天然防衛隊員、八重木阿斗里の破戒録   作:さようならハンバーグ伯爵

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女主人公ものに挑戦したくなったので書いてみました。
どうぞよろしくお願い致します。


マイペース乙女奥義一の型 風間推し

風間さんは可愛い

 

「私はこの概念を推そうと思うんです」

 

 女が一人、穏やかな表情で──そう呟いていた。

 まるで花のような女性であった。

 長い黒髪。

 細い身体。

 真っすぐに伸びた背筋。

 切れ長の目を中心に、シャープで端正な印象を与える顔立ち。

 

 教養深そうな、それでいて落ち着きがありそうな──深窓に佇む人形のような。そんな印象の少女が一人。

 

 

 ごちゃついた部屋の中で麻雀卓に座りポテチとコーラを傍らに牌を手に──何事かを呟いていた。

 

 

 

 ボーダー本部内の諏訪隊作戦室は、他部隊の人間が出入りする頻度が最も高い場所の一つだ。

 これは恐らく、隊長の諏訪の人望に依るものであろう。

 だべりたい人間。麻雀を打ちたい人間。何となく諏訪の顔を見て安心感と共にその在り様に心の平穏を求めたい人間。大学の後輩のレポート関係の手伝いをさせたい人間。とても様々だ。

 とはいえ、そのほとんどが二十歳超え、もしくはアラウンドサーティーへの道へ足を踏み入れた者共の比率が高く、男女比を見れば悲惨すぎて花も枯れる。

 

 現在時刻22時30分。

 その中で──八重木阿斗里(16)は至極当然のように諏訪隊作戦室中央部にある麻雀卓にて、点棒を奪い合っていた。

 次の日が休みであることを鑑みても、女子高生が入り浸るにはあまりにも

 

 周囲を見てみよう。

 正面には金髪煙草ビールのオヤジ宝具大三元持ち諏訪洸太郎。

 左手側には二度ある事は三度あるの正しさと三度目の正直の嘘っぱちさを自らが引いた地獄によって証明したバイオテロ被害者堤大地。

 右手側には大学院生という概念を怪物に変えた男東春秋。

 

 この三人に囲まれながらも──女は自らのペースを一切崩さず、話し続ける。

 

「いいですよね風間さん。心からその可愛さに敬意を表します」

 

 落ち着いた、そよ風のような声であった。

 

「記録見るたびにカツカレーを差し上げたいくらいには、私はちょっとあの方に心を響かせてしまいましたね。やられました。何ならお金貢いでもいいくらい」

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 山から牌を取りつつ、実に冷たげな声音で諏訪洸太郎はそう切り捨てた。

 

「人の感性に対して馬鹿とは.....。なんと失礼な方なのでしょう。そんなだから佐鳥先輩に撃たれて二連続で無得点で終わって中位落ちする事になるんです」

「うるせー!!」

「八重木ちゃん.....それは俺の方も心に来るからやめて....」

「はっはっは。──はい、ツモ。これで二連続トビだな諏訪」

「は.....?」

 

 にこやかな表情から東がそう宣言する。

 その瞬間に──諏訪の箱割れにより決着がつくこととなった。一位は東。二位は八重木。三位は堤で最下位が諏訪。

 

「流石です、東さん」

「流石なのは、どちらかと言えば諏訪かな」

「うるせー!!」

 

 八重木はにこにこと笑みを浮かべ雀卓から立ち上がり控え目にガッツポーズ。その後、至極当然のように作戦室の傍らにあった缶ビールに手をやってプルタブを引こうとする。

 

「おいこら待て」

 

 そのあまりに自然な動作にジュースでも飲む気かと見ていた諏訪であったが、そのメタリックシルバーのラベルを見咎め大慌てでそれを取り上げる。

 

「何をするんですか」

「何をするんですか、じゃねぇよ! 未成年の分際でビール飲もうとしてんじゃねぇ!」

「失礼な。私は一位の東さんに注いであげようとしていただけです。私が飲むのはその後です」

「飲むんじゃねーよ! この馬鹿! ここでお前が飲んだことがバレたら首切られるの俺なんだよ! 自重しろ!」

「今更ですね。酒屋を営んでいる母から口酸っぱく言われたのです。──バレなきゃオーケーと」

「アウトだよ!」

 

 全く、と呆れたように八重木はその場を離れると、先程から明滅している自らのスマホを弄る。

 

「.....あらあら。何ですかこれは?」

「どうしたんだい八重木ちゃん」

「ん? 私の友達からのメールですね」

「へぇ」

 

 八重木は、にこにこと笑みを浮かべながら画面を見ていた。

 

「なにニヤニヤしてんだよ」

「とても愉快だからですね」

「何が愉快なんだよ」

「それはもう。──いきなり友達から嵐山隊長の夢小説をメールで叩きつけられる気分になって下さいよ。とても愉快でしょう?」

「....」

「まあ内容はあまりにもお粗末なものですけど。このシチュエーションだけで笑えるからよしとします。うーん世の中は面白い事で溢れている」

「.....ま、まあ若気の至りってやつだ。あれだけイケメンなんだ。そりゃあ女の子の一人や二人、そういう風にしても──」

「ん? これ書いているの男の子ですよ?」

「....」

 

 何なのだろう、と堤大地は思った。

 この16歳は、何か住む世界が違うのだろうか──と。

 

 

 八重木阿斗里は普通の一般家庭から生まれた変異人種である。

 

 顔も体格も両親共々似ていないので恐らく橋の下の馬の骨から拾われてきたのだろうとひそかに思っていたこともあったが、一応母が腹を痛めて産んだ事実は間違いがないようであった。ちなみにいうとDNA鑑定でも親子関係は否定されていないとは両親の談だ。本当だろうか。まだまだ疑っている。

 

 とにもかくにもマイペースかつ捉えどころがなく、それでいて妙な人懐っこさがある為、”面白い変人”としての地位を確固たるものとしてきた。

 如何にも深窓の令嬢、という言葉が似合いそうなビジュアルから弾き出される恐ろしい言動と行動のギャップにより、その印象にグランドキャニオンが出来上がっている。

 

 彼女は──自らの楽しみを見つけ出すべく両親の反対を当然のごとく押し切りボーダーにやってきた。

 

 

 ボーダーとは。

 異世界からやってくる怪物と戦う組織である。

 

 およそ三年前。突如襲来した化物たちが──三門市を襲い、数千人以上もの死者・負傷者・行方不明者を出した大災害が起こり、その対応の為に作り出されたのだという。

 

 彼女の思考回路は実に単純であった。

 化物。

 異世界。

 戦い。

 

 その組織を構成するキーワード全てが彼女を魅了し、即座に試験を受けに行ったのであった。

 

 一年前に入隊し、そして二ヶ月もたたず正隊員へと上がり。

 

 そして──現在まで、部隊に所属することなく好き勝手に動き回っている。

 

 好きに自らを研鑽し。

 好きに交友関係を拡げ。

 

 自由という言葉をほしいままにしていた。

 

 

 八重木阿斗里、16歳。

 一言で言えば──ダメ人間であった。

 

 

「さて、八重木」

「はい。どういたしましたか、風間さん」

 

 あれからまた日が経ち。

 八重木阿斗里は──風間隊作戦室に呼び出されていた。

 

 無表情のまま、こちらに正座をさせ、こちらを見下げている風間の姿が八重木の目に映る。

 その姿を見るだけで、自然とにこやかに顔が綻ぶのを感じる。

 それは──例えるなら犬好きに子犬の動画を見せているときの表情に近い。ただでさえ好きなものに、可愛らしいアクションを乗せられたそれを見るとき。人の心は脳味噌に幸福な物質を送り届け表情筋を弛緩させ笑顔にさせるのだ。八重木阿斗里という人間にとって、風間蒼也とはそういう存在であった。

 ボーダーのトップ部隊であるA級──その中で三つ目の序列に位置する風間隊の隊長だ。個人としての実力も3位。とんでもないエリートだ。可愛い。

 小柄な体躯でありながら、しっかりとした威厳も醸し出されている。それは意図したものではなく、彼自身の振る舞いから自然に形成された代物だ。自然体でかっこいいのだ。でも可愛い。

 

 そんな人物だからこそ。

 呼び出されて冷たい声音で正座をさせられている状況下においても──彼女の顔は笑顔であった。本心から湛えられた、笑顔。

 

 その笑顔をまるで路傍の石くれでも見つめるような何の感情もない瞳に収め、──言う。

 

「お前は、以前──太刀川のレポートを手伝ったと言っていたな」

「はい! ──全てをお前に任せると言われましたので、全て任されるままに書きました!」

 

 にこやかに。

 

「そして──どうして書いている内容が、一昔前の女アイドルについての論述なんだ?」

「....? 好きに書け、と言われましたので。私も自分が好きなものについて書こうかと思いまして」

 

 八重木阿斗里は、アイドルが好きである。

 いや。

 アイドルが好き、というよりも。見た目が華やかで可愛らしい女性が大好きなだけであるが。

 

 彼女は──A級一位、太刀川隊隊長の太刀川慶よりレポートを書くことを頼まれ、それを快く承諾した。

 何を書けばいいのかを尋ねると、好きに書けと言われたのだ。

 なので──本当に好きに書いてしまった。

 そのアイドルの生誕地から、エピソード、来歴。全てを纏めて太刀川慶に渡した。

 

「....お前が書いた、その内容がな」

「はい」

「....あのバカは中身を何も確認せず、そのまま大学に提出したというのだ」

「はい」

「...」

「...」

「...」

「....?」

 

 押し黙る風間。

 それをじっと見つめる八重木。

 

「....そのレポートがな。大学内で見れる共通サーバーで公開されたらしくてな」

「わあ」

「その結果──”ボーダートップランカーが大学にアイドルのレポートを提出した”という噂になったわけだ」

「わああ」

「その一報を受け。根付室長は胃薬を飲み、忍田本部長は怒りに震え、鬼怒田技術室長は太刀川の名前を叫んだ。──さて。こんなふざけたレポートを書いたお前はどんな弁解をするつもりだ?」

「そんな....私なりに必死に書いたのに...」

「──少し尋ねてもいいか、八重木」

「はい。なんなりと」

「何故、お前は今の今までずっと笑顔なんだ」

「えっと....風間さんが可愛いな、って」

 

 戸惑いつつ。

 そう呟く。

 

「....」

「.....えっと、風間さん? いた、いたたたたた。やめて。アイアンクローはやめて。痛い痛い」

 

 風間は無表情のまま八重木の顔面を掴み、力を籠める。

 

「──いいな? 今後一切、お前は太刀川の課題の手伝いをすることを禁ずる」

「解りました、解りました。風間さんの命令であるのならば私は従います。ええ」

「....本当だろうな?」

「本当です。私の中での序列では風間さんの方が太刀川さんよりも上です。もう天と地の差、ホモサピエンスと類人猿です。もう太刀川さんのレポートの手伝いは致しません。本当です」

「解れば、いい。一番悪いのは──高校生にレポートの作成を頼むあのバカだからな」

 

 許しを得た瞬間、正座を解き、スカートを叩いて立ち上がる。

 

「──うわ。何でここにいるのさ」

「こんにちは八重木先輩」

「久しぶり」

 

 作戦室の扉が開かれると共に。

 風間隊の一同が勢ぞろいする。

 

「皆、久しぶりですね」

 

 その面子を、八重木は見渡す。

 

 眠そう・髪長い・ひねくれの三点セット。菊地原士郎。

 おでこばっちり気遣い満点。歌川遼。

 気遣い女子の極致的存在。三上歌歩。

 

 この面子に風間を加えた部隊が──現A級3位、風間隊である。

 

「それと菊地原君。先輩の私に対してうわ、はないでしょう。親しき中にも礼儀ありという言葉を知っているのですか」

「だって君だって大概礼儀知らずじゃん...」

「何を言いますか。私が礼儀を忘れている人なんて、精々諏訪さんと太刀川さんと迅さん位ですよ」

「ぼくも君に対してはそのカテゴリだから...」

「いいですね。そのねじくれた愛情。嫌いではありません」

「愛じゃないんだけど...」

 

 全くねじくれていますね、と八重木は呟く。

 

「そういえば八重木。今日は個人ランク戦には参加するのか?」

 同じく

「勿論参加しますよ。私の生き甲斐ですから。二日に一度は参加をしなければ勿体ない」

「ああ。だったら早くした方がいいかもしれないぞ」

「ほうほう。何故?」

「太刀川さんがいる」

 

 成程、と八重木は呟く。

 

「それはそれは。──急がなければ。今度こそあのお髭をぶち抜いてやります」

 

 八重木阿斗里の表情は、常に笑顔だが。

 こと、──戦いの場に赴く場面になると、その性質が一変する。

 

 その表情は──馳走を前にした、獰猛な獣のそれとなる。

 

「それでは失礼いたしました。皆さんお元気で」

 もう背後を振り返ることなく。

 八重木阿斗里は、風間隊作戦室を去っていった。

 

 

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