仕事終わり。夕食や晩酌の買い物をするこの時間は誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。一人で静かで豊かで……
買い物客が一番多い時間帯を過ぎ、ぽつぽつと街頭に明かりが灯り始めた商店街でしゃぶられ尽くしたパロディーを使ってしまった気恥ずかしさをごまかすように目的のお店へと足を進める。
馴染みの酒屋でビール数本と炭酸水を買い親戚が送ってきたというレモンをおまけでもらい店を後にする。
「では!八幡の若旦那!お嬢によろしくお伝えください!!」
「心配しなくてもあいつはいつでも元気ですよ」
実は以前、事務所で雑談をしていると某村上のお嬢さんから酒がそんなに好きならウチの若いのに運ばせるとかなんとか。まさか定期的に家にヤのつく職業の方々に来られても困るので縁のあるという酒屋を利用させてもらうということで納得してもらっていた。最近はしのぎも真っ当になってきたんじゃとはお嬢様の言葉だ。
「お嬢と八幡の若旦那がいればウチも安泰ですね!」
「いや、俺はかたぎですから……」
その後コロちゃんのお店に寄り適当につまみになりそうなものを買い、ずっしりと重くなった荷物を両手にぶら下げ自宅へと歩く。
明日が休日ということもあり家が近づくにつれて足取りは軽くなる。
オートロックを抜けエレベーターに乗り込み閉まるボタンを押した後8階のボタンを押す。これ重要。少しでも時間を短縮するために先に閉まるボタンを押す。
内臓の下がるような感覚が終わるとぽへーんとまぬけな音が鳴りドアが開く。
そういえば廊下でお隣さんとすれ違ったこともなければ挨拶の時も不在だったなーと所々色の褪せた表札を見て思う。ポケットからカギを取り出し玄関を開け帰宅しようやく今週も終わったとひとごこち。
「……ん?」
買ったものを冷蔵庫へと入れ、ビール片手にソファーへと座り込んだが包み込むような優しさは帰ってこず座面からは妙な感触があった。
立ち上がり落ち着いてソファーを見てもいつもと同じにしか見えないし、それならと確かめるように周りをぐるりと一周してもそれは変わらない。
最後に座面を恐る恐る手で叩いてみる。
手に与えられたのはスプリングの押し返すようなものではなく人の背中をたたいた時のような硬さだった。
「へ、えへへ。わたし今、椅子として使われちゃってます…えへへ…」
「………」
カバーをめくると四つん這いになり身をひそめる箱崎星梨花がいた。
スプリングに当たる部分がまるまるくり抜かれ、身体の小さな人間がすっぽり収まるくらいのスペースにそいつはいた。
「人の部屋で何してんの…?つーか俺のソファーこれ、どうなっちゃってるの…?」
「お疲れですよね?もっと深く座ってもいいんですよ??」
「いや座んねえから……」
会話が全くかみ合わない……
しかし体勢を維持したまま顔だけをこちらに向けるように見上げるその上目遣いが俺の心の弱いところにクリティカルヒット。天使かな?
いやいや、違う。
不法侵入は百歩譲ってソファーえぐるのも天使に免じて譲るとして、何が許せないって限りなく初対面に近い関係性でこの奇行…もまあ、346プロではよくあることなので許すことはできるが……あれ?特に問題ないんじゃねえの?
座る?座っちゃう?
「ドキドキ…ドキドキ……物のように扱われちゃってます…」
「うん。やっぱねえわ。13歳の女の子の背中に座ってビール飲むとかマジでねえわ」
「あ、あの…やっぱり怒ってますか?」
「いや、まず怖い。なんで人の家でそんな自由にできるの?俺たちまだそんな仲良くないよね?」
箱崎はすくと立ち上がると自らの手にビールを注ぎその手を差し出してきた。……え、飲めってこと?
脈略なさすぎねえ?
「どうぞ」
「いや…冷凍庫にジョッキ冷やしてるから……」
「どうぞ…」
「もしかして俺の声届いてない?」
「どうぞ……」
「だから飲まないから…。いや、飲まないって、ほんと無理だか……分かった!飲むから服を脱ごうとするのはやめろ!!!」
器用にも片手で靴下を脱ぎスカートの中に手を突っ込みパンツまで脱ごうとしたところで白旗をあげた。
箱崎の小さな手には黄金色の液体がぱちゃぱちゃと揺れ俺を見上げる瞳は無言の圧力をかけ続けている。いつまでも見つめ合っていても仕方ないので覚悟を決めてずずっと一息にてのひらにある聖水を飲み下す。
体温で温められたビールなどまずいに決まっているはずなのにどうしてだろう。これほど渇きの潤う飲み物がかつてあっただろうか。砂漠での湧き水にも匹敵する至高の甘露が俺の心と身体を犯していく。
まあ普通にまずいんだけどな。
つーか体温くらいの黄金色の液体ってもう完全にアレだわ……。オプションだわ……
「あぁ、わたしはコップです…あなただけのコップです…」
胸元まで赤く染めた箱崎は空っぽになった手のひらを見つめるとペロッとひと舐めし浮かれたようにわたしコップ宣言をこぼしている。
ただでさえ大きな瞳は限界まで見開かれ、黒目と白目の境がぼやけるほど瞳孔は開ききっている。もう完全にイッちゃってる人のそれだった。
底知れぬ悪寒を感じその言葉を否定するように食器棚を指さす。
「ぷはっ。違うよ?俺のコップは食器棚に入っているあれだからね?」
箱崎はこてんと首をかしげると俺の指さす方へと視線を向け、もう一度俺へと視線を戻し再度こてんと首をかしげた。
「あの棚どころかこの部屋に八幡さんのものは一つもないですよ?しいて言うならわたしくらいなものです」
「なに?ジャイアン理論?」
「そうではなく、この部屋の契約者に始まり家具家電から小物に至るまですべてわたしが購入したものです」
「………なぞなぞ?」
さっき洗面所で手を洗ったときも冷蔵庫に荷物を片付けたときも部屋着に着替えたときも、普段の行動と何も違和感はなかったし、それらが自分のものではないと言われても、そうですか、勘違いしてました、とはならない。
そういえば普段から部屋に誰かが不法侵入してくることなど日常茶飯事なので特に変には思わなかったが、もしかして常識的に考えてカギのかかった部屋に自分以外がいるのはおかしいことなのか?庇を貸して母屋を取られるみたいなことが言いたいのか?
「八幡さんのお部屋番号は何番ですか?」
「……808号室だ」
契約するときは喜んでここにしたが、いざ書類などに記入するときに八幡が808号室に住んでいると書くことになり今となっては照れくさく、そんな思いから質問に答える口調もぶっきらぼうなものになってしまった。
「ここは708号室です♪」
「いやいや。いやいやいやいや。俺の持ってるカギで開いたし」
「合鍵ならぬ合鍵穴です」
なにそれ?新しすぎない?
割りとあっさりとなされた種明かしに驚く暇もなく箱崎の暴走は続く。
「エレベーターで8階のボタン押したぞ?」
「クラッキングしました」
「お隣さんの表札もおなじだったし」
「スキャンして3Dプリントしました」
「洗面所にあった歯ブラシは?」
「わたしのと比企谷さんのを一日ごとに変えてます♪」
「え…?」
ぷにぷにのほっぺに手を添えていやんいやんと体をくねらせる箱崎の表情を確認するが嘘や冗談を言っているようにも見えない。
体の動きの合わせてゆらゆらと揺れる魅惑のツインテールにも今は空恐ろしさを感じる。
「八幡さんの使用済みほやほやの歯ブラシおいしいです♪」
「最高の笑顔で想像を絶するセリフをはいてんじゃねえッ!」
「わたしの使用済みの歯ブラシはどうでしたか?」
「気付いてたけどあえて言及しなかったんだよ!」
…いつからだ?
北上とシアターで話した際に半年前に会っていたという話題になったことがあった。あの時見つけた天使の正体が箱崎だということもそこで確認済みだ。
しかし半年前に直接の面識を持ったのはあの二人だけでその時に箱崎と言葉を交わすことは無かった。となれば今週の頭に挨拶した時がほぼ初対面といってもいいはずだ。
「もしあの時に少しでも話してたんならまだ分らんでもないが。……いやそれでも分らんけど」
「炎の魔人がどうかしましたか?」
「イフリートじゃなくてIFルートの話だ。………一応聞いておくがいつからここに住んでんだ?」
「まだまだほんの最近ですよ?」
最近か……
最悪半年前からずっと住んでますとか言われることを覚悟していたがさすがにそこまで謎の生態をしているわけではなさそうだ。
………だとしたらなんでこの短期間でここまで執着されているんだ?
「半年ほど前からです♪」
「出会って4秒でヤンデレ!?」
くそっ!思い出せ!俺はあの日なにか取り返しのつかないことをしてるのか!?
「あの日…八幡さんの視線が、私の子宮にとんでもない快感を注いだんですッ……!!」
「………」
白目を剥かんばかりに唾を飛ばして熱弁する箱崎と完全に白目を剥く俺。驚異の黒目率0%、プリクラ撮りたい。
美少女ってスゲーよな。白目剥いてても美少女だもん。つーかこれ完全にアヘ顔だわ。
「最初は足音を感じるだけで我慢してたんです……」
レベルたけぇ~
「でも次第に布団を交換するようになって、食器にパジャマに下着に歯ブラシに…歯止めがかからなくなっちゃったんです。歯ブラシだけに…」
やかましいわ。
それなりにインパクトの大きいカミングアウトの最後にボケられたらブレるだろ。
「それでもほんとに今日までは我慢してたんです」
「……の割にシアターで話しかけられた覚えがないんだがな」
「えへへ♡恥ずかしくて♡」
「………可愛すぎかよ」
可愛すぎかよ!!!!!!!!!!!
「なので、自分から行くのが恥ずかしくて八幡さんから来てもらったんです……ごめんなさい…」
「まあ今となっては俺の方が不法侵入した形になってるから何とも言えないんだが…。あとそれは俺が今日この部屋に誘い込まれた理由であって、この部屋が存在する理由にはなってなくないか?」
「……ちょっと何言ってるか分かんないです」
「なんで分かんねえんだよ……」
「わたしはただ八幡さんと仲良くなりたかっただけなんです…」
「強過ぎる力を持て余して友達を傷付けたツンデレキャラみたいなこと言ってんな」
仲良くなりたかった。
切実な想いをもう一度つぶやくとスカートを両手でぎゅっと握り俯いてしまった。目元がキラリと光った気がしたが前髪に隠され窺うことはできない。
「夫婦のように信頼し合いたいんです」
「……えっ?なんて?」
間違ってスキップ押したのか?
テキストが一気に飛んだ気がする。
「夫婦のように信頼し合いたいです。恋人のように愛し合いたいです。母のように守りたいです。姉のようにかまってあげたいです。妹のようにおもちゃにされたいです。親友のようにさらけ出してほしいです。友人のように少し気を使ってほしいです。他人のように無視してほしいです。敵役のように嫌悪をぶつけてほしいです。僕のようにこき使ってほしいです。道具のように感慨もなく使ってほしいです。芸術品のように愛でてほしいです。………あなたの全てが欲しいです」
「………助けてちひろさーーーーーん!!!!!」
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ちひろ「……クシュンッ」
武内p「風邪ですか?辛いようでしたらお仕事引き継ぎますが…」
ちひろ「いえいえ、きっとどこぞの社畜がほいほいと巣穴に誘い込まれて捕食されそうになり、せめてドッキリであってほしいという最後の願いを込めて私の名前でも叫んでるんで、、、すみません。風邪っぽいので家まで送ってもらってもいいですか…?」
武内p「し、しかしまだ仕事が…」
ちひろ「たった今終わりました♪」
武内p「そ、そうですか。では、―――お送りします……」
ちひろ「はい♡よろしくお願いします♡」
武内p「あの、あまり引っ付いて歩くと勘違いされて」
ちひろ「すみません…ちょっとふらっとしてしまって……」
武内p「そうですか。(……いつもならこのあたりで比企谷君が助けてくれるはずだったのですが)」
ちひろ「うふふ♡(作戦通りッ!!)」