クラシック・クライシス   作:風緑.

7 / 9
最高の毒 7

「……では、これより裁判を始めるよ。検事側。問題はないかな?」

「……ありません。……これ、一々やってるんですか?」

「必要な手続きだよ。罪人さんが何か仕込むかもしれないし。……こら、罪人さん。『その手があったか』って顔をしないの」

 

 ____________

 

 

「ここが閻魔の裁判所です。二交代制で休みなく業務をしています。さきほど私が休みに入ったばかりなので、この先十日ほどはもう一人の閻魔が裁判を担います」

 

 大きく、無機質な両開きの扉の向こうから、声が聞こえる。

 けれど全く重苦しい感じがない。本当にここで合っているのかしら? 

 

「もしかして、閻魔様って大変?」

「いいえ。昔は一人で休みなく衆生を救っていたので、比べれば易しくなりました。むしろ今のように休みを渡される方が困っています。使い方が今一分かりません」

「ああ、だから仕事みたいな休暇の使い方してたんだ」

 

 メディスンは大結界異変に関わった妖怪の一人だ。ある死神の怠慢で異変と称されるほどになったこの自然現象の下で、四季映姫とメディスンは初めて出会った。その時にいくつか話を聞いたと、三途の河を渡っている最中の彼女は話していた。

 

「あなたの想像が大結界異変ならば、それは違います。あれは単なる残業でしたから。さあ、行きますよ」

 

 扉を通り過ぎ、廊下を更に進んでいく。角を二回曲がると、さっきよりも小さな扉が見えてきた。さっきの無機質なものと違い、チョコレートのように区分けされた瀟洒なデザインをしている。上の出っ張りには『傍聴席』と書かれたパネルが吊り下がっている。

 

「入る前に、一つ聞きます。実際の裁判を傍聴した方はいらっしゃいますか?」

「魔女裁判ならちょっと」

「地獄に住んでても裁判は」

「処刑だけ」

「ねぇよんなもん」

「ないなあ」

「知識だけね」

「では、二点覚えてください。一つは絶対に騒がないこと。紙とペンを渡しますので、質問は筆談でやってください。もう一つ、撮影や録音は禁止です」

「二つ目は何でだ?」

「被告人は幽霊です。撮影や録音を通して逃亡する可能性があるので絶対に止めてください」

「記述はいいのね」

「それで逃げるような相手は傍聴させません」

 

 音を立てないようにか、ゆっくりとドアノブを回し、四季はその扉を開いた。

 ……冗談だったのだけど。

 

 ____________

 

 

「それじゃ、判決を言い渡すよ。……ん?」

「傍聴します」

 

 扉の向こうには、一人の女性。

 四季と同じ服を着ていて、同じように緑の髪。いかにも格式が高そうな机の前に立っている。違いといえば、かなり身長が低いことか。あれがこの裁判での閻魔なのだろう。

 その彼女が、私達の方を振り向いていた。

 

「……! ……!?」

「…………?」

「了解。じゃ、改めて」

『あなた達は私の両隣です。紙とペンも各椅子の前の引き出しに入っています。どうぞ』

 

 困惑しているメディスンとフランドールをよそに、四季は近くの椅子に座り、走り書いたメモを私達に見せた。やはりというか、達筆だ。そして異様なまでに速筆だ。

 言われるまま、皆思い思いの席に座る。これで罪人の方から見れば、右から天邪鬼、こいし、メディスン、四季、フランドール、私、小傘、そして閻魔となる。バランスが悪そうね。

 

「あなたは白! 良かったねえ、明日もお天道様の下を歩けるよ」

『ここ、さいばん官のせきじゃないの?』

『傍聴席です。今回は三途の河で一里未満の長さを渡った者を一気に三十人ほど裁きます。となるとその為に何度もあの扉を開くのは手間です』

 

 インクのペンに慣れないのだろう、メディスンの文字はところどころ潰れてしまっていた。

 そこへ四季が三十秒もしないうちに返事を書き上げる。私達も見られるように、六人分を一気に。彼女、右腕に式神でも憑いているのか。

 

 読み終わって顔を上げると、四季が悔悟の棒を前に向けていた。その先にあるのは、被告人と、柵と、その向こうの三十人ほどの幽霊と、もっと向こうに巨大で無機質な石扉。

 

『あっ、さっき見た大きいドア!』

「それじゃ次の方。そこの台の前に立ってね」

『それを送る必要はありません。ですから、三十人ほどを一度に入れているのです。ちなみに此岸の裁判ではあの幽霊たちのいる場所が傍聴席です』

『何となくわかったわ 本来の傍聴席は幽霊の侍合場 彼岸の裁判宮は闓魔一人 だからちょうど余ってる ここをその席にしたのね』

『そういうことです』

 

 フランドールの名推理が光る。光りすぎて彼女の文字が少し間違っていることなど気にならない。

 ……写経をやっているせいか、気になる。いや気にならない。私はぬえ。正体不明を操るもの。

 

 そう自分を納得させる傍ら、四季はフランドールのメモを添削して送り返していた。安堵を浮かべた自分の心に正体不明の種を打ち込む。

 

 私は封獣ぬえ。

 

「ありません」

「よし、問題なし。じゃあ見てみようか、あなたのこれまで全部を」

『さあ、裁判が始まりますよ』

 

 閻魔が机の上の鏡を軽く叩く。すると鏡が横に伸び、私達にも見やすくなった。

 

『なにこれ』

『浄玻璃の鏡です。まずはこれで生前の全てを明かします。横に伸びる機能は知りません。後で聞きます』

 

 やがて鏡に姿が浮かび上がる。まずは生誕。次に学舎。初めての友人。

 

 試験。失敗。奮起。友人。結託。勉強。成功。

 祭事。準備。大人。確執。衝突。躍起。執念。友人。助力。成功。

 恋愛。会話。雀躍。邂逅。歓喜。生誕。感謝。手紙。告白。失敗。再起。学習。失敗。颯爽。登場。友人。と恋愛。

 

『正邪ちゃんが白い!』

『幸福に耐性無さすぎでしょ』

『退廷しますか?』

『負けてたまるか』

『なんの意地よ』

「うんうん。ここまでは幸せな人生だね。それじゃあ、この先はもっと加速しよう」

 

 姿はさらに忙しなくなる。やがて表情も、何をしているのかも、そこが何処なのかも見切れなくなっていく。まるで単なる光の帯だと、そう思えた。

 

「……ぅ」

『小傘が青いわ』

『退廷しますか?』

『いや ちょっと酔っただけ』

『あまり無理はしないように』

 

 俯きながら、こくこくと小さく首を振る。鏡だけで二人も満身創痍とは。閻魔の裁判はやはりハードだ。

 

「まっ、三つだね。一つは幼少期だ。あなたはとても実りある時間を過ごしていた。学びも、遊びも、恋愛にだってあなたは全力を尽くしていた。

 二つ目は憧れの発見。心から打ち込める物を見つけて、あなたはそれに人生を賭けていた」

 

 光の帯がその尾を縮め始める。屋内と屋外の色の区別ぐらいは付く程度になる。見るも鮮やかな桜色、暗く美しい夜の色。

 

『見えてたの、えんま様、あれで』

『閻魔に必須なものは絶対的な基準、動体視力、腕力です。事実の分解は生きているうちに自然と身につくので』

『ラインナップがほとんど戰闘態力じゃない』

『閻魔は文官であり武官です』

『いかにも国が滅びそうな肩書が見えるよーな』

『権力を履行するのはいつの世も暴力です。よってその最高機関たる地獄は隅々まで暴力で満ちている必要があります。

 履行漏れは世界の終末に繋がりかねませんから』

『ここの隣が畜生界な理由がわかった気がするわ』

 

 弱肉強食の世界、畜生界。弱さは悪として扱われ、強者がそれを操り、欲を満たす為にぶつかり合う混沌とした世界。一度行って命からがら帰ってきたことがあるので少し知っている。

 

 なるほど、地獄に暴力が満ち溢れるなら、隣が感化されて殺伐とした社会になってもおかしくない。あるいは畜生界というルール無用の場所があるなら、近くにそれに反抗するルール遵守の社会があってもおかしくない。卵が先か、鶏が先か。

 

「三つ目は死の準備だ。いつ死ぬかも分からない自分の為に、あらゆるものを整理していた。他者から見れば乱雑なその部屋は、あなたの為の棺と同じだった」

 

 そんなことを考えているうちに、ついに光の帯が映像に戻った。そこにあるのは棚、本、釜。

 炉、匙、管、瓶。

 

 絵、空、星。

 

 

 箒、茸。

 

 

 

 そこに突っ伏した金髪の少……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧雨魔理沙。これはあなたで間違いないね?」

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゆらゆらと、その霊魂は縦に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁにやってんだ魔理沙ァァァアアアア!!!」

 

 消えかかった私の意識に、天邪鬼の声が響いた。

 

 




裁判所によって右が検察側なのか弁護側なのかは違うそうです。
ここでは罪人から見て右が弁護側とします。
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