出向、あるいは左遷。
果たして今の自分がどちらに当てはまるかは知らないが346で鍛えられたボッチセンサー改め社畜センサーは見事、ふいに目の前に現れた面倒くさそうな飲み会を無事に回避してくれた。ちなみに346での回避率は5%くらい。うん、ほぼ全敗だな。
ポカンと口を開ける4人をしり目に本日の勝利を確信し意気揚々と電車に乗り込んだはいいが、公共の場で大人を抱っこする恥ずかしさとか明日以降もあいつらに会う気まずさとか、そんな精神的ダメージとのトレードオフは正しい判断だっただろうか……
タイミングよく空いた座席に座ることができホッと一息。
桃子、小町、朋花、そして先ほどの4人。
わずか1日の出来事にしてはずいぶんと濃かった気がするが、電車が発信するアナウンスとともに一粒のかけらも残すことなく記憶からきれいさっぱり消えていった。
よーしっ、今日は帰ったらビールいっぱい飲んじゃうぞ~
――小町ちゃん?俺から5人の諭吉を連れ去って以降連絡がありませんけど何か?お兄ちゃんさすがに寂しい。
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「杏奈ちゃん杏奈ちゃん!!なんとか気付かれずに同じ電車に乗り込めたねっ!」
「うん…、でも尾行なんて……いいのかな…?見つかったら…逮捕されちゃう…かも」
「ええっ!?で、でもでもいきなりライバル事務所からの助っ人なんて怪しいし…何か狙いがあるに違いないよ!!」
「じゃあ…みんなのため…?――百合子さんだけを…危険な目には合わせない……杏奈が守る…!」
ありがとう!じゃあ杏奈ちゃんのことは私が守るね!じゃねえよ。なんで俺が危害を加える前提で話してんだよ。なんもしねえから。
少しの距離を置いてこちらをちらちらと見ながら小声で話す二人は、隠れてるつもりなのかもしれないがその極めて優れた容姿じゃどうあがいても人の波に紛れることはできねえし、七尾にいたってはツイードにハウスチェックの鹿撃ち帽とそれに合わせたマント。挙句の果てにはパイプまで装備してるもんだから浮いてるとかいうレベルじゃねえ。見た目から入るにしても、尾行=探偵=シャーロックホームズはひどすぎやしないか?
「それにしても比企谷さんの眼力…す、すごいよね!シアターでちょっとだけ目が合ったんだけど、心を覗かれた気がしたもん!」
「おそらくあれは…魔眼。森羅万象を…見通している…。杏奈たちの尾行にも…気付いているかも…」
「どどど、どうしよっ!私たちどこかへ誘い込まれてるの!?」
「大丈夫…もしもの時は………防犯ブザーを鳴らす…」
防犯ブザーは本当にやめてね!その攻撃は俺と武内さんに効く!
つーかこいつらほんと楽しそうな。
仕事終わりの電車と言えば誰もかれもが疲れ果て、赤ん坊が泣こうがバカそうな大学生の集団が騒ごうが全くの無関心を決め込み、そこは鍛え上げられた社畜によって異空間の様相を取る。
そんな中でシャーロックホームズとワトソンの二人組は美少女だけが身にまとうことができる天使のオーラで疲れ切った社畜たちにひと時の癒しを与えていた。
かくいう俺も開いた文庫本に目を向けながらも、わふわふとはしゃぐ二人の声に耳を奪われていた。
そーするとムクムクといたずら心が湧いてくるのは俺の悪い癖。
パタリと本を閉じると電光掲示板を確認し荷物に手をかける。少しずつスピードを落とす電車がやがて停車すると、到着のアナウンスとともに開いた扉から下車する。
「わわっ!降りちゃうよ!」
「…つまり…ここが比企谷さんの…最寄り駅…」
「よしっ!せっかくだからお家も特定しちゃおっか!あっ、でも346プロのアイドルと同棲とかしてたらどうしようっ…!?」
「桃子ちゃんは…お兄ちゃんは桃子の事が大好きだからって…言ってたよ…?」
手をつないで後ろをついてくる二人を確認した俺はそのまま数メートル歩き隣の車両へと乗り込んだ。だめだ。ニヤけるな俺。
……あれ?今の俺、防犯ブザー鳴らされても仕方ないくらいに変質者なんじゃ……
「ふむふむ、比企谷さんはロリコンさんだったんで……あれ?比企谷さんは?」
「百合子さんこっち…!隣の車両…!」
「えーっ!なんで!?―――ハッ!346プロにはお嬢様がいっぱいいるから、それを狙う裏組織の追手からアイドルを守るために日ごろから警戒してるのかも!!」
「それは後で…聞くから…!!早く…乗らなきゃ…!」
なんだこいつら、おもしれえ。あと俺はロリコンじゃないよー
完全に自分の世界に入ってしまった七尾をひきずり、何とか電車に乗り込んできた望月はふぅっと一息つき額の汗をぬぐう。しかし自分たちの状況を思い出し、はっと勢いよく顔をあげる、その際にフードが外れてしまい、おめめとおめめがこんにちは。ばっちり目が合っちゃったよ。
少なくともシアターで挨拶した時に顔を合わせているので、ここで声をかけることは何も不自然ではないがあえて俺は気付かないふりをした。
突然だが人間の認識とは不思議なもんで、1人対多人数においての多人数側は、自分がその他大勢の中から個人として認識されているとは考えないもんだ。ほら、授業中に先生から見られていないと思って手紙を回すとしっかりバレてて怒られるやつ。手紙が回ってきた経験ないから知らんけど。
つまり何が言いたいかというと、望月のその“バレてないよね…?”みたいな顔が可愛すぎるってことだ。
深くフードをかぶりなおす望月といまだブツブツと妄想を繰り広げる七尾を見ていると、もうなんか俺も遊びたくなってきた。見せてやるよ、俺の黒歴史の一片を。
「ふぅ、やっと諦めてくれたか。にしても、ずいぶん強くなってやがったな…、次からはもうちょい本気で相手してやらねえとな……」
俺はキメ顔でそう言った。
………あ、やば。想像してた100倍楽しい。
続いてカバンから眼鏡を取り出し意味もなく装着、それにより自らの視界にのみ映し出されたホログラム的な何かを操るように、特に意味もなく空中を右に左にスワイプしてみたりなんかして。おまけに『後で相手してやるから今は大人しくしてろ』なんて無意味に小声で呟いちゃう。
はた目にはきっとヤバい人。それでも二人には伝わるはず。信じてる。
「にゃッ!!杏奈ちゃん!私たちには見えない何かを比企谷さんが操作してるよ!!!地球にはまだない技術かも!!」
「胸ポケットには…精霊がいるみたい…それも比企谷さんにしか…見えない…。あと…何かに…追われてるとも…言ってた…」
「やっぱり比企谷さんは普通の人じゃなかったんだ!!765プロにも何か危険が迫ってるから守りに来てくれたんだよ!!」
「確かにそれなら…つじつまが合う…かも」
「―――今回の依頼も金にはならなさそうだが、あいつらの笑顔が何よりの報酬だな…」
俺はキメ顔でそう言った。(本日2度目)
「ふわわわわーッ!杏奈ちゃん!今音がしましたよ!私が恋に落ちる音が!!」
「百合子さん…だめだよ…、比企谷さんは…裏の世界の……人なのに…。――ビビッとなっちゃだめだよ、杏奈…」
……あー、失敗したかもしれん。
ちひろさんの“またですか…?”というあきれ顔がやけに鮮明に脳裏に浮かぶ。
本格的にどうしたもんか。今の状態でネタバレしたら今後の仕事に支障が出るレベルで嫌われそうだし、いっそこのままでいいかというとそれはそれで自ら地雷を埋めるようなもんだろう。
「それじゃあ私と杏奈ちゃんの子供で競わせて、どっちが真の比企谷を受け継ぐが決めるしかないね!」
「百合子さんの子供が相手でも…比企谷の正当継承者は譲れない…勝つのは杏幡」
「私の八百幡も負けないんだからッ!」
「望む…ところ…!」
ちょっと俺が悩んでる間にどこまで話し進んでんだよ。比企谷家にそんな血みどろの歴史はねえよ。何を一子相伝すんだ、目か?アホ毛か?
もはや隠れる気もなくなったのか目の前ではっきりと俺の名前を出して妄想ワールドを広げていく二人。完全なる自縄自縛なんだが取り急ぎ、電車内での視線が痛くなってきたので次で降りるしかないな……
つーか明日からこの電車乗りたくねー
結果的に最寄りまではひと駅歩くことになるが遊び過ぎた罰として甘んじて受け入れよう。
こいつらが空想から覚めるのも時間の問題だろう。これに関してもそれまで遊び相手になるくらいは甘んじて受け入れよう。
それもまたお兄ちゃんのおしごとだろう。
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桃子「あれ?百合子さんに杏奈さん。ここお兄ちゃんの住んでるマンションだよ、こんなところで何してるの?」
百合子「えへへー、聞きたい?…んー仕方ないなー。桃子ちゃんだから特別だよー?」
桃子「え、めんどくさいんだけど。なに?酔ってるの?」
杏奈「桃子ちゃんこそ…どうしてここにいるの…?」
桃子「べ、別に桃子はお兄ちゃんがちゃんとご飯食べれてないかもって思って作りに来てあげただけなんだからっ!」
百合子「ちょっと!私の話も聞いてよ桃子ちゃーん!」
桃子「べたべたしないのっ!ほら、それより二人はどうしてここに来てるの?」
杏奈「杏奈たちも…作りにきた…」
桃子「ふーん?じゃあ桃子と勝負だね。桃子はハンバーグを作るけど二人は何を作るの?」
「「比企谷さんとの子供っ!」」