ソラが初めてペンギン急便を知ったのは、自身がストーカーに被害に遭っている相談を事務所に持ち掛けた時である。
一ヶ月ほどの間、背後からつけて来る気配や遠くから感じる視線を時折感じていたものの、特に被害はなかった為に放置はしていた。しかし今後のアイドル活動を左右する程の一大イベントが決まり、意気込んでいた所にその事件は起きる。
ソラの事務所へと届いた一通の手紙。その内容は『先のイベントを中止にしなければソラの命は無い』と言うものであった。
流石に脅迫状が届く事態となれば放置しておく訳にはいかず、周囲に相談した結果、元々音楽の関係で繋がりがあるペンギン急便に依頼する事となったのだ。
「……成程。それでこちらを頼った訳ですか。ボディガードは専門じゃないので遠慮したい所なんですが……」
「良いじゃねえか、俺の新作を龍門の至る所で広告するっつってんだ。依頼報酬なんぞ要らねえくらいハッピーな事だぜ?」
「ハッピーな鳥頭は黙ってろ」
そうしてシュテンとエンペラーはソラの所属する事務所へと訪れてビジネスの話をしていた。護衛を兼ねた送迎はペンギン急便の仕事ならば良くある話であるも、純粋な期間を設けたボディガードと言うものはペンギン急便の管轄外の仕事である。
そうなれば当然シュテンは不服そうな態度を見せるも、芸能事務所とエンペラーは切っても切れない関係。となれば権限の劣るシュテンの一存で決められるはずも無い。
「どうあれこの依頼を受ける事はウチの決定だ。いくらシュテンが醜く喚こうが泣こうが変えるつもりはねえ。それともあれか? ウチの会社を義理も忘れるようなファッキンな会社にするつもりか?」
「チッ、俺を言い様に使うつもりなら高くつくぞ。……嗚呼、すみません。醜い身内の揉め事で。しかしボディガードをイベントまでの一週間も付け続けるとなるとそれなりに費用は掛かりますが宜しいですか?」
「はい、費用に関してはこちらが全て負担させて頂きます。後、こちらはアイドルですので出来れば女性の方を付けて頂けると助かるのですが……」
「テキサスで良いだろ。アイツなら腕も立つしエクと違って暴れもしねえ」
「……そうだな。ただのストーカー被害なら集団相手でも遅れを取ることはないだろう」
そんな会話を続けながら、日程、費用、報酬、人員など、大まかな内容からボディガードに関する護衛範囲の詳細まで、多くの事を取り決めた。
大体の方針が決まった所で、張本人であるソラがマネージャーに案内されるように連れてこられる。少し緊張気味な様子であったが人前に立つ経験は豊富なのだろう。ハキハキとした口調で言葉を紡いだ。
「初めまして、アイドルのソラです。この度は依頼を受けて頂き──」
「そういう細かいのは結構だぜ、嬢ちゃん。俺達が知りたいのはストーカーの相手であって、アイドルの私生活じゃねえ」
「あ、すみません。えっと……正直な所、全く検討が付かない状態です。姿も見た事なければ被害に遭ったって言えるのもその脅迫状だけなので……。ただつけられてる足跡や気配、視線って言うのは時々感じてました」
「……まだ判断する材料が足りないな。取り敢えずはテキサスにボディガードと判断を任せつつ、大事になりそうなら増援と言う形だな」
エンペラーやシュテンにとって、この初めての邂逅はただの要警護の少女に過ぎない存在でしかなかった。それはソラにとっても同じで、偉そうに喋るペンギンさんと綺麗だけれどもどこか怖さを感じる大人の男性。その程度の関係だったのだ。
その後も軽く会話をした後、エンペラーとシュテンは事務所を後にして拠点へと戻り、テキサスと打ち合わせをする。
諸事情でペンギン急便から一週間も離れるのは嫌そうな表情をしていたものの、そこは長年働いてきたプロ。仕事ならば仕方ないと割り切っていた。
毎日シュテンに業務連絡をすると言葉を残して。
翌日から現れた女性を一目見た瞬間、ソラは綺麗だなと素直に思った。艶やかな黒髪と同じループス特有の尻尾。無気力そうな顔をしながらも端正な顔立ちはアイドルの彼女から見ても羨ましいくらいである。
「テキサスだ。今日から一週間、護衛をする事になった。宜しく」
「あ、えっと、アイドルのソラです。足でまといになるかもしれませんが宜しくお願いします」
「大丈夫だ、警護には慣れている」
クールで無口な印象が強かった第一印象。だが話してみるとそれはただの間違いであり、感情の起伏が少ないだけなのがよく分かった。
同じ部屋で就寝を共にして、仕事中は離れ過ぎない距離を保ちながらテキサスは周囲を警戒する。食事も余程の事がない限り二人で済ませ、長い時間を一緒に過ごす。
何も事件が起きる様子のないまま、二日、三日と経過していく中で、ソラに気が付いた一つある。それは夜の経過報告をする際、テキサスの耳がピクピクと動きながら、尻尾を僅かに振っている事だった。
内容までは聞こえてこない上、声色や表情には大きな変化は見受けられない。ほんの僅かで小さな変化でしかないのだから、ソラが気が付いたのも一緒に居続けているからだろう。
電話を終えて近づいてきたテキサスはいつもと変わらない感情の見えない表情。だからこそ余計にソラは疑問を抱いた。
「電話の相手ってお仕事の方ですか?」
「ん? あぁ。私たちトランスポーターの……纏めてるマネージャーみたいな人だ」
「……もしかして、あの極東特有の服を着たオニの男性?」
「よく分かったな。依頼の管理はシュテンが行っているから、こうして毎日報告をしないといけないんだ」
シュテンの話をしている間、テキサスの尻尾が動いているのをソラは見逃さない。
「……もしかしてシュテンさんのことが好きなんですか?」
「……何を突然言い出すんだ。そんな訳ないだろう」
「本当ですか?」
「本当だ。しつこいぞ」
顔と口調を観察している分には決して感情を見せない完璧なポーカーフェイス。ソラもしっかりと観察してなければ決して見破れなかっただろう。未だに揺れている尻尾を見ていなければ。
とは言え所詮は仕事の付き合いであり、深く追求する仲でも無い。依頼主とボディガードの関係が崩れる事はなかった。
四日、五日と経過した所で些細な変化すらテキサスには感じられなかった。ペンギン急便と言えば龍門の中でも名の知れた集団。ストーカー如きがなんとか出来る相手では無い為、諦めたのだろうと推測した。
それは報告を受けたシュテンも同じ推測をする。危険度の増す最終日には手の空いた誰かがもう一人来る手筈となってはいたが、テキサスから見ても不要と思える程の平和っぷりであった。
そして6日目。いつも通りにテキサスの荒い運転でソラと出勤するのが日課となっていた朝。
人気の少ない通り道を車両で通過しようとしたところ、目の前の道路に飛び出してきた小さな空き缶があった。
不自然に転がってきた空き缶であったが、風で転がってきたのかな、とソラが思ったその瞬間、
「──伏せろ!」
テキサスの掛け声と同時に、耳を劈くような爆発音と爆風が車両を襲った。
なんとか反射的にソラは身を屈めたものの、爆風の勢いでフロントガラスは割れ、タイヤは吹き飛んで一瞬の内に廃車となる。エンジンを巻き込んで大爆発しなかっただけでも幸いと言うべきか。
テキサスは素早く武器を手に取ると、車両から飛び出して身を隠しながら周囲を警戒する。
「……ソラはそのまま隠れてろ」
「は、はい。分かりました」
足で纏いだけにはなりたくない──そう思ってソラは息を殺して身を隠し続ける。その姿を一瞥したテキサスは、シュテンへと空メールを送って緊急事態を知らせつつ、敵の数を確認した。
「……五、六、七……まだまだ居るな。厄介な」
ストーカーどころの騒ぎではない。明らかに計画性のある行動をした手練の過激系マフィアである事は見るからに推測できる。準備不足に加え、敵の数、更には護衛対象がいるとなると割に合わないどころか、厳しい戦いになるのは必須だろう。
二人の鉄パイプを携えたマフィアが飛び出し、車両へと向かう。目的はソラである以上、彼女の狙うのは必然と言えた。
勿論、テキサスもそのまま放置するわけにもいかず、迎撃しなければならない。
身を低くしながら駆け抜ける速度はまるで風の如く。マフィア達の目にも止まらない速度で振り抜いた剣は彼等の鉄パイプを一太刀で両断する。
そのまま返す剣で袈裟斬り、逆袈裟斬りと一振りずつ切り払う。命までは取らないが、放置しておけば致命傷となるような深い一撃。
血を流しながら呻き声を上げて倒れ込んだ二人から視線を外すと、僅かに見えたレーザーサイトと反射した太陽光により、狙撃手の位置を確認。突進と同時に放たれた銃弾を避けて距離を縮めながら剣を投擲し、銃を破壊しながら狙撃手の胴体へと突き刺さった。
駆け足で近づいた後、その剣を遠慮なく引き抜くと、今度はアーツの気配を感じ取った為、先手を打つように最速の絶技で己のアーツを解き放った。
その名も剣雨。空から剣を模したアーツが降り注ぐ広範囲の一撃は、密かに隠れていた術士達を一網打尽にする。その姿は嵐を纏う如く激しい剣鬼。多くのマフィアが一瞬にして切り払われた。
「……それ以上、動くな」
「……ご、ごめんなさい。テキサスさん……」
だが、それもテキサス一人だからこそ出来ていた話に過ぎない。遠距離からの攻撃を対処するが余り、車両から離れ過ぎてしまったのが運の尽き。背後から忍び寄っていたマフィアにソラの身柄が確保され、その首筋にナイフが突き付けられていた。
「まさかあのテキサスがこの計画に噛んでるとは思わなかったぞ……随分とやってくれたな」
「……その薄汚い手を離せ」
「はっ、面白い事を言いやがる。元よりこっちはこいつが目的なんだよ。……いい手土産だ、お前もついてこい」
気が付けばテキサスの周りには十人近い武装集団が取り囲んでいる。それもテキサスを警戒しているのだろう、逆に人質に取られ兼ねないと注意しているのが理解出来た。
舌打ちをしながら殺気を飛ばすテキサス。だがそれも人質がいては意味を為さない。そのまま囲まれたようにしてスラム方面へと向かっていく一同。二人はただ大人しく着いていくしかなかった。
そして辿り着いたのは既に廃墟となっていた工場の一角。そこにはさっきまでの数とは比べ物にならない、少なく見積っても五十は超える程のマフィアの集団であった。
(これは……想像以上に大きな組織が絡んでいたみたいだな……)
ソラを人質に取られたまま、テキサスは中央に座していたリーダー格の男──恐らくはボスなのだろう──の前へと連れて行かれる。
見た所、鉱石病の進行が進んでいるサルカズの大男。横に携えた大斧からかなりの膂力を誇っているのが伺えた。
「久しいな、テキサス。まさかこんな所で会うとは思わなかったぞ」
さも当然のように話し掛けてくるサルカズの男。しかしテキサスにそんな男の事などまるで記憶にない。
「……お前のようなサルカズの知り合いなどいない」
「そうだろうな。所詮俺はシラクーザで生まれたマフィアの一つに過ぎねえ。……こう言えば分かるか?」
「……成程。わざわざ潰された組織が龍門でコソコソと生き延びてるとは。情けない限りだな」
「あぁ、その通りだよ! お前とラップランドを相手に、シラクーザのマフィア共は頭を垂れるしか生きる道は無かった! だからこそ俺はここにいる! ……だがどうだ? この有様は」
シラクーザに於けるテキサスとマフィアの因縁は一筋縄で行くものでは無い。しかし彼女からしたら大勢の内の一人にしか過ぎない存在なのだ。覚えている事など無理に等しい。
だがサルカズの男にとってテキサスとはまさに恐怖の象徴のような女。そんな女が自分に対して逆らえもしない事実は呆気無さすぎて落胆すら覚えていた。
「ラップランドもいねえどころか、まさかアイドルのお守りをやってるとはな。あのテキサスが落ちる所まで落ちたものだ」
「落ちた? 冗談は寝てから言え。あの暗黒の日々からようやく上り始めた所だ」
「はっ、まぁ良い。俺の目的はそこのガキだ。てめえじゃねぇ。だからよ……」
ソラという人質がいる為か、サルカズの男は何処までも不遜で傲慢な態度を崩しはしない。となれば因縁であるテキサスが無防備に目の前でいるなど、彼に取ってみればその辺に極上の女が転がっているのと等しい。
その強面が獰猛な笑みを浮かべて立ち上がると同時に足を大きく振り上げ、そして──
「嬲り殺してやるよ」
「──かっ、ふ!」
サルカズの大男から放たれた蹴り。鉱石病で身体能力が向上しているのか、まるで自動車に吹き飛ばされたようにテキサスの体が産業廃棄物の中へと叩き込まれた。
無防備なまま一撃を受けたテキサスは意識があったものの、内臓は傷付き、肋骨は折れて口元から血が流れていた。
「──な、テ、テキサスさん! どうして!? ……テキサスさんに酷い事するならあたしにやってよ! 彼女は関係ないんでしょ!?」
「はっ、アイドルの癖に威勢の良いガキじゃねえか。腕の一本くらい折っておくか? ……なぁテキサス?」
自身のせいで傷付いていくテキサスを見ていられないのか、涙を流しながらソラはマフィアを睨みつける。だがこの無法地帯において暴力に勝るものなどこの場にはない。
加虐的な表情を浮かべたサルカズは今にも倒れそうなテキサスに問い掛ける。もう二度と味わえないような高揚感を感じながら。
「折るなら私の腕を折るといい」
「よく言った! ……おいそこのお前。てめぇもテキサスに仲間を殺された恨みがあるだろ。やっていいぞ」
痛みなどないと言わんばかりに堂々とした振舞いと芯のある意志を貫きながら、テキサスは言い放った。だがバットを渡されたループスの男はテキサスへと近付く。その目には確かな怒りを抱いて渾身の力で獲物を握り、そして、
「────ッ!」
鈍い音と共にバットが振り抜かれて、テキサスの腕があらぬ方向へと曲がった。
思わずソラも目を背けてしまう光景。激痛が走ろうとも僅かにでも叫び声を上げないのはテキサスなりの意地なのだろう。だが決して簡単に耐えられる痛みではない。脂汗が滲み、荒い呼吸をひたすらに続けていた。
「次は足でもいくか? 先に折っておかねえと何されるか分かんねえからな」
「好きに……すると、いい。……その前に……一つ聞かせろ。何故ソラを、攫った?」
「なんだ、何も知らねえのか。良いぜ、冥土の土産だ。教えてやる」
そしてサルカズは悠々とした態度で全てを語り始めた。テキサスとラップランドに追われて龍門へと辿り着いた彼等は、目に付けられないように地道に力を蓄えていった。
その後、とある芸能事務所の黒い噂を聞きつけて庇護下に置く事でその対価を貰う──所謂、ケツ持ちとして資金を潤沢に集めて活動していたのだ。
だがここ最近、ライバルの芸能事務所から出たアイドルのせいで売れ行きが激減。みかじめ料も払えない程の売上しか出なくなってしまう。
その為のイベント妨害やソラの誘拐。旬こそが売りのアイドルにとって躓く事はあってはならないと分かっているからこそ、芸能事務所はマフィアに依頼を持ち掛けたのだ。
「お前の所からは身代金を貰い、こっちの事務所からは依頼料を巻き上げる。俺達としてはこれで龍門とはおさらばする予定だったんだよ。……死に際に理解したか?」
「あぁ、助かる。……お陰で間に合ったよ」
「……あ? そりゃあどういう──」
サルカズの男が口を開いたその瞬間、目を眩ませるほどの閃光と爆音が鳴り響く。
ほとんどのマフィアが身動きも取れなくなる中、二人のトランスポーターが突入してきた。
「お待たせ! あっちゃー……酷くやられちゃってるなんて珍しい。大丈夫?」
「なんとかな……急いで逃げるぞ」
「君がソラはんやね。ほな急いで逃げるで」
「……? え!? えっと何が起きてるんです!?」
閃光弾の中をエクシアとクロワッサンが駆け抜けて、なんとかテキサスとソラの身柄を確保する。テキサスは咄嗟に耳を塞いだものの、ソラは全く対応できなかったようでクロワッサンに引かれるまま廃墟を脱出した。
マフィア達が視界と聴覚を取り戻した頃には、既に彼女たちの姿は見当たらなくなっていたのだった。
エクシア達が乗ってきた車両にテキサスとソラを乗せ、急いで病院へと向かう。道中でシュテンへと報告を入れた所、直ぐに向かうって返事が返ってきたよと聞くと、激痛を堪えているテキサスが少しだけ俯く。
その後、緊急で医者に診断して貰ったところ、命に別条は無いものの絶対安静で過ごすように、とのお言葉を頂いた。
肋骨と腕部の骨折に加え、内臓損傷による喀血。一目見ただけで重症だと言える。
「ご、ごめんなさいテキサスさん……あたしのせいで……ごめんなさい……」
「まぁまぁ、ソラちゃん、だっけ? 私達トランスポーターに怪我は付き物なんだから大丈夫だって! ……ここまでやられるのは珍しいけどね」
「う、うぅ……ごめんなさい……」
「あーあ、エクシアはんが泣かせてもうた……」
エクシアの余分な一言のせいで、ボロボロと涙を流しながら謝罪するソラ。フォローするどころか悪化させてる間抜け具合にクロワッサンは呆れた表情で見ていた。
「……別に死んだわけじゃない。ペンギン急便で働く以上はこのくらいの傷など想定内だ。……ソラが無事でいてくれて良かったよ」
「うー! テ、テキサスさーん!」
「い、痛っ──だ、抱き着くな」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
感極まったソラはベッドの上で療養しているテキサスに抱擁する。当然、全身に怪我を負っているテキサスに対して、そのような行為は厳禁であった為、激痛が走って顔を歪ませた。
その事に気が付いて慌てて離れるソラ。そんな二人をエクシアとクロワッサンは見守るように微笑んで見ていた。
「エクシア、クロワッサン。すまないがソラの事を頼む。……明日が本命だから間違いなく襲撃に来る筈だ。組織の規模も把握出来たから、準備さえしておけば遅れを取る事はない」
「私にまっかせてー。テキサスがやられた分やり返しておくよ」
「ほな、今日はもう身を隠して過ごした方が良さそうやな」
「あぁ、事務所にはシュテンから連絡してもらうように伝えておく」
喋るのも辛いのだろう、脂汗が滲み始めている様子を察した三人は、必要な会話を終えると病院を後にしてペンギン急便の隠れ家へと向かった。
そして病院に到着してから一時間もしない内に、ガチャリと扉を開けてシュテンが病室に訪れる。その手には診断書を持っていた為、医者の元に訪れた後に来たのだろう。
「随分と派手にやられたな。ソラを人質にでも取られたか?」
「……すまない」
「毎日同じ経路で仕事に向かっていたみたいだな、そうなると待ち伏せするのも容易い。……長期間の護衛が初めてとは言え、考慮しておくべきだったな」
「……すまない」
淡々と無表情のまま告げてくるシュテンに対し、テキサスは俯き加減のままポツポツと言葉を零す。彼女の胸を占めているのは怒りや悲しみなどでは無く悔しさ。
シュテンに任されておきながら大怪我を負ってしまった不甲斐ない自分と失望されかねない結果に歯痒さを感じていた。
そんなテキサスに一歩、二歩と歩みを進めて近付く。怯えたように震えるテキサスの肩。その肩をシュテンは優しく抱き締めた。
「全て俺の失態だ、すまない。ただのありがちなストーカー被害だと決めつけて取り掛かっていた。万が一を考慮して二人体制で動くべきだったし、背景を入念に調べておくべきだった」
「……ち、違うんだ。シュテンのせいじゃない。私の警戒が怠っていたせいで──」
「それを含めて俺のせいなんだよ。テキサスはテキサスでソラをしっかりと護衛し、その責務をしっかりと果たしてくれただろう。……だからなにがあったのか、全て報告してくれ」
一度離れたシュテンと目を合わせながら、テキサスは事の顛末を全て話す。爆薬で車両が破壊された事、ソラが人質に取られた事、そして鉱石病が進行している巨躯のサルカズの男との因縁で、一方的に殴られた事──エクシア達が助けに来るまでの流れを事細かに説明した。
シュテンは無表情を崩さず真剣な眼差しを話を聞いて思案すること数瞬、一つの可能性に辿り着いた。
「……なるほど。そこまで用意周到にやって来ておきながら監視されている気配すらないと芸能事務所に内通者がいるかもしれんな。ソラのスケジュールを把握している誰かが」
「可能性はある。だが──つぅ!」
「悪い、何時までも話してる場合じゃなかったな。安静にしてるといい。──後の事は全部俺に任せておけ。目が覚めたら全て解決している」
痛む腹部を抑えて顔を歪ませたテキサス。配慮が足りなかったと詫びながら、シュテンは体を支えつつ、ベッドに寝るようにと促した。
「……だがシュテンの力はそんな簡単に奮って良いものじゃないだろう?」
「そうだな。だが皇帝からの許可は取ってある。……何、久しぶりに腸が煮えくり返りそうな気分なんだ。誰にも止めさせはせんよ」
精々シュテンの──酒呑童子の実力をペンギン急便の中でも知るのは、皇帝とモスティマ、そしてその片鱗に触れたテキサス位なものだ。
自制の効かない暴虐と破壊のみに特化したその力は、余りにも無慈悲。ただでさえ殺しが御法度の龍門で振る舞えるものでは無い。
だが深紅の瞳には燻るように漏れ出す憤怒の気配が確かにあった。テキサス自身に向けられている訳でもないのにゾクリと背中を駆け上がる悪寒。だがどこか頗る心地良くも感じる。
そしてシュテンは弧を描くように吊り上がった口元を隠そうともせずに淡々と言った。
「俺達のルールはやられたらやり返す。これに尽きる。誰に喧嘩を売ったのか解らせてやれ──これが俺と皇帝が昔から守って来た原則であり、歩んできた道だ。だからこそこうして今がある」
「……だからこそ、お前が出ると?」
「打草驚蛇。しかし出てきたのは鬼だったってな。たまには狂気の血に身を任せてみるのも悪くは無い」
その日、酒呑童子が龍門に降り立った。
人々の喧騒が響く街並みからから大きく離れた薄暗い無法地帯。ゴミが散乱し、お世辞にも安全とは言えないその場所に一人のオニの男が立っていた。
憤怒に彩られた深紅の目に白銀の長髪。浅く浮かべる笑みが不気味さを一層沸き立たせている。羽織る衣装は波文様が描かれており、伝統的な極東の意匠が感じられた。
人気のないスラム街を一歩踏み込めば、金属片の擦れる独特の音が響き渡る。そのくらいの静けさの中、迷いも無く進んでいく。
既に一人を闇に葬り去って情報を得た後なのだ。彼の──シュテンの足に迷いなどある筈もない。
芸能事務所の裏切り者は強引な手口の末、すぐに割り出す事が出来た。多額の報酬に目が眩んでテキサス含むその情報を相手の芸能事務所に売り渡していたらしい。
そしてイベント前日の今夜。計画が頓挫しかけた事もあり、緊急でこのスラム街に集まる事となったのだと簡単に
歩き続けること十分が経った頃、少し開けた場所には既に怪しい人物による人集りが出来ていた。
「貴様らか、諸悪の根源は」
獰猛なまでに鋭い犬歯を覗かせながら凛とした透き通る声が響く。シュテンの正面にいたのは全身を黒に統一した見るからに怪しい集団。
ようやく見つけたと言わんばかりに口角を上げながら笑みを浮かべ、シュテンは背丈ほどはある巨大な幅広の大刀を片手で担ぎ上げる。
「……誰だ?」
「そうだな。テキサスの上司って言えば分かるか?」
「──ッ!」
訝しげな視線を送っていた彼等は男が名乗り上げると一転、各々が武器を手に取り瞬時にして警戒態勢へと変わる。その身のこなしは奇襲、襲撃などの戦いに慣れている様を見事に表しているものの、シュテンは笑みを崩しはしなかった。
「何故ここが分かった?」
「知った所で忘れる運命だ、気にするな。……さて、サルカズの大男。リーダーはお前だな?」
「良く分かってんじゃねえか。なんだ、テキサスに対しての報復か? だがそれはお門違いだぜ。アイツは何百と言うシラクーザのマフィア共を平気で殺してきた殺人鬼だ。逆に言えば俺達が報復しただけなんだぜ?」
「平気で、ね。……何、元より問答や戯言を聞くつもりは無い。
「はっ、狂ってやがるな。……あいつを始末するぞ」
「嗚呼、話が早くて助かる。直ぐに片付けよう」
集団の中でも取り分け高身長の、サルカズの男が指示を出した瞬間、武器を構えた者達が一気に間合いを詰めに掛かる。短剣、大剣、大斧、弓、杖……マフィアの中でも優秀な人材を選び抜いてバランス良く護衛に付けてきた。
まさに多勢に無勢。単独での襲撃は無謀である事は一目瞭然だろう。現にサルカズの男は被ったフードから僅かに見える口元には笑みが浮かんでいるのだから。
──戦いは一瞬であった。
まず最初に突っ込んだ仲間がシュテンの持つ鞘を投擲され、無惨にも四肢と内臓を飛び散らすほどの衝撃を受けて即死。何が起きたのか分からないまま、二人目の仲間は駆けてきた男の大刀の袈裟斬りを受け、真っ二つ。
後方にいた弓使いは恐怖のあまり動けなくなり、術士はなんとか援護を入れようと震える手をなんとか動かしたその瞬間、亡くなった仲間の大剣が投擲され、脳漿をぶち撒けた。
大斧を構えていたサルカズの男も一瞬の出来事に思わず立ち止まり、周囲を見渡す。気の知れた抜群なチームワークを誇っていた仲間たちは自分を除き残り一人。幾ら現状把握に努めようとも、この惨状を理解出来るほど彼の心が着いて行かなかった。
「……は、はは」
脳天を貫く程に刺激的な光景と悪臭。辺り一面を血に染め上げながらも、何故か目の前の男に返り血は見受けられない。血の滴る大刀をだらんと下げながら、笑みを浮かべているだけ。
ただそれだけなのに最早サルカズの男の顔には恐怖しか浮かび上がっていなかった。
「クソが! 死にやがれ!」
鉱石病故に強化されたアーツ。そのアーツによって強靭となった肉体から放たれる一撃は唯一無二と呼べる程の衝撃を秘めている。
並のループスよりも強靭なテキサスを、無防備とはいえ一撃で沈めるその膂力は計り知れないだろう。
「この俺に力で挑むだと? 面白い奴だな」
酒呑童子が誇る最大の特徴は、体の強固さでも再生力でも反射神経でもアーツでもない。──ただ純粋な腕力。それだけだ。
一回りも二回りも腕の細いシュテンに、いとも容易く大斧を掴まれ、そして拳を握り込めば刃が砕ける。到底理屈やアーツでは理解出来ない、その血が為せる特殊な体質。
これ程の圧倒的な力を見せられては、最早サルカズの男には逆らう気力など残る筈も無かった。
「この、悪魔め…」
「悪魔、か。そう感じるにはまだ早いぞ」
諦めて砕けた大斧手放したサルカズの男へと歩み寄り、その首を遠慮なく掴む。長身痩躯と言っても過言ではないその体型から異常とも言える程の膂力。片手で容易く自身の体が持ち上げられ、へし折られかねない程の圧に窒息しながらついに足までもが浮き上がった。
「貴様らだけの犯行じゃないだろう? 報告を聞くに大きな組織のマフィアらしいじゃないか。……洗いざらい情報を吐いてもらったその時、初めて悪魔を見られるかもな」
「がっ……ぐっ!!」
テキサスに手を出すべきではなかった──自身の判断に心の底から恨みながら、サルカズの男は自身の持つ全ての情報を漏らす事となる。
次の日の朝、周辺警備に当たっていた龍門近衛局が見つけたのは、悲惨な姿にされた5人の死体と、以前から目を付けていたマフィアの組織グループがアジトごと壊滅されていたと言うものであった。
翌朝、緊張した面持ちでエクシアとクロワッサンに護衛されながら、事務所へと辿り着いたソラの元に、驚きの情報が次々と流れ込んできた。
まずストーカー被害の犯人は捕まった為、イベントの妨害とソラへの被害は無くなったという事。更にライバルだった芸能事務所が業界から撤退。そして一番驚きだったのが、専属で尽くしてくれていたマネージャーが突然退社したと言う話だった。
とは言え刻々と時間は刻み続ける。イベントまで時間に余裕がある訳では無いソラは慌てて準備を進めながら、リハーサルを行う為にも急いで会場へと向かった。
「……じゃあ私達はこの辺で依頼完了って事でいいかな?」
「はい、無事に解決しましたので……エンペラーさんとシュテンさん、そしてテキサスさんにもによろしく伝えておいてください」
「……にしても一日で解決しはるなんて、やっぱシュテンはんが裏で動いとったんかなー?」
「なんか後ろめたい情報や近衛局とか使って潰しそうな感じでしょ」
「あ、なんかそれめっちゃ分かるわ」
まさか武力行使だとは思いもよらない二人は芸能事務所を後にしてペンギン急便の拠点へと帰る。
その後、大勢のファンと観衆に囲まれながら、イベントやライブを大成功させたソラは、一躍龍門での話題のアイドルとなる。その際に披露した歌は大切な人へ贈る感謝の気持ちを綴った歌詞であった。
入院しているテキサスに向けて気持ちを込めた歌が彼女の代表曲になるのは言うまでもないだろう。
そして一年後。アイドル活動が落ち着き始めたところでソラがペンギン急便に入社をする。
それはテキサスに救われた命の恩返ししたい──ただその一心からだった。
テキサスが不憫な感じになっちゃいましたが、このくらいじゃないとソラがペンギン急便に入る程のテキサス狂いにはならないよね、って感じで不本意ながら執筆しました。
後、シュテンとマフィアがスラム街で好き放題してるから鼠王とか出したかったけど文字数が大変な事になりそうなので諦めました。