「♪」
昼休み。
スキップに近い足取りで、斎賀玲は廊下を歩いていた。
ずっと恋焦がれていた楽郎とようやく恋仲になることができた玲は常に夢見心地な日々だ。
今日からお昼を一緒に食べることとなり、そのお弁当を玲が作ってくることになった。
お弁当をかかえながら待ち合わせの裏庭まで急いでいると。
「斎賀さんと陽務、ついにつきあってんだってな」
自分と意中の人の名前に玲はとっさに物陰に隠れた。
男子生徒二人が話しながら歩いているのをそっと伺う。
「ずっるいよなー、あんな高嶺の花つかまえるなんて」
「しかもずっと好きだったのが斎賀さんの方だもんなー、やってらんねーよなー」
楽郎と付き合ってから数日。
その事実はまたたく間に広まってしまい、全校生徒の知るところとなった。
こうして噂話をされることも多々あるわけで。
玲がすぐ側にいると知らない男子生徒達は会話を続ける。
「でもさー、俺は正直無理だな斎賀さん
は。なんつーか高嶺の花すぎて荷が重いっつーか」
「あー、それ分かる。家柄が凄すぎてビビるっていうか」
「そーそー、色々面倒なこと多そうだし。やっぱ付き合うなら自分につりあった普通の家の娘がいいよな」
「同感。まぁどっちみち相手にされねーけどな」
ぎゃははと笑いながら去っていく男子生徒を唖然とした様子で見送る。
聞こえてきた衝撃の内容に体が硬直した。
どうやってたどりついたのか記憶がないまま待ち合わせのベンチに座っていた。
思い浮かぶのはさきほど聞いた会話のみ。
(家柄が面倒…か。楽郎くんもそう思ったりするのでしょうか)
家柄のことはもちろん楽郎も知っている。
しかし今は大丈夫でも付き合っていくうちに面倒だと思われる可能性は十分にあるわけで。
(もし、それで嫌われてしまったら…)
マイナス思考に陥った玲の瞳から涙が溢れ落ちた。
◇
「やっべー!遅れた!玲さんとっくに来てるよな…」
今日はちょっと他で食べるわと内容を濁しながらいつもの仲間と離れようとしたのだが。
斎賀さんと食べるのかと問い詰められ、四方をまたたくまに囲まれてしまった。
玲さんと付き合い始めたことは周知の事実になっており、ことあるこどに鋭い視線がつきささる。
昼飯を邪魔されてたまるかと、なんとかまくのは成功したもののちょっと時間をくってしまった。
くっそあいつら人の青春を邪魔しやがって!
暴れ馬にでも蹴られてしまえ!
急いで待ち合わせの場所にむかう。
そこにはすでに来てベンチに座っている玲さんがいた。
が、なんだか様子がおかしい。
目に手を当てて…もしかしなくても泣いてる?
「玲さん!」
少し離れた所から大きめの声で呼ぶ。
俯いた顔がはじかれたようにあがり、慌てたように涙をぬぐった。
「どうしたの?なんで泣いて…」
「…なんでもないんです。ちょっとゴミがふいて風が目にはいって…」
「逆になってるし。しかも風ふいてないけど」
「っ…!局地的に一瞬だけ突風がですね…」
「……」
さて。このあきらかな嘘をどうしよう。
言いたくないことなら気づかないふりをした方がいいのかもしれない。
だけど俺に関してのことかもしれないわけで。
もしなんとかできることならしてあげたい。
泣くほどのことを一人で抱えこませたくない。
「俺には、言えないこと?」
ベンチに座る玲さんと目線が合うようにかがむ。
じっと見つめると潤んだ瞳が揺れた。
それでもなお言おうとしない玲さんの手にそっと自分のそれを重ねる。
瞬間玲さんはビクッと身をひるませた。
「玲さん」
促すように名前を呼ぶと、おずおずと話しだした。
「…楽郎くんは私の家柄のこと、どう思ってますか?」
「家って…風雲斎賀城?」
「風雲?」
「いや、ごめん。なんでもない」
まさかクソゲーに仕立てて想像してたなんて言えない。
ましてやあなたがラスボスでしたなんて口がさけてもとても。
動揺を悟られないように続けてというと再び口をひらいた。
「楽郎くんは…その…私の家柄が重く感じたり、嫌に思ったりとかは…」
「…それ、誰かに言われたの?」
「そんな話してるのを、聞いてしまって…」
誰だよそんな勝手なこと言ったやつは。
心の中で舌打ちする。
「俺は玲さんの家柄が理由で付き合いをためらったりしないよ。
前にお邪魔したときも嫌じゃなかったし」
(色々衝撃だったけど)
という言葉は飲み込む。
「あの家で育ったからこそ今の玲さんがいるんだし。
他のやつはどーか知らないけど、俺は家のことも全部ひっくるめた斎賀玲さんが好きだよ。
それだけじゃだめ?」
◇
玲はポロポロと涙をこぼしながら首を横にふる。
だめなんてあるわけがない。
楽郎の気持ち、それだけが玲のすべてなのだ。
他から何を言われても、楽郎の言葉1つで救われる。
「楽郎くん…ありがとうございます」
「これからは気になることあったらなんでも言って?」
「はい」
ようやく笑顔を見せた玲に安心した、と同時に楽郎のお腹がなった。
「あー…ごめん。すっげー腹へってて…」
「いえ、じゃあお弁当食べましょうか」
クスクスと笑いながら玲は自分の作ってきた弁当をさしだした。
◇
「どうぞ、たくさん食べてくださいね」
と満面の笑みでだされた弁当を前に、思わず固まる。
そこには2人分のお弁当というにはいささか、いやかなり多い量が鎮座していた。
結構な大きさの三段重ねのお重がでてきた時点で普通じゃない。
5人前はゆうにあるんじゃないかっていう。
っていか玲さん、今どこからだした?
何もないとこから現れなかったか?
四次元ポケットでもあるのか?
あるなら今すぐ俺の胃に移植してくれ!
「楽郎くん?」
「いえ…あの、いただきます」
これだけの量を作るのはさぞ大変だったろうことを思うと何も言えなくなる。
今度、岩巻夫さんにおすすめの胃薬をきこう。
俺はそう心に決めて箸を手にとった。