獣が見た夢   作:ごんぎつね

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01 獣と人間

 ――誰かと繋げられる夢を見た

 比喩では無く、物理的な接続。

 腕が脚が、何人もの人間の、幾つものパーツが出鱈目に繋がれていく。

 激痛で悲鳴を上げても、止めてと叫んでも、キーラの境遇に変化はない。

 それが彼女の逃れられる運命だとでもいうかのように。

 

 

 ◆

 

 二度目の登校。授業は既に全て終わり、次々と下校する者や部活動へと励む者が教室を後にしていく。

 そしてキーラは、用もなく机に両肘を付き、思考へと没入する。

 内容は、今朝見た奇妙な夢についてだ。

 あの様な荒唐無稽な夢だというのに、夢の中での感覚には現実味があった。

 まるで以前に体験したことがあるかのような鮮明な痛みと嫌悪感。

 今でもその感覚は思い出せる。

 もしかしたら過去に似たような経験があるのではと推測するが、それ以上の想像は叶わない。

 あれが現実にあるはずないと、供えられた倫理観が判断しているのだから。

 キーラが失ってしまっているのは、単なる思い出ではなく、もっと根幹に繋がるモノだ。

 だから記憶が欠落している今は不完全な状態であり、それどころか残っている記憶までも偽物であればそれはもう別人だ。

 故に獣として生きる少女はここにはいない。

 それ程に記憶は人格を構成する重要な要素であり、人間は記憶に束縛されているのだ。

「今日もまた、まともに授業を聞いていなかっただろ」

 答えが出ない夢に関する思考は四四八の声により中断される。

 昨日と今日で、もはや無視や反抗をしても無駄だと判断したキーラは取りあえずは四四八達には反応するようになった。

 辛辣で排他的な態度に変化はないが。

「だからなんだ。あんなものに何の意味がある」

 いつの間にか留学生となっていたキーラだが、学校というものに期待あるいは興味はあった。

 だからこそ、昨日は流されるまま登校し、すぐにその興味は失せた。

 つまらない、その一言に尽きた。

 今日もまた登校しているのは、四四八達が己に関する重要な手がかりだと考えているからだ。

 四四八達とのコミュニケーションを完全に拒絶しない理由の一つでもある。

「だったら何しに日本に来たんだ? 勉強をするでもなく、交流するでもない」

「さあな」

 妹達に聞いてもそれは分からない。

 妹達も記憶が欠けているかどうかはキーラには知れないが、現状に疑問を抱いてはないのは確かだ。

 何故自分達が日本(ここ)にいるのかが分からなくても、それを奇妙だとすら感じないないのだ。

 キーラだけが今がおかしいと認識している。

「親か向こうの先生に無理やり留学させられたとか?」

 本人の意志でないなら他人の意志しかないと栄光は推測した。

「それも知らん」

 解を知らないのだから答えようがない。

 ただ、栄光の言葉の中の“親”という単語が耳に残った。

 母親の顔は思い出せないどころか名前も知らない。

 だが父の名と顔は覚えている。

 ――忘れるはずかない

 思い出は何一つ思い出せないというのに。

「少なくともこの国に学ぶべき点は見いだせん」

「でも日本語はペラペラだよね。向こうで習ったの?」

 連続する質問にいい加減うんざりとしたキーラは、“知らん”の一言を発することもなく口を閉ざし、無言で帰り支度をし始めた。

「あ、帰るのキーラちゃん? だったらあたしと一緒に帰ろうよ!」

「俺も俺も。俺も一緒に帰るぜ」

「じゃあ、あたしも」

 歩美の提案に、栄光・晶が乗っかるが、肝心のキーラは歯牙にも掛けずに帰宅準備を進めていく。

 これまでも度々、栄光や歩美は馴れ馴れしく誘いをかてけていたが、その都度“群れるつもりはないと言ったはずだ”と拒絶されていた。

 今回の無言は、何度も同じ反応を繰り返すのに嫌気が差したからだ。

 一度も使用されていない教科書の入った鞄を持ち、キーラは教室の出口に向かう。

 栄光・歩美・晶も、賛同を得ていないにも関わらず帰り支度を終え、キーラの後に続こうとした。

「おい、待てお前ら。何を自然に帰ろうとしてる」

 そんな栄光達を、四四八が引き止める。

「何だよ四四八ー」

「私達はキーラちゃんと交流を深めるために一緒に下校するんだよ」

「そうだそうだ」

 空気読めよと言わんばかりの反発が四四八に返ってくるが、言い掛かりも良いところだった。

「お前らの下校時間はまだ先だ。補習があるのを忘れたとは言わせんぞ」

「固いなぁ、四四八君は」

 そんな四四八達のやり取りを横目で見ながらキーラは「下らん」と吐き捨て教室を出ようとする――が

「キーラ、お前も補習だろ」

 キーラも他人事ではなかった。

 というより、この件の一番の当事者だ。

「私には必要ない」

「小テストを白紙で提出したお前の責任だ。予め釘を刺されてただろ」

 今回の小テストは、授業に実質参加していないキーラの為に行われたものだ。

 一問でも取り組もうとした形跡があれば正解不正を問わないが、逆に形跡がなければ補講を行うと事前に通達されていた。

 こうすることでせめて一度も手にしていない筆記用具を取り出させる作戦だったのだが、キーラの姿勢は変わらず、こうして補講が決定した。

「私は私のルールで行動するまでだ。私を縛ることは誰にも出来はしない」

「わたしもわたしも!」

「右に同じく!」

「お前らは黙っててくれ」

 栄光・歩美・晶までもが補講の対象なのは、キーラ一人よりもやりやすいだろうという教師側の都合でもあり、実際に補講が必要なレベルの得点だった栄光達の自業自得でもある。

 とは言っても、この補講がキーラの為であることは栄光達も承知であるので、本気でサボろうとしているのではなく、静まり返らないように茶化しているだけだ。

 そうでないと場の空気がキーラに呑まれてしまうから。

「よーし、揃ってるな。たく、面倒かけやがって」

 栄光達が騒いでいる内に、補講用のプリントを持って芦角先生が現れる。

 小テストが行われたのは万国問わず通用するだろうとい配慮の下でで数学だったが、発案者は担任としてどうにかするように頼まれた芦角先生であった為、作戦が失敗した責任をとして補講の担当を負うこととなった。

「座れ座れ、長引いて終わらなかったら明日もやんなくちゃならいんだから」

「勝手にやっていろ。私には関係のないことだ」

「あー、グルジェワ。お前が今までどうやって生きてきたかは知らないが、ここは日本だし、学校だ。守るべき最低限の規律はあるし、学ぶなり楽しむなりしないと勿体ないぞ」

 このまま放置していたらキーラは間違いなく孤立する。

 それも忌避される対象として。

 今は四四八達が積極的に関わろうとしている為に、独りにはなっていないが、キーラの態度が改まらない限り近い内に限界が来る。

 このままでは異国から海を渡って来てまでわざわざ過ごす学校生活が、完全に無意味で無駄に終わる。

 そして何より、ここで変わらなければ、キーラの“人間”としての今後が気がかりというものだ。

「ここに守るべき規律や学ぶべき事があるとでもほざくのか。笑わせる」

 芦角先生の気遣いに気づくこともなくキーラは鼻で笑い、心底呆れた声で言い放った。

 キーラとて、最初は興味を持っていたのだ。知識でしか知らない学校という未知の場所に。

 だが、いざ蓋をあけてみたらどうだ。

 そこにあったのは、堕落し平和ボケした人間共による馴れ合いだ。

 授業の内容程度の学習なら自習で十分であり、授業の必要性も学校の意義も理解しがたい。

 このような低レベルな事を、最初から教えてもらおうという姿勢がまずキーラには気に食わなかった。

「最初から規律を守るつもりも、学ぶつもりもない人間が言えた台詞じゃないんじゃないかしら」

「我堂!」

「何よ柊、事実でしょ。何もかもを拒絶して、まるで自分が社会に頼らず独りで生きてるとでも言うみたいに」

「ああ事実だな。私は社会になど頼ったことがない」

 記憶は不確かだが、感覚がそう言っている。

 キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワは人間社会に頼らず生きてきた。切り離され生きてきた。

 言葉の通り、住む世界が違うのだ。

 キーラの記憶に思い出がないのもそれ故だ。

 欠けているのではなく、最初から存在しないのだ。

 キーラが真に忘却しているのは、ある事実のみ。そして、それこそがキーラの核。

「そんなこと――」

 そんなことがあり得るはずがない。そう鈴子は口にしようとして、キーラのどこまで冷え切った瞳に目を合わせた瞬間、口を噤んだ。

 国が違えば価値観も違う。それは鈴子も百も承知だ。

 だが、人間として生きる上での根本的なものは共通であると考えていた。

 人間は一人では生きていけない。だからこそ人間は社会を必要とした。

 人間社会から外れた存在がいるのならば、それは既に人間ではなく人間の姿をした“獣”に過ぎない。

「一抹の価値でもあるかとも思ったが、どうやら期待外れらしい。ここにもう用はない」

 失望。

 キーラは僅かに残っていた学校への興味を完全に喪失した。

 やはり通う価値などない、と。

 四四八達といれば何かを思い出すかとも考えたが、違和感を覚えたのは最初に四四八達を見たときのみ。

 以降は、何も感じなかった。

 さりげなく「以前にどこかで会ったことがあるか」と問いはしたが、昨日の水希のような反応は誰も見せなかった。

 単に隠しているだけなのか、本当に何も知らないのか。

 それを探る為にも、このように時間を浪費するのは無駄でしかない。

「おい、キーラ!」

 四四八の呼び声に聞く耳も持たず、キーラは教室を後にした。

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