皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:肯定PENGUIN

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天命に擲つ追想の少女、胸懐を認識する

 エンペラーとシュテンがペンギン急便を作り上げ、モスティマが入社して運送業として順調に仕事が乗り始めた頃。モスティマから聞いた話がエクシアを初めて知る切っ掛けだった。

 

「ねぇ、シュテン。この前話した親友だった人の妹が、私を追って旅に出たみたい」

「……へえ、まだ年端もいかないガキだったんじゃないのか?」

「そうなんだけどね、やっぱり彼女の妹なだけあって行動力は凄いみたい。で、今度のお休みにちょっと行ってみたいお店があるんだ。デートしようよ」

「別に構わんが、会話に脈絡無さすぎだろ……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、長く蒼い髪を揺らすモスティマ。サルカズのような悪魔の角とサンクタ特有の天使の輪を頭頂に浮かべる曰く付きの女は、シュテンの隣で寄り添うように話している。

 この時のエクシアはまだまだ少女と呼ぶには相応しいとも言える年齢の子供。そんな彼女が学舎を卒業と共に一人でモスティマを探す旅に出たと言う。シュテンもそんな馬鹿な話があるかと思っていたが、彼女は本気で信じているようであり、情報を集めては仕事ついでに遠くから見守っていたようであった。

 

「そんなに気になるなら手を差し伸べてやれば良い。危険が迫ったら颯爽と助けるつもりなんだろう?」

「それは彼女の成長を妨げる事になるからね。なるべく自分の力で解決してくれなくちゃ真実を知るに相応しいとは言えないのさ」

「そうか。まぁ好きにすると良い」

「あぁ、言われずともそうするつもりだよ。……あ、それと夕食は魚料理が食べたい気分かな。出来れば味がシンプルの方が嬉しいよ」

「はいはい……」

 

 モスティマの身内ならいざ知らず、親友の妹となればシュテンから言えば最早他人。モスティマの自由にはさせたが、彼自身が動くことは無い。

 

 それから紆余曲折もあってテキサスが仲間になり、彼女とモスティマが不毛な喧嘩をする事が日課となっていた頃。エクシアは龍門のペンギン急便を目的地と定めて歩を進めていた。その事を認識したモスティマは一つの決断に迫られている。

 

「シュテン、今日も良い天気だね」

「何を言っている? 連日雨が降っていて肌寒いくらいだ。頭にカビでも生えているのか?」

「テキサスには話しかけていないんだけど。それに、肌寒いから密着して夜を共にするのに最適だね、って事だよ。……あぁ、そうか。一緒に住んでいないテキサスには関係の無い話だったね、ごめん」

 

 まるでシュテンとエンペラーの掛け合いを見ているかのようなやり取り。だがそれは長年の付き合いだから為せる信頼の証であるのだから、彼女達の掛け合いは決してそんなものでは無いのは誰もが理解していた。

 そんな火花を散らす会話を毎日繰り返していれば流石のシュテンも溜息を吐きたくなるものである。

 

「くっ、シュテン。モスティマのパワハラが酷いぞ」

「あ、こら。誰の許可を得てシュテンに抱き着いてるんだ」

「……いい加減仲良くしてくれ」

 

 そんな騒がしい日々が続いたある日。突然、モスティマが姿を消した。

 とは言えそれはテキサス自身の目線。エンペラーにはいずれ依頼とラテラーノの任務も兼ねて遠出をする日々になりそうと言う話をしていた。

 勿論それはシュテンにも事前に伝えてあった上、前日の夜にも一緒にいたのだから知らぬはテキサスだけである。

 

 それから数日経ったある日、少し寂しさを見せているペンギン急便の元に一人の長髪(・・)の少女がやって来た。真っ赤な髪を揺らしながら強い意志の眼差しで事務所の扉を遠慮なく開ける。それはまだまだ年端もいかない頃のエクシアであった。

 当時はオンボロだった事務所に来た少女の一言は忘れることないだろう。

 

「すみません! この会社にモスティマって悪魔みたいな女がいると思うんだけど!」

 

 ハキハキとした明朗な声が突如事務所に響き渡る。その言葉が聞こえた瞬間、普段からモスティマと揉めていたテキサスの目がキラキラと輝いていたのをシュテンは明確に覚えている。

 

「良くわかってる女の子じゃないか。安心するといい。あの性悪女悪魔は祓魔師(エクソシスト)によって退治され、既にこのペンギン急便を去った。残された私達は祝賀を──痛っ」

「何馬鹿な事を言ってる。……確かにモスティマはこの会社に勤めてるが仕事で不在だ。残念だったな」

「あ、そうなんですね……」

 

 口から出任せにホラを吹き続けるテキサスの頭をシュテンは小突き、モスティマの不在を告げる。気合を入れてやってきたエクシアにとって、それは残念極まりない肩透かしであった為か、少し悲しげな表情を見せていた。

 

「……なるほど、お前がエクシアか」

「……? あたしの事知ってるの?」

「モスティマから話は聞いている。……成程な、確かに言う通りだ」

「……どういう事です?」

「気にするな。……テキサス、今日は仕事も無いだろ。相手しててやってくれ」

 

 突然顔を覗き込まれたエクシアは怪訝な顔を見せていたものの、シュテンは気にせずに観察をする。その時間は僅か数秒。何かに納得した様子で離れていく背中を、エクシアは睨みつけていたが、シュテンは気にする様子もなかった。

 それからある事ない事モスティマについて沢山話したテキサスは、満足そうにエクシアをシュテンの前に連れて来て、宣言した。

 

 ──コイツをペンギン急便で雇わないか?

 

 奥で作曲活動に励んでいたエンペラーに、雇われの分際で何言ってやがる、と叱られていた。しかしモスティマが目を掛けていたとは言え、この地にまで少女が一人で辿り着いた事実は、シュテンとて見逃せるものではなかった。

 採用試験と言う事で知能知識や運動神経。更に最重要となる実戦形式の模擬戦を実施した所、かなり高い数値を叩き出す。特に銃の扱いに関しては長年生きてきたシュテンでさえ舌を巻くほどの高精密と高速度を誇っていた。

 その結果にはエンペラーも即時採用を決め、エクシアはトランスポーターとしてペンギン急便の社員となる。

 

 

 しかし幾ら高スペックを誇ろうともまだまだ幼い少女。テキサスはテキサスで危険な仕事を処理していく必要があった為、なるべく危険度の低い依頼をシュテンと共に動くようにし、現場での動き方、観察力、更には度胸を叩き込めるだけ叩き込む事となった。

 

「エクシア。例えばこの状況でマフィアに襲われたらどう対処する?」

「このビルの中にいる状況でって事?」

「そうだ。相手が銃や爆弾と言った危険物を持っていないと仮定するか」

 

 とある配達任務でビルの中へと入った二人。エクシアもシュテンの人柄に慣れてきているのか、本来の軽い口調となっていた。

 そんな中、年季が経ってコンクリートの所々に罅が見受けられるそんな建物内で、シュテンが階段を登りながら問い掛ける。何の事かと訪ね直したエクシアであったが、特に熟考もせずに再度答えた。

 

「うーん、そのまま突撃して全部倒しちゃえばいいんじゃないの?」

「馬鹿の一つ覚えみたいな戦い方してるといつか痛い目みるぞ。少しは頭を使って戦ってみろ」

「そう言うのは苦手なんだよね。その場の勢いで戦った方が良い方に進むって感じで!」

「……はぁ……」

 

 と、言った風に重要性を全く理解せずにやりたいようにやる。今のエクシアを輪にかけて酷くしたのが当時の彼女だった。年相応と言うべきだろうが先を見据えて行動しないのはシュテンの頭痛の種だったのも忘れはしない。

 

 そんなエクシアの対応や指導プランを仕事終わりに考えるのが常となっており、漸くエクシアの件が片付いた後に自身の仕事をするのがシュテンの生活リズムとなっていた。帰宅時間が日を跨がなかった事がないくらいのブラックっぷりである。

 

 

 そしてエクシアがペンギン急便に入社して一ヶ月、二ヶ月と経過した頃のこと。モスティマに会う事が目的でペンギン急便を訪れたエクシアは、今更であるものの社員になる事を望んでいる訳では無かった。それでも入社したのはモスティマとの繋がりを無くしてしまわない為。

 だが延々とモスティマの姿は見えない事にエクシアは苛立ちを感じてしまう。果たして本当にここに居るのかと疑いを持ってしまう程に。

 隠せぬ苛立ち。焦燥感。自身の唯一の肉親の行末について知るモスティマと話さなければならないと言う余裕のない心が産んだ使命感。それは確かに彼女を蝕んでいた。

 

「エクシア。今日は危険性のない配達任務だが万が一もあるから俺と一緒に行動するぞ」

「あ、そう」

「……どうした?」

「……何でもない」

 

 それは態度にも如実に出てしまい、日に日に不機嫌な態度の割合が増えてくる。シュテンもその原因は理解していたものの、モスティマの教育方針を尊重するようにしていた為、なるべく仕事以外での助言をするような事をしなかった。

 そして社用車で移動の最中、シュテンはいつも通りにエクシアに話し掛けるも、素っ気ない態度の返答が繰り返される。

 次第に会話も減っていき、無言で移動する時間の方が長くなってきた頃。気まずい空気で車内が満たれていた中、シュテンとエクシアは配達先である目的地に到着する。

 

「エクシア、着いたぞ。届けてこい」

「…………」

「おいエクシア。聞いてるのか?」

「……先輩が行けば?」

 

 目も合わさずに外を見つめながら、あからさまに不貞腐れたような態度でエクシアはポツリと呟く。そんな態度には流石のシュテンも呆れたのか、溜息を吐いて無言のまま車外へと出て、任務を済ましに行く。

 数分が経った頃、特に問題も起きなかったシュテンが軽い足取りで社用車へと戻ってきた。

 

「無事に終わったから次の場所に向かうぞ」

「…………」

「……俺にはその態度でも良いが、客先では流石に控えろよ?」

「……るさいなぁ」

「あ?」

「うるさいなぁって言ったの! あたしはこの仕事をやりたくてここに来た訳じゃないんだから、一々構わないでくれる!?」

 

 いつも通りの任務の中で指摘してくるシュテンに対し、思わず癇癪を上げて声を荒らげてしまう。涙目で睨み付けるエクシアに少々驚いた顔を見せたシュテンであったが、その心中を察して数瞬熟考の末、声を出した。

 

「……じゃあ今日の任務はもう終わりだ。ちょっと今から出掛けるとするか」

 

 あからさまに不機嫌な態度を隠そうとしないエクシアを助手席に乗せたまま、シュテンは車を飛ばす。思春期特有の苛立ちとは言え、彼女の立場を考えればその重圧と精神的負荷は確実に心をすり減らしていた。

 先よりも遥かに悪い空気の中、シュテンは龍門繁華街の一角に車を停車させる。エクシアを車内に置いていき、出掛けて行ったその後、帰ってきたシュテンの手には紙袋が抱え込まれていた。

 

「ほら、これでも食って落ち着け」

「……何これ?」

「アップルパイ。高いだけあって美味いぞ」

 

 車に戻ってきたシュテンがガサガサと紙袋を漁り、手渡されたのは出来たての最高級アップルパイ。無理やり外に連れ出されてベンチに座らされたエクシアは、初めて食べる代物であった為に興味はあったものの、そんな気分では無かった。

 

「いい、要らない」

「そう言うな。モスティマに誘われて一緒に来た店なんだ。食ってみろって」

「……そう言うなら、じゃあ……ん、美味しいかも……」

 

 サクサクとした生地の中から芳醇な林檎の香りが口内に広がり、追従するように果汁本来の甘みが上品に舌の上を伝っていく。初めて食べたアップルパイの味に思わず感動したのか、さっきまでの不機嫌な様子も消えて、次から次へと口に運んでいく。

 食べ終わった頃にはエクシアも落ち着きを取り戻した様であり、その姿を視認したシュテンはゆっくりと語り始めた。それはモスティマがペンギン急便に来てからの話を掻い摘んだ物であったがエクシアは真剣に聞き入っている。

 

「──で、モスティマはエクシアの事を頻繁に報告してくるんだよ。昨日はシエスタで息抜きしてたとか、龍門のマフィアと揉めてドンパチしてたとか。そんなに心配なら会いに行けよって思うくらいにな」

「……じゃあなんでモスティマはあたしに何も話してくれないのかな?」

「元々掴みどころのない奴だ。本心はモスティマにしか分からん。……が、一応本人からは聞いている」

 

 そう言ってポケットから取り出したデータ端末をシュテンが操作すると、浮かび上がってきた映像にはモスティマが映し出されていた。

 ラフな格好からプライベートな動画であるのはエクシアも理解出来たが、その浮かべている表情は彼女も見た事が無いほどに柔らかい物だった。

 そしてシュテンはエクシアが覗き込んで来たのを確認すると動画を再生する。

 

「これは長期不在になる前日にわざわざ残していったデータだ。直接言わない辺り、モスティマとは言え恥ずかしかったんだろうな。……あんな女でも恥じらいがあるとは思わなかったが」

『えーっと……この動画を見る頃には私は龍門にいないと思う。でもこれだけは言葉にして言っておかないといけないかなって思ってデータにしておいたよ。……シュテンの事だから察しは付いてると思うけど、お願いしたいのは親友の妹、エクシア事さ。彼女はまだまだ未熟だし、迷惑を掛けると思うけど、もしペンギン急便に来たらよろしく頼むよ。可愛い妹分だからね。……大丈夫、シュテンなら出来るさ。なんたって私が認めた男なんだから』

 

 まさか自身がペンギン急便に来るまで見越していたとは全く思っていなかったエクシア。驚愕の表情を浮かべる他は無い。だがそうなると、たとえ仕事とは言えこうして長い間モスティマが居ないのはエクシアに会わない為だとも思えてしまう。

 そんな負の感情を再度抱き始めたエクシアであったが、次に聞こえてくる言葉で彼女の疑惑は全て霧散した。

 

『……もしエクシアが彼女の事で行き詰まってどうしようも無くなった時、伝えてあげて欲しい。君が一人前のエクシア(・・・・)になった時、真実を語るよ、って。……とても難しいことだけど、絶対に必要な事だからね』

 

 ──真実。それはエクシアが追い求めてきた物。その手掛かりが僅かにでもモスティマから出てきたのは、一筋の光明であった。だが、モスティマはそう簡単には語りはしない。一人前のエクシアとは何なのか──全く検討もつかない事に思わず俯いてしまうも、その頭をシュテンがガシガシと撫でた。

 

「要はエクシアらしく生きて行けばいずれ教えてくれるって事だろ」

「……私らしさって何?」

「それは自分で考えろ。ただ使命感に追われて追い詰められてるのはらしさとは言わんな。……何、この俺が直々に鍛えてるんだ。モスティマも認める一人前になるなんてエンペラーの持ってくるクソ仕事より簡単だぞ?」

「何その例え」

 

 思わず笑ってしまったエクシアに満足したのかシュテンは事務所に戻るぞ、と立ち上がる。その背中を見つめたまま、エクシアはポツリと言葉を漏らした。

 

「先輩、さっきはごめんね。無性にイライラしてたから酷いこと言っちゃって……」

「気にするな。周りが見えなくなれば誰でもそうなる」

「うん、ありがと。……あはは、あたしってまだまだだなぁ……」

 

 なんでも見通すようなモスティマを見て、怒りもせずに諭すシュテンを見て。燻っていた心が落ち着きを取り戻し、いざ冷静になるとエクシアは自身の未熟さを痛感して落ち込んだ様子を見せる。

 

「ガキの内は大いに悩んで成長すれば良いんだよ。世の中にはお前より年下で茨の道を進むしかない子供もいれば、悩む事も出来ずに死んでく奴らが腐るほどいる。スラムで生まれ落ちた奴に比べたらまだまだ幸せな部類だ。……俺もガキの頃は碌でもない扱いだったからな」

「それを言われたらその通りなんだけどねー。でも本人からしたらなかなか割り切れるもんじゃないでしょ、フツー。……でも先輩もそんな過去とかあるんだ?」

「お前が当事者だったら死んでるくらいだな」

「えー、何それ。教えてよ」

「冗談だ。真に受けるな」

 

 振り向いて微笑みを浮かべる中に見えた過去を憂うその表情は、何処か儚げに見えて思わずエクシアは見蕩れてしまう。だがシュテンは即座に表情を切り替えて背を向け直し、社用車へと足を進めようとする。

 エクシアはその背中に目掛けて勢い良く飛び付き、まるでおんぶをねだる兄妹のような様子を見せていた。

 

「……っと、いきなりどうした?」

「ねぇ、なんで先輩はそんなあたしに優しくしてくれるの? モスティマの為?」

「モスティマに言われても面倒を見るまでが義理だ。口を出すつもりは無かった」

「ふーん……あ、もしかしてあたしに惚れちゃった?」

「ガキが色気付くな」

 

 勢いをつけてエクシアを背負い直したシュテンは呆れたような表情で横目でエクシアの顔を覗く。その顔はどこか嬉しそうにしながら悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「じゃあなんでなの?」

「……お前はもうペンギン急便の一員、つまり家族(なかま)だからな。我儘な可愛げのある妹分には優しくするもんだろ。……違うか?」

「──ッ。ううん、とっても良いと思うよ!」

 

 妙に照れくささを感じ、熱を帯びた顔をシュテンの背中に預けた。ドキドキと高鳴る鼓動が伝わっていないかエクシアは不安に思いながら、その時に嗅いだ桜の匂いは今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 ──それが、エクシアとシュテンの出会いであり、彼女がペンギン急便として働き続ける事を決意した時であった。

 

「毎日手取り足取り優しく教えてやってたのに、突然不機嫌になるから、最初はなんの事かと思ったからな──って……」

「んん……すぅー……」

 

 色々と過去に思いを耽っている内に、気が付けばシュテンに抱きついたままエクシアは熟睡していた。お酒の力は当然あるのだろうが、安心し切って寝てる顔を見るとまだまだ子供なんだなと再認識する。

 

「……そう言えば全く仕事が進んでなかったな」

 

 既に昼休憩を終えて3時間が経過しようとしているところでまだ午後からの仕事に何も手を付けていない。

 更にここからエクシアが起きるまでも時間を考えると、大した仕事量じゃ無いとはいえ、どう考えても予定をオーバーするしかなかった。

 

「今日は残業か……」

 

 しかたないなと呟いて、穏やかな表情で頭を撫で続けるシュテンの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 ──懐かしい夢を見ていた。ペンギン急便に入った頃の、まだ自分が精神的にも肉体的にも幼かった頃の夢。

 モスティマを必死に追いかけ続けた先に見つけたペンギン急便の社員という情報。その情報を追うままに社員となって、思い通りにならなくて癇癪を起こした事もあったけれども、モスティマに言われた通り、エクシアは一人前を目指して成長をした。

 シュテンは本当に優しかった。悪態をついても嫌な顔を一つもせずに接してくれて、不安になればすぐに気が付いて相談に乗ってくれる。テキサスも優しかったけど、基本的に無口だからその事に気が付いたのは少し経ってからだった。

 シュテンが任務の後に自分の仕事を遅くまでやってたのを初めて知ったのは、一人で任務に出られるようになってからだった。余計な心配を掛けさせないようにそこまで徹底してくれてるのを知った時、思わず泣いちゃったのは誰にも言えないエクシアの秘密である。

 

 一人で任務に出れば先輩の背中を追いかけていた日々が恋しくなるも、早く終われば会えると思えば全然苦にはならない。むしろ仕事中、無駄に通話してても怒らずに話してくれるのだ。──テキサスにはバレないように、だけど。

 

 そんな日々が続いてクロワッサンが入社して、シュテンに教わった事を今度はエクシアが教える番となる。如何に右も左も分からない人間に仕事内容を叩き込むのが難しいのかを、本当の意味で理解したのはこの時だっただろう。そして自分の態度が不誠実だったのを思い出し、思わず謝ったのも懐かしい思い出。

 そしてクロワッサンが任務に慣れてきた頃に彼女は漸く帰ってきた。エクシアと同郷であるサンクタの堕天使モスティマ。青い髪を靡かせながら、当たり前のように拠点で待ち受けていた。

 

 でもモスティマに幾ら質問を投げ掛けてもエクシアが納得行くような回答は決して返してくれなかった。──確かに精神的にも強くはなったみたいだけど、まだ一人前とは言えないかな、とモスティマは語る。

 その意味を理解するのはまだ分からなかったけれども、まだ自分が未熟である事を示しているのは容易に察する事が出来た。特にモスティマを見てると、嫌になるほど分かってしまう。

 

 そんな中、ただ一つ、エクシアには納得できない事があった。

 

 それはシュテンの傍にずっとモスティマが居ること。幾らペンギン急便の事務所にいる間は自由な時間とは言え、朝も昼も夜も、見る度にずっと一緒に居た。モスティマの事も大好きだし、シュテンの事も大好きだ。血の繋がりが無くても姉と兄のような存在。でもその二人がいる時はそこに自分は居ないような気がして──

 

 毎日のように顔を合わせると口論の始まるテキサスとモスティマ。毎度の事ながらバカバカしいとクロワッサンとエクシアは笑いながら見てたら、ふとチクリと痛む胸の奥。羨ましささえ感じる二人のやり取りに、何故だか焦りを感じた。

 最近頻繁に感じる胸の痛み。何かの病気かと思っていたけど、よく考えてみるとそこにはひとつの共通点がある。

 

 それは、シュテンがモスティマを見て微笑み掛けている時だった。

 

「あぁ……そっか、そうなんだ」

 

 ──その笑顔が自分に向けられたものじゃない事に嫉妬してるあたしがいるんだ。

 ドロドロと醜い嫉妬。誰にも知られる訳にはいかない感情を、欠片とも表情に表さないエクシア。──そんな気持ちが溢れる中、揉めている二人に気付かれないようにエクシアはシュテンへと近付いて、小声で話し掛けた。

 

「ねね、先輩。先輩のこと名前で呼んでもいい?」

「別に構わないが……急にどうした?」

「なんとなくそうしよっかなって。……シュテン」

「……なんかムズムズするな」

「あはは、あたしも」

 

 その気持ちは胸の奥深くにしまい、吐き出したい気持ちも全て嚥下する。今はただ、妹分である事を口実にまだ少し甘やかせてもらおう。

 いつまでも後ろを追い続けていたエクシアが、シュテンとモスティマに並び立てるようになる為の、踏み出した第一歩なのだから。




実はクロワッサンのお話を書く前から書いていたのですが、流れ的に後回しになった話。
ただソラが2話使ったのにエクシアが1話だなんて……という事で色々と修正しました。

原作では学校卒業と共に龍門に向かった旨が書かれていたと思いますが、本作品ではモスティマを探しながらと言う流れに変えさせてもらっています。
後、プロフィールの戦闘経験の年数に関しても考慮していません。喧騒の掟でのモスティマとの再会が四年後とかその辺の時系列を色々気にすると勤続年数に矛盾が出てきそうなので。



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