クラシック・クライシス   作:風緑.

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最高の毒 9

「い、いよいよ始まるわね。みんな準備できた? ハンカチーフは忍ばせたわよね?」

「落ち着きなさい。リボンが曲がってるわよ」

「緊張してない……私はできる傘……どんな雨にも負けない傘……」

 

 当てられた部屋の中で、待つこと数十分。

 始めは楽しみを言い合っていた皆も、いつの間にか不安になって注意事項を再確認したり、身だしなみを整え続けたり、瞑想を始めたりしていた。

 

 なにせ初めてのことだ。誰もまともでは居られない。私でさえ、何度ルールを読み直したか分からない。時間をこれ程恐ろしく感じるなんて、地底以来だ。

 

「……ねぇ。見たでしょ」

「何をよ」

「私の目」

「見たけど、だったらどうするの?」

「……」

「……何なのよ」

 

 こいしはというと、さっきからずっとこんな調子だ。会話は振るが、続けない。あの目は普通の翡翠色で、別におかしい所は無かったというのに。

 

「! ノックされた気がする傘!」

「七度目」

「私が見に行くわ。もしかしたら時間なのかもしれない」

「九度目」

 

 途端、ドアが本当にコツコツと鳴る。

 

「ひぃっ! 本物!」

「……お願いだから、『弁護団』らしくしてよ。貴女がリーダーなんだからね、メディスン」

「わわっ、かっかかてるよ!」

「どうぞ」

 

 フランドールがそう言うと、ドアが開いた。その向こうに馬の頭をした男が立っている。さっき忙しなく動いていた人型たちと服が同じだ。きっと彼も獄卒なのだろう。

 

「時間です。私に付いて来てください」

「罠じゃないわよね?」

「……お早めに来てくださいね」

「あぁぁ待っ! 閉めないで! 付いてくから! ちょっ、ぬえ! 謝って! リーダーっぽくするから! これから立派にやるからぁ!」

 

 ……あからさますぎるから、罠かと思ったけど。

 もしかして、私も緊張している?

 

 ____________

 

 

「異議――と、言いましたか」

「そうっ! 私は『この裁判に異議がある』わ!」

「使い方違うんだけど……まいっか」

 

 あっけらかんとした声が、後ろから聞こえる。なるほど、あのメモはここの閻魔からか。確かにこいしと波長が合いそうね。

 

「いや、いや、傍聴人さん。裁判に異議があるなら、何を疑問に思ったか聞かせてほしいね。浄玻璃の鏡か、閻魔の判断か。それとも、他の何かかな。どれか崩さないと、それは通してあげられないよ」

「うぐぅ! ……皆!」

 

 どうも、私の予想も少しは当たっていたみたいだ。対応策は無かった。ただ声を上げて、言いたいことを言っただけ。叶えたいことを願っただけ。何も言わないよりかはずっと進んだが、そこで蹲っているのだろう。誰かに縋らなければ、立つこともできない程に。

 

 ――席を立つ。フランドールの隣を歩き、四季とメディスンの横をすり抜け、何故か固まっているこいしの前を通る。

 

 ああ、まったく。それなら、この上ない適任が居ることを私は知っている。悪意も善意も無く、ただ敵意だけで文句を行動に変えられる扇動者を知っている。

 

 ――その目の前で、私は足を止めた。

 

「……」

 

 これが寝ていたのは、幸運だったな。

 初めから起きてたら、「メディスンの決意」にはならなかったでしょうね。

 その耳元に顔を寄せて、私は囁く。

 

 

「痛くない、痛くない。

 その痛みはすべて嘘。

 感覚器官のマガイ物。

 あなたはまだ戦える。

 百徹は余裕でいける。」

 

 

「――それは承服しかねる!!」

 

 

 はい、起きた。

 

「って……あん? なんだこれ。どーゆー状況だ」

「おはよう天邪鬼。あなたなら、閻魔に反逆しようとしたら何て言う?」

「あぁ? んだよ、藪から棒に。そうだな、『過去ばっか見てるテメェに言われたかねーんだよ』ってトコだ」

「ほう。聞かせてもらいましょうか」

 

 その声は凛としていて、有無を言わさない響きがある。

 それでも天邪鬼は話を止めない。

 

「浄玻璃の鏡。ずいぶんと大層な持ちモンじゃないか。人一人の人生全部をこれ一つでさらえるワケだ。生きてるうちの話はそいつがありゃ問題無い、ってのがお前らの言い分だな。

 じゃあ。()()()はどうだ? こいつは本当に、地獄で裁かれるべきだったのか?」

「……戯言を。死んだ者は等しく裁かれるのです。人も獣も妖怪も神も隔てはありません。それが崩れるのは、世界が終わる時に他なりません」

「知ってるよ。だから聞いてんだ。

 

 こいつの人生の終わりは、本当にあそこだったのか? 

 

 なあ、閻魔。こいつ、死んでからどれくらい経って地獄に来たんだ」

「んー、七時間くらいかな。普通は死んだら十分程度でこっちに来るんだけど。ずいぶん未練が強かったんだね、この子」

「部屋を棺にするやつに、未練があるもんかよ。ましてやこいつは人間だ。死んだら取り返しがつかないことは良く知ってる」

「そうかな? 必死に自分を納得させようとしたけど、いざ死んでみるとやっぱり命が惜しい。そんな人間だっていると思うけど?」

 

 ……やはり、多少無理をしてでも私がやるべきだっただろうか。

 天邪鬼のその下卑た笑顔に、私は後悔を並べた。

 

「『思う』んだな? 『確証がない』ってことだ。閻魔サマ、迷う魂を裁くあんたが、迷ったまんまに判決を出しちまっていいのかなァァァアアア?」

「……フラっち、フラっち。これ、どっちが悪いの?」

「それをこれから決めるのよ」

 

 けれど、任せたのは私だ。

 それなら、こいつが何をしようが、私が責任を……

 ……やはり、止せば良かっただろうか。

 

「……要求は何ですか」

「決まってんだろう? 全弱者のかいほ」

 

 あ。

 

 そうだ、こいつ、ずっと気絶してたから、()()()()()()()()()()()()――

 

「弁護資格。それと裁判の開始」

 

 ……っ! …………っ!!

 

「……あぁ? 何だテメェ。フランドール、私の要求を奪う気か?」

「そういう訳じゃないわ。正邪、これはあなたにとってもチャンスよ。弁護は言葉で戦うものだから」

「何? それはどういう」

「ふふっ。良いよー」

「えっ」

「おい!? 私の疑問は無視すん……むぐ!?」

 

 ……ふぅ。えっと……うまく行った、のかしら。

 じゃあ、あとは天邪鬼に説明すれば……

 

 

「でも、一つ聞いていいかな。誰に資格を渡すの?」

 

 

 ……ん?

 

「……弁護人は、規則上は無制限です。ただし我々としては、三人以上を推奨していません。それぞれの主張がバラバラだった場合、まとめて却下することがあります」

「……確かに。それを纏めるために相談しようにも、時間が足りないものね」

「……つまり?」

 

 小傘の一言に、呼吸を一つ置いて、閻魔が言う。

 

 

 

「君たち六人の中から、三人。誰を選ぶの?」

 

 

 ____________

 

 

 

「……聞いたか! 裁判やるらしいぜ……!」

「何言ってんだ……いつもやってるだろ……」

「違う違う! 今度のは……」

 

 

 かつっ、と。

 軽く木槌の音が鳴る。

 

 

「これより、裁判を始めます。検察側、弁護側、問題はありませんか」

「……検察側……万端です……」

「弁護側! いつでも大丈夫よ!」

 

 

 弁護側には、明るい笑顔を浮かべた金髪の少女が。

 検察側には、暗い雰囲気を纏う鶏の少女が。

 そして間には、威厳溢れる見慣れた裁判長。

 

 

「よろしい。それでは、冒頭陳述をどうぞ」

 

 

 ()()()()の姿があった。

 

 

 

 

 




鶏の人は地獄の門番です。
あと、裁判はすごく雑に進むのでご了承下さい。
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