ホッと安心したような、それでいて肩を透かされたかのような複雑な心模様。この世界の紅美鈴と話をした俺はそんな心境だった。
真面目で、好感が持てるさっぱりとした口調。スリットの間からすらりと伸びる美脚。
ちょっと頭が足りなそうなところまで、うちの世界の美鈴と大差ない。
「あの、今失礼なこと考えませんでした?」
「め、めめめ滅相もない!」
「その反応は無理がありますよ」
意外に勘は鋭いらしい。いきなり胸の内を言い当てられ、キョドりながら俺は返事をしてしまった。
それから、アッサと美鈴があれやこれやと話を進めていく。どうやらスカーレット姉妹のところまで案内することに落ち着いたらしいのだが、それは突如現れたメイドによって止められた。
十六夜咲夜。何でもないような平面で唐突に乱入してきた彼女もまた、平行世界での知り合いだった。
とかくして、美鈴は門番を続行。案内役は咲夜さんにバトンタッチされて、我々はパチュリーの生存を確かめるべくアマゾンの奥地へと向かった……。
「こっちの咲夜さんと向こうの咲夜さんはちょっぴり違うな」
「そうですか?」
道中、そんな話の接ぎ穂を投げかける。
「ああ、なんというか……俺の知ってる咲夜さんはもうちょっとポンコツだった。だって、フランと仲良くなりたいって言って俺を頼ってきたんだぜ?」
「そんなことが。それで、私は妹様と仲を深められたのですか?」
「結果として、仲良くはなったかな。俺はプリンを食べただけなんだけど」
「ふふっ、おかしい」
笑顔の花開く。
やはり笑い方まで大人っぽい。仕草は凛々しく、澄まし顔がよく似合うリコリス・ラジアータ咲夜さん。だがしかし、根の部分は俺の知っている咲夜さんと似ているような気もする。
それからパチュリーについてもご多分に漏れず、あまり変わった様子はなかった。強いて挙げるなら、持病の喘息がうちのパチュリーよりも辛そうだったことだろうか。
ケホケホと咳をするのも苦しげに見えた。災いを吸うという厄病神の真似事をしてみたが、少しでもマシになったら幸いである。
そして――ここまで来たら、元の世界もこの世界もあまり人格に相違はないのかな、なんて思いかけていた頃。
一番変わり様が酷かったのは、まさかのフランだった。その有様は最早、変わり果てていたと言ってもいい。
「えっと……俺の顔に何かついてるか?」
物言わずにじーっと此方を睨めつけるフランに、堪らず問いかける。
まるで獲物を狙う猛禽類の瞳。燃ゆるような深紅の双眸が、一向に俺から離れようとしない。
試しにちょいと横に動いてみると、やはり視線も一緒に平行移動。うん、完全にロックオンされてますね。
「ねえ、サイカ。平行世界の私とはどんな関係だったの?」
いきなり名前呼びですか。距離感バグってないですか。それと質問を質問で返すなァッ!
「えーっと、関係……か。改めて考えると、なんだろうな? 地下に閉じこもってたフランを引きずり出したのが出逢いなんだが、友人ってのも違う気がする」
顎に手を当て思案する。
不思議だ。他のみんな――例えば、魔理沙ちゃんや咲夜さんには友人という言葉がピタリと当てはまるのに、フランだけには違和感を覚える。
知らず知らずに妹のように扱っていたのか、或いは単純に幼女と友人ってところに引っかかっているだけなのか。
「……やっぱり。サイカは白馬の王子様なんだわ」
「いや、白馬は違うだろ。どっちかというと魔性の黒鹿毛だよ」
口が勝手にツッコンでしまったが、違う違うそうじゃない。白馬のってとこじゃなくて、王子様の方が謎なんですよフランソワさん。
「だってそうでしょう? サイカは薄暗い部屋で独りぼっちだった私を、さながら御伽噺の王子様みたいに颯爽と助けに来てくれたのだもの!」
「隣の世界のフランを、だけどな?」
爛々と目を輝かせて語るフランは、実際にその景色を見てきたかのようだ。飴細工に似た七色の羽もパタパタと可愛らしく弾んでいる。
「たとえ別の世界でも、私は私。今こうして巡り逢えたのはきっと運命のお導きだわ!」
「いやあ、そうなんですか? レミリアさん」
「ええ、運命の赤い糸がそれはもうグルグル巻きよ。雁字搦めよ」
「わーお」
心が読めない俺には、それがレミリア・ジョークであるかどうか分からない。でも、フランの目の色が変わったということは確かだ。
おかしいな。俺の知っているフランは無垢で天真爛漫――それでいて、内向的な一面も持ち合わせている最高にキュートな少女なはずなのに。
「これはもうお付き合いを前提に結婚するしかないわね、サイカ!」
「えぇっとー……」
助けを求めるようにアッサの方を見る。すっごくニコニコしていた。今世紀最大の笑顔だよ、こんちくしょう。
縋るようにさとりを見る。ふるふると無慈悲に首を振られた。私にはどうにも出来ません、と表情が語っている。
「すまん、俺には意中の相手が既にいるんだ」
「へぇー……。それって、人間?」
「へっ? ああ、そうだけど」
誰も彼もが頼りにならない。こうなったらと素直にお断りすると、フランの顔から笑顔が消えた。眼は光を失い、心做しか声のオクターブが下がったように感じる。
「それなら大丈夫よ。人間の寿命は短いんだから、五十年、百年だって私は待ち続ける」
お・も・い、重い。
幼少期に注がれた愛が少ないと、愛に飢えやすいって何処かで聞いた。へいへーい、レミリアちゃん。ちょっと愛情が足りないんじゃないかい?
まあ、その理論が正しいとすると、親の顔すら知らない俺はスーパー愛に飢えていることになるのだが。
「ふふふ、砕過・スカーレットね」
「ダサいし、なんで俺が婿入りしてんだよ! 禍津神・フランドールだろってどっちにしろ絶望的にダサいし、言わせんな馬鹿野郎!」
「ごめんね、アッサ。実は愛杉って名前おかしいなって思ってたんだけど、私も同じような苗字になるね」
「唐突に心無い言葉が私を襲った!」
もう何がなんだか分からない。この場が混沌としている。レミリアは弟ができるのね、うふふじゃないんだよ。
この一連の流れはタチの悪い冗談なのだろうか。頭を抱えたくなってくる。
「……本気、みたいですよ?」
「さとりが言うとマジで冗談に聞こえない」
辛うじて吐き出された言葉は力無い。弱々しく息をついた。
「よし! 無縁塚に行こう!」
「わー、現実逃避だ!」
うるせぇ、行こうッ!
俺の知り合いの死神――勿論、平行世界での知り合いという意味だが、あの人なら、無縁塚の近辺で今日もサボっていることだろう。
サブタイ、うるせぇ! 行こう! (ドン!)
でも良かったかもしれないですねぇ……
また次回