NEW HORIZON〜蒼き炎〜 作:Eeny,meeny,miny,moe
……恐らく、海夕が自覚している以上に疲れていたのだろう。
空間識覚の範囲は気付かないうちに狭まっていて、もしかしたら使用出来ていなかったのかも知れない。
どちらにしろ、気付いた時にはもう既に手遅れだった。
「──お兄ちゃんっ、?」
目の前を走っていたはずの佑輔が、突然何かに突撃されて宙を舞う。
いや、何かなんかじゃない、あの化け物だ。
思わず足を止めた海夕は、その後化け物を斬る影を見た。
それによって化け物は瞬く間に切り刻まれ活動を停止して、佑輔は落ちてくる。
「危ない!」
走って駆け寄る海夕だが、間に合うはずもなく。
佑輔の身体は地面に叩きつけられ──る直前に、またもや影が飛び込んでくると佑輔をキャッチした。
影は綺麗に着地すると、海夕の方へ近付いてくる。そして、やがて見えてきた影の正体はまだ若い男だった。
「お嬢さん、無事か?」
「っ、お兄ちゃんは……」
「……」
海夕の問いかけに男は黙って目を伏せる。
海夕が焦って男の腕の中にいる佑輔に目を向けると、ただ気を失っているだけようで目を閉じていた。
一瞬安心しかけた海夕だったが、佑輔の胸部が真っ赤に染まっているのを見て一気に血の気が引く。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
男はゆっくりと佑輔を地面に降ろし、もっと近くに行こうとする海夕は足元にあった瓦礫に躓いて転ぶ。
「っ大丈夫か」
しかし海夕は自分の痛みには目もくれず、直ぐに起き上がると佑輔を見る。
近寄れば、胸部が血に染まっているだけでなく穴が空いていることにも気付いてしまった。
「っ、ぇ」
息を飲んだ海夕は、助けを求めるように男を見上げた。
男はなんと言うべきか言葉を探すように視線を彷徨わせて、やがて観念したかのように海夕の目を見た。
真っ直ぐで、全てを見透かすような瞳。
男はその瞳が酷く印象に残った。男の仲間にも青色を持つ人間がいたが、海夕はそれよりも深く、澄んだ蒼い瞳だった。
「……すまない、間に合わなかった」
「……そんな、」
男から申し訳なさそうに絞り出された言葉に、海夕は責めも泣きもしなかった。ただ、呆然と。
海夕はやがて現実を受け入れるかのように一度強く目を瞑り、目を開けると真っ直ぐ男を見つめた。
「もう行ってください、私たちは大丈夫です。化け物を倒してくれるんでしょ?」
「あ、あぁ。……このことは、ちゃんと覚えておくよ」
男は海夕の強い視線に一瞬たじろいだが、心配そうに海夕と佑輔を見たあとに頷くと踵を返して去っていった。
男の心情的には二人を残していきたくないが、まだ戦うべき敵が残っているのを見逃せはしなかったからだ。
人間離れした動きであっという間に見えなくなった背中を見送ると、海夕は力が抜けてその場にへたりこむ。既に限界だった足、そして誰もいなくなったことにより気が抜けたのだった。
「…ゔ、」
「お兄ちゃん!」
そのまま静かな時間が流れるかと思われたその時、佑輔が呻き声を上げ、慌てて海夕が近寄る。
何度か噎せた後、やがてうっすらと目を開けた。
「み、ゆ……?」
「お兄ちゃん、喋んなくていいから」
「ゴホッ、ゔぅ……海夕」
「お兄ちゃん!」
だが依然胸に穴が空いていることに変わりはなく、咳をする度に血を吐く。
今にも命の灯火が消えそうだった。目が覚めたこと自体が奇跡のようなもので。
「海夕……ゔ、ゲホ」
無理をして何かを喋ろうとする佑輔に海夕は泣きながら止めるが、佑輔も必死だ。
「こっち……」
微かな佑輔の声に、海夕は耳を寄せる。
「…みゆ、」
佑輔は震える腕をゆっくり上げ、海夕の頬に手を添えた。そして血で濡れた口に薄く笑みを浮かべて。
「海夕、大丈夫……笑って」
「っ!」
涙をボロボロと零す海夕を、佑輔は仕方ないというような目で優しく見てそう言った。
「お兄ちゃん、?」
「笑って」
そう繰り返す佑輔の声は掠れていて、耳を寄せてもよく聞こえない。しかし音量はごく小さいはずのその言葉は、はっきりと海夕に届いた。
「っ……笑えないよ、お兄ちゃん!お兄ちゃんがいないとっ」
そう言いながらも海夕は何とか笑顔を作ろうとして失敗していた。大切な兄のお願いは聞きたい、でもこの状況で笑えるはずもなく。
「……っ……」
「お兄ちゃん?お兄ちゃん!」
はくはくと口を動かす佑輔からはもう何も聞こえなくなって、何度も呼びかけるも佑輔からは力が無くなっていくのが分かった。血を失いすぎていたのだ。
「やだよ!!置いてかないで、ねぇ!!お兄ちゃん!!!」
なりふり構わず縋る海夕に、佑輔は何ともつかない微笑みを僅かに浮かべて、そして。
静かに息を引き取った。
「っ、お兄ちゃん!?嘘だよね?目開けてよ!!!」
佑輔の表情はとても穏やかで、それだけ見れば眠っていると言ってもわからないほど。しかし胸元には穴が開き大量の出血により顔色は蒼白になっており、とてもじゃないが生きているとは言えない状態だった。
「いや、いや……」
海夕は力無くかぶりを振りながら、佑輔のまだ温かい体に突っ伏す。
幼き少女の悲痛な泣き声は、沈みゆく夕焼けの空にいつまでも響いていた。