獣が見た夢   作:ごんぎつね

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序章 束の間の夢
00 有り得なかった夢


 夢は再度繰り返しを始める。

 廬生の器は母を失い、仲間と共に戦乱の地に堕とされた。

 しかしこの場には本来あるはずの存在が欠けている。

 元をたどれば、その存在は異物でしかなく、この状態こそが正しいのだが、今となっては忽然と消えてしまう方が不自然で異常事態と言える。

 彼女こそが、魔道と科学の完成形、人が生み出した極限の悪夢。

 空前絶後の怪物の不在、その異常に気付いている者はまだ僅か。

 

 

 ◆

 

 柊四四八をはじめとする戦真館特科七名は、現在千信館學園の学生として日常を教授している。

 戦真館(トュルース)千信館(トラスト)、二つの世界を彼らはそう呼び分けている。

 ここでは血の流れる争いに身を投じることはない。

 厳しい訓練の必要もない。

 近々に控えている修学旅行を心待ちにしていればいい。

 現実世界と夢の世界を混在させないように、四四八達は夢の世界の話を口にしない。

 ――既に予期せぬ所で混ざってしまっていることなど知る由もなく。

「よーしおまえら、今日は留学生を紹介する」

 担任の芦角先生は気怠そうに現れそう報告すると、教室の入り口に向かって「入っていいぞ」と手招きをした。

 留学生の話しは既に昨日の時点で漏れてしまっており、その為、驚きによるざわつきは生じなかったが、期待と興味の声が大きく教室から騒がしさを排除にするには適わなかった。

 ついこの間、世良水希が復学したおかげでクラスメートが一人増えたところに、またもう一人追加とは、時期外れでなくても十分に珍しい。

 しかもただの転校生ではなく留学生ときた。

 何か事情があるのだろうと推測する者は多い。

 ただ、好意的な声が多くを占める中、留学生が来るという事実に世良水希だけは怪訝な顔をした。

 そしてその想いは、留学生本人を見て確信に変わる。

 幼さなさを感じさせる小さな身体に、白金の髪、そして白雪のごとく純白の肌。

 芦角先生に誘導され教室に姿を現した留学生は、壇上に上がると口を開く気配もなく、クラスメートを品定めするかの如く見渡していた。

 その冷たい瞳と身に纏う排他的な空気、それらに加え目を惹く容姿が、先程までのざわめきだっていた教室から声を奪っていった。

「おいおい、自己紹介ぐらいいしろって言っといただろ」

 少しの静寂の後、話を進めようとする芦角先生が留学生に挨拶を促す。

 留学生は少し考え事をしてから、やむを得まいかという表情で口を開く。

「ロシアから来た、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワだ。貴様等と群れるつもりはない。以上だ」

 それは不躾て尊大な物言いだ。

 だがこの言葉が生意気だと思えた者はいない。

 それよりも言葉に従った方がいいのではないかと思わせる空気が教室を支配していた。

 先程までの歓迎の色は失せていた。

「グルジェワの席はそこの空いてる席、柊の隣だ。柊、ついでだから休み時間に校内の案内とか頼むわ」

「そんなモノは必要ない」

「……ま、頼むわ柊」

「分かりました」

 すぐにクラスに溶け込んだ水希と対照的に、キーラはほんの数分で浮いていた。

 他ならぬ本人の意思によって。

 

 ◆

 

 授業と授業の合間の休憩時間に、四四八やその友人である栄光、晶、歩美が声をかけてみたが、キーラは「私に話しかけるな、劣等」と一刀両断。

 他人を寄せ付けない気配は授業中も同様で、教科書もノートも開かず、ただ腕を組み退屈そうに座っているだけ。

 そんな不真面目な態度でも教師は何も言わない。唯一、芦角先生だけが「ノートの取り方が分からないなら、柊に教えてもらえ」と口にした。

 そしてそのまま時は過ぎ昼休みに。

 教室の半分近くが食堂や購買に向かう為に教室を後にしていく。

 その一方でキーラは相も変わらず、腕を組みながら前を睨んでいる。

「グルジェワ、お前弁当か何かは持ってきてるのか?」

 昼休みになっても動こうとしないキーラに隣の四四八が声をかける。

「話しかけるなといったはずだが」

「放っておいたら、このまま呆けてそうだったからな。持ってきてないのなら、食堂か購買を案内するが、どうだ」

「余計な世話は不要だ」

 キーラはそう言うと立ち上がり、そのまま四四八に目もくれずに教室を出て行った。

 キーラが姿を完全に消したのを確認すると、クラスメートの話題にキーラの事が浮上し始める。

 これまではキーラの存在が話題として取り上げるのを封じていたのが、ようやく解禁されたのだ、当然とも言える。

「しっかし、キーラちゃん、変わった子だよな。おまけにちょっとこえーし」

「ちゃん付けは、馴れ馴れしすぎだろ」

 それは四四八達のグループにも当てはまる。

 四四八の元に集まってきた栄光の軽口に四四八が小言を挟む。

「いいじゃんかよ、別に。それぐらい」

「本人の前で言えたら褒めてあげてもいいけどねー」

 冗談めかした言い方で歩美が現れ、晶、鈴子、水希も四四八の席にやって来る。

「へっ、いいぜ。やってやろうじゃんか」

「無視されるのに一票」

「殴られるのに一票」

「ひっ……いや、さすがに殴りはしねえだろ。さすがに」

「いまかなりビビってたけどな」

「呼び方はともかく、今のままだと良くないんじゃない? 修学旅行も一緒の班になるんでしょ」

 歩美と晶が栄光を弄って遊んでいる中で、鈴子が真面目なトーンで真面目な話をし始める。

「でも修学旅行来るのか、あの留学生。そういう集団で騒ぐのとか見るからに嫌いそうだけどよ」

「どうだろ。案外楽しみにしてるかもよ」

「取りあえず、せめてもう少し話をする必要がある。まだ日本の学校に慣れていないみたいだし、放っておくのは無しだ」

「そう言うと思った。……ん、どうした水希。さっきから一言も喋ってないけど」

「え? な、なんでもないよ、晶。キーラさん、どこに行ったんだろうと思って」

「食堂か購買なんじゃねえの。丁度その話してたし」

「でも、場所分からないんじゃ」

「もしかして迷ってたりして……」

 あの強気な態度で教室を出て、その有様はないだろうと笑いとばしたくもなるが、場所を知っている可能性は低くく、だからと言って誰かに尋ねたりもしないことを予測するのはあまりにも容易い。

「少し探して様子を見てくる」

「柊くん、私も一緒に行っていいかな?」

「ああ、頼む」

 四四八は水希と共に、教室を出て、まず手近な所をと購買に向かって歩き始める。

 千信館の校舎は特別広い訳ではないので、場所さえ知っていればずくに着く。

 近くまで行くと廊下を横断するように列が出来ているのが見えた。

「ここには並んでなさそ――」

 四四八も水希も列に並んでいる生徒を確認したが、キーラの姿はなかった。

 だが、水希の視線の先、列を挟んで正反対の場所にキーラの持つ白金の髪が見えた。

「欲しいモノがあるなら並んだらどうだ」

「ふん、何故私がその様なことを」

 列に混じることなく眺めているだけのキーラは、四四八に声をかけられても視線一つ動かさなかった。

「はぁ、仕方ない。俺が買ってくるからそこで待ってろ」

「だから要らん世話だと――」

 キーラの反論を聞き流し、四四八は列の最後尾に向かって行く。

 取り残されたキーラは、誰も聞いていない文句を途中で切り上げ、睨むような目で四四八を見つめていた。

 とりあえずは、言われた通りここから動かず待っているつもりのようだ。

 そしてそこに、今まで遠巻きに見ていた水希が近づいて来る。

 会話の距離まで詰めると、水希は真剣な顔つきで口を開く。

「あなた何が目的なの? そもそもどうやってこっちに……」

 キーラには話をする意志もない上に、水希の言葉は何が聞きたいのか理解し難い。

 だから無視を決め込もうとしたのだが――水希の言い方に引っかかりを覚えた。

「……キサマ、まるで私のことを以前から知っているかのような口振りだな。どこで知った――いや、まさか会ったことがあるのか?」

 キーラには水希と会った記憶も、話をした記憶も、戦った記憶も無い。

 何故ならキーラはつい数日前に留学の為にロシアからやって来たばかりのはずなのだから。

 それまでに会うには、水希からロシアに出向かなくてはならない。

 周囲から得た情報が正しければ。

「……え?」

 キーラの返答に、面を喰らった水希は、思わず力のない声を漏らしてしまう。

「違和感は会った。キサマを含め、初めて見るはずの人間に見覚えがあるような感覚が生じた。勘違いかとも思ったのだが、どうやらそうでもないらしい」

「えっと、その……実は私も根拠はないの。ただ、ここで会うことがおかしい気がしちゃって」

 慌て取り繕う素振りを見せる水希はそう正直に答えた。

 誤魔化す意図はあったが、この現実にキーラがいることが間違っていると断言出来る程、水希は自分の記憶に自信が持てない経緯がある。

 勘違いや思い違いの可能性、または何者かによる罠の可能性もある。

「そうか、なら用はない。去れ」

 何かを隠しているのは間違いないとキーラは察したが、同時にこれ以上追求しても無駄だろうとも直感的に感じていた。

 沈黙が生まれ、水希が気まずさを覚えてきた頃合いに買い終えた四四八が戻って来て、戦利品の入った袋を差し出す。

「グルジェワ、とりあえずパンとオニギリを適当に買ってきた。好きなのを選べ」

「施しなど受け取らん」

「いや、金は貰うつもりだったが」

「金? ああ、貨幣のことか。それと交換という訳か。いいだろう、受けてやろう」

 単なる言い回しのの問題なのか、四四八にはまるで金銭取引、噛み砕いて言うなら買い物をしたことないような口ぶりに聞こえた。

「教室に置いてある。そこで交換としよう」

「今は持っていないのか」

「持っていないがそれがどうした」

「どうやって購買で買うつもりだったんだ?」

「学校での昼食は支給制だと聞いたが」

「ああ給食のことか。この学校ではやってない。だから、持参する購買か食堂を利用するしかない」

 給食制度はせいぜい中等学校までしかやってない所が程だろうが、留学生であるキーラなら、何かしらの勘違いが生じていてもおかしくい話ではない。

 この様子だと教えることは多そうだと思いを持ちながら、四四八は先を行くキーラの後を水希と共に歩き始めた。

 

 ◆

 

 昼食を経て、授業も全て終え放課後となった。

 昼食時は結局、キーラは四四八と席が隣なこともあって、四四八グループに組み込まれながらオニギリを食することとなった。

 排他的な威圧感は変わらずで会話も殆ど成立しなかったが、前進したとは言えるだろう。

 栄光は宣言通りキーラに対して“キーラちゃん”呼びをしてみせた。

 流石に殴られはしなかったが、今までにない位に睨みつけられ、「殺気を感じたぜ」と震えた声で漏らした。

 しかしキーラが気に障ったのは“ちゃん”付けである点であり、名前で呼ぶことまでは禁止しなかった。

 一緒に帰らないかと四四八達に誘われたが、当然に却下し、一人で下校中することにした。

 道中に思い返すのは、今日の出来事。

 四四八達も言っていたが、キーラは日本の学校に慣れていない。

 だが“日本の”という修飾語は不要だ。

 学校そのものに不慣れであり、勝手も知りはしない。

 何故なら、学校への登校など、今日の日まで経験したことがなかったのだから。

「一体私は何者だ」

 気がついた時には留学生として日本にいた。

 それまでの記憶は無いに等しい。

 断片的にしか存在せず、その残った記憶する間違っている気がしてならない。

 根拠はないが、確信めいた何かを感じている。

 故に自分がどんな人間なのかに自信を持つことが出来ない。

 ずっとロシアにいたのかどうかも、そういう情報があるだけで本人の記憶が証明になることはない。

 唯一の手がかりは、四四八達を見た時に感じた違和感。

 何か忘れてしまった感覚を取り戻しそうな気がしたのだ。

 気のせいかと流そうともしたが水希とのやり取りで、何かがあることは確定した。

「おかえりなさい、お姉様」

「学校はどうでしたか?」

 現在自宅として使用している、いつの間にかあてがわれていたアパートの一室に戻ると、二人の妹が笑顔で奥から出迎えに走ってくる。

 今日という一日は決して楽しいものではない。

 不愉快な感覚が殆どだった。

 さらに自分を取り巻いて何が起こっているのかも皆目見当がついていない。

 それでも――

「ただいま、ロムルス、レムス」

 二人の妹に微笑みを向け、今までにない穏やかな声で応える。

 愉快でもなく、不可解な事ばかりだが、それでも今がそれ程悪くない、そう思えたのだから。

 

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