「待ち合わせより早くログインしたはいいけどちょっと早すぎたかな、どうせあいつらギリギリまで来ないし」
そんなことを呟きながら女、アーサー・ペンシルゴンはサードレマの街を歩く。
「あとで蛇の林檎で甘い物食べるだろうから、その前にちょっと塩気のあるもの食べたくなってきたんだよね」
現実世界でトップモデルの彼女は、もちろん人以上に美容と健康を大事にしているし食事にも気を使い過ぎるほど使っている。
しかしゲーム内まで食事に気を使う必要は無い。ここでは何をどれだけ食べようが体に影響はないのだ。そして称号『美食舌』により味覚制限を解除したペンシルゴンはサンラクとオイカッツォとの「お茶会」で食べる甘味の前に口に入れるものを探していた。
「ん、そういえばまだここ行ったことなかったっけ」
ペンシルゴンが足を止めたのはサードレマのヨーロッパ中世のような街並みにマッチした大きな木の看板に、こちらはミスマッチな厳つい漢字で「麺家 三郎」と書かれた店の前だ。
シャンフロにおいて食事は満腹度という数字を満たすものでしかない。しかしそのゲームのクオリティが故に料理に力を入れるプレイヤーが一定数存在する。
そしてここ麺屋 三郎はそんなプレイヤーの1人、現実世界では有名なラーメンチェーンを運営する人物がシャンフロ内で出店したラーメン屋だ。
「ちょうどいい機会かもね、掲示板で見た限りだと面白いメニューもあるみたいだし」
ペンシルゴンはこの店の店主が出しているチェーンのラーメンを現実世界で食べたことがある。高校の頃には校門を出てすぐの所に店があったこともあり、友人と週1で通っていた時期もあった。
「確か豚骨ラーメンだったよね、あー口がもう豚骨を食べる口になってきた」
暖簾をくぐってペンシルゴンが店に入ると、雇われであろうNPCがカウンター席に誘導する。かなり広い店内には時間もあって人はまばらだ。
「あれ?」
ペンシルゴンは案内された席からひとつ開けて隣に見知ったプレイヤーネームを見つけた。
「やあレイちゃん、久しぶりだねえ」
ラーメン屋の無骨さが似合う大柄の男アバターをしたシャンフロの最大火力、共に週一でラーメン屋に通った友人の妹であり、ゲーム仲間の同級生でもあるサイガ-0が座っていた。
「あ、天音さん、お久しぶりです。こんにちは」
「天音さんなんて、そんな堅苦しくしなくていいんだよ同じクランのメンバーだし。気軽にペンシルゴンと呼んでよ。隣お邪魔するね 」
同じクランにいるとはいえ、基本的に自由奔放なメンバーである。そこまで親交の深くない2人が会うのは2週間ぶりで、なおかつ2人だけでとなると数ヶ月ぶりだった。
サイガ-0と話しながら席についたペンシルゴンはNPC店員にラーメンを注文する。そんなことより、とペンシルゴンが話を切り出した。
「レイちゃんももしかしてラーメン好きなの?」
「ゲームだと匂いとかもつかないので、その、はい」
「ははは、わかるわかる、お姉さんもラーメン好きなんだけどリアルだとなかなか食べられなくてね〜」
「はいよっ、大ラーメン固め解除」
そうこうしているうちにペンシルゴンより先に入店していたサイガー0の前に野菜が山のように積まれたラーメンが運ばれる。
「お先に頂きます」
一礼して受け取ったレイはそう言うと箸と蓮華を丁寧に使って野菜をかき分け、背脂が浮くスープの中から麺を掴み出す。
濃厚で芳ばしいスープの香りが染み付いた大量の湯気が顔を襲い、レイは恍惚とした表情を浮かべながら、その麺を啜った。
「美味しそうに食べるねえ」
ペンシルゴンの声も聞こえていないのか、サイガ-0は黙々と鉢と口の間で箸の往復を続けている。
「はいよっ、発光ラーメン中、濃いめおまち」
隣で必死にラーメンを食べるのを眺めていたペンシルゴンの前にもラーメンがやってくる。中にしたのは満腹度がそんなに減っていないから。
「うわほんとに光ってるんだ、それにしてもすごいね、色々と工夫されてる」
出されたのは何故かクリスマスの電飾のように様々に色を変えながら光っているラーメンで、近くで見てみると現実世界では見たこともない野菜が大量に使われているのがわかる。
「これとかキャベツに似てるけど全然違うし、これもやしが光ってるんだよね」
ペンシルゴンが先ず食べたのは現実世界と似ているようで微妙に色や形が違う野菜だ。ちなみにキャベツに似た葉物や発光するもやしは千紫万紅の樹海窟で採取できるのだが、ペンシルゴンはそれを知らない。
「んンっ、ゲホッ、、、うわぁ…」
そして今ペンシルゴンが現実世界のチャーシューの味を想像しながら食べたそれは「レイジング・オークの背肉」から作られたチャーシューである。脂がたっぷりとのっていてNPCにも人気のある肉なのだが、少しジビエのような臭いがするため豚肉を想像しながら食べた者はだいたいむせることになる。慣れたら美味しいらしい。
発光する野菜とジビエチャーシューをスープに沈めたペンシルゴンは、ほとんど野菜の光が透けてこない何故か少しとろみのある豚骨スープをすくって、口の中に入れ…
「ゔげっ、ごほッ、ゔぇぇ」
そう、これは豚骨スープではない。
「いやこれなにで作った、めちゃくちゃ味濃いよ!?しかもザラザラしてるんだけど!?いくら濃いめって言っても濃すぎでしょ!?」
つけ麺のたれを3倍濃くしたような味のそれをそのまま飲んだペンシルゴンはむせながらも水を飲んで落ち着きを取り戻す。
「あーそりゃアルミラージの骨を煮込んで粉砕したのを濃縮して作ったスープだからなあ」
厨房から店主が答える。
「……は?」
「ん、あんた『美食舌』持ちか、それなら味覚制限解除用頼んでくれよ」
「あー、レイちゃんのときの大ラーメン硬め解除ってそういうこと」
つまりペンシルゴンの注文した「発光ラーメン中」は、カレーがカレースープと水を1:10で混ぜたくらいに感じるレベルの味覚制限がかかっているプレイヤーでも「おいしく」食べられる程の濃さであり、そんなスープの濃いめを『美食舌』持ちが食べるとまあこうなるわけで。いやこれこのまま全部食うとか無理じゃん。
「まあつけ麺だと思って食べればなんとかなるけどさ。ゲホッ、それよりさっきから私HPがちょっとずつ減ってる気がするんだけど?濃すぎると喉か舌に対して攻撃判定でもあるの?」
「あ、その発光もやし、食べると毒の状態異常になるんです」
「まじか」
「でも、あの、キャベツみたいな葉っぱに解毒作用があって、ダメージ受けるのは一瞬だけでデバフも表示時間が短くて気づきにくくて」
「んー、なるほど?」
いつの間に大量の野菜と麺を食べ尽くし、ラーメン鉢の底が現れるまでスープを飲み干したサイガ-0が解説をする中、ペンシルゴンはまだ全然減っていないラーメンの鉢を睨みつける。
「それにネギみたいなのを食べると毒耐性が付与されるので、発光もやしを食べると毒を弾いてピリピリした味に感じるんです」
「考えられてるねー」
なるほど確かにネギモドキを食べた後だと発光もやしから胡椒のような刺激がした。
「あの、そろそろ私、行かなくちゃいけないので」
「うわっ、もうこんな時間になってる!じゃあまたねレイちゃん、百によろしく言っといて!」
思いもよらないラーメンだったおかげで待ち合わせの時間が迫っていることを忘れていたペンシルゴンは慌てて箸を動かしながらサイガ-0に別れを告げる。
「はい、ではまた」
サイガ-0は溜まったポイントを割引券として使って支払いを済ませ、店をあとにする。
そして彼女を見送ったペンシルゴンはまだ半分以上残っている超濃厚発光ラーメンを前にあと5分で完食は出来ないな、と思いつつ結果10分遅れで蛇の林檎に到着し、案の定外道2人に煽られたのだった。
常連客玲さん、満腹度MAXでも大を頼む模様。1話完結のつもりで書いたのに何故か続きのプロットが存在します。