「久しぶりだね、お兄ちゃん♪」
「ああ、久しぶりだな桃子。じゃあ俺は仕事があるからまたな」
「あっ、うん。がんばってね。――――っじゃなくて!!」
久しぶりの再会っていい思い出がないんだよなー。折本のあれとか…
適当に挨拶だけして戻ろうとしたのだがジャケットをぎゅむっと握られてその場でつんのめる。
自分で言うのもなんだが俺が現場で他の事務所のタレントと話しているのがアイドルにバレるとそれはもう面倒くさいことになるから嫌なのだ。
上書きと称して行われる何かしらの代償行為は俺の心の防壁をゴリゴリとすり減らしていくので、できるだけ公共の場では話さないように気を付けなければいけない。そこらへんのアイドルよりアイドルしてるわ。
さらにそれが古い知り合いときたもんだから気まずげにその場を去ろうとする俺を桃子は冷たい目で見やり声を上げる。
「2年ぶりに会う桃子に何か言わなきゃいけないことがあるでしょ!」
「――綺麗になったな…」
「んなッ…!!!お、お兄ちゃん!どこでそんな言葉覚えてきたのっ!!」
真っ赤になって俺をポコポコと殴る桃子は見た目には少しばかり成長しているがあのころと変わらずどこか背伸びした雰囲気は危なっかしくも頼もしい。
先ほどまで猫耳が鎮座していたふわふわとした栗色の髪を2度3度と撫でつけるとムッとした顔のまま俺の手をほどき睨みつけてきた。
「そんな怖い顔で睨むなよ…。可愛いお顔が台無しだ」
「だ、だからッ!お兄ちゃんそんなすぐに可愛いとかいう人じゃなかったでしょ!――いきなり猫耳とか訳分かんないこと言うし……」
「俺にも色々あったんだよ…」
色々ってなに!と詰め寄る桃子をしっしっと払い、マッカン片手に喫煙室に逃げ込む。
くわえたタバコに火をつけ疲労感とまとめて煙を吐き出す。桃子は喫煙室のガラスの向こうから何かを騒いでるらしいがあいにく何を言っているか聞こえないのでこちらはぷかぷかと紫煙をガラスにたたきつけることしかできない。
ガラス越しとは言え煙を吐きかけられた桃子は器用にも前髪の分け目の隙間にビキリと青筋を立てると、わなわなと震える手でお気に入りのポーチからスマホを取り出しラインのQRコードをかかげてきた。
しばらく知らんぷりでマッカンを飲んでいたがいっこうにスマホをしまおうとはしないので仕方なくQRコードを読み取り友だち追加すると即座に着信のメロディーが心なし攻撃的に鳴り響いた。
どうでもいいけどガラス越しにQRってなんかエロくていいな。
「はいもしもし346プロダクションの比企谷です」
『どうしてガラス一枚隔てただけで他人行儀になるのっ!』
「つーかほんとになんだよ。久しぶりに会えたのは嬉しいがそれ以上に厄介なにおいがプンプンするんだよ」
『嬉しいんだ…。ふ、ふん!桃子もそこそこ嬉しいんだからね!』
「なにその雑なツンデレ…?」
どこが琴線に触れたのかは知らないがすっかり上機嫌になった桃子は身だしなみをさっと整えると真っすぐなまなざしを俺に向けてきた。
『お兄ちゃん…、桃子もアイドルになるね!』
「は…?デレプロ入るのか?桃子なら余裕で入れると思うが…。役者はやめるのか…?」
『ううん、違うよ。お兄ちゃんが桃子の事を大好きでスカウトしてくれるのは嬉しいけどね』
「そうは言っていない…」
お兄ちゃんのことを裏切りたくはなかったけどなんて悲壮感たっぷりに首を振る。演技派ですね桃子さん。
『765プロが新しい劇場を造るの。そのオーディションがずっとあったんだけど桃子はその新メンバーに選ばれたの』
「…お隣さんが新しいプロジェクトを進めていたのは知っていたがまさか桃子が受けていたとはな…。昔俺がアイドルに誘ったときは断られた気がするんだがな」
『うっ、あ、あの時は演技のお仕事しかしたくないと思ってたし、…プロデューサーとアイドルの関係性になっちゃうのも…なんか違うかなぁって…』
後半はぽしょぽしょと話すので何を言っているのかは分からなかったが、子役として最大限にプロ意識をもって挑んでいたことは俺もしっかりと覚えているのであの時はそれほど本気でもなかったがそれでもプロデュースしたくないと言えば嘘になるほどには魅力を感じていた。
そのガキが朝ドラに出演するまでに成長して目の前に現れたというのだから感動もひとしおだ。言わねえけどな。
「ほーん?まあこれからドラマの現場で顔を合わせるようになると思うからよろしくな」
『何言ってるのお兄ちゃん?桃子が何のためにこのオーディションを受けたと思ってるの、次は桃子がお兄ちゃんをスカウトしに来たんだよ』
「――お前こそ何言っちゃってるの?なに315プロなの?歌って踊れるプロデューサーにでもなれば ピロン♪『765プロ劇場立ち上げの助っ人で比企谷君にご氏名がありました♡せっかくなので弱みの一つや二つは握ってきてくださいね♡ちひろ♡』……は?」
お給料は据え置きです♡じゃねえよ。……この気持ち。もしかして…殺意…?
『―――ドラマだけじゃない、これからはずっと顔を合わせるようになるんだよお兄ちゃん♪』
太陽のような笑顔で、周防桃子はそう言った。
「は、八幡ちゃま…?わたくし達を捨てるんですの……?」
「分かりました。千枝はそこのちんちくりんをヤレばいいんですね……」