NEW HORIZON〜蒼き炎〜   作:Eeny,meeny,miny,moe

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6.明けの明星

 

 三門市にあるとある病院の一室で、少女の綺麗なアーモンド型の瞳がぱちりと開いた。

 

 部屋は暗く、閉められたカーテンにより外の様子は分からなかったが、物音一つしない閑静な空気がまだ陽も昇らない早朝だと告げていた。

 

 もちろん緊急時の為に医療関係者は常駐しているはずだが、ここは小児科の入院病棟だからか、そして同室はもう一人の少女しかいないからだろうか、とても静かな空間だった。

 

 目が覚めた黒髪の少女は、特に何があるわけでもなかった。喧騒で起きたわけでもなければ、尿意を催したわけでもない。

 強いて言うならば、何かに呼ばれたような。

 

 そんな少女に、ふわりとした風が当たった。季節はまだ夏を迎えていないため、布団の中にいてもそれは少し肌寒い。

 

(窓なんて開いてたっけ?)

 

 少女の記憶の限りでは、昨夜看護師が窓もカーテンもきっちり閉めていったはずだ。

 

 原因を確かめるかのように視線を窓の方に向ければ、角度的に衝立に少し隠れているが、まだ小さい少女が立っているのがわかった。

 月明かりに照らされたその子は儚げで、可愛らしい顔立ちも相まってまるでこの世の者で無いようにさえ見える。

 

「どうしたの?」

 

 少女は起き上がりながら思わず声を掛ける。何だかそうしないと目の前のこの子が消えてしまうような気がしたのだ。

 

「……あ、ごめんなさい。寒いですよね」

「ううん、あなたがそうしたいなら大丈夫」

 

 慌てて謝りながら窓を閉めようとする彼女にそう答えると、完全に目が覚めてしまってベッドから降りた。

 

「いえ、別に意味があったわけではないので。起こしてしまってごめんなさい」

「そんなに謝らなくても大丈夫。私も病院生活で眠りすぎてるしね」

「……はい」

「ねぇ、どうせだしちょっと話さない?これも何かの縁と思って」

 

 これには自分でも驚く。

 普段は積極的に話すタイプでは無いのに、けれどこの子とは話したいと思え気付いたら口にしていた。

 

 少女は後になってこの時のことを思い出す度に、自分にとっても彼女にとっても分岐点となった瞬間を、たぶん無意識に感じ取っていたのだろうと思っていた。

 

 それくらい、大事な出会いだったから。

 

「……お姉さんがいいなら」

 

 ぎこちなく答える彼女にやっぱり急すぎたな、と反省しつつ自己紹介をする。

 

「はは、ごめん、名前言ってなかったね。私は塩崎萌恵。小6です」

「高槻海夕、4年生です」

「海夕ちゃんか、可愛い名前だね」

「ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げる海夕に萌恵は微笑ましい気持ちになりながら、年下の女の子との話題を何とか探す。萌恵は人と話すのが得意なわけでは無かったので。

 

「さっきは何見てたの?」

「何というわけじゃないけど、静かだなって思ってました」

「……そうだね、静かだ」

 

 まだ記憶に新しい襲撃は数日前に収束したばかりだ。

 海夕の深い青は何を感じているか映していなかったけれど、ここ数日で誰も海夕のお見舞いに来る人がいなかったことを思うと、来れないほど家族も怪我してるのか、あるいは……と何となく察せてしまう。

 

 萌恵は家族全員無事なのもあり、何と声をかけていいかわからなくて黙ってしまう。

 慰めも、励ましも、何も失ってない自分が言うには薄っぺらくなると分かっていたから。何より、そういったものは海夕に必要ないと分かっていたから。

 

 そうして二人で閉まった窓から空を見上げるだけの不思議な時間が流れ、しかしその沈黙は海夕によって破られた。

 

「……萌恵ちゃん。話、聞いてくれますか?」

「もちろん」

 

 そう切り出した海夕がしてくれた話は、想像以上だった。しっかりしてくる年頃とはいえまだこんなに小さい子が、目の前で家族を亡くすなんて、そんな。

 

「でもね、悲しいのはあるんだけどね。お兄ちゃんが言ってた〝笑って〟っていうのは、どういう事なんだろうって考えてました」

「……私なんかが代弁するのはおこがましいけど、でもたぶんお兄さんは海夕ちゃんに幸せに生きてほしかったんじゃないかな。お兄さんの、ご家族の事を引きずって悲しみ続けるんじゃなくて、前を向いて欲しいって」

 

 そう萌恵は言いながら、あながち間違ってはないと思っていた。

 だって、海夕とまだほんの少ししか関わってないのに、既にこの子に笑顔でいて欲しいって何よりも萌恵が思っていたから。

 

「はい。海夕もそう思いました。だから」

 そこで海夕は言葉を区切り、外に向けていた視線を萌恵へとまっすぐにそそぐ。

 

「家族みんなの分まで幸せになろうって。みんなが誇れる人になろうって。決めたんです」

 

 家族を喪ったばかりの少女は、ここまで強くあれるものなのか。

 

 萌恵は眩しいものを見るように少しだけ目を細める。

 きっと、虚勢だってあるだろう。強がりだった。それでも震えながら立ち上がった少女を、萌恵は純粋に心から尊敬していた。

 そしてこの神聖な宣誓の証人になれたことを、心から嬉しく思う。

 

「うん。海夕ちゃんなら大丈夫だよ」

 

 後押しするように、萌恵は力強く頷く。

 

「でもね。悲しい時や辛い時は我慢しないで泣いていいんだよ。いっぱい泣いてさ、そしてその後泣いた分だけ、ううんそれ以上に笑えばいいよ」

 

 自分で立ち上がった彼女に、萌恵が掛ける言葉は無いのかもしれない。どんなことも蛇足になって、余計なお世話かもしれないけれど。

 それでも、無理しなくていいんだって伝えたいと思った。萌恵のように今日初めて会話したみたいな間柄だからこそ、逆にプライドとか無く海夕の心の隅にでも残ってくれたらいい。

 

 萌恵の言葉を聞いた海夕は薄くはにかんで頷いた。

 

 空はもう白み始めていて、顔を出した太陽の光が二人を優しく照らしていた。

 

 

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