NEW HORIZON〜蒼き炎〜   作:Eeny,meeny,miny,moe

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10.あの日見た瞳

 

 まだ春ではあるが、初夏に向けて気温が高くなる日中と違い夕方は涼しい。優しいそよ風が吹いていた。

 

 

「海夕〜?おーい」

「ん〜?……あっ、ごめん!」

 

 

 昇降口を出たところで待っていたのだが、佐補が来るまでの間待ちきれすに借りたばかりの本を開いてしまっていた。時間を見て出てきたわけであるし、すぐに来るだろうことはわかっていたが。

 案の定、冒頭部分ですっかり本の世界に入ってしまった海夕は声を掛けられるまで気付かない。

 

 

「海夕ってホントに本が好きなんだね」

「うん」

 

 

 佐補は感心するような、少し呆れたような笑みを浮かべる。海夕はそれに照れたように返して、本をスクールバッグに仕舞う。それを待って、二人は歩き出した。

 

 

「佐補のお家楽しみだな」

「別にそんな良いとこじゃないよ?狭くは無いけど古いしー」

「そうかもだけど、友達の家に行くのって実は初めてなんだ」

 

 

 恥ずかしそうに秘密を打ち明ける海夕。佐補はもちろん笑ったりせず、嬉しそうにするだけだ。じゃあおもてなししないと、なんて上機嫌に笑う。それにつられて海夕も笑いつつ、話していればあっという間に家に着いてしまう。

 海夕は嵐山、と書かれた表札を目にして緊張するのを感じたのと同時に、佐補もまた、緊張していた。信じてはいるけれども、准目当ての可能性もまだほんの少しだけ残っていたから。

 

 

「ただいまー。あ、副帰ってる」

「……おじゃまします」

「はは、海夕ってばそんな緊張しなくていーよ。入ってー」

 

 

 硬くなる海夕に佐補は笑い、明るく促す。佐補が心配だった兄は、まだ帰ってきていないようだった。

 手洗いうがいをきちんとしてからリビングに案内し、一旦荷物だけ自室に置いてきた佐補はいそいそと飲み物を用意し、テーブルで待つ海夕に持っていく。まだどことなく緊張している顔の海夕に笑いながら、他愛もない話を楽しむ。

 

 そうしてゆっくりしていると、ふと玄関の方から鍵が開く音がした。男性の話す声が段々と近付いてくる。リビングへの扉が開き、二人の青年が入ってくると、黒髪の爽やかな青年が佐補に近付いて頭を撫でた。

 

 

「ただいま!佐補〜会いたかったぞ!」

「ぎゃー友達いるから恥ずかしい事しないで!」

 

 

 話には聞いていたが、兄の溺愛っぷりに思わず目を瞬かせる海夕。しかも、その青年は海夕があの日みた会見で危うい発言をしていた張本人で。会見での印象と、佐補から聞いていた人物像と、目の前で起きている事とが全て同じ人物ということに驚いてもいた。

 その視線に気付いた佐補が恥ずかしそうに兄の手を押しのけた。

 友達、の言葉に准が視線を向け、目が合った海夕はぺこりと頭を下げて挨拶をする。

 

 

「おじゃましてます。佐補ちゃんと同じクラスの高槻海夕です」

「高槻さんか。俺は佐補の兄の嵐山准だ。よろしくな」

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 佐補が緊張する中、呆気ないほどあっさりと二人の顔合わせが済んでしまった。海夕には准に憧れる者特有の熱みたいなのは全く見られず、純粋に友達の兄として接する態度に、佐補は信じてよかったと胸を撫で下ろす。

 

 

「迅先輩、久しぶりですね」

「うん、佐補ちゃん久しぶり」

「お茶飲みます?」

「あーいや、今はいいかな。ありがと」

 

 

 佐補はもう一人入ってきていた薄茶髪の青年に挨拶をし、その声に釣られて海夕もそちらに目を向けた。どこかで見たことのあるような姿に、内心首をかしげる。

 あまりにも見すぎたのだろうか、佐補と会話を終えた青年が微笑みながら海夕を見返したその視線に、記憶が蘇った。軽薄そうな雰囲気を纏いながらも穏やかで優しく、けれど何かを探るような。

 

 

「あ」

「迅?どうかしたか?」

「いや、何でもない」

 

 

 おそらく青年も思い出したのだろう、僅かに瞠目した。

 

 三門に帰ってきたばかりの頃、早朝なら誰もいないだろうと踏んで見に行ったかつての家。その道すがらにこの青年とすれ違ったのを、その時に目が合ったのを覚えている。海夕は注意されないかと内心冷や汗をかいたものだ。しかし拍子抜けするほど何も無く通り過ぎ、やがてその記憶も今まで薄れていった。

 

 

「どうも、おれ迅。よろしく」

「はい、こちらこそ」

 

 

 こちらも挨拶を済ませ、それじゃあと青年二人はリビングを出ていく。その姿を見送って、海夕達も佐補の部屋へと上がることにした。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

 主に佐補の部屋で遊んだり、途中で帰宅した嵐山母に挨拶したり。元々学校帰りという事もあり、そろそろ夕食の時間となるまですぐだった。

 

 

「もーこんな時間だし、うちで夜食べてかない?」

「気持ちは嬉しいけど、今日は東さんに何も言ってないから」

「そっかぁ。でももっと海夕と話したかった」

「はは、明日も会えるから」

「そういう事じゃないの分かってるくせに〜」

 

 

 じゃれあいながら部屋を出て、キッチンにいる嵐山母に帰ることを伝える。すると夕食の準備を手伝っていたのだろうか、准が出てきた。

 

 

「もう外暗いし、送ってくよ」

「お気遣いはありがたいですけど、そんなに遠くないので大丈夫です」

「どんなに近かったとしても夜道は危ない。こんな時間に一人で帰せないし、もしも何かあった時に親御さんに顔向け出来ない」

「……」

 

 

 海夕は〝親御さん〟に咄嗟に反応出来ず、沈黙が流れてしまう。ここで両親はいないと笑って返すには程遠く、まだ傷は深かった。

 

 

「海夕、送ってもらいなよ!うちの兄なら好きなように使って」

「えぇ、佐補ったらなに言って、」

「俺じゃ嫌だろうか?」

「いやっ、そんなことは!」

 

 

 少し寂しげに眉を下げてそう聞く准に、海夕は慌てて否定する。ただ、帰るついでならまだしも、家に居るのにわざわざ送って貰うのが忍びなかったのだ。軽く遠慮しただけのつもりが、何だか大きい話になってしまった。だが確かに、海夕と同じ歳の妹を持つ兄としては心配にもなるだろう。

 

 

「……じゃあお願いしてもいいですか?」

「あぁ!」

 

 

 途端爽やかな笑顔に変わるから海夕は少しだけやられた、と思いつつも、実は夜道が怖かったので甘えることにした。佐補の兄ならば東家を知られても大丈夫だろうし。

 

 

「じゃあ海夕、また明日ね!気を付けて」

「うん、また明日」

「行ってくる」

 

 

 佐補に見送られて嵐山宅を後にした。

 道中、話すことも無く気まずくなるかと思っていた海夕は、終始にこやかに話を振る准のおかげでそういった事は無かった。むしろ、共通の佐補という存在もあり会話が弾んでいたくらいだ。

 元々告げていた通り、あまり遠くないのであっという間に家が見える。

 

 

「あ、ここまでで大丈夫です。すぐそこなので。ありがとうございました」

 

 

 家が近くなり、話もキリが良いところで海夕が断りを入れた。

 海夕が玄関の扉の前でぺこりと頭を下げたのに准は手を振って応え、まだその場を動かない准に見守られながら家へと入った。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

 翌日。嵐山はスケジュールの合間、少し空いていた時間を使いボーダー内でとある人物を探していた。昨日海夕を送った時、少し気になることがあったのだ。

 

 海夕を送り、さて自分も帰るか、と踵を返しかけた時、ふと表札が目に留まった。そこには『東』とあり、聞いていた海夕の苗字と違うことに気付く。

 表札の苗字には、思い当たる人物がいた。

 

 まず人の多いロビーや食堂などを探したがおらず、そしてこの時間なら、と狙撃手の訓練室の方へと向かう。

 

 

「あ、東さん!ちょっといいですか」

「ん?嵐山か。どうした?」

 

 

 目当ての人物──東春秋は後輩達の指導をしていたようで、周りにC級隊員をはじめ多くの人がいた。そこに()()嵐山が現れたものだから、辺りは騒然とし始める。

 東はそんな彼らに対し微笑みを……いや、苦笑いに近いだろうか?浮かべると、嵐山に目を向けて移動しよう、と合図を送った。それを嵐山は正しく理解し、二人は歩き出す。

 

 

「今なら俺の隊室が空いてるだろうから、そこでいいか?」

「はい、ありがとうございます。東さんはお時間大丈夫ですか?」

「はは、それこそお前の方だろう」

 

 

 会話をしながら歩き、東隊の隊室に入る。東は左手にあるソファを勧め、自らも向かいに座った。

 

 

「それで、どうしたんだ?嵐山が訪ねてくるなんて珍しいな」

「あぁ、そんなに大きいことでは無いんですが。……東さん。高槻海夕、という女の子を知ってますか?」

「高槻海夕?海夕なら俺のはとこだが……。海夕に会ったのか?」

「あぁ、はとこでしたか。昨日、佐補が高槻さんを家に呼んでいたんです。帰りに送った時、家が東の表札だったので、少し気になって」

 

 

 そう笑う嵐山に、東はおや、と少し意外に思う。ボーダーの中でも古株である二人は付き合いも長く、つまり嵐山による弟妹溺愛話をよく聞かされていた仲でもあるわけで。東は佐補に対する印象から、海夕を家に連れてくるほど仲がいいのかと驚いたのだった。

 

 

「妹さんが家に連れてくるなんて意外だな」

「俺も、それは意外でした。だから余計どんな子なんだろうって知りたくなったんですよね」

 

 

 嵐山は盲目的に弟妹を溺愛しているわけではない。危険が及ばないように、こうして身辺を気にしているのはいつもの事だ。佐補が家に友達を滅多に連れてこない理由が自分にあることも、正しく理解していた。明るく爽やかなだけで広報部隊の隊長が務まるはずもないのだから。

 

 

「そうか。どんな子と言われると……まぁなんだ、海夕はいい子だと思うぞ。だがそこに関しては、俺はここ数年は会ってないから、昨日会ったお前の方がわかるんじゃないか?」

「そうですね、凄くいい子でした。佐補が仲良くしているから疑っては無かったんですが。それで、今は東さんのご実家に……?」

「ああ。訳あって今は俺の実家に住んでるんだ。すまん、俺も実家住みじゃないからあまり詳しくないんだが」

「いえ、教えてくださってありがとうございます」

 

 

 心なしかすっきりしたように見える嵐山はお礼を述べ、時計を見て暇を告げる。

 

 

「すみません、そろそろ仕事があるので失礼します」

「わかった。無理しすぎないようにな」

「はは、ありがとうございます」

 

 

 無理をしない、に明確な返事をしない嵐山に苦笑しつつ、立ち上がった嵐山に合わせてドアまで見送る。

 

 

「海夕のことも、良かったら気にかけてやってくれ」

「はい、それはもちろん。それでは失礼します」

「あぁ、頑張れ」

 

 

 東は年下の頼もしい背中を見送りながら、再三たまには帰ってこいと言われていることだし、と今日は実家に寄ろうと決めた。

 

 




あらしやまむずかしい。
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