「39プロジェクト。
新たに迎え入れられた39人の新人アイドルが専用のシアターで定期公演を行い、全員を売り出していく我々765プロがこの春打ち出した大型プロジェクトだ。
すでに国民的アイドルとしての地位を確立しつつある765オールスターズの後輩としてデビューすることは新人アイドルの君たちにとって非常に大きなプレッシャーかもしれない。
遥か先を歩く先輩の背中を見て挫けそうになるかもしれない。
―――だが私は信じている…君たちの可能性を。
先輩となるオールスターズのみんなも後輩たちに負けないように全力を尽くしてほしい……まあ、君たちにこんなことを言っても野暮だね。
さぁ待ちに待った初日だ。張り切っていこうじゃないか!」
こけら落とし公演のその日。“シアター”の舞台上にて、アイドル、事務員、裏方、総勢80人以上を前にしてやけに黒い社長はそう締めくくった。
それにしても空気のピリピリ感がすごい。10ピリピリは固い。
1年以上の時間をかけてようやくここまでたどり着いたらしいこのプロジェクトだが、今日という日がゴールではなくあくまでスタートに過ぎないことを全員が理解しているのだろう。中には緊張感から表情がガチガチになっているやつもいるが、そこは百戦錬磨のオールスターズがケアに当たっているようだ。ほほえましい光景とは裏腹にまだまだ少女と言えるであろう年齢の彼女たちがくぐってきた修羅場をうかがえ恐ろしくもある。
聞けば桜守と白石を除く37人のメンバーは半年以上前から集められレッスンや現場の見学などをしていたらしい。だがあと2人の枠に社長の御眼鏡にかなう原石を見つけることができず39人揃うまでにずいぶんと時間をかけてしまったとは音無さんの申し訳なさそうな表情とともに昨日聞いた情報だ。
オーデションかスカウトどこから始まったのかは知らないが、半年も動きのない中でよくレッスンを頑張ったもんだと感心しながらメンバーを見渡しているとふいに北上と野々原と目が合った。
刹那。俺の脳内をシナプスが駆け巡り、あれの名前なんだっけ?ほら、あれだよ、あれ。そう、それ!な感じのアハ体験。
「あ……」
思い…だした!
すっきりしたー。なんとなく二人ともどこかで会ったことがある気がしていたが二人並んで立っているのを見てようやく思い出した。会ったことあるわ。むしろ遭ったことあるわ。
どこかで会ったことあるか?なんてナンパ師みたいなセリフを吐く前でよかった。
半年ほど前のことだ、
ーーーーーー
久方ぶりの休日、正座でニチアサを鑑賞した俺は涼しくなってきたことも手伝いバイクに跨っていた。
緊急時や時間が押しているときは機動力に優れるバイクをアイドルの送迎に使用することもあるのだが、いかんせんクーラーなど気の利いたものが付いていないので夏の暑さを全身に浴びながら風を切ることになり、目的地に着いてヘルメットを脱ごうものならそれはもうぺっとぺとの髪が風呂上りが如くなので暑い間は極端に使用頻度が下がっていた。
長かった夏も終わりが近づき、秋を感じさせる涼し気な風を切りながら高速道路を走るのはトライアンフのボンネビルをカフェレーサーっぽくカスタムした自慢の一台だ。パラレルツイン特有の低音とシャカシャカとした軽快なエンジン音がたまらない。
果たしてあの人が007が好きでアストンマーティンに乗っているのか、ついぞ尋ねる機会に恵まれなかったが、どのバイクにしようか考えたとき真っ先に浮かんだのがタバコ片手にハンドルを握る平塚先生だったのだから仕方ない。合言葉はジェームスボンド。
ここでバイクを購入した時の回想。
茄子「比企谷さーん、誕生日おめでとうございます♪」
八幡「dunhillのキーケースか。ちょうどバイク買おうと思ってたから助かるわ、ありがとな」
茄子「のんのんのん。中を開けてみてください?」
八幡「……カギ?」
茄子「バイクも買っちゃいましたー♪てへっ♪」
八幡「………俺からのプレゼントは2万円くらいだったはずなんだが」
茄子「そーですよ?だから2万円分宝くじを買ったんです。するとあら不思議!手元には300万円あるじゃないですか!――ってことで比企谷さんはこれから私が買ったバイクに跨ってその次は私にも跨るってな寸法ですよ!」
八幡「……これが超ヒモ理論。……つらみ」
茄子「ところでトライアンフって下着のメーカーみたいな名前ですね?ほら、天使のブラで有名な」
八幡「それはトリンプだ。TRIUMPHとTriumph全然違うだ、、、うわっ!同じだったわ!」
茄子「トライアンフの次は茄子のトリンプをお願いします~♡」
以上、回想終了。
うん。購入してなかったわ。あまりに情けなくて記憶封印してたけどこれ茄子に買ってもらったやつだわ。さすがにカスタムは自分でしたけどほとんど買ってもらったやつだったわ。
そんな俺のほろ苦い記憶も、どぅんとアクセルを開けばバイクは思いのままに加速し、それに応じて増す向かい風に乗せて拭い去っていく。
フルフェイスマスクに包まれ狭くなった視界は前だけを見据え、他に走る車やトラックを一瞬のうちに把握しこれから自分が通るであろう道を示してくれる。極限まで研ぎ澄まされた集中力は全能感にも似た何かをもたらしてくれる。………もちろん安全運転5則は守った上でね!
やがて見慣れた景色が増えのでチラリと案内標識に目をやれば目的地が近づいてきたことが分かった。
――――――
「たまらん…」
ドッグランの傍らにあるベンチに腰掛けペロッと一口。
ここでしか味わうことのできないマックスコーヒーソフト。なぜかソフトクリームより本家のコーヒーの方が甘いという謎の認知的不協和はわざわざ東京から市原まで来たかいがあったと思わせる逸品だ。
程よい苦みと濃厚な甘みが長時間の運転で疲れた身体に染み渡る。
休日は休みで自由だからえらいと思います。なんてポエムが一瞬頭をよぎるがそれすらどうでもよくなるほどの解放感がここにはあった。
サービスエリア自体はわざわざ高速道路を走らなくても一般道から入ることはできるがそれについては一言言いたい。邪道であると。
また本来の用途として目的地までの移動時間を短縮するために走る高速道路で休憩のために入るサービスエリアにも一言言いたい。寂しすぎると。
俺レベルのぼっちになるとここに来ること自体が目的になる。ぼっち関係ないけど。
そんな風に圧倒的自由な時間を過ごしていると一匹のボーダーコリーと一人の天使がドッグランへとふわりと降臨なされた。
これぞツインテールのお手本でおま。と言わんばかりにふわりと流れる髪は陽光を浴びてキラキラと輝き、それを見てやっぱりあの子は天使で間違いないと証明されここぞとばかりに癒される。
ジュニオール行くよー!と犬にサインを出して走り出す少女。ライトグリーンのスカートがふわりと舞い、エメラルドグリーンのパンツがこんにちは。……エメラルドグリーン!?
「―――あの輝き、いったい何カラットなんだ……」
「ねえねえ視姦デューサーさん。そんなに熱心に女の子のパンツ見てちゃ捕まっちゃうよ?」
「ちょっ、麗花ちゃん!知らない人に声かけちゃだめだよ!変な人だったらどうするの!?」
「視姦じゃねえ、愛でてるんだ。なので呼ぶのならメデューサ―とでも呼んでくれ」
「ほらっ!変な人じゃん!―――って、あれ?デューサーはプロちゃんに使うんじゃなかったっけ?」
開口一番失礼なことを言いながらぬっと現れたのは同世代くらいのこれまた驚くような美人だった。しっとりとした黒髪をこれぞツインテールの守破離でござい。と言わんばかりに結っている。……ツインテール?だよね?
そんな麗花と呼ばれる少女を追って来た子もまた美少女であるのは間違いないのだがどこか残念なオーラがある。ぴょこりと外にハネた髪は既視感があり次の瞬間にでもボクカワが飛んでくるのではないかと身構えてしまう。
「そーだよー?視姦デューサー改めメデューサ―はデューサーだから、……あ、そっか。まだ知らないはずだもんね♪」
「タイムリーパーみたいなこと言ってる!?」
「ふふっ、タイムキーパーだよ♪」
「何の時間を管理してるの!?」
息の合ったやり取りは聞いていてクスッとくるし、さらには見目麗しい女性がそれをしてるとなれば金を取れるレベルだ。視界の隅には犬とたわむれる天使の舞も映ってるし、なんだこれ?
「茜ちゃん!そろそろ時間だよ!」
「だから何の!?」
「アーディブさんがそろそろカレーできるよーって」
「ナンの?」
「ナンでやねーん♪」
「てゆーかアディーブさんって誰!?」
なんだこれ?っていうかナンだこれ。
…カレー食いたくなってきた。帰りにどっか寄るか。
天使を撮影するのに使用していたスマホのアドレス帳を開き、そこからカレーに詳しそうなやつに電話することにした。
あと、なんか面白そうだし。
……プルルル pi
「もしもし日野か?」
『もしもし、日野茜です!!』
「都内でナンのうまいカレー屋知らないか?」
『ナンですか?』
「だからナンのことだよ」
『え?ナンですよね?』
「ちげえよ、ナンだよ」
「あーー!もう焦れったい!!茜ちゃんに代わって!!―――もしもし茜ちゃんです」
電話したついでにじゃれついてると二人組の小さい方にスマホを強奪された。
『代わるも何も私が茜ですけど?』
「茜ちゃんは茜ちゃんだよ!?」
『むむっ、それよりもあなたは誰なんですか?比企谷さんに代わってください!』
「だーかーらー!茜ちゃんが茜ちゃんなんだって!」
こっちもこっちで埒が明かないのでスマホを取り返す。
ところで埒ってなんのことなんだろうな?
「中国原産のムクロジ科の果樹の果実ですよ♪」
「誰もライチの話はしてない」
「沖縄の県庁所在地がどうかしましたか?」
「誰も那覇市の話はしてない」
ソフトクリームの最後の一口をほり込み日野に話しかけようとすると何らかの電波を受信した黒髪に絡まれてしまった。
その間も手に握ったスマホからは日野の大声がはっきりと聞こえてきており最小音量まで落としたはずのスマホを二度見してしまう。
「さっきそっちのちんまりしたのも言っていたが知らない人に話しかけるのは注意しろよ」
「えー?知らない人じゃないですよー?……もしかして、私のことは忘れてしまったと言うのっ!?あんなに情熱的な時間を過ごしたのに!!」
「…なんだそのキャラ?」
「えへへ♪冗談ですよ♪―――まあ、情熱的な時間を過ごしたというのはあながち嘘ではないんですけどね…」
自らの貞操をベットしてまでするほどのボケでもねえだろ……
冗談ですよなんて可愛くはにかみながら俺の前に立つと、柔らかに微笑む笑顔と目が合う。そしてそのまま声には出さず口の中だけで何かを呟いた。
真っすぐにこちらを覗き込む瞳に耐えかねて視線を逸らすと駐車場の方からスーツの男性が手を振っているのが見えたのでここぞとばかりに声をかける
「…んんっ。よく分らんがあそこで手を振ってるのお前らの知り合いじゃないのか?」
「んー?」
「あっ、ほんとだ!プロちゃん呼んでるよ!ちょ、麗花ちゃんタイムキーパーは!?」
「だねー」
「だねー!?ほら、行くよ!―――それじゃまたね、変なお兄さん。茜ちゃんのカワイイお顔を覚えておいたら来年までには得した気分になること間違いないしだからねっ!!」
カワイイ茜ちゃんはガシッともう一人の腕を握るとそのまま天使も回収して駐車場に止まっていたハイエースへとハイエースされていった。
ーーーーーー
茜「もーっ、麗花ちゃんが急に知らない人に話しかけるから茜ちゃんびっくりしちゃったよー」
麗花「ところがどっこい。実は知らない人じゃないんだよ?」
茜「あ、そーなんだ。大学の友達とか?それなら初めからそう言ってくれればよかったのに」
麗花「んー、それも違って。たぶん346プロのプロデューサーさん。この前のライブに見学に行かせてもらった時にいたでしょ?」
茜「この前のライブってドームツアーだよ!?覚えてるわけないよ!」
麗花「―――プロデューサーならスカウトされるかもって近づいてみたけど、眼中にもなかったみたいだね……」
茜「それで距離が妙に近かったんだ……」
麗花「デビューがいつになるか分からないけど次ぎ合う時は見返してやりたいね!」
茜「そうだね麗花ちゃん!……でも麗花ちゃんがそんなことを気にするなんて珍しいね…?」
麗花「うふふ♪その辺は秘密だよー♪」
星花梨「さっきの目つきの悪いお兄さんの全身を舐めるような視線……ゴクリ。悪くなかったです……♪」