「ねえ、そこのあなた。ちょっと踏み台になってよ」
休憩がてらマッカンを買おうと自動販売機の前で財布を開いていると、後方から幼い年頃の少女に声をかけられた。
幾十人ものロリっ子を面倒見てきたロリっ子鑑定士1級の俺には分かるがおそらく11歳、人を踏み台にして喜ぶ性癖に目覚めるにはやや早過ぎる気がするし(やや?)人生のステップアップとしての踏み台なのだとしたら俺なんかでは行く先が180度変わっちゃいますよと教えてあげないといけない。
どちらにせよテレビ局の廊下で初対面の相手にお願いするようなことでもないので人生のセンパイとしてお願いの仕方でも教えてあげようと思いゆっくりと後ろを振り返る。
「人にお願いするときはお願いしますにゃんって言いながら手で、猫耳を、……作って………」
「手で猫耳を作ってどうすればいいのかにゃん?」
「………」
――――――
連続テレビ小説。通称朝ドラ。
半年にわたって朝の時間帯に放送されるドラマの子役オーディションにウチの事務所からも何人かエントリーすることになった。
しかし朝ドラの特性上、撮影は長期間にわたって行われることもあり、付き添いの俺もそれに伴って拘束時間がかなり長くなるので面倒なのが半分、もう半分はすでに知名度を得ているアイドルたちではスケジュール調整が大変だろうという理由でパスしようと思っていた。
適当に茶を濁して流そうとしていたが演技の仕事にも挑戦してみたいという櫻井と佐々木が真っ先に手をあげたので付き添いで某国営放送局に向かうことになった。アイドルがやりたいと言うことはなるべくやらせてあげてえからなあ(おぎやはぎ風)
もうまもなく到着する車の後部座席をバックミラーごしにちらりと確認すると二人は目を血走らせてオーデイションの練習をしていた。
「じぇじぇじぇ!」
「びっくらぽん!」
「………。意外と余裕そうだな…」
「そんなことないですわ八幡ちゃま…。今も緊張でこんなに震えてますもの…」
「千枝はこのチャンスを逃すわけには…いかないんです…」
決意を秘めた瞳は鏡越しにも眩しく映り少し目を細める。かつては自分にも震えるほど、涙が出るほど欲しいものがあったはず、…それは果たして今自分の手の中にあるのだろうかと。
ここにいるのが遊佐や市川ならたぶんそんな感じのことを考えたと思う…
「合格すれば半年以上八幡ちゃまが専属になってくれるそうですわ(コソコソ)」
「撮影で長期間の泊りになることもあるそうです(コソコソ)」
「なんか言ったか??」
「いえなんでも…ないです…」
「二人で合格したいですわね。って言ったんですの」
「ふーん?」
……まあ、さすがに今さらこいつらがそんな殊勝なことを考えてるなんて欠片も思わんが。
騙し騙されちひろさんとの700日戦争。休戦協定を結びありがたくアドバイスをいただいた時の『比企谷君は女の子に幻想を持ちすぎですよ』でそげぶされた俺は少女であっても女であることには変わりないということに気付かされた。小町のあれはただただあほで可愛いから騙されていると分かっていても言われるがままになるしかないんだよぉ~
ともあれライバル同士であっても仲間であることを忘れずに切磋琢磨しようと二人が可愛く企んでいるのなら、俺は気付かないフリをして裏から応援するまでだ。例え真の目的が少女らしからぬ、あるいは少女特有の独占欲なのだとしてもモチベーションは人それぞれ、せいぜい全力を出し切ってほしい。
しかし良くも悪くもアイドル事務所に所属している彼女たちが本職で役者を目指す他の子役たちに勝つことは容易ではないだろう。ただそれを知っていても挑戦すると決めたのだから勝つまではいかなくとも一矢報いるくらいはできるポテンシャルはあると俺は信じている。まあ1000分の3だ、慰める準備ぐらいはしておいてもいいだろう。
「もうすぐ着くからそろそろ準備しろよ」
「半年もあればゴニョゴニョ」
「まッ千枝さん!はしたないですわ!」
「………」
――――――
「当然合格しましたわ」
「千枝もです…」
「…おめでとさん」
だよね、受からないと話し進まないもんね!そりゃ受かるよ…。……いや、すごいな。二人ともマジで受かっちゃったよ。
あれから3週間。
3度の審査を勝ち上がり先ほど行われた最終審査で10人の中から無事2人は役をもぎ取ったわけだが…
合格者の待機室へと場所を移し改めて大変なことになったと感じる。見た目の華やかさで言えば同世代では比類ないものを持っているこいつらだがこと演技の世界においてまさか一線級の実力を持っているとは思わなかった。
「あら八幡ちゃま。まさかわたくしが合格すると信じていませんでしたの?」
「まあ正直二人そろって合格するとは思わんかったわ…」
「女はみんな…大女優です…」
「FFやった?――つーか最後の審査は何の演技をしたんだ?」
興奮から真っ赤に染まるほっぺたに気付いていないのか、あくまですまし顔で感情を抑える櫻井はそれでもはたから見れば喜んでいるのは一目瞭然で素人の俺にまでバレバレなのでこんな調子で演技の仕事ができるのかと苦笑がこぼれる。
なぜこの2人が合格したのか気になり珍しくボケる佐々木に聞いてみる。もしかすると演技の中でも得意分野のようなものが当たったのかもしれない。
「…別に…いつもどうりに演技しただけです…」
「――いつも仲良く遊んでいた幼なじみの男の子が転校生の女の子といい雰囲気になってしまって妬みからあの手この手で転校生の女に嫌がらせして別れさせる役をしていましたわ」
「…それだと佐々木がいつも嫌がらせしてるみたいになっちゃうからね?」
「あら、千枝さんがご自分でおっしゃたんですわ」
俺の質問に佐々木が口ごもると鏡を見ながらリップをぬりぬりとしていた櫻井がぷかぷかと唇を鳴らしながらさらりとそう言った。
「桃華ちゃんは転校生の女の子を慰めながら最後に裏切って絶望に突き落とす役をそれは楽しそうに演じていました…」
「なっ!あれはそういう演技をしていただけですわ!」
「それを言うなら千枝も比企谷さんのために一生懸命だっただけです…」
なんだかんだで最終審査の結果を待っている間に俺の方まで緊張してしまっていたらしい。朝ドラに出演することがどれだけすごいことか知ってか知らずかいつもどうりにはしゃぐ2人を見ているとほっと肩の力が抜けてたのでマッカンでも飲んで一服したくなってきた。
わたくしが半年間八幡ちゃまをひとり占めするつもりでしたのに、だとか比企谷さんは千枝1人の方が楽だと言ってました、だとか。わふわふと仲良く喧嘩する2人はここに放置して少し休憩しに行こう。
部屋を出て喫煙室の前にある自動販売機に向かって歩きながら、昔、それこそまだ大学生だった俺がアルバイトとしてプロデューサーという名の雑用をしていた時に知り合ったガキの癖にプロ意識だけは一人前だった子役を思い出す。なんでって?フラグだよ。
当時は事務所に仕事の依頼が来ることなんてほとんどなく足で営業して引っ張ってくるか片っ端からオーディションを受けるかで事務所一丸となって遮二無二働いていた。
そのかいあって食っていけるほどには仕事を取ることができ軌道に乗り始めたことに少し慢心していたのかもしれない。そんな俺の心を見透かすようにその少女は自らのプロ意識をもって10歳以上も年上の俺に正面から説教を垂れて見せたのだ。
曰く、プロ意識が足りない。曰く、センパイに向かって態度が大きい。曰く、ジュース買ってきて。
んー。説教じゃなくてただのわがままだな。
まあ実際がどうだったかは置いといて、母親と二人三脚で頑張るその子役が母親と控室でかわす笑顔が眩しく思え、俺もどうせプロデューサーとして支えるのなら舞台では1人になるアイドルたちをせめてスポットライトの外側から裏方として二人三脚で走っていきたいと思えるきっかけになったことは間違いない。
その後も色々とあったがそれはまたにして。
背後から旧友に話しかけるかのように茶目っ気たっぷりに声をかけてきた彼女を見てなるほど、子役のオーディションと言うのなら残りひと枠は一世を風靡したこいつで間違いないとこれ以上ないほどに納得できた。
「久しぶりだね、お兄ちゃん♪」
猫耳のように手をかかげる周防桃子がそこにいた。