皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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可愛いエクシアの話。



天使は想いを胸に秘めて

 ペンギン急便は配達から要人警護、道案内に至るまで、運ぶ事に関することなら何でも遂行する為か、日常的に多種多様の依頼が舞い込んでくる。日によっては仕事に困るどころか人手が足りない日もあるのだから、トランスポーター界隈での知名度は相当なものである事は見て取れた。

 それほどの仕事内容でありながらも、仕事の分配や日程については基本的に各自の自由で取り決めている。更には報酬も千差万別である事から、トランスポーター達はその日の気分によって仕事内容を大きく変えたりもしていた。

 

「で、エクシア。お前は午後から仕事を入れていないのか?」

「うん。午前中はロドスの割のいい仕事したし良いかなーって」

 

 もうすぐ正午を回ると言ったところで、ペンギン急便の主な拠点となる室内にいたのはエクシアとシュテンの二人のみ。トランスポーター達はまだしも、エンペラーがどこに行ったのかはシュテンさえも知らない。と言うより興味も無い。

 

「感謝しろよ。ロドスからこれだけの依頼報酬を貰うのに苦労したんだからな」

「確かにお財布も潤ってきて感謝してるけど、私達が初めて向こうに行った時はグチグチと言われたんだよ? 特にケルシーって人からかなーり!」

「それは負け犬の遠吠えだ、気にするな」

 

 キーボードをカタカタと打ち込みながら、シュテンはデータ端末と見つめている。特にやる事が無くて暇を持て余しているのか、エクシアも彼の横に椅子を置いて並ぶように座っていた。

 

「それにしてもシュテンやる事って幅広いよね。あたし達のフォローとかもあるし大変じゃないの?」

「大変は大変だが、お前たちみたいに命を賭ける仕事をしてる訳じゃないからな。最大限のサポートをして守ってやるのが最低限の仕事なんだよ」

「……サラッと言うけど全員分のサポートだけでも結構な量だよね? いつも助かってるから感謝してるけど。……ちなみにシュテンって幾らくらい給料貰ってるの?」

 

 トランスポーター達の給料はそれぞれの仕事量で大きく変わる為、一概に幾らとは言えない。だかエクシアもペンギン急便では中々の稼ぎ手だと自負しており、当然そうなればペンギン急便への売上に貢献してると言える。

 だがそれは仕事内容に対して果たして正当な対価であるかどうかはよく分かっていない。となれば他の社員と比べてみるしかないとエクシアは常々考えていた。

 かと言ってペンギン急便で働く人材でトランスポーターとは違う雇用形態と呼べるのはエンペラー、シュテン、遠方を担当するモスティマ、そしてたまに姿を見せるイースくらいなもの。

 モスティマは非常に危険の伴う遠方の依頼を受けつつ、現地でも新たな依頼を受けたりと言う生活を繰り返している事から、常駐しているトランスポーターとは比べ物にならないだろう。

 エンペラーはボスだから例外として、イースも滅多に姿を見せない上、武器の修理やらドリンクの補充やらで少しの間現れたりするのみ。

 となれば身近なシュテンに聞いてみるしかないとエクシアは判断したのだ。

 

「給料か。さてどうだったかな」

「いいじゃーん。教えてよー」

「秘密にしてる訳じゃないんだが……そこの引き出しに明細でも入ってないか?」

 

 秘密にすると言うよりも、さほど金に対する執着が薄いのか自身のテーブルの上にある置棚を示す。

 シュテンにもたれ掛かるようにして、エクシアはテーブルの上へと手を伸ばし、小さな置棚の引き出しを漁った。

 

「あったあった。えーっと……え……んん?」

「どうした?」

「い、いやいやいや! 流石にシュテンはあたしより貰ってるなーって思ってよく考えたら桁が! 桁が違うんですけど!」

「そんな馬鹿な事……ホントだな、いつからこんな貰ってたんだ?」

 

 会社の金の管理はエンペラーに任せ切りである上、元々ペンギン急便に来る前から金を持っていたシュテンは給料明細は見る事もせず、無頓着な生活を送っていた。

 そのとんでもない格差に気が付いたエクシアは納得行かない様子で立ち上がり、テーブルを叩きながら抗議している。

 

「納得行かないんだけど!? なんで現場で働いてるあたし達……って言い方は良くないけどさ! でもいくら何でも格差が酷くない!?」

「……まぁペンギン急便をここまで成長させた元々の実績と功績もあるからな。後は別件で動いてたりするのもある。……でも一番大きいのはお前らが出した被害額──それも0が5個や6個平気で付くのを半分以下に抑えてる所じゃないか?」

 

 問答無用で暴れ回るエクシアを筆頭にペンギン急便のトランスポーターはその場の勢いだけで抗争をすることが多い。そうなると龍門市街からの損害賠償だったり、近衛局からの公共物の修理費用だったり、ペンギン急便の銃弾や爆薬などの消耗品だったり──その場合では基本的に依頼報酬が上乗せとは言え、その額は依頼料の80%に上ることもざらにあった。

 その為、シュテンがあの手この手で苦労を重ねてきた結果、なんとか40%を上回る事が無くなるほどに抑え込んだ。当然、その分泣きを見てる企業もある訳だが。

 その報告を聞いたエンペラーが珍しく感謝感激を述べたくらいであったのだから、その手柄は凄まじい事なのだろう。

 

「そ、それを言われると返す言葉が無くなっちゃうなー……あはは」

「その総額に比べたら俺の給料なんて微々たるもんだ。……何せかなり苦労したからな。修繕作業に携われる企業を龍門から全て洗い出して、徹底的に調べ上げた。その中でも叩けば埃が出てくる所に脅迫──協力を頼み込んで何とか出来た関係だ」

「今脅迫って言ってなかった!? ねえ!?」

「馬鹿な事を言うな、貴重なパートナーの関係だぞ。契約の際にも龍門近衛局の名前を出せば快く引き受けてくれたさ」

「完っ全にアウトな会社だよね! それって!」

 

 澄んだ瞳で遠くを見つめながら珈琲を味わうシュテンの表情は、非常に穏やかでやり切ったような顔をしていた。

 

「と言っても依頼によっては賞与も出るし、ウチの社員はトランスポーターの中でもずば抜けて給料は良いはずだと思うが……金で困った事でもあるのか?」

「あ、ううん。そういう事じゃなくて、純粋に気になっただけだから」

 

 本気で心配してくれている事を察したエクシアは、慌てて首を横に振って否定する。本人絶対に肯定しないものの、身内には親身になって相談に乗ってくれるのがシュテンなのだ。

 

「だったら良いが。不満があるようなら俺から皇帝に言っておくから何時でも言うと良い」

「うん、ありがと。……そう言えばさ、一つ聞きたかったんだけど」

「どうした?」

「……ソラがシュテンの家に泊まったってホント? 本人が言っててテキサスが凄い形相だったんだけど」

 

 何気ない会話の中でふと、エクシア上目遣いで見つめてくる。そこまで真偽を確かめたいのか、彼女にしては珍しく真面目な表情をしていたが、シュテンは淡々と仕事を進めながら答えた。

 

「嗚呼、そんな事か。自衛手段を少し教える為に呼んだだけだ」

「それは本人からも聞いて色んな防犯グッズを見せてもらったけれど……本当にそれだけなの?」

「……突然どうした? 後は精々俺が揶揄って顔を真っ赤にしてたくらいだ」

「あー……それであのソラの反応なんだ……納得」

 

 テキサスがソラを問い詰めた時、真っ赤な表情になって黙り込んでしまった彼女の姿を見て、誰もが一線を超えてしまったのだと思わず察してしまった。テキサスもその場から逃亡してしまい、真実は闇の中になっていたのだが、その説明を聞いて漸くエクシアは合点がいく。

 

 そんな時である。正午が過ぎても喋り込んでいたところ、エクシアのお腹の辺りから可愛らしい小さな音が聞こえてきた。勢い良く両手でお腹を隠し、少し紅潮した顔でシュテンを睨み付ける。

 普段は陽気なパリピキャラを演じているエクシアでも空腹を告げる音を聞かれたのは恥ずかしいのだろう。

 

「エクシアの可愛いお腹が待ち切れないみたいだから一緒に昼食にでも行くか?」

「わ、わざわざ口に出さなくても良いじゃん! 意地悪なんだから!」

「なんだ、行かないのか?」

「行くよ! シュテンの奢りだからお昼代浮くし! 焼き肉がいいかな! 完全個室の超高級店が行きたい気分!」

 

 何とも現金なエクシアに腕を抱き着かれて、シュテンは呆れ顔で立ち上がった。

 

 

 

 シュテンに連れて行かれるまま私用のスポーツカーに乗り、龍門の中心地にある繁華街へ連れて行かれる。その中でも明らかに縁が無いと断言出来る店構えの場所にエクシアは到着した。

 店内に入るとそこで待ち構えていた店員に案内されるまま、座席へと着席する。

 それはエクシアが希望した、完全個室の高級焼肉であった。

 

「ほ、本当に来るなんて……」

「ほら、好きな物頼んでいいぞ。流石にアルコールは控えてもらうがな」

 

 メニューを手渡されて、エクシアは恐る恐る中身を確認する。特選だの最高級だのと記載されていたり、聞いた事も無い部位の肉がメニューに並んでいたが、暫くしてとんでもない事実に気が付き、思わず勢い良くメニューを閉じた。

 

「あ、あのシュテンさん。メニューに値段が書いてないのですが……」

「嗚呼、金の心配はいらん。カードがあるからな。お金の湧き出てくる魔法のカードが」

「それ湧き出てないから! 通帳からちゃんと減ってるから! ……ってそうじゃなくて! 怖くて頼めないんだけど!?」

「普段の仕事はあれだけ好きにやってるのに、つまらんところで律儀になるなよ……。じゃあいつも通りのコースで頼む」

 

 律儀に待っていた店員にそう告げると、畏まりましたの一言を告げて足早に姿を消す。

 

「いつも通りって……そんなよく来る所なの?」

「俺と言うよりは皇帝の行き付けだな。月に一度は必ず来るくらいの顔馴染みの店だ。何年も世話になってるよ」

「うわぁ……何だか格差を感じるなぁ……」

 

 社員は細々とアウトローさえ集まるようなバーや飲み屋で語り明かす中、エンペラーとシュテンは二人で好き放題やっている事を考えると、何だか複雑な気分になるものだ。

 

「……言っとくが、皇帝はペンギン急便の利益なんか遊ぶ為の金って言うレベルで金を持ってるぞ? あれでも音楽界隈じゃ世界に名が売れてるからな。プライベートじゃ殆どアイツの支払いだ」

「……なんかもう二人が雲の上の存在に見えてきたよ……。でもそう思うとシュテンってボスと仲良いよね」

 

 まずテーブルに運ばれて来たのは最高級の厚切りタン。流石にエクシアも奢られるだけなんて悪いと思ったのか、トングを我先にと張り切って取る。

 肉の焼けて脂が弾ける音と食欲のそそる香ばしい匂い。美味しそうに焼かれていく肉に思わず視線奪われながら、エクシアは口を開いた。

 

「確かモスティマが来る前から二人とも一緒だったんでしょ? 一体どんな関係で知り合ったのかなーって気になっちゃうんだけど」

「……また今度な」

「えー……じゃあシュテンってペンギン急便に入る前は何をやってたの?」

「……また今度な」

「もー! いっつもそれで終わっちゃうし、全然話してくれないままだし! 少しくらい教えてくれてもいいじゃーん! ね、ね?」

 

 何度聞き出そうとしても話してくれないシュテンの過去。いい加減痺れを切らしたエクシアは、はしたなくバタバタと暴れ出す。──奢ってもらう上にここが高級店だと言うのも忘れて。

 呆れたように溜息を吐いたシュテンは渋々と言った様子で話を続けた。

 

「……あの時は傭兵まがいで色々と国を跨いで世界を歩いていたからな。今のモスティマに近い。その時に知り合ったんだよ」

「へー、そうなの? 戦闘よりも頭脳ってイメージしか無かったよ。でも、なんでそこからペンギン急便に?」

「……さてな。何十年も昔の事だ、覚えてない。俺も若かった頃はヤンチャしてたから落ち着きたかったんだろ」

「あー! またそうやって誤魔化して! 確かに私が入った頃からシュテンの見た目は変わってないけど、そんなおじさんじゃないでしょ!」

「……おじさん言うな」

「……え? ホントなの?」

 

 シュテンの過去以上が聞きたかったはずなのに、それ以上の衝撃の事実に思わず固まってしまうエクシア。まだ自分が少女と言える年齢だった頃から良くしてくれたお兄ちゃんと言う立ち位置だったシュテンが、まさかそんなおじさんだったとは思わなかった。

 ──確かに言われてみればそうだった。見た目はいつまでも若々しいのに立ち振る舞いは異様なまでに落ち着きがある。なんだか知識が古臭かったり、ジェネレーションギャップを感じたり──よくよく考えればその片鱗は多数出ていたのだ。

 

「うわぁ……なんだかショックだなぁ……。まさかシュテンがおじさんだったなんて……はぁ……」

「生まれつき特殊な体質なものだから一般的な感覚で言われても困るがな」

 

 そんな間に肉は焼けて、シュテンが次から次へと皿に移していく。

 

「肉が焼けたぞ。食べさせてやるから口を開けろ」

「……あーん。──ッ! 何これ!? めちゃ美味い!」

「ほら、もっと食え」

「あーん。んんー! うま! 今まで食べたお肉なんて比較にならないくらいなんだけど!」

 

 頭を抱えていたエクシアは肉を食べさせてもらった瞬間に一転、蕩けるように頬を緩ませてご機嫌な様子だ。続いてカルビ、ヒレ、更には希少部位のサンカクやザブトンなど普段ではお目にかからない代物を最高級で味わえるなど、夢のようなものだろう。

 更には脂っこさを感じていた頃に運ばれてくるアルコールの飲み物。流石のエクシアも戸惑いを見せていたものの、シュテンに遠慮するなと言われれば手をつけざるを得ない。

 

 ──それは全て、シュテンの過去の口封じと余分な詮索を避ける為に取った行動であった。

 

 

 

「あー、もうお腹いっぱい。お肉も美味しくていい感じにお酒も入ってるしサイッコーの気分だよ」

「そりゃあ良かったな。特にやる事ないなら早上がりで帰っても良いぞ」

「ううん。もうちょっとここにいる」

 

 昼食を終えたシュテンは休憩もそこそこに、拠点に戻って午後からの仕事に取り掛かる。とは言え早急の案件は午前中のうちに片付けていた事もあり、比較的余裕そうな様子で書類に目を通していた。

 そしてふと懐から取り出したのは、年季が入りつつも手入れがしっかりとされている煙管。雁首に刻み煙草を詰め込むと火を付けて遠慮なく一服し始めた。

 

「……あれ? シュテンってタバコ吸ってたっけ? 初めて見た気がするんだけど」

「……ん? あぁ、長い事禁煙してたからな。知らないのも無理はない。つい機会があって皇帝の葉巻を吸ったらどうも止められなくてな……」

 

 見たことの無い光景に物珍しそうに見つめているエクシア。禁煙していた人がふとした切っ掛けで再度喫煙者になるのはよくある話とは言え、エクシアが入ってからの数年はまるで吸っている気配を見せていなかったのだ。

 加えてアイドルであるソラにも気を使っての事だろう。喫煙を再開したとしても彼女がいる前で煙管を咥えている事は無かったのだから、気付けなかったのにも納得が行くものだった。

 

「へー、全然知らなかったよ。……ね、一回吸わせて貰ってもいい?」

「別に構わないが酔いと相俟って吐くなよ?」

 

 エンペラーと言い昔のテキサスと言い、未成年の頃から喫煙者を見てきたエクシアにはどこか憧れという物があった。思わずお酒の勢いで頼み込んでしまうもシュテンは承諾。初めての経験に少しドキドキしながら、エクシアは煙管をシュテンから受け取る。火が燻っている吸いかけの煙管を口に咥えると、その吸い込んだ煙の匂いに驚愕を覚えた。

 

「ん? あれ? なんかこれって……何だっけ? 想像していた煙草と全然違うって言うか……いや違うものだよね?」

「あははっ、何混乱してるんだよ。これは煙草もどきのただのフレーバーだ。香りを楽しむ為だけに特注で作らせ──作って貰った代物だ」

「あ、シュテンが笑うなんてすっごい珍しい!」

「食いつくのそこかよ」

 

 気構えていたエクシアだったにも関わらず、その味は余りに拍子抜けだった為、思わずパニックになってしまう。ちょっとした遊び心でエクシアを揶揄ったものの、思いの外良い反応をしてくれた事にシュテンは笑い声を上げる。

 口の中に煙草の匂いが移る──そうとある人物に言われてしまった以上、シュテンは簡単に喫煙者へと戻る訳にもいかない。その雰囲気だけでも味わおうと苦肉の策として作らせたのがこのフレーバーであった。

 当然、煙が出る以上は身体に良いとは言えない代物なのだがそこはあまり気にしないのようである。

 

「なんかこの香り……こーいう感じ好きかも。……懐かしいような、良く香る匂いのような……何だろ、モヤモヤするー!」

「……極東特有の桜の香りだ。ほら、俺が使ってる香水と似た香りだからそのせいだろう」

「……くんくん。うん、確かに似てるかも」

「首筋で匂いを嗅ぐな。変態かお前は」

 

 一気に身を寄せ、首筋に鼻を宛てがう。普段なら考えられないくらいの大胆さはお酒の力もあるだろうが、久しぶりにシュテンと二人で過ごす時間に甘える癖が出たのかもしれない。そんな変態扱いされた本人であるエクシアも無邪気に笑うだけであり、シュテンも呆れたように微笑むだけであった。

 意外にも桜の香りが気に入ったのか、1回と言っていたエクシアは、そのまま何回か吸い込んで香りを堪能している。が、それも束の間、刻み煙草は燃え尽きてしまい、煙が出なくなってしまった。

 

「……あれ、これで終わり?」

「嗚呼、そうだ。そしたら中身を捨ててまた新しく入れれば吸えるぞ」

「ねぇ、他にも違う匂いの奴とか無いの?」

「……そうだな。ちょっと貸してみろ。……ほら、これとかどうだ?」

 

 エクシアから返してもらった煙管に新しい刻み煙草を詰めて火をつける。シュテンは一口吸って火種が出来たことを確認すると、彼女へと手渡した。

 

「どれどれ──ん! こ、これはまさか……林檎!」

「そうだ。アップルパイ好きのお前には丁度いいんじゃないか?」

「いやいや、こんなの吸っちゃったらアップルパイ食べたくなっちゃうって。三時になったら一緒に食べに行こうよ」

「昨日自分用に手作りしてたばかりだろ。我慢しろ」

 

 その後も仕事を放ったらかしにして、シュテンが手渡してくる様々なフレーバーを楽しむエクシア。柑橘系やハーブ、草花など非常に多種多様なものがあったからついついと楽しんでしまったが、ふと気が付く。

 

 ──あれ? これってよく考えたら間接キス……。

 

 そう、よくよく考えなくても間接キスなのである。普段なら飲み物の回し飲みだってよくある事なのだからそんな事は全く気にしないものの、流石に何度も交互に口をつけるとなると話は別だ。最早間接を超えた濃厚接触。一度だけなら気にしなかっただろうが、繰り返し行われたその行動はエクシアの許容量(キャパシティ)を大きく超えていた。

 

「……ん? どうした? ……あぁ。何、この刻み煙草の大半は試供品で貰ったものだ、金の事は気にするな。ほら、吸うか?」

「──ッ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら口元を抑え、エクシアは座席に座ったまま勢い良く距離を取る。そのまま首をぶんぶんと横に振る姿はまるで壊れたおもちゃのよう。

 唐突過ぎる反応に思わずシュテンは訝しむ目で見ていたが、考える事数瞬、チラリと煙管を見て合点がいった。

 

「……嗚呼、なるほどな。一丁前に恥ずかしがったりするなんて可愛い所もあるじゃないか」

「か、かわっ……!? も、もう! からかうのは止めてってば!」

「悪い悪い、つい可愛くてな」

「あー! あー! きーこーえーなーい!」

 

 ただでさえ強い照れが入っている所にこれでもかと追撃するシュテン。赤髪と遜色無い程に顔を真っ赤にして耳を塞ぎ、足をバタバタとさせてエクシアは叫び出す。面白そうにニヤニヤと見つめているシュテンを見れば巫山戯ているのは一目瞭然であったが、エクシアにそんな余裕は何処にも無かった。

 

「昔のエクシアは甘えん坊で、先輩先輩と後ろからついて来てたのに成長したもんだな」

「ああもう! 帰る! 帰って不貞寝する!」

「そうか、お疲れさん。明日は仕事が多いからしっかり頼むぞ」

 

 過去を反芻するように語り出したシュテン。ここぞと言う場面で掘り起こされたその過去話はエクシアの羞恥心を大きく煽る。

 もはや耐え切れないと立ち上がってエクシアは、拠点の出口へと足を進めようとしたものの、余りにも軽いノリで送り出そうとするシュテンが気に入らなかったのだろう。真っ赤な顔のまま、鋭い視線を彼に送り付けていた。

 

「少し引き止めてよ! そんな淡白だなんて寂しいでしょ!?」

「お前めんどくさいな……っと」

 

 その勢いは闘牛の如し。全速力で頭から突撃してきたエクシアをシュテンは受け止め、衝撃を上半身だけで上手く受け流す。

 

「……馬鹿」

「馬鹿じゃないが」

「……意地悪」

「意地悪だが」

 

 そして胸元に顔を填めたまま動かなくなる。普段のエクシアでは考えられない行動であったが、誰もいない空間だからこそなのだろう。

 

「酔ってるのか?」

「うん」

「甘えたいのか?」

「……うん」

「……モスティマに会えないのがそんなに寂しいか?」

「……うーん、会いたいけどそれはちょっと違うような……」

 

 一切体勢を変えようとしないエクシアの頭をポンポンと撫でる。頭頂部に付いてる眩しい蛍光灯がちょっと鬱陶しく思うものの、満足そうに声を出すエクシアを見ればそんな気分も心地いいものだった。

 

「あたし、シュテンの桜の匂い結構好きなんだ。あの頃はシュテンが同伴で現場に出てたから、無茶をした仕事終わりに背負ってもらってたりしたのを思い出すの……懐かしいなぁ」

「あの頃は本当に手の掛かるガキだったからな。銃の腕が立つだけでめちゃくちゃやりやがるし、テキサスだけじゃ手に負えなかったくらいだ」

「でも今になってみれば楽しい思い出でしょ?」

「それはそうだが、お前が言うなよ」

 

 ニシシと悪戯っぽい笑みで見上げてくるエクシアを見てると、昔から何も変わらない妹分なのだと再認識する。

 誰にでも明るく笑顔で振る舞うエクシアもエクシアなのだろう。だがシュテンの前で見せるこの純粋な笑顔もまたエクシアなのだ。

 

「あの頃のエクシアは本当に生意気でどうしようもない奴だったよ──」

 

 それはまだ、エクシアが使命に突き動かされていた少女だった頃の話。

 




続きます。

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