魔法科高校の劣等生 if 桜井水波回復ルート 作:green-tea
少し時間は遡り、2097年6月8日(日)未明に伊豆半島中央やや東寄りにある高原地帯へトゥマーンボンバによる3連攻撃が行われた、その日の昼。
場所は独立魔装大隊本部のある霞ケ浦基地。その一室。
藤林中尉は作業用のデスクに腰かけたまま、昼の時計とこの部屋の一番奥に位置する執務机に鎮座する隊長の様子を窺い見た。
時計はもう昼の1時を指している。
藤林は平時の際、混み合う時間を避けて早めの11時半には食事を摂る事にしている。
軍というのは食べるときに食べておけ、の精神が強い場所であり、あの時食べておけば良かったという思いをしたくないと本人も考えているからで、矜持を曲げて藤林が席を立てないでいるのは風間がぼんやりと部屋の一点を見つめたまま微動だにしなかった事による。
そんな藤林だったが1時半を過ぎる頃、意を決して席を立った。
自席の立て札を昼休憩とする。
風間は姿勢を崩していない。
「今朝の事を相当気にしているのだろう。これからの達也くんとの折衝を考えると頭が痛いわ」と藤林は心で思うに留めた。
そして大隊指令室の扉を開けたところで、朝から口を開かなかった上司が声を上げる。
「あぁ中尉。少し待て」
そう呼ばれた藤林は礼儀正しくクルリと振り向いてから直立姿勢で「ハッ!」と応じ、待った。
「済まないが
ゆっくり昼食にし給え」
「承知いたしました」
摩訶不思議な命令だが、人払いはもう始まっているのだとしたら部屋を出るべきだという認識が藤林をして速やかな退出を為さしめる。
もしかすると上司が悩んでいたのは今朝の問題ではなく、昼にくる来客への対応に苦慮していたからだろうか。
そんな想像を一瞬だけして、でも好奇心は猫をも殺すという
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藤林が部屋の扉を閉めた時、そこには風間ではない人影が1つ立っていた。
風間の右斜め後ろに。
「やぁ風間くん、お疲れかい?」
風間は声のした後方へと急ぎ振り返る。
気配をかろうじて掴んでいた彼だったが、まさか自分の後ろにいると思ってもいなかった。
だからこそ「そんなことは」と咄嗟に口にしたものの言い淀む。
立って居たのは基地には不釣り合いな坊主の出で立ちをした男、九重八雲。
自分が座ったままだったことに気付いた風間は慌てて立ち上がり、我が師を応接セットへと導いた。
「無理は良くないよ。
半日も『隠れ蓑』を使っていれば集中力も魔法力もそれなりに消耗するのだから」
座った処で八雲はまるで弟子を心配する師匠のような言葉を発する。
この九重八雲という男にして基地本部への侵入が容易な事であろうとも、彼がわざわざ心配してここに居ると風間は考えなかった。
いや風間でなくとも八雲という人物の
「このような場所へご足労頂けるとは一体何用でしょうか?」
常々、俗世には関わらない隠遁者としての生き方を公言してきた八雲。
それを風間も承知している。
だが風間は自分の記憶から八雲が俗世に関わった事件を呼び覚ましていた。
彼が知る限り、この1年で2回。
1つは九校戦で行われようとしていたパラサイドールの機能評価実験の阻止で、古式魔法師の役目である妖魔が関わっている為であるとされた。
もう1つは崑崙方院の生き残りである方術師・
ただしこの件については積極的な介入をした理由は明らかではない。
では今回は?
それが風間の質問の意図だった。
「風間くん、用件は簡単さ。
クレームだよ」
「それはつまり苦情の申し立てでありましょうか?」
「そう。
君が仕事をしてくれないと、僕がより俗世に関わらなくてはいけなくなる。
だからしっかりと仕事をして欲しい」
「言っている意味が分かりません。
小官は軍令に従って軍務を全うしております」
「いいや。
11か月前、僕が君に伝えた事は十全に行われているとは言えない」
「少将の知識の及ばぬ古式の魔法について知識・運用面で補佐せよ、でしたか?」
昨年の九校戦を利用した九島烈のパラサイドール計画。
あの時の八雲との会話を思い出しての言葉。
八雲は小さく頷いて風間の言葉が外れていない事を示しながら、だが風間へと怜悧な視線を投げて寄越した。
風間は精神への圧迫感とでも言うべきものを僅かに察知する。
これは八雲の幻術によって意識誘導が忍び寄ってきている兆候だと風間は理解し、されど今はまだ完全に支配されてはいないと自身の状況を見てとっていた。
ここで手を打たないと手遅れになり、知っている事を包み隠さず話してしまうことになる。
しかし敢えて風間はその大部分を意識的に受け入れる事にした。
元より彼我の力量差を考えれば無駄な努力に違いない。
先程、八雲に言われたように風間は徹夜明けで精神的にはかなり疲弊もしている。
万全のコンディションでない以上、抵抗は無益だと判断し、それでも完全に支配されぬよう、最小の範囲でこれに抵抗するための印を構え、情報次元の自身のエイドス上に精神的な防壁を置く。
八雲の質問が始まる。
「なぜ彼女が九島家に予算面で力を貸しているのを黙認しているのかな?」
「魔法師を兵器の運命から解放するための1つの方法としてあの計画が間違っていないからです」
八雲の表情が曇る。
そして「本当にそう思っているのかい?」という言葉が身体の中で反響したかのように、強く聞こえる。
強力な幻術だと風間は理解した。
「――確信しています」
故にたったそれだけを答えるのに臍の下にある丹田へと強く力を込めなければならなかった。
八雲が顔を横に振る。
そして次の言葉には圧迫感が載せられていなかった。
「銀狐も存外だらしない。
達也くんの力が彼女に畏怖となって判断を誤らせているようだ」
「なぜ、そのように思われるのでしょうか?」
「君もだ、風間くん。
パラサイドールには封印術式が施されているけれど、強い想念があふれた場所では正しく術式が動かずにガイノイドから放出される可能性がある。
それは伝えたはずだね」
「少将にも報告済みです」
「現状、パラサイトは精神干渉系の特殊な術式を会得した魔法師でなければ討伐が不可能だ。
通常戦力や現代魔法師にとってはとてつもない脅威であり、一度感染が拡大したらこの国がパラサイトの王国になるのに時間はそう掛からない。
それは運用上の重大な欠陥であり、感染防御対策と討伐が可能になる現代的な新魔法の登場を待たねばならない。
九島家は対パラサイト用の魔法を開発してそれを軍に提供するように契約しているかい?」
「……いいえ」
「僕が言いたいのはそう言う事だよ」
「早急に少将へ意見具申したいと思います」
「それが良いだろうね。
あぁそれと」
「まだ何か?」
「達也くんへの対応にも不満があるね。
そのせいで僕の所に余計な仕事が降って来る」
「それを小官のせいにされても困るのですが」
「達也くんにだけ義務を負わせるというのは感心しない。
国防軍の、組織の論理の体現が現状だとしても君が上手く辻褄を合わせなければいけない」
「小官は軍人です」
「君の考えは僕も理解できる。
四葉の中枢戦力となった彼とあまり懇意にし過ぎてはいけないだろうというスタンスだ。
だからといってもし君が今の態度を続けるのなら、君や独立魔装大隊が間に入る意味はない。
つまり彼が少将直属の特務士官となれるようにするべきだね。
まぁ、達也くんは君達の部隊だからこそ居続けているし、四葉家も沖縄で奮戦した君達だからこそあの取り決めをしている。
だからきっと今言ったようなべき論では、全てはご破算になるだろうけれど」
「達也は、そこまで理解しているのでしょうな」
これは本来言うべきでない感情だった。
だが、幻術の中で風間はこれを吐露する事を抗えなかった。
「彼の中で君達にどれだけの恩を受けたと考えているか分からないけれど、終りはきっと間近にあるんじゃないかな」
「小官もそう思います」
口にして八雲に肯定されたことで風間の心は少しだけ楽になる。
その分だけ幻術が強くなっただろうと、風間は小さく護っている意識で見つめていた。
「本当に分かっているのかい?
例えば国防軍はディオーネー計画をどう見ていたのかな?
目立った動きを見せていなかったけれど」
八雲の話題転換。
ディオーネー計画への対応にも不備があったのだろうかと風間は意識を傾けた。
「あの計画は日本の戦略級魔法師を金星へと駆逐する壮大な世界戦略と認識しております。
達也が魔法恒星炉プロジェクトを発表してくれたおかげで軍としては動く必要性を感じません」
「だからといって達也くんが金星へ行きたくない理由を知らないままにするのはどうなんだい?」
「それは達也が非公認の」
「戦略級魔法師だからだ」と続けられずに風間は言い淀む。
「非公認の何だい?」と八雲は面白そうな声で訊き返した。
「戦略級魔法師としての義務を求めているのはあくまでも国防軍。
もしくは義務を求める権限を与えている政府であって達也が望んだことではありません。
特務士官という立場の彼ですが、余りにも良識があって物分かりが良すぎるのでつい」
「今朝の出来事1つをとってもね。
それなら質問の答えは?」
「分かりません」
情けないと思いつつも風間は認めざるを得なかった。
「なるほどそこが判らないようではね。
風間くん、君はディオーネー計画の話を聞いて理解すべきだったのさ。
銀狐が望んでいる事が本質的にはあの計画と同種のものだとね」
八雲としては判るだろうという認識だった。
だが風間には八雲のヒントで話が見えてこない。
それは沈黙によって示された。
「そうかそこまでか」
風間は八雲の目の中の落胆を確かに嗅ぎ取った。
それがむしろ風間の中で『師匠からの期待が落ちるところまで落ちてしまったのなら』と口を滑らかにする。
いやこれも術中だからか。
「達也が金星へ行きたくない理由、それが少将の戦略とディオーネー計画が根本の所で類似するという論拠をお聞かせください」
「なぁに単純な事だよ。
達也くんが金星に行きたくないのは深雪くんを地球に置いて遠く離れた場所に行くことが出来ないから。
そして銀狐が求めるところの国防軍の管理する戦略級魔法師という立場は即ち、四葉から彼を引き離そうとするもの。
つまりは次期当主の彼女と切り離すことを意味する」
言われてみてようやく風間の頭の中で話は繋がっていく。
フラッシュキャストの代償として失った達也の感情は元妹への愛情だけがマトモに機能する。
そして今朝の顛末で、達也が憤っただろうという推測は元妹を危険へと巻き込んでしまったからだろうと。
一方で、このような事態になっているのは日本魔法師界のトップ層の特殊性による弊害だろうとも考えられる。
たとえば新ソ連のベゾブラゾフはアカデミーのトップに君臨し、国防大臣に匹敵する発言力を持つ。
同国のコンドラチェンコは基地にて最高位の少将に任じられて首相の命令以外では動かないと目されている。
またUSNAでもエリオット・ミラーやローラン・バルトは基地で特別な待遇を受けているらしく、シリウスは統合参謀本部直属部隊スターズの総隊長として遇される。
その他の国でも十三使徒には求められる義務にふさわしい待遇がある。
もし非公認の戦略級魔法師がいたとしても、その者達はそれなりの待遇であるはずだ。
だが日本では全く異なる。
五輪澪と司波達也の両名が十師族から輩出されて軍の依頼で出動することがあるとしても、軍内部での発言権や待遇を約束されていない。
五輪澪には十三使徒もしくは十師族の令嬢としての丁重な扱いがあるだろうが、達也には特務士官とは名ばかりの、不良下士官の如き評価が常態化しているし、四葉家内でも長く冷遇されていたと聞き及んでいる。
それはつまり大黒竜也特尉の直属の上司である風間にして国防軍と十師族の関係性に問題点を見出すことができる。
故に佐伯少将の十師族解体思想にも風間は一定の理解を認めている。
矛盾ではあるが、その不遇を実際に直接強制しているのは風間本人なのだという事もだ。
そして今にして漸く風間はそれらの考えが本人の都合を顧みない独善的なものであると判らされていた。
風間は崩れ落ちそうになる気持ちを何とか立て直す。
「師匠の主張は小官も同意します。
ですが反十師族を標榜する少将にそのような意見具申をしても、今更に宗旨替えすることはないでしょう」
「そうだろうね」
「ならば師匠が小官に望まれる事は何でしょうか。
出来る事はなさそうですが」
「国を守るために働く事が軍人の務めなのだとしたら、そこまでズレた要求にはならないはずさ」
「ですから何をしろと?」
「ああしろこうしろと言っても細かい所で出来ない理由を探されるだけだろうねぇ。
だから最終目的だけを伝えておくとしよう」
八雲が組んでいた両の手を膝がしらに乗せてやや上半身を乗り出して、これが本題だと身体で示す。
「風間くん。
言い方は悪いけれど、達也くんもひっくるめて人間なんてものはパラサイドールと対して違いはないのさ。
彼の感情は深雪くんという制御術式によって動くよう、故司波深夜によって決定付けられた。
制御術式を無理矢理引き離そうとしたり制御術式に害意が迫まると、彼は暴走するリスクを持っている。
その制御術式は君達や世界が余計な事をしなければおそらく50年は正常に機能する」
確かに言い方は悪い、だが風間の中ですんなりと理解できる表現ではあった。
「50年後、達也はまだ生きているでしょう……」
そして風間も八雲もその時には現役ではない、生きていないかもしれない。
しかし、2人はそのような事を問題にしなかった。
その理由。
片方は国防を担う軍人の1人で、他方は自身が受け継いだ技を正しく受け継がせるために生きているからかもしれない。
話は続く。
「そうだね。
達也くんが深雪くんより先に寿命を迎えてくれるかは分からない。
もし順序が逆で何の準備も無ければ、その時に世界は滅びるだろう」
「師匠はそれを防ごうと?」
「それでは赤点だね。
僕も命は惜しい。
だからこそ、達也くんが周囲の雑音に踊らされて深雪くんの危険に対応できなくならないようにしているし、どうしてもというときは達也くんの代わりに彼女へ害意が迫らないようにサポートもしている。
だけど、どんなに続けても深雪くんの寿命が先に来てしまう可能性はある」
「ええ」
「その時、僕らは達也くんの暴走を止める必要に迫られる」
「達也を止める?
そんな事、一体どうやって?」
「彼と闘える者を集めるのさ」
八雲が言いたい事を風間は十分に理解できた。
以前に佐伯に話したことだ。
達也はラスボス、魔王のような物。
「しかし達也に対抗できる者など」
「居ないかもしれないし、居るかもしれない。
どうしても居ないようなら育てるしかないだろうね」
勇者を育てる。
しかし、達也と八雲の間で行われている格闘訓練、事件を解決するために必要な技の伝授。
そういったあれこれによって達也は強くなっている。
今話したような事を八雲が本気で考えているとは風間には思えなかった。
はぐらかされているのだろうかとさえ思えた。
次の具体的な筋書きを聞かされるまでは。
「なぁんてね。
一応候補は居るんだ。
九島光宣っていうんだけれど」
「しかし彼は……」
「極端に身体が弱く調整体としては失敗作、と九島家の面々は想っているだろうね。
だけど潜在的な魔法センスだけを評価するなら九島烈を越えるだろう。
そして風間くん、さっきは君達の仕事にクレームをつけたけれどね。
四葉家の家政婦に今日、怪我を負わせてくれたのには実は感謝しているんだ」
「どういう事ですか?」
「この状況ならきっと達也くんはあの症状を治す魔法を編み出してくれるってことさ。
そうすれば九島光宣や十文字家の問題にも光明が射すだろう。
九と十の両家の力が合わさればより安全に達也くんの暴走を止めるセーフティ機構となり得る」
四葉家のガーディアンが負った傷の詳細をまだ風間は知らされていない。
当然、それが九島や十文字にどう繋がるのかも分からない。
それでも八雲の語っている内容が壮大なものであることは理解できていた。
それに必要なのは……。
風間の中で1つの答えが紡がれる。
「達也に九島を倒させず、また他の雑音を極力排して魔法の開発に専念させる環境を作れ」
「及第点だね」
「しかし……」
そう言い募り掛けたところで時計は1430を指し、大隊指令室の扉が開く。
時間通り帰って来た藤林と入れ替わりに八雲は部屋を出て行った。
彼女に気付かせる事なく。
今回のお話は拙作オリジナル設定です。
その影響は以後でるかもしれません。