。信頼し切っているテキサスの言葉だからなのだろうが、シュテンが絡むテキサスの発言ほど信用出来る筈がない。
エクシアに至っては眠気に勝てないようで器用に立ちながら寝てたものの、テキサスに頭部をぶっ叩かれて無理矢理に起こされた。不憫である。
今日はペンギン急便の定休日であり、社員全員が休暇となっている状態。それはエンペラーやシュテンも例外では無い為、前夜はパーティナイトを楽しむのが定例であった。
そう言う日は住処を持っているシュテンも、自動車通勤である為にペンギン急便の宿舎に泊まっていく。交通ルールを守るのは運転手の義務だ──とシュテンの談。
元々愉快な四人が住んでいる場所ではあるが、空き部屋は十分にあり、様々な共用スペースがあってもシュテンならば特に大きな問題は無い。
泥酔した振りをして介抱して貰おうとする定例のテキサスも程々に、四人は口裏を合わせてあまり酔いもせずに早朝に目覚める約束をした。
そして現在に至る。シュテンが目覚めるよりも早くに外出しておく事で、まだ、熟睡していると思わせる作戦。前回は熟睡した振りをして部屋にいる作戦だったが、エクシアが実際に熟睡しており、見事失敗に終わった為に切り替えたのだ。
そして待つ事3時間後。雑談やゲームで時間を潰すのも飽きて、クロワッサンでさえも帰ろうと思っていたその時、宿舎の扉が開いてシュテンが出てきた。
プライベート故かいつもより和服寄りの服装でありながら、全体的にゆったりとしている。鮮やかな赤色と白色で描かれた渦の文様がシュテンの存在感を大きく示していた。
格好いい──そんな事を考えながら瞳を奪われたテキサス。そんな事は露知らず、シュテンは懐から携帯電話を取り出すと、操作を始める。
僅かに一分にも満たない時間であったが、その瞬間、ソラの携帯電話が小さく震えてメール着信の表示が出てきた。
マナーモードにしておいて良かったと一息吐き、皆と視線を合わせて頷いた後、携帯電話を開いた。
『おはよう。朝食は作っておいたから目覚めたらみんなを起こして食べるといい。俺は先に出掛けてくる』
「う……!」
余りにも眩し過ぎる善意にソラの心がチクチクと痛む。身を案じてくれてるシュテンに対し、こちらは四人がかりで謀るどころかプライベートを暴こうとしているのだ。
恩を仇で返すとはまさにこの事。直ぐにでも止めた方がいいと顔を上げたソラだったが、その時のクロワッサンが意外にも苦悩する表情を浮かべていた。
「うーん、これは諦めた方がええかもしれへん……」
「ク、クロワッサン……!」
まさかクロワッサンからそんな言葉が聞けるとは思っていなかったのか、ソラは感激のあまりキラキラとした眼差しを向ける。流石にシュテンの優しさが心に染みたのだろうと喜びを顕にしようとした、その時だった。
「だってシュテンはんの手料理を放置して出掛けるんやで? そんなの考えられへんやろ! 急いで戻るで! 出来たてのご飯と善は急げや!」
「えぇ……そっち? そっちで悩んでたの……?」
「……シュテンが車に乗った。ほら、急いで追いかけるぞ」
「あぁぁぁ……シュテンはんの貴重な朝食が…」
グダグダと揉めている内にシュテンが車に乗り込み、エンジンを掛け始める。このままでは見失うとテキサスは放心してるソラ、悔やんでいるクロワッサン、寝惚けているエクシアを押し込むようにして車両に詰め込んで、シュテンを追い掛けた。
着いた先はやはりと言うべきか、シュテンの自宅となるとある高層マンションであった。思わず見上げても最上階が見えない程の超高層。繁華街の中心地とも言えるそんな一等地に住んでるとはソラも思わなかったようで、口を開けたまま呆然と見上げていた。
「はぁー……シュテンさんってお金持ちなんですね……」
「最初見たらそうなるよね。あたしも連れてかれた時驚いたもん」
「ウチらの給料じゃ住もー思っても、趣味に使う余裕があらへんやろうなぁ……」
そのお金の出処がどこからなのか、はたまた元々お金持ちなのか。それは四人とも把握していない事だった為、必要以上の事を語らずに、荷物を置きに行ったであろうシュテンを待ち続ける。
それは意外にも短く十分もしない内にシュテンは入口の自動ドアから出てきた。──隣に龍門近衛局の特別督察隊隊長、チェンを連れて。
『なっ──!?』
「こ、これはスクープやで!」
「え、え? あの隣の女性は誰なんですか?」
天才の名を冠するに相応しい女性、チェン。若くも警官として多くの組織や暴徒の犯罪、違法を解決し、犯罪率と死傷者数を大きく減少させた。
この巨大な都市の中で、最年少で特別督察隊隊長と言う立場に居ることを鑑みればその優秀さは語らずとも分かるだろう。
仕事一筋とも言える堅物のチェンが、あのシュテンと共に歩いている。決してペンギン急便と龍門近衛局の仲は良いと言えないにも関わらず、だ。
エクシアとテキサスが衝撃の余りに固まり、クロワッサンはまさかの展開に興奮を隠し得ない。ただ一人、ソラはチェンの名前しか知らない為に置いてけぼりとなっていた。
「あの人はチェンって言って……まぁ警察のお偉いさんみたいなものだ」
「はぁぁ……なるほど。でもなんでそんな人がシュテンさんと?」
「私が知りたいくらいだ」
ピリピリとした雰囲気を纏い出したテキサスに思わずソラもたじろいでしまう。車内から四人もの人達が一箇所を見つめているのは中々シュールな光景で目立っていたものの、周囲を気にする余裕もないようだった。
程よく離れた距離感から男女の関係は感じさせないものの、堅苦しい事で有名なチェンが薄く笑みを浮かべたりしてる辺り、親しさは感じているのだろう。
そんな時だった。チェンの視線がペンギン急便の車両へと移る。その位置からではスモークで車内は見えない筈であるが、彼女の視線は動くことはない。
「え、何? もしかしてバレたの?」
「……そんな事はない筈だが……」
「でもめっちゃ見とるで?」
「やっぱりこんな事やらなかった方が……」
慌てる三人と悔やむ一人。最早今更どうにもする事は出来ない四人はただ成り行きを見守るしかない。
だが幸運にもチェンの視線はペンギン急便の車両から離れ、再びシュテンの方へと向く。ホッと安心した様子で息を吐くのも束の間、他愛ないを再び始めたチェンはシュテンから携帯電話を受け取る。
そしてシュテンの腕を取るようにして密着し、二人の顔が写るように写真を撮った。所謂自撮りである。
「──ッ!」
テキサスの顔は見てはいけないくらいの形相となっていたが、誰もが二人の動向が気になって気づく事は無かった。
そして直ぐに腕から離れたチェンは携帯電話を操作して何やら企んでいるようだったが、その答えはすぐに分かる。何故ならば全員の携帯電話にメールが届いたのだから。
『件名:デート』
シンプル且つ破壊力抜群な一言と写真を添えて、メールを全員に送信したのだ。流石にテキサスどころかエクシアも面白くなさそうな表情をしていたものの、逆にクロワッサンは面白いネタが出来たと狂喜乱舞していた。
携帯電話を返されたシュテンはチラリとデータやメール内容を見ると、やり過ぎだと言わんばかりにチェンの頭を小突いた。
その後も少し会話した後、二人は別の方向へと歩いていく。どうやら一緒に行動する訳では無かった事に安心と残念な気持ちを抱えた四人。急いで車両を駐車場に停めると、歩いていくシュテンの後を追い掛けた。
まずシュテンが最初に向かった先は、意外にも有名なラグジュアリーショップだった。コンサバティブなファッションと言うよりも、基本的に極東の意匠を凝らした着こなしばかりのシュテンにとって、縁遠いと言えるそんなお店。
「……誰かにプレゼントなんかな?」
「そうなると私だな、間違いない」
「……なんか最近のテキサスってブレーキペダルがぶっ壊れてるよね」
「あ、あはは……」
とは言え彼女達にはそのような話やイベント事は特に聞いた記憶にない。となるとやはり四人の知らない内容なのだろうと推測をつけた。
「彼女はんにプレゼントとか? 聞いたことあらへんけど」
「だから! 私だと! 言ってるだろう!」
「ちょっとテキサス、声が大きいって!」
「テ、テキサスさん、落ち着いて……」
クールで無口な大人の女性。そんなイメージのテキサスは今や面影も無く。二人から口元を手で覆われて喋られない状態となっていた。
そんなこんなとゴタゴタとしている内に、小さな手提げ袋を携えてシュテンが出てくる。素早い退店を見るに元々予約していた品を受け取っただけなのだろう。
「よし、じゃあ私はプレゼントを受け取ってくるから解散だ」
「い、いやいやいや! ここまで来てパーになるのは流石に勘弁やで!!」
「テキサスさんが……あたしの中のテキサスさんが……」
阿鼻叫喚と言う状況になりながらも、そんな事には気が付かないシュテンはどんどん進んでいってしまう。クロワッサンが気合を入れて纏めあげた事により、なんとかチーム崩壊せずに済んだ一同は後をつけていった。
もしかしたらそのプレゼントの渡す相手でも出てくるのか──そんな期待を胸にクロワッサンは監視を続ける。
シュテンが新たに着いた先は賑わうオープンテラスのカフェ。ほとんどの座席が埋まる程の人気の場所で、シュテンは周囲を見渡す。
「やっぱ誰かと待ち合わせちゃうんか?」
「ない、それは絶対にない」
「なんでテキサスが断言してるのさ……」
そしてひとつの座席を見つけた途端、そちらへと歩き出した。迷うこと無く一直線に向かった先にいたのは、見目麗しい女性──ではなく、大柄のフォルテの男。はち切れんばかりの胸板でありながら、見るに高そうなスーツを見事に着こなす姿は只者では無いオーラを誰もが感じるだろう。
「……え? まさかそっち? そっち系なん? シュテンはんって……え?」
「それは穿ち過ぎだよ、ただの知人だって。テキサスさんもそう思いますよね?」
「……私が今から鍛えればあそこまでビルドアップ出来るか? いや、そもそも性転換からしなければ……くっ!」
「やっぱり最近のテキサスおかしいよね!? あたしツッコミ役じゃなかったと思うんだけど!?」
ワーワーキャーキャー騒ぐ姦しい少女達は他所に、畏まった様子で頭を下げたシュテンは、フォルテの男の正面へと腰掛ける。身振り手振りからその男の豪快さを伺えたものの、何を話しているかまでは四人にはまるで伝わらなかった。
「……誰か読唇術とか使えないのか?」
「あ、ウチなら出来るで。えーっと待ってな……ふむ……あ、い、し、て、る。……愛してるってシュテンはんが言ってはるで!」
「だからそう言うのは止めてってば! テキサスさんがおかしくなっちゃうでしょ!?」
「……私がそんな戯言を信じる訳が無いだろう。だが運動不足だな、ちょっと走り込んでくる」
「あーはいはい。もう分かったから。大人しくしてようねー」
何がなんでも恋愛事に繋げたいクロワッサンとシュテンの事で頭がバカになっているテキサス。その二人のせいで普段はお調子者のエクシアも疲れた顔をしており、ソラに至っては珍しく大きな声を上げてしまうほどだ。
シュテンが座席に着いて1時間が経過した頃、待ちぼうけもなんだと遠くのテーブルからジュースを飲みながら覗き見ていた四人。尽きることの無いガールズトークに花を咲かせていると、会話を終えたシュテンが立ち上がる。礼儀正しくお辞儀をして去っていく姿を見送るとその手には未だ手提げ袋が握られていた。
「……結局違ったようだな」
「あれま、ほんなら誰に渡すんやろ?」
慌てて席を立つようにして追い掛け始める四人。その姿を遠くから眺めているフォルテの男の視線に誰一人として気が付くことは無かった。
その後は街の中の様子を見る為に軽く散策をした後、一人だと食事は適当なのか、シュテンは携帯食で簡単に済ませてしまう。その姿を遠くから覗き込み、携帯食を食べて移動する四人の姿は些かシュールであった。
いつもならとっくに見つかっている時間なのに、今日はシュテンにバレることも無い為、そのままストーキングを続けていく。ペットショップで餌を大量に買ったかと思えば、路地裏の廃墟となっている場所で多頭の猫を可愛がっていたり。何やら怪しげな店構えの探偵事務所に顔を出して直ぐに出てきたり。武器屋に入って手に入れた特注であろう極東独特の鉄扇を、嬉しそうに振り回していたのは意外な一面であった。
最初の一緒にいたチェンとラグジュアリーショップ以外は特に大きな出来事も無く、クロワッサンは少々飽きを感じ始めていた。なんとも身勝手である。
そんな時であった。人気の無い路地を歩いているシュテンの前から、明らかに一般人とは違う風貌をした男共の姿が現れる。黒ずくめのスーツを着こなしているが、少しヨレやシワがある事からビジネスマンには到底見えない。
それどころか、手には得物を持っているのだから以ての外だろう。
「あれって……この前仕事の時にぶっ飛ばしたマフィアじゃない?」
「あぁ……多分な」
エクシアとテキサスには彼らに見覚えがあった。以前の配達中、抗争に巻き込まれた時のマフィア達である。何処からシュテンの情報を得たのかは謎であるものの、ペンギン急便への報復としてトランスポーター以外を狙ったのだろう。
男達は通路を塞ぐようにして広がっていき、仕舞いにはシュテンを取り囲むようにして包囲する。
その中でも恐らくはリーダー格なのであろう男が正面に立ち、物凄い怒号と共に怒りを顕にしていた。
「助けた方がいいんじゃないの?」
「うーん、でもシュテンはんはアレやで。たまーに絡まれるの見るけど、ウチらよりエグいから大丈夫なんちゃうん?」
「で、でもこの前は皆より劣るって……」
「んー、まぁ見れば分かるよ、大丈夫だって。ほら」
クロワッサンとエクシアに諭されるようにしてソラが視線を向け直すと、そこには嬉しそうに鉄扇を広げて見せびらかしているシュテンがいた。孤立無援の四面楚歌の中、まるで物怖じしないシュテンの姿に苛立ちを感じたリーダー格の男は顔を真っ赤に染めて、口を開こうとする。
その瞬間、シュテンがゆっくりと上にあげていた鉄扇を器用に折り畳み──脳天へと勢い良く振り下ろした。
一瞬にして地面へキスをして意識を手放した男。そんな様子をシュテンは一切視界にも入れずに、歪みもしない鉄扇の頑丈さに感動を覚えている。
当然そんな一撃を喰らわせば抗争は免れない。素早く臨戦態勢へ切り替わった男達はバットやナイフを構えて今にも飛び掛かる──よりも早く、シュテンは意識を失っている男を持ち上げて盾にし、振り回しては暴れまくった。
「……相変わらずえげつないわぁ……」
「……確かに……必要ないね……」
その姿はさながら小さな台風。リーダー格の男を傷付ける訳にはいかない男達に最早為す術もない。バタバタと次から次へとなぎ倒していき、全員を戦闘不能にまで追いやった後、血塗れで意識を失っている人型の武器を投げ捨てて、シュテンは去っていった。
匿名で警察に通報した四人はそのままシュテンを追い掛け続けていく。だがその後は特にこれと言った事はなく、ただただ歩いていたり、道行く龍門近衛局員に話し掛けていたり、偶然会ったお得意様の客と他愛ない会話をしたり──特に彼女達が求めるものは無かった。
日も暮れ始め、そろそろ解散かなぁと一同が思い始めた頃。ベンチに腰掛けてシュテンは携帯電話を取り出すと、何処かに連絡を取り始める。
まさか遂に本命が──と期待に胸を膨らませたクロワッサン。その彼女の携帯電話が着信のバイブレーションを告げていた。
取り出して名前を確認してみると、そこにはシュテンの文字。全員で顔を見合わせた後、意を決してクロワッサンは通話を繋げる。
「もしもし、どったの?」
『何、そろそろスパイごっこも飽きた頃かなと思ったから電話してやっただけだ』
「……!? な、何の事かさっぱりやなぁ。ウチは宿舎でシュテンの朝御飯を食べた後、ダラダラしてるだけやで?」
『嗚呼、成程。ちなみに朝食の連絡は嘘だ、何も作っていない。……はて、本当に宿舎に居るなら連絡の一つはあったと思うんだがな』
「……あ、あはは。冗談やって冗談! 無いのは気付いたわ! ちょっと嫌味で言うただけやん!」
『……さて、俺が怒る前に五秒以内に出てこいよー。ごー、よん、さーん──』
「──みんな、急ぐで!」
最早言い訳に意味など持たないと早々に判断し、慌てて通話を切って飛び出してクロワッサンに、何事かと思いつつもある程度を察した全員が付いて行く。
シュテンは不遜な態度で肘をついて待っている。息を切らしながら慌てて駆け寄ったクロワッサンが膝に手を当てて、息も絶え絶えにシュテンを見上げて言い放つ。
「はぁ、はぁ……今、何秒!?」
「ん? ……嗚呼、もう数えてなかったから気にするな」
「んな、な、走る事なかったやん……!」
ショックを受けたように地面に手をついているクロワッサンを後目に、後から余裕そうな到着してきた三人は不思議そうな表情を浮かべて問い掛ける。
「えーっと……シュテンはいつから気づいてたの?」
「なんだ、もう答え合わせの時間なのか?」
「ええーっと、すみません。全然分からなかったので教えて貰えますか?」
「昨日の夜の時点で疑っていた。余り酔ってなかった上にエクシアとテキサスが部屋にまで絡みに来なかったからな」
「エクシア……」
「だって沢山飲んだら前みたいに寝ちゃうんだから仕方ないって。それにテキサスもでしょ」
何とも醜い擦り付け合いを他所にシュテンは言葉を続ける。
「確信したのはソラに送ったメールだな。クロワッサンにも言ったがあれは嘘だ。どう考えてもお前達の気配を感じなかったから朝食を作った体で送ってみたんだが、案の定律儀なソラはメールを返してくれたからな。美味しく頂きましたって」
『ソラ……』
「え!? あたし!? 皆で相談した返信なのにあたしのせいなの!?」
何故かエクシアとテキサスからジト目で見つめられる。ソラ自身はなにも悪いことをしていない筈なのに何故責められるのか全く理解出来ていなかった。
「じゃあなんで最初の時点で言わなかったんですか? わざわざこんな夕方まで……」
「その方が都合が良かったからだ。特に見られて困る事も無かったからな」
「……都合? それって──」
「──そうだ、シュテン。今朝一緒に出てきたあの女はなんなんだ? その後に会っていた大男もだ。お前はもしかしてあっち系か? あっち系なのか?」
ソラの言葉をかぶせるようにして、テキサスはふと思い出した出来事を口にする。半分程何が言いたいのか全然分からなかったが、シュテンは溜息を吐きながら渋々と答えていく。
「チェンはたまたま会っただけだ。同じマンションに住んでいるだけで階も部屋も違う。……あのメールはお前らのせいで不審車両があると騒動になりそうだったから、一通り説明したら勝手に送り出したんだよ。大男も皇帝の付き合いのある会社のお偉いさんで仕事の話を軽くしただけだ」
「……ふ、そんな事だと思っていたぞ」
「いや、絶対思ってなかったでしょ……」
「──でもシュテンはん! あと一つあるやろ!」
冷静さを手にしたテキサスがクールに表情を決めている中、先程まで倒れ込んでいたクロワッサンが勢い良く立ち上がってシュテンへと振り向く。
ビシッと言う効果音が聞こえてきそうな程、勢い良く人差し指を突き出して言った。
「そこに置いてはる手提げ袋! 誰へのプレゼントやねん!」
そう、シュテンの隣には最初に受け取っていた手提げ袋が未だに置かれていた。ラグジュアリーショップで購入していたのだから、洒落た貢物である事には間違いないとクロワッサンは指摘する。
その指摘を受けて、これの事かとシュテンが手に持つ。
「白状した方が身の為やで!」
「ストーキングした奴の台詞か。──ほらよ、クロワッサン」
「……え?」
軽く投げるようにして渡されたプレゼントにクロワッサンの思考が思わず止まる。まさか自分が相手だったとは思いもよらなかった為か、その戸惑う様は中々珍しくてシュテンも笑みを浮かべていた。
「今日はお前の誕生日だろ、忘れたのか?」
「……あ、あぁー! そう言えばそやったな! うっかりしてたわ!」
「既に仲間内で貰ってるだろうから直ぐに察すると思ったんだがな……」
『…………』
「え? クロワッサンの誕生日だったの? 言ってくれれば準備したのにー!」
「……誰からも貰ってないみたいだな」
完全に忘れていた二人となれば新入社員のソラが知る由もない。自分だけでもちゃんと準備しておいて良かったなとシュテンはしみじみ思った。
「別に期待してた訳ちゃうからええけど……ね、開けてみてもええ?」
「嗚呼、好きにしろ」
高鳴る胸の鼓動に急かされながら、クロワッサンが手提げ袋から取り出したのはラッピングのされた小さな箱。丁寧に解いていって箱の中身を取り出したクロワッサンの手にあったものは光り輝くネックレスだった。
「……シュテンはん趣味が悪いんちゃうんか?」
「お前の肉Tシャツよりは全然いいと思うがな」
貴金属の白金で作られたペンギン。それもよく見るとシャツと帽子とグラサンで着飾っており、明らかにエンペラーをモデルにした製品だったのだ。
「要らんなら売っても構わんぞ。素材は一級品だからな」
「そんな事するはずないやん。……ね、付けてもらってもええ?」
「……別に良いが、どうした?」
「せっかくの誕生日やし、たまには甘えてもええかなーって」
そう言ってネックレスがクロワッサンからシュテンへと手渡される。陽の光が当たるように持ち上げると美しく輝きを放つ白金のエンペラー。微妙な腹立たしさを感じる見事な造形美だと自画自賛した後、クロワッサンの首裏へと手を回してネックレスを取り付ける。
鼻と鼻が触れ合うのではないかと言うくらいの距離。目の前にシュテンの顔が来るのは予想外だったようで、クロワッサンは少し顔を赤くしながら視線を横に逸らす。そこには凄い形相のループスがいたが気にしない。
「出来たぞ」
「ど、どうも。……あはは、やっぱこれダサいで」
「じゃあ私に寄越せ。今すぐに」
「それは無理な話やで。……でもあんがとな、シュテンはん」
「気にするな。
そう言ってシュテンが先導して歩いていき、なんの事かとキョトンとした顔をする彼女達に振り返ってた。
「クロワッサンの誕生日だからディナーくらい奢ってやる。と言うより既に予約してエンペラーが待ってるくらいだ。早く行くぞ」
「流石はシュテンはん! 太っ腹やなぁ!」
スタスタとシュテンが先に進んでいく後ろで、クロワッサンの元へと彼女達が集まって賑やかに騒ぎ始める。
「だから夕方の方が都合いいって事だったんですね。最初にプレゼントを持っていたのもあたし達が途中で飽きないように付いて来させる作戦って事なのかな……?」
「あー確かに。シュテンなら有り得るかも。……でも良かったね、プレゼント貰えて。……あたしからはまた今度ね!」
「ウチですら既に忘れとったくらいやから、そんな気にせんでええよ。……でもほら見てみ、これ。ボスやでボス。ダサいやろ?」
そう言ってクロワッサンは見せびらかすようにネックレスをエクシアとソラの眼前に突き出す。じっくりと視認した二人は納得の表情を浮かべて苦笑いをしていた。
「私なら一生の宝物なんだがな」
「……何言うてはるんテキサスはん」
ドヤ顔で告げてくるテキサスに対し、呆れたような表情を見せてからクロワッサンは告げる。
「そんなんウチにとっても宝物に決まっとるやんか!」
それは今日と言うかけがえの無い日を含めて。
彼女の浮かべた笑顔は、今日一番の喜びを表したものであった。
言うほどメインでなかったけどクロワッサンのお話。
幻像黒兎さんの私服イラストだと一番可愛く見えますね。