獣が見た夢   作:ごんぎつね

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本章
04 分岐点


 邯鄲の夢、それは唐代の故事に端を発し日本でも能などの分野で知られていた仙術の類だ。 

 夢という侵入経路から普遍的無意識の海に触れることによって人の持つ空想の力、夢の力を現実に持ち出すことを目的としている。

 邯鄲の夢は歴史の仮想体験を主としており邯鄲の制覇とは、ここでの行動でどのような未来が生じるかを模索しすることで人の意思、想いというのが何処に向かっていくのかを悟ることを意味する。人々が無意識の下で求める未来、人類という種の願望に触れ理解することで、その()を引き出し現実に紡ぐことが出来るのだ。

 また、邯鄲の夢は八つの階層で構成されている。

 まず、誰もが見ることの出来る夢世界である第一層(モーゼ)、明晰夢かつ連続夢の世界である第二層(ヨルダン)、さらに夢を共有できる世界が第三層(エリコ)、そしてこれ以降の層こそが邯鄲の夢の本域、先に述べた歴史の仮想体験が始まるのだ。

 柊四四八は通常の夢を見たことがない。第一層を経験せずに生まれながらにして第二層に没入していた。

 やがて千信館の仲間と共に第三層へシフトし、柊聖十郎の介入によって四四八は母を失い四層(ギルガル)へと落ちた。

 三層は仲間とのみ共有した夢世界故に自分達以外に人はいなかった。例外は割って入って来た聖十郎くらいだ。

 しかし四層はどうだ。

 時代背景も平成から明治へと移り変わり、自分達以外の人間が多く存在していた。

 それも四四八達と同様の現実に実在する人物だけでなく邯鄲が作り出したゲームにおけるNPCのような人物達が其処ら彼処にいるのだ。

 四四八達は四層へ辿り着いて以降、自分達の先輩であり初代戦真館の創設者の孫である辰宮百合香の庇護の下に修練を積んだ。

 邯鄲内での時間を総計すると半年を超える。

 そして時期が来ると四層攻略に踏み切る。

 四層で待ち構える試練とは、かつて現実に起きた事件の再現だ。

 初代戦真館の崩壊。生存者は当時の筆頭ただ一人だった。

 四層突破の試練に挑むのを修学旅行の前か後のどちらにするかという迷いもあったが、最終的に一日目の夜に挑むことに決めた。

 今日がその日であり、決意を固め、修学旅行の続きを誓い、戦真館特科七名は過去の悪夢へと立ち向かった。

 そして、千の信を持って――悪夢を打倒した。

 世界が四層から五層へと移り変わたことが、試練を越え四層を無事攻略出来たことを教えている。

 それは紛れもなく四四八達の覚悟や努力が報われた瞬間だ。

「また同じ幕切れですか。あと何回繰り返すことになるのやら」

 試練の行く末を学園の校長室で見守っていた百合香は、何ともつまらなそうに溜め息を漏らした。

 現実に起こったこの悪夢を生き残ったのはただ一人だけだった。

 仲間をその手で皆殺しにすることで。

 それが四層攻略の模範解答だが、四四八達の選択は異なっていた。

 信じる心が悪夢を打ち破ったと言えば聞こえが良いが、夢だからこそ通用する理屈だ。

 現実ではそうはいかない。

 四四八達の選択が受け入れられたのは、邯鄲の絵図を書いた者の趣味に合ったことが大きいだろう。

「まあ、そう言いさんなや。これがあやつらの持ち味なんじゃし、この四層突破自体も通過儀礼みたいなもんじゃけぇのお」

 四四八達の選択を否定する訳ではないが同じ展開の繰り返しに食傷気味の百合香に対し、狩摩は軽く笑いながら言葉を返す。

 四四八達にとっては決死の覚悟を経ての挑戦だが、ここまでは予定調和に過ぎないのだ。

 あくまで通過点。もはやここで躓いては話にならない。だが必要不可欠な通過点である以上、当事者以外の人間にとっては新鮮味を失った出来事でもこの試練はやらなければならない。

「今回も同じであればそろそろいらっしゃる頃合だと思うのですが」

「そげなこと言うとったら、ぞろぞろと来よったで」

「やはりですか。これも必要なことなのでしょうが、あの方も存外様式美というものが好きなようで」

「ほいじゃが、今回はちいとばかり趣が違おうみたいじゃけど」

 並外れた空間支配を可能とする狩摩は超絶した視力で戦真館の近くに潜む者達を捕捉する。

 しかし、一つの気配だけは隠れもせずに校舎の上方に浮かんでいた。探る必要もなければ確認する必要もない存在感を発しながら。

 血を連想させる紅で染まった空に、禍々しく極大な龍の瞳が浮かぶ。

 破滅と殺戮をもたらす日本国における最悪の凶霊である第八等指定廃神、百鬼空亡がそこにいた。

 遭遇しただけで生を諦めてしましそうな存在感が空亡にはある。

 膨大な霊力は未だ限界ではなく、今もなお膨れ上がっている。

 校舎の内にいる四四八達も四層攻略の喜びも束の間に、見えない敵に息を呑み身体は自然と硬直していた。

 だが、それも一瞬だ。

 轟音と共に校舎は破壊され、崩れ落ちていく。

 空亡にとっては破壊の意思すらない児戯にも等しい行為だが、対峙する相手からすれば滅茶苦茶もいいところだ。

 半壊した校舎から脱出した者、校舎内で持ちこたえた者、そのどちらもが肌で感じていただけの空亡の存在を目の当たりにする。

 人智を超越した邪龍の姿を。

「オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ――六算祓エヤ滅・滅・滅・亡・亡・亡ォォォ!」

 空亡の叫びが聞く者の心を震わせる。

 言葉の意味は理解出来ない。それでも恐怖だけは間違いなく伝わっている。

「おいおい、何だよこれ……」

「まさかこいつが百鬼空亡だっていうの?」

 四四八達は既に神野影明という人外(悪魔)を目にしている。

 空亡という怪物がいることも耳にしており、敵の強大さ想像もしていたつもりだった。

 しかし、実物は想像の遥か上を行く怪物だ。

「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ――! キャキャキャキャハァ――!」

 空より空亡の魔気に当てられ常世から這い出た妖の軍勢が降り注ぐ。

 それは校舎を破壊した正体であり、空亡にとっては攻撃ですらない。

 空亡から逃げんとする魔群の暴走の結果に過ぎない。

 加え腐敗した巨碗の嵐が紛れ、魔群を蹂躙しながら四四八達に迫っていく姿は地獄絵図と言っていい。

「こりゃあ不味そうじゃのう」

「余興もなくいきなり空亡をけしかけるとは、乱暴なことをしますね」

 空亡による襲撃が起こるより先に、百合香は重い腰を上げ狩摩と共に外へと向っていた。

 姿こそ晒していないがこの場には空亡のみならず聖十郎、神野までもが集まっている。

 四四八達にとっては予期せぬ襲撃だが、これも予定調和に過ぎない。

 校舎が破壊されるより一足早く校舎から離れ、直後に轟音が響いた。

 そして――

「久しいな、百合香に狩摩」

 百合香達は外へと出ると予想していた声を耳にする。

「変わりないですね、甘粕大尉」

 邯鄲の夢の最初の制覇者、盧生である甘粕までもが現れ場は混沌さを増していく。

 これで夢界に存在する勢力が一つを除き集結したことになる。

「挨拶の前にあれを止めんでええんかいのう」

 狩摩が指す先には校舎を破壊してなお止まらぬ空亡の姿があった。

 空亡の猛攻は未だ止む気配を見せない。

「あれで根をあげるようならそこまでの男だったというものよ」

「無茶いいよるのう」

 正しく無茶だ。

 力量差は一目瞭然、四四八達が未熟かどうかなどは問題すらない。

 空亡は倒せない。

 何故ならそういうモノなのだから。

「何かもうこれ同窓会みたいなノリになって来たよね。一周お疲れ様でしたみた、今後とも頑張っていきましょー、みたいな」

「ふん、茶番もいいところだ」

 甘粕が百合香と狩摩の前に現れたことで、聖十郎と神野も合流する。

 四四八達がこの光景を見れば混乱が頂点を極めることだろう。

 聞いていた情報では敵対関係にあるはずの彼らが、衝突が起きる気配もなく呑気に言葉を交わしているのだから。

 必死である四四八達に対して、倦怠感すら漂っている。

 誰が味方で誰が敵なのか、そもそも味方など存在するかさえが不明だ。

「まあそういうなセイジ。邯鄲(これ)はそういう夢だ。乗りかかった船、行けるところまで付き合ってやるのも一興だろう」

「おまんさんの場合、付きおうた結果、地獄送りにしそうで怖いわ」

「そうなったらそうなったらでこれもまた試練と仰るのでしょうね」

 百合香は既にそのような状況になりつつあると思いながら、庭中に意識を向ける。

 彼らが会話に興じている最中も、戦真館の面々は生と死の狭間に立たされていた。

 

 ◆

 

 

「――我堂、鳴滝!」

 空亡より放たれ襲い来る猛威が鈴子と敦志を襲う。

 身を喰らわれ、貫かれ、動かなくる。

 抵抗はした、それでも無駄だった。

 これらの惨状をもたらしたのは戦闘などではなく、事故に遭遇したようなものに近い。

 二人は校舎が破壊された際に外へと脱出していた。

 故に何の防壁もなく魑魅魍魎の摩群を喰らう確率が高かった、ただそれだけである。

「ちくしょう――!」

 回復の能力に長けた晶が倒れた鈴子と敦士の治癒を試みる。

 だが――

「危ねぇ!」

 空亡の猛威は無差別に訪れ、晶を襲った。

 それに気づいた栄光が解法(キャンセル)により魔群を消し去ろうと力を注ぐ。

 栄光は四四八達の中で最も解法の資質が高い。

 栄光の奮闘により、晶に迫っていた魔群は消え去った。

 が――それでは足りなかった。

 脅威はまるで無限とでも言うかの如く、雨のように降り注ぐ。

 晶は倒れ、栄光も負傷し膝を着く。

 成す術がない。

 空亡(これ)には勝てないと残っている全員が理解していた。

 戦おうという選択自体が間違っている。

 ならば撤退するしかない。

 だが、どうやって?

 どこへ逃げるという。

 空亡の射程圏は恐ろしい程に広大だ。逃げ場などない。

 ならば夢界から出るしかないが、それすら至難の業だ。

 この怪物を前にどう隙を付けばというのか。

 先手を取られた時点で事態は絶望的だったのだ。

 形勢を立て直すことも出来ない。

 やがて魑魅魍魎の矛先が四四八へ向かう。

 それは膨大な質量を伴い、四四八一人が捌き切れるものではなかった。

 回避も間に合わない。

「四四八君!」

 摩群が降り注ぎ四四八を飲み込む、そう思われた時、風が吹いた。

 それは一瞬の出来事だ。

 風と共に巻き起こるのは破壊音。

 四四八はなお無事で、襲いかかって来た魑魅魍魎は跡形もなく消え失せた。

 その代わりに四四八の視界に映ったモノは――赤い外套を身につけた小さな背中だった。

「とんだ体たらくだな。その程度かよ、イエホーシェア」

 銀の髪が揺れ、魔獣の眼光が空亡を睨み付ける。

 これにて今度こそ夢界における全ての勢力終結が成った。

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