閻魔様という言葉のイメージは、髭を生やした大柄な男といった感じだった。それはもういかにも厳つい顔をしていて、傲慢な態度で死者を裁くのだ。
俺の世界の小町さんの口癖が『映姫様に叱られる』だったのも、そのイメージを加速させた。
「アンタが映姫様……」
「いかにも、私が四季映姫・ヤマザナドゥです。異郷のお人」
あまりのイメージとの相違に、ポカンと口を開けてしまう。
なんと、閻魔様は中学生のような出で立ちをしていたのだ。背丈は割りかし高めだが、顔立ちにはどことなく幼さが残っている。右側だけ少し長めの翠緑の髪と、紅白のリボン。左右非対称のはずなのに、きっちりとした印象を受けるのは何故だろう。
「ははあ、いつもお世話になっております」
「相手を敬うのは良きことですが、そんなに畏まらなくても構いませんよ」
「そう? んじゃ、遠慮なく……」
閻魔様のイメージとは遠く離れていたわけだけど、オーラというか何というか。映姫と名乗る少女には思わず
流石は死者の魂を裁く存在。前に立つだけで、不思議な緊張感がある。
「そんなことよりも、です。私はそこの吸血鬼――愛杉・アッサスィーノ・スカーレットに話があるのです」
「えっ、私!?」
「アッサさん、何やらかしたんですか?」
「ま、マズい。心当たりがあり過ぎる……!」
突然名指しで呼ばれ、困惑気味のアッサ。
そりゃあ、死後自らを裁くだろう閻魔様に呼ばれれば誰だって驚く。心当たりがあり過ぎるってのは問題だけど。
「そう、貴方は少し周りに無関心すぎる」
「む、無関心、ですか……?」
「また映姫様の説教が始まったよ。こりゃあ、長くなるよ?」
やれやれと小町さんがため息をつく。
どうやら映姫様がこうして説教を垂れるのは恒例行事らしい。説教好きというところは、うちの頭ピンク色師匠と通ずるものがある。アッサはその犠牲となったのだ……。
「貴方は幽閉されている頃、本のみに興味を示していましたね」
「そ、それは、本しか手元になかったからで……」
「それこそ言語道断です。周りに関心があれば、自分から外の世界に働きかけるものですから」
「手厳しいねえ」
辛口評価の映姫様。そんな些細なことまで咎められてしまっては、俺なんて心当たりが十や二十はある。叱られるのがアッサで良かった。
「それからそう、貴方は少し甘すぎる」
「今度は甘い、ですか?」
ピンと来ていないようで、アッサはきょとんと首を傾げる。
「まあ、甘いですよね」
「そらもう甘過ぎの大あまちゃんよ」
「じぇじぇじぇ!」
「うわっ、急にどうしたさとり?」
甘い――言い換えれば、心優しいということであるが、本人は自覚していないようだった。優しいのは美徳に思えるが、その矢印が誰にでも向いてしまうのは少し問題だ。
例えば、タナトスとかいう奴にだって、アッサは気遣って全力を出せないやもしれない。
「勿論、それはとても尊いものです。ですが、時には心を鬼にすることも必要……心に留めておきなさい」
「はい、分かりました?」
ホントに分かってるのだろうか? 語尾が上がったところが少し気になる。映姫様も同じなようで、目を細くしてアッサを怪しんでいる。
「まあ、いいでしょう。次です。そう、貴方のその髪に挿している彼岸花のことです」
「あっ、これですか?」
アッサが髪飾りのようにしていた彼岸花を取る。オシャレな簪かと思ってたんだけど、それモノホンの彼岸花なんすね。
ん? 妖力……?
「この彼岸花は枯れそうだったところを、妖力を注いで元気にしてあげたんです」
「それがいけないのですよ」
「えっ!?」
思わず彼岸花を取りこぼしてしまうアッサ。
おおっ、何すんだって感じで彼岸花がウネウネ蠢いている。コイツ妖怪やんけ! ずっとアッサの髪の毛に隠れてたなんて不届き者め。
「幻想郷では、新たに妖怪を生み出すことは御法度とされています。矮小な植物だからまだしも、人間なんて妖怪にしたら則地獄行きですからね?」
「さ、流石にそんなことしませんよぉ」
やだなあ、とアッサは頭を掻く。映姫様は眉間にシワを寄せて怪訝そうな顔をする。
「……では、道端で人が倒れていたとしましょう。その人は死にかけで、永遠亭に運び込む時間もありません。さて、貴方はどうしますか?」
「そりゃ血を分け与えて……あっ」
アッサは今更口を押さえるが、時すでにお寿司。さとりは呆れた顔をして、小町さんは頭を抱える。俺は堪え切れず噴き出した。
「そう、貴方はそこで見捨てるという選択が取れないから、危険な甘さなのです。
「ぜ、善処しますぅ……」
アッサはすっかりしょぼくれて項垂れる。
でも……目の前に閻魔様がいるというのに、迷わず人間を助けると答えたアッサを素直に尊敬する。究極の天然と言い換えることもできるが、アッサはきっと本当に人間のことが好きなのだろう。
そんなアッサが、ちょっとだけ眩しく感じた。
「さて、次は貴方です。禍津神砕過」
「へ?」
間抜けな声が零れる。笑っちまったのが悪かったのか、いつの間にかヘイトが此方を向いていた。
助けてアッサちゃん。さっきは笑って悪かったよ。謝るからさ、だからお願い助けて。
しかし、俺の視線の先でアッサはほくそ笑む。悪魔の笑いだ。さっきはよくも笑いものにしてくれましたねざまあみろ、と目が物語っている。
「貴方は日頃、人間が好きだと口にしていますね」
「その通りでございます」
まさか人間が好きってだけで叱られることもあるまい。俺は胸を張って答える。
「確かに貴方の行動はその理念に沿ったものでしょう。人のためと紅い霧を出す館に赴き、亡霊から春を取り戻し、宴会好きの鬼を討って、永遠に続く夜を終わらせた。
恩に着せる態度も取ることなく、大したものです。称賛いたしましょう。あっ、頭なでなでしてあげましょうか?」
「いえ、結構です」
映姫様の提案を丁重にお断りする。赤面しているところを見るに、冗談のつもりだったのだろう。凄く可愛らしい。こんな上司を持って小町さんは幸せものだね。
アッサのように散々叱られると思えば、何故だかめっちゃ褒められた。逆に不気味である。
「コホンっ、そう、本当に素晴らしいのです。だからこそ一つ、貴方に言っておきたい」
わざとらしい咳払いで、映姫様は場の雰囲気を引き締め直そうと試みる。でもそれは逆効果で、引き締まるどころか映姫様のこほんって咳払いが可愛すぎて和んでしまった。
だからこそ、その口からあんな言葉が紡がれるとは思わなかったし、目つきがガラリと変わったことにも驚きを隠せなかった。
その瞳を見てしまった瞬間、悟る。この人が閻魔様なのだ、と。
どこまでも、何処までも透き通った瞳。俺の胸の内は全て見透かされている。隠し事など、この人にできやしない。
「本当は貴方は――人間のことなど、好きではないでしょう?」
その言葉が、俺の耳の中でずっと反復横跳びをしているかのように、頭から離れない。手強い魚の小骨のように、胸に刺さってなかなか取れない。
喩えが絶望的に下手っぴだけれど、要するに、俺の心は揺らいでいた。
彼は彼なりに頑張るらしいので見てあげてください。
私は……んーまぁ彼が終わらせようとしている間に終わるかと。
ではまた次回