「あら」
「ほぉう」
キーラの登場に各々が反応を見せる。
その大多数が想定外の展開に対する驚きである。
しかし四四八達と狩摩達では驚く要因が異っている。
「キーラ、何故お前がここに!?」
助けられた形となった四四八は、混乱の最中簡潔な疑問だけを声に上げた。
何故なら水希を例外とすれば四四八達戦真館の面々の認識ではキーラは一般人だ。
それが突然現れただけでは終わらず、空亡の摩群を退けてみせたのだ。
驚いて当然だ。
対して戦真館以外の者達、キーラが邯鄲にいることに疑問を抱かない者達までもが驚いた理由は、不意を付かれたからだ。
つまり、このタイミングで乱入して来るとは予測していなかったということだ。
わざわざ空亡が暴れている中に飛び込むなど自殺志願者としか思えないのだから。
「何を考えてるんでしょうか、彼女は。まさか四四八さん達に加勢しに来た訳でもないでしょうし」
「まあ推測は出来るけんど、そうじゃたら大胆な博打に出よったのう」
「このタイミングで現れた、いや現れなければいけない理由……なるほど、そういうことですか」
「後手に回る前に先手を打つ。単純な話じゃがぁ、先に動いた方が負けっちゅう言葉もある。果たしてどうなるやら」
傍観者達は各々に推測を進めて行くが、当事者達の頭は冷静さを取り戻していない。
当然ではあるが、キーラのこの行動は善意によるものではない。
四四八を助ける為ではあったが、それは四四八の為ではなく己の為に過ぎない。
四四八は何故ここにいるのかと尋ねた。
その問いに対する答えは言葉ではなく行動で示される。
「大人しくしていろ」
キーラは身体を反転させ四四八と向かい合う。
背丈の差はおよそ三十センチ。大人と子供のようにも見える。
キーラは振り返るや否や手を四四八の肩に置き、力を込めることで背丈の差を埋めてみせた。
二人の顔の高さが同じになり、キーラの口が開かれ――四四八の首元に鋭利な歯が突き刺さった。
血が吸い出されると共に全身から力が抜け落ちていく。
まるで気力そのものが奪われているかのように。
吸血を終えるとキーラは手を離し、四四八は倒れながら夢界から姿を消した。
「何をしたのキーラ!」
「喚くな煩い。他の脱落者を含め、あちら側へ戻れば会えるだろよ」
水希が突っかかるがキーラは淡々とした反応で流す。
「無事ってこと?」
歩美が確認する一方、水希は先程まで鈴子、敦志、晶が倒れていた地点を見るがそこには何もなかった。
「知りたいなら貴様等もさっさとあっちへ行ったらどうた。囮にも餌にもならんようなら邪魔でしかない」
「おい後ろ――」
今のキーラは空亡に背を向けた状態だ。
言葉を交わしている間にも魔群の無差別な進行は止まらない。
空亡と比較すれば遥かに格下だが、一体一体強大な力を持つ廃神共の群勢なのだ。
迫り来る脅威に、先程退けたとは言え背を向けていてはどうしようもない、そう思いキーラに注意を促すべく栄光は叫んだ。
しかし、言い終わるより前に言葉を失われてしまった。
キーラは振り返っていない。
それどころか動いてすらいない。
だというのに、キーラへ向かった魔群は破壊音と引き換えに跡形もなく消え去っていた。
「なるほど、これなら何とかなるかもしれんな。もっともその為にもまずはこの場をどうにかせねばならないわけだが」
キーラは慣らすように腕や足を動かし、現在の自分の
「かーごめかーごめ、かーごのなーかのとーりーは」
「いーついーつでーあう」
空亡の唄が響く。
高音と低音、二つの声色が交互に発せられ、時に輪唱する。
そして一区切りがつくと空亡はようやく意志を感じ取れるような言葉を発する。
「旨そげな夢をくれろ」
「その目をわいにくりゃさんせ」
もっとも会話が成立する気配は依然無い。
キーラ側にしても会話をしようとなど思っていない。
「ふん誰が貴様などにくれてやるものか」
この間も止まぬ猛威を凌ぎながら、キーラは次の手を考える。
このままでは防戦一方。次期に力負けするのが目に見えている。
「さて、奴らに動いてもらうとするか」
キーラは加速し、一瞬にして距離の離れた地点へと移動する。
栄光達からすれば目に留まらぬ速度であり、忽然と消えたようにしか見えないだろう。
しかし、空亡は見逃さない。
しっかりとキーラの動きを目で追い、今もなお捕捉し続けている。
魔群がキーラのいる地点目がけて降り注ぐ。
それを各々が対処する。
ある者は迎撃し、あるものは回避し、またある者は静観する。
「まあ、こうなるわな」
「ちっ……面倒なことを」
狩摩は攻撃を凌ぐと想定内の展開だという素振りで顎に手を当てる。
聖十郎は離脱を試みたが、それを妨害する存在に気づき舌打ちをする。
「宗冬」
「承知しました」
現在この戦真館の敷地内は百合香の創界の影響下にある。
事前に構築していたモノは空亡の襲来で崩れかけたが、キーラの乱入に乗じて構築しなおしたのだ。
空亡も内に閉じ込めることになるが、空亡からすれば閉じ込められた内に入らない。
その程度の差異だ。
だから目的は他にある。
百合香は空亡を警戒しつつ、その目的の彼らから己を守るよう指示する。
「こうも滅茶苦茶になってしまっては逃げるのも一苦労ですからね。仕掛け人であるそちらでどうにかしていただこうかと」
「ああなっては贄を捧げたところで大した足しにはならん。奴の気まぐれ次第だ」
聖十郎はもはや災害を振りまくが如く暴れる空亡を制御し得る唯一の存在を指して言う。
最初であり現在では唯一の完成した盧生、邯鄲を制覇した魔王甘粕は事の成り行きをまるで他人事かの様に見守っていた。
空亡は甘粕の眷属であり、空亡の脅威は甘粕には及んでいない。
「資格が無いと自覚しながらも、なお足掻くか」
甘粕は空亡の攻撃を追撃するキーラに対して言葉を投げる。
「甘粕……!」
声に反応しキーラは甘粕を睨み付ける。
キーラは既に記憶を取り戻している。
ただの違和感に過ぎなかったものは邯鄲に入ることでようやく形となった。
ここ邯鄲でキーラは全てを思い出したのだ。
だから、自身に盧生の資格はなく更にはその資格を四四八から奪うことは不可能であるという話も思い出している。
甘粕によって捕えられていた時に聞かされた話だ。
聖十郎もキーラと同じ目的でここにいるが、聖十郎と同じ方法で盧生の資格を奪うことは出来ない。
何故なら聖十郎の夢がそのことに特化しているから可能な手段であり、キーラの夢は聖十郎と全くもって異なっている。
「資格がないと言ったな。ならばその目で見届け思い知るがいい、己の思慮の浅さをな」
そう言うとキーラは意識を甘粕から空亡へと戻す。
甘粕に対して募る感情はある。
しかし目下の敵は空亡だ。これを何とかしない限り、今後の策がいくら有ったとしても無意味となる。
そんなキーラに狩摩は飄々とした様で話しかける。
「自慢の鋼牙兵はどうしたんなら」
「人海戦術が有効な相手かどうかぐらい判別がつく。大事な我が子等を無闇に傷つける愚策など取るものか」
「そりゃそうじゃ。鋼牙兵の一人一人は決して質が低くはないが特段高くもない。アレとやり合うには力不足で被害が増えるだけじゃけぇのぅ」
「もとより奴と戦うつもりなどなかったのだがな」
この場は既に混沌で満ちている。
聖十郎や神野は甘粕側だからという理由で空亡の脅威の対象を免れることはない。
だからと言って、甘粕を別枠と考えたとしても、空亡対その他の勢力という図式は成立しない。
聖十郎や神野に戦う理由はない。
更に言えば、この場にいる全員に戦う理由がない。
キーラとて目的は達したのだから隙をついて離脱すれば良いだけだった。
もっとも隙をつくだけでも難易度は高いのだが今のキーラ単独なら可能だった。
しかし、妨害のおかげで離脱の難易度は高められ戦うことを余儀なくされているのだ。
「ただ荒らすだけ荒らして逃げられるとでも思ってたのですか?」
百合香が創界を構築した思惑はいくつかあるが、いずれも大したモノではない。
空亡を制御でき得る甘粕には、空亡同様に通用しない。
聖十郎が言っていたように空亡を下げるかどうかは甘粕の気分しだいだ。
聖十郎や神野、狩摩、キーラなどを逃さないようにして戦力を保ってみたり、何をしでかすか分からないキーラが退場しないかとか、もしここで邯鄲に残った仲間が脱落すれば四四八達はどういった展開を見せるだろうか等と考えたりしているが、言ってしまえば場を更に混乱させ先を見えなくしているだけだ。
どれも深い考えはない。
どうせこれからも続く夢なのだからという退屈凌ぎの思い付きに等しい。
この邯鄲は四四八の為にあり、今ここには主役がいない。
ならば空亡の脅威も茶番でしかない。
聖十郎も狩摩も幽雫も本気で戦ってなどいない。
ただ一人、キーラを除いて。
彼女にしてみればようやく回ってきた好機、死んでも復活する眷属とはいえ四四八が不完全なこの状況では復活時には好機を失っている可能性が高い。
「誰が逃げるだと? 笑わせる」
キーラが目指すものから考えれば空亡との対峙は必須なのだ。
空亡は未だ不完全であり、己の調子は四四八との繋がりを強化したこともあり良好だ。
ここで逃げるようではこれから先、勝機など無い。
百合香の発言が挑発ともなり、キーラは当初の予定にはなかった空亡との戦闘に本腰を入れる。
「神よ、ツァーリを護り給え。栄光のうちに君臨し、恐怖で敵に君臨せよ!」
両の瞳が熱を帯び、黄金の輝きを見せた。
◆
水希、栄光、歩美の三人は、キーラと空亡を中心とした混戦を遠くから傍観することしか出来ず呆気にとられていた。
戦真館の面々で現在こちら側にいるのは三人のみで、四四八を含む残る四人は跡形もなく姿を消していた。
「ちくしょう、戻ろうとして戻れねえ!」
「誰かの創界が働いているんだと思う」
三人が解法で脱出を試みるが創法に阻まれ失敗する。
その原因を創界であると分析した。
四層で百合香の庇護下にいた時にあちら側に戻る為に百合香の創界を一々解除してもらっていた経験から来る推測だった。
「いつの間に……てか一体誰が何の為に!?」
栄光は自ら放った疑問の後に、混戦地の中にいる百合香に視線を向けた。
他の者達の実力は知らないが、創界に長けている人物として真っ先に思い浮かんだのが百合香だったのだ。
“まさか”と思いつつ“もしや”が拭えない。
誰も彼もが疑わしく思えてしまう。
「疑問も沢山あると思うけど、今はどうするか考えるのが先決だと思う。幸い空亡はあっちに意識を向けて私達なんて気にもとめてない」
混乱状態に陥りかねない栄光を見かねて水希は気を持ち直すよう助言する。
絶体絶命の危機かもしれないが、どうにかして切り抜ける――そんな空気が作られようとしていたその時だった。
空間がざわめき、不快感を感じさせる音を伴い悪魔が出現する。
「案外冷静だねぇ、水希。愛しの四四八君や仲間達が死んだかもしれないっていうのに」
「――神野っ!」
神野の出現が水希の神経を逆撫でする。
剣を構え、神野に刃先を向ける。
「はっ、四四八達ならきっと無事に決まってる」
「水希も同意見なのかい? きっと無事だ、きっと生きてる。一体その根拠はどこからくるんだか」
栄光の反論には根拠が不足している。
だたの強がりであり、そうであればいいという願望でしかない。
現状を把握するには彼らは無知過ぎるのだから。
「まさか鋼牙のお嬢様がそう言ったからかい? おやおや君だけは彼女を警戒していたんじゃなかったっけ」
心を見透かすかのような物言いに水希の心は揺らいだ。
キーラが敵であることを水希だけは認識していたはずだった。
それにキーラが、直接接触した四四八はともかく乱入前に倒れた三人があちら側に帰ったと断言出来るのも奇妙な話だ。
そんな簡単で不可解な点に水希が気づかないはずがない。
しかし、そうであればいいという願望が、キーラの発言を否定せず受け入れさせていた。
そんな希望が神野の指摘で揺らいだ。
水希の脳内に嫌な光景が浮ぶ。
またなのかと。
「鋼牙のお嬢様だぁ、誰だそりゃ?」
神野の言葉で水希に迷いが生まれる一方で、栄光は始めて耳にする単語が引っかかった。
誰かを指しているのだろうとは分かるが、突然出てきた代名詞が誰を意味するかまでは推理が及ばなかった。
「……もしかしてそれってキーラちゃんのこと?」
疑問を提示するまでしか辿り着けなかった栄光と異なり歩美は、これまでの流れを思い出し神野の言う人物がキーラであると推測した。
登場してからの立ち振る舞いから、キーラが以前から邯鄲に関わりを持っていただろうことは明白だ。
「キーラ“ちゃん”ね。いやはや、これは結構愉快な展開になってるみたいだね、お互いに」
神野は不快な声で言葉を紡ぎ、不愉快な笑みをその顔に浮かべる。
本来なら徹頭徹尾、敵対したまま終えるはずだった運命が狂ってしまっている事を悪魔は知っているのだ。
そして、多少狂った程度で和解などという温い展開が起きるはずがないことさえも。