皇帝とオニと愉快な仲間たち   作:山田の大蛇

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出オチ。
可愛いテキサスの話です。



走れテキサス

 テキサスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の悪魔女(モスティマ)を除かなければならぬと決意した。テキサスには行方がわからぬ。テキサスは、ペンギン急便のトランスポーターである。剣を振り、仲間と遊んで暮して来た。けれども悪魔的性悪女(モスティマ)に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「……シュテン。一つ聞きたいんだが」

「どうした?」

「モスティマの気配……いや匂いだな。性根から漂う酷く腐った腐敗臭だ。この龍門に充満している。……もしかしてモスティマが来たのか?」

「え? モスティマさんって……その……そんな匂いするんです?」

「訳の分からない事を言うな。それにソラも真に受けるんじゃない」

 

 全員が珍しく拠点に集まっている早朝。鼻を摘んで嫌そうな表情するテキサスを見て、思わずソラは妄信する。流石に謂れ無い誹謗中傷は可哀想だとおもったのか、シュテンは擁護するもそれがテキサスの激情を逆撫でる事となった。

 

「なんでシュテンはいつもモスティマの味方をするんだ? たまには私側に付いてもいいんじゃないのか?」

「どっちの味方とかじゃなくてテキサスの暴言を否定してるだけなんだがな……」

「それにモスティマに関してだけじゃない。この前なんてクロワッサンは誕生日プレゼントを貰っている!」

「お前の時も純金のイヤリングを上げたはずだが」

「あれは本当に嬉しかった、私の宝物だ」

「だから何が言いたいんだ……」

 

 机をバンと叩いてクロワッサンを指を差したと思えば、うっとりとした表情でテキサスは思いに耽ける。巻き込まれたクロワッサンも困惑した表情を見せていたが、それ以上にシュテンは頭を抱えて悩んでいた。

 

「それにソラなんて自宅に招いたと聞いたぞ。他の奴等は部屋に入った事も無いのに。……それにソラとエ、エッ……! い、如何わしい事をしたのも知っている!」

「ぅえっ!? あ、あたし!?」

 

 机をバンバンと叩き直し、今度はソラへと指を差した。少し顔を赤くしながら恥じらい混じりで言葉を濁したテキサスであったが、それ以上に過剰な反応を示したソラ。

 その勘違いを理解しているエクシアは、誰からも見えないところで肩を震わせながら笑っていた。

 

「嗚呼、そう言えばそうだったな。あの時のソラは緊張で顔が真っ赤だった。それに後ろから抱き締めてやったら可愛い声を──」

「わー! わー! それは違います誤解ですただの特訓なんですー!」

「え、ちょっと待って。あたしそんな事してたなんて一言も聞いてないんだけど?」

 

 完全に巫山戯ている態度で話をし始めたシュテンであったが、その出来事を思い出してしまうソラは大きな声を上げて誤魔化す。更に話に聞いていた揶揄ったと言う言葉。その想像よりも遥かに過激な行動を起こしていたシュテンに対し、真顔になったエクシアがいつの間にか背後に接近している。

 一度(ひとたび)シュテンが言葉を漏らした瞬間、その場は阿鼻叫喚なものとなった。

 

 その後、なんとかソラの甲斐甲斐しい説明のおかげで、その場を収める事に成功する。未だに納得のいかない表情を見せているエクシアとテキサスだったが、どこか満足気な表情のシュテンは遠くを見ながら珈琲を嗜んでいた。

 

「……ソラの話は誤解なのは分かった。だがこの前仕事を終えて帰ってきたら、エクシアが抱き着いて寝てたのは何だ? シュテンも愛おしそうな頭を撫でていたのを見たぞ。私もされた事がないのに!」

「よし、ソラの事は許してあげるから早く仕事に行こっか! 張り切っちゃおっかなー!」

「待てエクシア。私はまだ納得してないぞ」

 

 素早い気持ちの切り替えで踵を返したエクシア。だが彼女が動き出すよりも早く、その肩にテキサスの手が食い込む。

 ミシミシと軋む肩に気を配る余裕もなく、ぎこち無い様子でエクシアは首を後ろに回すと、そこには凄まじい形相のテキサスが見つめていた。

 

「あ、あたしは全然記憶にないなぁ。もしかしたら寝てる時にもたれ掛かっちゃったのかも……?」

「まぁペンギン急便に入った時から面倒見てるからな。甘えたくなる日もあるんだろ」

「ちょっとシュテン!? テキトーな事言わないでよ!」

「自分で認めてたのに良く言う」

「……エクシア」

 

 テキサスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の天使女(エクシア)を除かなければならぬと決意した。

 

「──いい加減に朝から痴話喧嘩で揉めるのは止めやがれ。ウチの社員共は発情期でも迎えてんのか?」

 

 何度も似たようなことを繰り返し騒いでいたのが気に入らなかったのか、ふんぞり返って寝ていたエンペラーが声を張り上げる。

 

「シュテンもシュテンだ。てめぇが男気を見せて抱いてやらねえからこうなってんのが分からねえのか? 立派なもんが下半身に付いてるんだからやる事は一つだろ。いつヤるか? 今で──」

「──お前が一番発情期迎えてるんじゃねえか。流石に黙ってろ」

 

 空になったマグカップがシュテンの手元から放たれたと思うと、それはエンペラーの頭部を直撃して甲高い破裂音が奏でられる。

 一瞬の内に置物と化したペンギンに誰もが呆気に取られていたが、冷静なシュテンは言葉を続けた。

 

「話が長くなったな。結局テキサスはどうしたいんだ?」

「……私との時間も作って欲しい」

「最初からそう言え。……そうだな、明日は休みだから一日空けられない事もないが……どうする?」

「一日だな?」

「……? そうだが」

「じゃあお願いする」

 

 一部不満そうな人達もいるが、口を出せる立場じゃないのも幸いし、こうしてテキサスとシュテンの逢瀬が決まるのだった。

 

 ──テキサスとデートなんだ。嫉妬するじゃないか。

 ──ま、今だけは良い思いさせてあげないとね。

 ──今だけは、ね。

 

 

 

 

 そして翌日。肌寒い季節となってきた早朝となると身震いするような冷たい風が吹く。

 まだ日が昇るよりも早く、夜の街が静まり返った直後の時間。まさに龍門の繁華街が寝静まったその時に、その女はいた。

 コートを着込んで繁華街の中心にある高層マンションを見上げながら携帯電話を掛け続けるループス。その名もテキサスである。

 

「…………出ない」

 

 一コール、二コール、三コール……そのまま留守番電話に繋がって通話を切り、再度かけ直すことを繰り返して十回以上。寒さで顔が赤くなってきた頃にその反復行動に漸く終わりが訪れた。

 

『……なんだ、こんな朝早くから』

「あ、おはよ、シュテン。約束通り一日付き合ってもらうぞ」

『……何時だと思っている?』

「だって一日って……」

『あー……そういう事か。確かに俺が悪かった。でも準備に時間が掛かるぞ。……そうだな、部屋にでも来い』

 

 あからさまに怠そうな声を出しているシュテンであったが、自身の失言に気付いて素直に謝罪をする。だがそうなるのも全てテキサスの作戦の内。その証拠に彼女は尻尾を振って耳をぴくぴくさせながら笑みを浮かべている。

 

「じゃあすぐに向かうから部屋番号とロック解除を頼む」

 

 シュテンの指示に従いながらマンションへと侵入を成功させ、今か今かとエレベーターのボタンを最速で連打し、シュテンの住む部屋の前へと到着した。

 

『鍵は開けてあるからそのまま入ってこい』

 

 ウキウキした気持ちを抑えられずにテキサスは扉を開ける。

 ループスとは嗅覚も聴覚も人一倍優れており、それ故に小さな違いや些細な違和感にすぐさま反応できるのだ。

 だがこの時のテキサスは浮かれ過ぎていて気が付かなかった。シュテンの声色が篭って聞こえたりしていた事に。

 開放された部屋から伝わるシュテンの香りと水気を帯びた熱気。その先にいたのは、シュテン──なのだが、その姿は、濡れた髪をタオルで乾かしている半裸の状態であった。

 

「悪かったな。シャワー浴びてたから電話に出られなくて──っておい」

 

 テキサスの記憶はそこで途切れている。

 

 

 

 

「……はっ、何か夢の国にいたような気がしたが……」

「ようやく目が覚めたか」

 

 テキサスが目を覚ました時には既に陽は昇り、多くの人々が行動し始める時間となっていた。時刻を確認し、そのタイムロスを惜しむ表情をテキサスは見せていたが、今自分がいるこの場所。ここが夢にまで見たシュテンの住処なのだと思うけど胸の高鳴りを抑えられない。

 

「……モスティマの匂いがする。向こうの部屋にいるのか?」

「いないぞ。そっちの部屋に昔住んでたってだけだ」

 

 だがふと香る眉を顰める匂い。人生最大の敵とも言えるモスティマの匂いを察すると、思わず警戒してしまうのは最早反射に等しい。

 だが所詮は残り香に過ぎなかったようであり、安心した様子でホッと一息吐くと今度は違う部屋を見つめ始める。

 

「……あっちの部屋も気になるな。ちょっと覗いてもいいか?」

「別に構わんが俺の部屋に何の用だ」

「……ちょっと(はた)を織るからその間覗かないで欲しい」

「馬鹿なこと言ってないで出掛けるぞ」

 

 名残惜しむような声を上げているテキサスは、身だしなみを整えたシュテンに引きづられるように連れて行かれる。

 そのまま外へと連れ出されたテキサスは次回には未知の部屋を探索すると心に決め、デートへと意識を切り替えた。

 

「……で、テキサス。何処に行くつもりなんだ?」

「そうだな……この中から選んでくれ」

 

 ──この中から……?

 何が言いたいのか良く分からなかったシュテンであったが、テキサスはゴソゴソとポケットから何かを取り出すと、それを大きく広げた。

 そこには可愛い文字で多数の行き先が書かれたお手製のメモ用紙であった。

 

「ふ、この日の為に書いておいた。何処がいい?」

「……ここまで構って欲しかったとは思ってなかった。ごめんな」

「……別にそう言うのじゃない」

 

 尻尾を振りながら待つ姿はさながら犬のようであり、思わずシュテンも頭を撫でる。目を細めながら尻尾を振って大きく揺らす辺り、やはりテキサスはループスの本能に逆らう事は出来ていない。

 

「ならここの喫茶店へ行ってモーニングにでもするか」

「あぁ、構わない」

 

 紙に記された店名の場所へと向かうと、そこはアンティークな彩りで飾り付けられた小さな喫茶店。

 店内へと進み、席に着けば適当にメニューからサンドイッチを選ぶ。数分して運ばれてきた朝食を済ませて、珈琲で一服していた。

 となると欲しくなるのはやはり煙草。シュテンは懐から煙管とフレーバーの刻み煙草を取り出して準備し、火をつける。

 

「吸うのは止めたんじゃなかったのか?」

「ニコチンやタールを含んでないからセーフだ」

「……シュテンが止めたから私も頑張って禁煙したのに……」

「別に良い事だろ。俺はチョコレートを咥えて喜んでるテキサスの方が好きだぞ」

「──ッ、そ、そうか。なら良い」

 

 それこそシュテンと出会うより前から喫煙者であったテキサス。ペンギン急便に加入してからも吸ってはいたものの、ふと禁煙を始めたシュテンを見て、ならば私もと禁煙を決意。だが中々止められなかったテキサスはエクシアが入社しても喫煙は続く。

 では何故彼女が止める事が出来たのか、それはふとエクシアが口にした言葉だった。

 

 ──なんか煙草吸ってる人が珈琲を飲むと口臭が凄いみたいだね。テキサスは何か対策してるの?

 

 自然と出た言葉であったが、それはまさに晴天の霹靂。テキサスの口臭が云々と言うより、その事実に今まで気が付く事が無かったのだ。

 翌日にはキッパリと煙草を断ち、更には歯を磨く回数も倍に増えたと言うのはテキサスの言えない秘密である。

 

 そんな経緯もあったが、今こうしてシュテンに褒められれば喜ぶ辺り、現金なテキサスであった。

 

「でもその煙管、昔と違う奴だな。……ほんの微かに女の匂いがする」

「この前エクシアが吸ったからだろ」

「……その煙管をか?」

「嗚呼」

 

 テキサスは激怒した。必ず、かのムッツリ天使(エクシア)を除かなければならぬと決意した。

 

「その件はエクシアにじっくりと聞いておく。……だが私が感じたのは違う女だ。恐らくお前と同じオニの」

「俺と同じオニだと? そんな奴が知り合いにいる訳──」

 

 突如シュテンの言葉が、身体が、思考が一瞬の内に止まる。訝しげな様子で見つめてくるテキサスに対し、視線だけを動かして言葉を続けた。

 

「……お前は超能力者か? エスパーなのか?」

「シュテンの事なら任せてくれ。……で、どうなんだ?」

「……遥か遠い昔の話だ。何、この煙管が名前も知らない女の遺品ってだけだよ」

 

 吸い口を咥えて味わい、桜の香りが漂う中でシュテンは遠い目をして過去を反芻する。その様子がテキサスは気に食わないのだろう。ムッとした表情を浮かべてシュテンを睨んだ。

 

「よし、捨てよう」

「……いやいや、これが無ければ今頃ペンギン急便にいなかったぞ?」

「なら感謝の証として溶鉱炉に投げるとしよう」

「あのな……お前にだって大事なものが一つや二つあるだろ。そのイヤリングとかネックレスとか」

「こ、これは命に代えても捨てないからな!」

 

 無理難題を押し付けてくるテキサスに対し、じゃあお前はどうなんだ、と言葉を返したシュテン。どちらも以前に彼からプレゼントされた品だけあって、テキサスにとっては手放せない宝物であった。

 

「解釈は違えと似たような代物なんだよ、これは。俺が俺である為に必要な思い出だ」

「……過去の女とかじゃないのか?」

「断じて違う。顔も記憶にない程だ」

「なら良い。……今からシュテンの煙管を買いに行くとするか」

 

 シュテンは吸い終えた煙管の雁首を逆さにして叩き、吸殻を捨てる。

 過去を甘受して今があるシュテンと過去を切り捨てたテキサス。それぞれの生き方には違いはあれど、紆余曲折の末、お互いに同じ道を歩いていた。お互いがお互いに凄惨たる過去を持つからこそ、触れては行けないラインを弁えており、故にテキサスはそれ以上私情に踏み込むことは無い。

 だがそんな訳の分からない煙管を使うのはテキサスが容認する訳では無い。となれば新品の購入を視野に入れるのも必然であった。

 

 喫茶店を後にして繁華街へと戻った二人。既に多くの人々が行き交う街並みとなった龍門には活気が戻っている。

 シュテンの横を付かず離れずの距離でテキサスは歩いていた。これから向かう先はシュテンが行きつけにしている極東特有の商品が多く集まる店。お忍びでウェイ長官も愛用していると言われる場所であった。

 20通りのデートプランを考えていたとか何とか聞こえてきた幻聴をスルーしつつ、シュテンは人並みを避けるようにして進んでいく。

 

 

 その後、目的の店へと辿り着いたシュテンとテキサス。想像よりも様々な品物が揃っている事にテキサスは目を輝かせながら店内を周り始める。

 振袖と簪を試着したテキサスが嬉しそうに披露してシュテンが即購入したり。

 極東に伝わる抹茶を振舞ったスイーツを食べて目を輝かせていたり。

 般若のお面を着けてシュテンと同じと笑えば頭を小突かれたり。

 意外にも幸せそうに過ごしている二人であった。

 

「ふふっ……シュテン、楽しいな」

 

 珍しく笑い声を上げながらテキサスは笑顔を見せる。鮮やかな花柄の振袖を着ながら、クルリと一回転して見せれば、誰もが目を奪われる美しさ。まるで絵画のようなワンシーンに店内の視線を釘付けにする程だ。

 

「よく似合ってるぞ、綺麗だ」

「ほ、本当か? 嫁に迎えたくなったか?」

「その気は無いが本当だ」

 

 顔を赤く染めながらテキサスは嬉しそうに微笑む。そんな彼女に引っ張られるようにして煙管の販売所に向かった。

 そこには柄や色が様々な煙管が並んでおり、匠の技術で仕上げられた品はシュテンも思わず凝視する程の美しさがある。

 

「私がお金を払うから好きな物を選んでくれていい」

「別に金なら持ってる──」

「私がシュテンに買ってあげたいんだ。……ダメか?」

 

 日頃の恩返しも兼ねてか、上目遣いで見つめるように言われてはシュテンも断る訳にはいかなかった。普段使いで使用するとなれば拘りも出てくる為、シュテンの選んだ品は決して安くはない。だがテキサスは嫌そうな表情を浮かべるどころか嬉しそうな笑みを見せながら、シュテンの煙管を購入した。

 

 

 店内を一通り回って満足し、振袖姿のままテキサス達は店を後にする。和服を着た美男美女のペアとなれば龍門と言えど流石に目立つようで、通行人のほとんどが振り返るようにして見つめていた。

 

 そんな視線も心地が良く、浮かれているのが周囲からも丸わかりな様子のテキサスの元に、一人のループスが現れる。

 

「──まさかこんな所で会うなんて。やっぱりボク達は惹かれ合う運命なんだよ。……でもそんな腑抜けた姿は見たくなかったかな。ねぇ、テキサス」

「……ラップランド」

 

 シュテンのような真白の長髪を靡かせ、テキサス達の前に立ちはだかったのはループスの女、ラップランド。差別の蔓延る龍門で、見るからに鉱石病(オリパシー)が進行している身体を隠そうともせずに歩いているのは、自らの強さに自信があるからなのだろう。

 不敵で不気味に狂笑(わら)いながら、彼女は腰にある刀に触れている。

 

「……なんでお前がここに居る?」

「キミのいる所にボクがいるのはおかしい事かい? ……と言いたい所だけどね、残念な事にロドスの任務で龍門に来ただけさ」

「お前がロドスの任務だと?」

「だから言ったじゃないか。キミのいる所にボクがいるのはおかしい事かい?」

 

 どうやらラップランドはロドスの仕事の為に龍門に来ていたようであり、この出会いは偶然なのだと語る。だがロドスと協力関係にあるテキサスからしたら、彼女が所属してるなど寝耳に水の話だ。

 厳しい視線で睨みつけるテキサスを見られるのが嬉しいのが、ラップランドの笑みは深まるばかりだ。

 

「でもまさかあのテキサスが女の顔を見せてるなんて、ボクには想像も出来なかったよ。……シラクーザで牙を抜かれて袂を分かったキミが、ロドスで武勇を披露してると聞いて駆けつけたんだけどね。まさかここまで堕ちていたなんて」

「……シラクーザの人間はどいつもこいつも好き放題言ってくれる」

「おや、自称シチリア人にも会ったのかい? 勿論、キミの事だから皆殺しにしたんだよね?」

「そうだな、手を下したのは私じゃないが」

「へぇ……それはまた興味深い話だね」

 

 シラクーザ、マフィア、テキサス、ラップランド──その関係は一筋縄ではいかない程に深く結びついた因縁がある。それはシュテンであっても全てを把握しているわけではないので無い為、彼が口を出すような事は無い。だが自分が、テキサスが標的となれば話は別だ。

 シチリア人──端的に言えばシラクーザのマフィアである事に誇りを持っているループスを指しているが、その者達がテキサス以外の手で葬られた事に、ラップランドは感嘆の表情を見せる。

 

「その人とは是非とも手合わせ願いたい所だけど……それよりもキミの事だよ、テキサス。あの頃の触れる者を全て切り裂くような鋭さはどこに行ったんだい? てっきり元に戻ったんだと期待していたのに」

「私には新しい生き方が出来た。それだけの話だ」

 

 狂気の笑みを絶やさないままであったが、カチカチと鍔を鳴らしながら話をするラップランドには確かな苛立ちが見て取れた。それ程までにテキサスへの執着があるのだろう。

 だがテキサスはラップランドを突き放す。もう闇に生きる彼女は必要ないのだ、と。それは過去との訣別を決意したその日から決めていた事なのだ。

 だがラップランドがその程度で諦めるはずも無い。過去のテキサスを取り戻す──それは身命を賭してでも叶えなければならない願いなのだから。

 

「つまらないなぁ……。そうだ、そこにいる彼の首でもプレゼントしたら元のキミに戻ってくれるかな? それとも生きたまま手足を切り落とす、そんな素敵なショーを披露するのも良いね」

「はっ──出来るのか? シュテンを殺す事が」

「何を言ってるんだい? 確かに少しは腕が立つみたいみたいだけど、この程度の実力者なら幾らでも──」

 

 その時、初めてラップランドはシュテンを見た。正確には視たと表現するのが正しいだろう。

 その容姿、服装、そして独特な片側にしかない角──その特徴をラップランドは忘れもしない。冷ややかな視線は熱と殺意を帯び、口元が大きく狂気を見せて弧を描く。唇の端が切れて血が滲み出るのもお構い無しに、ラップランドは吐息を漏らしながら言葉を紡いだ。

 

「──ハハハ! まさかあのオニィサンだったなんて気付かなかったよ! あの後も二人は一緒だったんだね、それはテキサスも腑抜ける訳だよ!」

「……あまり殺意を向けるな。身体が震えるだろ」

 

 シュテンを認識した瞬間、嬉々として語り出すラップランドからは、禍々しい程の狂気に満ちた殺意が叩き付けられる。

 だが覇気のない、感情を殺したような表情でシュテンは受け流した。

 

「相変わらず大した擬態だね、あの震え上がるような狂気は一体どこに忍ばせているんだい? ボクでも戦いに身を置かなきゃ自我を保てないのに──」

「──聞こえなかったか? 殺意を向けるなと言った筈だ」

 

 ──血が騒ぐんだよ。

 

 隣にいたテキサスまでがゾクリと震え上がる程の濃厚な殺意と狂気。シュテンの瞳孔が狭まる事で真紅に染まった瞳を大きく開き、口元からは犬歯が見えていた。

 存在ごと上書きするような威圧感にラップランドは身体を大きく震わせる。その顔には歓喜と恐怖を浮かべ、しかしながらも身体は反射的に反撃しようと刀の柄を握りしめて引き抜く──その瞬間、テキサスの手が柄頭を押さえた。

 

「こんな所で争うつもりか。……シュテンも控えてくれ」

「……俺は忠告したつもりだったんだがな。大した戦闘狂だよ」

 

 シュテンは目を閉じて大きく深呼吸をすると、次の瞬間にはいつも通りの気配に切り替わる。ラップランドは震える掌で額に浮かぶ冷や汗を拭うと同時に気付く。いつの間にか彼の空いた手には護身用の鉄扇が握られており、何時でも反撃できる態勢だった事に。

 そして赤面と動悸を感じながらテキサスは2人を宥めている。

 

「ハハッ! やっぱりオニィサンはサイッコーだよ! その殺気に感化されて昔のテキサスを取り戻して欲しいところだけど──」

「それはテキサス自身が決める事だ」

「そう。だからオニィサンじゃなくてボクが導いてあげないといけないし、ボクの使命でもあるのさ。オニィサンと言えども譲るつもりは無いよ」

「人の話聞いてんのか? テキサス譲りなのか?」

「ボクとテキサスが似てるなんて照れるじゃないか」

 

 未だに震える身体を奮い起こしながら、ラップランドは狂笑み(ほほえみ)を絶やさない。その在り方はある意味一つの完成形なのだとシュテンは内心で賞賛していた。人の話を聞かないのは論外であったが。

 

「それにテキサスも変わってないようで安心したよ」

「……? 何を言っている?」

「何ってオニィサンの殺気に当てられて昂揚しているんだよね? 顔を赤くしてバレバレだよ」

「──んな、いや、これは……」

 

 嬉しそうに語るラップランドと照れたように動揺するテキサス。二人の間には少しばかり齟齬があるようだが、その事に気付くことなくラップランドは言葉を続けた。

 

「シラクーザにいた時の戦意はまだ無くなってはいないみたいだし、暫くはテキサスはオニィサンに任せておくよ」

「あ、そっちの意味……」

「この間から鍛えていたつもりだったけど、まだまだボクも強くならないといけないみたいだね。オニィサンを嬲り殺せるその時まで待っててね、テキサス」

「……ラップランドが勝てるとは思えないがな」

「その時は源石(オリジニウム)を持ち込んで、相打ちになってでも殺してみせるよ」

 

 ──全てはテキサスが元に戻る為に。

 

 そう言って最後まで笑みを絶やさないまま、ラップランドは去って行った。機会があればロドスで顔を合わせる事になる事実に、テキサスは憂鬱そうに肩を落とす。

 

「難儀な奴に目を付けられてるもんだな」

「いつかは過去に追いつかれる。……分かっていた事だ」

「そうだな。いずれ精算しなければ終わる事は無い」

「あぁ。だが今はこの時間を大切にしたい。……駄目か?」

 

 上目遣いで不安そうに見つめてくるテキサスの頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でて、シュテンは不敵な笑みを浮かべる。

 

「好きにしろ。どんな事があっても俺はテキサスの味方だ。……捨て犬を拾ったあの日からな」

「素敵なレディに向かって捨て犬とは失礼だな。……だが感謝している」

 

 頬を染めながら恥ずかしそうにテキサスは呟く。絶望の環境からは考えられもしなかった幸福の未来。

 全てを切り捨てた過去の中でも、シュテンに出会えた小さな希望の光は、今も決して忘れはしない出来事であった。




過去編続きます。
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