皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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ソラのお話。
書きたい事を書いていたら20000文字超えていたので分割しました。


少女は非力を嘆き、鬼を縋る

「あたしに戦い方を教えてください!」

 

 仕事終わりのペンギン急便。他のトランスポーター達が帰った拠点には、後片付けをしていたシュテンと清掃をするソラの二人が残っていた。大概は最後まで残っているのはシュテン一人であった為、珍しい組み合わせであったが彼は気にせずに片付けを始める。

 翌日の準備まで大体の事が終わり、後は帰宅するだけ──そんな時にソラから突然大きな声で言われたのだ。

 

「……急にどうした?」

「その、前々から思ってたんですけど、あたしってあまり戦闘だとあまり役に立たなくて……」

「歌にアーツを乗せて後方支援、だったか。確かに前衛で戦うには向いてないかもしれんが、報告書を見る限りはそんな事は無いぞ?」

 

 自身の力不足にコンプレックスを抱いているソラ。トランスポーターと言ってもペンギン急便では特に戦闘力が求められる為、後方支援一択の彼女にとって、悩みの種となるのは当然とも言えた。

 しかしながらも普段からシュテンが受け取っている報告書にはソラの後方支援の能力には一定の活躍が見受けられる。現にテーブルに戻って資料を漁るシュテンの目にも問題らしい部分は無かった。

 

「確かに皆はそう言ってくれるんですけど、でも守られてばっかりって言うのも嫌で……」

「なるほどな。でもそれなら俺よりも他のメンバーに頼んだ方が都合が良いと思うぞ。現場で直に接した方が指導も捗る」

「頼んでみても、ソラは戦わなくて良い、の一点張りで……」

「嗚呼、成程。それで俺に頼った訳か」

 

 申し訳なさそうにコクリと頷くソラに対し、シュテンは顎に手を当てて思考する。

 ──ソラの身体能力を評価するならば、一般人の域を超えることを無い。だがアイドルなだけあって運動神経は目を見張るものもあるし、学習能力の高さも伺える。しかしながら、事務所に管理されたアイドル。下手な怪我や筋肉が付くような事態は認められないだろう。

 詰まるところ、アイドルと言う立場があるからこそ前線に立つ事が認められず、それを懸念した仲間達が戦い方を教える事がないのだと推測できた。

 

「……強さは一朝一夕で何とかなるものじゃないし、ソラの立場を考えると戦うのはお勧めしないな」

「で、でも……!」

「──だが、万が一という事もある。護身の術くらいは身に付けておいた方が良いかもな。……どうだ?」

「──ッ! はい、お願いします!」

 

 まさか指導してくれるとは思わなかったソラは俯いていた顔を上げて嬉しそうに返事をする。

 

「じゃあ……そうだな。ここでやる事も限られるし、俺の部屋にでも行くか」

「……え?」

 

 その直後、さも当然のように言い放った言葉にソラが硬直してしまったのは言うまでもない。

 

 

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 結局流されるがままに車に乗せられてシュテンの部屋に上がってしまったソラ。緊張のあまりに道中の事を全く覚えていないが、失礼な事は言っていなかった……はずである。

 マンションと言う建物故か、極東で言うところの和風を混ぜた和モダンな内装で仕立て上げられていた。イメージ通りに部屋も綺麗に片付いており、普段から手入れがなされているのが感じられる。

 

「……いつまでも立ってないで、ソファにでも腰掛けててくれ」

「ふ、ふぁい!」

「嗚呼、まだ緊張してるのか。上司の家だからって気にする事はないぞ」

 

 全然そういう事じゃないんですけど──なんて突っ込みをする余裕も無く、ソラは手と足を一緒に出しながらなんとか進み、ソファに座り込むことが出来た。

 シュテンは長い髪を後ろで纏めながら、キッチンへと移動する。そして冷蔵庫の中身を確認してソラに問い掛けた。

 

「……有り合わせのものでも良ければ夕食を作るが良いか?」

「いえいえ、そんな! そこまでして頂く訳には……」

「遠慮するな、アイツらならタッパーに詰めてでも持って帰るぞ」

「あ、あはは……じゃあ折角なので頂きます」

 

 お手伝いしますね、とソラも台所へと立ってシュテンの料理のサポートを始める。他の三人よりも遥かに常識人で良い子なソラに、シュテンは思わず感動すら覚えた。

 そんな中、シュテンは本来の目的である護身術について話を進めていく。

 

「護身術を教えるって言っても体術で撃退とかじゃ無いからな。飽くまで危険になる状況を避けるのが目的で戦うことじゃない」

「……最悪逃げるのも手って事ですか?」

「そうだ、頭が良いな。一番足手まといになるのは敵に捕まって人質になってしまう事だ。……とは言え護衛を兼ねて移送となると、そうも言ってられない事もある。そういう場合や身の危険を感じた際に咄嗟に凌ぐ術を教えてやる」

「つまり危機脱出の必殺技な訳ですね!」

「必殺は龍門じゃ禁止されてるけどな」

 

 そんな会話を続けている内に料理も出来上がり、皿に盛り付けて完成。二人でテーブルを囲みながら着席すると、芳ばしい香りが鼻腔を擽った。

 口内に思わず出てくる唾液を嚥下しながら、ソラは両掌を合わせる。

 

「いただきまーす! シュテンさんって料理上手ですよね。どこかの飲食店で働いてた経験でもあるんですか?」

「いや、無理矢理覚えさせられただけだ。ここに居座っていた居候にな」

「居候……。もしかしてモスティマさんの事ですか?」

「……成程。口の軽い奴らだな。そうだ、モスティマの事だ」

 

 料理に舌鼓を打ちながらソラはシュテンへと問い掛けると、出てきた居候と言う言葉。以前仲間達に聞いたモスティマなる女性と同棲していた、と言うことを思い出す。

 ソラが彼女の名前を口にすると、一瞬、動きを止めたシュテン。その過去を教えた記憶も無いのにソラが口にした事を疑問に思ったのも束の間、大体の推測がついたシュテンは溜息を吐いた。

 

「……良かったらシュテンさんとモスティマさんの事について教えてもらいたいんですけど」

「特訓が終わったら考えてやるよ」

「えー、それって教えてくれないパターンじゃないですか」

 

 そんな会話もしつつ、食事を終えた二人は後片付けをし終えてソファで一服する。先程までの緊張具合はどこに行ったのやら、今は老夫婦の一時のような落ち着きを取り戻していた。

 

「たまにはこういう風にゆっくりする時間も良いですねー……いつもは帰ってから歌の練習ばかりなので……」

「トランスポーターをやりながらだと中々大変だろ」

「でも好きでやってる事なので全然平気ですよ」

「ソラは良い子だな、アイツらに見習わせてやりたいくらいだ」

「えへへ」

 

 テキサスへの執着さえなければ──と心の中で付け加えながら、本当にただの少女のような純粋さに驚く。とは言え、ペンギン急便のようなトランスポーターの仕事を普通であれば耐え切れるものではないのも事実。例えそれが僅かな期間であったとしてもだ。となればソラもまたどこかネジのぶっ壊れた部分があるのだろう。

 

「さて、休憩も挟んだ事だしそろそろ始めるとするか」

「はい。お願いします」

 

 そう言ってシュテンは隣の物置らしい部屋へと入ってゴソゴソと漁り始める。気になって思わずソラが覗き込んでは見たものの、薄暗くてよく分からなかったが、ただ綺麗に整理整頓された部屋に比べて多くの物が詰め込まれている事だけは確認できた。

 そしてシュテンは物置から取り出した幾つかの製品を机に並べて説明を始める。

 

「さっきも言った通り、強さは一朝一夕で身に付くものでは無い。だがそれは素手における護身術も同じだ」

「……それで道具、ですか?」

「素手より武器。武器に秀でてなければ道具を使った方が手っ取り早い。意外と面白いものが揃ってるぞ?」

「じゃあ……これとかなんです? 防犯ブザーにしか見えないんですけど」

 

 防犯ブザーと言うには少し大きめのペンギンの形をした金属製のケース。中央に大きなボタンとサイドに安全ピンが刺さっているだけの実にシンプルな代物だった。

 

「嗚呼、その通り防犯ブザーだ。ただ違法改造された、だがな。」

「防犯なのに違法……」

「……音の出力が自動車のクラクションの2倍に相当する程だ。基本的に投げて使う」

 

 余程の場面でもない限り襲撃者は目立つのを嫌う。ことを荒立てれば必然と目撃者も増え、龍門近衛局が加入してくる可能性が出てくるのだ、当然だとも言えよう。

 

「……普通の防犯ブザーじゃ駄目なんですか?」

「駄目だ。そんなものを気にしない奴らもいる。だがこのレベルの爆音だと、鬱陶しいを超えて耳が壊れるからな。対処せざるを得ない」

「それで投げてる間に逃げる訳ですか」

「それも手だがもう一つある。……俺も作らせただけだから詳しい原理は知らんが、安全ピンが抜かれる事で中の物質が混ざって化学反応を起こし、そこに衝撃を加える事で驚異的な爆発力を生み出す、らしい。──要は止めようとした奴が強い衝撃を与えた瞬間、死なない程度に痛めつけられるって訳だな」

「なんか突然凶器になりましたね。むしろこっちの方が違法要素強くないですか?」

「就労規則第二条、『 細かい事は気にするな』だ」

 

 想像を遥かに超える防犯力に思わず引いてしまうソラであったが、その実用性は確かに優れているのも事実。

 次にソラが手にしたのは、ちょっと大きめの携帯電話の形をした代物だった。

 

「じゃあこっちはなんですか? 見た目通りじゃないのは分かるんですけど」

「それは携帯電話機能を持ったスタンガンだな。巨躯のサルカズでも一撃で沈むくらいの凶悪な性能だ。使い方は簡単で電源をオフにしたままサイドのボタンを同時に押せばいい」

「確かに威力は凄いけど、さっきよりは普通の防犯グッズって感じなんですね……」

「後は音声入力でパスワードを言うと、携帯電話そのものが電気を帯びて触ってる奴を撃沈させる事も出来る。まぁその効果は携帯電話そのものが壊れるから一度きりだが」

「全然普通じゃなかったですね、ごめんなさい」

 

 それから幾つもの製品の説明を受け、触り、時には試したりと予想外にもソラは楽しい時間を過ごした。中には後方支援として使えそうな超高出力レーザーポインターやら簡易閃光弾などがあり、ソラが求めていたものに近いものある。

 気が付けば机の上に並んだ数だけでも十種類は超えるほどの道具が並ぶ。それらをソラは一通り見回した後、唸り声を上げながら頭を悩ませていた。

 

「うーん……この中から選ぶのもなかなか大変ですね……」

「何を言ってる? 全部持って帰っていいぞ」

「……え? 全部良いんですか?」

「嗚呼、俺には必要の無いものだからな」

 

 シュテン自身が特注で作り上げ、且つ結構な数にも関わらず、遠慮なくプレゼントしてしまう。思わずソラも戸惑うほどであった。

 

「……じゃあなんでこんなに沢山の道具が自宅にあるんです?」

「趣味だ」

「……趣味なのにあげちゃうんですか?」

「飽きたからな」

 

 特注で多くの道具を作り上げておきながら、突然の申し出であったソラの頼みに対し、その行動は余りに奉仕的であると言えた。だが当の本人はさも当然のように、冷静な様子で珈琲を飲みながら両目を瞑り、静かに語る。だがソラは強い違和感を感じて追求を進めた。

 

「もしかしてですけど……これってペンギン急便の人達の為に作ってた物だったり?」

 

 ピクリと、一瞬だけシュテンの体が動く。片目だけを開いてソラを見つめるその瞳は何もかもを見通すような感覚すら覚えたが、例えそのような目で見つめられてもソラの違和感を拭い去る事は出来ない。

 

「作ったのは良いけど、みんな自分の武器で戦えちゃうから宝の持ち腐れになってた、ってオチなのかなぁって思ったんですけど、どうでしょう!?」

「その妙な勢いは気になるが……その通り、大した洞察力だな」

 

 ぱちぱちと拍手をするシュテンは、ソラが即座に見抜いた事を素直に賞賛する。

 流石はアイドルをやっているだけの事はあり、様々な大人の裏の顔や汚い所を見てきたのだろう。例えそれを跳ね返してきたのが事務所の力を含めていたとしても、彼女自身の力が無ければ成り立たない話だ。

 その培ってきた洞察力を垣間見れたのは、シュテンにとってもプラスであると言えた。

 

「こう見えて色んな人を見てきてますから! ……でもシュテンさんって優しいですね。そんな事口にはしないのに、裏では心配でこんなにたくさん作っちゃって」

「……。……俺が優しいのは当然だ、家族(なかま)だからな」

「あ、もしかして照れてます? ねね、顔見せてくださいよ、顔!」

 

 珍しくシュテンが受けの立ち位置になった事で、思わずソラはどんどんと踏み込んで攻めていく。

 ──虎を画きて狗に類す。調子乗り過ぎて身の丈を超えた者に待つのは破滅のみだ。

 

「そんな事よりも、だ。折角の機会だから道具だけじゃなくて簡単な護身術を教えてやるよ」

「……え、本当ですか? てっきり道具だけだと思ってました」

「それだけじゃ詰まらんだろうからな。……じゃあまずは腕を掴まれた場合の対処法だ。基本的にそこまで接近されないのが理想だが、抜け出すくらいなら容易に出来る」

 

 そう言ってシュテンはソラの手首を掴む。その後はシュテンの指示通りに手の位置、肘の位置、力や回転の加え方を教えもらって実践をすると、いとも簡単にシュテンの手を振り払うことが出来た。

 

「普通に引っ張っただけじゃ全然だったのに本当に簡単に取れた……」

「人の構造には幾つもの欠陥がある。そこを突けばソラでも簡単に制圧出来る程に人体ってのは微妙なバランスで成り立ってるんだよ。……とは言え俺も基本的な事しか知らないけどな」

「あはは、極めたらそれこそ素手で何でも出来ちゃえますよね」

「そのレベルに到達するにはどれだけの日数が必要になるのやら。……さて、次は後ろを向いてみろ」

 

 はーい、と可愛らしい声を上げて、言われるままソラはシュテンに背を向けるようにしてクルリと反転した。

 何も疑わない純粋なその背中。シュテンは薄く笑みを浮かべながら、手を正面に回して背後から抱き締める。

 

「え、あの、ちょ、ちょっとシュテンさん……?」

「背後から抱きつかれた時の対処法を教えようと思ってな」

「あ、あぁ、なるほど。そういう事なんですね。ビックリしました……」

「…………」

「えーっと……ひゃう!」

 

 無言のまま再度強く抱き締められた事に思わずソラから高い声が洩れる。真っ赤に染まった顔で何とか振り向こうと首を捻っても、シュテンの顔を見ることは叶わなかった。

 

「えーと、そ、そのですね? 早く対処方法を教えて貰えると嬉しいなぁーって」

「なんだ、離れて欲しいのか?」

「あ、いえ、そういう訳じゃなくて、この状況は恥ずかしいと言いますか……!」

「可愛いなぁ、ソラは」

「────ッ!」

 

 耳元で囁かれるように言われた瞬間、ただでさえ赤かったソラの顔がこれ以上は無い程に真紅に染まる。

 もはや耐え切れずに体を捩らせたり、手足をバタバタするも、シュテンの力には敵う筈もない。

 その力強さ、声色、香水の香り、二人きりという空間全てが、ソラの感覚を狂わせた。

 

「シ、シュテンさん、ダメですって! テキサスさんにも悪いですしあたしはそんな──」

「何、男の部屋に一人で来たんだ、分かってるだろ?」

「わ、あたしはシュテンさんの事を信じて──あ、ん!」

 

 首筋に息を吹きかけられて思わず嬌声を漏らしてしまったソラは、恥ずかしさのあまりに最早俯く事しか出来ない。小刻みに震える身体は最早小動物のようだった。

 そんなソラを面白そうな笑みで見つめているシュテンの事も、当然気が付いてはいない。

 

「ベッドにまで運んでやる」

「う……あ……う……」

 

 最早言葉にならないソラを、お姫様抱っこをするようにシュテンは持ち上げる。羞恥心から両手で顔を隠すソラを抱えたまま、勢いよく踏み出し、

 

「ほぉらよ!」

 

 大きな風切り音と共に、ソラが隣の部屋のベッドまで飛んで行った。

 全身に掛かる風圧と衝撃。急な展開にまるで付いていけていないソラは顔を赤くしながらポカンとしていたが、シュテンはそのままソファに座り込んで、大きく体勢を崩す。

 

「ふぅ……俺を揶揄った罰はこのくらいで許してやる。……何、動画もちゃんと撮ってあるから安心していいぞ」

「──んな、な、な……」

「体質上、俺の性欲なんて無いに等しいんだ。そこら辺にいるような下半身で物事を考える馬鹿と一緒にされても困る」

 

 満足そうな表情でシュテンは窓から広がる龍門繁華街の夜景を楽しむ。その顔は一日のやるべき事を終えてスッキリした様子であった。

 だがここまで好き放題やられたソラが納得出来る筈もない。

 

「もー! もー! もう! 女の子の純情を弄ぶような事をするのは流石にNGですよ!」

「なんだ、期待してたのか?」

「そういう事じゃないです! あたしはシュテンさんを信じてここに来てるんですから冗談でも本気でもそういう事はしないでください!」

「顔を真っ赤にしてたのにか」

「そ、それはあたしだって女の子なんですから、少しはシュテンさんの事格好良いとか素敵だとは思ったりしますよ! 気の利くお兄さんって感じですから!」

「つまり期待してたのか?」

「だから! 違うって! 言ってるじゃないですか!」

 

 ベッドに置かれていた枕を投げて抗議を示すも、結構な距離に投げ飛ばされたソラ。彼女の腕力ではシュテンの元にまで届くことは無かった。

 満足そうに笑うシュテンは立ち上がり、ソラに背を向けて一言言う。

 

「戯言はここまでにしておくか。今日はもう遅いし泊まっていくと良い。明日も仕事だからな。……嗚呼、部屋はそこが空き部屋で、モスティマが買った未使用の服や下着もある程度ある筈だから安心しろ。早朝には宿舎まで送ってやる」

「……え、でも大丈夫ですよ。そこまでお世話にならなくても……」

「俺が送るのが面倒なんだ。さっきの詫びだと思って大人しく泊まっていけ。……何、手は出さないから安心して良いぞ」

「それはもう心配していません!」

 

 トイレやバスルームの位置、タオルや消耗品の収納場所を軽く説明したシュテン。そのままやる事があるから、と自室なのであろう部屋へと入っていった。

 一人残されたソラは立ち上がり、冷蔵庫から飲み物を取り出すと一息つく。急に静かになって妙な寂しさを感じながら、態度とは裏腹なシュテンの優しさに感謝しつつ、思わず笑みが零れる。

 

「急に言い出した事なのになんだかんだ全部面倒見てくれるんだから、良い人には間違いないと思うんだけどなぁ……」

 

 意地は悪いけど、と付け加え、言葉に甘えてバスルームへと向かう為にソラは準備をし始めた。

 ──でもなんでシュテンさんってそこまで構ってくれるんだろう。

 ふと芽生えた疑問。マネージャーとしての責務、と言えばその通りなのかもしれないが、度が過ぎていると感じる者がほとんどだろう。

 だがそんな些細な疑問は一瞬で消え失せ、ソラはゆっくりと湯船に浸かるのだった。

 

 仲間達からのメールが沢山来ていた事に気付くのは、その後の事である。

 

 

 

 部屋に戻ったシュテンは手前の仕事用データ端末を起動してソラのに関する個人データや資料を調べ始めた。あらゆる伝手を使ってそれぞれ社員の詳細な趣味からスリーサイズに始まり、知られたくない過去に至るまで、調べられる事は調べ尽くしている。

 本人に知られたら間違いなく反感を買うものであるが、そこはシュテン。知られる抜かりが無いように徹底したセキュリティの元、スタンドアローンで管理していた。

 ソラのページを開いていけばそこには身体能力や反射神経、武器の得手不得手が詳細に記されている。全体的な評価としては普通と表現するのが正しいものの、将来性とセンスを見越せば優等生と言ったところだろう。

その中でも取り分け優秀なのはやはりと言うべきか、その声に乗せて効果が生まれるアーツだろう。

 そんなデータを見ながら、今後のソラの指導方針を考えるシュテン。

 

「悪意を乗せてデスボイスで歌えば指向性の持った後方支援が出来るか……? いや、事務所に止められるな……」

 

 アイドルと言う看板を背負ってトランスポーターをやる以上、どうしても行動が制限されてしまう。面白味に欠けると溜息を吐いたシュテンだったが、ふと視線を移すと目に入ったのはソラの入社に関する資料だった。

 

「…………」

 

 端末データを触って開くと、そこには膨大な量のデータが表示される。少しばかり目を通してみるだけで、彼此一年近く前になる出来事の事をシュテンは思い出した。

 ソラにとってみれば運命とも言える出来事。その一方でシュテンにしてみれば失態とも言える己の不手際を悔やむ事件であった。




次回過去編です。
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