にわかにGBNのエントランスロビーが騒がしくなる。
元々初心者中級者熟練者問わず集まり、賑やかな場所だが多くのものホロウィンドウを広げ、それを見ながら会話をしている。
「コロシアムのフリーバトル、凄いことになっているぜ」
「こいつ、ほんとに初心者? 全然そんな感じじゃないけど」
「というか機体がそもそも初心者じゃないよね。トライバーニングの改造機で、この完成度って」
「ふふふ……面白い」
一様に見ているのはコロシアムのフリーバトル。一時間ほど前から続けられている一人と一機のバトルだ。
天蓋付き地形効果なしのニュートラルフィールドにおける1on1。
元々コロシアムにおけるバトルは自由度の高さと空間がある程度狭いから無駄に戦いが長くなることもなく、且ある程度ランダムにマッチングが行われるためにダイバーのランク問わずに一定の人気はあるものだ。ハイランクミッションやトップランカー同士のバトルほどに注目を集めるわけではないがそれでも安定した注目度がある。
連戦も可能であるために、畢竟初心者がバトルをひたすら続けることで注目を集めることが可能なのだ。
今のグレンとソウルバーニングガンダムのように。
「全く、実に大したものだ。グレン君」
ウィンドウの中、両肩が巨大な球になっており、鎖が伸びるモビルファイター―――ボルトガンダムの地面に叩きつけて勝利を決めたソウルバーニングへメイジンは素直に賞賛を送る。
「この一時間、19に及ぶ連戦を熟し、その全てに勝利していくとは。並みの集中力ではないな。ふっ……まったくどこに逸材が転がっているか分からん。これだからガンプラバトルは面白い」
「んー、でもなんか気づいたらやたら注目されてますねグレン」
「初心者がここまで暴れればこうもなろう。最も、一番大きな理由はそれだけではないだろうが」
ただのニューピーが連戦している、だけではこうも話題にならないだろう。
「シンプルな話だ。偶然とはいえ、あそこまで――――」
「失礼、メイジン」
「ん?」
背後から声が掛けられ、振り返り。
「……!」
メイジンは目を見開いた。
つられて声の主を見たサンタもまた同じように目を丸くさせる。
「何やら面白いことが起きているようで、もしよろしければ私も一枚噛ませていただけませんか?」
その声は鈴が鳴るように。
白銀のショートカットに白のワンピースに淡い空を思わせる色のジャケット。胸元の桃色の大きなリボンがクールな雰囲気に可愛らしさを重ねている。
黒の手袋に包まれた右手を左胸に当て、左手を広げて頭を下げる姿はまるで舞台女優のように。
透き通るような透明感を持ちながら、それでいて思わず目を惹きつけられるような優雅さを持つ少女だった。
「―――――君は」
「あの彼。私としては、どうしても無視できませんから」
「ふぃー」
19戦目を終えて、コックピットの中でグレンは息を吐く。
度重なるバトルで疲労している、というほどではない。グレンからすればかなり体が温まってきたという具合だ。
「んー」
息を吐く。
長く吐き出していく。
体は温まっているが――――心に火は付かない。
「悪くはないけどな」
独り言を呟きながらウィンドウを眺める。表示されているのはソウルバーニングの機体状況だ。バトル中の機体の部位へのダメージやエネルギー状況が表示され、初心者のグレンでもぱっと見何が起きているかが理解できるもの。
「だけど、これなんだ?」
機体の表示の隣に、何のか分からないゲージが一つある。戦闘中に上がったり下がったりしているが、これまでの闘いではゲージが満タンになることはなかったために目的が分からなかったのだ。戦闘時間が延びれば延びるほど、激しく動けば動くほどに伸びていくからダメージの表現でもしているのかとも思うが、それだと元々のエネルギーゲージとの併用されている理由が分からない。
「んー、よくわからんなお前。思い通りに動くのはいいけど」
操縦桿を軽く小突き、苦笑する。
もっとも自分が作り上げた機体ではないのだから当然なのだが。GBN、ガンプラバトルは本来自分で組み上げたガンプラを使うというのにレンタル機体でここまでやってもいいのかとも思うが、
「まぁ、続けるかも分らんしな」
嘆息し、顔を上げ、
『グレン君、まだ戦えるかね?』
「うん? まー行けるぜ」
『結構。実は是非君と戦いたいというファイターがいてね。ただ、これまでのニューピーや下位ランカーではなく上位ランカーと呼ぶにふさわしい者なのだが、それでもかまわないかな」
「構わんよ」
問いかけに即答する。
実際のところ、歯ごたえがなくて退屈していたところだ。
『ふっ、頼もしい』
ウィンドウ越しにメイジンが笑う。
『この戦い―――まさしく宿命と言ったところか』
その機体は一目でこれまでと違うものだということが分かった。
エメラルドグリーンと白の包まれ、右肩に翼を模した巨大な剣、左手には身の丈もある鋭い槍。胸には宝玉のようなスフィアコア。鋭角的なボディはしかしどこか女性的なラインを描いている。腰から延びるエネルギー状のスカートがそのイメージを強調させているのだろうか。頭部の一対の耳がどこか猫を思わせるのがコミカルだ。
『――――ガンダムSSクアンタ』
機体の名前はメイジンから―――ではなく、新たに表示された白髪の少女から発せられたものだった。
「うん? あぁ、アンタが相手か」
『――――ふむ』
話しかけたつもりもなかったが、彼女もまたグレンの言葉には反応せず一人小さく首を傾げた。
『見た目を成長させてる? 声は……まぁ、追加課金が必要だし仕方ないか。機体は120点だけど……キャラロールは……』
「あぁん? 何言ってんだ?」
『――――失礼。貴方、お名前は?』
「グレンだ。あんたは」
『――――シア』
その名乗りは、誓うように、祈るように。
大きい声ではなかったが、しかし確かな意思が込められていた。
『キジマ・シアスタルよ。ただ、シアと呼んでほしいわ』
そして向けられた視線は何かを期待するように、上目遣いで。
とんでもない美少女だなぁと素直に思った。
アバターなので何とも言えないが。
「はぁ。よろしく、シア」
『……』
何やら不本意だったらしくあからさまに眉をひそめられた。
何なんだろう、この少女は。
『……温い』
「あん?」
『いいえ、始めましょうかグレン』
返答する間もなくウィンドウが閉じられた。
変な女だと、思った。
首をかしげながら、操縦桿を握る力を強める。テンションはともかく体は温まっていてコンディションは良いのだ。
シアという彼女は上位ランカーだというのだからどれほどのものなのか、それも少し楽しみではある。
改めて、緑の機体を見据え、
『BATTLE START!』
宣言と同時に操縦桿を押し出した。
どう動くかのセオリーをグレンは知らないし、そもそもソウルバーニングの攻撃手段は殴るか蹴るか。それに体当たりと頭突きくらい。故に接近しなければ話にならない。銃火器系やビームライフル系の攻撃もこれまでに何度か受けることによってなんとなく回避のコツも掴んでいる。
故に進む。
コックピットがソウルバーニングの疾走と共に振動を再現するのを感じながら距離を詰めていく。
対しシアのSSクアンタは動かなかった。
大きな槍を地面に突き刺し、空になった手はだらりと下がっている。
明らかに無防備の構え。
構わずに行った。
SSクアンタに動きはなく、目前までたどり着いても同じ。
だから、拳を叩き込み、
「――――あ?」
気づいた瞬間にはソウルバーニングの機体は宙を舞っていた。
「んなっ……!」
慌てて操縦桿を引く。
それに従い、両腕をかざすことで頭部から地面に突っ込むのは避けられた。咄嗟の動きだったが、自分をほめていいだろう。そのままの勢いで、肘を思い切り伸ばす。
ソウルバーニングの機体は妙に関節部が硬く、パワーが出ているのだろうが、思い切り操縦桿を操作しないとまともに動かない。不格好なハンドスプリングを行う形になり、その最中で胴体部を捻ることでSSクアンタに向くように着地する。
『温いわね』
SSクアンタは、ゆっくりと振り返った。
たったそれだけの動作に妙な感慨をグレンは覚える。上品さ、とでもいうのだろうか。操縦するシアから、あるいは彼女自身が作成したガンプラだからなのか、一種の美というものを覚えさせられる。
『次元覇王流は? バーニングバーストは? カミキガンプラ流はどうかしら』
音声通信のみの声で語り掛けられる。
そのどれもが、グレンの知らない言葉。
『貴方は―――セカイなのかしら?』
「何言ってるかちょっと分らんな!」
言い返しつつ、再びグレンは操縦桿を前に押し出した。
「うっわー、ある意味夢の対決、ですかね?」
「ふむ、確かに作中ではこのマッチングは見られなかったね」
これまでと同じようにサンタとメイジンはウィンドウ越しでグレンの戦いを見ていた。
これまでと違うのはバトルの中でグレンは完全にあしらわれているということだ。
「噂では聞いてましたけど、実際に見るのは初めてですね。キジマ・シアのロールの上位ランカー」
「私も会うのは初めてだ」
キジマ・シア。
それは実在の人物ではなくアニメ『ガンダムビルドファイターズトライ』に登場するキャラクターの一人だ。
作中ではヒロインの一人であり、同時にヒロインであるホシノ・フミナのライバル的存在。作中プリマと称されるファイターでありながらトライにおいては最上位のビルダー技術を持つ美少女である。
「GBNにおいてはアニメキャラのなりきり、ロールプレイをするものは珍しくもない。……ない、が。彼女は少々特殊例だな」
「と、いうと? 再現度は滅茶苦茶高いですけど」
「うむ、原作キャラの際立った再現度の高さこそこのGBNにおいてはある意味異端とさえ言ってもいいものだ」
ソウルバーニングのハイキックを軽い動きで手を添えることで受け流したSSクアンタの技量に関心しつつ、
「これはあくまでアニメキャラの完全再現という視点で見た場合なのだが。GBNにおいてこれは聊か矛盾していると言っていい」
「はい? アニメのガンダムとか再現できるのも魅力じゃないです?」
「肯定しよう。そして訂正するのならば自分好みに好きに作ったガンプラを使えるというべきか。その過程で憧れのパイロットのようにもなれるし、お気に入りの機体を用いることができる」
だが、
「根本的な要因として、GBNダイバーはリアルに生活を持つ人間だ」
ここ数年ではエルダイバーというGBN内で生まれた電子生命体の存在もあるが、それは今は置いておくとして。
「お気に入りキャラのロールというものはGBNを始める際においては非常にとっかかりが良いものだ。方向性がはっきりしているし、操縦や戦術の参考にもある。ダイバーはそれらを用い、経験を重ねてランクを上げていくわけだね。そして、実際に動かしていく過程で自分だけのガンプラを積み上げていくのだ」
ある程度の初心者でなければ誰もがそうやってガンプラを楽しんでいく。
人気の傾向というものは確かにある。例えばトランザムなどが最たるものだろう。ガンダムOOにて登場した瞬間強化はGBNではスキルとして実装されており、OO由来の機体でなくても発動が可能なのだから。Cランク以降から解禁される必殺技などもダイバーとしてのオリジナリティの最たるものと言える。
「そう、我々には自我がある。己だけのガンプラへの愛が。いかにこのGBN、ガンプラ、ガンプラバトルと向き合うか。それぞれがそれぞれのやり方を持っている。そしてその愛をGBNは肯定し、大好きを表現することができるのだ」
だから、
「完璧な原作キャラロールというのは難しい」
「…………あっ」
「ダイバーとして経験を重ね、スキルを上がるほどにどうしたってダイバー本人の色が生まれてくるものだ。それは本来であれば素晴らしいことなのだが完全再現という意味においては邪魔……というと語弊があるが余計になってしまうのだよ。結果として生まれるものはオリジナルのキャラではなくダイバーのオリジナルなのだから」
それは素晴らしいと、メイジンは繰り返す。
「だから、完全ロールは難しいのだ。完全なロールをするくらいにGBNを経験すればするほどに個人の愛が生まれるからね。もちろんエッセンスや参考として残ることはあるし、ある程度のキャラロールは珍しくもない。武装や装甲、カラーを自分好みに変換するのはGBNの醍醐味だなのだから」
念を押すように言葉を変えて個人の愛を肯定する。
サンタとの会話ではあるが、近くにいるダイバーがこちらの話を聞いている気配があるからだ。
それを心を止めつつ、話を続けた。
「故に完全再現を目指すということはこのGBNにおいて己を殺す鋼の精神力を持つか、趣味嗜好が原作キャラクターと一致しているようなガンダム馬鹿のどちらかというわけだね」
「……ちなみに、メイジンの場合は?」
「ふっ……あえて言おう、後者であると!」
なぜならば彼は三代目カワグチ・メイジン。
自分とかかわった人間が超高性能のNPDなんじゃね? と言われるのを知っている男だ。
「彼女、キジマ・シアスタルの場合がどちらかは分からないがしかし恐るべき再現度だね。名前はアニメでシア君が所属していたチーム・ソレスタルスフィアをもじっているがリスペクトの一環だろう。機体はガンダムOOシアクアンタの改造機。アバターも本人とそん色なく、あの声も追加購入で使用できるシア君の声優、藤田咲氏の声帯ソフトを用いているのだろう。アバターはともかく、声はなかなかできるものではない。―――――高いからね」
キャラメイク時に用意されているボイスバリエーションや地声をいじるのではなく完全に他人の、それも声のプロのものを使っているのだ。
ソフトの作成自体に手間がかかるし、権利問題が色々あるので実装されているキャラクターも限られている。
使い続けるだけでかなりの金額を必要とする誰にでも購入可能だが、購入するものはそこそこレアな仕様である。
あくまでそこそこ、なのがガンダムとGBNの人気の証明だろうが。
「さらに言ってしまうとこれはキャラによるんだが、ファイターとしてのスキルも必要になる」
「うん? GBNは別にガンプラ以外でも楽しめるじゃないですか」
「逆に聞くがサンタ君。アムロ・レイが素組みの量産型ザクにぼろ負けしたらどうかね?」
「あー……ちょっと、いやですね」
「うむ。ちょっと、ね。原作で高い戦闘力を誇るのであればそれの再現もしたいところだろう。何より再現する本人がそう願うはずだ」
そして、
「そういった観点から見て――――彼女は見事の一言と言う他ないな」
「――――はっ」
頬を伝う汗に構うことはなく、グレンの口から笑みが零れた。
ソウルバーニングガンダムが片膝をつき、動きを止める。
手も足も出ない。
一言でいえば、そんな状況だった。
徒手空拳の全てをSSクアンタは思わず笑ってしまうくらいに無駄なく洗練された、柔らかい動きで捌き、鋭い反撃を叩き込んでくる。一撃一撃で笑ってしまうくらいにエネルギーゲージ削れていくほどだ。
「なるほど……上位ランカー。これはすごいな」
こちらの攻撃はまともに当たっていない。
一方的な状況。
あと数度殴られればこちらが負ける。
――――チリリと、胸の中で何かが揺らめいた。
「これは、想像以上だぜシア」
『私は、期待外れだったわ』
聞こえてくる冷たい声に苦笑する。
何やらががっかりさせてしまっていたらしい。彼女の事情は分からないが、それだけは分かる。
グレンはガンダムアニメをまるで知らないのだから無理もない。
キジマ・シアをほぼ完全再現している彼女が、要素だけみればファイターズトライの主人公カミキ・セカイを再現しているグレンに対して宿命の如き出会いを期待していたなんて思いつくはずもないのだ。
『だから、終わりにしましょう』
SSクアンタが地面に突き刺していたGNパルチザンを手に取り、ソウルバーニングを向ける。
GN粒子―――それを再現するプラウスキー粒子が収束しGNレーザーをチャージしているのだ。
当たれば敗北するだろう。
さて、どうしたものかとソウルバーニングが立ち上がり、
「…………んん?」
コックピット内、機体表示ウィンドウに何やら初めて見る表示が出現した。見れば、謎のゲージが満タンになっている。
何か隠し玉かと思いウィンドウを操作するが反応せず、操縦桿や付随しているトリガーを引くが反応しない。
『……?』
その動きが機体にも反応したのかSSクアンタも怪訝そうに槍を下げる。
『どうしたね、グレン君!』
「あ、メイジン。なんか変な表示が出てきて、なんか使えそうなんだけどなんか全然反応しなくて」
『むっ……? それは……』
彼は一瞬考え、
『おそらく音声認識によって起動するタイプのものだ。バーニングバーストかね!?』
「えーと……なんか違う」
『なるほど! では私にも分からん! 折角だ、大きな声で叫び、その何某かを発動するんだ!』
「ぶっつけ本番かよ」
思わず笑った。
だが―――悪くない。
チリリと胸の中で何かが揺らぎ――――バチリと、火が付いた。
撃鉄が鳴り、燻っていた種火に炎が灯るように。
「――――燃えて来たぜ」
『今更何をしようとも!』
GNパルチザンの光が強まる。
そして量子ビームが放たれる直前に、グレンは叫んだ。
「――――
宣言と共にウィンドウが表示を変える。
機体を中心に三角形の図が。それぞれ赤、黄、青が結ばれたトライアングル。各色にまた一つ一つ名前らしきものがあり、そのうち黄と青が点滅している。
中央に、おそらく続く起動ワードが。
「
同時に量子ビームが放たれ、そしてそれよりも前にソウルバーニングの固有システムが起動する。
腰に纏っていた8本の棒状装甲が、全身に巡らされたレールを伝い腕へと移動。各装甲が展開し、内部のプラウスキー粒子許容体であるクリアパーツが露出しながら両腕を覆い、装甲となって二回り大きな腕を形成していく。
「だ――――らっ!」
合一と同時に迫った量子ビームを――――握りつぶした。
『なっ……!?』
『なんと!?』
『わ、そうなるんだ』
シアとメイジンの驚き、サンタののんきな声が耳に届く。
巨大化した腕と全身のクリアパーツが黄色く輝き、頭部のツインアイが赤と黄色の二色に輝く。
アンバランスとさえ言っていい巨腕と黄色い星のような輝きを放つソウルバーニングガンダム。
その名は、分かりやすくコックピット内のウィンドウに示されていた。
「ソウルバーニングガンダム―――――
スターウイニングはSSSSグリッドマンのマックスグリッドマン的なシルエットのイメージです。