NEW HORIZON〜蒼き炎〜   作:Eeny,meeny,miny,moe

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4.孤城落日

  

 しばらく走り続けてあの化け物とも距離を稼いだところで、辛うじて崩れていなかった建物の陰に隠れ佑輔は止まった。

 

 こちらの辺りは化け物が蹂躙した後なのか、胸部を血で真っ赤に染めて既に絶命した人が多く地面に倒れ、建物は崩れているものが多い。その為ここに辿り着く道までのは足元が不安定で、佑輔は逃走にかなりの労力を割いていた。

 雨による水溜まりは、遺体から流れ出た血によって赤黒く染まっていた。

 

 海夕をそっと下ろすと、佑輔は大きく息をする。

 中学の運動部で鍛えておりいかに海夕が軽いとはいっても、緊迫した状況下でかなり長い距離を走ったのだ、疲労が激しい。

 

(血の匂い……鼻が曲がりそうだ)

 

 雨で湿気が多いせいか、むわっと立ち込める血の匂い。

 息を整えたいのに、息を吸う度入り込むそのきつい匂いに佑輔は少し噎せた。

 

「……うん、しばらくは大丈夫だと思う」

 

 周りを副作用(サイドエフェクト)で偵察していた海夕は、そう言うと一つ頷いた。

 

「そうか。ありがとな」

 

 

 

「僕を恨んでいいよ」

 

 唐突な佑輔の言葉に、服を絞っていた海夕は顔を上げて佑輔を見る。

 

「お兄ちゃん……」

「言い訳なんていくらでもあるけど、それが梨子を見捨てたことに変わるなんてことは無いから」

 

 俯いたままやや早口で話す佑輔に、

 

「お兄ちゃん、海夕の目を見て」

 

海夕はそう願う。

 佑輔は少し躊躇っていたが、やがてゆっくりと顔を上げて海夕を見る。その瞳は酷く揺れていた。

 

「海夕は恨んだりしない。だって海夕が居なかったら、お兄ちゃんは何がなんでもお姉ちゃんを助けようとしたでしょ?」

「それは……」

 

 佑輔は何かを言いかけ、しかし続きを言うことなく口を引き結ぶ。

 

「でも海夕がいたから、海夕を生かすために逃げた。……そもそも、海夕を背負ってなんかなければお兄ちゃんはお姉ちゃんをおんぶできた。それに、この能力もあるのにあんなに接近を許すなんて、全部海夕のせいなんだよ」

「そんなわけないだろ!海夕はよくやってくれてる。お前のせいなんかじゃ絶対にない。お願いだから自分を責めないで」

「……うん」

 

 再び泣き始めてしまった海夕を、佑輔は抱き締め頭を撫でて落ち着かせた。

 

(……本当に海夕のせいじゃないんだ)

 

 先ほど海夕は梨子を背負えば、と言ったが、今の佑輔と海夕ほど体格差や身長差があればまだしも、同い年で、女子の中でも背が高い方である梨子を背負って長時間走るのは現実的に考えて難しい。

 仮に出来たとしても、佑輔のパフォーマンスは落ちるだろう。強みである足の速さも生かせず、むしろ進行速度を落とす可能性もある。

 

 かといって途中で背負うにも、そのタイムロスがそれこそ命取りになる事もあるだろう。

 もし先ほどの状況で梨子を背負うのなら、海夕を下ろして新たに梨子を乗せなければならず、確実に三人とも犠牲になっていた。

 

 あの時梨子はかなり疲弊していて、いつ脚をもつれさせて転んでもおかしくない程だったのだ。梨子も自分でわかっていたのだろう。

 だからこそ、あの場面で自分を切り捨てることを選んだのだ。佑輔に海夕を託して。

 

 勿論助けに入ることは出来た。

 しかしそれが成功すると、得策だと、佑輔には思えなかった。きっと二人とも捕まるのが関の山で。

 

 助ける時の損失と逃げた時のメリットを比べて、佑輔は冷静に判断を下した。

 確かに、梨子への感情を考えなければ一番損失の少ない選択である。

 

 きっと海夕なら全てをわかった上で、それでも助けようとするのだろう。

 

(全部、俺の選択の結果なんだ)

 

 どちらが良いなんて答えはない。

 ただ、きっと佑輔は、冷静に損得だけを考えるには優しすぎたのだ。

 

 

*** *** ***

 

 

 海夕が落ち着いて来た頃、ハッとしたように顔を上げ

 

「お兄ちゃん!右から三体来る!」

 

と、焦った様に言った。

 

「どのくらいの距離だ!?」

「まだそんな近くないけど、どんどん近付いてる」

 

 佑輔はほんの少し考え込む。

 

「……すまない、海夕。負担が増えると思うけど……」

 

 海夕の空間識覚は、その便利さと引き換えに多大な負担を強いる。

 佑輔はその危険性をよく分かっているため、言いづらそうに話しかけた。

 

「うん、大丈夫。海夕に出来ること、これくらいだから」

 

 海夕はまだ赤い目で、しかし力強い視線を佑輔に向けて頷き、

 

「ここからは自分で走るよ」

 

と続けた。

 佑輔は心配そうな視線を海夕に向けたが、時間の猶予が無いためか何も言わない。

 

「まずはその崩れた建物を左に曲がって」

 

 海夕のナビゲートを聞きながら、二人は化け物から逃げるべく再び雨の中へと身を踊らせた。

 

 束の間の休息では、息を整えることは出来ても疲れが取れるわけではない。疲れがたまって重い足を何とか動かす。

 とはいえ走り続ける二人はもう限界もいい所で、この非日常の緊迫感も相まって、もう止まって諦めてしまいたいなんて思わないわけではない。

 

 しかし海夕が、佑輔がいるから。

 お互いの存在が、一歩を踏み出す理由だった。

 

「多分撒けたと思う……こっち追ってきてない」

「そうか」

 

 海夕の情報に速度を緩める二人。

 

「海夕、今はその能力使わないで休んどけ」

「でも、」

 

 言い淀む海夕だったが、

 

「頭痛、酷いんだろ」

 

図星をついた佑輔の言葉に何も言えなくなる。

 

 実際、ただでさえ疲れる能力を長時間続けて使用した上、この危機的状況、極度の緊張の中だ。まだ10にも満たない年齢の海夕が音を上げず、意識を保っていられる方が異常だった。

 

「……分かった」

 

 海夕はかなり迷っていたが、やがて従った。

 ただ完全に使うのをやめたわけではなく、範囲を狭めただけだったけれども。

 

 海夕は今にも切れそうな……いや、もうとっくに切れているのかもしれない集中を気力で何とか繋ぎ、佑輔の後を追った。

 

 

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