天然防衛隊員、八重木阿斗里の破戒録 作:さようならハンバーグ伯爵
八重木阿斗里は現在自由を謳歌している女子高生であるのだが、自由というのは選択制である事に目下悩まされていたりもする。
彼女にはボーダー本部内にて、自由に出来る空間がない。
なぜなら──彼女は部隊に所属していないから。
作戦室が与えられていないのである。
哀しい。
「悲しいとは思いませんか──諏訪さん! 私も作戦室が欲しい! ボーダーで寝泊まりしたり可愛い新人の女の子を作戦室に連れ込んでお話したりしたいし中でぐうたらしたい!」
「人の作戦室に出入りしている分際で舐めた口利いてんじゃねぇぞこの馬鹿が」
──ああ。なんて乱暴な言葉なのでしょう。言霊というものを御存知ないのかしらこの金髪煙草の二段チンピラセット大学生は。ワンセンテンスに一つの罵倒を入れなければ死んでしまう病気でも患っているのかしら全く──。
「麻雀弱いくせに生意気だ」
「うるせー!」
八重木阿斗里はゆらゆらと揺れながら作戦室の中をうろちょろと動きながら、ううと唸る。
「いいなぁ。漆間君。オペの六田さんと二人で広い作戦室を使えるなんて.....。いいなぁ.....。六田さん可愛いしなァ.....畜生....」
「お前も段々口汚くなってきているぞ」
「私も.....私と同じような自堕落で、自由で、一緒に可愛い子を見てキャッキャウフフできるような仲良しのオペレーターさんがいれば...」
「いるわけねぇだろうな」
「ですよねぇ....。皆真面目だもんなぁ....。真面目で可愛い人か、真面目で美人な人か、男のケツひっぱたく美人しかいないもんなァ....。とはいえ」
「なんだよ」
「そろそろ──アクションを起こさないといけない気がしているんですよね」
「へぇ。何でだよ」
「この前──私は。冬島隊と合同で防衛任務を行っていました」
「で?」
「真木ちゃんから.....働け、って....」
「....」
「すんごく嬉しかった....」
「何でだよ!」
思わず諏訪はそうツッコミを入れる。
真木ちゃん、と呼ぶその女性は──A級2位冬島隊所属のオペレーターである。
怜悧冷徹冷酷無惨。中性的な口調から放たれる容赦のない言葉と、その言葉の重みを支えるクールな佇まいと顔立ち。女子高生の華やぎそのまま永久凍土に閉じ込めたかの如き風情から放たれる言葉の刃は、切れ味鋭い刃物というよりかは、重い刀身を湛えたクレイモアじみた破壊力を持つ。
そしてこの女。
その重き一撃を脳天に受けて「嬉しかった」と宣っていたのだ。馬鹿ではないのだろうか馬鹿でした。この女の脳内構造は何処かおかしかった。
「考えてみてくださいよ。あの真木ちゃんが、歯牙にもかけない塵紙以下の人間に働けなんて言葉を口にすると思いますか。無能な働き者の有害さなんてきっとあれほどの人間ならば理解しているはずなんですよ。つまりです。私はあの時、私が働くことが有用であるという意味合いを真木ちゃんの言葉の端くれから読み取ることが出来た訳です。こんなにも幸せなことがありますかって話ですよ本当に」
「お前の前向きさってほんっとうに時々羨ましくなるわ。いいよなぁ自分にとって常に都合のいい解釈に変換できる世界って。お前くらい馬鹿になれたらきっと生きやすい世界なんだろうなぁ」
「でしょう?」
「....」
ニコニコと微笑みながら八重木阿斗里はすっくと立ちあがる。
「とはいえ....既存の部隊で私を拾い上げてくれる場所をまず想定しましょう」
「ほーん」
「諏訪隊....はまず除外ですね」
「だな。お前なんぞ死んでも御免だ」
「ですよね。なら那須隊はどうでしょう! ガールズチームですよガールズチーム! 素敵!」
八重木はB級中位の那須隊の名を上げる。
那須隊は、隊長でありエース射手である那須玲と、攻撃手の熊谷友子、狙撃手の日浦茜とオペレーターの志岐小夜子の四人部隊である。
全員女性。しかも全員美人&可愛い。
夢のような部隊だ。
「駄目だろうな」
「那須ちゃん可愛い! 熊谷ちゃん凛々しい! 日浦ちゃん元気いっぱいで可愛い! 小夜子ちゃん見た事ないけど多分可愛い──え。何で駄目なんですか。私女ですよ?」
「女だろうが女にセクハラしそうな人間性だとあの部隊じゃNGだ。那須はともかく熊谷と志岐が嫌がるだろうな」
「そんな....」
がっくりと視線を落とすと、他の隊を上げていく。
「荒船隊はどうでしょうね」
「あそこはいいんじゃねぇ。荒船と穂刈はちょっとやそっとの変人だと動じない。半崎はお前の存在にどん引くだろうがまあダルいダルい言って何とか躱すだろ。ただあそこの編成的に攻撃手のお前は然程要らないだろ」
「攻撃手と狙撃手二人ですもんねぇ。普通に中距離やれる駒か、万能手入れたい所でしょうね」
「そういうこった」
「ぐぬぬ.....。えー。でも私結構強いですよ?」
「だな」
「なのに....うう。私は要らない子なのね!」
「嵐山隊とかどうだ? あそこ、万能手二人と狙撃手一人の部隊だし。丁度決定力がある駒が欲しい所だろ? 変人枠の佐鳥に、度量がデカそうな嵐山に時枝もいる」
「あ! 私一回嵐山さんの部隊に入ろうと思って打診したんですよ! 嵐山さんに!」
「ほーん。で?」
「あの陰険キツネオヤジに却下された!」
「流石はメディア室長。リスク管理がしっかりしてるじゃねーか」
嵐山隊──。
彼等は爽やか系イケメンの嵐山准に、眠たい目つきで周囲を冷静に見渡し気配り目配り超一級時枝充に、二丁拳銃ならぬ二丁狙撃銃とかいう変態揃いの狙撃手連中の中でも一等の輝きを放つスタイルの佐鳥賢、そして学業優秀眉目秀麗食いしん坊系お姉さんの綾辻遥。この四人で構成された部隊である。
彼等は部隊としての任務と同時に、メディア室長である根付から様々なボーダー関係のイベントやメディア出演なども行っている部隊である。
つまるところ。隊に所属するうえで単なる戦闘能力以上の、人間性であったり華やかさだったりが求められる部隊でもあるので。
八重木はもう人間性の時点で失格の烙印が押されたわけである。
「という訳で──私はすごすごといつもの通り過ごしていく事になりそうです。すごすご」
「はいはい。──で、お前。今日は何処の部隊と防衛任務するの?」
「あ! それはですね──」
ニコリ笑って。
「生駒隊です」
※
生駒隊作戦室内。
ゴーグルを身に付け、生駒隊隊長生駒達人は──黙っていた。
生駒達人は、オールバックの髪型をした、精悍な男であった。
その男が──押し黙っている。
「いやぁ、すまんな八重木。うちの隠岐が急用で休んでしまったばかりに」
もさもさを超えたもじゃもじゃ髪──通称ブロッコリー。水上敏志はそう八重木に言う。
「それは残念ですね。隠岐君イケメンですから。──それで何でイコさん押し黙っているんですか?」
「──外からいきなり女の子来てるから照れてるだけや。ほっとき」
オペレーターデスクから跳ねた髪型が特徴的な関西弁の女性、細井真織──通称マリオちゃんが呆れたようにそんな言葉を投げる。
「イコさん何で照れているんですか! 可愛い女子の先輩が来てくれているじゃないですか!」
その生駒の背中に、いっつもニコニコな南沢海が、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「いいね南沢君。私を可愛いと臆せず言ってくれるとは。きっと君は十年後にモテるようになりますね」
「十年後!? もっと早くモテたいっす八重木先輩」
「いい心がけですね。モテたいなら、そうですね.....モテている人を見習ってみたらどうでしょう。ほら、鳥丸君とか嵐山さんとか....」
「ここで隠岐を出さん辺りよう解っとるやん」
水上がうんうんと頷きながら、八重木の発言にそう言葉を返していた。
「でしょ?」
八重木がそう言うと
「そんな.....隠岐が.....イケメンやないなんて...」
「あ、喋った」
生駒が、ようやくそこで言葉を発する。
「ウチの部隊。だったらイケメン誰一人としておらんやん」
「どの部隊にもイケメンは一人はいるべきだというナイーブな考えはやめましょう」
「せやな! ええこと言うやん八重木ちゃん! ──君めっちゃおもろい子やん! 安心したわ!」
「そう、私はいわゆる”おもしれー女”ですから。そして、可愛い!」
「せやな。かわいい!」
「.....どうでもええけど。そろそろ任務の時間やで」
「了解です! マリオ先輩!」
「しばくで?」
※
「そういや八重木ちゃん」
「はい?」
防衛任務の中。
敵襲もなくあてのない夜の徘徊を続けていく中で──通称ブロッコリー(先輩じゃなければとても口に出したい)、水上敏志は八重木に言葉をかける。
「今年の新人見た? めちゃ有望株揃いだったで」
「へぇ。それは楽しみですね。──それで。可愛い子いました?」
「男? 女?」
「隔たりなく」
「生意気盛り、って感じの子どもが二人。キツそうな女の子が一人。──目立っていて、なおかつ君より年下なのはこの三人だったな」
「三人.....三人! な、名前は!」
「黒江って子と緑川って子。そんで木虎って子やな。前の二人は小学生と中学生入りたての二人組。木虎って子は、まあなんというか.....プロトタイプ真木理佐って感じやな」
「小学生に中学生! 真木さんの系譜! ──黒江ちゃんに緑川君に木虎ちゃん。覚えました!」
ニコニコ笑顔からのほくほく笑顔へ。事実確認による幸福と、その後の自分の行動が決まった事による幸福。違う味のキャンディーを両方のほっぺに詰め込んだかのようなにやけ面を晒しながら──八重木阿斗里はその場でくるくる回っていた。
「ああ。楽しみ....! 明日やることが決まりました。C級ブースに久しぶりに顔を出しましょう」
「──テンション上がってるとこ悪いんやけど」
細井の声が、響く。
「『門』が発生したで。──トリオン兵共の襲来や」
空間に刃を入れ、ぽっかりと切り取ったかのような。
黒色が空に浮かび、同色の稲妻も走る。
その中より現れるは──硬い装甲を纏った、異世界の兵隊共。
「──来ましたね。トリオン兵!」
八重木阿斗里は──その表情に笑みを張り付ける。
それは、──およそ人が形作るものとは程遠い、獰猛で残虐な笑みであった。
※
「それじゃあ、俺が援護するから。八重木ちゃんは前衛を頼むわ」
「了解でーす」
八重木は、スコーピオンを装着し──眼前のトリオン兵の眼前に立つ。
モールモッド。
現在確認されているトリオン兵の中で、最も単騎戦力として恐れられているものだ。
単純に動きが速く、攻撃が強力なのだ。
四つ足のクモのような形状をしているトリオン兵で、前腕がブレードとなっている。
このブレードを振る速度が結構早く、そして威力がある。B級上がりたての隊員ならシールドを張るよりも前に斬り飛ばされる事の方が多いだろう。
「ちょ、八重木ちゃん──」
水上の眼前。
八重木は──空手のまま、モールモッドの前で立ちはだかっていた。
前腕が振り上げられ、八重木の眼前にブレードが走るその瞬間も。
「大丈夫大丈夫。──これが私のやり方ですから」
ブレードが降り上げ。
降ろされる。
その光景を視界に収めた瞬間──己の脳内が蠢き出す。
その瞬間。
モールモッドのブレードは──根元から斬り飛ばされる。
「──雑魚相手だからこそ、最初に余裕をもってエンジンをかけておかないと。私の副作用は、ピンチに陥らないと発生しないぐうたらな代物ですから」
”自分に痛みが走るかもしれない”
”自分は死ぬかもしれない”
そのストレスが──自身の副作用を発生させるキーとなるが故に。
敵の攻撃は──ギリギリの瞬間まで、避けない。
斬り飛ばされ、崩れた体勢から。
急所となる──身体の中央にある眼球に。
スコーピオンを纏った貫手にて、破壊する。
手先から感じる破壊の感覚が。
更なる刺激として脳内に駆け巡る。
「さあ」
一体を仕留めるも。
まだまだ敵はこちらに向かい来る。
「いい感じにあったまりました。やりましょう、水上先輩」
「りょーかい」
口元も目元も吊り上がる。
集中力が飛躍的に上がっていく。
時間の流れが恐ろしく遅く感じる。
五感が冴えてくる。
世界が切り替わるかのような、この瞬間が気持ちいい。
そうだ。
この世界だ。
この世界が楽しくて仕方がない。
こんな世界を見せてくれる、素敵な能力が。
副作用、だなんて明記される事が信じられない。
「──どうせなら楽しんで全部ぶっ壊しましょう」
そう。この時は思っていたんだ──。